2018 Volume 60 Issue 1 Pages 44-51
歯周病は歯周病原性因子による歯周組織破壊を伴う炎症性疾患である。その治療には,適切な検査に基づく診断が必要である。また,病原性因子の除去のためには,歯周基本治療,歯周外科やメインテナンス・サポーティブペリオドンタルセラピーの各ステップにおいて的確にスケーリング・ルートプレーニング(SRP)を行うことが極めて重要であり,歯周治療を成功に導くための基本的かつ不可欠な治療手技である1)。そのため学生の卒前教育の一環として,歯周組織検査2),SRP3-5)の修得を目的とした模型による基礎教育は必須であり,プロービング技術およびSRP手技,とくに歯肉縁下のSRPを教育するための模型が必要である。また,各手技を適正に評価することも教育上重要であり,学生のモチベーションの向上にもつながる。したがって,再現性が高く臨床に則した模型を使用することが求められる3)。
日本歯周病学会推奨の歯周病学基礎実習用顎模型(PER1015-UL-SP-DM-28,株式会社ニッシン,宝塚市)は,歯周病学卒前基本実習基準に示された実習内容に対応できる模型として平成24年に販売され,鹿児島大学歯学部でも平成24年度から上記模型を使用して基礎実習を行っている。平成24年度の基礎実習終了時に,学生及び教員を対象に同顎模型に関する使用感のアンケート調査を行ったところ,特に教員において,歯周組織検査でプローブを用いて測定する際の不具合や,スケーラーを歯肉に挿入する際,あるいは挿入した後の歯肉の障害を感じる者が多かった(表1)。平成25年度においても同様の傾向がみられたことから,この模型の改善が必要であると思われた。
学生の評価において,知識だけでなく,技能および態度を適正に評価することは重要な課題である。客観的臨床能力試験(Objective Structured Clinical Examination;OSCE)は歯科教育においてその有用性が報告され6,7),日本全国の歯学部では歯学系OSCEが共用試験として2006年から正式実施されている。歯周治療領域では,その課題の一つにSRPがある。OSCEでは限られた時間内で公正,厳格に修得した技術を評価しなければならないため,高い再現性が得られる模型が求められる。さらに歯肉縁下のSRPの評価の場合には,模型の人工歯や歯肉は簡便に取り外しができることが望ましい。
これまで様々な模型が開発されているが,臨床的感覚を再現することは難しい。特に,プロービング時に歯周ポケットにプローブを挿入する際の柔らかな抵抗感や,ポケット底部や歯石の触知感を模型で再現するのは困難である。また歯の動揺度を実習できる模型は少ない。さらに,歯肉縁下のSRPで歯石を除去する際の感覚も臨床に近づけることが望ましい。そこで今回,歯周組織検査や歯肉縁下のSRPをOSCE形式で技能評価するための模型を開発し,その有用性の評価と使用感についてのアンケート調査を行ったので報告する。
歯周病学基礎実習用顎模型に関する使用感のアンケート調査(平成 24 年度実施)
新規模型は,評価者が評価しやすい上顎切歯を対象として作製した(図1-a~c)。人工歯は,エジェクターを用いてプッシュ式で簡便に取り外すことができ,OSCE実施時に迅速な交換が可能である。プローブやスケーラーを歯周ポケットに挿入する際の操作性を臨床に近づけるため,滑りのよい柔らかい素材(エラストマー)を歯肉材料に選択した。また根面とポケット内面の距離をポケット内が見えない程度に確保した。さらに人工歯に溝を形成し,その溝に入り込むようにポケット底を想定した輪状パーツを装着した(図1-d)。輪状パーツには歯肉よりやや硬い素材を用い,プロービング時のポケット底部の触感を再現し,プローブが適切な位置に停止するよう形状を工夫し(図1-e),5-7 mmを想定した歯周ポケットを付与した。
歯肉縁下歯石に関しては,触知しやすさ,SRPの操作しやすさ,SRPの技術評価に適切かどうかを考慮して,サイズや形状,数,配置,設置位置について検討し,直径0.7 mmの半球3つを歯肉縁下2 mmの位置より根尖側で,ポケット底より2 mm以上歯冠側になるよう三角形に配置した(図1-f)。ルートプレーニングの評価のためには,歯肉縁下歯根面にマジックを塗布した(図1-g)。また,歯の動揺(Millerの分類8))に関しては,人工歯の幅径の調整やバネを使った構造(図1-h)により,12,11,21,22にそれぞれ0度,2度,1度,3度を付与した。
新規開発した評価用模型の特徴
a.正面観
b.咬合面観
c.歯肉部分を除去した正面観
d.人工歯と輪状パーツ
e.輪状パーツによるポケット底
f. 付与した縁下歯石
g.マジック塗布した歯根面
h.動揺度付与のためのバネ構造
新規模型を使用して,平成27年度歯学部4年生(52名)の基礎実習終了時および平成28年度臨床研修歯科医(28名)の研修開始時に,歯周組織検査及びSRPの試験をOSCE形式で行い,歯周組織検査の正確性の評価と使用感についてのアンケート調査を行った。さらに鹿児島大学および大阪歯科大学の歯周病学分野医局員(20名;臨床経験2~27年)を対象に新規模型を用いて歯周組織検査とSRPを実施し,歯周組織検査の正確性の評価と模型の使用感および有用性に関してのアンケート調査を行った(図2)。
歯周ポケットの測定は6点法で行い,設定値±1 mmを正答とし2),個々人の被験部位の正答率からプロービング値の正確さを求めた。測定には基本的にペリオドンタルプローブ(CP15UNC, Hu-Friedy, Chicago,USA)を用い,プローブの違いを比較する際は緩圧型プローブ(TUKL IIプローブ0.3N)を使用した。
統計処理は,Kruskal-Wallis testまたはWilcoxon signed-rank testを用い,5%を有位水準とした。
歯周病科医局員のアンケート用紙
新規模型における歯周ポケットの測定においては,学生,臨床研修歯科医,医局員と臨床経験が長くなるにつれプロービング値は正確になる傾向がみられ,臨床研修歯科医(83.3%±22.68)と医局員間(93.3%±11.34)には有意差が認められた(図3)。基礎実習終了時の歯学部4年生において,歯周ポケット値より3 mm以上深く計測した部位は3.6%で,浅く計測した部位は2.5%であった(表2)。医局員において,非緩圧型であるペリオドンタルプローブCP15UNCと緩圧型プローブとの比較を行ったところ,緩圧型プローブを使用することで,プロービングのばらつきは小さくなる傾向がみられたが有意差はなかった(図4)。歯の動揺度に関しては,ばらつきが大きく(結果は不掲載),想定した動揺度よりも小さく評価する傾向が認められた。
新規模型の使用感についてのアンケート調査の結果を図5-1~3に示す。「歯周ポケットへのプローブの入りやすさ」,「歯周ポケット底のわかりやすさ」,「ウォーキングモーションのやりやすさ」に関しては,日本歯周病学会推奨基礎実習模型と比較して,学生及び臨床研修歯科医の約75%以上が,また医局員全員がやりやすいと回答した(図5-1)。歯の動揺度に関しては,医局員の85%がわかりやすいと回答した。「歯肉の感触」に関しては,学生においてかなり固いとの回答が3.8%(2名)にみられた。学生のアンケート調査では「歯石の感触」,「歯石の取りやすさ」,「ルートプレーニングの難易度」において,臨床研修歯科医のアンケート調査では「歯石の感触」,「スケーリングの難易度」において,「少しわかりにくい」,「少し難しい,非常に難しい」の回答が4~7割にみられたが,医局員の回答では「大変わかりやすい,わかりやすい」,「非常に簡単,簡単」の回答が多かった(図5-2)。「模型としての適切さ」,「総合的判断」の項目では,歯周組織検査,SRPのいずれにおいても,日本歯周病学会推奨基礎実習模型と比較して,医局員全員が同等以上の回答であった。歯肉の取り外しは医局員の9割が「とても交換しやすい」,「交換しやすい」と回答し,さらに人工歯の交換に関しても全員が良好な評価であった(図5-3)。
臨床経験によるプロービングの正確さの比較
プロービングの測定誤差(学生52名)
プローブの違いによるプロービングの正確性の比較
歯周組織検査に関する使用感
スケーリング・ルートプレーニングに関する使用感
模型に関する使用感
プロービング値の正確さは,学生,臨床研修歯科医,医局員と臨床経験が長くなるにつれ正確になる傾向がみられた。これは,臨床経験が浅い時期はプロービングデータのばらつきが大きいというこれまでの報告と一致する9)。プロービング時に設定値より3 mm以上深く計測した原因としては,プローブの方向を誤って骨表面に向けた可能性が考えられる。一方,浅く計測したのはプローブの挿入圧が弱めだったり,歯石部分で止まってしまった可能性が考えられる10)。これまで,歯周病学基礎実習用顎模型では,プロービングを行った際,特に隣接面でプローブが粘膜と骨との隙に入り込むことがあり,非常に深い値が測定される場合があった。今回開発した模型では,設定した歯周ポケット値から極端にかけ離れた計測をする学生は少なかった。ポケット底に触れる感覚を体験し,深いポケットの適切な測定を学ぶための模型として,Sunagaら11)は歯周ポケットの底に柔らかいシリコーンエラストマーと硬質樹脂を使用した模型を開発している。Sunagaらは,6点法によるプロービングにおいてポケット底部の形態が傾斜している部分では,学生も教員も適切に測定できず,再現性が低かったため,そのような形態は教育用模型には付与するべきではないと述べている。木下ら12)もポケット底の斜面を無くし,プローブを正しく挿入すれば設定値に近い値が測定できるようにしている。今回開発した模型はエラストマーを使用し,臨床に近づくようポケット底部に30度程度の傾斜を付与しているが,プローブが適切な位置に停止するような形状を付与しており(図1-e),プローブの滑りを防止することで,設定値とかけはなれた計測を予防することができたと考えられる。学生において測定訓練を重ねることによって正答率は上昇することが報告されており13),実習時から模型を使用することでさらに適切なプロービングができるようになることが示唆された。
歯の動揺度に関しては,測定結果の正確性は得られず,想定した動揺度よりも小さく評価する傾向が認められた。歯の動揺度の評価にはMillerの方法8)を用いたが,被験歯に加えた外力を手指感覚でとらえながら歯の変位量を視覚的にとらえるため,術者の経験や主観が大きく関与することが指摘されている14)。学生が歯の動揺度の測定を定義上は理解していても,実際の測定では術者の感覚に依存する部分が大きいことも今後の課題と思われる。
新規模型の使用感のアンケート調査では,学生,臨床研修歯科医,医局員のいずれにおいても,歯周組織検査,歯肉縁下SRPに関して概ね良好な結果であった。「歯肉の感触」に関しては,学生において「かなり固い」との回答が3.8%(2名)にみられたが,臨床研修歯科医,および医局員では,「かなり固い」の回答は無く,臨床経験が無いため基準が個人的主観によるものであったためと考えられる。また,SRPに関するアンケート調査で「歯石の感触」,「歯石の取りやすさ」,「スケーリングの難易度」,「ルートプレーニングの難易度」の項目で,学生や臨床研修歯科医と医局員の回答で乖離がみられるものがあったが,実習模型と歯石の付き方が異なる点や臨床経験が影響した可能性が考えられる。
模型に関する使用感(図5-3)において,歯肉・人工歯の交換はすべて2分以内にでき,交換しやすさにおいても概ね良好な評価が得られた。なお,本模型の開発初期(平成25,26年)の評価試験では被検者ごとに人工歯肉を交換したが,ほとんど傷ついていないものが多く,平成27年度においては傷や劣化が見られた場合にのみ交換した。そのため被検者ごとの交換は不要であり,OSCE運営において経済的負担を軽減できる。
本模型ではプロービング圧の測定やプロービング時の出血(BOP)に関しては検討していない。術者のプロービング圧は歯周組織検査の精度に影響を与えるとともにプロービング圧が強いと患者に痛みを生じることから,プロービング圧を評価できる模型が開発されることが望ましい15)。BOPは内縁歯肉の炎症を評価する重要な指標の一つである。模型上でもBOPの評価ができることが望ましいが,実習用模型での再現は困難のように思われる。BOPはプロービング後のポケット内からの出血の有無を視覚的に調べるものであり,動画等の利用でも学生教育に有用であると考えられる。
総合的にみて,新規模型は歯周組織検査及び歯肉縁下のSRPの感覚においても,医局員から日本歯周病学会推奨基礎実習模型と同等以上の評価を得ており,使用感は概ね良好であると思われる。今回開発した模型はプロービング及びSRP時の感覚や操作性がより臨床に近く,上顎前歯部のOSCE用模型としても適していると思われる。今後は,上顎前歯部だけでなく,臼歯部を含む他の部位にも応用した模型の開発を進めたい。
新規開発した模型は,歯周組織検査やSRPの操作性において,上顎前歯部のOSCEの評価用模型として有用であると考えられる。
本論文の要旨は,第59回秋季日本歯周病学会学術大会(平成28年10月7日)において発表した。
稿を終えるにあたり,研究の遂行にご協力いただきました鹿児島大学大学院医歯学総合研究科歯周病学分野及び大阪歯科大学歯周病学講座の医局員の方々に感謝申し上げます。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態は以下の通りです。
今回の研究に用いた顎模型は,株式会社ニッシンのご協力を得て開発されたものであり,研究に用いた顎模型の一部は,株式会社ニッシンから提供された。