2020 Volume 62 Issue 1 Pages 27-37
歯科用CT装置(CBCT)は,診断に必要な部位とその周囲組織の3次元的形態を評価できるだけでなく,指定した部位からの距離や角度の計測も可能である。デンタルX線写真などから推測した骨欠損形態は,実際の骨欠損状態とは異なる場合がある。特に歯周組織再生療法を行う場合,事前に正確な骨欠損状態を把握しておくことは手術の成功に大きく係わる。そこで当講座では,歯周組織再生療法を予定する患者に対しCBCTの撮影を行い,さらに3Dプリンターで模型を作製し,事前に歯周組織再生療法のカンファレンスを行うことを義務づけている。本症例報告は,当講座における歯周組織再生療法のカンファレンスの流れと,実際に行った2症例について報告する。本症例は,検査所見にて垂直性骨欠損を確認した。その後,手術予定部位のCBCT画像,3次元模型,臨床データを基に術前カンファレンスを行った。歯周組織再生療法時に比較したところ,3次元模型は実際の骨欠損形態をほぼ再現していた。歯周組織再生療法を予定している患者に対して,CBCT撮影及び3次元模型を作成することにより,手術部位の骨欠損形態を事前に把握することができ,手術前の十分な討論が可能となった。我々の取り組みにより,手術をより安全かつ効果的に行うことができると示された。また手術前に十分なカンファレンスを行うことは,若手歯科医師の育成,および患者への説明のツールとしても有用であった。
現在,医科領域ではCTあるいはMRIから得られた断層画像を用いて診断を行うことが一般的となっている。また,近年のコンピューターハードウエアやソフトウエア技術の発展により,断層画像データから3次元画像を構築することが容易となり,患部の位置や形状,広がりをより正確に,かつ視覚的に把握が可能となってきた。歯科領域においては顎顔面領域の限られた部分の断層画像が得られる歯科用CT装置(CBCT)が開発されている。このCBCTは医科用CT装置と比較して低被曝線量で高解像度,そして3次元立体画像が得られることから歯科領域に急速に普及している1-3)。CBCTは診断に必要な部位とその周囲組織の3次元的形態を評価できるだけでなく,指定した部位からの距離や角度の計測も可能であり,2次元エックス線画像よりも膨大な情報を得る事ができる。
CBCTはインプラント治療では,インプラント体の埋入位置,方向,深さを決定するために必須の検査となりつつある4,5)。また,外科領域では埋伏歯の抜歯,顎関節症診断,ガンなどの診断に6),歯内療法領域では歯内歯周疾患合併症例7,8),歯根破折や穿孔症例などの確定診断に有用なだけでなく,根尖切除術時の手術範囲の設定などにも有用であることが報告されている9)。歯周領域においてもCBCTは歯槽骨の吸収状態10-13),分岐部病変の状態14),歯周組織再生療法の適否などを知る上で極めて魅力的な装置である。特に歯周組織再生療法を行う場合,これまでのデンタル写真等からの画像情報から推測した骨欠損形態は,実際の術中の骨欠損状態とは異なる場合がしばしば認められた。再生療法を行う場合,事前に正確な骨欠損状態を把握しておくことは手術の適否,術式の選択,切開線の設定位置などを決定する上で極めて有用であり,歯周組織再生療法の成功率に大きく関与してくることが考えられる15-18)。そこで当講座では,歯周組織再生療法を予定する患者に対しCBCTの撮影を行い,さらに3Dプリンターにより骨欠損状態を再現した模型を作製して歯周組織再生療法のカンファレンスを義務づけている。
本症例報告では,当講座における歯周組織再生療法カンファレンスの流れを示すとともに,実際の症例について報告する。
なお,本症例は論文掲載にあたり患者の承諾を得ており,鶴見大学歯学部倫理審査委員会に承認されている(承認番号:1513)。
鶴見大学歯学部歯周病学講座における,歯周組織再生療法カンファレンスの流れを以下に示す。
①医局員(常勤医は30名ほど)が歯周組織検査,デンタルエックス線写真等により歯周組織再生療法が適応となると考えた症例に対し,患者の承諾を得た上でCBCT撮影を行う。
②歯周組織再生療法カンファレンスの申請
当講座では,毎月2回カンファレンスを行なっている。医局員は必要な資料を揃え,カンファレンス申請表(表1)に記名する。
準備するもの:歯周組織検査表,研究用模型,デンタルエックス線画像(パノラマエックス線画像),CBCT画像,3次元模型,口腔内写真(図1)
③カンファレンス(図2)
カンファレンスには歯周病学会指導医:2名,専門医:3名,認定医:9名を中心に,助教以上の上級医が必ず参加している。
④歯周組織再生療法の実施
⑤術後症例検討
カンファレンス予約表
研究用模型と3Dプリント模型
カンファレンスの様子
カンファレンスでは各医局員が歯周組織再生療法による対応が適切と考えた症例について以下の項目に従ってカンファレンスを受ける。
①適応症の判断
②歯周組織再生療法の選択
再生材料にリグロスⓇを選択した場合,本薬剤の禁忌症に口腔内に悪性腫瘍のある患者又はその既往歴のある患者との記載がある事から,当講座では口腔内に粘膜疾患があるか,疑われる病変はないか口腔外科へ対診を行い,問題ないことを確認した後,薬剤を購入する事を義務付けている。
③併用術式についての検討(骨補填材の使用等)
④切開線の設置
⑤咬合状態
⑥暫間固定
⑦術後管理
⑧その他
術中において,事前に作製した骨欠損3次元モデルと歯周組織再生療法時に確認した骨欠損形態の差異についての確認を行う。
事前に検討した術式および手順が適切であったか評価する。
可能であれば,適切でないと考えられた場合の対応策を提示する。
CBCT撮影装置:朝日レントゲン工業株式会社製,Alphard VEGA
3Dプリンター:Raise3D社製,RAISE 3D N1
3次元構築ソフト:OsirixMD(有限会社ニュートン・グラフィックス社)
3Dプリンターと歯科用CT
以下に,実際の症例について示す。
症例1患者:36歳 男性
初診:2016年7月
主訴:歯ぐきが腫れて膿が出てくる
1. 現病歴2016年3月頃から急に左下奥歯が腫れた。近医で処置してもらうも,他の部位が次々と腫れてきた。症状の改善が見込めないことから,2016年7月2日に当院初診科へ紹介来院。
2. 既往歴 全身的既往歴痩せ型で筋肉質,飲酒なし,喫煙習慣あり(1箱/1日)。それ以外に特記事項は認めない。
口腔既往歴う蝕経験はなく,問題がある時のみの受診で,今まで検診目的での歯科医院への通院の経験はない。
3. 家族歴特記事項なし
4. 現症 1) 口腔内所見(図4)口腔清掃状態は良好で,歯肉に顕著な炎症症状は認めない。全ての歯にう蝕を認めず,修復物を認めない。11,21の切縁に咬耗を認め,13,16,23,24,26,33,36,43,46の咬合面に咬耗を認めた。16,26の舌側咬頭,36,46の頬側咬頭にディンプルの形成を認めた。16−18,26−28,36−38,46に骨隆起を認めた。頬圧痕,舌圧痕を認め,歯肉には高度のメラニン色素沈着を認めた。
症例1初診時の口腔内写真
O'Learyのプラークコントロールレコード(PCR)は33.6%であり,BOPは40.1%であった。Probing Pocket Depth(PPD)4 mm以上の部位は51%であった。根分岐部病変は認めない。PISA:1240.5 mm2,PESA:2812.8 mm2。
症例1初診時の歯周組織検査表
17,16,15,24,25,26,35,36,37,46,47,48には顕著な垂直性の骨吸収を認めるが,歯石の沈着はほとんど認められない。
症例1初診時のデンタルX線写真
広汎型重度慢性歯周炎(Stage 3,Grade C),咬合性外傷
6. 治療計画①歯周組織検査
②歯周基本治療,禁煙指導
③再評価検査
④歯周外科処置
⑤再評価検査
⑥ナイトガード製作
⑦メインテナンスまたはSPTへ移行
7. 治療経過 1) 歯周基本治療2016年7月~2017年7月2016年7月より歯周基本治療を開始した。まずは,禁煙指導と咬合調整を中心に行いながらスケーリング(SC)およびスケーリング・ルートプレーニング(SRP)を行った。再評価検査の結果,17,16,15,14,23,24,25,26,27,28,33,34,35,36,37,38,45,46,47に深い歯周ポケットが残存したことから,歯周外科治療および,垂直性骨欠損部位(15,16,24,25,26,35,36,46,47)には歯周組織再生療法を行うこととした。歯周外科手術直前の4 mm以上のPPDは38.5%,BOPは13%,PCRは14.1%であった。禁煙指導により,紙タバコから電子タバコへ移行し,そこから本数を減らし,歯周外科手術移行時には禁煙することが出来た。事前に骨欠損の状態の把握,手術方法の選択のため,CBCTにて手術部位のCT撮影と3Dプリンターによる3次元模型の作製を行った。
2) 歯周外科治療2017年10月~2018年8月保険内での治療を希望していた事から,リグロスⓇを用いた歯周組織再生療法を行うこととし,口腔外科へ前癌病変等の口腔粘膜病変がないか精査依頼を行った。その後,再生療法カンファレンスにて症例検討を行った。
カンファレンスを踏まえての歯周組織再生療法①2017年10月14~17に歯肉剥離掻爬術および,15,16に歯周組織再生療法
3D模型より,骨欠損が深く,頬側に張り出すような骨隆起を認めたことから,歯肉溝よりも頬側に切開線を設定した。
②2018年2月23~28に歯肉剥離掻爬術および,24,25,26に歯周組織再生療法,自家骨移植,3D模型より,24,25の骨欠損が根尖付近に及んでいることから,術直後に暫間固定を行うこととした。また,27の骨隆起がかなり発達していることから,この部から自家骨を採取し,24,25に移植することを決めた。
③2018年3月33~38に歯肉剥離掻爬術および,35,36に歯周組織再生療法
33~36に対しては歯肉溝切開を行ったが,3D模型より37,38の頬側の歯槽骨は菲薄な状態であることが観察できた。このことをあらかじめ把握できたため,手術時に適切な位置に切開を加え骨頂部からの粘膜骨膜弁剥離を行うことができた。
35,36部の骨欠損形態は術前のCBCT画像および3D模型から3璧性骨欠損であると判断していたが,実際においても骨欠損形態は同じであった。
④2018年8月45~47に歯肉剥離掻爬術および,46,47に歯周組織再生療法
46,47の舌側には分岐部に及ぶ骨欠損を認めた。また,47頬側の骨は菲薄な状態になっていたことから,骨頂部にメスを当てるようあらかじめ切開線の設定を行うことができた。
全ての歯周外科手術において骨欠損形態は,3D模型とほぼ一致しており,術前のカンファレンスに従い手術を行うことができた(図6)。
症例1術中写真と3D模型写真
移行後から1ヶ月ごとにSPTを行っている。SPT移行時の4 mm以上のPPDは11.4%,BOPは0%,PCRは9.8%であった。SPTへ移行した現在も禁煙は継続して行っている。また,ナイトガードを作製し,ブラキシズムの影響が出ないよう,経過を観察している。さらに,来院時には手術部位の状態の確認と歯面清掃を行っている。移行時から現在にかけて,手術部位の炎症の再発やトラブルは起きておらず,良好な状態を維持している。
症例2患者:37歳 女性
初診:2017年6月
主訴:歯がグラグラして噛めない
1. 現病歴4ヶ月前に近医にて34歯の動揺を指摘され,紹介状持参し2017年6月21日に当院を受診。
2. 既往歴 全身的既往歴長身で痩せ型,飲酒,喫煙歴もない。
口腔既往歴16,26,36,37にメタルインレー修復,46,47にコンポジットレジン修復がされているが,具体的な時期は不明だった。年に1回程度の定期検診に歯科医院に通院している。
3. 家族歴父親が部分床義歯を装着しているが,母親は特記事項なし
4. 現症 1) 口腔内所見(図7)34歯はPPDが7 mm,動揺度2度,打診痛,咬合痛,冷温痛はない。また,付着歯肉幅が狭い。33,34間は歯間離開,右側が習慣性主咀嚼側,頬側咬頭の咬頭傾斜角が鋭角である。また,咬頭嵌合位と側方運動作業側にて34でフレミタスを触知した。
症例2初診時の口腔内写真
PCRは50%とやや不良で,BOPは29.2%であった。
症例2初診時の歯周組織検査表
パノラマエックス線写真より,歯槽骨のレベルは正常範囲内ではあるが,33,34間に垂直性の骨吸収を認める。また,う蝕や根尖病巣を疑う所見は認められない。
症例2初診時のパノラマX線写真
広汎型中等度慢性歯周炎(Stage3,GradeB),咬合性外傷
6. 治療計画①歯周組織検査
②歯周基本治療
③再評価検査
④歯周外科処置
⑤再評価検査
⑥メインテナンスまたはSPTへ移行
7. 治療経過 1) 歯周基本治療2017年7月~12月口腔清掃状態がやや不良であることから,TBIから行った。基本治療中に咬合調整も行い,フレミタスは触知しなくなった。再評価の結果,34近心に深い歯周ポケットが残存したことから,歯周外科治療および,垂直性骨欠損部位には歯周組織再生療法を行うこととした。事前に骨欠損の状態の把握,手術方法の選択のため,CBCTにて手術部位の撮影と3Dプリンターによる3次元模型の作製を行った。
2) 歯周外科治療手術の説明の際,材料の説明をした際,ブタ由来の材料であることに難色を示した事から,リグロスⓇを用いた歯周組織再生療法を行うこととし,口腔外科へ手術部位に前癌病変等がないかの診査を依頼した。その後,再生療法カンファレンスにて症例検討を行い,歯周組織再生療法を行った。
2018年3月12日33,34に対して歯肉剥離掻爬術および,歯周組織再生療法を行った。
3D模型より34の骨欠損レベルは,頬側が低く,舌側の欠損レベルは比較的良好であることがわかった。このことから,術後の歯肉退縮を避けるため,舌側からアプローチを行うことを選択し,歯周外科手術を行った。
また,手術直後に33,34に対してコンポジットレジンにて暫間固定を行い,患歯の安定を図った(図9)。
症例2術中写真と3D模型写真
移行後から2ヶ月ごとにSPTを行なっている。移行後10ヶ月後の2019年11月に暫間固定を除去した。暫間固定除去後も34には動揺はなく,良好な状態を保っている。
歯周病変部の骨欠損状態を診断するために,これまで2次元X線写真としてパノラマエックス線撮影あるいはデンタルエックス線写真撮影,歯周ポケット診査,ボーンサウンディングなどで行われていた。特に,読影には技術を要し,歯周ポケット深さは炎症の状態,プローブの種類,プロービング圧によって変化することがあり,確実な方法とは言いがたい19-21)。2次元エックス線も骨欠損の深さや形態を標準化できず,過小評価する傾向がある22-27)。最近になりCBCTが開発され,より高解像度の3次元画像を得ることができるようになってきた。CBCTでは実際の骨欠損の状態とほぼ同じ骨欠損の深さや形態を知ることが出来た。さらに3次元プリンターにより作製した3次元模型を用いることで,より客観的に,かつ視覚的に骨欠損状態を評価することができることが本研究から明らかとなった。さらにWalter14)らが報告したように上顎の多根歯の分岐部の状態を正しく評価するにはCBCTは極めて有用であることが示された。このように術前に骨欠損の概要を診断できることは,手術の適否,方法,切開線の設定,その他の付随的な処置の必要性と対応とを考える上で極めて重要であった。手術法の選択では骨欠損の形態からGTR膜の設置が可能かについて評価し,GTR法かエムドゲインⓇ,リグロスⓇのどの方法が適しているかを判断することができる。切開線に関しては骨欠損部位上に切開線がこないように術前に検討することは,予後に大きな影響を与える事となる。また,付随的な処置として骨移植を考える場合には,骨の採取部位や人工骨使用の適否などについても多くの情報を与えてくれる。このような手術時に必要情報があらかじめ得ることができることから,手術に際して落ち着いて対応できること,必要な器具器材を事前に準備できること,切開に際して迷いがないこと,手術手順が適切にシミュレートできることなど大きなメリットがあると考えられる。そのため,若手歯科医師の育成に有用であり,将来的には術前診断と術後評価を含め,保険導入を視野に入れたアプローチが期待される。今後,議論が深まることを期待したい。
また,術後の再生量の評価に応用出来ることも考えられるが,Isingら28)の研究によるとCBCTはCT値を設定できないことから骨の再生量を正しく評価出来ないことが示されている。このようにCBCTは,骨欠損形態や分岐部病変の形態や範囲を検出するための高い精度を示すことができ,診断,適応,術式の意思決定の観点からより侵襲的な治療アプローチが検討された場合に利点があると考えられた。さらに,歯根破折や根分岐部病変,歯内歯周病変の診断など様々な歯科治療領域での応用も期待され,大学附属病院での教育効果の向上や患者説明用のツールとしても非常に有用であると思われる。しかしながら,歯周治療の診断および治療計画にCBCTを使用する前に,高い照射線量と費用便益比を慎重に分析する必要があることも合わせて考える必要があるものと考える。
歯周組織再生療法を予定している患者に対して,CBCT撮影及び3Dプリンターによる3次元模型作製をすることは,手術部位の骨欠損形態を事前に把握することができ,手術前に十分なカンファレンスが行えることが分かった。これにより手術をより安全に効果的に行えることが示された。
また,手術前に十分なカンファレンスを行うことは,若手歯科医師の育成,および患者への説明のツールとしても有用であった。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。