Nihon Shishubyo Gakkai Kaishi (Journal of the Japanese Society of Periodontology)
Online ISSN : 1880-408X
Print ISSN : 0385-0110
ISSN-L : 0385-0110
Mini Review
Reconsideration of occlusal trauma in the pathogenesis of periodontal diseases
Keiso TakahashiKousaku YamazakiMikiko Yamazaki
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 62 Issue 2 Pages 47-57

Details

歯周病病態の考え方にはこれまでに数回のパラダイムシフトがあり,現在は多因子性で慢性の炎症性疾患と定義されている。我々は常に「歯周病」という「結果」から「原因」を推測するが,時間軸が長いと「因果関係」と「前後関係」を見分けることは難しく科学的に証明することは困難である。そのため,臨床推論を行う際には常に不確実性が残る。また,蓋然性の高い推論であっても疫学的評価を工夫して科学的に証明しなければ現在のevidence based medicine(EBM)の知識基盤になり得ない。2017年の歯周疾患とインプラント周囲疾患のWorld Workshop Proceedingsには「咬合性外傷はプラーク誘導性の歯周病あるいはアタッチメントロスを引き起こさない。」というコンセンサスが報告されたが,これまでの研究論文を読む限り,十分なエビデンスが得られているとは言い難い。かつて,「咬合力vs炎症」の二元論に基づいて動物実験が行われたが,エビデンスのヒエラルキーの観点からは動物実験の信頼性は低い。本小論では,咬合性外傷(結果)と外傷性咬合(原因)に関する研究および議論について再考した。

臨床推論

臨床では雑多な背景を有する患者が治療対象になるため,患者ごとの病態を可及的に推論して「個体医療」を展開することが望まれる。現時点では,患者ごとのリスク評価に基づいてリスク管理を実践し,疾患の重症化予防を図ることである。医療は「事後処理型」の行為であり,診断に際しては常に「結果」から「原因」を推論し,仮説を立てて患者ごとの病態(図1)を評価するが,この臨床推論は歯科臨床の現場であまり普及していない。問題解決指向型診療録のSOAPにおけるA(assessment)の教育や指導が必ずしも適切に実践されず,P(plan)における治療術式のhow toに指導が集中する傾向が強い。一方,医科では10年以上前から臨床推論の重要性が認識され,国家試験の問題数が増えている。不確実性を内在する医療においては,「知識偏重」から「考える姿勢」への転換が求められており,今後は歯科臨床においても「臨床推論」1-4)の重要性をクローズアップする必要がある。口腔疾患において,短期的あるいは急性期の診断において臨床推論が極めて有用である。一方,歯周病のような多因子性かつ慢性の炎症性疾患では,加齢と多くの交絡因子が関わるため,推論の不確実性が残る。

図1

歯科医学の営み

歯科医師は患者を治療している時には図の左側(実在世界)にいるが,科学的であるためには常に図の右側(言語世界)を意識する必要がある。帰納法(臨床経験,たとえば個々の症例から得られる知見)によって集積したデータに基づいてアブダクティブに仮説が作られ,演繹法により一般法則(理論)が形成され,個々の症例に照らし合わせながら,矛盾のない理論の構築へと改善が繰り返される。(文献4を一部改変)

アブダクション

臨床では「結果」から「原因」を後ろ向きに推測する。帰納とアブダクションを利用して疾患が進行したストーリーを構築して診断を行うが,常に診断を誤る危険を含んでいる。したがって,臨床推論を行うには,論理学におけるアブダクションの概念を理解しておく必要がある。

アブダクションはリトロダクション(遡及推論)とも言われ,米国の論理学者で科学哲学者でもあるチャールズ・サンダース・パースによって提唱された5)。仮説的推論,論理的推論とも言う。優れた発見的機能を有するが,可謬性の高い推論であり,帰納よりも論証力の弱い種類の蓋然的推論といえる。パースは科学的論理的思考には,「演繹」と「帰納」の他に「アブダクション」という第三の思考方法が存在し,科学的発見や創造的思考において,このアブダクションが最も重要な役割を果たすと述べた。医学および歯学教育において必須事項として教えるべき重要な思考法である。我々が通常行う症例検討会においても,患者の病態説明の際には常にアブダクションと帰納の思考法が用いられている。換言すれば,臨床における実践知といえる。

「咬合性外傷」と「外傷性咬合」の概念および定義

「咬合性外傷」と「外傷性咬合」の用語説明として,前者は過剰な咬合力が加わった「結果」であり,後者は力が加わる「原因」である,と教科書6)に書かれている。しかし,我々臨床家は,患者が来院した際の口腔内の病的な現症(結果)を見て後ろ向きに「経緯」や「原因」をアブダクティブに推論することしかできない。我々は歯周組織が破壊された「結果」を見ているが,言語世界で「原因」と定義された「外傷性咬合」を観察できない。観察できない現象を蓋然的に推論している。すなわち,「咬合性外傷」の原因と定義されている「外傷性咬合」の概念自体がアブダクションから生まれている。「咬合性外傷」という現象を蓋然的に説明するには外傷的に作用する過剰(異常)な咬合力という「原因」が不可欠と考えたのだろう。外傷性咬合の主な原因6)が11も挙げられているが,臨床経験から検証は困難である。

「水滴石穿(すいてきせきせん)」という言葉は,小さい力でも積み重なれば強大になることのたとえで,「水滴」は一滴の水,「石穿」は石に穴をあけることを意味する。一滴の水が石に加える力はごく僅かであっても,繰り返し加えられるわずかな「力」が長期的には岩に穴を開ける程の外傷力として作用している。咬合性外傷による「外傷力」は交通事故やパラシュートを付けないでダイビングして地上に墜落した際に受ける力7)とは比べようがない程小さい。しかし,小さな外傷力でも,長期的に繰り返し加わることで歯周組織を外傷的に損傷させ得ると考える蓋然性は高い。

Waerhaugは1955年の論文8)で,traumatic occlusion(外傷性咬合)の用語について以下のように述べた。「Traumatic occlusion is a term usually used by clinicians. “Traumatic” indicates that the tissue has been or can be injured, but in most cases that can hardly be decided by a clinical examination. It would, therefore, be advisable to use a more unspecific term like undue occlusal stress or occlusal overload.」「外傷性咬合は臨床家によって使われている用語(造語)で,「外傷性(的)」とは歯周組織が外傷を受けたか受け得ることを意味するが,ほとんどのケースにおいて外傷的か否かを臨床的な検査では決定できない。それゆえ,非特異的な用語,たとえばundue occlusal stress(過度な咬合性ストレス)あるいはocclusal overload(咬合過負荷)という用語の使用を推奨する。」

彼の考えには賛同できる。そもそも,1日に3千回程度咀嚼するうちの何番目が外傷的か否かを臨床的には評価出来ない。もっとも上記の他にabnormal occlusal force(異常な咬合力)とかexcessive occlusal force(過度の咬合力)という造語を用いたとしても,厳密な科学的根拠がある訳ではなく,いずれも決定する識者による恣意的な命名に過ぎない。

これまでの咬合力の影響の議論や研究論文では,咬合力の個人差,咀嚼回数,悪習癖,tooth contacting habit(TCH)および夜間のブラキシズムの何を想定しているのかさえ不明確である。そのため,Waerhaugが60年以上前に批判した用語(造語)をめぐって焦点の定まらない論争が続いている。「咬合性外傷」が関与したと考えられる現象(歯の動揺,垂直性骨吸収,レントゲン写真上の歯根膜腔の拡大)を説明するための「原因」として言語化された「外傷性咬合」は観察できない現象であり,TCHや夜間の歯ぎしりを含め咬合時の咬合力を個々に測定しても,外傷的か否かを知るすべはない。目に見える現象は「実在世界」に存在しているが,原因を見ることは出来ないため「因果関係」を概念的に「言語世界」で語ってはいるが「前後関係」との見分けは明確にできない(図1)。

医療の世界では患者に起きている現象に病名をつける「診断」という手続きを行うため,避けて通れないが(図2),このジレンマは未だに解消されていない。2017年の歯周疾患とインプラント周囲疾患のWorld Workshop Proceedings(2017WWPs)9)では,excessive occlusal forceからtraumatic occlusal forceへと用語を変えているが,excessiveからtraumaticに変わっただけで名称変更の意義は小さい。そもそも,コンセンサスレポートの「コンセンサス」は「同意」とか「合意」の意味であり,科学的に証明できていない事案について,会議に出席した識者によって恣意的に合意形成がなされたことを意味する。

図2

咬合性外傷と外傷性咬合の定義を構造主義的に考える

歯周病という疾患の多様な現象から疾患の概念化および言語化がなされるが,この時に臨床家や識者の恣意的な同意によって定義,分類および病名が決められる。異常咬合によって歯周病が進行すると考えた時代に「咬合性外傷」という現象あるいは状態を定義した際,原因も言語化することが必要であったと考えられる。その際,原因として「外傷性咬合」という造語が作られたが,観察されたわけではなく,あくまでも言語世界においてアブダクティブに考えられた概念上の「原因」である。臨床家による日々の診療の中で,定義や概念からは説明できない反証例を経験することがある。この結果を公表して既存の概念や定義が再考され,新概念や病名が再度恣意的に決められる。臨床分野ではこのループが繰り返されながら進歩してきた。

外傷性咬合(原因)の影響を調べた古典的研究

欧米では100年以上前から「咬合力」と「炎症」が歯周病の病因と考えられてきた(表1)。咬合力が初発因子と考えられた時代もあった。1938年にStonesは7匹のサルに「過高な充填」を施して「過高な咬合」を付与した実験を行い,外傷性咬合が垂直的な歯周ポケット形成を伴う歯周病変の形成における病因であると結論付けた10)。しかし,「過高な充填」の説明には「considerably raised fillings were inserted in three posterior teeth on one side of the jaw.」(かなり高い充填物を片顎の3本の臼歯に差し込んだ)とあり,実験方法が曖昧な上に被験動物数は7匹で結果の個体差は大きく,統計的評価もなされていない。

GlickmanとWaerhaugは,Stonesの研究と同様に「過剰な咬合力」という概念を「過高な咬合の付与」に置き換えて,それぞれ異なる方法で動物の歯に人工物を装着して実験を行った8,11)。Glickmanはすでに屍体の観察研究から咬合力の歯周組織への関与を示唆していたので,動物実験によって外傷性咬合が歯周炎の原因になり得るか検証したのであろう。Stonesの研究を参考に9匹のイヌの上顎前歯部(両側あるいは片側)に鋳造金属アンレーを装着して過高咬合(臼歯で咬合できない状態)を付与し,この条件下ではポケットは生じなかったと報告した11)。その後もサルに金冠を装着して過高な咬合を付与して同様の実験を行い,過剰な咬合力により歯根膜に変化が生じると拡張した歯根膜腔を通じて歯肉の炎症が根尖側に波及するという仮説12)を発表した。すなわち,6匹のサルを使った動物実験から,歯周組織における炎症が外傷性咬合によって拡張した歯根膜腔を「別経路」として根尖側に波及し得ると考えた。

Glickmanは1963年に咬合性外傷が歯周組織破壊および垂直性骨吸収に関与することを示唆し,歯周病における炎症と咬合性外傷による「共同破壊因子説」を提唱した13)。1965年に報告した屍体の解剖学的な観察研究では,上記の動物実験から類推した仮説がヒトでも証明されたかのように主張した14)。Glickmanは歯肉の炎症と咬合性外傷は異なる病理過程であり,この2つが共同作用して垂直性骨吸収を誘導し骨縁下ポケットが生じると考えた。しかし,屍体2体から得た3部位の観察結果に基づく考察であり,対照群が無いことからエビデンスレベルは5と信頼度は低い。その後,屍体12顎の148本の歯について行った解剖学的研究から類推して「咬合性外傷が骨縁下ポケットと垂直性骨吸収に関わる。」と結論付けた15)

Waerhaugは7匹のイヌを使い下顎右側第一臼歯部に金属冠を装着して過高咬合を付与した条件下で実験を行い,過剰な咬合ストレスによってポケット形成を生じ得ると結論付けた8)。しかし,この実験では7 mmも咬合高径が高くなる金属冠を装着していることから,ヒトでは起きえない実験条件といえる。実際,実験条件が過剰過ぎたこと,ヒトにおける咬合性外傷と同等とは言い難いと考察している。

GlickmanやWaerhaugは言語世界で考えられた「外傷性咬合」の存在を証明するために,咬合様式や生体反応の異なるサルやイヌの特定の歯に極端に高い咬合を付与した実験を行った。また,彼らの論文を含め,1965年のLöeらの実験的歯肉炎の論文16)が発表されるまで,プラークによる炎症反応の影響は全く考慮されておらず,ヒトの歯周炎を再現したとは言えない。

表1

歯周病における「咬合性外傷」研究の歴史

エビデンスのヒエラルキー

エビデンスのヒエラルキー(図3)からすると,動物実験やin vitroの実験は,EBMの世界ではレベル6(症例報告や専門家の意見)よりも下位に位置付けられる。つまり,動物実験の結果をそのままEBMとしては利用できない。そもそも,WaerhaugとGlickmanの行った動物実験8,11)では,「外傷性咬合」の原因と考えられる11の因子6)の中から「過高な補綴物を装着した際の一次性咬合性外傷(医原病)の影響」を調べたと位置付けるのが妥当であり,ヒトにおける咬合性外傷と外傷性咬合の因果推論には使えない。もっとも,程度問題であるが,過剰(外傷的)な咬合力によって歯周組織の破壊が生じ得ることを示したと解釈することも可能である。

ヒトの疾患を動物実験で再現することを試みた研究で,動物種の違いは過去にも数多く報告されている。たとえば,サリドマイドの影響はヒトとヒツジのみに見られ,らい病(ハンセン氏病)はヒトとアルマジロのみに発症した。ピロリ菌と胃がんの因果関係を調べるために行った動物実験では,マウスやラットなどの小型動物には持続感染が困難で,サルやイヌには感染した。このように,ヒトと動物とで異なる結果が出ることがある。単一の薬剤の作用や感染症モデルでさえ,ヒトと動物との間に大きな違いがあり,WaerhaugとGlickmanの動物実験は非現実的な実験条件下においてはサルやイヌにもヒトの歯周炎と類似した現象を誘導できたことを示したと言える。ヒトにおける歯周炎の個体差を勘案すれば,歯周組織の健康な動物を使ってヒトでは起き得ないような操作を加え実験的に歯周炎を発症させるよりも,歯周病をすでに自然発症した動物を探して観察研究や介入研究を行うほうが理にかなっている。

図3

エビデンスのヒエラルキー(ピラミッド)(文献4より引用)

EBMにおいて,動物実験はレベル6の専門家の意見や考えより下位に位置づけられる。屍体と抜去歯の観察研究には対照群が無いため,ケースシリーズと考えられ,レベル5である。Waerhaug,Glickman,LindheおよびPolsonらの行った動物実験のエビデンスレベルは5か6より下位に位置づけられる。

Löeらの「実験的歯肉炎」論文以後の動物実験

1967年のGlickmanの総説17)では,咬合性外傷は歯周炎の原因の一つで,骨縁下ポケットや垂直性骨吸収の病因と述べているが,異論もあった。1971年の総説18)には以下の記載がある。「Clarification of the “trauma from occlusion” question is long overdue. Resistance is encountered when methods used in animal experiments are applied to periodontal disease in humans. It would be more meaningful to study the problem in humans.」

「咬合性外傷の疑問を明確化することは先延ばしされてきた。動物実験で用いた方法をヒトには使えない。ヒトにおける問題を研究することがより意義深いであろう。」彼自身も動物実験の限界を理解していたと推察される。

1975年にWaerhaugは抜去歯の観察方法を報告した19)。クリスタルバイオレットかトルイジンブルーでプラーク,上皮および歯根膜を染色して観察し,プラーク層と付着線維層との間に1.5 mm幅の上皮層が存在することから,プラーク層がないと歯根膜は破壊されないと結論付けたが,この観察結果から咬合性外傷の関与を否定できない。咬合性外傷によって付着が喪失して上皮が根尖側に移動し,上皮性付着の上方までプラークが深部増殖したと考えることも可能である。1976年に6つの屍体から得られたサンプルの歯肉縁下プラークとアタッチメントロスの関係を調べ20),1977年には16名の歯周症患者から重度歯周炎が原因で抜歯した27本の抜去歯について同様の検討を行っている21)。彼は一連の研究から,咬合性外傷が骨内欠損に関与することを支持するエビデンスは無いと結論付けたが,これもアブダクティブな推論に過ぎない。Glickmanらの研究と同様,対照群がない観察研究でエビデンスレベルは4か5である。1979年には48本の抜去歯について22),さらに39体の屍体の歯64本について106カ所の歯間部組織を病理学的に検討し,咬合力が垂直性骨吸収に関わる因子であることを示すエビデンスは無く,歯肉縁下プラークの深部増殖と関連していたと報告した23)。しかし,上述したように付着が壊れた部位まで歯肉縁下プラークが深部増殖したと考えれば,歯周組織破壊に咬合性外傷が関わらないという根拠にはならない。つまり,Waerhaugの考察は「前後即因果の誤謬」に相当する。

得られたデータの解釈には研究者の先入観や信念のようなものが影響し得る。WaerhaugはLöeらの実験的歯肉炎の論文16)が報告される以前は「過剰な咬合力」,その後は「プラーク原因説」を強固に主張した(表1)。彼の主張の根拠は上述した動物実験,屍体と抜去歯におけるプラークと歯根膜の残存様態を調べた観察研究からのアブダクティブな推論であった。彼がなぜ原因を「咬合力」か「プラーク(炎症)」のどちらか1つに絞ったのかは不明だが,1955年当時は「オッカムのカミソリ」的な思考が主流で,原因を1つに絞る風潮があったからかもしれない。一方,多因子性疾患の病因を考える場合,「ヒッカムの格言」的に考えるのが妥当である2,4)(図4,図5a)。ヒトの歯周病における病態や個体差を咬合vs炎症の「二元論」で論じるよりは,細菌感染に易罹患性を示す患者,複数のリスク因子を有する患者あるいは過度の咬合力の影響が大きい患者亜群が存在すると考える方が現在のパラダイムである多因子性疾患の概念と臨床の実情に合っている(図5b)。そもそも,準清潔領域の口腔内は無菌ではないため,感染症の一般的な考え方を歯周病には適応できないであろう。

図4

オッカムのカミソリとヒッカムの格言

ハムサンドの中身(ハム)を特定できても,寄せ鍋のダシから構成物を特定することは困難である。同様に,多因子性である重度慢性歯周炎の原因を明確にすることは困難で,推論の域を出ない。多因子性の慢性疾患では,「ヒッカムの格言」的考えが妥当である。

図5

疾患の性質の特徴と歯周病の病因論の変遷

a 疾患の性質の特徴(文献44 p48の図を転用)

b 歯周病の病因論の変遷 GlickmanとWaerhaugの時代は,咬合力かプラーク(炎症)のどちらか1つを原因と考えた(オッカム的)。LindheとPolsonは,プラーク+咬合力の影響を検討した。その後,歯周病の病因論はリスク因子,多因子性疾患とパラダイムシフトが進んでいる。(文献44 p48の図を改変)

LindheとPolsonらのグループが行った動物実験

WaerhaugとGlickmanの論争を受けて,LindheとPolsonらのグループが別々に外傷性咬合(原因)の影響を調べるために「プラーク」と「過剰な咬合力」の2因子を付与した一連の動物実験を行った。彼らはWaerhaugとGlickmanが付与した「過高な咬合」ではなく,「プラークの堆積」と「ゆさぶり型の咬合様式」を付与して実験を行った。

Wentzら24)が「Jiggling force」と名付けた「ゆさぶり型の咬合様式」を人工的に付与するために作製した装置がヒトのブラキシズムを反映しているという根拠は無いが,当時は画期的なアイデアだったのであろう。「cup splint」と呼ばれる装置を用いて咬合性外傷を引き起こす方法論を述べた論文では,13匹のビーグル犬を用い,中心位に移動する際に第四臼歯に近心側方向に早期接触を付与している25)。しかし,中心位の決定方法の詳細な説明はない。「中心位」の定義はこれまでに何度も変わっており,咬合学の世界でも未だに明確にされていない言語世界の概念であることから,方法論が不明瞭といえる。

Lindheらは6匹のビーグル犬を用い,軟食を与えて歯周組織に炎症を誘発し,Swensonが考案した板状の金属(copper band)を用いる方法26)を改変して歯周ポケットを人工的に維持して歯周炎モデルを作製した27)。さらに,cup splintを装着してJiggling forceを加えた。そして,持続的な咬合性外傷は歯頚部付近の歯根膜に影響を及ぼし,炎症の共在下で咬合性外傷は炎症による骨破壊を助長する,と結論付けた。

その後,5匹のビーグル犬を用い,軟食でプラーク堆積を誘導し,copper bandを装着し,cup splintで咬合性外傷を付与して実験的歯周炎を引き起こした後に,歯周外科を適応した。咬合性外傷の有無による組織変化を評価して,i)Jiggling様の咬合性外傷や歯の動揺は歯周外科後の治癒を妨げない,ii)プラークが存在しない場合,咬合力の影響は低いあるいは小さいと論じた28)。EricssonはLindhe(1974年)の方法に準じて15匹のビーグル犬に実験的歯周炎を誘発させ,Jiggling forceのみでは歯周組織は破壊されず,炎症がなければ支持組織が減少した歯周組織でも破壊は起きないと結論付けた29,30)

Ericssonは1982年に長期間のジグリングが歯周炎に及ぼす影響を検討するために,8匹のビーグル犬に綿糸を巻き付けてプラーク堆積を誘導して実験的歯周炎を引き起こし,cap splintを装着し,下顎左側小臼歯に早期接触を付与し,前歯部は咬合しないように条件設定した31)。もっとも,「この実験結果が,ヒトにも当てはまると拙速に結論付けることは出来ない。」「テスト側の患歯が圧下しているように見える。」と考察しており,ヒトで起こり得る咬合由来の外傷よりもかなり大きい力を加えた実験系であったと推察される。

Polsonらは1970年代にリスザルを用いてプラークとともに作用する共同破壊因子を検討して4つの論文を報告した32-35)。すなわち,1)根管から熱刺激を加えて歯根膜の壊死を誘発できるか否か,2)単発の過剰で機械的な外傷を加えた際の変化,3)繰り返しの外傷力に対する隣接面部の反応および実験的に誘導された骨吸収の可変性および4)jiggling forceの作用を中止した場合の骨の再生様態を研究した。彼らは絹糸を歯肉溝に巻いてプラーク堆積を誘導し,つまようじかワイヤーをリスザルの歯間部に押し込んで外傷を付与した実験を行い,外傷による歯周ポケット形成を否定し,骨吸収の回復についても言及している。理由は不明だが,彼らの実験には若いおとなのサルが使用されている。また,実験に利用したサルはそれぞれ7,6,10および8匹で,サルの個体差を勘案すると,十分とは言えない。

1980年の総説36)では,歯周炎を誘発させた状態でjiggling forceをかけると,歯槽骨吸収を生じるものの,イヌでは付着の喪失が生じ,サルでは生じなかったと報告しており,動物種の違いによるのか実験条件の差異によるのか解釈が難しい。また,10匹の若いおとなのリスザルを用いて骨縁下ポケットを形成後にjiggling forceを作用させた実験から,骨形態は変化するが,付着の喪失には影響しないと結論づけた37)。1986年の総説38)でも非炎症下では付着の喪失は生じないと述べて,臨床的には,歯の動揺のマネージメントよりも炎症制御の重要性を示唆した。しかし,この動物実験の結果から,プラークコントロールに代表される炎症の軽減のみ行えば悪習癖を含む咬合力の制御は必要ないという主張は成り立たない。現在の歯周基本治療は原因除去療法とも呼ばれ,患者ごとのリスク管理を実践して歯周組織破壊を抑制している。難しく考える必要はなく,過剰な咬合力の関与が疑われる場合には咬合力を制御し,そうでなければ,炎症を制御し,両者が関わっていると判断すればこの2因子に対して対処するだけの事である。

Waerhaug,Glickman,LindheおよびPolsonらの論文の特徴を表2にまとめた。彼らは過高な充填物を動物の歯に取り付けたり,動物の歯肉溝周囲に綿糸あるいは絹糸を巻き付けてプラーク堆積を助長してプラーク由来の炎症反応を誘導したり,copper bandを歯周ポケット内に挿入して再付着を妨げることで人工的な歯周ポケット形成に成功した。しかし,陽性結果が出るような条件設定を試行錯誤して工夫したことは理解できても,これら実験的に創り出された動物モデルがヒトの歯周炎を再現しているとは言い難い。疾患を実験室で再現しようとした彼らの試みは実験医学の影響を強く受けているのであろう。多因子性の慢性疾患の病態研究において,動物実験の結果をヒトの臨床に当てはめて考えることには慎重であるべきことを強調したい。

表2

歯周炎における外傷性咬合の関与に関する論文の特徴

ヒュームの問題

ヒュームは1747年に「人間知性研究」39)を出版し,「原因」と「結果」について定義した。彼は「原因がなければ結果が無い」場合にのみ「原因」と「結果」とみなすことができると述べた。「ヒュームの問題」40)は経験主義の限界を指摘しており,我々が疾患の因果関係を考える際,知っておくべき考え方である。

我々は歯周疾患という「結果」を見ているものの,過去に移動して疾患(結果)が生じていない状況を確認することは出来ない。疫学的には,この問題を解決する方法として,「2×2分割表」で定量的に扱うことが可能である。すなわち,原因(細菌,過剰な咬合力,その他の因子)と結果(疾患)の有無を4つに分けて統計解析する方法である。動物実験の評価にも利用できる。外傷性咬合の原因として11の因子6)が挙げられているが,個別に貢献度を評価することは不可能で,言語世界における概念的な話に過ぎない。ちなみに,上述した外傷性咬合(原因)の影響を調べた古典的な研究論文では,病理組織学的な評価がほとんどで,統計解析をして定量的に考えているものは皆無である。ある条件下で行った実験により動物(イヌ,サル)に歯周炎が発症したことは事実でも,動物の被験数が少なく発症確率が不明瞭であるし,そもそも実験方法が非現実的である。

反証可能性

2017WWPsにおいて,FanとCatonの論文9)の結論は以下の通りである。「Animal and human studies have indicated some association between occlusal trauma/occlusal discrepancies and progression of periodontal disease. Nevertheless, all investigators agreed that excessive occlusal forces do not initiate plaque induced periodontal diseases or loss of periodontal attachment, and more recent studies support this conclusion. In addition, based on the existing data, there does not appear to be any scientific evidence to prove that excessive occlusal forces cause abfraction or gingival recession.」

要点は,1.咬合性外傷はプラーク誘導性の歯周病あるいはアタッチメントロスを引き起こさない。2.咬合性外傷がアブフラクションあるいは歯肉退縮の原因になることを証明できるエビデンスは無い,である。しかし,外傷的に作用した咬合力は歯根破折やセメント質剥離を介して歯周炎を引き起こし得る41)

カール・ポパーは「科学は常に反証できるものである。」と述べ,反証可能性の重要性を説いた42,43)。さらに「理論の正しさを証明しようと努力するのではなく,その誤りを見つけようとすることから知識は進歩する。」と考えた。「過剰な咬合力はプラーク誘導性の歯周病を引き起こさない。」という上述の結論に反証するには,外傷的な咬合力の影響が大きいと考えられる患者の症例報告を「反証例」として提示するとよい。具体的には,ブラキサーで,生活歯が歯根破折したりセメント質剥離を生じている症例(図6)では,歯周炎進行における外傷性咬合の関与が大きいことを説明するのに都合が良い。もっとも,外傷性咬合(原因)を観察できないため,アブダクティブな推論の域を出ない。Waerhaugの研究20-23)を「前後即因果の誤謬」と考察したが,「因果関係」と「前後関係」を見分けることは非常に難しい。臨床研究を考えた場合,外傷性咬合の原因と考えられる因子を保有する患者,具体的には明らかなブラキサーと非ブラキサーを集め,長期的な予後を観察するなど,倫理的に許容される範囲内で計画的な臨床研究を積み重ねる必要がある。

図6

過剰な咬合力によりセメント質剥離が生じて歯周炎が発症したと考えられる症例(反証例)

55歳の女性。下顎左側犬歯部歯肉が時々痛むことを主訴に来院した。初診時の口腔内所見(a)から,プラークコントロールは比較的良好で,全顎的な骨吸収量は少なく歯周炎のリスクは低いと考えられた。問診から患者は歯ぎしりの自覚があり,クレンチャーと診断しバイトプレートを作製した。初診時のエックス線写真(b)から,33遠心部に垂直性骨吸収像が見られたが,その他の部位にはほとんど骨吸収を認めなかった。

診断的治療時の所見(唇側面観):歯肉弁を剥離すると,33歯根の遠心から舌側部にセメント質剥離を認めた(c)。

歯周外科治療後2年経過時のデンタルエックス線(d)写真 歯槽硬線および歯根膜腔の正常化が観察できる。セメント質剥離の見られた33遠心部が正常な画像に変化していることがわかる。歯周ポケット深さ12 mm→2 mmに改善した。

おわりに

「歴史を無視すると片目を失う。」「歴史ばかり見ると両目を失う。」というロシアの諺がある。「歴史」を「過去の原著論文」に代えた場合,過去の原著論文を読むことを推奨するが,エビデンスレベルの高くない古典的な論文の仮説や結果に固執するのは賢明ではない。批判的に(否定的ではなく)読めば,より多くの教訓が得られる。たとえば,ヒュームの問題意識が乏しく,統計解析が欠如していることがわかる。

臨床家は既存の概念や仮説に合わない症例に出会った際,それを「反証例」として公表し,理論や定義の修正や再構築を促すことが出来る。歯根破折,セメント質剥離40),修復物の皺壁あるいはアブフラクションなど過剰(異常,外傷的あるいは非生理的)な咬合力の関与を疑う症例に遭遇することは多く,実践知(臨床知)を積み上げ科学知を構築する努力が求められる。歯周病学および歯周治療学は未だに思考錯誤と試行錯誤を繰り返している(図1)。基礎研究と同様に,臨床研究においても患者の臨床データを記録して観察し,反証例の報告や新しい仮説を提示することが歯周治療学の発展に繋がる。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
© 2020 by The Japanese Society of Periodontology
feedback
Top