Nihon Shishubyo Gakkai Kaishi (Journal of the Japanese Society of Periodontology)
Online ISSN : 1880-408X
Print ISSN : 0385-0110
ISSN-L : 0385-0110
Original Work
Effect of periodontal disease on the risk of development of cerebral infarction and myocardial infarction: a study using health insurance records
Takumi IshiharaHirofumi MatsuokaToshiyuki NagasawaYasushi FuruichiMasahiro TsujiItsuo Chiba
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2021 Volume 63 Issue 2 Pages 47-60

Details
要旨

歯周病が循環器疾患の発症に影響を与えることを示唆した報告はいくつかあるが,交絡因子となる幅広い因子を一度に調整した研究は殆どない。本研究の目的は,多数の交絡因子を調整するために健康保険の大規模なレセプトデータを用い,歯周病の病態や歯周治療が循環器疾患の発症に及ぼす影響を明らかにすることであった。

全国健康保険協会(協会けんぽ)北海道支部に所属し,2014年に特定健康診査を受診し歯科受診をしていない者235,779名を対象とし,特定健診データ,医科及び歯科レセプトデータを用いて分析を行った。2015年の歯科レセプトを使用し「歯科受診なし」,「歯科受診1~4回」,「歯科受診5回以上」の3つの対象者分類に区分した。2015年と2016年における脳梗塞と心筋梗塞の新規発症の有無を目的変数,2015年の対象者分類と交絡因子を説明変数とするロジスティック回帰分析を行った。

2015年の脳梗塞の発症を用いたロジスティック回帰分析の結果,歯科受診なしを基準とした場合,1~4回及び5回以上の脳梗塞発症に関するオッズ比が有意であり(1~4回:1.95,5回以上:1.63),歯周病によって脳梗塞の新規発症リスクが高まる可能性が示唆された。また,2016年の脳梗塞の発症を用いた場合でも同様の結果が得られており(1~4回:1.63,5回以上:1.61),歯周治療の開始から1年が経過しても脳梗塞発症のリスクは変化していない可能性が示唆された。

緒言

歯周病は循環器疾患,代謝性疾患など様々な全身疾患のリスクファクターとして影響を与えることが知られている1)。歯周病が影響を及ぼす疾患の中で,脳血管疾患(脳卒中)や虚血性心疾患(狭心症,心筋梗塞)といった循環器疾患は患者数が多く2),日本人の死因の上位に位置し3),歯周病は重要な関連疾患として位置づけられている。その具体的な関連として,歯周病の重症度や欠損歯数に比例し,脳梗塞の発症リスクが高まるとの報告がある4,5)。また,歯周病が存在することで,心筋梗塞の発症リスクが高まると報告されている6,7)

循環器疾患の代表である脳梗塞や心筋梗塞のリスク因子には,高血圧症,糖尿病,脂質異常症,喫煙が挙げられる8)。これらの各リスク因子と歯周病との相互作用について様々な研究が行われてきている。各リスク因子が,歯周病を悪化させるという報告9,10)がある一方,歯周病の存在が糖尿病や脂質異常症を悪化させるという報告もなされている11,12)。例えば,歯周病が糖尿病に及ぼす影響として,歯周病原細菌由来のリポ多糖などの情報伝達物質がインスリン抵抗性を誘導することで糖尿病を悪化させるとの報告がある11)。さらには,歯周病を有する糖尿病患者において歯周病を治療すると血糖値が改善することが報告されている13)。一方,糖尿病が存在することで,歯周病原細菌に対する抵抗力や組織の修復力が低下し歯周病を悪化させることも示されており14),歯周病と糖尿病は相互に影響を及ぼす関係にあることが示されている15)。糖尿病以外の高血圧症,脂質異常症やメタボリックシンドロームにおいても,歯周病があることでそれぞれの疾患が悪化することが報告されており16-18),脂質異常症については,歯周病が悪化するとの報告もある12)。このように循環器疾患のリスク因子となる疾患は,歯周病とも関連があるため,歯周病の循環器疾患への関連を検討する際に,交絡因子の役割を果たす可能性があり,分析の際に調整する必要がある。また,これらの交絡因子は前述のとおり単一の因子ではなく,多数の因子が確認されていることから,交絡因子となる多数の因子を同時に調整し分析を行う必要があると考えられる。

これまでに報告された脳梗塞や心筋梗塞に対する歯周病の影響を検討した研究では,これらの交絡因子の一部を調整しているものがほとんどで,すべての交絡因子を調整している研究は非常に少ないのが現状である4,7)。実際に歯周病が脳梗塞の発症や症状に対してどのように影響を与えるかを検討したメタ分析4)によると,交絡因子として年齢,性別,喫煙の状況,服薬(高血圧症,糖尿病,脂質異常症)の状況,メタボリックシンドロームの有無の各因子をすべて調整した研究は,前向きコホート9研究中,1研究のみであった。さらに,歯周病が心筋梗塞の発症や症状の悪化に対してどのような影響があるかを検討したメタ分析7)では,前向きコホート4研究中,交絡因子すべてが調整されていたのは1研究のみであった。このように,メタ分析で扱われている信頼性が高いコホート研究のうちすべての交絡因子を調整している研究は殆どなく,Wu et al.19)のようにN=9,962と比較的大きなサンプルを対象にすべての交絡因子を調整した研究もあるものの,交絡因子を調整した他の研究ではサンプルサイズがN=2,000程度4)と十分ではないことから,十分な症例数において交絡因子を調整したうえで,循環器疾患の新たな発症に歯周病が与える影響を検討する必要がある。また,扱う因子の種類が多くなると十分なサンプルサイズを確保できず安定した結果が得られないと指摘されている20)

以上のことから,本研究では大規模サンプルを対象とした分析が必要であると考え,レセプトデータに着目した。研究協力を依頼した全国健康保険協会(協会けんぽ)北海道支部の2014年時点での加入者は約173万人であり,メタ分析を行った場合と同程度もしくはそれ以上の安定した結果が期待できることから,健康保険のレセプトデータ及び特定健診等情報を用いた大規模サンプルのデータを活用し,歯周病の病態や治療が脳梗塞及び心筋梗塞の発症に及ぼす影響を交絡因子を一度に調整した上で検討を行った。

対象及び方法

1. 対象者

2014年の全国健康保険協会(協会けんぽ)北海道支部の加入者1,729,316名の中から,2014年に生活習慣病予防健診もしくは特定健康診査(以下,特定健診)を受けた者377,789名を対象とした。このうち,2014年に脳梗塞及び心筋梗塞のレセプト病名がついている者,人工呼吸器を装着している者,人工透析治療を受けている者,歯科を受診している者は除外した。その結果,235,779名(平均年齢:50.47歳,SD±9.47,男性:65.9%,女性:34.1%)をその後の分析対象とした(図1)。対象者の特定健診データ,医科レセプトデータ(外来)及び歯科レセプトデータ(外来)を匿名化し,結合した。

図1

分析対象者の除外基準

全国健康保険協会(協会けんぽ)北海道支部の加入者の中から,本研究の対象者以外を除外する基準を示した。

2. 分析対象とする変数

1) 対象者の分類

本研究における対象者分類を設定するにあたり,レセプトデータを用いた台湾とアメリカで行われた研究21,22)及び,我が国の保険診療の算定規則(歯科点数表の解釈,平成26年4月版)23)を参照した。我が国の保険診療で定められた歯周治療の流れに従い,対象者を2015年の歯科レセプト(表1)を基に以下の手続きを用いて「歯科受診なし」,「歯科受診1~4回」,「歯科受診5回以上」に分類した(図2)。2015年に歯科レセプトの算定のない者を「歯科受診なし」とした。表1に示す歯周治療のレセプト算定がある者を歯周病の患者として扱い,歯周治療の手続きを考慮した場合,治療の最大間隔は概ね3か月となり,1年の歯科受診回数に換算すると4回になる。年間の受診回数が4回までであれば3か月ごとの定期通院であり,歯周病の状態が軽度もしくは安定していることが考えられる。一方で,1年間で5回以上歯科を受診している者は,治療のために定期通院の間隔を短くする必要があるような歯周病の状態,すなわち中等度以上の歯周病の状態であると考えられる。こうした考え方を基に,2015年の歯科受診回数で歯周病の重症度を判断した。具体的には,表1に示す基本診療料の歯科初診(歯科初診料,地域歯科診療支援病院歯科初診料)と歯科再診(歯科再診料,地域歯科診療支援病院歯科再診料)の合計回数を,年度ごとの歯科受診の回数として使用し,「歯科受診1~4回」の対象者(23,746名)と「歯科受診5回以上」の対象者(12,368名)に分類した。次に歯科を受診している者のうち,表1に示す1~4の歯周治療のレセプト算定のない者については,口腔機能が低下したことにより栄養状態が低下し口腔虚弱(オーラルフレイル)となった者などの歯周病以外で全身に影響する口腔内の疾患を有する者や無歯顎者などが含まれることが予想され,全身状態に影響を与える歯周病以外の口腔内の要因が存在している可能性があることから,本研究の対象者から除外した(12,517名)。

表1

対象者分類の基準のために用いたレセプト算定項目(2014年)

2014年(平成26年)4月版の歯科診療報酬点数表に基づき,表に記載の項目を抽出した。

歯科受診回数の算定のために基本診療料の項目を使用した。歯周治療の分類として,歯周基本治療(スケーリング),歯周基本治療(SRP),歯周外科手術,歯周病安定期治療(SPT)のそれぞれに該当する項目を抽出した。

図2

対象者の分類

本研究における対象者分類の設定の基準の図を示した。

2) 循環器疾患の有無

2015年及び2016年の脳梗塞,心筋梗塞について,医科レセプトから情報を抽出した。疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD-10)2013年版24)の,第9章循環器系の疾患(I00-I99)の中から,虚血性心疾患(I20-I25)に含まれる「心筋梗塞(I21,I22)」と,脳血管疾患(I60-I69)に含まれる「脳梗塞(I63)」のレセプト項目を抽出した。

本研究では,疾病を新たに発症するリスクを,アウトカムとする疾患がない者を対象に検討した。脳梗塞及び心筋梗塞について,2014年にこれらの疾患に該当しない者が2015年に新たに発症したか否か,及び2014~2015年に該当しない者が2016年に新たに発症したか否かを検討した。このうち,2015年に新たに発症したか否かに関する分析では,2014年に歯科受診をしていない者を対象としており,前年の歯周治療の影響は反映されていないと考えられることから,歯周病の病態が循環器疾患に与える影響を明らかにできると考えられる。一方,2016年に新たに発症したか否かに関する分析では,2015年に歯周治療を行っていることから,歯周病の病態のみでなく2015年の歯周治療の影響が反映されていると考えられる。このことから,2015年では歯周病の病態の影響,2016年では歯周病の病態と歯周治療の影響を評価することとした。

3) 背景となる情報及び関連疾患

年齢,性別,喫煙の状況,服薬(高血圧症,糖尿病,脂質異常症)の状況,メタボリックシンドロームの有無の各因子は,2015年の健診データ(生活習慣病予防健診及び特定健診)から抽出した。その中で,喫煙の状況,服薬(高血圧症,糖尿病,脂質異常症)の状況については健診質問票リストの項目を,メタボリックシンドロームについては,医師による判定の項目を使用し,メタボリックシンドロームに該当する者と,メタボリックシンドローム予備群に該当する者をメタボリックシンドロームと診断された者とした25)

3. サンプルサイズの設定

本研究のサンプルサイズの設定については,以下の手順を用いた。我が国の疫学調査から,脳梗塞の発症率は約2.2%,心筋梗塞の発症率は約1.1%であることが示されている26)。歯周病による脳梗塞のオッズ比は2.525),歯周病による心筋梗塞のオッズ比は1.3927)であるとそれぞれ報告されている。これらの値を参考に,検出力80%,有意水準を5%として,必要となるサンプルサイズを求めたところ,1群に必要な人数は脳梗塞で519名,心筋梗塞で11,061名であった。本研究では,対象者の分類として,「歯科受診なし」,「歯科受診1~4回」,「歯科受診5回以上」の3群を設定したため,脳梗塞で合計1,557名,心筋梗塞で合計33,183名が分析に最低限必要な人数となった。なお,サンプルサイズの計算にはEpitools(ausvet, Australia. https://epitools.ausvet.com.au/)を用いた。

本研究では2014年の全国健康保険協会(協会けんぽ)北海道支部加入者1,729,316名から抽出された235,779名が分析対象であり,十分なサンプルサイズであると言える。過去のメタ分析4,6)を考えると,分析対象は80,000~140,000人程度であった4,6)ことから,本研究の対象者数は,メタ分析と同等かそれ以上のサンプルサイズであると言え,本研究の目的である交絡因子を調整し歯周病が循環器疾患の発症率に及ぼす影響を検討する上で,より信頼性のある分析結果を得ることが可能であると考えた。

4. 分析方法

1) 対象者分類間の患者情報及びリスク因子の比較

対象者分類の3群の間での患者情報およびリスク因子による差異を検討するために,対象者分類を独立変数,脳梗塞,心筋梗塞,メタボリックシンドローム,服薬(高血圧症,糖尿病,脂質異常症)の状況,性別,喫煙の状況のそれぞれを従属変数としてχ2検定を行った。対象者分類の3群の間で年齢に差があるかどうかを検討するために,対象者分類を独立変数,年齢を従属変数とした分散分析を行った。

2) 脳梗塞,心筋梗塞

対象者分類が単独でアウトカムの変動を説明できるかどうか,また交絡因子の影響を考慮した場合でも対象者分類がアウトカムを説明できるかを検討するために,①2015年の対象者分類のみを説明変数とした場合と,②2015年の対象者分類に加えて,2015年の年齢,性別,喫煙の状況,服薬(高血圧症,糖尿病,脂質異常症)の状況,メタボリックシンドロームの有無という交絡因子を説明変数とした場合の2つについて,2015年及び2016年の脳梗塞及び心筋梗塞をアウトカムとするロジスティック回帰分析を行った。

高血圧症,糖尿病,脂質異常症の服薬の有無別で,上記②と同様に2015年及び2016年の脳梗塞及び心筋梗塞をアウトカムとするロジスティック回帰分析を行った。

3) 統計解析

統計解析は,IBM SPSS Statistic(Version25,日本IBM,東京)を用い,有意水準はp<0.05とした。

5. 倫理面への配慮

本研究を行うにあたっては,研究対象者のプライバシー保護のため,レセプト情報・特定健診等情報の提供に関するガイドライン28)に従い,個人の特定につながるレセプトIDなどを識別不能にしたうえで,研究にかかわる電子データをネットワークに接続されていないPCに保存し,分析は当該PCのみで行うこととした。なお,本研究は,北海道医療大学歯学部・大学院歯学研究科倫理委員会から承認を受けて実施した(承認番号第161号)。

結果

1. 対象者の情報

対象者の年齢,性別,喫煙の状況,今回の研究で取り上げた疾患の罹患状況を表2に示す。

年齢別では,45~64歳が138,811名(58.9%)で最も多く,35~44歳が77,952名(33.1%),65~74歳が19,016名(8.1%)だった。性別では,男性が155,487名(66.0%),女性が80,292名(34.1%)だった。喫煙者は81,067名(34.4%),高血圧症,糖尿病,脂質異常症の服薬をしている人はそれぞれ28,020名(11.9%),8,894名(3.8%),16,917名(7.2%),メタボリックシンドロームに該当する人は31,184名(13.2%),メタボリックシンドローム予備群は25,073名(10.6%)だった。

次に,今回の研究で取り上げた疾患の発症数を以下に示す。2015年に脳梗塞を発症したのは1,806名(0.8%),心筋梗塞を発症したのは187名(0.08%),2016年に脳梗塞を発症したのは1,413名(0.6%),心筋梗塞を発症したのは156名(0.07%)だった。

表2

2014年の分析対象者の特徴

本研究の分析対象とした対象者の基本状況を表に示す。対象者の年齢構成割合,性別,喫煙の有無,高血圧症・糖尿病・脂質異常症の服薬状況,メタボリックシンドロームについて割合を示した。

2. 歯科受診の状況及び対象者分類3群のリスク因子の比較

2015年に歯科を受診したのは48,631名で全対象者の20.6%だった。その中で,歯周治療を受けた者は36,114名(15.3%)だった(図2)。歯周治療を受けた者のうち,「歯科受診1~4回」は23,746名(10.1%),「歯科受診5回以上」は12,368名(5.2%)であった。「歯科受診1~4回」は,表3に示す通り「歯周基本治療<スケーリング>」の算定が80.1%を占めた。一方,「歯科受診5回以上」は,表3に示す通り「歯周基本治療<SRP>」の算定が最も多く,さらには「歯周外科手術」や「歯周病安定期治療(SPT)」の算定が認められた。対象者分類間で喫煙,服薬(高血圧症,糖尿病,脂質異常症)の状況,メタボリックシンドロームの診断状況の各変数についてχ2検定を行った(表3)。その結果,「歯科受診5回以上」では,他の群との間に全ての変数で有意な差が認められ,女性,喫煙者及び高血圧症,糖尿病,脂質異常症に対する薬の服用者が多かった。「歯科受診1~4回」では喫煙者が少なく,他の群よりも有意に年齢が低かった(表3)。

表3

レセプト算定状況,背景となる情報及び関連疾患についての対象者分類に基づく群間比較

本研究で用いた対象者分類ごとの歯周レセプトの算定状況を表に示した。群間比較では,性別,喫煙状況,服薬の状況,メタボリックシンドロームの各因子において,「歯科受診なし」群,「歯科受診1~4回」群,「歯科受診5回以上」群の3つの群の間でどの因子に差があるかを示した。

3. ロジスティック回帰分析

脳梗塞を新たに発症するリスクについてロジスティック回帰分析を行った結果を表4に示す。対象者分類のみを説明変数とし,「歯科受診なし」を比較対象とした場合に,2015年と2016年の脳梗塞の発症に関する「歯科受診1~4回」と「歯科受診5回以上」で有意なオッズ比が認められ,「歯科受診1~4回」及び「歯科受診5回以上」で脳梗塞を発症する対象者が多かった(歯科受診1~4回2015:1.93,2016:1.65,歯科受診5回以上2015:1.69,2016:1.70)。交絡因子を説明変数として加え調整した場合も同様の結果が得られた(歯科受診1~4回2015:1.95,2016:1.63,歯科受診5回以上2015:1.63,2016:1.61)。

心筋梗塞を新たに発症するリスクについてロジスティック回帰分析を行った結果を表4に示す。対象者分類のみを説明変数とし,「歯科受診なし」を比較対象とした場合に,2015年と2016年の心筋梗塞発症に関して関連が認められる変数はなかった。交絡因子を説明変数として加え調整した場合,2015年の心筋梗塞の発症に関する「歯科受診1~4回」で有意なオッズ比が認められ,「歯科受診1~4回」で心筋梗塞を発症する対象者が多かった(歯科受診1~4回2015:1.52)。

高血圧症,糖尿病,脂質異常症の服薬をしていない対象者と服薬している対象者に分けて脳梗塞及び心筋梗塞の新規発症リスクについてロジスティック回帰分析を行った結果を表5に示す。高血圧症,糖尿病,脂質異常症の服薬をしていない対象者では2015年の脳梗塞新規発症をアウトカムとした分析の結果,「歯科受診1~4回」「歯科受診5回以上」の両方で有意なオッズ比が認められた。一方で,高血圧症と脂質異常症の服薬をしている対象者の分析結果では,「歯科受診1~4回」で有意なオッズ比が認められたが,高血圧症,糖尿病,脂質異常症の服薬をしている対象者では「歯科受診5回以上」の有意なオッズ比は認められなかった。また,脳梗塞をアウトカムとした場合の2015年と2016年の「歯科受診1~4回」のオッズ比の変化をみると,糖尿病の服薬をしている場合を除いて2016年のオッズ比が2015年よりも減少する傾向がみられた。一方で,「歯科受診5回以上」では,服薬あり・服薬なしにかかわらず,オッズ比の減少傾向は認められなかった。心筋梗塞を新たに発症するリスクについてのロジスティック回帰分析では,「歯科受診1~4回」,「歯科受診5回以上」のほとんどのオッズ比が有意ではなかった。

また,ロジスティック回帰分析に用いた説明変数間に多重共線性の問題が認められるか検討した結果,Variance Inflation Factor(VIF)が1.002~1.295の間であり,多重共線性の問題は認められなかった。

表4

2014年に脳梗塞及び心筋梗塞に該当しない者を対象とした2015年と2016年の脳梗塞及び心筋梗塞についてのロジスティック回帰分析

脳梗塞と心筋梗塞について,対象者分類のみを用いた場合と交絡因子を調整した後の2つの場合においてロジスティック回帰分析を行った結果を示す。

表5

2014年の服薬状況の有無で区分した2015年と2016年の脳梗塞及び心筋梗塞についてのロジスティック回帰分析

高血圧症,糖尿病,脂質異常症の服薬の有無で場合分けした脳梗塞及び心筋梗塞についてのロジスティック回帰分析を行った結果を示す。

考察

本研究は,歯周病と循環器疾患の両者と関連がある要因の影響を排除し,歯周病の病態が循環器疾患に与える影響について明らかにすることを目的とした。そのため,循環器疾患のリスク因子となる要因を交絡因子として調整し,歯周病の循環器疾患に対する影響を検討した。

歯周病が脳梗塞の発症リスクに及ぼす影響について,交絡因子を調整したロジスティック回帰分析を行った結果,2015年のアウトカムに対して,「歯科受診1~4回」群と「歯科受診5回以上」群で有意なオッズ比が認められた。これまでに歯周病と脳梗塞の関連について検討した研究として,歯肉炎,歯周炎,及び歯の喪失と脳梗塞との関連についてメタ分析が行われており,歯周炎の存在は脳梗塞の発症に対して統計学的に有意な関連があったことが報告されており4,5),こうした研究を支持する研究結果であったと言える。一方で,日本人の全国データの年齢構成・職業分布とほぼ同一の特徴を持った久山町研究26)では,脳梗塞の発症率は約2.2%であるが,本研究での脳梗塞の発症率は0.6%と低かった。また,久山町研究26)では調査対象者の年齢構成で65~74歳の割合が約15%程度であるのに対して本研究では約8%であり,久山町研究の方が高値を示した。こうしたことから年齢構成がより高齢で脳梗塞の発症率の高い集団でも同様の結果が得られるか検討する必要があると考えられる。

高血圧症,糖尿病,脂質異常症の服薬状況の有無別でロジスティック回帰分析を行った結果,これらの服薬を行っていた対象者の脳梗塞の新規発症に対する「歯科受診5回以上」のオッズ比は全て有意ではないという結果(表5)が得られた。表3で示した通り,「歯科受診5回以上」では,「歯科受診1~4回」や「歯科受診なし」よりも糖尿病の服薬者が多く,「歯科受診5回以上」のオッズ比が有意にならなかった理由には糖尿病の服薬をし,全身疾患の状態が改善していることが影響している可能性があると思われる。このような服薬状況の違い,またその全身への影響が表5で示した「歯科受診1~4回」と「歯科受診5回以上」のオッズ比の違いとして現れたと考えられる。

脳梗塞を対象としたロジスティック回帰分析において,2016年のアウトカムに対して「歯科受診1~4回」と「歯科受診5回以上」で有意なオッズ比が認められた。本研究では2014年に歯科受診がない者を対象に2015年の歯周治療のレセプト項目を基に歯周治療の有無を判断し,「歯科受診1~4回」と「歯科受診5回以上」に分類したため,2015年と2016年のアウトカムを比較した場合,2016年のアウトカムは歯周病の重症度の影響と共に,歯周治療の影響も受けていると考えられた。本研究で得られた「歯科受診1~4回」及び「歯科受診5回以上」は2016年のアウトカムに悪影響を与えていたという結果から,歯周治療による脳梗塞発症のリスク軽減は小さかったと考えられる。歯周治療による影響が小さかった原因として,観察した治療期間の長さが影響している可能性がある。歯周治療がII型糖尿病・脳血管疾患・冠状動脈疾患・関節リウマチに係る医療費に影響している事を明らかにしたJeffcoat et al. 29)の研究では,5年間という長期にわたって歯周治療を実施・継続することで脳血管疾患の医療費削減に繋がることが明らかにされている。本研究で採用した1年という短期間の経過観察では,脳梗塞発症のリスクを評価できなかったが,より長期に渡って治療経過を追跡することによって,脳梗塞発症のリスク低減に繋がることを明らかにできる可能性がある。歯周治療が脳梗塞発症のリスクを軽減させるかどうかを検討するためには,歯周病の病態が歯周治療により改善し,その状態が維持されることが必須であることから,治療の経過観察を行った上で,歯周治療が脳梗塞に及ぼす影響を検討していく必要があると言える。また,服薬状況の有無別に実施したロジスティック回帰分析では,「歯科受診5回以上」に比べ,「歯科受診1~4回」で2016年の脳梗塞に対するオッズ比が減少する傾向が認められた。「歯科受診1~4回」の方が歯周病の病態が軽いために比較的短期間の歯周治療によって効果がみられたと考えられる。

歯周病の存在が心筋梗塞の発症に及ぼすリスクについて,交絡因子を調整したロジスティック回帰分析を行った結果,2015年のアウトカムに対して「歯科受診1~4回」では有意なオッズ比が認められたものの,2015年の「歯科受診5回以上」と2016年のアウトカムに対して有意なオッズ比は認められなかった。2015年の「歯科受診5回以上」と2016年のアウトカムに対しては有意なオッズ比が認められなかったことから,歯周病や歯周病の治療が心筋梗塞の発症リスクに及ぼす影響は,脳梗塞への影響に比べて小さいと解釈することができる。Xuら7)が実施したメタ分析では,コホート研究,患者対照研究,横断研究の結果が統合され,歯周病が心筋梗塞と有意に関連することが明らかになっている7)。しかしながら,信頼性が高い研究デザインである前向きコホート研究に絞ると,メタ分析の対象となった4研究中,有意な関連が得られているのは1研究のみであった。その研究は交絡因子として調整されているのは年齢のみであり,交絡因子の調整が十分であるとは言えない。交絡因子を十分に調整した前向きコホート研究を対象とした場合,歯周病が心筋梗塞に大きな影響を及ぼすと結論付けられない可能性がある。一方で,本研究対象者の心筋梗塞の発症率が低いことや糖尿病や脂質異常症の服薬者数が少ないという特徴が研究結果に影響を与えた可能性も考えられる。久山町研究26)では,心筋梗塞(急性心筋梗塞)の発症率は約1.1%であるが,本研究での心筋梗塞の発症率は0.07%と極めて低かった。さらに,本研究と久山町研究には,対象者の糖尿病や脂質異常症の服薬者の割合に違いがみられた。服薬状況については,糖尿病,脂質異常症の各服薬者の割合が54%及び22%と本研究の3%及び7%と比べて多かった。この心筋梗塞の発症率の違いや糖尿病及び脂質異常症の服薬者の割合の違いが,歯周病の心筋梗塞に対する影響を検討した本研究結果に影響を与えた可能性が考えられる。

本研究の結果,歯周疾患を有するにもかかわらず歯科を受診していない対象者が多い可能性が示唆された。本研究で,2014年に歯科を受診し分析対象者から除外された対象者は113,470名(32.5%)であり(図1),67.5%の対象者は歯科を受診していなかった。2014年に歯科を受診していなかった対象者のうち,2015年に歯科を受診していたのは48,631名(20.6%)で,そのうち,歯周治療を受けていたのは36,114名(15.3%)であった。このことから,今回の対象者では歯科を受診する対象者は少なく,複数年にわたって追跡しても歯科受診に至る対象者は大きく増加していないことが分かる。2017年に行われた患者調査によると,調査対象者約720万人中,「歯肉炎及び歯周疾患」に該当する患者は約470万人であると報告されており1),全体の約65%が歯周疾患を有していると言える。歯周疾患の患者数が約65%であるにもかかわらず,本研究では2014年と2015年を合わせても約40%しか歯科を受診していなかった。歯科未受診者の歯科受診を推奨し歯科受診率を上げることが,潜在的な歯周病患者の歯周治療実施に繋がり,結果として全身の健康改善に影響する可能性が考えられる。

本研究の限界点として,次の点が挙げられる。

1) 診断の正確性

まず,問診票によって得られた本研究のデータは本人の自己申告に基づくものであり,診断の正確性において問題がある可能性が考えられる。本研究では,高血圧症,糖尿病,脂質異常症の各項目は,特定健診の問診票内の服薬状況から抽出したデータであり,医科レセプトから各疾患のレセプト病名を抽出してはいないものの,特定健診の問診票の記入漏れについて検討した研究30)によると,服薬状況欄への記入漏れは殆ど無いことが報告されていることから,本研究の特定健診の問診票から取得したデータには一定の信頼性が認められると言える。一方で,本研究では高血圧症,糖尿病,脂質異常症の各疾患の確定診断がついているにもかかわらず,服薬をしていない対象者が少なからず存在し,各疾患について正確な人数を把握できていない可能性がある。また,本研究のように健診の問診項目中の服薬の有無だけでその疾患の重症度を測ることはできないため,新たに高血圧症,糖尿病,脂質異常症の診断がついた対象者の項目を新たに使用して細かい対象者の分類を行うことが必要であると考える。

2) 歯周病の病態と歯科受診

歯科受診なしとした分類の中に,歯周治療を受けなければならない状況であるにもかかわらず,歯科を受診していない者が含まれる可能性がある。本研究では,歯周治療のレセプトによって歯周病の状態を把握し,歯科受診していない対象者と比較することで,歯周病の影響を検討した。歯科受診なしに分類された対象者は,歯科を受診していないという事は判断できるが,歯周治療が必要であるかの判断はできず,歯周病の影響を評価するための比較対照群としては適切でない対象者が混在している可能性がある。今後の研究では,レセプト項目だけを使用することには限界があることから,歯周病検診などのデータを併用し,歯科を受診していない者の中でも歯周病の疑いのある者については除外するなどの方法で検討を行う必要があると考える。また,本研究では対象者を「歯科受診なし」「歯科受診1~4回」「歯科受診5回以上」の3群に分類し,歯周算定のない対象者は除外した。平成28年度歯科疾患実態調査の「補綴物の装着状況の有無と補綴物の装着者の割合」の結果31)では,74歳までの全部床義歯装着者の割合が約30%であり,本研究の対象者でも約30%は無歯顎者であることが考えられる。残りの約70%は,何らかの理由で歯周治療を受けていない者,齲蝕治療のみを受けた者,口腔外科処置を受けた者と推察できるが,これらに関するレセプト項目を抽出していないためその内訳は不明である。このように,歯周算定のない者の群の歯周病の病態が均一ではなく歯周病の病態や治療の効果を判定するには不確定な要素を多く含む群になりうると考えたため,歯周算定のない者を分析対象から除外した。除外した対象者は,歯周治療を行った群よりも無歯顎者を多く含んでいる可能性が高く,口腔状態や全身状態が他の対象者よりも悪い可能性が考えられ,本研究の手続きによって口腔状態の悪い対象者を排除してしまっている可能性がある。また,本研究のサンプルは中小企業を主とした協会けんぽのサンプルであるため,収入がある程度均一であることが予想され,社会経済状況の優劣が口腔状況に及ぼす影響は大きくないと考えられる。しかしながら,社会経済状況が口腔状況に影響していることは多くの研究で指摘されていることから32),除外された対象者が社会経済状況の悪いものであった可能性は排除できない。今後の研究では口腔状態や社会経済状況が劣悪な対象者で本研究と同様の結果が得られるかの検討が必要である。

さらに,本研究では歯周治療の影響を検討するために前年度の歯周治療が行われていない者を対象とし,歯周病の重症度を判断する材料として,一般的な歯周治療の流れから受診回数を採用した。本研究の結果から,「歯科受診1~4回」では歯周外科手術の算定がなく,スケーリングの算定割合が最も高いことから,歯周病の状態は軽度であると考えられる。一方で「歯科受診5回以上」では歯周外科手術の算定があり,SRPの算定割合が最も高いことから,歯周病の状態は中等度あるいはそれ以上と考えられる。しかしながら,歯科受診回数が多い者がすべて歯周病の病態が重くなるわけではなく,受診回数が歯周病の病態を反映していない対象者も一定程度存在している可能性がある。先行研究29)において,歯科受診回数が多いとその後5年間の追跡調査で医科医療費の抑制につながったという結果が示されていることからも,歯科受診回数による歯周病の重症度分類はある程度の妥当性があったと考えられる。今後の研究では,歯周組織検査や抜歯といった歯周病の進行と直接関係する項目を抽出し,歯周病の重症度をより詳細に把握した研究が必要であると考える。

3) レセプトの記載内容

本研究で用いたICD-10(2015)の「脳梗塞(I63)」のレセプト項目では,アテローム血栓性脳梗塞が歯周病と関連することがこれまでの研究で報告されている10)。本研究で脳梗塞に分類されたレセプト項目にはこのアテローム血栓性脳梗塞が含まれている。一方で,歯周病と関連しない心房細動に起因する心原性脳塞栓症も含まれているため,歯周病と脳梗塞のより正確な影響を観察するためには,脳梗塞の細かな分類を用い検討を行う必要があると考えられる。

4) 研究対象とした集団

4つ目の限界点は,本研究結果を適用できるのは年齢層及び職域という点で限られた範囲のみという点である。我が国には組合管掌健康保険,全国健康保険協会管掌健康保険,後期高齢者医療制度,国民健康保険などの医療保険制度があり,職種や年齢によって区分されている。本研究は,全国健康保険協会(協会けんぽ)北海道支部のデータを使用しており,協会けんぽの加入者は主に中小企業の労働者(被保険者)及び被扶養者であり,国民健康保険に加入する自営業者や,共済組合に加入する公務員や私立学校教職員及び後期高齢者医療制度に加入している75歳以上は除外される。つまり,35~74歳までの中小企業の労働者及び被扶養者のみが対象であり,自営業者や高齢者といった協会けんぽに加入していない人に対しては,単純に結果を照合して対応できない可能性がある。そのため,調査対象となる年齢や職種を広げ,同様の結果が得られるか検討を続けていく必要性がある。

5) 治療の影響の検討について

本研究では歯周治療の影響を検討する際に,2015年と2016年の歯周治療のレセプト項目の算定を使用した。しかし,1年間の歯周治療の有無だけでは歯周治療の効果を反映しているかが不明であることから,歯周治療を長期間継続している対象者を用い,さらに歯周組織検査や抜歯等の項目を追加し長期間にわたる歯周治療の影響を検討する必要があると考えられる。

結論

歯周病と循環器疾患の関係について,大規模な集団を対象に多数の交絡因子を同時に調整し,解析を行った。その結果,歯周病が存在すると,脳梗塞発症リスクが高まる可能性が示唆された。一方で,1年という短期間の歯周治療では脳梗塞発症のリスクを評価できない可能性が示された。

謝辞

本研究の実施に当たり,データの提供及び加工に多大なるご協力とご支援を頂いた全国健康保険協会北海道支部の関係者各位に深く感謝申し上げます。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
© 2021 by The Japanese Society of Periodontology
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