Nihon Shishubyo Gakkai Kaishi (Journal of the Japanese Society of Periodontology)
Online ISSN : 1880-408X
Print ISSN : 0385-0110
ISSN-L : 0385-0110
Case Report
A case of chronic periodontitis with drug-induced gingival hyperplasia who improved with non-surgical periodontal treatment
Yukari EbeKenji SakodaYoshiko KawakamiTakako ShimotahiraTeruyo NamariyamaKazuyuki Noguchi
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 63 Issue 2 Pages 85-95

Details
要旨

高血圧患者への降圧薬として用いられるカルシウム拮抗薬は,歯肉増殖症を発症させることが知られている。歯肉増殖症は著しい歯肉の増殖に加え,歯列不正など,審美的な問題を生じることがある。その発症機序については不明な点も多いが,プラークは歯肉増殖症発症の病因に関係している。治療としては,可能であれば内科医へ薬剤の変更依頼,プラークコントロールとスケーリング・ルートプレーニングを中心とした歯周基本治療を行い,必要に応じて歯周外科手術が適応となる。本症例報告患者は高血圧症を有する41歳男性で,カルシウム拮抗薬による薬物性歯肉増殖症を伴う慢性歯周炎(ステージIII,グレードC)と診断され著しい歯肉腫脹,出血,上顎前歯部の動揺と歯列不正をきたしていた。内科医による服用薬の変更後,口腔衛生指導およびスケーリング・ルートプレーニング(SRP)やPMTCなどの歯周インフェクションコントロールを徹底し,再評価後,歯肉増殖は改善されたが,4 mm以上のプロービングデプスが残存した。患者が多忙であり歯周外科の同意が得られないため,再SRPと局所薬物配送システムを行った。また,患者には繰り返しプラークコントロール,プロフェッショナルケア,血圧コントロールの重要性を説明し,モチベーションを高めた。その結果,非外科的歯周治療のみで良好な歯周組織状態及び歯列の改善が得られた。

緒言

我が国の高血圧患者総数は約4300万人と推定されており,脳心血管病死亡要因としても高血圧は最大要因となっている1)。降圧薬としては,カルシウム拮抗薬,アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬),アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB),利尿薬,α遮断薬,β遮断薬,中枢性交感神経抑制薬などがあり,高血圧の治療における第一選択薬には,単剤あるいは併用で十分な降圧効果と忍容性を有しているカルシウム拮抗薬,ACE阻害薬,ARB,利尿薬が選ばれることが多い。カルシウム拮抗薬は主に血管平滑筋に作用し,細胞内外のカルシウムイオン濃度をコントロールすることにより,血管収縮を阻害して降圧作用を示す。しかし,そのカルシウム拮抗薬には,副作用として薬物性歯肉増殖をきたすことが報告されている2,3)。カルシウム拮抗薬による薬物性歯肉増殖症の発症頻度については研究者によってかなりの幅があるが,Onoら4)はニフェジピンでは7.6%,アムロジピンでは1.1%と報告している。発症機序については,歯肉線維芽細胞で生じるコラーゲン合成および分解の異常や遺伝子変異を引き起こすことによって歯肉増殖が生じるとされているが5,6),詳細は不明な点が多い7)。また,プラークが介在することによって歯肉増殖の程度がさらに著しくなることが知られており,それらカルシウム拮抗薬の薬理作用に加え,プラークによる歯周組織の炎症もまた病態悪化の一因と考えられている。薬物性歯肉増殖症においては,増殖した歯肉がプラークコントロールを妨げることでカリエスや歯周病が進行しやすくなるため,患者教育や口腔衛生状態を良好に保つことは極めて重要である。さらに,薬物性歯肉増殖は,歯肉の著しい肥厚に加えて歯列不正を生じることも多く,審美的な問題も生じる8,9)

カルシウム拮抗薬を服用している薬物性歯肉増殖患者に対する治療法としては,まず内科主治医に対して薬剤変更について問い合わせを行い,可能であれば他の降圧剤(ACE阻害薬,ARB,利尿薬,α・β遮断薬など)への変更を依頼する。そして,歯周基本治療を行い,必要に応じて歯周外科治療を行う。歯周外科治療は,アタッチメントロスや骨欠損を伴わない場合は歯肉切除術が適応となり,アタッチメントロスや骨欠損がある場合はフラップ手術が適応となる。しかし,歯周外科治療を行うことができない患者がいることも実際の臨床では少なくない。

今回,カルシウム拮抗薬を服用していた薬物性歯肉増殖症を伴う慢性歯周炎患者に対し,歯周外科治療が困難であったために徹底した歯周インフェクションコントロールを実践し,非外科的歯周治療のみで良好な歯周組織状態および歯列不正の改善が得られた症例を経験したので報告する。

症例

患者:41歳 男性

初診:2013年4月

主訴:歯肉の腫れと出血が続き,上の前歯も動いてきた。

現病歴:2013年1月頃より右上前歯の動揺と傾斜の増悪を自覚。次第に同部位の歯肉腫脹や出血も認め,歯科医院を受診したところ,薬物性歯肉増殖症が疑われたため鹿児島大学病院歯周病科に紹介受診となった。

既往歴:2001年 高血圧症,2006年 虫垂炎手術

内服歴:2007年12月よりアムロジピン内服中

患者背景:自営業で重量物の取り扱いが多い。非常に多忙であり,十分な休日確保が困難であった。喫煙歴はなかった。

1. 現症

1) 口腔内所見(図1A

全顎的に比較的硬く締まった線維性歯肉の著しい増殖を認め,上下顎前歯は捻転および転位を生じ,歯列不正をきたしていた。O'Learyのプラークコントロールレコード(PCR)は28.2%であった。

図1

初診時(2013年4月)

口腔内写真(A),エックス線写真(B),歯周組織検査(C)

2) デンタルX線写真所見(図1B

前歯部中心に歯根膜腔の拡大と,歯槽硬線の消失を認めた。全顎的に歯根長1/3以上の水平性骨吸収および14,17の垂直性骨吸収,16は根分岐部透過像,36には根尖部透過像,特に17においては根尖部に及ぶ歯槽骨吸収が顕著であった。

3) 歯周組織検査所見(図1C

初診時の口腔内写真および歯周組織検査結果を示す(図1)。全顎的に4 mm以上の深い歯周ポケットを認めた。4~6 mmのプロ―ビングポケットデプス(PPD)は25.8%,7 mm以上の歯周ポケットは68.8%,PPD平均は7.7 mmであった。また,プロービング時の出血は全顎的に出血を認める状況(98.8%)であり,PISAは4981.2 mm2だった。部分的に排膿もみられた。16,17,26,27,46にはI度の根分岐部病変と,前歯部を中心に全顎的にI~II度の動揺が認められた。

2. 診断

薬物性歯肉増殖症,広汎型 慢性歯周炎 ステージIII グレードC

3. 治療計画

当院歯周病科受診日時点で,降圧薬の変更予定(カルシウム拮抗薬:アムロジピンからARB阻害薬:ブロプレス)となっていたため,内服変更後に歯周治療を開始した。初診時血圧は135/90 mmHgと血圧コントロールは不良であった。多忙に伴う来院時間の制限のため,歯周外科手術の同意が得られず,歯肉縁上および縁下のプラークコントロールとインフェクションコントロールに重点を置いた非外科的歯周治療による治療計画を立てた。

1)歯周基本治療

①スケーリング・ルートプレーニング(SRP)

②再評価1

③局所薬物配送システム(ペリオクリン投与)

④再評価2

2)サポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)

4. 歯科衛生診断

1)著しい歯肉増殖によるブラッシング困難

2)血圧コントロール不良,多忙による歯周治療継続の困難

5. 歯科衛生計画

1)歯周組織の変化に応じた口腔衛生指導の徹底

2)全身状態を考慮したインフェクションコントロールの徹底

6. 治療経過

1) 歯周基本治療

歯肉増殖によるブラッシング困難感の訴えはあったものの,初診時PCRは28.2%であった(図1C)。患者の薬物性歯肉増殖および歯周病に対する病識や関心が薄く,降圧薬の内服は良好ではあったが,家庭血圧の測定も不十分であることなど,病識の欠如が疑われた。来院時血圧は収縮期血圧145~150 mmHg,拡張期血圧80~90 mmHgと高値であり,拡張期血圧においては100 mmHg以上となることも散見された。17は根尖部におよぶ骨吸収を認め抜歯となった。血圧高値のため,抜歯やSRPの際の浸潤麻酔にはシタネストを用い,血圧モニタリング下にて処置を行うなど安全管理に努めた。口腔衛生指導としては,薬物性歯肉増殖症や歯周病の病態,プラークとの関連について口腔内写真やパンフレットを用いて説明し,自身の病態に対する理解を深めてもらい,モチベーションを高めた。また,「歯が動いてきたせいで噛めない。歯磨きもとても大変だった。」という患者の訴えに対し傾聴しつつ,セルフケアの重要性についても説明した。全顎的に歯肉の増殖が強いため,清掃道具にはテーパータイプの歯ブラシ(DENT.EX Systema 44M,ライオン歯科材料株式会社,東京)を使用し,バス法にて歯肉形態に留意した磨き方の指導と提案を実施した。バス法が困難な部位は1本ごとの縦磨きも指導した。歯間部の清掃は,歯間ブラシ(DENT.EX歯間ブラシ SSS,ライオン歯科材料株式会社,東京)に加え,上下前歯部にはフロス(ウルトラフロス M,ライオン歯科材料株式会社,東京)を使用した。歯間ブラシのワイヤーやフロスで歯肉を損傷しないよう,歯間ブラシの挿入角度を重点的に指導した。プロフェッショナルケアでは,超音波スケーラー(ソルフィー,モリタ株式会社,東京)にて歯石除去およびポケット内洗浄を実施後,専門的機械的歯面清掃を行った。この期間,来院時における服薬状況や血圧測定を行い,血圧と歯周治療の関係性を含め,全身状態への関心と治療継続の動機付けを行った。

SRP後より歯肉増殖の顕著な改善を認め,主訴の上顎前歯部の改善も見られた(図2A)。歯周組織検査ではBOPは48.3%であり,初診時と比較して歯周組織は改善傾向であったが,全顎的に4 mm以上の深いポケットが残存していた。この頃,患者は過重労働による疲労感が強くなり,清掃器具を持参しない日が増加するなど,治療へ意欲低下が疑われ,PCRは60.8%と悪化傾向であった(図2B)。血圧コントロールも不良であった(収縮期血圧145~170 mmHg/拡張期血圧83~102 mmHg)。歯周外科手術の同意が得られないため,残存した4 mm以上の歯周ポケット内へ抗菌薬としてペリオクリン(サンスター株式会社,大阪)の局所投与を実施し,再SRPを行った。口腔衛生指導の際には,多忙にも関わらず来院したことを労い,日頃の仕事の話に耳を傾けながらも抗菌療法中のセルフケア継続の重要性を説明,患者も主体的に治療に関わることが必須であることを再度強調した。清掃用具については,歯肉の改善状況に応じて歯間ブラシのサイズをSSS→2SおよびM→2SおよびLへと変更を行った。炎症が顕著な13,33,43や根面陥凹の強い14においては,タフトブラシ(EX. Onetuft systema,ライオン歯科材料株式会社,東京)を使用した。抗菌薬投与および再SRP後には浮腫性歯肉の改善もみられ(図3A),テーパータイプの歯ブラシ(DENT.EX Systema 44M,ライオン歯科材料株式会社,東京)でのバス法からラウンド毛の歯ブラシ(DENT.EX Slimhead II 34M,ライオン歯科材料株式会社,東京)でのスクラッビング法での清掃に変更した。また,歯肉縁下のプラークコントロールとして,ネオステリングリーン(日本歯科薬品株式会社,山口)50倍希釈溶液を使用した超音波スケーラー(EMS,松風株式会社,東京)によるポケット内洗浄と専門的機械的歯面清掃を実施した。再SRP後,7 mm以上あった歯周ポケットの改善が顕著であったが,依然として4 mm以上のポケットが残存した(図3B)。BOPは20%まで改善があったが,LangとTnetti10)のリスク評価より,歯周病の病態としては再発のリスクは依然高い状態と判断。再SRP以降は口腔清掃指導の継続および再SRP,専門的機械的歯面清掃といったプロフェッショナルケアを実施して経過観察となった。

図2

SRP後(2013年10月)

口腔内写真(A),歯周組織検査(B)

図3

抗菌薬投与および再SRP後(2014年3月)

口腔内写真(A),歯周組織検査(B)

2) SPT

歯周治療開始から約1年5カ月後の口腔内写真および歯周組織検査の結果を示す(図4A-C)。歯肉は全顎的に硬く引き締まり,良好な状態へ改善した。前歯部歯列の改善も見られ,初診時と比較して歯槽硬線は明瞭となった。14,31,38,46,47,48にはそれぞれ4 mm以上のポケットが残存していたが,歯周組織は安定しており,PCRも10.8%であった。17抜歯後の補綴治療は患者が希望されず,以降はSPTにて対応した。患者の多忙,疲労感による治療意欲低下に伴い,歯周組織状態の悪化が懸念されたことと,下顎前歯舌側への歯石付着傾向と右上の補綴未治療に伴う咬合変化に留意する必要性から,リコール間隔は1か月~2か月とした。SPTにおいては,根面露出に伴う象牙質知覚過敏症や根面う蝕,力仕事によるクレンチング,および咬合変化に留意し,口腔衛生指導,超音波スケーラーによるポケット内洗浄,専門的機械的歯面清掃を実施した。指導時には,初診時からの口腔内写真を適宜用いて改善の変化を視覚的に訴え,治療意欲の維持・向上に努めた。また,46根分岐部や14根面陥凹部といった歯周炎再発のリスク部位となる歯については,顎模型を用いて解剖学的形態およびプラークコントロールの重要性を説明し,タフトブラシ(EX. Onetuft systema,ライオン歯科材料株式会社,東京)での清掃を指導した。加えて,歯肉退縮に伴う根面う蝕の危険性も考慮し,フッ化物配合歯磨剤(チェックアップルートケア,ライオン歯科材料株式会社,東京)を用いたダブルブラッシング法11)を指導し,歯間部へも歯間ブラシにて歯磨剤を塗布するよう指導した。クレンチングについては,歯への影響について説明し,マウスピース作製を勧めたが希望されなかったため,来院時には咬耗や補綴物のチッピング等の確認を行い,随時歯科医師へ報告するようにした。

SPT移行後は常にPCRは10%以下となったが,1年を経過した時点で全顎的な象牙質知覚過敏症状と,う蝕の発生,結腸憩室炎の頻回発症,業務中の右手首負傷が契機となり,プラークコントロールが悪化した。歯ブラシや歯間ブラシの使用時や,常温水での含嗽時に象牙質知覚過敏症状が強かったため,温水での超音波スケーリングおよびハンドスケーラーでの歯石除去に変更した。セルフケアについては歯面への刺激が少ないテーパータイプへ一時的に変更するとともに,歯間部清掃についても1サイズダウン,もしくはフロスを用いること,体調不良および右手首負傷による不十分な口腔ケアを補うため,アルコールフリーの洗口剤併用を勧めた。この時点で血圧高値は続いていたものの,家庭血圧測定を行うなど患者本人の病識の改善が認められた。相変わらず仕事は多忙ではあったが,口腔内の変化や全身状態について気になったことを積極的に質問し,苦手部位の磨き方を確認するなど治療に対しても前向きな様子であった。

SPT移行より約4年後の口腔内写真および歯周組織検査結果を示す(図5A-C)。歯科X線写真上,歯周組織の状態は安定し,4 mm以上のポケットは臼歯部のみに見られ,BOPは5.6%であり,PISAは初診時の4981.2 mm2から87.1 mm2と大幅な改善を認めた。また,PCRも11.7%と良好な口腔衛生状態であった。主訴であった前歯部の歯列不正の自覚症状は消失した。現在も歯周組織の状態は安定しており,歯周病再発予防に努めている。

図4

SPT移行時(2014年9月)

口腔内写真(A),エックス線写真(B),歯周組織検査(C)

図5

最新SPT時(2018年5月)

口腔内写真(A),エックス線写真(B),歯周組織検査(C)

考察

本症例は,カルシウム拮抗薬による薬物性歯肉増殖症を伴う慢性歯周炎患者に対し,服薬変更後,非外科的歯周治療による徹底した歯周インフェクションコントロールを実施することにより,歯周組織の改善とともに歯列不正の改善が認められた症例である。薬物性歯肉増殖症を伴う歯周炎患者に対する治療では,服薬変更を実施せずに歯周組織の改善が見られた報告もあるが12,13),本症例の様に服薬変更を行った後良好なプラークコントロール状態を保っていたことにより,歯周組織状態を維持した症例8,14)もある。村岡ら15)は,PCRを20%以下になるよう指導した上で歯周基本治療を実施することにより,服薬変更の有無に関わらず,歯周組織の改善が認められたとも報告している。これらのことは,カルシウム拮抗薬は確かに歯肉増殖の原因であるが,適切な歯周インフェクションコントロールを行い,プラークコントロールの確立がなされていなければ,服薬変更のみで歯周組織の改善を図ることは困難だということが示唆される。本症例では歯周治療開始前に服薬変更を実施しているが,炎症のコントロールが徹底されていない状態であれば,歯肉増殖の改善は限定的にしか認められなかった可能性がある。また,本症例患者は2007年頃よりカルシウム拮抗薬を服用しており,内服開始から5年程度経ってから急激な歯肉の腫張を認める様になった。服薬期間と歯肉増殖症発症までの期間については,服薬開始3ヶ月以内,もしくは12カ月以上の場合が多いとする報告16)や,血糖コントロール不良の高血圧患者において,カルシウム拮抗薬服用1~2年後に歯肉増殖を発症したという報告17)がある。本症例患者は歯周炎も併発していたことから,歯周病原細菌に起因する炎症性サイトカインにより炎症が惹起されたことに加え,カルシウム拮抗薬の薬理作用が要因となって著しい歯肉の増殖へとつながった可能性が高く,発症までの期間の違いは患者の感受性の違いや合併症の有無によっても生じうると考えられる。

1) 歯周組織の変化に応じた口腔衛生指導の徹底

薬物性歯肉増殖症の臨床所見として,硬い線維性歯肉の増殖が認められることが多く,特に前歯部においてその増殖が顕著となり,歯の病的移動を伴うことも多い。本症例においても,前歯部を中心に歯肉の著しい線維性の腫脹を認め,歯列不正をきたしていた。プラークコントロールの確立は歯周治療の基本とされるが,本症例のように歯肉腫脹が著しく歯肉形態が複雑である場合,歯周組織の変化をより細かく観察することが重要であり,それに応じた清掃用具の選択やブラッシング方法が要されると判断し,口腔清掃指導の徹底を行った。大竹18)は,叢生歯列と歯垢付着量および歯肉炎との相関関係があり,歯列不正が口腔清掃を困難にする要因となっていることを示している。本症例患者においても,著しい歯肉増殖と歯列不正により,初診時から高度なブラッシング技術が要されたと考える。しかし,初診時のPCRは28.2%と良好ではないものの,決して清掃不良と判断されるものではなかった。これについては,初診時PCRのスコアに反して全顎的にBOPが認められたことからも,歯肉縁下の歯周病原細菌の感染が考えられるものの,本症例患者は本院受診前に近医歯科受診をしていることで口腔清掃指導を受けた可能性があったこと,また,「歯磨きが大変だった」との訴えより,口腔内の著しい悪化によって危機感が生じ,一時的に口腔清掃に対するモチベーションが上がっていた可能性が考えられる。一方,著しい歯肉腫脹や歯列不正が生じているにも関わらず,初診時のPCRがそれほど不良でなかったことは,患者自身が比較的高度なブラッシング技術にも対応できる能力を持っていた可能性が考えられた。そのため,歯周治療開始初期より歯ブラシによる清掃の他にフロスや歯間ブラシといった補助的清掃用具の使用がスムーズに行うことができ,タフトブラシでの根分岐部,根面陥凹部のセルフケアも可能であったとも言える。また本症例では,口腔衛生指導時に口腔内写真や顎模型を積極的に活用した。これにより口腔内の状況を比較し,治療により口腔内状態が改善されていることを患者が実感することで自己効力感を獲得したり,歯の解剖学的特徴を知ることで,リスク部位となる理由を理解しながら自ら清掃方法を考えたりするきっかけとなり,口腔内の改善に向けてのモチベーション向上に繋がったと考える。

2) 全身状態を考慮した歯周インフェクションコントロールの徹底

本症例患者は歯周外科手術の実施が困難であったため,基本治療ではSRPや機械的歯面清掃の機械的プラークコントロールに加えて抗菌薬全顎ポケット内投与を実施し,再SRPを行った。抗菌薬投与後においても全顎的に歯周ポケットの残存が見られたが,これは垂直性骨吸収が認められたことによると考えられる。本症例のように炎症の強い歯肉の場合,病変部への器具の到達も困難であり,機械的プラークコントロールのみでは歯周組織の改善が困難な場合もあるのかもしれない。しかし,抗菌薬投与は歯周組織の改善に有効ではあるが,バイオフィルムの再形成を防ぐことは困難である。本症例においては,化学的および機械的プラークコントロールによる徹底した歯周インフェクションコントロールが有用であったと考えられる。

また,血圧コントロール状態は,歯科治療を安全に行う上で重要なため,本症例では来院ごとに血圧測定を実施した。特にSRPなどの観血処置時には血圧測定値を基に歯科医師と相談の上,使用する麻酔薬を検討し,モニタリング下にて処置を実施したことで患者に負担の少ない治療を継続することができたと考える。

一方,高血圧患者間の比較において,歯周病を有している患者の方が歯周病を有していない患者よりも平均収縮期血圧が約2.3 mmHg高かったという報告19)や,口腔衛生状態が血圧測定値と関連があったとする報告20)があり,血圧の状態は患者安全のみならず,歯周病の病態を考える上でも重要であることが示唆されている。このことから,高血圧患者の歯周治療を進めていく上では,患者自身が全身の健康が口腔と関連しているということを理解してもらうことは重要である。

以前我々は,「健康志向で自己管理意識の高い患者はSPTへのコンプライアンスも高い」と報告している21)。本症例患者は治療当初,血圧高値にも関わらず自身の血圧も把握していないなど,健康に対する意識は低い状態であった。さらに休日も無いほど多忙で来院時間も制限され,歯周治療の中断のリスクも高い状態であった。本症例では治療開始早期よりメインテナンスの重要性を説明するとともに,各治療段階の中で今後起こりうるリスクについても説明し,来院が途絶えることのないように配慮した。また,来院ごとの血圧測定に加えて歯科治療における血圧コントロールの重要性,歯周病と高血圧との関連についての説明を繰り返し行った。その結果,SPT時には自身で血圧測定を行う習慣が身につき,受診時には測定結果とともに最近の体調の変化,服薬の状況を伝えるなど,患者自身の健康に対する行動変容が見られたと考えられる。このことはSPTを継続できた要因の一つと考える。

結論

歯周外科手術が困難であったカルシウム拮抗薬による薬物性歯肉増殖を併発していた慢性歯周炎患者に対して,患者・歯科医師・歯科衛生士が一丸となって歯周インフェクションコントロールを実施したことで,非外科的歯周治療のみで良好な結果を得ることができた。

謝辞

本論文の要旨は第63回秋季日本歯周病学会(2019年10月25日)においてポスター発表した内容に一部追加,改変を行って掲載した。

今回,歯周病学会の学会誌にて症例報告を行うことに関して患者の同意を得ている。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
© 2021 by The Japanese Society of Periodontology
feedback
Top