Nihon Shishubyo Gakkai Kaishi (Journal of the Japanese Society of Periodontology)
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ISSN-L : 0385-0110
Case Report
A case of periodontal tissue regeneration therapy for a patient with generalized severe chronic periodontitis ~Relationship to Hashimoto's thyroiditis (chronic thyroiditis) ~
Asuka ShutoKenichi ShutoYurie AsoMisaki TanakaTakuo FukuokaMasanori MatsuiKazuto Makigusa
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2021 Volume 63 Issue 4 Pages 190-204

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要旨

本症例は,歯周治療に伴う異常所見を見逃さなかったことで,医科への受診や血液検査では看過されていた重篤な甲状腺機能低下症を伴う橋本病(慢性甲状腺炎)の発見・治癒に至り患者の健康に寄与することができた1症例である。あまり周知されていない橋本病と歯周疾患との関連,特に出血傾向について考察し報告したい。広汎型重度慢性歯周炎患者に対し全顎的な基本治療の過程において,歯肉溝からの易出血を認めた。かかりつけ医・二次医療機関の血液内科・口腔外科専門医など3医療機関への対診を繰り返すも,出血性疾患の存在は否定され続けた。上顎前歯部歯周組織再生療法(エナメルマトリックスデリバティブ・EMD応用)の翌日,歯肉溝からの異常出血ならびに血餅形成を認めた。根気強く対診を繰り返した結果,ようやく4番目の医療機関において自己免疫疾患である橋本病(慢性甲状腺炎)と診断された。初診より1年以上が経過していた。重篤な甲状腺機能低下症を伴い,生命の危険がある状態であった。甲状腺ホルモン補充療法後,全身浮腫の改善により運動や食事制限をすることなく体重は90 kgから30 kg減少した。甲状腺機能低下症改善後の歯周組織再生療法(EMD応用)では術後出血は認めなられなかった。歯周組織所見は改善しSPT移行後6年が経過するが良好な歯周組織を維持している。本症例は,日常的に観血的治療を行う歯周治療の特殊性が,異常所見の早期発見に繋がり,ひいては患者の全身的健康に大きく寄与する可能性を示唆している。

緒言

橋本病(慢性甲状腺炎)は自己抗体(抗サイログロブリン抗体,抗マイクロゾーム抗体)が自己の体内の甲状腺を破壊し,それにより甲状腺ホルモンの分泌が低下して様々な症状を引き起こす自己免疫疾患の一つである。女性に多く男女比1対20~30ともいわれている。甲状腺機能低下症の代表的な疾患であるが橋本病のすべてが甲状腺機能低下症状を伴うわけではなく機能異常がみられるのは全体の約4割といわれている。甲状腺機能低下症を伴わない場合は自覚症状もなく薬物治療の必要はない。機能低下による症状がみられる場合は甲状腺ホルモン薬(レボチロキシンNa,チラージンS)による治療が必要になる1-4)

本症例では,広汎型重度慢性歯周炎患者に対し全顎的な基本治療を行う過程において,歯肉溝からの易出血と止血困難を来した。易出血の原因と観血的治療の可否について,かかりつけ医・二次医療機関の血液内科・口腔外科専門医など3医療機関への対診を繰り返すも,血液検査に著明な異常所見がなく出血性疾患の存在は否定され続けた。医科からの観血的治療可能との診断を受け,止血シーネを事前に準備したうえで,上顎前歯部の歯周組織再生療法を行った翌日,歯肉溝からの異常出血ならびに血餅形成を認めた。その後も根気強く対診を繰り返した結果,ようやく4番目の医療機関(甲状腺疾患専門機関)において自己免疫疾患である橋本病(慢性甲状腺炎)と診断された。初診より1年以上が経過していた。重篤な甲状腺機能低下症を伴っており,生命の危険がある状態であった。橋本病の唯一の初期症状は首の腫れである1-4)。本症例では,甲状腺機能が低下すると現れる症状1-4)のうちの多くがみられ,むくみ,強い疲労感,体重の増加,皮膚のカサつき,階段を上るときの息切れ,眠気,何もする気が起きない,前のように運動できない,貧血,動作緩慢,話し方がゆっくり,記憶力低下,毛髪粗造・脱毛,嗄声,うつ病,顔面浮腫,舌肥大,体重増加,さらに手術に対する抵抗力の低下(術後・創傷の治癒遅延)が認められた。また,甲状腺機能低下症が著しく進行している場合は,極めてまれに陥る意識障害を伴う粘液水腫性昏睡に注意が必要である1-4)。本症例において甲状腺機能低下症の改善後に改めて医療面接を行ったところ,患者は橋本病の診断・治療前は持続的な傾眠傾向を呈し,車の運転中に意識を失いかけ怖い思いをしたと回想している。度重なる異常出血を繰り返しながらも,治療中断を訴えられなかったのは精神活動の低下があったためとも考えられる。

甲状腺ホルモン補充療法開始から約5か月後,甲状腺機能低下症状は著しく改善した。特に,全身浮腫の改善により運動や食事制限をすることなく体重は90 kgから30 kg減少した。また,甲状腺機能低下症改善後に14-18部へのエナメルマトリックスデリバティブ(EMD)を用いた歯周組織再生療法を行ったところ,翌日に右側頬部腫脹はみられたものの,目立った術後出血は認められなかった。歯周組織所見は改善し,SPT移行後6年が経過するが良好な歯周組織を維持している。

本症例は,歯周治療に伴う異常所見を見逃さなかったことで,医科への受診や血液検査では看過されていた重篤な全身疾患の発見・治癒に至り,患者の健康に寄与することができた1症例である。現在,歯周組織への影響を伴う全身状態の研究に関心が高まっているが5),橋本病と歯周病の関係を示した論文は多くはない6)。あまり周知されていない橋本病と歯周疾患との関連,特に出血傾向について考察し報告する。

1. 症例

患者:40歳男性

初診:2012年5月

主訴:左下の奥歯で噛むと痛い

全身既往歴:1~2か月前,肺炎になりかけて内科を受診した際の血液検査において糖尿病(HbA1cが7.2%(NGSP:国際標準値))を指摘され食事療法に励んでいるが,体重は減少せずHbA1c値も変わらず内科医に叱られている。血圧は136/86 mmHgで高血圧を指摘されるが投薬はされていない。35歳から睡眠時無呼吸症候群だが特に治療を受けていない。

家族歴:内科医だった父親は15年前に他界し,現在は母親と二人暮らしである。父親に全身疾患はなかったが,歯周状態は悪く,歯が浮いたような感じを訴えていたという。母親には30代後半から心疾患(不整脈)と甲状腺疾患(橋本病,甲状腺腫瘍)があり通院している。甲状腺腫瘍は少しずつ大きくなってきているが経過観察中である。また数年前に左上3本の抜歯処置を受け,部分義歯を装着した。兄も医師で,東京で病院勤務をしており,特記事項はない。

全身所見:肥満型(162 cm,90 kg),喫煙歴なし,悪習癖として口呼吸と就寝時ブラキシズムがある。

口腔既往歴:36のアマルガム充填処置(時期は不明)以外に歯科受診歴は不明

2. 現症

1)【歯列・咬合所見】開口を伴う上顎前突でアングルII級1類,オーバーバイト3 mm,オーバージェットは右側7 mm・左側3 mm,21-31間の唇側歯頚線間の距離は14.9 mm,11は唇側転位・唇側傾斜していた(図1)。

2)【歯周組織所見】全顎的に口腔清掃状態不良でO'Learyプラークコントロールレコード(PCR)は100%,ポケットプロービングデプス(PPD)≧4 mmは91.1%,PPD≧6 mmは38.5%であった。プロービング時の出血(BOP)は81.3%で,歯周炎症表面積(periodontal inflamed surface area:PISA)は2,655.9 mm2,そして,ポケット上皮の表面積(periodontal epithelial surface area:PESA)は3,289.6 mm2であった。全顎的に辺縁歯肉と歯間乳頭は発赤・腫脹しており,特に11,12,13間には球状の腫脹が認められた。主訴部位である37には咬合痛があり,頬側に歯周膿瘍と垂直的な動揺が認められた。頬側中央部には10 mmの歯周ポケットと排膿が認められ,根分岐部病変は2度であった(Lindhe & Nymanの分類)(図2)。

3)【デンタルエックス線写真所見】全顎的に歯槽骨頂像の不明瞭化,歯頚部付近には多くの歯肉縁下歯石が認められた。主訴部位である37の根分岐部には著明な透過像が認められ,16,36,46,および47の根分岐部にも透過像が認められた。また大臼歯部には歯根膜腔の拡大と垂直性骨吸収像がみられた。とくに16,17間の歯槽骨頂像は不明瞭で,26近心と27近心に著明な垂直性骨吸収がみられた。下顎前歯部には歯根の1/2程度に至る水平性骨吸収に加えて,垂直性骨吸収が認められた(図3-①)。

4)【模型診査】模型診査より多数歯にファセットが認められた(図4-①,赤は左側方運動時,青は右側方運動時)。右側方運動時の平衡側では37に,左側方運動時の平衡側では18,48に干渉が認められた。これらの結果を歯周組織検査所見(図2)と照らし合わせると,干渉部と深いポケットには位置的な相関関係を認めた。また,模型をパナデント咬合器に中心位(CR)でマウントすると,CO(中心咬合位)とCRの不一致と37,38部の早期接触を確認でき,これは歯周膿瘍の認められた部位と一致した(図4-②,③)。

図1

初診時の口腔内写真(2012年6月)

図2

初診時の歯周組織検査(2012年6月)

図3-①

初診時のデンタルエックス線写真14枚法(2012年6月)

図3-②

初診時のパノラマX線写真(2012年6月)

図4

初診時の模型診査

①赤:左側方運動時のファセット,青:右側方運動時のファセット

②CRマウントにてパナデント咬合器に装着,赤線(中心位)と青線(咬頭嵌合位)の不一致

③CRマウント時の左側舌側面観

3. 診断

広汎型重度慢性歯周炎(広汎型慢性歯周炎ステージIIIグレードB)と診断した9)

4. 治療計画

1)歯周基本治療:炎症性,外傷性因子の除去 2)再評価 3)歯周外科治療 4)再評価 5)矯正治療 6)口腔機能回復治療 7)SPT

5. 治療経過

1)歯周基本治療(2012年6月~):TBI,スケーリング・ルートプレーニング(SRP),咬合調整(早期接触の除去,側方運動時の平衡側の干渉の除去),37歯内治療,48修復治療

2)再評価

3)全顎歯周外科治療:EMDを応用した歯周組織再生療法

(34-38部,24-28部,43-48部,13-23部,33-43部,および14-18部)

4)再評価

5)口腔機能回復治療:37歯冠補綴

6)ナイトガード装着

7)SPT:2014年7月,歯周組織所見は改善し,口腔清掃状態の安定を確認したためSPTへ移行した。

6. 歯周治療を行う過程で見られた異常出血と他科への対診のながれ(図5

1)2012年6月下旬に,37,38のSRPを行ったところ,帰宅後の出血増加を不安に思い同日に再度来院された。術直後を上回る歯肉溝からの出血を認めたため術部を圧迫止血後に縫合し,さらに止血シーネを装着したが直ちに止血せず,6日後に止血確認した。しかし,その翌日「朝起きたら血が出ていた。」と来院されたため,かかりつけの内科医へ対診し出血性素因について検査を依頼した。出血傾向は,血管と血小板,凝固・線溶因子系とそれぞれに対する阻止因子の量的・質的異常により出現する。一般に血小板減少症が多いため,まず血小板減少の有無を確認する7,8)。このとき貧血所見(ヘモグロビン・Hb減少),糖尿病所見(HbA1c 6.5%),肝機能所見の異常(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ・AST上昇)を指摘されたが,血小板の減少はなく明らかな出血性素因は認められなかった。かかりつけ医より,二次医療機関の血液内科を紹介してもらうが,僅かな貧血所見の指摘と糖尿病に対する食事療法を指示のみであった。また出血性素因に配慮する必要はなく,観血的治療可能と診断された。

2)2012年7月上旬,34-36部のSRP後も歯肉溝からの出血が止まらず同日に再度来院された。前回と同様の止血処置を行うも,翌日も歯肉溝からの出血を認めたため口腔外科専門医に紹介した。しかし,プロトロンビン時間(PT)の延長・PT-INRの上昇がわずかに認められたものの,血小板の減少はなく明らかな出血性素因は見つからなかった。AST上昇から肝機能障害に伴う出血,もしくは糖尿病による毛細血管抵抗の減少が出血原因である可能性を示唆された。

3)歯周病を治したいという患者の意思を尊重し,患者と相談のうえSRPを続けることとした。術後出血を前提にあらかじめ止血シーネを準備し,術後に装着してもらったところ,これが奏功し,術後の易出血は認められるものの約2か月で全顎のSRPが終了した。この時点でPCRは66.4%と口腔清掃状態がいまだ不良であったため,歯周外科を見据え改めてTBIを徹底して行った。2012年9月下旬,SRP後の再評価時にはPCRが10.9%へと改善したため歯周外科へと移行した。

4)あらかじめ止血シーネを用意し出血に備えたうえで,2012年11月下旬に34-38部,2013年1月上旬に24-28部の歯周組織再生療法(EMD応用)を行った。いずれも易出血性を感じるものの,2~3日以内に止血を確認することができた。

5)しかしながら,2013年3月下旬に48-43部の歯周組織再生療法(EMD応用)を行った2日後,舌下部の内出血と腫脹,および右側顎下の強い腫脹を認めたため蜂窩織炎を疑い,口腔外科専門医へ抗生物質の点滴投与を依頼した。しかし,術後5日が経過しても顎下の腫脹は改善せず(図6),術後10日目にようやく消失した。

6)2013年5月下旬,抗生物質の術前投与のうえ,上顎前歯部(13-23)の歯周組織再生療法(EMD応用)を行った。翌日,歯肉溝からの異常出血ならびに21,22,23部に血餅形成を認めた(図7)。血餅を取り除き,圧迫止血・追加縫合ののち止血シーネを再製作した。2週間後,ようやく止血を確認し抜糸を行った。この時点でやはり患者の術後異常出血は尋常ではないと確信し,出血傾向の背後にある疾患の存在を強く疑うようになった。

7)2013年6月かかりつけ医へ改めて現状を報告し,血液検査を依頼した。B型・C型肝炎の疑いは払拭され,貧血傾向の進行はあるものの顕著な出血傾向は否定された。また,歯周外科を行うことに問題はないと診断された。この診断に疑問を感じながらも患者と相談のうえ,2013年7月上旬に下顎前歯部(43-33)の歯周組織再生療法(EMD応用)を行った。翌日,舌下部と下唇の強い腫脹と皮下出血を認めたため(図8),二次医療機関の血液内科へ再度対診を行った。その結果,自己免疫疾患である溶血性貧血と診断され,ステロイド治療終了まで歯周外科を控えることとなった。しかしその直後,甲状腺疾患専門機関へ紹介されたと患者より連絡があった。初診から1年以上が経過した2013年7月,最終的に生命の危険がある重篤な甲状腺機能低下症を伴う橋本病(慢性甲状腺炎)と診断された。基準値を大幅に超えるTSH(甲状腺刺激ホルモン)高値,FT4(遊離サイロキシン)低値,FT3(遊離トリヨードサイロニン)低値が認められたため,ただちに甲状腺ホルモン(レボチロキシンNa,チラージンS)補充療法が開始された。

8)ホルモン補充療法開始から約5か月後には,甲状腺機能低下症は著しく改善した。TSHは161.3 μIU/mlから基準値(2.2~4.3 μIU/ml)より低い0.05 μIU/mlへ,FT4は0以下から基準値内(0.50~5.00 ng/dl)の1.5 ng/dlへ,FT3は0.3 pg/mlから基準値(0.9~1.7 pg/ml)を超える3.6 pg/mlを示した(図9)。全身浮腫の改善により,運動や食事制限をすることなく体重は90 kgから3か月で30 kg減少した(図10)。甲状腺機能低下症改善後の2014年1月に18-14部の歯周組織再生療法(EMD応用)を行ったところ,翌日に右側頬部腫脹はみられるも,目立った術後出血は認められなかった(図9)。

図5

歯周治療を行う中で見られた異常出血と他科への対診の流れ

図6

48-43歯周組織再生療法(EMD応用)5日後の顔貌写真(2013年3月)

図7

13-23歯周組織再生療法(EMD応用)(2013年5月)の写真

①術中

②止血シーネ

③13-23部歯周組織再生療法(EMD応用)翌日の口腔内

④除去した血餅

図8

43-33部歯周組織再生療法(EMD応用)翌日の口腔内写真(2013年7月)

図9

橋本病の甲状腺機能低下症改善後の歯周外科

18-14歯周組織再生療法(EMD応用)(2014年1月)

図10

初診時とSPT移行時(甲状腺機能低下症改善後)の顔貌写真の比較

(左 2012年6月),(右 2014年7月)

7. 治療成績

1)【歯周組織所見】全顎的に辺縁歯肉の発赤・腫脹は消失した(図11)。初診時と最新SPT時を比較するとPCRは100%から0.8%に,PPD≧4 mmは91.1%から0%,PPD≧6 mmは38.5%から0%,BOPは81.3%から0.5%,PISAは2655.9から8.3へ,PESAは3289.6から1417.8へ改善した(図12, 13)。主訴の37頬側歯周膿瘍があった部位に炎症所見は認められず,分岐部のPPDは10 mmから3 mmへ,根分岐部病変は2度から病変なしへと改善した(図12, 14)。

2)【デンタルエックス写真所見】37の根分岐部の透過像は減少し,さらに16,36,46,および47の根分岐部の透過像も完全に消失した。そして,16-17間の垂直性骨欠損は消失し,全顎的に歯槽骨頂の平坦化が認められた(図14, 15)。

1),2)のとおり歯周組織所見とエックス写真所見が改善し,口腔清掃状態の安定を確認したため2014年7月にSPTへ移行し良好な歯周組織を6年以上維持している。現在,SPTの際に歯肉溝からの易出血は認められない。

図11

最新SPT時の口腔内写真(2020年4月)

図12

最新SPT時の歯周組織検査(2020年4月)

図13

PISA,PESAの推移

図14

歯周組織改善の推移

図15

最新SPT時のデンタルX線写真14枚法(2020年4月)

考察

1. 外傷性咬合

歯周外科終了後,矯正治療の診断をするためセファログラム分析を行い,骨格性I級の開口を伴う上顎前突(上顎骨:標準位,下顎骨:後方位)であることが分かった(図16)。初診時のフェイスボウトランスファーによるパナデント咬合器を用いた咬合診断でも,COとCRの不一致と37の早期接触を診断されており,この外傷性咬合が37根分岐部病変の進行の一因であった9)と考えている。このため,今後の歯周組織の維持安定のためには矯正治療による咬合の改善が必要と考えるが,費用面を理由に現在まで矯正治療は行っていない。臼歯部の咬合圧負担軽減のためにナイトガードを装着し,経過観察中である。

図16

セファログラム分析(歯周外科終了後)

2. プラークコントロールと術後出血

初診時のPCRは100%,BOPは81.3%であった。基本治療中のPCRは70%台から50%台で推移しており,細菌性の炎症のコントロールができていたとはいえず,これがSRPに伴う術後出血の一因とも考えられた。しかしながらPCRが10%未満に改善されたにもかかわらず,5ブロックの歯周組織再生療法(EMD応用)を行ったところ,歯肉溝からの術後出血を認めた。歯周外科治療後の再評価ではBOPは認められなくなり,歯周ポケットも改善した。この後,重篤な甲状腺機能低下症を伴う橋本病(慢性甲状腺炎)と診断され,その治療を開始することから,橋本病に罹患し甲状腺機能低下症が改善されなくても歯周治療が奏功したこと10),また口腔清掃不良による歯肉の局所炎症が一連の術後出血の原因とは考えにくいことを示唆している。

図17

術後出血への対応と対診

3. 甲状腺機能低下症改善後の歯周組織再生療法

甲状腺疾患専門機関にて基準値を大幅に超えるTSH高値,FT4低値,FT3低値が認められたため,重篤な甲状腺機能低下症を伴う橋本病(慢性甲状腺炎)と診断された。ホルモン補充療法開始から約5か月後には甲状腺機能低下症は著しく改善し,2014年1月に18-14部の歯周組織再生療法(EMD応用)を行ったところ,目立った術後出血は認められなかった(図9)。このことから,これまでに見られた術後出血は甲状腺機能低下症を伴う橋本病に起因していたと考えられる。

4. 橋本病とクレアチニンキナーゼ

CK(CPK):クレアチニンキナーゼ(クレアチニンホスホキナーゼ)(基準値45~175 U/L)の上昇はCKが存在する臓器(心・骨格筋)に何らかの障害が生じたものと考える。高CK血症を示す疾患には心筋梗塞などの心疾患,皮膚筋炎などがある7)。また原発性甲状腺機能低下症でもCPK高値とコレステロール高値を示すことが多い2-4),8,11)。本症例において今までの血液検査データをすべて集計し直したところ,初診時より唯一常にみられた異常値はCKの上昇であった。橋本病と診断される直前の2013年7月のCK(CPK)は特に高く2,830 U/Lを示した。このCKの異常値に注視していれば,もう少し早く甲状腺機能低下症を疑えたのではないかと考えられる。

5. 橋本病と歯周病の関係

現在,歯周組織への影響を伴う全身状態の研究に関心が高まっているが,橋本病と歯周病の関係を示した論文は多くはない6)。Morais12)らは「橋本病」「甲状腺機能低下症」「歯周病」「全身疾患」というKeywordをMedline,Scopus,そしてThomson Reutersのデータベースで検索し30の論文を選択し分析したNarrative Reviewにおいて,橋本病と歯周炎の間には複数の共通する病因のメカニズムがあり関係性を疑うことができると述べている。ヘルパーT細胞(Th1,Th17)の増殖などのいくつかのメカニズムは歯周炎,歯肉微小循環の血管内皮細胞の機能障害,歯槽骨の骨代謝,甲状腺機能低下症に影響を与える。しかし,歯周病と橋本病の関連には生物学的妥当性があるが,現在の研究ではこれらの因果関係を立証するには不十分であるとしている。Aldulaijan6)らは歯周炎と甲状腺機能低下症の関連性に関するscoping reviewにおいて,質の高い研究が非常に少ないとしながらも両疾患には正の相関関係があり,両疾患の早期発見と介入は相互に患者の転機を改善する可能性が高いとしている。Bhankhar10)らは,歯周病に罹患した既知の甲状腺機能低下症患者を対象に介入研究を行い,非外科的歯周治療(NSPT)後に血清甲状腺ホルモン(TSH)が正常範囲内に低下したのは,歯周病や甲状腺機能障害の原因となる炎症性サイトカイン(interleukin -6,tumor necrosis factor -α,特定のリポ多糖など)が減少したためであるとしており,甲状腺機能障害と歯周病の間の免疫系を介した相互関係を示唆している。Scardina13)らは歯間乳頭の毛細血管の変形は橋本病をもたらし,橋本病に罹患した患者では毛細血管の口径の減少とループの蛇行が観察されると述べている。Patil14)は,骨移植を伴う歯周外科後に良好な改善を認めていた慢性歯周炎患者が,1年後に橋本病に罹患し,急激な歯周組織の破壊を認めた症例を報告している。またPatilら15)はSystemic reviewにおいて歯周炎と橋本病には3つの共通の自己免疫メカニズム(①抗核抗体(ANA)の役割②アポトーシスの役割 ③スーパー抗原の役割)があること,再発性・難治性の歯周炎が橋本甲状腺炎と診断されずに見過ごされている可能性があることを述べている。

6. 橋本病と出血傾向の関係

出血傾向は,血管と血小板,凝固・線溶因子系とそれぞれに対する阻止因子の量的,質的異常により出現するが,血小板の減少によるものが多い7,8)。Ordookhaniら16)は,明白な甲状腺機能低下症は血小板数の減少など低凝固状態と関連しているが,無症候性の甲状腺機能低下症と自己免疫性甲状腺機能低下症では,フィブリノーゲンの増加がみられ凝固亢進に向かう傾向にあると述べている。本症例は明らかな甲状腺機能低下症を示す自己免疫性の橋本病であるが,血液検査データでは著明な血小板数の減少もフィブリノーゲンの増加も認められないにも関わらず出血傾向を示した。

以上のことから本症例における術後出血の原因は,甲状腺機能低下症に影響を与えるヘルパーT細胞(Th1,Th17)の増殖などのいくつかのメカニズムが歯肉微小循環の血管内皮細胞への機能障害を引き起こしたものと推察され,さらには歯周疾患の重症化に関与した可能性が示唆される。また,甲状腺機能低下症が改善したのちに改めて医療面接を行ったところ,患者は「27,8歳の時,深夜2時の勤務中に下を向いたら急に口の中からゼリー状の血の塊がボタボタっと落ちて仕事にならないから帰宅したことを思い出した。翌日歯医者に行ったら,よく歯磨きしてねと言われた。」と回顧している。当医院を受診する12~3年前より橋本病と歯周疾患に罹患しており,出血傾向があったと推察される。そして長い年月を経た全身浮腫による30 kgの体重増加は不摂生による肥満と誤解され,本来の基礎疾患である橋本病が看過されるに至ったと考える。

結論

本症例は重篤な甲状腺機能低下症を伴う橋本病が出血傾向もたらすことを示した1症例である。歯周治療に伴う異常所見を看過せず,真摯に患者と向き合い続けたことで,重篤な自己免疫疾患の発見・治癒に至ることができた。歯周治療において良好な結果が得られただけでなく,患者の全身的な健康,ひいては寿命にまで大いに好影響を与えたのではないかと自負している。今後もSPTを継続することで安定した歯周組織・口腔環境を維持し,全身の健康に寄与する意向である。

歯科治療,特に全顎的な介入を要する歯周治療では,患者の生活習慣や基礎疾患を把握し,信頼関係を構築した上で治療を行う必要がある。治療時間・期間も長く,観血的処置も含むため,内科医と比較すると歯科医師や歯科衛生士の方が患者の病的な変化やその兆候に気づきやすいという側面がある。本症例を通じ,基礎疾患について内科医に判断を委ねるだけでなく,歯科の主治医として患者の異常所見に疑問を持ち続け,全身疾患との関連性を常に疑うことの重要性を再認識した。そのためには歯科サイドでも血液検査データや全身疾患についての知識・理解を深める必要があると実感した。

一連の葛藤や奮闘は,自身の歯科医師人生に大きな影響を与えた。口腔環境改善のための真摯な介入が,ひいては全身状態の改善に大きく寄与したという経験は,歯科医師として常に高い視座で治療にあたるべきという教訓を自身にもたらした。歯科治療を通じ患者の人生にも少なからず関わっているという認識を忘れず,日々の診療に邁進したい。

謝辞

歯周治療のいろはをご指導くださった九州歯科大学の横田誠名誉教授,本当の学びは診療室の中にあると発表を後押しくださった牧草一人先生,Japanese Institute of Periodontology & Implantology(JIPI)の皆様,いつも支えてくれるセント歯科のスタッフ,家族,そして信じてついてきてくださった患者様に厚く御礼申し上げます。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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