Nihon Shishubyo Gakkai Kaishi (Journal of the Japanese Society of Periodontology)
Online ISSN : 1880-408X
Print ISSN : 0385-0110
ISSN-L : 0385-0110
Case Report
Equol testing and supplementation for patients with desquamative gingivitis (The second report) : case reports
Aki KawamotoNaoyuki SuganoShouhei OgisawaHiroshi ShiratsuchiKeisuke SekiSoichiro ManakaNaoto YoshinumaShuichi Sato
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2021 Volume 63 Issue 4 Pages 205-218

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要旨

剥離性歯肉炎は,歯肉に剥離性びらんや浮腫性紅斑,小水疱を生じる歯肉病変で,その多くは閉経後の女性にみられる。第1報では,エストロゲンに類似した化学構造を持つエクオールに着目し,剥離性歯肉炎患者のエクオール産生能の欠如とエクオールサプリメントの1ヵ月摂取による症状の改善を報告した。本論文では,メインテナンスおよびSPTで定期的に来院している閉経後の剥離性歯肉炎患者を対象にエクオール摂取(10 mg/日)効果について摂取開始から6ヵ月以上経過した3症例について検討した。

エクオールの長期摂取により,尿中エクオール値の上昇,BOPの改善,歯肉の疼痛の軽減および肉眼所見の改善が認められた。剥離性歯肉炎患者に対し,エクオールサプリメントを摂取することは,本症に対する新たな治療法となる可能性が示唆された。

緒言

剥離性歯肉炎は,歯肉に剥離性びらんや浮腫性紅斑,小水疱を生じる歯肉病変1)である。その多くが閉経後の女性に観察されることから,著者らは,エストロゲンに類似した化学構造を持つエクオール産生能の有無が発症に関与する仮説を考え,メインテナンスおよびサポーティブペリオドンタルセラピー(以下,SPT)で定期的に来院している閉経後の女性を対象にエクオール産生能の有無と剥離性歯肉炎の関連および1ヵ月間のエクオールサプリメント摂取による症状の改善効果を検討し,本学会誌にて第1報を報告した2)。本論文では,その続報として,エクオールサプリメント(10 mg/日)摂取開始より6ヵ月以上経過したメインテナンスおよびSPT期間中の3症例を報告する。なお,本研究は,日本大学歯学部倫理委員会において承認されており(承認番号:倫2019-14),事前に研究の内容について書面および口頭にて説明し,書面にて患者の同意を得ている。歯肉・頰粘膜・舌の疼痛の頻度および程度,大豆摂取頻度および食事摂取状況,口腔清掃習慣等についてアンケート調査2)を実施し,疼痛の程度に関しては,Visual Analogue Scale(VAS)法を用いて調査した。刺激時唾液量測定に関しては,パラフィンガムを5分間噛み,その間の唾液を採取し唾液量を測定した。

症例1

患者:58歳,女性 職業:主婦

主訴:食事や歯磨きで歯ぐきが痛いのが気になる。口の乾燥感が気になる。

現病歴:約3年前に「歯ぐきがヒリヒリして痛いのが気になる。」を主訴に他院より日本大学歯学部付属歯科病院(以下,日大歯科病院)に紹介された。他大学病院の皮膚科および口腔外科にて,金属アレルギーおよび口腔扁平苔癬(以下,扁平苔癬)の疑いで血液検査・病理組織検査が行われ,結果はすべて陰性であったが臨床症状から扁平苔癬の疑い(口腔苔癬様病変)と診断された。皮膚科にて処方された副腎皮質ステロイド含有口腔用軟膏デキサメタゾン(日本化薬株式会社,東京,以下,デキサメタゾン)を約1ヵ月間1日2,3回塗布しても改善されず,使用を中止した。その後,当院にて1~3ヵ月ごとに口腔清掃指導およびスケーリング・ルートプレーニング(SRP)を行いやや改善傾向にあったが,口腔内の疼痛はなくならなかった。塩辛い物は食べることはできたが,唐辛子等の刺激物は食べることができなかった。

全身的既往歴:なし

服用薬:5年前よりしみ改善のためにビタミンC(トランシーノホワイトCクリア,第一三共ヘルスケア株式会社,東京)服用

アレルギー:花粉症 金属アレルギー:なし

口腔外の皮膚疾患:第3子を出産(30歳)してから特に皮膚の状態が変化し,紫外線アレルギーの症状が出るようになり,化粧も出来なくなった。

BMI:22.4 喫煙歴:なし 閉経年齢:55歳

家族歴:家族で口腔内に同症状を示すものはいない。

1. 診査・検査所見

1) エクオール摂取前口腔内診査

歯数:27本

歯周ポケット深さ(PD):平均PD 2.06 mm,PD≧4 mmの割合0.6%

プロービング時の出血(BOP):11.7%

歯肉所見:上下顎臼歯部頰舌側歯間乳頭部辺縁歯肉発赤腫脹(図1-1

頰粘膜所見:両側頰粘膜には網状の白斑(ウィッカム線条)とびらん(図1-4

舌所見:異常なし

図1-1

症例1(エクオール摂取前)

図1-2

症例1(エクオール摂取2ヵ月後)

図1-3

症例1(エクオール摂取1年後)

図1-4

症例1(頰粘膜の変化)

図1-5

疼痛の頻度および程度(症例1)

2) 口腔清掃状態

エクオール摂取前のO'Learyらのプラークコントロールレコード(PCR)は58.3%で(図4),とくに上顎臼歯部および下顎での清掃不良が認められた。1日2回のブラッシングおよび1日1回(夜)歯間ブラシ・ワンタフトブラシによる口腔清掃を行っている。

2. 診断

扁平苔癬の疑い(口腔苔癬様病変),広汎型軽度慢性歯周炎 ステージII+限局型重度慢性歯周炎(17,16,26,47)ステージIIIグレードA

3. 尿中エクオール量(図5

0.64 μmol/g cre(規定値≧1 μmol/g cre)

4. エクオール摂取後の経過

エクオール摂取1ヵ月後には,歯肉,頰粘膜および舌各々の疼痛の頻度および程度は若干改善したものの,摂取2ヵ月後(図1-2)には摂取前(図1-1)より疼痛の頻度および程度が悪化してしまった(図1-5)。この時期の心理的背景としては,COVID-19による緊急事態宣言下でストレスを感じているうえに,家族内の事情で睡眠不足になっているとのことであった。また,同時期にアレルギー症状として,花粉症の症状悪化も認めた。全顎的に歯間乳頭部辺縁歯肉には発赤腫脹が,両側頰粘膜にはウィッカム線条およびびらんが顕著に認められ(図1-4),口をゆすぐのでさえ激痛を感じ,塩辛い物および刺激物ともに食べることができなくなった。急性症状を治めるために,アズレン含嗽液(アズノールうがい液,日本点眼薬研究所,愛知)での洗口およびべクロメタゾンプロピオン酸エステル製剤口腔噴霧カプセル(以下,サルコート,帝人ファーマ株式会社,東京)を約3ヵ月間1日1~3回程度疼痛部位に噴霧した。摂取5ヵ月後には改善傾向にあり,サルコートの噴霧は2日に1回程度に減少した。摂取5ヵ月後から塩辛い物および刺激物ともに食べることができるようになった。摂取6ヵ月後以降はサルコートの使用なしで過ごすことができ,摂取10ヵ月後には「ほぼ完全に治った気がする。エクオール摂取前とは口の中の状態は明らかに違って良くなった。」とのことであった。摂取1年後,依然両側頰粘膜に発赤・白斑が若干混在しているものの(図1-4),摂取2ヵ月後(図1-2)と比較すると歯肉の発赤腫脹,歯肉・頰粘膜・舌各々の疼痛の頻度および程度は大幅に改善が認められた(図1-3,図1-5)。摂取前と摂取1年後を比較すると,PCRは58.3%から25.0%,BOPは11.7%から0.1%と改善し(図4),唾液量は6.5 mlから10 mlと徐々に増加し,口腔の乾燥感も「いつもある」から「たまにある」に改善した。平均PDおよびPD ≧4 mmの割合に変化はなかった。尿中エクオール量に関しては,摂取前は規定値(1 μmol/g cre)以下(0.64 μmol/g cre)であったが,摂取後は規定値以上を維持している(35.26 μmol/g cre(摂取1ヵ月後)→4.78 μmol/g cre(摂取6ヵ月後)→13.02 μmol/g cre(摂取1年後))(図5)。口腔外の皮膚に関して,異常所見は認められなかった。

症例2

患者:72歳,女性 職業:主婦

主訴:辛い物が歯ぐきや粘膜にしみるのが気になる。

現病歴:約13年前に,剥離性歯肉炎で他院より日大歯科病院に紹介された。金属アレルギー検査の結果が陽性であったため,歯科用金属の除去およびカリエス処置を行なった。この間,疼痛時にはデキサメタゾンを自身で塗布していたが,症状は一進一退で,軽減期と増悪期を繰り返していた。当院にて,血液検査(BP180,IgG)および病理組織検査の結果より,類天疱瘡と診断された。

全身的既往歴:約20年前から高血圧および脂質異常症,約5年前からは不眠症である。

服用薬:β遮断薬(アテノロール,沢井製薬株式会社,大阪),スタチン系薬(ロスバスタチン,沢井製薬株式会社,大阪),ベンゾジアピン系睡眠薬(トリアゾラム,日医工株式会社,富山)

アレルギー:なし 金属アレルギー:あり

口腔外の皮膚疾患:なし

BMI:26.7 喫煙歴:なし 閉経年齢:52歳

家族歴:姉(82歳)も口腔内に同症状が出ているが軽度である。

1. 診査・検査所見

1) 口腔内診査

歯数:27本

PD:平均PD 2.25 mm,PD≧4 mmの割合3.1%

BOP:14.2%

歯肉所見:全顎的歯間乳頭部辺縁歯肉発赤腫脹。上顎口蓋側歯肉には深い瘢痕があり,下顎臼歯部舌側歯肉には水疱形成が認められる(図2-1)。

頰粘膜所見:異常なし

舌所見:異常なし

図2-1

症例2(エクオール摂取前)

図2-2

症例2(エクオール摂取1年後)

図2-3

疼痛の頻度および程度(症例2)

2) 口腔清掃状態

エクオール摂取前のPCR値は58.3%で(図4),全顎的に歯頚部隣接面での清掃不良が認められた。1日3回のブラッシングおよび1日1回(夜)歯間ブラシ・ワンタフトブラシによる口腔清掃を行っている。

2. 診断

類天疱瘡,広汎型中等度慢性歯周炎 ステージII+限局型重度慢性歯周炎(17)ステージIIIグレードA

3. 尿中エクオール量(図5

0.44 μmol/g cre(規定値≧1 μmol/g cre)

4. エクオール摂取後の経過

摂取開始から1ヵ月間,歯肉および舌の疼痛の程度に改善が認められ,デキサメタゾンを塗布することは1度も無かった。しかし摂取2ヵ月以降,歯ブラシおよび歯間ブラシで容易に歯肉に傷が付き,出血後すぐに水疱性腫脹ができた。ただちにデキサメタゾンを極少量塗布するとエクオール摂取前より早期に治癒した。摂取5~8ヵ月後には「以前からあった歯ぐきの傷が浅くなり,厚くなってきている気がする。」,摂取10ヵ月後には「口の中の痛みはほとんど無く,違和感がある程度である。」とコメントしている。摂取1年後,全顎的に歯肉の発赤および瘢痕は改善が認められた(図2-2)。歯肉,頰粘膜および舌の疼痛の頻度に関して,依然として変動が認められるが,各々の疼痛の程度は改善され(図2-3),主訴であった刺激物も食べることができるようになった。摂取前と摂取1年後を比較すると,PCRは58.3%から19.4%(図4),BOPは14.2%から4.3%(図4),平均PDは2.25 mmから1.63 mm,PD≧4 mmの割合は3.1%から0.1%に改善が認められた。唾液量は7.5 mlから8 mlとほぼ変化は見られなかった。尿中エクオール量に関しては,摂取前は規定値以下(0.44 μmol/g cre)であったが,摂取後は規定値以上を維持している(33.29 μmol/g cre(摂取1ヵ月後)→42.88 μmol/g cre(摂取6ヵ月後)→14.81 μmol/g cre(摂取1年後))(図5)。

症例3

患者:52歳,女性 職業:会社員

主訴:歯ぐきや粘膜に痛みがあるのが気になる。

現病歴:約3年前に他大学病院皮膚科より日大歯科病院を紹介され,受診した。特に上下顎臼歯部歯肉に発赤およびびらんが認められ,ガーゼで擦過すると歯肉は容易に剥離した(ニコルスキー現象)(図3-1)。血液検査および病理組織検査の結果では確定診断できなかったが,臨床症状から尋常性天疱瘡の疑いと診断され,皮膚科で内科的治療(ステロイド内服治療)が必要とされたが,患者自身が副作用を心配し,内科的治療を希望しなかった。当院にてアズレンスルホン酸ナトリウム(ハチアズレ,小野薬品工業株式会社,大阪),サルコートおよびデキサメタゾンを使用し治療を行っていたが,効果が感じられず使用を中止した。1ヵ月ごとに口腔清掃指導およびスケーリングを行っていたが,歯肉に歯ブラシが当たると歯肉は容易に剥離した。塩辛い物を食べることはできるが,刺激物は食べることができなかった。

全身的既往歴:なし 服用薬:なし

アレルギー:花粉症 金属アレルギー:なし

口腔外の皮膚疾患:なし

BMI:24.6 喫煙歴:なし 閉経年齢:52歳

家族歴:家族で口腔内に同症状を示すものはいない。

図3-1

症例3(エクオール摂取前)

1. 診査・検査所見

1) 口腔内診査

歯数:28本

PD:平均PD 2.32 mm,PD≧4 mmの割合0%

BOP:16.1%

歯肉所見:上下顎臼歯部頰側歯肉には水疱とびらんが認められ,特に上顎臼歯部口蓋側歯肉では剥離が顕著である(図3-1)。

頰粘膜所見:異常なし

舌所見:異常なし

2) 口腔清掃状態

エクオール摂取前PCRは58.93%(図4)で,特に臼歯部での清掃不良が認められた。1日2回のブラッシングおよび1日1回(夜)フロスによる口腔清掃を行っている。

2. 診断

尋常性天疱瘡の疑い,歯肉炎

3. 尿中エクオール量(図5

12.18 μmol/g cre(規定値≧1 μmol/g cre)

4. エクオール摂取後の経過

摂取1ヵ月後に歯肉および頰粘膜の疼痛の頻度は減少したが,疼痛の程度には変化はなかった(図3-5)。摂取3ヵ月後(図3-2)には塩辛い物および刺激物ともに食べる事ができるようになっていたが,患者自身が「エクオールの効果は感じられない。」と考え,自己判断で摂取を中止した。摂取中止より1ヵ月経過したところで,「歯磨き粉がしみる。」とのことで歯磨剤の使用中止を指示した。歯磨剤中止1ヵ月後(PCR 32.1%)に疼痛の程度は減少したが,エクオール摂取中断期間が2ヵ月(PCR 26.8%)過ぎた頃に(図3-3),BOPの増加傾向(摂取3ヵ月後:5.4%→1ヵ月中止:11.9%→2ヵ月中止:19.6%)が認められた(図4)。摂取中断により「全体的に歯ぐきがむけている気がする。」と患者自ら自覚したため,摂取を再開した。摂取再開2ヵ月および4ヵ月後にPCRは増加したものの,BOPは減少した(BOP 7.2%:図4)。再開後,継時的に歯肉,粘膜および舌の疼痛の頻度および程度は大幅に改善が認められた(図3-5)。特に舌口蓋側歯肉での剥離は認められなかった(図3-4)。摂取再開6ヵ月後には患者自身が症状の改善を自覚した。唾液量は摂取前14 mlであったが,再開6ヵ月後では12.5 mlであった。尿中エクオール量に関しては,12.18 μmol/g cre(摂取前)~46.79 μmol/g cre(摂取1ヵ月後)~37.35 μmol/g cre(摂取3ヵ月後)~7.43 μmol/g cre(再開6ヵ月後)と変化したが,摂取前後ともに規定値以上であった(図5)。摂取前は尿中エクオール量が有効値(10 μmol/g cre以上)であったが,検査時のみ普段より多くの大豆製品をコンスタントに摂取していた為,利便性や有効濃度維持の観点からエクオールサプリメント摂取を試みた。

図3-2

症例3(エクオール摂取3ヵ月後)

図3-3

症例3(エクオール摂取中止2ヵ月)

図3-4

症例3(エクオール摂取再開6ヵ月後)

図3-5

疼痛の頻度および程度(症例3)

考察および結論

剥離性歯肉炎は広範囲の疾患が関連している可能性がある。その中でも,扁平苔癬,類天疱瘡,尋常性天疱瘡が代表的疾患である3,4)。その内訳は,扁平苔癬が24~80%,類天疱瘡が14~48%,尋常性天疱瘡が3~15%と推定されており,それらが剥離性歯肉炎の原因の80%以上を占めている5-8)。扁平苔癬は角化異常を伴う慢性炎症疾患で,網状(ウィッカム線条)や丘疹の両側性病変は最も特徴的な臨床症状である3,4)。類天疱瘡および尋常性天疱瘡は自己免疫性水疱症に分類され,水疱やびらんを生じる自己免疫疾患である9)。とくに,類天疱瘡は痒みの強い浮腫性紅斑を伴い,破けにくい緊満性水疱を特徴とする。一方,尋常性天疱瘡は一見正常な部位に圧力をかけると上皮が剥離しびらんを生じるニコルスキー現象が特徴で,破けやすい弛緩性水疱を形成する3,4,9)。扁平苔癬,類天疱瘡,尋常性天疱瘡ともに歯肉,頬粘膜,舌,口蓋にも発生する。

本研究では,3症例すべて,エクオール摂取以前から歯科衛生士による口腔清掃指導を来院毎に行っていた。患者はそれ以前,バス法でのブラッシングを行っていたが,歯肉に歯ブラシが当たることで歯肉の疼痛が増加している傾向が認められたため,スクラッビング法での刷掃法に変更した。歯ブラシはヘッド部分がなるべく小さく,刷毛が細く軟らかいもの(Systema SP-T ,ライオン歯科材株式会社,東京)と歯磨剤はラウリル硫酸ナトリウム無配合10)(ペプチサルジェントルトゥースペースト,T&K株式会社,福岡)に変更した。エクオール摂取前は3症例ともにブラッシング時の接触痛を訴えており,歯頚部に歯ブラシを当てるのを避ける傾向が認められた。しかし,摂取後は歯肉の疼痛の軽減により,逆にオーバーブラッシングとなり,歯肉も磨いてしまう傾向が3症例とも認められた。そのため,一時的に疼痛の頻度の増加につながったと考えられる(図1-5,図2-3,図3-5)。

さらに,エクオール摂取後に疼痛の改善がみられ始めると,3症例とも,患者自身が歯ブラシおよび補助的清掃用具の適切な操作方法によるプラークコントロールの重要性を自ら口にするようになった。とくに,症例2では,歯ブラシおよび歯間ブラシで容易に歯肉に傷が付き,出血後すぐに水疱性腫脹ができた。通常の歯間ブラシを使用し適切な方法で操作しても,歯肉を痛める確率が高かったため,ラバータイプの歯間ブラシ(TePeイージーピックXS/S,TePe Munhygienproduker AB,Sweden)に変更した。ラバータイプの歯間ブラシは通常の歯間ブラシよりは清掃効果は劣るが,擦過創は改善された。

エクオールはエストロゲンβ受容体(ERβ)への結合親和性が高く11),更年期症状,骨粗鬆症,シワの進行等を抑制する効果が報告されている12)。口腔内の重層扁平上皮の細胞層において,ERβの発現が広範囲に多数認められており13),本症例では口腔上皮のERβに作用することで,歯肉,頰粘膜および舌において,上皮の正常なターンオーバーと物理的バリア機能の形成促進14,15)につながったものと推測している。また,エクオール摂取前後で上皮の改善による疼痛の減少により,患者が口腔清掃できる範囲が広がり,PCRが減少したと考えられる。さらに,PCRの減少に伴いBOPも減少し,疼痛や肉眼的所見も改善したと考えられる。しかしながら,症例3では,エクオール摂取を2ヵ月間中止したところ,PCRが減少しているのにも関わらず,BOPの増加が認められた(図4)。一方,症例1と2ではBOPの減少が認められた。このことは,エクオールによる上皮の改善効果によりBOPの減少を示唆するものである。

図4

PCR,BOPの変化

ERβの発現は唾液腺にも認められており13),エクオールによる唾液量の増加の可能性が報告されている16)。唾液腺は薬物やホルモンに対する感受性が比較的高い組織であり,エストロゲンを投与するとエストロゲン受容体(ER)は顎下腺の腺房細胞の核で増加する17)。ERβは唾液腺では,主に顎下腺に存在し,顎下腺の形成と維持,生理的機能に関与している17)。このことから,エクオール摂取により顎下腺のERβが増加し,唾液分泌量が増える可能性が考えられる。症例1では明らかな唾液量の増加が認められた。しかしながら,症例2では,ほぼ変化が無かった。これは降圧剤および入眠剤の影響と考えられる。また,症例3では摂取再開4ヵ月後から花粉症のためアレルギー疾患治療薬(ビラノア,大鵬薬品工業株式会社,東京)を服用していたため,唾液量が摂取再開6ヵ月後には減少したと考えられる。ビラノアには口渇の副作用が報告されており,今回の唾液量減少の一因となったと推測される。

エクオール産生者は尿中エクオール量が1 μmol/g creを超えた場合と定義されている12)。症例1および2はエクオール非産生者,症例3はエクオール産生者であった。サプリメント摂取後の血中エクオール濃度は約1~3時間後に最大値となり(半減期は約8時間後),12時間以内に尿中に排泄されると報告されている18,19)。そのため,本研究では尿検査を行う前日の夕食時にサプリメントを摂取し,翌朝にソイチェック(株式会社ヘルスケアシステムズ,愛知県)にて尿検査を行った。エクオール産生者は,大豆イソフラボンからダイゼインを経て,腸内細菌によりエクオールが生成される。また,エクオールは腸管から吸収され,血中には8時間後に出現し,12~24時間に最大となり,72時間で体内から消失する17)。したがってエクオール産生者である症例3は,大豆製品摂取よりもサプリメント摂取により安定したエクオール濃度を保つことができたため,剥離性歯肉炎に対する改善効果がみられたのではないかと考えた。尿中エクオール量は3症例ともにエクオール摂取1ヵ月後には大幅に増加し,その後は減少する傾向がみられた(図5)。これは,尿中エクオール量が食事内容20,21),水分摂取量および排尿回数18)などにより変動するためと考えられる。症例3のようなエクオール産生者では,大豆製品の摂取量に左右される可能性が高い21)。エクオール非産生者の大豆製品摂取に対する影響は不明であるが,3症例ともに,エクオール摂取1ヵ月後に一番大豆製品を摂取していたが,その後は摂取量が減少したことを確認している。

図5

尿中エクオール量の変化

剥離性歯肉炎に対する治療法は,プラークコントロールの徹底22)および副腎皮質ホルモン製剤の局所塗布などによる対症療法が行われているが23,24),完全な治療法はいまだ確立されていない。本論文の3症例のうち,症例1および2では急性期症状および水疱形成時に副腎皮質ホルモン製剤の局所塗布の併用を指示した。副腎皮質ホルモン製剤は,長期使用することで口腔カンジダ症を引き起こす副作用もあるため23,24),剥離性歯肉炎患者への常用には注意が必要である。エクオールサプリメント摂取により,副腎皮質ホルモン製剤の使用頻度の減少および中止につながったことからこのような副作用防止にも有効と思われる。扁平苔癬,類天疱瘡,尋常性天疱瘡などの疾患を治癒に導くことは,現時点では困難と考えられる。しかし,これらの疾患の症状を緩和し,新たな治療法としてエクオールサプリメント摂取の有効性が本症例から示唆された。

結論

剥離性歯肉炎の女性患者に対し,エクオールサプリメントの長期摂取により,尿中エクオール値の上昇,BOPの改善,歯肉の疼痛の軽減および肉眼所見の改善が認められた。剥離性歯肉炎患者に対し,エクオールサプリメントを摂取することはQOLの向上に寄与する可能性が示唆された。

謝辞

稿を終えるにあたり,本研究にご助言頂きました日本大学名誉教授村井正大先生,株式会社ヘルスケアシステムズ細谷吉勝様,小林縁様に深く感謝申し上げます。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態は以下の通りです。本試験は株式会社ヘルスケアシステムズよりソイチェック検査キットの提供を受けた。エクオールサプリメントに関して,利益相反のある企業はない。

References
 
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