2022 Volume 64 Issue 1 Pages 36-38
近年,医療技術の発達や社会環境の整備により平均寿命が延び,QOLを重視した医療の質が問われている。また,日本の医療は,医療費適正化の流れからDPC方式が導入されて以降転機を迎え,疾患治療の発展と充実はもとより,予防医療の重要性があげられている1)。その予防医療推進の方策の一つとして,歯科医師は全身性疾患の入り口ともいわれる口腔を管理し,予防医療を牽引する中心的役割となることが求められている。このことから,近年の歯科医療は,単に齲蝕や歯周疾患,喪失した歯の補綴的治療を行うだけではなく,誤嚥性肺炎や低栄養の予防といった全身状態の改善,QOLの確保,さらには全身性疾患の治療支援という視点から効果的に提供されなければならない。このためには,医師や看護師,福祉関係者等との多職種連携を進め,地域包括医療の一員として歯科医療を明確に位置づけていく必要がある。
誤嚥性肺炎予防における口腔衛生管理の重要性が報告されて以降2),肺炎予防に加え,疾患治療に伴う口腔合併症の緩和などを目的とした周術期の口腔管理は,多くの施設で実施される標準治療となりつつある3)。しかし,周術期の口腔管理件数の増加に伴い,より効果的に行う上で様々な考慮すべき点も議論されている。
今回は,医科歯科連携・多職種連携が求められる今後に向け,科学的根拠に基づいた口腔管理をどのように提供すべきか,歯科領域の専門性に対する信頼をどのように得ていくべきかを,考慮すべき問題点とともに,後半で歯周組織の炎症面積を評価する指標PISA:periodontal inflamed surface areaの臨床研究結果にも焦点をあて考察する。
医科歯科連携では,歯科医師が主病の治療前後に口腔管理を行い,感染症予防や合併症の低減,口腔内症状の緩和を行うことを目的としている4,5)。これを効率的に実践するには「口腔内細菌が原因となる合併症の予防」を支持療法の基本方策とし,感染源の除去を優先させる診療計画の立案が必要である。
医科歯科連携で一つ目に考慮すべき点として,対象となる患者の背景が多彩であること,患者は様々な基礎疾患に加え,免役能や身体機能の低下,認知症などの精神機能の脆弱など,個人差が大きいという特徴がある。加えて高齢者患者には,心身の活力が低下するフレイルの頻度は多く,65歳以上で7.9%と報告されている6)。さらに,咀嚼,嚥下,会話などの口腔機能低下を表すオーラルフレイルは肺炎のリスクを高めることが危惧される7)。歯科医師は様々な身体精神機能を呈する患者に対して,主病治療の多様性ともすり合わせて個々に口腔を管理する必要がある。
また医科歯科連携で考慮すべき二つ目の点として,高齢者における歯周病の罹患率が増加していることがあげられる。厚生労働省による歯科疾患実態調査では,8020達成者は2016年の調査で51.2%となり,2022年に向けて達成者を60%にする新たな目標が掲げられている8)。しかし本調査では8020達成者の増加に伴い,4 mm以上の歯周ポケットを有する高齢者は年々増加していることも明らかとしている。4 mm以上の歯周ポケットを有する歯を10本以上有する群は,それ以外の群と比較して肺炎の死亡率が3.9倍高いことが報告されている9)。歯周病原細菌の多くは,誤嚥性肺炎の原因ともなる嫌気性菌であることから,歯周病の罹患率が増加していることは肺炎を抑制するうえで軽視できない。私たち歯科医師は,肺炎の原因となりうる歯周病罹患率が増加していることを理解したうえで口腔管理を行う必要がある。
歯周病などの感染症を制御していくには,常に流動的である“host-parasite relationship”への理解が重要である。host(宿主)とparasite(寄生体)の相互作用により治療効果が異なることから,二者を評価し,それぞれの状態に応じた治療計画を立てる必要がある。host側の状況は,医療者の評価や検査数値をもとに,診療録の情報やカンファレンスなどを通して共有される。一方,parasaite側の状況は,歯科医師が口腔内の感染に対するリスクを評価し,他職種と共有するために提示する必要がある。口腔環境も医療者で共有し,タイミングを逃さず管理することでより精細な治療支援へと繋げることができる。
広島大学病院では2012年から連携口腔管理サポートチームを立ち上げ,周術期や化学療法中の口腔管理について,医科診療科から体系的に紹介を受けている。紹介された患者に対しては,歯科医師によって口腔内の感染源を総合的かつ簡易的に評価し,数値化して職種間で情報共有している。
今回,歯周病の検査値から口腔管理が全身性疾患治療中の予後や合併症予防にかかわることを示した最近のデータを紹介する。
口腔管理がどのような治療支援と関連するかを評価するために,脳卒中患者の歯周病原細菌に対する血清IgG抗体価を測定し,歯周病原細菌と脳卒中転帰との関連について検討した。
急性期脳卒中患者690名を前向きに登録し,入院時の転帰不良例m-RS:modified Rankin Scale≧2の症例を除いた534例を解析対象とした。患者を発症3か月後の転帰良好(m-RS<2)と転帰不良(m-RS≧2)の2群に分け,年齢や性別等の臨床病理学的指標24項目及び歯周病原細菌に対する抗体価について2群間で比較検討した。また入院時の患者血清より歯周病原細菌9菌種16菌体に対する血清IgG抗体価をELISA法にて測定した。
結果,転帰不良例ではFusobacterium nucleatum(Fn10953,Fn25586)に対する抗体価が有意に高かった。さらに発症3か月後の転帰不良に関連する因子についてロジスティック回帰分析を行ったところ,年齢,入院時重症度に加えて,抗IgG Fn25586抗体価が転帰不良に関係する独立した因子であった(オッズ比3.44,95% CI 1.24-9.59)。歯周病原細菌が動脈硬化性疾患の発症に有意に関連しているという報告は散見されるが,この結果から,歯周病原細菌は脳卒中発症のみならず,3か月後の転帰にも関連することを明らかとした10)。
好中球減少性がん患者の血流感染から分離された嫌気性菌の多くは,口腔内が感染源であるとの既報11)から,歯周病原細菌は,がん化学療法中におこる感染症にも関連する可能性を考えた。そこでPISA:periodontal inflamed surface areaが化学療法中の感染症を反映する可能性を検証するために,血液がんにて化学療法を行う157例を対象に,PISAと発熱性好中球減少症FN:febrile neutropeniaの発症を調査した。FN発症群(n=75)とFN陰性群(n=82)に分類し,口腔内環境に関連する危険因子の関連性を評価した。その結果,ロジスティック回帰分析でPISAはFN発症と関連する独立因子であることが示された(オッズ比1.02,P<0.01)。さらに,傾向スコアマッチングにより,FN群ではPISAは有意に高く,PISAとFN発症の間には有意な関係があることが示された(P=0.035)12)。
歯周病原細菌の多くが血液要求性の嫌気性菌であることを考えると,歯周病による出血は慢性的に細菌に栄養を供給し,増殖を促進させる状態を提供している。また,グラム陰性嫌気性菌の細胞壁リポ多糖LPSは,血中で炎症性サイトカインを産生誘導し,発熱やショック状態などの炎症反応をひきおこす13)。通常は菌血症が発症した場合,自身の免疫で細菌は排除されるが,高齢や医科治療などで免疫が低下している状態では,細菌が増殖し敗血症などを引き起こし,生命を脅かす危険性につながることも知っておかなくてはならない。また,PISAなどの数値を用いて簡潔に,口腔がどれほどリスクに繋がる状態にあるかを発信していくことが今後は必要と考える。
医科歯科連携において口腔管理をより発展させていくには,多くの医療者と協働する歯科医師や歯科衛生士が行っている口腔管理の中身を簡潔に発信し,他職種から信頼を得ていくことが重要であると考える。そのためには,共通認識が可能な数値化した簡便なツールを用いて患者の口腔内を適切に評価し,さらに数値化したツールを科学的根拠に紐づく臨床的,および基礎的な研究がなくてはならない。
今回紹介したように,PISAは多職種と口腔内環境を共有できるツールとして有効である可能性が示唆された。今後PISA値を含め,多くの口腔内の指標と全身性疾患の関係については,さらに研究を推進し,医科歯科連携による質の高い医療を提供する必要がある。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。