2022 Volume 64 Issue 3 Pages 103-107
歯周治療では,歯科衛生士が力を発揮する機会が大変多く,その成否は,歯科医師のパフォーマンスと共に,担当する歯科衛生士のパフォーマンスに大きく左右される。しかし,歯科衛生士が日々力を発揮している歯科衛生士の三大業務については,多くの歯科医師が,さらに歯科衛生士でさえ,大きく誤解している面があるように感じられる。
本コーナーでは,歯科衛生士が日々実践しているスケーリング・ルートプレーニング(SRP)が,歯科衛生士法上の三大業務のどれに相当するのかを再確認すると共に,歯科衛生士法における歯科衛生士の業務範囲に関する法的解釈を再考することから始める。そして,歯科衛生士の主な業務がどのように変遷してきたかを正しく認識し,国家資格を持った歯科衛生士が「歯科診療の補助」として実施できることについて,また,実施する歯科衛生士と,指示する歯科医師それぞれが,自ら判断するための基準について考えてみたい。
歯科衛生士の三大業務は,歯科予防処置,歯科診療の補助,歯科保健指導だが,「歯科診療の補助」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。多くの歯科医師は,そして歯科衛生士でさえ,「歯科診療の補助とは,歯科診療を行う歯科医師を,その横で補助(アシスト)すること」だと思っていないだろうか。
「歯科診療の補助」を考えるにあたり,まず,医師の指示により看護師が行う「診療の補助」について確認したい。なぜなら,「歯科診療の補助」とは,保健師助産師看護師法1)(以下「保助看法」)で,看護師・保健師・助産師以外やってはならないと定められている「診療の補助」を,歯科診療に限定して歯科衛生士が実施できる行為として,歯科衛生士法2)が認めるものだからである。
日本医師会総合政策研究機構の尾崎3)は,『一般に「診療補助行為」とは,保助看法37条に定める,①診療機械の使用,②医薬品の授与,③医薬品についての指示,及び,④その他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為の四行為をいう』としている。これは,保助看法第三十七条に,「主治の医師又は歯科医師の指示が無ければやってはならない行為」として列挙されている行為である。その行為①~④は,医行為そのものであることが分かるだろう【注1】。つまり,「診療の補助」とは,手術や処置時のアシスタント業務のみではなく,薬剤の投与,注射,点滴,採血,検査,カテーテルの挿入,傷の手当などの医行為を意味する。実際,病院における看護師は,医師からの指示に基づいて,多くの場合は一人で,上記医行為を実施しており,いわゆるオペナース(手術室看護師)が行う手術介助のみが診療の補助ではないことが分かるだろう。前述した通り,「歯科診療の補助」とは,この「診療の補助」を歯科診療に限定して認められたものなので,手術や処置時のアシスタント業務のみではなく,薬剤の歯周ポケット内投与,治療としての歯石除去,SRP,概形印象採得などを指すと考えられる。平成14年9月の医政局長通知4)で静脈注射が「診療の補助」行為の範疇として取り扱うことが公式に通知されたことから,歯科診療として歯科医師が行う点滴や静脈注射も,「歯科診療の補助」の条件を満たせば歯科衛生士が実施できる行為となった。
【注1】保助看法は,全ての医行為を「診療の補助」として行ってよいとは言及していない。医師や歯科医師の指示があれば,「診療の補助」として「医行為」(の一部の行為)を行うことを,保助看法は妨げていない。
歯科衛生士法2)第二条には次の通り書かれている【注2】。
第二条 この法律において「歯科衛生士」とは,厚生労働大臣の免許を受けて,歯科医師(歯科医業をなすことのできる医師を含む。以下同じ。)の指導の下に,歯牙及び口腔の疾患の予防処置として次に掲げる行為を行うことを業とする者をいう。(昭和23年)
一 歯牙露出面及び正常な歯茎の遊離縁下の付着物及び沈着物を機械的操作によつて除去すること。
二 歯牙及び口腔に対して薬物を塗布すること。
2 歯科衛生士は,保健師助産師看護師法(昭和二十三年法律第二百三号)第三十一条第一項 及び第三十二条 の規定にかかわらず,歯科診療の補助をなすことを業とすることができる。(昭和30年)
3 歯科衛生士は,前二項に規定する業務のほか,歯科衛生士の名称を用いて,歯科保健指導をなすことを業とすることができる。(平成元年)
【注2】「女子」から「者」への改正,「直接の」が削除された改正などの経緯は省略し,現時点で最新の条文を示した。
この第二条の第1項から第3項が,それぞれいわゆる「歯科予防処置」「歯科診療の補助」「歯科保健指導」を指す。時代と共に法律が改正され,厚生労働省からの通知等により,歯科衛生士の業務は図1の通り拡大してきた。歯科衛生士の業務拡大が最も大きかったのは,昭和30年の改定で,この改定により,それまで看護師・保健師・助産師以外実施できなかった「診療の補助」を,歯科診療に限定して歯科衛生士が実施できるようになった。ただ,歯科医院や歯科衛生士養成校の現場での理解が十分とはいえなかったためか,「歯科診療をする歯科医師のアシスト」に留まって誤解されてきたように思う。
図2に,著者が平成29年12月に,日本歯周病学会のランチョンセミナーとして本稿と同様の趣旨の講演をした際に行ったオンラインアンケートの結果を示す。講演前では,回答者(55名)の多く(60%:33名)は,最も典型的な「歯科診療の補助」は,「バキューム操作とミラーによる舌排除」と回答し,「SRP」と回答した受講者は25%(14名)であった。また,図3に示す通り,保険診療において歯科衛生士が行う歯肉縁上スケーリングは,72%(61名中44名)が「歯科予防処置」として実施していると考えており,「歯科診療の補助」として実施していると正しく回答できた回答者は18%(61名中11名)だった。さすがに歯肉縁下スケーリングは52%(58名中30名)が「歯科診療の補助」と正しく回答したが,41%(58名中24名)は「歯科予防処置」と誤解していた。
歯周病患者に行うスケーリングが,健常者に行うスケーリングと同じ「歯科予防処置」であるという誤解が蔓延してしまったために,「歯科診療の補助」という法律用語が,本来意味するところの「歯科医師の指示で行う歯科医行為」の通りには正しく認識されず,歯科医師の指導下で自ら行うことができる歯科予防処置以外の行為として,言葉の意味から類推されやすい「歯科診療をする歯科医師のアシスト」に限定されて誤解されてしまったのだろう。ちなみに,歯周病に罹患していない人に行うスケーリング(歯牙露出面及び正常な歯茎の遊離縁下の付着物及び沈着物を機械的操作によつて除去すること)が,歯科衛生士が昭和23年当初から実施できた「歯科予防処置」であり,歯周病患者に行うスケーリングやSRPは,看護師のみが実施できたことで,歯科衛生士は昭和30年の改定まではできなかったことになる。
歯科衛生士の業務の変遷
歯科衛生士法の改正,医政局長通知等により,歯科衛生士が行う主な業務は拡大している。
日本歯周病学会学術大会(平成29年12月)ランチョンセミナー前後のオンラインアンケート結果。講演の前後で,『次の中で,あなたが考える最も典型的な「歯科診療の補助」はどれですか』に対し,受講者がスマートフォンで回答した。
日本歯周病学会学術大会(平成29年12月)ランチョンセミナー中のオンラインアンケート結果。講演開始直後に,『保険診療において,歯科衛生士が行う歯肉縁上及び歯肉縁下スケーリング』を,歯科衛生士の三大業務のどれと解釈しているかを,受講者がスマートフォンで回答した。
歯科衛生士養成校における指導科目名とその指導内容が,前述した誤解を生みやすい状態だったことも,誤解の蔓延に拍車をかけたと思われる。健康な歯肉を持つ人に行う歯肉縁上スケーリングと,歯周病患者に行う歯肉縁上スケーリングは,歯科衛生士法上異なる範疇の行為である。前者は歯科予防処置(第二条第1項),後者は歯科診療の補助(第二条第2項)であるにもかかわらず,手技が同じであるためか,両者はまとめて歯科衛生士学校養成所指定規則5)別表の「歯科予防処置論(8単位)」に相当する科目で教えられており,「歯科診療補助論(9単位)」に相当する科目で教えられる機会は,歯科医療の実態に比べて少ない。歯科衛生士養成校における指導内容は,現在は単位数で規定されているが,以前は時間数で規定されていたため,歯周病患者に行うスケーリングの方が実態としては多いにもかかわらず,やむを得ず,時間的に余裕のあった「歯科予防処置論」の中で教えざるを得なかったのかもしれない。
ただ,現在の指定規則では,別表の備考に,「複数の教育内容を併せて教授することが教育上適切と認められる場合において,【中略】この表の教育内容ごとの単位数によらないことができる」とある。せっかく備考が設けられているのだから,現状でほとんど実施されておらず保険でカバーされていない「健康な歯肉を持つ人に行う歯肉縁上スケーリング(歯科予防処置)」としてではなく,保険診療として広く行われている「歯周病患者に行う歯肉縁上スケーリング(歯科診療の補助)」として,スケーリングを教えて欲しい。
歯科衛生士養成機関における時間配分,単位配分が,実際に歯科衛生士になってから行う業務の比率と異なっていることや,科目名で分類される学習内容と,法律で定められる業務内容とが必ずしも一致していないことが,歯科衛生士業務に対する誤解につながっているのかもしれない。
今まで述べた通り,「歯科診療の補助」は,単に「歯科診療を行う歯科医師のアシスト」に留まらず,歯科医師の指示により,患者に対して,SRPや概形印象採得,修復物の調整・試適・仮着などの歯科医行為を行うことであることが確認できた。そこで,歯科衛生士が歯科医行為を「歯科診療の補助」として実施する際,および歯科医師が歯科衛生士に歯科医行為を指示する際に,その歯科医行為を「歯科診療の補助」として扱えるかどうかを判断する基準を考えてみたい。
令和元年11月8日に行われた第2回医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会における参考資料2「診療の補助・医師の指示について」6)では,看護師が行う診療の補助における医師の指示について次の通りまとめている。なお,同資料では,『※この資料において,「歯科医行為」の場合は「医師の指示」を「歯科医師の指示」と読み替えるものとする』『※各資格法により看護師以外が行う診療の補助における医師の指示も同様』とあるので,看護師も歯科診療の補助に関しては歯科衛生士と読み替えうると考えられる。
○ 医事法制上,医行為(当該行為を行うに当たり,医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし,又は危害を及ぼすおそれのある行為)について,自身の判断により実施することができるのは医師に限定されている。
○ しかしながら,看護師も医学的判断及び技術に関連する内容を含んだ専門教育を受け,一定の医学的な能力を有していることにかんがみ,一定の医行為(診療の補助)については,その能力の範囲内で実施できるか否かに関する医師の医学的判断を前提として,看護師も実施することができることとされている。
つまり,指示する歯科医師が,歯科衛生士がその能力の範囲内で実施できると歯科医学的判断を下せば,一定の歯科医行為を歯科診療の補助として,歯科衛生士も実施できることを示している。そして,指示が成立する前提条件として,次の4項目を挙げている。
① 対応可能な患者の範囲が明確にされていること
② 対応可能な病態の変化が明確にされていること
③ 指示を受ける看護師(歯科衛生士)が理解し得る程度の指示内容(判断の規準,処置・検査・薬剤の使用の内容等)が示されていること
④ 対応可能な範囲を逸脱した場合に,早急に(歯科)医師に連絡を取り,その指示が受けられる体制が整えられていること
上記①~④のいずれも,日常の歯科医療現場において容易に達成しうる。
また,平成14年の各都道府県知事あて厚生労働省医政局長通知「看護師等による静脈注射の実施について」4)の中では,「医師又は歯科医師の指示に基づいて,看護師等が静脈注射を安全に実施できるよう,医療機関及び看護師等学校養成所に対して,次のような対応について周知方お願いいたしたい」として,2項目を挙げている。
① 医療機関においては,看護師等を対象にした研修を実施するとともに,静脈注射の実施等に関して,施設内基準や看護手順の作成・見直しを行い,また個々の看護師等の能力を踏まえた適切な業務分担を行うこと。
② 看護師等学校養成所においては,薬理作用,静脈注射に関する知識・技術,感染・安全対策などの教育を見直し,必要に応じて強化すること。
これを受けて,前出の尾崎3)は,「この事案が示すとおり,たとえ現在医師以外には禁止されている医行為であっても,関係者による十分な検討を経て一定の結論さえ得られれば,解釈変更は可能である」と述べている。
以上を踏まえて,ある歯科医行為が,歯科診療の補助となり得るかどうかを判断する基準を考えると,次の通り整理できるだろう。
① 歯科医師による指示があること
② 研修・教育等により,当該歯科医行為を実施するための知識と技術があることを,実施する歯科衛生士も,指示する歯科医師も確認できていること
③ 行政からの通知によって,当該医行為が診療の補助から除外されていないこと
④ 法律によって当該医行為が禁止されていないこと
⑤ 関連学協会も含め,社会が認め得ると考えられること
②は当該歯科衛生士が受けた教育・研修の記録から確認できる。③の例としては昭和26年~平成14年における「静脈注射」が挙げられる。昭和26年に厚生省医務局長通知として「静脈注射は,【中略】看護師の業務の範囲を超える」とされたが,平成14年の厚生労働省医政局長通知で「静脈注射は【中略】診療の補助行為の範疇として取り扱う」と訂正された。④の例としては診療放射線技師法7)で禁止されている「放射線の照射」が挙げられる。⑤で議論すべきは,静脈注射と同様,現段階では,厚生労働省が指定する歯科衛生士養成校における卒前教育や学協会等による卒後研修が,あまり広くは行われていないような歯科医行為だろう8,9)。
現在,一般的には広く認められていない歯科医行為であっても,卒前・卒後のいずれかまたは両方の充実・普及等により,実施する歯科衛生士と指示する歯科医師の両者が「当該医行為を実施するための知識と技術がある」ことを個別に確認でき,「関連学協会も含め,社会が認め得る」と判断できれば,歯科診療の補助として扱うことができるだろう。
歯科衛生士の皆様,および私も含めた歯科医師が,歯科衛生士法第二条第2項で規定される「歯科診療の補助」を正しく理解することはもちろん,より多くの歯科衛生士が,歯周病の予防・治療をベースにした国民の口腔と全身の健康管理を支援・推進し,歯科医師とともに安全な歯科医療を提供していくことを,そして必要な知識・技術・態度を卒前/卒後教育で十分に修得するとともに,後進の者が修得できる環境を整備することを,さらに現在および将来の歯科医療にとって必要とされる業務拡大に積極的にかかわっていけることを,歯科衛生士関連委員会副委員長として強く祈念し,稿を終えたい。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。