2022 Volume 64 Issue 4 Pages 121-128
世界の歯科の歴史を紐解くと,その始まりは紀元前にまでさかのぼり,歯科疾患は大昔からヒトの生活と常に共にあったと言える。我が国に現存する日本最古の医書である「医心方」には,いわゆる歯槽膿漏の記述が見られる。歯周疾患の場となる「口腔」という器官は,摂食などの機能に必須であると同時に,常に細菌感染のリスクにさらされるため,発達した防御機構を持っている。多くの機能を担い,欠かすことのできない器官である口腔内は,生体内でも極めて特殊な環境である。硬組織である歯が軟組織を含む歯周組織を貫通しているという構造は他には見られない。口腔内における代表的な疾患の一つである歯周病は,歯周組織における歯周病原細菌の感染が初発因子となる疾患である。宿主内では,歯周病原細菌に対する防御機構は,複雑かつ緻密な戦略で我々の生体環境を守っている1,2)。歯周組織は,歯肉,歯肉結合組織,歯根膜,セメント質,歯槽骨より構成されており,上皮の接合部分が歯周病原細菌の主たる侵入経路である。歯周病原細菌の感染に対する生体の防御機構として,細菌に対する自然免疫と獲得免疫が働くことにより,歯周組織は恒常性を維持している。
自然免疫反応では,宿主細胞は細菌の細胞壁に存在する高分子や核酸を認識し,防御反応や炎症反応を引き起こす。これらの反応は,主に好中球,マクロファージ,樹状細胞などの食細胞と抗菌ペプチド,リゾチーム,レクチン,補体などの抗菌分子によって担われている。口腔における自然免疫の初期段階では,歯周組織の最外層には歯肉上皮が存在し,口腔内細菌などの異物の侵入に対して,物理的な上皮バリアの役割を果たしている3)。獲得免疫反応では,繰り返される細菌感染に対応するために,特定の外来抗原を認識する抗体により,リンパ球,キラーT細胞,ヘルパーT細胞を歯周組織の炎症部位に誘導するなど,病原体を迅速に中和,排除することが可能である。
歯肉上皮は,口腔内に面している口腔上皮,歯肉溝を形成する歯肉溝上皮,エナメル質や象牙質など硬組織表面に付着している接合上皮から構成される。接合上皮の微生物に対する防御機構を明らかにするために,古くから解剖組織学的手法を用いた研究が行われ,近年では電子顕微鏡や免疫組織化学的手法を用いることで詳細な構造上の特徴の知見が得られている4)。しかし,接合上皮の簡便な特異的マーカーは確立されておらず,接合上皮の性質を反映した細胞株が樹立されていなかったことから,接合上皮の維持や歯周病防御に関する詳細な機能については未だ不明な点も多いのが現状である。
本稿では,古くから行われてきた接合上皮に関する研究を振り返り,これまでの知見を辿りながら,新たな知見について当講座で行った研究結果を含めて紹介する。
近年の研究により,歯肉上皮は単なる物理的なバリアとして機能するだけでなく,生化学的なレベルでも感染を防御することが明らかになってきた。歯肉上皮は,LL-37やβ-ディフェンシン(hBD)などの抗菌ペプチドや,細菌付着部位に貪食細胞や抗原提示細胞を動員するケミカルメディエーターを産生する。抗菌ペプチドは,上皮細胞の増殖,創傷治癒,炎症性サイトカインの調節,血管新生,ケモカイン合成,白血球の遊走,肥満細胞におけるヒスタミン放出に関与することも知られている。さらに,hBDは歯肉上皮に発現するS100タンパク質,アドレノメデュリン,secretory leukocyte protease inhibitor(SLPI)といった他のペプチドと相互作用して,その機能を発揮している5)。歯周組織を構成する歯肉上皮細胞,線維芽細胞,好中球,マクロファージなど多くの細胞はToll-like receptor(TLR)を発現し,侵入する微生物を認識している6,7)。微生物を認識すると,これらの受容体はインターロイキン(IL)-1,IL-8,tumor necrosis factor-α(TNF-α)などの炎症性サイトカインや接着因子の発現を上昇させ,好中球やマクロファージなどの免疫細胞を浸潤部位に誘導し,感染防御のための炎症反応を開始する。
口腔内細菌に対する生体防御の最前線に位置する接合上皮は,ヘミデスモゾーム構造により直接エナメル質に付着する非角化性組織であり,感染防御に対して特徴的な性質を有している8)。接合上皮の特徴として,非角化上皮細胞から構成されること,細胞がデスモゾームおよびギャップジャンクションによって相互連結された広い細胞間隙を有しており,物質の透過性が高いことが知られている9)。接合上皮細胞のターンオーバーはマウスで4~6日であり,口腔上皮細胞の6~12日と比較して非常に早い10-12)。接合上皮では,接合上皮細胞層に平行して結合組織内に形成される歯肉毛細血管網や歯根膜の血管網から滲出する血清成分が,歯肉溝に向かって接合上皮の細胞層を通過している。この滲出液は,歯肉溝内から歯肉溝滲出液(GCF)として流出する。GCFには流入して来た好中球,リゾチーム,ラクトフェリン,補体に加えて,分泌成分,サイトカイン,酵素など,他の免疫細胞によって放出される分子も含まれている13-15)。我々の研究結果から,口腔上皮に対して接合上皮ではSlpi,Myl6,Krt17が高発現しており,S100A9が炎症反応性に発現していることが明らかになった16,17)。歯周病による炎症が進行した歯肉には好中球が多く認められるが,臨床的に健康な状態においても接合上皮には好中球の遊走が観察される18-20)。好中球は,異物を貪食し分解するために種々のプロテアーゼを産生,分泌しているが,これらの酵素は歯周組織にも障害を与えてしまう。しかし,接合上皮において,プロテアーゼ阻害物質であるSLPIが高発現することで,外部から侵入する微生物を排除しつつ,宿主の歯周組織を保護していると考えられる。
歯周組織の防御には,口腔内細菌に対する自然免疫反応が重要な役割を担っており21,22),臨床的に健康な歯周組織においても,宿主と細菌の間で常にミクロなレベルでの戦いが繰り広げられていると言える。今日,常在細菌叢は,宿主の生体の恒常性維持に不可欠な要素を形成していることが知られている。特に腸管における成熟した免疫系と物理的な上皮バリアの発達において,健全な常在細菌叢が重要な役割を果たすことが明らかにされている23)。近年,specific-pathogen-free(SPF)マウスと無菌マウスを用いた研究により,常在細菌叢が多くの臓器の機能や多くの疾患の進行に顕著な影響を及ぼすという,想像以上の多様性が明らかにされてきた24-27)。歯周病学の分野では,歯周組織における常在細菌叢が免疫に及ぼす影響を理解するために,歯周組織の遺伝子発現プロファイルがSPFマウスと無菌マウスで比較されてきた。この点では歯肉溝が特に注目されており,歯肉上皮細胞に発現する免疫関連因子や接着因子に着目した研究が行われている28,29)。我々の研究からも,炎症のない無菌マウスにおいて,keratinocyte-derived chemokine(KC)としても知られるCXCL1,MIP-2(CXCL2)などの走化性因子や接着因子が接合上皮に発現しており,無菌環境であっても,歯周組織にマクロファージや好中球を誘導することが示唆された30)。また,抗菌ペプチドであるS100A9は,口腔内の常在菌が存在すると接合上皮に発現するが,無菌マウスでは発現しないことが明らかとなった17)。入江らは,口腔内常在菌が歯周組織において軽度の炎症状態を惹起することにより,歯槽骨の恒常性維持や結合組織のコラーゲン分解に寄与している可能性を示唆した31,32)。福原らは,P. gingivalis由来LPSによる刺激に伴うCD4陽性T細胞の増加,Tnf-αおよびforkhead box protein p3(Foxp3)の発現レベルの上昇に,マウス口腔内の常在菌叢が重要な役割を果たすことを見出した33)。歯周組織では,常在菌の存在に反応するCXCL2とCXCR2のシグナル経路の活性化により,無菌状態と比較して好中球の遊走が増加し,恒常性の維持に寄与する29)。通常の常在細菌叢を有するマウスでは,接合上皮細胞が活発に分化,増殖し,それに伴って走化性因子の発現が増加することで,好中球の遊走が亢進される29,30,33)。これらの知見から,歯周組織に免疫細胞を誘導し,恒常性を維持するメカニズムの存在が示唆される。このメカニズムは,口腔内に細菌が存在しなくても機能しているが,常在細菌叢の存在により強化される。すなわち,健全な常在細菌叢は継続的な軽度の炎症反応を引き起こすが,歯周組織の障害を引き起こすのに十分なものではなく,むしろ,組織の恒常性の維持に有益に働いていると考えられる。SPFマウスと無菌マウスを比較すると,他の組織でも同様の所見が観察されている34)。
接合上皮の起源は,歯原性上皮の一種である退縮エナメル上皮であると推察されていたが,これまで確定的な報告はなかった。そこで我々は,東京理科大学総合研究機構辻研究室で開発された再構成歯胚技術を応用し35,36),歯原性上皮細胞のみを緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識し,接合上皮の形成過程を観察することで,その起源の解明を試みた。すなわち,GFPトランスジェニックマウスの歯原性上皮組織と同系野生型マウス間葉組織から歯胚を再構成し,同系成獣の口腔内に移植し,再構成歯の萌出過程を観察した。その結果,萌出した再構成歯の接合上皮部分のみがGFP陽性となった(図1)。この結果は,エナメル質を形成した歯原性上皮が口腔上皮と癒合し,接合上皮を形成することを直接示す根拠となった37)。さらに,萌出した再構成歯の周囲から,GFPを指標としてフローサイトメトリーにより分離したGFP陽性接合上皮細胞の遺伝子発現様式をRNAシークエンスによって解析した。その結果,GFP陽性接合上皮細胞は口腔上皮細胞と比較して,接合上皮特有の因子として報告されているKrt17,Icam1,Vim17,Odamの発現上昇が認められ,野生型マウス由来の接合上皮細胞と同様の遺伝子発現パターンを示した38)。
接合上皮細胞の機能を詳細に検討するために,我々は単離したGFP陽性接合細胞にレンチウイルスベクターを用いて,simian virus 40(SV40)T抗原を導入することで不死化を行い,JE-1およびJE-2という2つの細胞株を樹立した38)。これらの細胞は20回以上の継代を経ても増殖活性を維持し,細胞老化を示さなかった。また,これらの細胞は,野生型マウス由来の接合上皮細胞と同様の遺伝子発現パターンを示した。JE-1,JE-2は,接合上皮の機能の解明に寄与し,歯周病学分野の研究において有用なツールであると考えられる。石河らは,JE-1を用いて,低濃度の酪酸が接合上皮の増殖,遊走,接着を促進することで,上皮の深行増殖が増加することを示唆している39)。また,高濃度の乳酸はJE-1の増殖を抑制し,receptor activator of nuclear factor kappa-B ligand(RANKL)の発現を増加させることが報告されている40)。我々の研究では,P. gingivalis由来LPSにより,JE-1の遊走,増殖が減少すること,Tnf,Slpi,Cxcl2の発現が増加することが見出された(第65回秋季日本歯周病学会学術大会にて報告)。
マウス再構成歯胚移植後40日,萌出中のμCT画像,口腔内写真および組織切片画像。接合上皮において,GFPの緑色蛍光を認める。文献37)よりNature Publishing GroupのAuthor's Guidelinesに基づき,引用改変。
これまでの組織学的解析から,接合上皮細胞は生涯を通じて徐々に口腔上皮細胞によって置換されると考えられているが,直接的な根拠を示す報告はなかった41-44)。我々の研究から,歯の萌出直後の接合上皮は歯原性上皮由来であることが明らかとなったが37),その後の経時的な変化は不明であった。そこで我々は,GFPマウス由来の歯胚をtdTomatoが全身で発現するマウスに移植することで,接合上皮細胞の追跡を試みた45)。経時的に組織学的解析を行ったところ,歯原性上皮由来のGFP陽性接合上皮細胞は歯胚移植後140日間に渡って,徐々に基底層から口腔上皮細胞に置換され,移植から200日後にはほとんどの接合上皮細胞が口腔上皮細胞によって置換されていた(図2)。この結果は,細胞のターンオーバーを考慮すると,移植歯胚の歯原性上皮由来の接合上皮細胞がしばらくは自己再生機能を維持していたが,最終的にはその機能を喪失したことによると考えられる45)。
接合上皮における幹細胞,幹細胞様細胞を探索するため,多色細胞系譜追跡法を用いて,接合上皮の細胞クローナリティを解析した。多色細胞系譜追跡法は,Rosa26rbw/CreERT2マウス(レインボーマウス)にタモキシフェンを投与することで,対象組織にランダムな多色キメラを導入し,ターンオーバーによる細胞置換の時期に合わせて組織の観察を行い,幹細胞支配領域最小単位を視覚化する手法である46)。解析の結果,レインボーマウスへのタモキシフェン投与後3日目にはランダムに4色の蛍光を発する接合上皮細胞が観察されたが,投与後168日目に口腔上皮とは異なる単色領域が観察され,接合上皮は独自の幹細胞を有していることが示唆された(図3)47)。さらに,第一臼歯周囲における幹細胞由来の単色領域の分布を水平断にて確認したところ,タモキシフェン投与後168日目に異なる蛍光色の単色領域が複数観察された(図4)47)。定量的解析の結果,接合上皮に占める各単色領域の平均面積の割合は7.54%であったことから,第一臼歯周囲には13~14の接合上皮の幹細胞が存在すると推察された47)。これらの結果は,接合上皮が領域特異的な幹細胞によって維持されていることを示唆している。同時期に,Yuanらにより,分裂頻度の高い幹細胞と分裂頻度の低い幹細胞が接合上皮の恒常性の維持に関与していることが報告された48)。この研究では,Axin2陽性細胞の系統追跡を行い,子孫細胞が5日程度で接合上皮を占有することが示された48)。我々の研究から,接合上皮と口腔上皮が異なる幹細胞に由来することが示唆され,その境界を可視化することで個々の幹細胞の分布が明らかとなった47)。接合上皮に幹細胞は存在すると考えられるが,幹細胞が歯原性上皮由来であるかは,さらなる研究の蓄積が待たれる。
GFPマウス由来歯胚移植後50日,140日,200日での接合上皮部(点線)の組織切片画像。50日において,GFP陽性接合上皮細胞を認める。200日まで接合上皮部の形態変化は認めないが,140日において基底部からtdTomato陽性口腔上皮細胞による置換が認められる(矢頭)。スケールバー:200 μm。文献45)よりNature Publishing GroupのAuthor's Guidelinesに基づき,引用改変。
Rosa26rbw/CreERT2マウスにタモキシフェンを投与し,多色標識を行ってから3日後,56日後,168日後の接合上皮部(点線)の冠状断組織切片画像。3日後では,細胞がランダムに多色標識されているのが認められる。168日後では,接合上皮が単色の領域から構成されている。スケールバー:50 μm。JE:接合上皮,OGE:口腔上皮。文献47)よりNature Publishing GroupのAuthor's Guidelinesに基づき,引用改変。
A. 点線部で上顎第一臼歯周囲の水平断組織切片を作成した。B. Rosa26rbw/CreERT2マウスにタモキシフェンを投与し,多色標識を行ってから3日後,168日後の接合上皮部の水平断組織切片画像。3日後では,細胞がランダムに多色標識されているのが認められる。一方,168日後では,それぞれ異なる色の細胞から派生した複数の単色の領域を構成している。C. 第一臼歯周囲の接合上皮において,各幹細胞に由来する領域を示した概念図。スケールバー:200 μm。M:近心,D:遠心,B:頬側,P:口蓋側,DP:歯髄,M1:第一臼歯,M2:第二臼歯。文献47)よりNature Publishing GroupのAuthor's Guidelinesに基づき,一部引用改変。
本稿では,歯周組織研究の黎明期から行われている組織学的解析から示される接合上皮の有する口腔内細菌に対する防御機能,近年の分子生物学的手法を用いた解析から示される,発生や維持機構についての研究を中心に知見をまとめた。これまで先人たちが積み重ねてきた多くの知見から,接合上皮は口腔上皮とは異なる性質を有し,細菌に対する防御や歯周組織の恒常性の維持に重要な役割を果たしていることが示唆される。
未だに,接合上皮の幹細胞,幹細胞様細胞がどのように接合上皮の構造を維持するのか,老化に伴い接合上皮の維持がどのようになされるのかなど,不明な点は多い。しかし,これらが明らかにされることによって,歯周組織の恒常性の維持に関与するメカニズムや歯周治療における創傷治癒に有用な知見となることが期待される。
本稿での成果の一部は,理化学研究所生命機能科学研究センター 辻孝博士,小川美帆博士,および大阪大学医学部保健学科分子病理学教室 上野博夫博士との共同研究によるものです。また,JSPS科研費(JP21K09899,JP20K09978,JP18K09581,JP17K17359,JP21592634)の支援を受けたものです。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。