2023 Volume 65 Issue 2 Pages 58-68
過去の歯科治療によるトラウマから,恐怖心・不信感が根強く,治療に消極的であった広汎型慢性歯周炎Stage IV Grade Cの患者に対し,歯周基本治療を通してラポールを確立し患者と協働にて病状安定に導いた一症例を報告する。
患者は55歳男性,歯肉の腫脹とブラッシング時の出血,上顎右側臼歯の動揺を主訴に来院した。臨床所見は全顎的な歯肉の発赤,腫脹を認めた。プロービング時の出血(BOP):85.3%,プロービングポケットデプス(PPD)4 mm以上58.3%,6 mm以上7.7%,O'Learyのプラークコントロールレコード(PCR)85.6%,エックス線所見では全顎的な水平性骨吸収を認めた。
初診時の医療面接にて患者より過去の歯科診療に対するトラウマがある事,浸潤麻酔を使用した治療や外科治療は希望しない事を告げられた。丁寧な説明と共に患者に対して傾聴の姿勢を保ちつつ,患者教育を徹底した。
治療が進むにつれ,患者自身が治療効果を実感した事で歯科治療に対する考え・態度が軟化し,積極的に治療に参加するようになった。その結果,治療効果が格段に上がり,歯周外科治療を行わず病状安定に至り,2018年12月,SPT(Supportive Periodontal Therapy)へ移行した。患者自身がSPTの必要性を十分理解している為,継続受診がなされており,現在も病状は安定している。
I report a case of a patient with Stage IV Grade C extensive chronic periodontitis who was reluctant to undergo treatment due to fear of dentists.
The patient was a 55-year-old male who visited our clinic with complaints of gingival swelling, bleeding during brushing, and tooth movement of his right upper molar. Clinical examination showed the following: gingival redness and swelling of the gums; bleeding on probing (BOP): 85.3%; periodontal pocket probing depth (PD): over 4 mm in 58.3% and over 6 mm in 7.7% of teeth; O'Leary's plaque control record (PCR): 85.6%. X-rays showed horizontal bone loss in all alveolar bones.
During the initial medical interview, the patient informed us that he had experienced dental trauma in the past and that he did not wish to undergo treatment using infiltration anesthesia. We explained the results of the examination and thoroughly educated the patient about the necessity of treatment and the importance of oral cleaning.
As the treatment progressed, the patient's thoughts about dental treatment changed for the better as he realized the benefits of the treatment, and he became more proactive in participating in the treatment himself, leading to stabilization of his condition, without the need for periodontal surgery.
あらゆる医療行為に共通する事であるが,歯周治療においてもまた,患者の理解・協力なしには,高い治療効果は望めない。
過去の歯科治療におけるトラウマを抱えた患者は,歯科に対する不信感や恐怖心,諦めから,歯科受診のハードルが高くなる可能性がある。
その様な患者に対し,治療を通して寄り添い励ますことでラポールを形成し,患者の治療に対する意識や健康意欲を引き上げ,良い方向へ導くことは,『患者に一番近い歯科医療従事者』の一人である担当歯科衛生士だからこそ成し得る,重要な役割の一つであると考える。
本症例では過去の歯科治療に対するトラウマから,歯科治療への恐怖心と不信感,そしてある種の諦めを感じながらも,歯周病の症状に不安を感じて来院した患者に対し,聞き取り,対話,説明,教育を諦めず繰り返し寄り添い続けることで,ラポールを形成し,患者の治療に対する考えや態度が好転,病状安定へ導くことができた。その結果,歯周基本治療のみで良好な結果を得ることができ,SPT移行後もモチベーションを高く維持出来ている為,現在も欠かすことなくSPTを継続できている症例を経験したので報告する。
なお,本症例は論文掲載にあたり患者の承諾を得ている。
患者:55歳男性
初診:2016年9月
主訴:全体的に歯肉が腫れ,歯磨きをすると血が出る。右上の歯が揺れる。
現病歴:3年前にも歯肉の腫れが気になり近医を受診した。その時に歯周炎と診断され歯周基本治療を受けるも,スケーリング時の疼痛に苦痛を覚え,受診が途絶えてしまったとのこと。このことがトラウマになり,歯科受診は出来る限り避けてきたが,今回歯肉が腫れ磨くと血が出ること,また知り合いが歯肉癌で他界したことを機に意を決し来院したと胸中を明かされた。
2. 歯科的既往歴幼少期から甘い物をよく食べていた。詳しい年齢は覚えていないが,幼い頃から齲蝕治療に姉と二人でよく通っていたとの事であった。
36,37は数年前歯根破折により抜歯し,その後部分床義歯を作製するも,使用時の違和感になじめず,現在未使用とのこと。その他の補綴修復物に関しては患者自身記憶が定かではないとのことであった。
3. 全身既往歴特になし。年に一度健康診断を受診している。
喫煙の過去あり。20歳から48歳まで喫煙していた。1日およそ20本。7年前に禁煙し現在も禁煙継続中である。
4. 家族歴両親は既に他界しており,歯科受診歴や口腔内環境等は把握していなかったとのこと。3歳年上の姉がいるが,幼少期一緒に齲蝕治療に通った記憶があるものの,その後の歯科既往歴は不明との事であった。
5. 現症 1) 口腔内所見(図1)全顎的に浮腫性の腫脹が認められる。PCRは85.6%でプラークの付着量が多い。下顎前歯部は歯肉縁上から歯肉縁下へ繋がるように歯石の沈着が認められる(図1-A)。
26,27に関しては,対合歯が欠損しており,過去に部分床義歯を作製したものの未使用の為,歯の挺出が確認できる。
初診時の口腔内写真(A)およびデンタルエックス線写真(B)
全顎的に歯根長の1/2から2/3の水平性骨吸収が認められる。また,17,16,26,27,46,47に根分岐部病変像が認められる。全顎的に歯石沈着が認められる(図1-B)。
3) 歯周組織検査全顎的に深いポケットが認められた。PPD1~3 mmの割合は34.0%,PPD4~5 mmの割合は58.3%,6 mm以上は7.7%であった。プロービング時の出血(BOP)部位の割合は85.3%で,PISAは1838.6 mm2であった。歯の動揺は17,16,15,44,46がMillerの分類で3度,14,24,25,26,27,32,31,41,45,47は2度,その他が1度であった(図2)。
初診時(2016年9月)歯周組織検査結果
口腔清掃不良と長期にわたる喫煙歴の過去もあり1),歯肉炎が慢性歯周炎に移行したものと考えられる。臨床診断は日本歯周病学会による歯周病分類システムに準じ,広汎型重度慢性歯周炎,新分類では広汎型慢性歯周炎Stage IV Grade Cとした2)。
7. 治療計画 1) 歯周基本治療 1) 患者教育歯科治療に対する不信感・恐怖心が強く,自身の口腔内状況に対しても半ば諦めの気持ちで来院した患者であった,ラポールの形成に重点を置きつつ,治療を正しく理解してもらい,主体的な参加を促す事を目的とした。
・歯周病の病因論の説明,治療計画について説明し理解を得る。
・プラークコントロールすることの重要性を説明する。
2) TBI歯間隣接面の清掃を重点的に歯間ブラシ使用の徹底を提案。
3) スケーリング・ルートプレーニング(SRP) 2) 再評価 3) 口腔機能回復治療・24,25に補綴修復治療を行う。
・46は根分岐部の清掃性改善を目的とし補綴修復治療を行う。
4) 再評価 5) SPT※歯周外科処置,浸潤麻酔下での治療は希望しないとのことであった。
8. 治療経過 1) 歯周基本治療 2016年9月~ 1) 初診,医療面接,患者教育主訴は全顎的な歯肉腫脹とブラッシング時出血,上顎右側臼歯部の動揺であった。前医にて歯周病と診断されたものの,スケーリング時の疼痛が苦痛で治療を中断してしまい,それ以降は恐怖心から歯肉が腫れても受診を避けていた。しかし,最近知人が歯肉癌により他界し,自身の口腔内の事が心配になったため,意を決し受診したとの事であった。過去のトラウマと歯科に対する不信感から,歯科治療に対し半ば諦めているような雰囲気もあり,医療面接時に,より丁寧な説明と傾聴の姿勢が必要であると感じた。まず患者の気持ちや考えに寄り添い,治療説明もこちらの考えを押し付ける形にならない様,患者が質問しやすいような雰囲気づくりを心掛けた。口腔内に触れる時は,必ず何をするのかを前もって細やかに説明し,痛みを感じる可能性のある時は,必ず事前に伝えるようにする等,とにかく声掛けを絶やさず不安感を取り除くよう配慮した。
口腔内写真,エックス線写真,歯周組織検査結果と共に現状を説明した。また,プラークを位相差顕微鏡で見せることで,プラークとは・歯周病とは何かを理解できるよう視覚的にも訴えた。患者は治療計画を聞くことで口腔内の状況を理解し,意を決し受診してみて良かったと感じたとの事だった。
しかし,やはり過去のトラウマは簡単に取り払えず,『痛い思いや怖い思い(浸潤麻酔・外科処置)をしてまで治療を受けたくない』との意思表示があった。
2) 口腔衛生指導初診時,患者は使用する歯ブラシについて特に気にかけておらず,歯ブラシの他に補助的清掃用具の使用も無い状況であった。全顎的な腫脹のある歯肉に対し,硬毛の歯ブラシでは痛みを避けようと無意識に辺縁歯肉を避けて磨く可能性があることを話し,テーパード柔毛の歯ブラシ(LION DENT. systema SPTⓇ)の使用を提案した。1歯ずつ歯牙の形態を鏡で確認し,どのようにブラシを当てたらプラークを除去できるかを考えながら磨くよう指導を行った。また,歯間隣接部に関しては,補助的清掃器具の使用習慣が無かった為,まず歯ブラシのみの口腔清掃よりも,歯間ブラシを併用すると効果が上がること3)を説明し,歯間ブラシ(LION DENT.EX歯間ブラシⓇ S・M)を適応部位に合わせて使用するように指導した。来院するたびに染め出しを行い,ネガティブな評価は極力避け,改善部位のポジティブ評価を中心に,セルフケアに自信を持たせる事を一番の目標として指導を継続した。
3) スケーリング・ルートプレーニング(SRP)TBIを継続しながら歯肉縁上のスケーリングを行った。過去のスケーリング時における疼痛がトラウマとなり,歯科受診を断念した過去がある患者の為,とにかく緊張を解くように声掛けを行った。施術には超音波スケーラーとシックルスケーラーを併用し,出来る限り痛みを感じさせない様,細心の注意を払って行った。
SRPに関しては担当医の指示のもと,初診時の患者の希望通り,浸潤麻酔は使用せず施術した。とにかく麻酔の使用と痛みのあることに対する拒否反応が大きかった為,患者の様子を見ながら痛みの許す範囲での施術となった。取れた歯石を患者に見せることで,治療の意義を説明し,頑張って治療を継続していることを評価してモチベーションにも気を配りながら進めた。
2) 再評価SRP後の再評価におけるBOPは10.3%,PCRは44.2%であった。SRPでは非浸潤麻酔下で,痛みを与えないよう気にしながらの施術となった為,深いポケットを有する部位に積極的な処置を行うことが出来ず,そういった部位に残石を確認した。しかし,この時点でBOPは初診時より大幅に減少し,患者自身もブラッシング時の出血が減ったことを体感するようになった。このことが患者の治療に対する意識を一気に変化させ,治療に対して意欲的な発言が出るようになった。このチャンスを逃さず,患者と治療計画を再立案した。まず,プラークコントロールの目標を具体的な数字で設定し,セルフケアを安定して行えるようになってからもう一度浸潤麻酔下にて再SRPを行ってみないかと打診した。患者は初診時から頑張ってきた成果を少し体感したことで,これらの提案に快諾した。これを機会に今後の治療計画について再立案を行った(図3)。患者と話し合った結果,セルフケアの具体的な数値として,PCR20%以下で維持することを目標にした。
この時点で患者の態度が受動的なものから非常に能動的に変化した印象を受けた。
初診時の治療計画と再評価時に行った治療計画の再立案内容
これまでに指導したデンタルフロスと歯間ブラシの使用は毎日のセルフケアに定着していたので,まずそのことを大きく評価し,これからは次の段階として,効果的な使用方法を意識しながら毎回使用する事を提案。それでもコントロールの難しい,露出した根面などの苦手部位にはワンタフトブラシ(オーラルケア プラウトⓇMS)の使用を指導した。指導に際しては,ただ押し付けにならない様,もっと良くなることを共に考え,一緒に楽しむスタンスで指導を行った。初診時と比べて患者の反応が良く,自発的にプラークコントロールに取り組むようになり,協働にて治療に当たっていると感じられるようになった。
4) 再SRP治療計画の再立案にて目標にした『PCR20%以下』を達成した後,浸潤麻酔下にて再SRPを行った。このSRPでは深いポケットを有する部位や根分岐部にも積極的にアプローチすることができた。この期間も,プラークコントロールについてはポジティブなコメントを心掛け,SRPで成果を上げる為にセルフケアを頑張っている事を評価し続けた。歯肉縁上は患者自身の仕事,歯肉縁下は歯科衛生士の仕事とお互い励まし合いながら治療に取り組んだ。
5) 口腔機能回復治療・24,25,46は二次齲蝕治療の為修復・補綴治療を行った。
・46はFMCの舌側マージン不適合が歯根露出部のプラークリテーションファクターであると考え,衛生管理が容易となるよう改善する目的にて修復・補綴治療を行った。
6) 再評価,SPT 2018年12月~修復および補綴治療後も,歯肉の腫脹や炎症所見は認められなかった(図4-A)。エックス線所見では初診時に確認した歯肉縁下歯石を概ね除去出来ている事,そして全顎的な歯槽骨の骨梁,歯槽硬線の明瞭化を確認した(図4-B)。多くの歯周ポケットが改善しPPD1~3 mmが93.6%,4~5 mmが5.1%,6 mm以上が1.3%であった。BOP3.2%でPISA39.3 mm2であった。PCRは16.3%で目標である20%以下を維持できていた。
24,25にはBOP(-)ではあるものの,4 mmから6 mmの深いポケットが残り,また47舌側中心部PPD4 mmにBOPが認められたことから(図5),これらの部位を要注意部位としてSPTへと移行した。この時点で,患者自身がセルフケアの重要性を正しく理解し正しくセルフケアを継続していた。SPT開始以降も目標であったPCR20%を上回る事なく安定したセルフケアを継続している。
最新SPT時(2021年9月)ではPPD4 mm以上が2.6%,6 mm以上は0%に,BOP1.9%,PISA31.4 mm2,PCR14.4%で安定した状態を維持している(図6-A)。初診時には使用していなかった歯間ブラシ等の清掃用具の使用もしっかり定着しており,「使用しないと気持ちが悪い」という発言が聞かれるようになった。口腔清掃が義務ではなく,欠かせない事として習慣が確立させたことにより,SPT期間を通して目標のPCR20%を上回ることは一度も無く,良く管理できるようになった。また,健康維持に対する意欲もあがり,SPTを欠かすことなく継続受診できている。
SPT移行時の口腔内写真(A)とデンタルエックス線写真(B)
SPT移行時の歯周組織検査結果
最新SPT時の歯周組織検査(A)と口腔内写真(B)
本症例は,過去のトラウマから歯科診療に対する不信感と恐怖心を持つ患者が,歯科診療を避け続けた後,あるきっかけから意を決し受診した結果,広汎型重度慢性歯周炎・新分類では広汎型慢性歯周炎Stage IV Grade Cと診断された。初診時では,歯肉の発赤・腫脹が認められ,歯肉縁上,歯肉縁下共に多量の歯石沈着が確認された。歯肉に症状は感じていたものの,歯科診療に対する恐怖心から歯周基本治療を途中で中断し,それ以降足が遠ざかっていたことが大きく影響していたと考えられた。また,患者から歯周外科治療・インプラント手術など,浸潤麻酔下での処置は拒否するとの意思表示があった。
松澤4)は「長期間の歯周治療の中で,患者さんとのラポールの確立や,円滑なコミュニケーションが取れるか否かで,治療の成否が左右します」と述べている。本症例では,患者の歯科診療に対する不信感や不安を軽減させながら,治療を中断すること無く,如何に病状安定へ導けるかが大きな課題となった。
まず,患者が納得して診療を受けられるよう,ただ治療計画を話すだけでなく,患者の気持ちを配慮し,押しつけにならない様,気持ちに寄り添いながら丁寧に説明するよう心掛けた。検査を行う時も痛みや不快感などに気を配り,声掛けを徹底して行うことで不安感を最小限に出来るよう心掛けた。不安感・不信感への配慮を行う傍ら,1)口腔内の状況を知らせること。現在の病状を正しく理解する事。2)歯周病病因論を説明し問題点に対する理解を得る事。3)口腔状態改善への解決方法を提示し,治療に希望を持ってもらう事。4)プラークコントロールの重要性を理解してもらう事。それらを目的に患者教育を徹底した。このように,ラポールの形成を試みながらコミュニケーションを意識して治療を進めて行った。
初診時から歯周基本治療を進める中で,患者の言動に受動的な印象を感じることが何度かあった。とにかく来院していればどうにかなると考えているような節があり,担当歯科衛生士としてどうしたら歯周治療を『自分事』として捉えてもらえるのか悩みながら経過していったが,最初のSRP後に転機が訪れた。患者の意思に従い最初のSRPは非浸潤麻酔下にて施術を行ったため痛みへの配慮からどうしてもポケットの深い部分や根分岐部まで到達することが出来ず,この再評価時に残石を多数確認したのだが,ある程度炎症を落ち着ける事が出来たことにより,患者自身がブラッシング時の出血が減ったことを体感できた。また治療を諦めず受診を継続している患者自身の頑張りを評価したことで,一気に患者の意識に変化が訪れ,治療に対して能動的な発言が見られるようになる。このタイミングで今度は浸潤麻酔下にて再度SRPに挑戦してみないかと打診すると快諾を得ることができた。せっかく前進したこの状況を無駄にせず,SRPの効果を最大限引き出すためにも,まずはプラークコントロールを徹底して安定させることを提案。この際,松永ら5)が行った,歯周炎患者に対するPCR20%以上と20%未満の集団における歯周基本治療に対する反応の調査から20%未満群の方が良好な治癒反応を示したという結果を基に,患者と話し合い,まずは『PCR20%以下を目標』とし,目標達成までTBIを継続した。毎回染め出しを行うことで,頑張りを『見える化』し,とにかくポジティブな評価を行うよう心掛けた。苦手な根露出部や下顎舌側部分はワンタフトブラシ(オーラルケア プラウトⓇ)の使用を提案した。この頃から患者からの積極的な質問も増え,それまでのような受動的な患者の反応は無くなり,とても協力的かつ能動的になった。
PCRが20%以下で安定した後,浸潤麻酔下にて再SRPを行った。前回のSRPでは痛みに配慮し触ることのできなかった深いポケットを有する部位や,根分岐部にも浸潤麻酔を使用することによって痛みを感じさせること無くルートプレーニングを行うことが出来た。SRPにはグレーシーキュレットの他に,Columbia 13-14,Mini McCall 13s-14s,Mini Syntette等,根面形態に合わせ使用器具を選択して行った。
再SRP後の再評価ではPPD1~3 mmが93.6%,4~5 mmが5.1%,6 mm以上が1.3%であった。BOP3.2%でPISA39.3 mm2,PCRは16.3%であった。初診時に見られた歯肉の腫脹,色調共に改善され,引き締まり健康的なピンク色を呈している。Baderstenら6)は,良好なプラークコントロールと適切なインスツルメンテーションにより,単根歯であれば,たとえ重度歯周炎罹患歯であっても非外科的治療により良い結果がえられると非外科的歯周治療の有効性を述べている。複根歯に関しても,治療により炎症症状が落ち着いたことから,病状安定とみなし,SPTへと移行した。
患者には今まで頑張って治療に励んだことを評価し,頑張りを称え,歯周基本治療を終えられたことを共に喜んだ。今後は定期的なSPTにて炎症をコントロールし,歯周病の再発を予防していくこと7)に重点を置くこととし,SPTの重要性8)を説明した。
SPT移行時から最新SPT時(2021年9月)までの間に,PPD1~3 mmの割合は93.6%から97.4%へ3.8%増加し,4~5 mmが5.1%から2.6%へ減少,6 mm以上の部位にあっては1.3%から0.0%へと減少した。BOPは3.2%から1.9%と安定した状態を保っており,PCRも16.3%から14.4%と20%を上回ることなく推移している(図7)。初診時に確認された歯肉の発赤・腫脹はSPT移行時から繰り返される事は無く,根分岐部病変に関しても再SRP後,状態は安定し再発の所見は見当たらない(図6-B,図8)。この間に転勤など環境の変化があったが,定期的なSPTを欠かすことなく継続的に定期来院されており,経過は良好である。
本症例は,患者の気持ちに寄り添いつつ,いかに病状を安定させられるかが大きな課題であった。過去に感じた歯科治療に対する苦痛や不信感を再度感じさせ治療を中断してしまうことが無いよう,患者に寄り添い,効果を実感させることでラポールを形成した。患者の態度も受動的なものから能動的に変化し,口腔清掃状態の安定と治療に対する理解・協力を得た結果,外科的処置を行わず,病状安定へ導くことが出来たと考える。
BOPとPCRの推移
初診時から最新SPT時の口腔内写真(正面間)上顎臼歯根分岐部病変のエックス線写真の比較
病状や治療に対する患者の理解・協力なくして,継続的な治療,またその効果を得ることは難しい。
歯周治療の臨床における歯科衛生士として,歯科医療従事者の立場から,患者各々の口腔内状況や心情に寄り添い,どのようにアプローチをすれば成果を得ることが出来るのかを考え,実行する事も歯科衛生士の重要な役割の一つであると実感した。
患者に寄り添いラポールを確立し,歯科医師,歯科衛生士,患者の三者協働にて治療を進める重要性を再認識した。
本稿を終えるにあたり,本症例に取り組む上でご指導ご協力頂きました,当院院長の木村雅之先生,当院スタッフの皆様,そして関係者の皆様に心から感謝致します。
なお,本症例は第64回秋季日本歯周病学会学術大会(2021年10月16日)においてポスター発表した内容に一部追加を行い掲載致しました。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。