2024 Volume 66 Issue 3 Pages 105-115
本研究の目的は,無作為化クロスオーバー試験により,歯周ポケット内に表面麻酔ゲルを注入塗布する麻酔方法(ゲル麻酔)のスケーリング・ルートプレーニング(SRP)時の鎮痛効果と歯周組織の改善効果を,浸潤麻酔を対照として比較することである。
5~9 mmの歯周ポケットを4歯以上有する患者27名(男性16名,年齢37~77歳)を無作為に2群に分け,A群は初回に1歯にゲル麻酔,別の1歯に浸潤麻酔の順,2回目には浸潤麻酔,ゲル麻酔の順で麻酔後,SRPを行った。B群はA群とは麻酔の順序を逆にした。SRP中の痛みについてVisual Analogue ScaleとVerbal Rating Scaleで評価し,研究終了時に麻酔の好みと理由を尋ねた。SRP実施平均1か月後に歯周組織の再評価を行った。
対象者単位の属性,歯単位の臨床データにおいて,A群とB群の間に有意差はなかった。痛みの指標はいずれもゲル麻酔の方が浸潤麻酔よりも有意に高かったが(p<0.01),ゲル麻酔を好む者が16名(59%)と多く,理由は麻酔針刺入時の疼痛や術後のしびれなどの不快感がないことであった。麻酔の種別に関わらず,歯周組織の炎症は再評価時に有意に改善した(p<0.001)。
これらの結果から,SRP前に歯周ポケット内に表面麻酔ゲルを注入塗布する方法は,浸潤麻酔よりも患者にとって好ましい選択肢であることが示唆された。
In this study, a surface anesthetic gel injected into periodontal pockets (gel anesthesia) and infiltration anesthesia were compared to assess their analgesic effects and periodontal tissue improvements during scaling and root planing (SRP).
Twenty-seven patients (16 males, aged 37-77 years) with four or more periodontal pockets (5-9 mm) were randomly divided into two groups. In the first session, group A received gel anesthesia on one tooth and infiltration anesthesia on another tooth, followed by infiltration and gel anesthesia in the second session, along with SRP. Group B received the reverse order of anesthesia described for Group A. After SRP, patients were asked to report the pain with a visual analogue scale and verbal rating scale, and preference of anesthesia and the reasons. The periodontal tissues were re-evaluated one month after the average SRP.
No significant differences were observed in subject unit attributes or tooth unit clinical data between groups A and B. Although all pain indices were significantly higher for gel anesthesia than for infiltration anesthesia (p<0.01), 16 (59%) patients preferred gel anesthesia due to the lack of discomfort, such as pain during anesthetic needle insertion and postoperative numbness. Regardless of the type of anesthesia, periodontal tissue inflammation demonstrated significant improvement at re-evaluation (p<0.001).
These results suggest that the injection of a surface anesthetic gel into the periodontal pockets before SRP is the preferred option for patients undergoing infiltration anesthesia.
スケーリング・ルートプレーニング(以下,SRP)は歯周基本治療やサポーティブペリオドンタルセラピー(以下,SPT)において不可欠な処置であるが,処置中に疼痛を伴うことが多い。一般的に,SRPの疼痛管理に浸潤麻酔が用いられるが,注射針の刺入は患者にしばしば恐怖感や不快感を起こすことが知られており,歯科受診の中断の原因となっている1)。現在まで,浸潤麻酔による恐怖感や不快感を軽減するために様々な試みがなされており,例えば注射針を刺入するところに表面麻酔剤を塗布する方法2),浸潤麻酔の代わりに表面麻酔剤の軟膏を綿棒で歯肉に塗布する方法3),あるいは麻酔薬を含有した貼付剤を用いる方法4)などが検討されその有効性が報告されてきた。
一方,浸潤麻酔の代用法として麻酔剤を歯周ポケット内への注入塗布する方法が報告され,主に国外においてその有効性が検討されてきた5-9)。また,麻酔剤を歯周ポケット内に注入塗布する方法の鎮痛効果の比較対照には,プラセボや浸潤麻酔が用いられ,比較した研究をとりまとめてシステマティックレビューやメタ分析がなされている10,11)。メタ分析の結果では,麻酔剤を歯周ポケット内に注入塗布する方法は,プラセボと比較して,SRPの時の痛みの強さを有意に減弱することが示されている10)。また,浸潤麻酔との比較を行ったメタ分析では,麻酔剤を歯周ポケット内に注入塗布する方法は浸潤麻酔よりも痛みが強く,追加の麻酔の必要性が高くなることが示され,患者の好みにおいては2つの麻酔方法に有意差は認められなかったことが報告されている11)。
国内では,表面麻酔ゲルを歯周ポケット内に注入塗布する方法(以下,ゲル麻酔)についての紹介記事があるものの12),その有効性を検討した報告は見当たらない。ゲル麻酔が浸潤麻酔と同程度の鎮痛効果があれば,患者の精神的負担を軽減する選択肢となり得る。そこで本研究では,無作為化クロスオーバー試験によって,歯周基本治療中またはSPT期の歯周ポケットを有する患者を対象として,SRP前にゲル麻酔を実施した場合のSRP中における痛みに対する効果と患者の好みについて,浸潤麻酔を対照として比較した。また,ゲル麻酔と浸潤麻酔の後にSRPを行い,その後に歯周組織の改善状況についても検討した。なお,本研究に用いた表面麻酔剤を歯周ポケット内に注入塗布することが適用外使用でないことを,事前に製造販売業者に確認した。
2023年1月から10月までに9か所の歯科診療所を受診し,SRPを受ける予定の歯周病患者に対して,以下の包含基準と除外基準に基づいて対象者を選定した。包含基準は,上下顎左右側4ブロックのいずれか2ブロック以上に5~9 mmの歯周ポケットを有する歯を合計4本以上有する,歯周基本治療中またはSPT中の者とした。除外基準としては,過去3か月以内に抗菌薬を服用した者,本研究で用いる表面麻酔剤に含まれるベンゾカインまたは浸潤麻酔剤に含まれるリドカインに対するアレルギーがある者,鎮痛薬,ステロイド薬,非ステロイド性抗炎症薬を服用中の者とした。
研究の実施に先立ち,研究対象者に対して文書を用いて十分に研究計画を説明し,署名によって自由意思による同意を得た。本研究計画は,日本歯周病学会研究倫理委員会の承認を得た(2022年11月7日,JSP2022002号)。また,UMIN臨床試験登録システムに登録した(UMIN試験ID:UMIN000052191)。
2. 方法研究デザインは先行研究8,13)を参考にし,多施設における施術者の技術による差の影響をできる限り少なくするためと,同一の患者がゲル麻酔と表面麻酔の両方を経験し,経験する順序についても両方を経験する方が例数の削減になると考え14),クロスオーバーデザインによる無作為化比較試験とした(図1)。対象者は,Microsoft Excel 2021(マイクロソフト,レドモンド,米国)を用いて歯科医療機関ごとに作成した乱数表によって,麻酔の種類(ゲル麻酔と表面麻酔)の順序が異なることによる患者の反応(SRP中の痛みの強さ)が異なる可能性が想定されるために,麻酔の種類の順序が異なるA群とB群に分けられた。A群は,初回の来院時にまず1本目の対象歯にゲル麻酔を行ってSRPを実施した後,2本目の対象歯に浸潤麻酔を行ってSRPを行い,2回目の来院にはその逆の順序で3本目の対象歯に浸潤麻酔を行ってSRPを行った後,4本目の対象歯にゲル麻酔を行ってSRPを行った。B群では,初回来院時に浸潤麻酔,ゲル麻酔,2回目来院時にゲル麻酔,浸潤麻酔の順とし,それぞれの麻酔後にSRPを行った。対象歯は,例えば上顎右側の歯がゲル麻酔であれば上顎左側の歯を浸潤麻酔とし,左右側に対象歯がない場合は同側であっても2本の対象歯が隣り合わないように設計し,2本の対象歯が前歯または臼歯となるように計画した。
ゲル麻酔では,あらかじめベンゾカインゲル(歯科用表面麻酔剤ジンジカインゲル20%,白水貿易,大阪)をシリンジ(歯科用充填器BGフィル,日本歯科薬品,下関)に入れ,歯周ポケットに入るがポケット外に溢れない量を注入塗布した。ベンゾカインによる適用最適時間(最適な麻酔効果の現れる時間)が1~2分間であり,奏効開始時間が塗布後30秒であることから15),1分間作用させることを基本とした。ゲル麻酔後は,歯周ポケット内のゲルを洗い流すことなく,そのままSRPを実施した。
浸潤麻酔では,手用注射器と歯科用局所麻酔剤(オーラ注歯科用カートリッジ1.8 mL,ジーシー昭和薬品,東京)を用いて,浸潤麻酔の針の太さを33 Gとし,頬側の可動粘膜に刺入後,ゆっくり注入するように統一した。刺入後から麻酔終了後までの時間を分単位で記録した。1歯当たりの浸潤麻酔剤の使用量は約1 mLとした。浸潤麻酔の終了後は,奏効まで3分間待機させた。浸潤麻酔前には表面麻酔は行わなかった。
SRPはミニキュレット(LMグレーシーミニキュレット,白水貿易)を用いて行った。SRPを行った後で,SRP中の主観的な痛みをVisual Analogue Scale(VAS)とVerbal Rating Scale(VRS)で評価した。VASでは1 cm間隔で0,10,20,30,40,50,60,70,80,90,100のメモリをつけたスケールを印刷した紙に,0は痛みがなし,100は想像しうる最も強い痛みとして,SRP中の痛みの程度をペンで記入するように指示した。VRSでは,0(痛みなし),1(少し痛い),2(痛い),3(かなり痛い),4(耐えられないくらい痛い)の該当するものに丸をつけるように指示した。また,4歯全てのSRPが終了した後で,麻酔の好みについて,ゲル麻酔がよいか,浸潤麻酔がよいか,あるいはゲル麻酔と浸潤麻酔のどちらでもよいかを質問し,その理由を事前に準備した例文から選択する方法で聴取した。
SRPによる歯周組織の改善状態を検討するために,A群またはB群への割り付け前とSRP処置約1か月後に,歯周組織検査を行った。検査内容は,対象歯の根分岐部病変の有無,歯肉炎指数(gingival index:GI),プラーク付着歯面数,初回の最深部のプロービングポケットデプス(PPD),プロービング時の出血(BOP),動揺度とした。
麻酔は,臨床経験が5年以上の日本歯周病学会歯周病専門医または認定医である歯科医師が実施した。歯周組織検査とSRPは,歯科医師の指示を受けた,臨床経験が5年以上の歯科衛生士が行った。同一の患者におけるベースライン時と再評価時の歯周組織検査は同一の評価者が行い,検査は術者とは異なる者が実施した。検査に用いた歯周プローブは,1 mm間隔の目盛のあるものに統一した。
対象者の性別,年齢,喫煙歴,歯周病の診断(歯周炎のステージ分類とグレード分類),および治療ステージの情報は診療録から入手した。

研究対象者のフローチャート
サンプルサイズは,統計ソフトEZR(Version 1.40)16)を用いて,痛みの評価に用いるVASの2群間の差を5%,標準偏差を10%として計算した34名をもとに,約20%のドロップアウト率を想定して40名とした。
まずA群とB群の比較を行った。対象者単位で,年齢,性別,喫煙歴,歯周病の診断,および治療ステージについてA群とB群の比較を行った。対象歯単位で麻酔種別に,プラーク付着歯面数,PPD,麻酔時間,対象歯の歯種,根分岐部病変,GI,BOP,および動揺度についてA群とB群の比較を行った。2つの痛みの指標について,麻酔種別,回数別にA群とB群の比較を行った。A群とB群の比較に際して,連続変数にはMann-WhitneyのU検定を用い,カテゴリ変数にはχ2検定またはFisherの正確確率検定を用いた。
次に,ゲル麻酔と浸潤麻酔における2つの痛み指標の比較を行った。比較の際には1回目と2回目の数値をまとめた。
さらに,麻酔の好みとその麻酔の選択理由について分析を行った。A群とB群の比較を行った後,A群とB群をまとめて集計した。A群とB群の比較に際して,連続変数にはMann-WhitneyのU検定を用い,カテゴリ変数にはχ2検定を用いた。麻酔の好みと麻酔の選択理由について,A群とB群をまとめて集計した後に適合度検定を行った。
最後に,臨床指標の変化を検討した。ゲル麻酔と浸潤麻酔のそれぞれについて,1回目と2回目を合わせて,プラーク付着歯面数,PPD,GI,BOP,および動揺度のSRP後の変化を検討し,ベースラインと再評価時の比較を行った。比較に際しては,BOPはMcNemar検定を用い,それ以外はWilcoxonの符号付き順位検定を用いた。
分析にはMicrosoft Excel 2021とIBM SPSS Statistics for Windows(Version 29,日本IBM,東京)を用い,有意水準は5%未満とした。
表1には,A群とB群における対象者単位のベースラインデータを示した。年齢,性別,喫煙歴,歯周炎の診断,および治療ステージにおいて,2群間に有意差はなかった(p>0.05)。
表2には,A群とB群における,1回目と2回目を合わせた,対象歯単位のベースラインデータを示した。ゲル麻酔と浸潤麻酔のいずれにおいても,プラーク付着歯面数,PPD,麻酔時間,対象歯の歯種,根分岐部病変,GI,BOP,および動揺度は,A群とB群の間に有意差はなかった(p>0.05)。
表3には,A群とB群における,ゲル麻酔または浸潤麻酔後のSRP中の痛みについて,2つの指標による評価を行った結果を1回目と2回目のそれぞれについて示した。VASとVRSのいずれにおいても,麻酔の種類や回数に関係なく,A群とB群の間に有意差を認めなかった(p>0.05)。
表4には,1回目と2回目をまとめて,2つの痛み指標について,ゲル麻酔と浸潤麻酔の比較を行った結果を示した。VASの中央値は,ゲル麻酔が20であり,浸潤麻酔の5よりも有意に高かった(p=0.002)。VRSの最頻値は,ゲル麻酔が1に対して浸潤麻酔が0であり,有意差を認めた(p=0.006)。
表5には,A群とB群における麻酔の好みと選択理由を示した。麻酔の好みと麻酔の選択理由において2群間に有意差を認めなかった。2群を合計すると,ゲル麻酔を好む者が59%,浸潤麻酔を好む者が15%,どちらでもよいと回答した者が26%であり,適合度検定で有意差を認めた(p=0.013)。ゲル麻酔を好んだ主な理由としては,針を刺す痛みがなかったこと,しびれなどの施術後の不快感がなかったことであった。
表6には,麻酔の種別ごとに,ベースラインと再評価時の臨床指標の変化を検討した結果を示した。プラーク付着歯面数とPPDは,麻酔の種別に関わらず,ベースラインよりも再評価時の方が有意に低い値となった(p<0.001)。麻酔の種別に関わらず,GIでは最頻値が経時的に有意に低値となり(p<0.001),BOPは有よりも無の割合が有意に増加した(p<0.001)。動揺度は,ゲル麻酔では有意な変化は認められなかったが,浸潤麻酔では動揺なし(スコア0)の割合が有意に増加した(p=0.034)。
ゲル麻酔で十分な鎮痛効果がみられずに追加の浸潤麻酔を行ったのは1名だけであり,この対象者は1回目の研究参加後に研究から脱落した。いずれの麻酔後にも重篤な副反応は認められなかった。

A群とB群における対象者単位のベースラインデータ

A群とB群における対象歯単位のベースラインデータ

A群とB群のゲル麻酔と浸潤麻酔における1回目と2回目の2つの痛み指標

ゲル麻酔と浸潤麻酔における2つの痛み指標の比較

麻酔の好みおよび選択理由

ゲル麻酔(n=54)と浸潤麻酔(n=54)における臨床指標の変化
5~9 mmの歯周ポケットを有する歯周基本治療またはSPT期の患者を対象として,SRP中の痛みについて,歯周ポケット内に表面麻酔ゲルを注入塗布した麻酔を行った場合を,浸潤麻酔を行った場合と比較した。その結果,SRPにおける痛みの強さは,ゲル麻酔の方が浸潤麻酔よりも有意に強かった。しかし,麻酔の好みはゲル麻酔を選んだ者の割合が浸潤麻酔よりも有意に多く,その理由は注射針の刺入時の疼痛や施術後のしびれなどの不快感がないことであった。また,麻酔の種別に関わらず,麻酔後にSRPを行って歯周組織の炎症は有意に改善した。これらの結果から,SRPを行う前の麻酔として,表面麻酔ゲルを歯周ポケット内に注入塗布する方法は,浸潤麻酔よりも患者にとって好ましいことが示唆された。歯周病のコントロールには定期受診が不可欠であり,自覚症状のない患者がSPTで痛みを感じると受診が途絶えるきっかけになりかねない。表面麻酔ゲルを歯周ポケット内に注入塗布する方法は患者の満足度を向上させ,定期受診を維持するためのよい方法となる可能性がある。
本研究の結果ではゲル麻酔の方が浸潤麻酔よりもSRP中の痛みが強かったが,この結果は歯周ポケット内に麻酔剤を注入塗布した先行研究結果と一致した9,17)。一方,痛みの指標のうちVRSでは差が見られなかったとする研究や4),同等の効果が見られたとする研究もある9)。これらの結果の違いは,対象とした患者の違いや,用いた麻酔剤の違いが影響した可能性がある。患者の違いとしては,痛みに敏感な患者を対象とした場合には麻酔方法の違いに差が見られなかった4)。また,歯周ポケットが深いほど痛みが強くなることも報告されており7),患者の歯周組織の状態によっても結果が異なる可能性がある。麻酔方法は20%ベンゾカインゲル14),25 mg/gリドカイン+25 mg/gプロピトカインの軟膏またはゲル4,8,9),8%リドカイン+0.8%ジブカインのゲル15),あるいは2%リドカインゲル15)が用いられている。
ゲル麻酔と浸潤麻酔のどちらを好むかについては,先行研究においても麻酔剤を歯周ポケット内に注入塗布する方法を好むという結果が多く,本研究結果と一致した7,8,17,18)。また,ゲル麻酔を選択した理由として,先行研究でも本研究と同様に,術後のしびれを挙げた対象者が多かった18)。なお,先行研究では術中の痛みが強い者は,ゲル麻酔よりも浸潤麻酔を好む傾向にあったことが報告されている8,17)。本研究において,ゲル麻酔を選んだ16名と浸潤麻酔を選んだ4名の間に,痛み指標の有意差は見られなかった(未発表データ)。
研究対象者46名のうち19名(41%)が途中で脱落した。脱落した者のうち17名については,麻酔の好みとその理由について情報を得た。麻酔の好みは,ゲル麻酔が8名(47%),浸潤麻酔が5名(29%),どちらでもよいが4名(24%)であり,適合度検定で有意ではなかった(p=0.465)。ゲル麻酔の選択理由は,ゲル麻酔の方が針を刺す痛みがなかったからが3名,ゲル麻酔の方が施術後に不快感(しびれなど)が残らなかったからが5名であった。有意差はないもののゲル麻酔を選択した者が多かったこと,さらにゲル麻酔がよいと回答した脱落者のうち浸潤麻酔を行ってほしくないという理由で脱落した者が複数いたことから,脱落者の情報を踏まえてもゲル麻酔の臨床的な有用性は十分にあると考える。
本研究において,SRP後の再評価を行った結果,歯周組織の改善状態は麻酔の種別に影響を受けなかったことは,先行研究と一致した8)。なお,本研究において,動揺度の有意な改善が浸潤麻酔ではみられたもののゲル麻酔では見られなかったことは,ベースライン時における動揺歯が少なかったことや,その中でもさらにゲル麻酔は浸潤麻酔よりも動揺歯が少なかったことが影響している可能性があり,今後,例数を増やしたさらなる検討が必要である。
無作為化を行ったものの,A群とB群の対象者数の差が大きかったことは,本研究の限界である。研究開始時点では9か所の各歯科診療所に5名の対象となる患者が来院することを想定し,歯科診療所ごとに乱数表を用いて対象者の振り分け表を作成した。各歯科医療施設に5名の対象者が来院して合計45名となった場合にはA群とB群の対象者数はそれぞれ21名と24名となる予定であった。しかし,9施設における実際の対象者数は,11名,11名,6名,4名,4名,4名,2名,1名,1名(合計44名)となり,そこから研究途中での脱落が起こり,最終的な分析対象者は,8名,6名,6名,4名,1名,1名,1名,0名,0名(合計27名)となった。このように無作為化が十分に機能しなかったことは本研究の問題点であり,今後,同様の研究を多施設で行う際の研究計画の立案時には,施設間の対象者数の違いを考慮にいれて,今回のような各施設で割り付けを行うのではなく,全施設の対象者の登録を一元化して割り付けをするなどの工夫が必要である。
本研究では,先行研究11)を参考にして,ゲル麻酔と浸潤麻酔の比較を行うことに焦点を絞ったため,浸潤麻酔の前に表面麻酔は行なっていない。また,対照群について,他の先行研究10)ではゲル麻酔や表面麻酔に限らず麻酔をすることなくSRPを行って対照群とする研究計画がある。本研究では,余分な患者への負担(痛み)を避けるようにとの倫理委員会からの指導も踏まえ,麻酔を行わない群は設定しなかった。今回検討しなかったこれらの群についても,今後は比較検討することが望まれる。
本研究において,研究計画上の問題点がいくつかある。研究対象者を確保するために多施設での研究となり,理想的には検査者間のキャリブレーションや,検査者内の再現性について検討すべきであったが,施設間の距離が大きく離れているために,対面によるキャリブレーションが実施できずオンラインによる打合せを行うに留めた。SRP中の痛みは術者の技術が大きく影響することを想定し,全ての研究対象者が異なる麻酔下での同一の術者によるSRPを受けるようにクロスオーバーデザインを採用した。また,同一の患者におけるベースライン時と再評価時の歯周組織検査は同一の評価者が行い,検査は術者とは異なる者が実施した。しかし,本研究が歯科診療所における日常的な診療の中で実施され,マンパワーや時間的な制約のために,評価がブラインドで実施されていない。また,対象者数を確保するために歯周基本治療中の患者とSPT中の患者の両方を含めることとなったが,本来は両者を層別化して検討すべきである。なお,本研究の対象者は全て過去に歯科治療において浸潤麻酔を経験した者であった。
歯周ポケットを有する患者を対象として,SRP前の麻酔としての表面麻酔ゲルを歯周ポケット内に注入塗布する方法と浸潤麻酔とを比較した。その結果,表面麻酔ゲルを歯周ポケット内に注入塗布する麻酔法は,浸潤麻酔よりも痛みが強かったものの,患者が好む者が多く,その主な理由として麻酔針を刺入する痛みや術後のしびれがないことが挙げられた。SRP後の歯周組織の状態は麻酔の種別に関わらず改善が見られた。これらの結果から,表面麻酔ゲルを歯周ポケット内に注入塗布する麻酔法はSRP前の麻酔法として患者の精神的負担を和らげ,有用な選択肢と考えられることが明らかになった。
本研究にあたり,研究への参加を同意してくださった対象者の方々,研究の実施にご協力いただきました文教通り歯科クリニックの榊原愛美,上村祐可両歯科衛生士に感謝申し上げます。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。