2025 Volume 67 Issue 1 Pages 51-65
進行した慢性歯周炎患者においては,炎症のコントロールを行うとともに支持能力の低下した歯周組織に対し,咬合力が外傷的に作用しないようにすることが求められる。今回,口呼吸を伴う重度歯周炎と咬合性外傷を合併した患者に対して,歯周基本治療と並行して耳鼻科受診と口呼吸低位舌に対しての口腔筋機能療法を行った。歯周外科治療により歯周組織の炎症のコントロールを確立した後に,病的移動した歯に対して矯正治療,クレスタルアプローチによる上顎洞挙上術およびGBR法,インプラント補綴を含む包括的治療により咬合の安定と歯周組織の維持を図った症例の14年経過について報告する。
In patients with advanced chronic periodontitis, it is necessary to control the inflammation and prevent occlusal forces from traumatizing periodontal tissues with reduced supportive capacity.
In this study, a severe periodontitis patient with mouth breathing and occlusal trauma received basic periodontal treatment and oral myofunctional therapy for mouth breathing and a low-lying tongue, and was referred to the department of otorhinolaryngology for further management.
After inflammation of the periodontal tissues was controlled through periodontal surgery, the patient received comprehensive treatment, including orthodontic treatment for the pathologically migrated teeth, maxillary sinus elevation using a crestal approach, guided bone and tissue regeneration (GBR), and prosthetic implants to stabilize the occlusion and maintain the periodontal tissues. We report the 14-year progress of this case.
慢性歯周炎患者において,病変の進行に伴い歯周組織の破壊が生じ,健常時には適応できていた咬合力や咀嚼力を歯周組織が負担できなくなることが少なくない。歯周組織の適応能力を越えた咬合力は動揺を増している歯に対して,さらに歯周組織を破壊する因子(外傷性咬合)として作用する1-3)。一般的に慢性歯周炎が進行すると,歯の病的移動4)や動揺を生じ,不安定な咬合となることが少なくない。この様な症例においては歯周治療が行われ炎症が消退した後も,咬合性外傷を伴う慢性歯周炎の再発を惹起し易い環境にある。従って,進行した慢性歯周炎の症例では炎症性因子の除去および病変部の改善を目的とした歯周治療に加え,咬合の安定を図る咬合再構成を目的とした包括的治療が必要となる。重度慢性歯周炎と咬合性外傷の合併症に罹患した口呼吸を伴う患者に対して,歯周基本治療および歯周外科治療を行い歯周組織の炎症のコントロールを確立した。その後矯正治療,オステオトームを用いたクレスタルアプローチによる上顎洞挙上術,インプラント補綴を含む包括的治療による臼歯部咬合支持の回復により,残存歯保護と歯列の連続性の維持を図った症例の経過14年の報告をする。
患者:51歳 女性
初診日:1997年11月11日
主訴:左上奥歯がぐらつき,噛みにくい。
既往歴:アレルギー性鼻炎,左耳の耳鳴り
現病歴:約20年前に上顎前歯部の審美性改善を目的とした補綴治療を受けた。その際に歯周病の説明や口腔清掃指導を受けた経験はない。その後は違和感や痛みを自覚した時のみ歯科を受診し,定期的なメインテナンスも行われていなかった。今回上顎の多数歯に深い歯周ポケットと動揺を生じ,近医の紹介により当院を受診。
問診による16,26,27の対合歯である36,37,46の欠損後に12,11,21,22の歯間離開が生じ,その後12の抜歯後に12⑪㉑ブリッジ装着したという経過や,上顎前歯口蓋側のテンションリッジの存在から,歯周組織の支持力の低下による2次性咬合性外傷により咬合高径の低下と歯の病的位置移動を生じたと診断した(図1-A)。随所に歯肉縁下歯石が存在しBOPは47.9%,上顎では21以外の歯には6 mm以上の歯周ポケットが存在し,16,26には3度の根分岐部病変(Lindhe,Nymanの分類)が存在した。動揺度は16,26,27で2度であり,17,15,14,11,21,22,24,25で1度,深い歯周ポケットを有し,動揺歯は上顎に局在していた(図1-B)。エックス線写真所見としては,13,15,21,22,25,26,27で歯根長の1/2におよぶ歯槽骨の吸収を認めた(図1-C)。また咬合関係はアングルの分類2級I類,患者は口呼吸による低位舌であり,口唇閉鎖時のオトガイ部の皺を認めた(図2-A,B)。
最大開口量は51 mmで,開口時の終末期と閉口時の初期に左側顎関節にクリックが存在し,開閉口時には最大で約5 mmの左側への偏位を認めた。左側方運動時には24,25と34,35で接触誘導,右側方運動時では犬歯誘導となっていた。また27と38には平衡側の咬頭干渉が存在した。筋の触診では,左側胸鎖乳突筋,左側咬筋中央部,左右顎二腹筋後腹に圧痛を認めた。
初診時口腔内写真
アングルの分類2級I類で上顎口蓋側にテンションリッジを認めた。歯周組織の支持力の低下と臼歯部のサポートの減少の影響で歯の病的位置移動を生じていた。
初診時歯周組織検査
上顎歯で進行した歯周組織破壊を認めた。
初診時デンタル10枚法エックス線写真
残存歯においては,下顎に比べて上顎の歯槽骨吸収の進行を認める。
初診時側貌
オトガイ部の皺とテンションリッジ,上下前歯の被蓋関係上下前歯は前後的開咬が存在した。
診断:広汎型重度慢性歯周炎,咬合性外傷
ステージIVグレードC初診時患者は左側上顎臼歯部の動揺と咀嚼障害を主訴に来院した。当日は歯周組織診査・エックス線診査・咬合診査・顎関節診査および口腔内写真撮影を行い,本症例が歯周病による歯周組織の破壊と咬合支持能力の低下による二次性咬合性外傷により,歯の動揺や病的位置移動が生じたことを説明し患者の理解を得た。そこで以下に挙げる治療目的に沿った治療計画を立案し,患者に提示し同意を得た上で治療を開始した。
1)治療目的
(1)歯周組織の炎症と力のコントロール
(2)矯正治療による上顎前突と病的移動歯の改善
(3)インプラントによる臼歯部咬合支持の回復
(4)動揺歯の固定による安定した咬合の獲得
2)治療計画
(1)歯周基本治療
①TBI,スケーリング,ルートプレーニング
②暫間固定と咬合調整(17~13,22~27)
③口呼吸と低位舌改善の指導
(2)再評価
(3)歯周外科治療
①歯周外科手術(Modified Widmanフラップ)(17~13,11~22,23~27)
(4)再評価
(5)矯正治療による上顎前突と病的移動歯の改善
①14,24便宜抜歯による上顎前突改善と犬歯関係1級の獲得
②病的移動により傾斜した歯軸の改善による咬合高径の回復と舌房の容積拡大
③予後不良歯の抜歯(26,27,38)
(6)再評価
(7)インプラント植立に先立つ骨造成
①上顎洞挙上術(26,27)
(8)インプラント処置
①インプラント1次外科手術(26,27,36,37)
②インプラント2次外科手術(26,27,36,37)
(9)再評価
(10)口腔機能回復治療
①単冠(17,16,35)
②ブリッジ(⑮⑬12㉑㉒㉓㉕,㊺46㊼)
③インプラント連結冠(26,27)(36,37)
(11)再評価とサポーティブ・ペリオドンタル・セラピー(SPT)
1)歯周基本治療(1997年11月11日~1999年1月20日)
TBI,スケーリング,ルートプレーニング,17~13,22~27の暫間固定と咬合調整により歯周組織の炎症のコントロールと咬合の安定を図った。
また左側顎関節に対してのスプリント療法とマニピュレーションにより開口終末でクリックを生じるレイトクリックから開口初期にクリックを生じるアーリークリックとなった。クリック音は増大したが左耳の耳鳴りは減少し,後退していた顎位は前方へ是正された。
鼻閉に関しては耳鼻科での抗アレルギー薬の処方により鼻腔通気の改善傾向を示したが,鼻性に加え習慣性口呼吸を伴っていたために口唇閉鎖のトレーニングを指導し,低位舌トレーニングとして舌尖を口蓋前方のスポットに置くスポットキープ5)(図3-A)から開始した。開始当初は5秒が限界であったため開口量1横指半でスポットキープ5秒を1日10回行ってもらった。スポットキープ15秒が可能となった段階でスポットキープからのポッピング5)(図3-B)を加えて舌背を口蓋に密着させて嚥下を行うトレーニングを行い,最終的にはドラックバック5)(図3-C)を2横指で15回を1日2セットの運用を依頼した。
スポットキープ5)
舌尖を上顎前歯の付け根付近の「スポット」と呼ばれる丸い膨らみにおき,口腔内を陰圧にして,舌全体を吸盤のように口蓋につけて維持した状態。舌尖をスポットにおいた「スポットポジション」は舌の姿勢の良い状態であると考えられている。
ポッピング5)
舌全体を口蓋に吸い上げ舌小帯を伸ばし,ゆっくりと舌を後方に引きながら舌を「ポンッ」と打ち下ろす運動。このとき口蓋で陰圧がかかっていないと,きれいに音が出ない。
ドラックバック5)
舌を挙上し,舌全体を口蓋に吸い上げた状態から,舌を奥にずらしていく。舌を吸い上げた状態のまま後方にずらすことで,舌後方部を挙上し,口腔内陰圧をかける感覚を身につける運動。
2)再評価検査(1999年1月20日)
3)歯周外科治療(1999年2月16日~1999年5月25日)
(1)歯周外科手術としてのModified Widmanフラップ(17~13,11~22,23~27)
歯周外科治療においてはModified Widmanフラップを選択した。その後に予定されている矯正治療による歯根膜の伸張により骨のリモデリングが期待されることから,歯根面に付着した為害性物質と骨縁下ポケット内の軟組織の除去と骨内欠損部のデコルチフィケーションにとどめ,歯槽骨は可及的に温存するようにし,組織再生に関わる細胞を含む血液の貯留が可能な足場となるよう最小限の歯槽骨切除と骨整形を行い連続水平マットレスにて縫合した(図4-A,B,C)。
上顎歯周外科手術時口腔内写真
上顎臼歯部隣接面には垂直性骨欠損が存在した。
4)再評価検査(1999年7月21日)
5)矯正治療(2000年3月3日~2005年6月29日)
①14,24便宜抜歯による上顎前突改善と犬歯関係1級の獲得
②病的移動により傾斜した歯軸の改善による咬合高径の回復により舌房の容積拡大
上顎アーチの拡大と,舌側傾斜していた下顎臼歯部歯軸の改善より低下していた咬合高径は回復し,舌房の容積は拡大した。また予後不良歯と判定された27,38については矯正治療期間の固定源と咬合関係の目安とし,26に関しては矯正治療中に挺出をさせ,矯正治療終了の段階で抜歯を行う予定とした。しかし矯正治療の期間中に26の周囲には歯槽骨の存在しないフローティングティースとなった。骨内欠損部が組織再生に関わる細胞を含む血液の貯留が可能な足場となるよう最小限の歯槽骨の温存にこだわった結果,根分岐部では不完全なデブライドメントとなり,その後の矯正力が影響し歯槽骨の吸収が進行した(図5-A,B)。矯正治療後6カ月間は歯周組織の回復を待ち,その後プロビジョナルレストレーション装着へと移行した。
矯正治療中の口腔内写真
上顎アーチの拡大と,舌側傾斜していた臼歯部歯軸の改善より低下していた咬合高径は回復し,舌房の容積は拡大した。
矯正治療中のデンタルエックス線写真
26は矯正治療期間に急激な骨吸収を生じた。
6)再評価(2006年8月12日)
ラボサイドで製作した最終補綴装置をイメージしたプロビジョナルレストレーションを装着し,約6カ月間試行した。清掃性,動揺性の改善状況,セメントのウォッシュアウトやコンタクトロスの状況を確認し,最終補綴装置の連結範囲やインプラントによる補綴を必要とする部位を決定した。14,24便宜抜歯による矯正治療であるため,16,17,35は対合歯との適切な咬頭対窩関係の付与が困難であると予想された。16は初診時より対合歯欠損のために挺出にくわえ8 mm歯周ポケットが存在した。また27にも初診時6 mmの歯周ポケットが存在し歯冠歯根比が2:1であり治療計画では26と27は予後不良歯と判定したが,27は歯周外科と矯正治療後には歯槽骨の回復を認めた。本症例が初診時左の顎関節症を伴っていたことから,インプラントによる左側の咬合支持が獲得されるまでの期間はプロビジョナルレストレーションのブリッジの支台に組み込んだ。咀嚼時に加わるジグリングフォースと舌房確保の観点から歯冠形態と咬合面の大きさを絞る歯冠補綴を行うことで歯周組織への過重負担の軽減を図った。15,13,12,11,21,22,23,25については,⑬12⑪以外は単冠のプロビジョナルレストレーションを装着し偏心位運動時のフレミタスを観察した結果,連結固定が必要と判断した。38も治療計画時予後不良歯と判定したが,左側臼歯部咬合支持のためにブリッジの支台歯に含めた。しかし38は36,37部のインプラントによる左側咬合支持回復後には対合歯の存在しない連結固定のない歯となる。初診時に27と38には平衡側咬頭干渉が存在したことを考慮して左側臼歯部インプラントによる咬合支持回復のプロビジョナルレストレーション装着後に抜歯とする判定をした(図6)。
矯正治療後プロビジョナルレストレーションを装着した口腔内写真
27,38は初診時予後不良と判定したが,歯槽骨の回復を認めた。そのためこの段階ではブリッジの支台に組み込んだ。
7)インプラント植立に先立つ骨造成(2006年9月12日)
(1)オステオトームを用いたクレスタルアプローチによる上顎洞挙上術とオンレイグラフト(26)
フィクスチャー埋入のための診査・診断はサージカルステントを装着しパノラマエックス線写真上で行った。診査の結果26部での歯槽骨頂から上顎洞底までの距離が約3 mmであった(図7)。このためオステオトームを用いたクレスタルアプローチによる上顎洞挙上術と同時にフィクスチャー埋入処置を行った場合には,一次固定が困難な状況にあると判断した。また同部位の歯槽堤は隣在歯に対して頬舌的にも垂直的にも陥凹していることから,同時に歯槽堤増大のため自家骨と骨補填材Bio-ossⓇ(Geistlich)2.0 gおよび遮蔽膜Bio-GideⓇ(Geistlich)13×25 mmを使用したGBR(guided bone regeneration method)法を併用することでフィクスチャー埋入に必要な骨量を確保した(図8-A,B,C,D)。2011年から我が国の厚労省でも認可受けたBio-ossⓇとBio-GideⓇは,この時点では無認可の生体材料であったが国際的に評価されているものであることを,患者に説明し同意書を得たうえで米国の歯科材料通販会社(スマイルUS)から輸入し両材料を使用した。
サージカルステントを口腔内に装着したパノラマエックス線写真の手術部拡大
3 mmのボールベアリングを配置したサージカルステントを装着して撮影したパノラマエックス線写真から26部の歯槽骨頂から上顎洞底までの距離が約3 mmと診断された。34根尖部には透過像を認める。
26インプラント手術に先立つ歯槽堤増大術
クレスタルアプローチによる上顎洞挙上術と同時に頬側と歯槽骨頂に自家骨と骨補填材Bio-oss®(Geistlich)2.0 gおよび遮断膜Bio-Gide®(Geistlich)13×25 mmを使用したGBR(guided bone regeneration method)法を行った。
8)インプラント処置(2007年8月9日~2007年11月19日)
(1)インプラント1次外科手術(26,36,37)(2007年8月9日)
骨造成術11カ月後に26,36,37欠損部位にAstra Tech Implantフィクスチャー(26.36;φ4.5 mm×11 mm,37;φ4.0 mm×11 mm)の埋入を行った。またその際,十分な一次固定を獲得することが出来た。埋入後約3カ月経過後に2次外科手術を行った。
(2)インプラント2次外科手術(26,36,37)(2007年11月19日)
9)再評価(2008年1月31日)
インプラント2次外科手術(26,36,37)後に,インプラント上部構造のプロビジョナルレストレーションをラボサイドで新たに製作し,約4カ月の経過観察中に歯肉との調和を図るために歯肉縁上と縁下のカントゥアーやエマージェンスプロファイルの調整を行い,患者のセルフケアが容易となるような歯冠形態を付与した(図9)。27はインプラントにより左側臼歯部咬合支持が獲得されたことや歯冠補綴により歯冠歯根比が1:1に改善されたことによりで動揺度は改善されたため保存とし38は隣接するインプラント上部構造との清掃性や対合歯が存在しないために挺出することによる27と38の平衡側咬頭干渉の懸念を考慮して抜歯とした。
インプラント手術後のプロビジョナルレストレーション装着時の口腔内写真
舌悪習癖改善とセルフケアの容易な歯冠形態により炎症のない歯肉と,26,36,37インプラントによる咬合支持により中心咬合位の安定が得られた。
10)口腔機能回復治療(2008年5月21日~2009年5月28日)
(1)単冠(17,16,27,35)
(2)ブリッジ(⑮⑬12⑪㉑㉒㉓㉕,㊺46㊼)
(3)インプラント単冠(26)
(4)インプラント連結冠(36,37)
プロビジョナルレストレーションの上顎中切歯の歯冠長は10.5 mmとし被蓋関係はオーバーバイト3.5 mm,オーバージェット2.0 mmで,咬頭嵌合位で上下切歯間には14 μmの間隙を付与し,下顎中切歯切縁より前方に0.3 mmの自由域を与えた。咬合様式は犬歯関係1級での犬歯誘導とした。適切な切歯路の付与と臼歯部咬合支持の確保により安定した咬合の獲得がなされた。治療計画立案の当初,左側顎関節には関節円板前方転位が認められたため歯周基本治療時にマニピュレーションとスプリント治療を行った。その後患者からの開閉口時の顎関節の違和感等の訴えは無く,開閉口路はスムーズなものであり左側への偏位は約0.5 mmに減少し,左の耳鳴りも軽減していた。しかし咬合機能回復治療後の顎関節症状の再発に対する懸念からプロビジョナルレストレーションを装着し機能性及び,審美性にも留意してインプラント補綴部である26,36,37の4カ月間を含めて27カ月の経過観察を行った。この間プラークコントロールやプロービング時の出血のチェックに加え,円板整位下顎位をとる運動時にリダクションがないか,上顎歯にフレミタスの触知はないか,咬合の安定の確認も行った。また清掃性の観点から患者にワンタフトブラシにて日々のプラークコントロールを行ってもらい,オベイトポンティック下の歯周組織の状態の確認やインプラントのカスタムアバットメントに付与する歯肉縁下の形態の確認と調整を行った。補綴物の製作にあたっては,プロビジョナルレストレーションの試行で得られた顎位を反映するようにし,前歯部,右側上下臼歯部,左側上下臼歯部の順番に3部に分けて行った(図10-A,B,C)。また前方整位型スプリントを製作し,就寝時装着を依頼した。
SPT開始時の口腔内写真
プロビジョナルレストレーションの試行で得られた情報を反映した補綴装置。
SPT開始時のデンタル10枚法エックス線写真
歯槽骨頂部の白線の連続性が認められるが,21,34根尖部に透過像を認める。
SPT開始時の歯周組織検査
歯肉縁下にマージン設定をした補綴装置の装着間もないこともありPCR 16.6%に対してBOP 24.6%と高い値を示した。
11)再評価とサポーティブ・ペリオドンタル・セラピー(SPT)
(2009年5月28日~現在)
SPT開始当初6カ月間は毎月PMTC(Professional Mechanical Tooth Cleaning)および咬合のチェックを行った。その後SPT開始3年までは3カ月ごとのSPTとしたが,現在は母親介護のため遠方へ転居となり6カ月に1回のSPTを行っている。SPT開始時のエックス線写真により34の根尖部に透過像と根尖部の歯根吸収像を認めた。外傷後や矯正治療後に現れる非感染性・非炎症性の根尖部歯根吸収像であるTransient Apical Breakdown(TAB)6)と診断した。TABは数カ月から約1年程度で自然閉鎖されること,1部位のみの深い歯周ポケットやう蝕を疑う所見など存在しないことや患者に違和感の自覚がないことから経過を観察することにした。SPT 2年経過時に34の根尖相当部にフィステルを生じ根尖性歯周炎と判断し根管治療を行ったが,この時点でも1部位のみの深い歯周ポケットやう蝕を疑う所見など存在しなかった。SPT 14年経過のエックス線写真においては32に34と同様な所見を認め,患者の自覚症状を伴ったため根管治療を行なった。SPT開始から14年経過時の歯周組織検査ではPCR 2.3%に対してBOP 7.1%と高い数値を示し27,31,32,35,41に動揺度1度を認めた。口呼吸の再発傾向を認め,左側顎関節関節円板前方転位の影響で左側習慣性咀嚼の傾向を認めた(図11-A,B,C)。このため口唇閉鎖のトレーニングと意識付け,左マニピュレーション後に前方整位型スプリントの調整を行った。現在,顎関節,歯周組織の状態ともに安定している。
SPT 14年経過時の口腔内写真
口呼吸の再発傾向やオーバーブラッシングもあり歯肉退縮を生じている部位を認め,口腔内乾燥の影響で31,41に歯肉縁上歯石の沈着を認めた。
SPT 14年経過時のデンタル10枚法エックス線写真
32,34は根管治療により根尖部の透過像は改善された。SPT開始時に存在した21の根尖部透過像は消失している。
SPT 14年経過時の歯周組織検査
PCR 2.3%に対して,BOP 7.1%と高い数値を示し,左側に動揺歯の局在を認める。
本症例はアレルギー性鼻炎による鼻閉と口呼吸を伴う症例である。口呼吸はプラークリテンションファクターであり次のような悪影響が考えられる。①口からの呼気吸気により歯面に付着したプラークの水分が減少し,歯面に付着したプラークが強固となりブラッシングでは除去しにくくなり,さらなるプラークの堆積を招くことになる。②唾液による抗菌作用の低下によりプラーク細菌叢の変化が生じる。③歯肉や粘膜が脱水状態となり,プラークからの刺激に対して抵抗力が低下することにより,歯周組織における病変の進行が生じる。また口呼吸は二次的な歯列不正,顎の発育障害に影響しているとも考えられている7)。本症例では動揺度2度の16,26,27の対合歯である36,37,46の欠損後に12,11,21,22の唇側へ病的移動と歯間離開が生じ,その後12の抜歯後に12⑪㉑ブリッジ装着の経過を経ている。口呼吸のため低位舌となり7-10),上顎歯列が呼気吸気の影響で歯周組織破壊が進行し支持力の低下が生じ,上顎臼歯部歯列に対して舌圧が低下し頬粘膜の圧力により歯の病的移動が生じた。さらに下顎位の後退により臼歯部での咬頭干渉を生じ,咬合性外傷を合併した進行した歯周組織破壊を生じたと推察された。このため歯周基本治療時にはTBIやSRPに加えて,顎位是正のためにオクルーザルスプリントの就寝時装着と口呼吸への対応として耳鼻科受診を指示した。SRP後の歯周組織回復を妨げないためにフレミタスを触知する歯には暫間固定と咬合調整を行った。歯周組織は炎症のコントロールと咬合性外傷の原因となっていた過重負担の減少により改善傾向を示した。このため矯正治療により歯列から逸脱した歯の歯軸を改善し,前歯部でのガイドとなるように犬歯関係1級とする必要があった。これにより側方運動時の「臼歯部への側方圧の軽減」と「下顎頭の後方移動の防止」へとつながり,支持力の低下した歯周組織に対しては過重負担の軽減をもたらすことになる11)。歯周外科後に矯正治療の計画がされている場合,矯正治療による歯周組織のリモデリングの可能性を考慮し,歯根面に付着した為害性物質と骨縁下ポケット内の軟組織の除去,同骨内欠損部のデコルチフィケーションにとどめ,歯槽骨は可及的に温存するようにした。しかしインスツルメンテーションが困難な隣接部や根分岐部では,インスツルメントのアプローチを優先し最小限度で骨切除が必要となる。もし為害性物質が残留したまま矯正治療が行われた場合,歯周炎による組織破壊に外傷性破壊が合併し,短期間で急速な組織破壊をまねく危険性が生じることになる。これは矯正治療の圧迫側に生じる破骨細胞が既存の炎症性細胞に加わり歯槽骨の吸収が進行し,牽引側では骨芽細胞の活性が炎症性細胞により低下し骨新生が生じづらいためである12)。予後不良歯と判定された27,38については矯正治療期間の固定源と咬合関係の目安とし,26に関しては矯正治療中に挺出をさせ,矯正治療終了の段階で抜歯を行う予定としたが,初診時3度の根分岐部病変があり不完全なデブライドメントと矯正力の影響で急速な組織破壊が生じる結果となった。一方27,38では矯正治療後,動揺度1度ではあったが3 mmを超える歯周ポケットは存在しなかった。このことからも矯正治療の前処置としての歯周外科は最小限の侵襲で完全なデブライドメントが不可欠であるといえる。矯正治療後,左側臼歯部の咬合支持の確保のために26,36,37の欠損部にインプラント植立を計画した。しかし26のように重度に進行した慢性歯周炎のため予後不良と判定された歯の場合,抜歯後に生じる骨吸収のために,垂直的な歯槽骨の高さや頬舌的な幅径が不足することがしばしばある13-15)。フィクスチャー埋入のために十分な歯槽骨の垂直的な高さや頬舌的な幅径が存在しない場合,骨移植やGBR法などを行い欠損した歯槽堤を再構築することが求められる16)。
重度に骨吸収した上顎臼歯部の骨量を増大するために,上顎洞へ自家骨移植を行う上顎洞挙上術は1977年にTatum17)により紹介され,1980年にはBoyne18)により論文化されlateral window techniqueとして報告された。その後,上顎洞底挙上術には,osteotome technique19),localized management of the sinus floor20),future site development21,22)など,現在までさまざまな術式が紹介されてきた。本症例においてはosteotome techniqueを選択した。この術式は既存骨高径が5 mm以上で,かつ上顎洞底の形態が比較的平坦な場合に用い,既存骨高径が5 mm未満の場合はlateral window techniqueが推奨されている。本症例では既存骨が約2~3 mmであったため,オステオトームを用いたクレスタルアプローチによる上顎洞挙上術と同時に歯槽堤増大のGBR法に自家骨と骨補填材としてBio-ossⓇ(Geistlich)2.0 gおよび遮蔽膜としてBio-GideⓇ(Geistlich)13×25 mmを併用しフィクスチャー埋入に必要な骨量を確保した。顆粒状骨がブロック状移植片に比較して良好な結果を得られるという報告がされていることから23),36,37のドリリング時に採取した自家骨と骨補填材の移植を行った。
口腔機能回復治療にあたっては,本症例が初診時に口呼吸を伴うアングルの分類2級I類で左側顎関節復位性関節円板障害や歯の病的移動を伴う歯周炎と咬合性外傷の合併症であるため,矯正治療後の後戻りによる早期接触や咬頭干渉が顎位の変化や2次性咬合性外傷を生じるリスクに配慮する必要があり,プロビジョナルレストレーションでの経過観察が合計で27カ月と長期間となった。補綴装置製作にあたっては,咬合の安定が得られているプロビジョナルレストレーションでの治療的顎位を可及的に反映した。
SPT期間に行われた34,32の根管治療については,慢性的な咬合性外傷の場合は歯髄組織は退行性変化を生じやすく線維化あるいは石灰化変性などが認められるという報告がある24)。34,32ともに歯科治療の既往やう蝕や深い歯周ポケットのない歯であり,エックス線写真での歯髄腔は明瞭であり強い石灰化は認めなかったことから,外傷力が長期間持続的に加わったことで歯髄に影響を及ぼし歯髄壊死となり継発疾患である根尖性歯周炎に至ったと推察された。
最後にSPT開始から14年経過時にはプラークコントロールが2.3%と良好であるのに対してBOP 7.1%と高い数値となった。この理由は来院時の清掃はできていても,日常的な歯ブラシが不十分であった可能性が考えられる。また口呼吸の再発傾向や,左側偏咀嚼による右側での食物による自浄作用の低下が寄与している可能性もある。本症例のように歯周病の修飾因子である口呼吸・低位舌を伴う症例では歯の病的移動を伴うことも少なくない。咬合の不調和を生じ外傷性咬合となる可能性は否定できない。歯周病治療においては細菌感染による炎症のコントロールと共に咬合のコントロールは重要な因子となる。進行した歯周炎では歯周治療のみならず咬合に対する治療,特に外傷性咬合を意識することが大切であり,その治療には歯周治療のみならず顎関節治療,矯正治療および補綴治療などを含めた包括的な治療が必要となる。しかし,適切な治療がなされたとしても,プラークコントロールの不良や,悪習癖により病態は再度悪化することがある。これを予防するためには,SPT時に患者の生活習慣の是正を含めた幅広いセルフケアの認識を患者に持ってもらうための指導や動機付けが不可欠であると考える。
本論文の要旨の一部は令和6年5月25日第67回春季日本歯周病学会学術大会専門医研修会症例ポスター発表において発表した。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。
なお,本症例報告に際し,口頭と文章にて患者の同意を得ている。