2024 Volume 36 Issue 1 Pages 83-88
時空間的な転写制御は様々な生命現象を支える上で重要である.生体における転写活性ダイナミクスを捉えるために,RNAポリメラーゼII (RNAPII) に着目したイメージング法の確立に取り組んだ.RNAPIIの最大サブユニットのC末端領域は7アミノ酸のリピート構造からなり,リピート2番目セリン残基のリン酸化 (Ser2P) は転写活性状態の指標となる.生体内でのSer2Pの可視化にはmodification-specific intracellular antibody (Ser2P-mintbody) を活用した.Ser2P-mintbodyはSer2Pを持つRNAPIIを抗原とする抗体の可変部領域と蛍光タンパク質を融合させた生体内抗体であり,シロイヌナズナを形質転換することでSer2Pのライブイメージングが可能になる.Ser2Pレベルの定量化のために,核マーカーを用いてSer2P-mintbodyの核内蛍光輝度を算出する Two componentシステムを考案し,分裂期における転写レベル変動を示した.またSer2P-mintbodyは細胞特異的な転写活性状態の探索にも有用である.花粉におけるSer2P-mintbodyの観察から,精核特異的な転写活性状態の発見に至った.本研究で確立されたイメージング法は,転写活性ダイナミクスの観察を通して様々な生命現象への理解を深めるために重要なツールとなる.
Spatiotemporal regulation of transcription plays important roles in the dynamic regulation of various biological activities. However, rapid transcriptional changes are difficult to observe in living cells. Our group established a new system for imaging transcription activity, focusing on the RNA polymerase II (RNAPII). RNAPII is a large multiprotein complex that transcribes DNA into precursors of messenger RNA. The C-terminal domain of RNAPII contains highly conserved heptad repeats that undergo several post-translational modifications during the transcription cycle. Phosphorylation of the second Ser residue (Ser2P) in the repeat signals transcription elongation and termination, making Ser2P an important indicator of the transcription. To monitor Ser2P levels in living cells, a genetically encoded system termed modification-specific intracellular antibody (mintbody) is introduced into Arabidopsis thaliana. Immunostaining and ChIP-seq analysis confirm the function of the mintbody as an intracellular antibody for Ser2P (Ser2P-mintbody). Ser2P-mintbody can change its localization in response to rapid changes in transcriptional activities under the conditions of transcription inhibitor treatment. For quantitative measurement of endogenous Ser2P levels, a two-component system is being developed. This system allows quantitative tracking of transcriptional dynamics, such as the dynamic change of transcription level during the mitotic phase. In addition, Ser2P-mintbody is useful for exploring tissue- or cell-type-specific variation of transcription activity. The observation of Ser2P-mintbody in pollen leads to the discovery of the interesting distribution pattern of the transcription active region in sperm nuclei. The approach is effective for achieving live visualization of the transcription level and facilitates a better understanding of cellular phenomena and tissue development.
転写は最も重要な生命現象の一つであり,遺伝子の転写は時空間的かつ精密に制御されている.一般的な転写量解析は個体や器官から抽出したRNAを用いて行われるが,転写活性は細胞や組織ごとに多様であることが推察される.真核生物ではRNAポリメラーゼII (RNAPII) が遺伝子と一部のノンコーディングRNAの転写を担う.RNAPIIは12のサブユニットからなる複合体で,その最大のサブユニットであるRNA polymerase II subunit B1 (RPB1) のC末端領域 (CTD) はTyr1-Ser2-Pro3-Thr4-Ser5-Pro6-Ser7の高度に保存された7アミノ酸からなるリピート配列で構成される.このリピート回数は生物種によって多様化しており,出芽酵母は26回,ショウジョウバエは45回,哺乳類は52回,そしてシロイヌナズナは34回のリピートを有している (Allison et al. 1988, Koiwa et al. 2004) .CTDはRNAPIIの酵素反応には関与しないが,酵母やヒト細胞を用いた解析から様々な修飾を受けることで転写サイクル制御に重要な役割を持つことが示されてきた (Hsin and Manley 2012, Corden 2013, Jeronimo et al. 2013, Jeronimo et al. 2016, Harlen and Churchman 2017) .CTD修飾を受けていないRNAPIIは転写メディエーターと高いアフィニティを持ち,未修飾のRNAPIIがプロモーター領域にリクルートされる.CTDリピート中の5番目のセリンがリン酸化を受けると (Ser5P) 転写メディエーターとのアフィニティが低下し,RNAPIIのプロモーターエスケープが促進され転写が開始する (Wong et al. 2014) .Ser5Pはキャッピング複合体やスプライソームと相互作用し,5’ キャッピングやスプライシング制御にも関与する (Komarnitsky et al. 2000, Bentley 2014).転写開始後,RNAPIIは短い新生RNAを合成するとプロモーター近傍で停止し,CTDリピート中の2番目のセリンがリン酸化されることで (Ser2P) 転写開始段階から転写伸長段階へと移行する.Ser2Pの修飾レベルは転写伸長中に上昇し3’末端でピークとなり,RNA切断,ポリA化を制御する複合体と直接結合することで転写終結制御に関与する (Mayer et al. 2010, Lunde 2010).CTD修飾制御は特定の遺伝子の転写制御にも利用される.シロイヌナズナでは花成,糖輸送,マイクロRNA制御に関与する遺伝子座におけるCTDの脱リン酸化による転写抑制制御機構が報告された (Zhang et al. 2020) .
RNAPIIのイメージングには,動物培養細胞ではRPB1のN末端に蛍光タンパク質を接続したレポーターラインが活用され,生きた細胞におけるRNAPIIクラスタリング動態や転写関連因子との時空間的相互作用が明らかにされてきた (Becker et al. 2002, Darzacq et al. 2007, Cisse et al. 2013, Boehning et al. 2018).しかしながら,このレポーターラインでは転写中か否かを問わず全てのRNAPIIが可視化されるため,転写活性レベルを観察することはできない.一方,転写進行中および転写終結段階のRNAPIIに特徴的な修飾であるSer2Pを観察すれば,実際に転写が進行している領域や転写活性レベルを評価することができる.Ser2Pのイメージングには免疫染色が広く用いられ,Ser2Pシグナルはクロモセンターと核小体を除くユークロマチン領域に広く分布する (Antosz et al. 2017, Shibuta et al. 2021).しかしながら,植物においては単離した細胞や核に対して免疫染色を行うことが一般的であり,ホールマウントの(もしくは器官や組織を使用した)免疫染色は染色条件の検討が煩雑であるため,細胞種間での分布パターンや修飾レベルの多様性についての議論はまだ進んでいない.また,免疫染色は固定が必須でありライブイメージングは不可能で,転写活性をタイムラプスイメージングで追跡することは困難である.そこで時空間的な転写活性ダイナミクスを可視化するために,生体内抗体Modification-specific intracellular antibody (Mintbody) に着目した.Mintbodyは抗体可変部領域と蛍光タンパク質からなるキメラタンパク質である.特定の抗体の可変部領域をコードする遺伝子と蛍光タンパク質をコードする遺伝子をつなげた塩基配列を細胞に導入し,生体内で発現させることで抗原の細胞内分布を可視化する (Sato et al. 2013, 2019, Kimura et al. 2015).Mintbodyは細胞中を自由拡散し,抗原レベルの高い領域では抗原と一時的に結合するため抗原レベルの低い領域より多く集積する.すなわちSer2Pのように核に局在する修飾に関しては,核内のMintbodyの蛍光を観察することでMintbodyの抗原の分布パターンと抗原レベルを評価することができる.Mintbodyは単一の抗原認識部位を持つ一価の抗体で,数秒のうちに抗原への結合と解離を繰り返す性質を持つため,抗原の生体機能を阻害することなく抗原分布パターンのライブイメージングが可能となる.これまでに様々な翻訳後修飾を抗原とするMintbodyが利用されており,植物ではH3K9acを抗原とするMintbodyがタバコBY-2細胞に導入され,H3K9acレベルのモニタリングツールとして活用されている (Kurita et al. 2017) .本総説ではSer2Pを抗原とするMintbody (Ser2P-mintbody) を用いた転写活性ダイナミクスの観察や,そこから見えてきた興味深い現象について紹介する.
シロイヌナズナ植物体へSer2P-mintbodyを導入し,Ser2P-mintbodyがシロイヌナズナ植物体内で生体内抗体として正しく機能するかを検討した.UBQUTIN10 (UBQ10) プロモーターの下流にSer2P-mintbodyを接続し,Ser2P-mintbodyを全身的に強発現させたシロイヌナズナ植物体 (pUBQ10:Ser2P-mintbody) を作出した.固定したpUBQ10:Ser2P-mintbody植物体から核を単離し,免疫染色によってSer2P-mintbodyとそのターゲットであるSer2Pの分布パターンを比較した.Ser2P-mintbodyをGFP特異的抗体で,Ser2PをSer 2P特異的抗体を用いて可視化すると,Ser2P-mintbodyもSer2Pもユークロマチン領域に分布し,ヘテロクロマチン領域や核小体には分布しなかった(図1a).次に,生きた細胞におけるSer2P-mintbodyの分布パターンを観察した.根の皮層細胞ではSer2P-mintbodyの蛍光シグナルは主に核に分布し,細胞質にはほとんど分布しなかった(図1b).転写活性レベルの変動に応じてSer2P-mintbodyの細胞内分布が変化するかを検討するために,転写阻害剤フラボピリドール (FP) を用いた実験を行なった.FPはサイクリン依存性キナーゼ阻害剤で,RNAPII-CTDのリン酸化を阻害することで転写伸長を抑制する (Bensaude 2011, Chen et al. 2019).シロイヌナズナ植物体にFPを作用させると,核におけるSer2P-mintbodyの蛍光シグナルが低下し,反対に細胞質で上昇した(図1b).この結果はSer2P-mintbodyがシロイヌナズナ植物体内でも生体内抗体として機能し,核内のSer2Pレベルに応じて細胞内分布を変化させたことを示した.
図1 シロイヌナズナ植物体におけるSer2P-mintbodyの分布パターン. (A)固定・単離した根の核を用いた免疫染色によるSer2P-mintbodyおよびSer2P修飾を持つRNAPIIの核内分布パターン. Bar = 2 µm. 図はShibuta et al (2021) より引用・改変した.(B)生きた根の皮層細胞におけるフラボピリドール処理によるSer2P-mintbodyの細胞内分布変化. Bars = 5 µm.
さらに,Ser2P-mintbodyのゲノム全体における結合特異性を評価するためにChIP-seq解析を行った.Ser2P-mintbodyの分布パターンをGFP特異的抗体によって,実際にSer2P修飾を持つRNAPIIの分布パターンをSer2P特異的抗体によって示した.その結果,Ser2Pのピークが検出された遺伝子のほとんどにSer2P-mintbodyが結合し(図2a),転写終結点近傍にピークを持つという遺伝子座における分布パターンも類似していた(図2b).これらの結果から,Ser2P-mintbodyはシロイヌナズナ植物体中でも正しく転写・翻訳され,Ser2Pレベルに応じて迅速に細胞内分布パターンを変化させることのできる生体内抗体として正確に機能することが示された (Shibuta et al. 2021).
図2 Ser2P-mintbodyのゲノム全体における分布パターン. (A)Ser2P-mintbodyが結合した遺伝子とSer2P修飾を持つRNAPIIが結合した遺伝子のベン図. 図はShibuta et al (2021) より引用・改変した.(B)遺伝子座におけるSer2P-mintbodyとSer2P修飾を持つRNAPIIの分布パターン. 図はShibuta et al (2021) より引用・改変した.
植物体におけるSer2Pレベルの定量は,植物抽出液を用いたウエスタンブロッティングによって行われてきた.しかしながら,ウエスタンブロッティングは多大な時間と手間を要する上に,時空間的情報を維持した状態での定量は困難であった.そこでSer2P-mintbodyのイメージングによる新たなSer2Pレベル定量化手法を提案した. 核タンパク質の修飾を認識するMintbodyを用いた修飾レベルの定量法は,核におけるMintbodyの蛍光輝度と細胞質におけるMintbodyの蛍光輝度の比を計算する手法によって行われてきた (Sato et al. 2016, Kurita et al. 2017).この手法は細胞の形が単純な酵母細胞や培養細胞を用いた画像解析には適していたが,シロイヌナズナ植物体の細胞の多くは複雑な細胞形態や高度に発達した液胞を持つことから,正確性の向上と効率化のために改良を試みた.
新たな定量化手法として,Ser2P-mintbodyとともに核マーカーを発現させることで,核マーカーの蛍光輝度値でSer2P-mintbodyの核における蛍光輝度値を割ることで,転写活性レベルの定量化を行う手法,Two-componentシステムを提案した.この手法を成立させるためには,Ser2P-mintbodyと核マーカーを比較したい細胞において同じ比で発現させる必要があった.そこで,翻訳共役型タンパク質切断配列IntF2Aを利用した (Zhang et al. 2017, Shibuta et al. 2019) .IntF2Aは手足口病ウイルス由来の2A自己切断ペプチド (F2A) によるリボソームスキッピングとIntein配列 (Int) によるプロテインスプライシングを組み合わせた配列である.IntF2AをSer2P-mintbody配列と核マーカー配列 (H2B-mRuby) で挟んで配置し,RIBOSOMAL PROTEIN 5A (RPS5a) プロモーター制御下で発現させた (pRPS5a:Ser2P-mintbody-IntF2A-H2B-mRuby).まず当該配列は共通のプロモーター下で単一のmRNA (Ser2P-mintbody-IntF2A-H2B-mRuby) として転写される.次にリボソームがF2A配列を翻訳する過程でF2Aの最後のアミノ酸を翻訳する際に隣のアミノ酸とペプチド結合を形成せずに翻訳を進行させることで,Ser2P-mintbody-IntF2Aキメラタンパク質と核マーカータンパク質が独立のタンパク質として翻訳される.その後IntによるプロテインスプライシングによってSer2P-mintbody-IntF2Aタンパク質のIntF2A部分が除去され,Ser2P-mintbodyと核マーカータンパク質が生じる.一般的にmRNA長が長いほど翻訳過程でリボソームが解離する頻度が高くなるため,生じるタンパク質量としては上流に配置したSer2P-mintbodyの方が下流に配置した核マーカーより多くなることが推察される.ベンサミアナタバコ葉にTwo-componentシステムを一過的に発現させ二つのタンパク質の細胞ごとの蛍光輝度比を算出した結果,蛍光輝度比は一定となり翻訳過程のリボソーム解離頻度は細胞間で一定であることが示唆された.すなわち,pRPS5a:Ser2P-mintbody-IntF2A-H2B-mRuby 植物体におけるSer2P-mintbody核内蛍光輝度値/核マーカー核内蛍光輝度値比を算出し適宜コントロールと比較することで,転写活性レベルを定量することが可能になった.
Ser2P-mintbodyの強みの一つは,ライブイメージングを行うことで短期間に変化するダイナミックな転写活性レベルの変動を明らかにできる点である.例えば,分裂期の細胞ではクロマチンの凝集に伴いRNAPIIなどの転写関連因子が遺伝子領域にアクセスできなくなるため,分裂期中は転写が高度に抑制されることが知られている (Segil et al. 1996, Liu et al. 2017) .しかしながら,分裂期の進行過程において転写の抑制がいつ始まり,いつまで続くのかを観察・定量することはまだ試みられていなかった.そこでSer2P-mintbodyを活用したTwo-componentシステムを用いてシロイヌナズナにおける分裂期の転写活性ダイナミクスの観察を行なった (Shibuta et al. 2021) .根の皮層の間期細胞ではSer2P-mintbodyは核小体とクロモセンターを除く核質領域に分布したが,前期に入るとクロマチン凝集の開始と同時にSer2P-mintbodyがクロマチンから遊離し,細胞全体に拡散する様子が観察された (図3a).Ser2P-mintbodyがクロマチンと排他的に分布した状態はクロマチン分配が完了するまで続き,後期から終期にかけたクロマチンの脱凝集とともにクロマチンに再分布した.Two-componentシステムによって算出した分裂期細胞のSer2P-mintbody/核マーカー蛍光輝度値比を近傍の間期細胞のそれと比較することで転写活性レベルを定量すると,核膜の崩壊とともに転写活性レベルが一気に低下し,クロマチン分配完了まで低い状態が維持され,クロマチンの脱凝集の進行とともに緩やかに元の数値まで上昇することが明らかになった (図3b).以上の結果から,分裂期では常に転写が抑制されているのではなく,前期に入ると同時に抑制され,中期では抑制状態が維持され,後期から終期にかけてゆっくり再活性化することが明らかになった.
図3 分裂期における転写活性レベル. (A)Two-componentシステムを用いた分裂期のタイムラプスイメージング像. ●が分裂期の核,○が間期の核. 図はShibuta et al (2021) より引用・改変した. (B)分裂期における転写活性レベルの定量化. Two-componentシステムによって算出された蛍光輝度値比について,近傍に位置する分裂期の核と間期の核の比を算出することで得られた相対蛍光輝度比を相対転写活性レベルとした. 図はShibuta et al (2021) より引用・改変した.
Ser2P-mintbodyのもう一つの利点は,蛍光タンパク質レポーターと同様の手順で観察できるため,組織や細胞の位置関係を保ったまま転写活性レベルを解析できるところである.一例を挙げると,シロイヌナズナの花粉において興味深い転写活性状態が観察された (Shibuta and Matsunaga 2023) .被子植物の花粉は減数分裂によって得られた小胞子が1回の有糸分裂によって雄原細胞と栄養細胞となり,雄原細胞はさらに1回の有糸分裂によって2つの精細胞を生み出すことで生じる (Dumas et al. 1985, Yu et al. 1989, Borges et al. 2008, Johnson et al. 2019) .動物の精子核では大部分のヒストンがプロタミンに置換されることで核が高度に凝集した形態をとり,精子の運動性やDNA損傷からの保護,エピジェネティック修飾の除去などに貢献している (Oliva 2006, Rathke et al. 2014, Steger and Balhorn 2018) .被子植物の精核も高度に凝集した形態を示すが (Schoft et al. 2009, Baroux et al. 2011, Borg and Berger 2015) ,プロタミンの代わりに特殊なヒストンバリアントが核凝集を制御する (Buttress et al. 2022) .被子植物の精核における転写状態は,精核特異的に発現する遺伝子の存在などから活性化状態にあるとされていたが,実際に転写活性がどの程度でどんな領域で転写が起こっているかは明らかにされていなかった.
そこで精核における転写活性状態を明らかにするために,Two-componentシステムを導入したシロイヌナズナの花粉の観察を行なった.Ser2P-mintbodyの観察から,栄養核と比較して精核では核におけるSer2P-mintbodyのシグナルが弱く,転写活性がそれほど高くないことが示唆された(図4a).Ser2P-mintbodyの観察から得られた情報をもとにより詳細な分布パターンを明らかにするために,固定・単離した精核に対して免疫染色を行うことでSer2Pの核内分布パターンの観察を行なった.Mintbodyはターゲット修飾と短時間で結合と解離を繰り返す性質を持つため,固定・単離核を用いた免疫染色の方が解像度の高い観察が可能であると推察される.興味深いことに,免疫染色で得られた精核におけるSer2Pシグナルは一部の領域に限定的に分布した(図4b).すなわちシロイヌナズナ精核は動物の精子核のように転写が完全に抑制された状態にあるのではなく,転写活性状態ではあるものの転写は核内のごく一部の領域で生じており,大部分の領域では抑制されているという特殊な状態にあることが明らかになった.
精核における特殊な転写状態の制御に寄与する因子を考察するために,セルソーターによって回収した単離精核を用いたRNA-seq解析を行い転写制御に関わる遺伝子の発現解析を行なった.その結果,精核では植物体全体と比較してRNAPIIサブユニットをコードする遺伝子の転写量が低下し,RNAPIIの転写伸長に抑制的に機能するRNAPII-CTD脱リン酸化酵素の転写量が増大していることが明らかになった.すなわち,シロイヌナズナ精核における特殊な転写状態の構築には,RNAPIIの新規供給の停止やRNAPII-CTDのリン酸化制御を介した転写伸長制御が関与することが示唆された.
図4 花粉における転写活性領域の分布パターン. (A)花粉におけるSer2P-mintbodyと核マーカー (H2B-mRuby)の観察像. Bar = 10 µm. (B) 固定・単離した精核を用いた免疫染色によるSer2P修飾を持つRNAPIIの核内分布パターン. Bar = 1 µm.
本稿は令和 5 年植物形態学会奨励賞の受賞に伴い,受賞対象となった研究をまとめたものである.本研究の主軸となるイメージング法は研究員として在籍した東京理科大学理工学部,研究推進機構総合研究院,東京大学大学院新領域創成科学研究科の松永研究室で確立したものである.研究の遂行にあたり松永幸大教授(東京大学大学院新領域創成科学研究科)に多大なるご指導を頂いたことをこの場を借りて感謝申し上げる.また,本稿の研究は科研費 (20K15836,23K14218),先進ゲノム支援 (16H06279) の補助を受けたものである.