PLANT MORPHOLOGY
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Invited Review (Special Feature)
Mechanism of axis formation during zygote development in rice
Moeno TezukaTakashi OkamotoAtsuko Kinoshita
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2024 Volume 36 Issue 1 Pages 31-37

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Abstract

受精卵の第一分裂は,多くの被子植物において最も初期にみられる非対称分裂であり,形態的,機能的に分化した頂端細胞および基部細胞を生じる重要な過程であると考えられている.これまでに,モデル双子葉植物であるシロイヌナズナを用いた解析から,受精卵の発生過程が詳細に解析され,細胞の非対称分裂と体軸形成の関わりが示されている.一方で,他の被子植物においては受精卵の極性やその実態については未だ限定的な知見しか得られておらず,体軸形成に関わる分子メカニズムについてもその大部分が未解明である.被子植物の受精および胚発生は胚嚢内で進行するため,これまで受精卵の発生過程を観察することが困難であった.本総説では,単子葉植物であるイネの胚軸形成および体軸形成機構について新旧の知見を紹介するとともに,近年我々が取り組んでいる3次元イメージングとイネin vitro受精系を用いた研究アプローチについて述べる.

Translated Abstract

The first division of the fertilized egg is the earliest asymmetric division in many angiosperms and is considered an important process that gives rise to morphologically and functionally differentiated apical and basal cells. The process of zygote development has been analyzed in detail using Arabidopsis thaliana, a model dicotyledonous plant, and the relationship between cell asymmetric division and somatic axis formation has been demonstrated. In contrast, information on fertilized egg polarity in other angiosperms is limited, and the molecular mechanisms involved in body axis formation are largely unknown. Since fertilization and embryogenesis of angiosperms occur in the embryo sac, it has been challenging to observe the developmental process of fertilized eggs. In this review, we review the knowledge about rice axis formation and introduce our recent approaches to the developmental process of fertilized eggs using in vivo and in vitro imaging.

はじめに

多細胞生物の胚発生は,雌雄配偶子の融合によって生じた単一の受精卵から,細胞増殖や細胞の機能分化を経て体制の基本構造が確立する重要な過程である.この過程では,個体発生の基盤となる体軸が形成され,体軸に沿って組織・器官などより高次の構造が形成されていく.線虫やショウジョウバエなどモデル生物では,細胞レベルの極性が体軸へと引き継がれる分子メカニズムが提唱されている.一方で,このような体軸形成のメカニズムは系統間で多様であり,それぞれの体軸が確立される時期についても種間で異なることが知られている (Petersen and Reddien 2009) .

被子植物は,その進化の過程で重複受精のしくみを獲得し,雌性配偶体として胚嚢を形成する.胚嚢の形態は種によりいくつかのタイプに分けられるものの,いずれも卵細胞は珠孔側で珠心と,合点側で中央細胞と近接している (Yadegari and Drews 2004) .このように,卵細胞は胚嚢内で明確な極性を持つ一方,この極性が如何にして受精後に体軸へと引き継がれていくかという点については多くの植物で依然未解明のままである.

近年の分子遺伝学,およびイメージング技術の向上により,モデル双子葉植物であるシロイヌナズナにおいて,受精卵の細胞極性と体軸形成の関わりが明らかにされつつある(図1A, 植田・東山 2010, Ueda and Berger 2019).シロイヌナズナの受精卵は,受精による脱極性化の後,細胞骨格やオルガネラのダイナミックな変化をともなう急速な細胞伸長を経て,非対称分裂により合点側に細胞質に富む小さな頂端細胞,珠孔側に大きな液胞をもつ基底細胞を形成する (Mansfield and Briarty 1991, Jürgens 2001, Kimata et al. 2016) .第一の体軸である,頂端−基部軸はこの受精卵第一分裂により確立されると考えられている.頂端細胞は最終的に植物体の大部分を形づくる発生運命をたどるが,その過程で規則的で予測可能な分裂を8細胞期まで繰り返した後,胚の内外を分離する分裂面で非対称に分裂し,第二の体軸である放射軸を獲得する (Scheres et al. 1995, Laux et al. 2004) .非対称分裂にともない生じた細胞間では,WOXやATMLなどの転写因子をコードする遺伝子の発現や,オーキシンに対する応答性が異なることが示されており,形態のみならず分子レベルでも分裂の非対称性が確認されている (Lu et al. 1996, Friml et al. 2003, Haecker et al. 2004) .これに対し,基底細胞は,横方向の分裂を繰り返すことで胚柄へと分化するが,その大部分は魚雷型胚期にプログラム細胞死を起こし,最上位の数細胞のみが根端分裂組織の一部として成熟胚に残存する (Hamann et al. 1999, Jürgens 2001) .このように,シロイヌナズナの胚発生過程は細胞系譜が明確であり,非対称分裂が細胞の運命決定や体軸の形成と密接に関連していることが明らかにされている.しかしながら,他の多くの植物種においては細胞系譜の追跡は困難であり,細胞の非対称分裂と体軸形成の関係性についてもほとんど知見が得られていない.

本稿では,シロイヌナズナ以外の被子植物の胚発生機構として,イネ科単子葉植物の胚発生過程について新旧の知見を紹介するともに,近年我々が取り組んでいるイネ胚の3次元イメージング法やin vitro受精系を用いた胚発生研究のアプローチについても紹介する.

イネ科単子葉植物の胚発生過程

イネ科単子葉植物の胚の特徴として,その構造が双子葉植物に比べ極めて複雑である点が挙げられる.一般に,双子葉植物の成熟胚では,子葉・胚軸・幼根など体軸を構成する基本構造が分化する(図1A, Goldberg et al. 1994, Kaplan and Cooke 1997).一方,イネ科単子葉植物の成熟胚では幼芽や幼根に加え,子葉鞘や胚盤,エピブラストや第3葉までの葉原基など,多くの器官が認められる(図1B).とりわけ,胚の背側領域は胚盤組織によって占められており,頂端−基部軸や放射軸に加え,明確な背腹軸が確認できる (Zhao et al. 2017, Radoeva et al. 2019, Armenta-Medina et al. 2021) .その組織学的な発生過程については,これまでさまざまな種で観察例が報告されているが,ここでは栽培イネ (Oryza sativa L.) で得られた知見を中心に述べる (Itoh et al. 2005) .

図1 シロイヌナズナおよびイネの胚発生過程

(A)シロイヌナズナ胚発生過程の模式図.卵細胞は受精により脱極性した後,顕著な細胞伸長を経て非対称分裂 (Asymmetric cell division: ACD) し,1細胞胚となる.この過程では,MAPキナーゼ経路によりリン酸化されたWRKY2転写因子が,WOX8およびさらにその下流でWOX2の発現を活性化する(枠線内).1細胞胚ではWOX2およびWOX8が,それぞれ頂端および基部細胞特異的に発現し,この非対称第一分裂により胚の頂端−基部軸が確立すると考えられている.8細胞期から16細胞期への移行においては,胚体の内側と外側を分断する面で細胞が非対称に分裂し,この過程でホメオボックス型転写因子をコードするATML1の発現が外側の細胞に限定される.この第2の非対称分裂は放射軸の獲得に寄与すると考えられている.各非対称分裂と体軸の確立,およびその前後に見られる特徴的な遺伝子発現パターンをそれぞれ対応する色で示す.

(B)イネ胚発生過程の模式図.シロイヌナズナとは異なり,イネでは基部細胞も含めた細胞数で胚のステージを表記する.卵細胞は,受精後に細胞伸長することなく分裂し,2細胞胚となる.この受精卵第一分裂は形態的に非対称であることが観察されているが,分裂の非対称性を示す分子的な知見は得られていない.その後,比較的ランダムな細胞分裂を繰り返し,受粉3日後の球状胚で,頂端−基部軸および背腹軸が確立される.球状胚ではそれぞれの体軸に沿った特異的な遺伝子発現が確認されている.成熟胚は双子葉植物に比べて複雑な構造をもち,また明確な背腹軸を示す.Co: 子葉,Hy: 胚軸,Ra: 幼根,Sc: 胚盤,Cp: 子葉鞘,Ep: エピブラスト,*: 茎頂メリステム.

開花前のイネ花において,卵細胞は胚嚢内の腹側に,2個の助細胞は背側に位置している.受精前の卵細胞は,合点側に巨大な液胞を複数有しており,細胞核は珠孔側に偏って分布している (Maeda and Maeda 1990, Sato et al. 2010) .これは,珠孔側に巨大液胞を,合点側に細胞核をもつシロイヌナズナの未受精卵とは対照的であるが,細胞内構造から受精前のイネ卵細胞においても明確な細胞内極性が存在することが示唆される.受精卵は開花1日後までに分裂し,合点側に細胞質に富む小さな細胞,珠孔側に大きな細胞を有する2細胞胚となる (Suzuki et al. 1992, Sato et al. 2010) .この間,核や液胞の再配置をともなうダイナミックな細胞内変化が起こると考えられるが,シロイヌナズナとは異なり顕著な細胞伸長は観察されていない.また,受精卵の分裂により生じた2細胞の間には形態的な差異があるものの,非対称性を示す分子的な知見は得られておらず,細胞の発生運命,あるいは体軸形成との直接的な関連についても十分に検証されていない(図1B).

近年,Ishimotoら (2019) はイネ初期胚の細胞分化に異常を示すgle4変異体の解析から,イネ胚発生過程における体軸形成について興味深いモデルを提示している (Ishimoto et al. 2019) .gle4変異体の原因遺伝子は,シロイヌナズナの受精卵や気孔系譜で非対称分裂を制御するMAPキナーゼ (MAPK) 経路のMPK6のオルソログをコードする (Bergmann et al. 2004, Wang et al. 2007) .しかしながら,シロイヌナズナのmpk3 mpk6二重変異体,あるいはその上流で働くMAPKキナーゼに欠損を持つyda変異体とは異なり,gle4変異体では受精卵第一分裂における形態的な非対称性が観察され,また4細胞期までの細胞分裂パターンにおいても野生型との顕著な違いは見出されなかった (Lukowitz et al. 2004, Wang et al. 2007) .このように,gle4受精卵の極初期の発生は正常であると考えられたが,受粉3日後の野生型胚において頂端部特異的に発現するマーカー遺伝子がgle4変異体では胚全体に検出され,さらには基部マーカー遺伝子の発現はほとんど消失していた.この結果,および頂端部・基部マーカー遺伝子発現の詳細な経時観察結果から,イネでは受粉1日後までは胚全体が基部様の性質を示し,受粉2日後の頂端部の細胞群において獲得された頂端部の性質が徐々に基部側に拡大することにより頂端−基部軸が確立することが示唆され,GLE4/OsMPK6は基部領域の確立あるいは維持に必要であると推察されている (Ishimoto et al. 2019) .

gle4変異体の解析を通じて提示されたイネ初期胚における頂端−基部軸の形成機構は,体軸が集団レベルの細胞群において獲得されることを示唆するものであり,受精卵の極性化と非対称第一分裂に端を発したシロイヌナズナの頂端−基部軸形成機構とは本質的に異なる.その詳細な分子メカニズムの解明には更なる遺伝学的な検証が必要であるが,イネ科単子葉植物はいずれも細胞塊様の球状胚を形成すること,オーガナイザーによる制御に代表されるように動植物の発生過程において細胞集団レベルでの極性形成は一般的であることから,このような体軸形成メカニズムは十分に合理的な概念であると考えられる(図2).植物における体軸形成メカニズムの多様性およびその本質を理解する上で,イネ初期胚における体軸獲得機構の解明は新たな切り口になると期待される.

図2 動植物の発生における極性と体軸形成

(A)細胞レベルの極性が体軸へと引き継がれる例.シロイヌナズナの受精卵では,細胞の伸長および細胞内構造のダイナミックな変化により頂端−基部軸をもたらす細胞内極性が形成される.ショウジョウバエの前後軸は,卵に内在するモルフォジェンタンパク質の濃度勾配によって確立される (Driever and Nüsslein-Volhard 1988a, 1988b) .

(B)細胞集団レベルの極性が体軸へと引き継がれる例.イネでは球状胚期に初めて頂端−基部軸が形成される.マウスでは,受精6日後までに形成される前方臓側内胚葉 (anterior visceral endoderm: AVE) により,後方化抑制シグナルが分泌されることにより,前後軸が獲得される (Rallu et al. 2002) .

イネ初期胚の3Dイメージング

これまでに,イネ初期胚で部位特異的な発現パターンを示す遺伝子が見出されており,これらは体軸の形成,確立,および器官形成における細胞運命決定に重要な働きを持つことが示唆されている (Itoh et al. 2016) .しかしながら,その空間的発現パターンは主に組織切片を用いたin situ hybridization法により解析されており,特に受粉1〜2日後の初期胚においては,遺伝子発現を細胞レベルで検証することが困難であった.これまで蛍光レポーターマーカーによる発現解析法が用いられていなかった理由として,イネでは特に自家蛍光が強くレポータータンパク質の蛍光検出が困難であること,また初期胚は極めて小さく子房や胚珠などの組織と密着しているため胚を取り出して観察することが難しいことが挙げられる.しかしながら,イメージング技術の向上や透明化技術の開発により,イネの他の組織や,トウモロコシやミナトカモジグサなど他のイネ科単子葉植物の胚において蛍光イメージングによる発現解析が導入されつつある (Tamaki et al. 2007, Chen et al. 2014, Tamaki et al. 2015, Chen et al. 2018, Hao et al. 2021) .そこで,筆者らは胚を覆う組織を透明化することによって,胚の単離を行わずに胚の観察をする,イネ初期胚の深部3Dイメージング法の開発に着手した.ここでは,筆者らの研究室で実際に行っているイネ初期胚のイメージング方法について紹介する.

図3 イネ初期胚の3Dイメージング

(A)人工授粉後1~3日のイネ雌ずい.(B, C) イネの子房切開(B, 黒破線),および摘出された胚珠 (C) .胚珠の下部(C, 白矢尻)に肉眼では確認できない小さな胚が存在する.(D) イネ初期胚の固定,透明化,細胞壁の染色方法の概略.(E) 共焦点レーザー顕微鏡下で撮影したイネの2細胞胚画像.H2B-GFP蛍光タンパク質により核の蛍光が観察される(シアン: 細胞壁, 緑: 核).(F) 3次元画像 (E) よりMorphoGraphXを用いて作成したイネ2細胞胚の3Dモデル.(G) 3次元画像 (E) よりMorphoGraphXを用いて作成したイネ2細胞胚の核の3Dモデル.DAP; days after pollination, Scale bars; 1.0 cm (A) , 5 mm (B) , 1 mm (C) , 10 µm (E) , 5 µm (F-G) .

イメージングには,栽培イネ日本晴系統において恒常的にヒストン2BとGFPの融合タンパク質を発現するH2B-GFP形質転換体を使用した (Abiko et al. 2013) .H2B-GFP形質転換体を用いることで,核をGFP蛍光によって識別することが可能である.まず,人工気象室内で開花したイネの花を優しく指でつまむことで受粉の効率を上げる.次に,受粉後1~3日目のイネの花を採取し,雌ずいの中央部を注射針で切開することにより胚珠を取り出す(図3A-C).胚珠の基部側(図3C)に肉眼では観察できない小さな胚が存在している.続いて,摘出した胚珠を4%パラホルムアルデヒド固定液に浸漬し,デシケーター内で5分間の脱気を2回行い,4ºCで一晩静置する.この際,胚珠に小さな切り込みを入れることで,より確実に胚を固定する.固定液を取り除き,胚珠をリン酸緩衝液PBSバッファーで2回洗浄した後,植物用透明化試薬ClearSee中で1時間減圧下に置く (Kurihara et al. 2015) .その後,細胞壁染色剤 0.1% SCRI Renaissance Stain 2200 (SR2200) を添加したPBSバッファーに交換し,20分間減圧下に置き,再びClearSee中でサンプルを保存する(図3D , Tofanelli et al. 2019).ClearSeeでのサンプルの保存は長期間可能であり,筆者らの研究室では4ヶ月間ClearSee中で保管した胚のイメージングが可能であることを確認している.

3次元イメージングには,共焦点レーザー顕微鏡を用いる.筆者らの研究室では,長作動距離をもつ水浸対物レンズ (Apo LWD 40x WI λS DIC N2) を用い,共焦点レーザー顕微鏡システムNikon C2でzスタック画像を取得している.イネ胚珠サンプルは,35 mmガラスボトムシャーレに静置し,ClearSeeを数滴たらすことで,サンプル位置の固定と屈折率の変化を防いだ.SR2200は細胞壁の多糖類に含まれるß-1,4およびß-1,3結合を染色する試薬であり,350 nm付近に励起波長のピークを持つが,DAPIの観察に用いられる405 nmレーザーとフィルターセットで検出可能である (Musielak et al. 2016) .筆者らは405 nmと488 nmレーザーによる同時励起により,細胞壁と核のGFP蛍光を検出している.後述の画像解析により細胞セグメンテーションを行う場合,解像度の高い3次元画像を取得する必要がある.z軸方向のステップ間隔が狭いほど,画像の解像度が上がるが,撮影時間が長くなるのでサンプルの状態と目的に合わせて調整が必要である.

共焦点レーザー顕微鏡より撮影したzスタック画像(図3E)では,細胞の位置や形状を把握するのが困難である.そこで,筆者らは3次元画像解析オープンソースアプリケーションのMorphoGraphX (https://morphographx.org/) を利用し,幾何学的な解析を行っている.MorphoGraphXは,3次元画像より細胞のセグメンテーション,3Dモデルの作成,メッシュの構成などの解析が可能なアプリケーションである.詳しいアプリケーションの操作方法は,ウェブサイトおよび開発者らの原著論文に記載されているので,そちらを参照されたい (de Reuille et al. 2015, Strauss et al. 2022) .図3F, GにMorphoGraphXを用いて作成したイネ胚の3Dモデル例を示す.これまでに,2~244細胞期のイネ胚の3Dモデルを作成しており,8細胞期までの胚については細胞系譜の追跡にも成功している.興味深いことに,受精卵の第一分裂は胚の表面に対して斜めに分裂面を形成し,その傾きは胚珠の頂端−基部軸や背腹軸に対して一定の方向性を示す傾向が観察されている.現在,受精卵第一分裂の方向性とイネ胚の体軸形成について,形態学的および分子的なアプローチにより解析を進めている.

以上のように,イネ初期胚の3Dモデル化は,受粉1~3日後の初期胚において,細胞の位置関係や細胞系譜,分裂面の角度や細胞体積など,従来の2次元的な観察では解析困難であった形態的特徴を定量的に評価する,新たなアプローチとなりうると期待される.特に,細胞体積や分裂方向の定量化は潜在的な非対称分裂を検出する上で有用であり,イネの胚発生過程において非対称分裂が細胞の運命決定や体軸形成にどのように寄与しているかを検証することが可能になると考えている.また,蛍光レポーターラインを導入することにより,空間的な遺伝子発現パターンを細胞レベルで示すことが可能になり,発生過程における細胞の機能分化や発生運命決定の分子基盤解析にも応用可能であると期待される.

in vitro受精系を用いた胚発生機構の解析

前項で述べたように,近年のイメージング技術の向上はイネ科単子葉植物における初期胚発生過程の研究を飛躍的に進展する可能性が期待される.しかしながら,一方でイネ受精卵発生過程における分子的な知見は未だ限定的であり,またin vivoの胚発生過程を生きたままライブイメージングで観察するためには,解決すべき技術的な課題が残されている.筆者らの研究室で確立されたイネin vitro受精系は,現状の胚発生研究におけるこれらの課題に対し,相互補完的なアプローチとして非常に有用だと考えられている.

in vitro受精系は,1993年にドイツのKranz博士らによって確立された手法で,その実験工程は受粉前の花からの配偶子単離,単離した雌雄配偶子の電気的融合による受精卵の作出,作出した受精卵の培養および植物体再生の3つのステップからなる (Kranz and Lörz 1993) .植物材料として使用されるのは主にイネ科単子葉植物で,オリジナルのトウモロコシに加え,イネおよびコムギのin vitro受精系が筆者らの研究室で確立されている (Uchiumi et al. 2007, Maryenti et al. 2019) .in vitro受精系を用いた研究の利点として配偶子融合から胚発生の初期過程を顕微鏡下で直接観察することができ,また細胞操作が容易で分子生物学的,生化学および細胞生物学的アプローチへと利用可能である点が挙げられる.また,近年は雌雄配偶子の比率を任意に操作した受精卵の作出や,超遠縁植物種の交雑など,自然界では生じ得ないゲノムや細胞質を保持する受精卵・細胞を人為的に作り出すことで,細胞生理や発生の根底にある生命現象の本質を浮かび上がらせ,その理解に繋げるためのツールとしても注目されている (Toda et al. 2018, Deushi et al. 2021, Maryenti et al. 2021) .

これまでに,in vitro受精系を用いたイメージング解析により,受精を契機とした細胞内カルシウムレベルや活性酸素レベルの変動,細胞壁形成の開始,核合一過程や受精卵発生における核やオルガネラ動態,受精卵発生における雌雄ゲノムの寄与など,初期胚発生過程における重要な知見が数多く見出されてきた (Faure et al. 1993, Kranz et al. 1995, Antoine et al. 2000, Ohnishi et al. 2014, Rahman et al. 2019, Rattanawong et al. 2021, Aini et al. 2022) .また,細胞操作と分子生物学,生物学を組み合わせることにより,受精誘導性遺伝子群の同定や,雌雄ゲノム由来の遺伝子発現など,遺伝学的知見も集積しつつある (Okamoto et al. 2005, Abiko et al. 2013, Rahman et al. 2019) .これら,in vitro受精系を用いて得られた生理学的,遺伝学的知見は,前項の3Dイメージングで再検証することにより,生体内での寄与を明確に示すことができると考えられる.また,生体内の3Dイメージングで見出された細胞系譜や分裂パターンの再現性をin vitroにおいても確認することにより,これらの発生学的性質が雌雄配偶子に起因する内在的な要因によるものであるのか,あるいは母組織からの何らかのシグナルによって制御されているのかを実験的に検証することが可能であると期待される.

実験発生学的なアプローチとして,筆者らの研究室はこれまでにin vitro受精系を用いて体軸(発生軸)の解析を進めてきた.トウモロコシおよびイネのin vitro受精系においては,生体内同様受精卵が非対称に分裂し,大きさの異なる2細胞を生じることが示されている (Kranz et al. 1995) .一方,生体内で受精卵第一分裂に非対称性がみられないコムギではin vitro受精系においても大きさの同じ細胞からなる2細胞胚へと等分裂することが報告されており,これらの結果からin vitro受精系で作出した受精卵は生体内の分裂パターンを高く再現している可能性が示唆される (Maryenti et al. 2019) .すなわち,胚嚢という特別な器官から取り出されてもなお,受精卵は何らかの極性情報を保持していると考えられる.では,受精卵の極性をもたらす要因とは何か.筆者らの研究室で行われた解析により,少なくともイネin vitro受精系において精細胞の融合位置と分裂面の間には相関がないことが明らかである (Nakajima et al. 2010) .このことは,受精卵の極性が他の要因,例えば卵細胞に存在する物質の非対称性などに起因する可能性を示唆しており,その分子的な実体の解明が期待される.さらに,in vitro受精系は薬剤を用いた化学アッセイとも親和性が高く,これまでにDNAメチルトランスフェラーゼの阻害剤であるRG108を処理することにより,細胞の非対称性の比率が変化することも示されている (Abiko et al. 2013) .また,トウモロコシin vitro受精系では,2細胞胚を細胞壁分解酵素で処理し,プロトプラスト化した2細胞をそれぞれ回収することにより,非対称分裂によって生じた2細胞間で発現の異なる遺伝子が見出されている (Okamoto et al. 2005, Chen et al. 2017) .同様のアプローチはイネin vitro受精系においても適用可能であり,今後イネ受精卵の第一分裂における非対称性を分子的に検証することが可能になると期待される.

Acknowledgments

本総説は日本植物学第 87 回シンポジウム「植物の発生・ 成長を支える極性形成の制御とその進化」の講演内容に関してまとめたものである.オーガナイザーの楢本悟史博士( 北海道大 ),北沢美帆博士( 大阪大 )ならびに関係者の皆様にはこの場を借りて厚く感謝申し上げます.本研究は科研費 (20K06689) の支援を得て遂行されたものである.

References
 
© The Japanese Society of Plant Morphology
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