2024 Volume 36 Issue 1 Pages 89-95
花粉管は被子植物の生殖プロセスに必須であることから,重要な研究対象である.特に花粉管の発芽や伸長,方向制御を担う分子の同定が進んでおり,これまでに重要な分子群が次々に明らかになってきている.近年,筆者らはこのような分子をコードする遺伝子群がいつ発現を開始して,花粉管機能がどのように獲得,維持されるかについて新たな仮説を提案した.そこで本総説では,この分野の近年の研究成果をレビューし,特にシロイヌナズナを用いた研究を中心に,時間的な遺伝子発現のタイミングに焦点を当てて考察する.さらにそれに基づき,植物の花粉管の遺伝子発現研究における今後の展望についても述べる.
Pollen tubes are essential for the reproductive processes of angiosperms and have been the subject of much research. The molecules responsible for pollen tube germination, growth, and directional control were identified. Recently, we proposed a new hypothesis of when the genes encoding these proteins are expressed and how pollen-tube capabilities are acquired. In this review, we discuss the results of recent studies in this field with a particular focus on the timing of gene expression in Arabidopsis pollen tubes. Based on this review, future prospects for pollen tube research in plants are also discussed.
花粉は被子植物がつくる小さな生殖組織である.被子植物の生殖組織は配偶体と呼ばれる多細胞組織の形で存在する.シロイヌナズナを例にすると,花粉は眼鏡型の一対の精細胞と,それを内包する栄養細胞,計3つの細胞から構成される.2つの精細胞は栄養細胞由来の特殊な生体膜である内部形質膜に包まれており,栄養細胞の核である栄養核と雄性生殖単位(male germ unit:MGU)という複合体を形成している (図1, Mogensen 1992, McCue et al. 2011).被子植物の生殖過程では,花粉は雌しべの先端に付着して,雌しべ組織内部へと花粉管を伸ばす.花粉管は一方向へ伸長し続け,雌性配偶体から放出される誘引ペプチドを認識して伸長方向を変え,2つの精細胞を胚珠の中にある雌性配偶体へと送り届ける (図1, Higashiyama and Takeuchi 2015).動かない植物細胞のイメージとは大きく異なる花粉管の動的な伸長は,原形質流動を伴う膜交通による,細胞膜と細胞壁の再構成により支えられる.花粉管細胞の側面の細胞壁が強固に作られていくのとは対照的に,花粉管先端領域の細胞膜や細胞壁は流動的であり,これが花粉管の素早い伸長や方向制御を実現していると考えられている (Onelli and Moscatelli 2013, Adhikari et al. 2020, Ruan et al. 2020).花粉管細胞のもう一つの特徴として,花粉管内部ではカロースプラグと呼ばれる細胞壁の隔壁が複数作られる (図1).このカロースプラグが花粉管細胞の細胞質成分を常に先端側に維持することで,細胞の肥大によるサイトゾルの希釈を防ぐとともに,核を含むオルガネラを花粉管先端にキープして長時間の伸長を可能すると考えられている (Adhikari et al. 2020, Kapoor and Geitmann 2023).
図1 シロイヌナズナの花粉管伸長と誘引の模式図.雌しべの柱頭についた花粉は花粉管を伸ばし,胚珠へ向かって方向を変えて進入する.花粉管の先端側には,栄養核とそれに連なった2個の精細胞が雄性生殖単位 (Male germ unit :MGU)を形成して位置している.一方基部側では,カロースプラグが一定間隔で作られ細胞内構造を花粉管先端側に維持する.図はMotomuraら (2021) のプレスリリースを引用・改変した.
この一連の花粉管の伸長制御現象は,多く遺伝子から作られる多様な分子群により支えられている.変異体スクリーニングや個別変異体の機能解析などを通じて,花粉管の先端成長や胚珠への誘引に必要なタンパク質,ペプチドなどをコードする,多数の遺伝子の機能に関して多くの知見が得られてきた.花粉管で発現する遺伝子の個別の機能については,多くの総説が書かれており,そちらを参照されたい (Krichevsky et al. 2007, Higashiyama and Takeuchi 2015, Ge et al. 2019, Johnson et al. 2019).遺伝子ごとの機能解析が進んできた一方で,動的な花粉管細胞の中で,これらの遺伝子産物がいつ準備されて機能するのかについては,不明な点が多く残されている.最近,我々は核のない花粉管を利用することで幾つかの実験を行い,様々な花粉管の機能がいつ獲得されるのかについて,新たな説を提唱した (Motomura et al. 2022).そこで本総説では,我々を含む複数の研究グループの研究成果により見えてきた,“花粉管能力をつかさどる時空間的な遺伝子発現の制御”と植物の生存戦略におけるその重要性について論じる.
被子植物において,成熟した花粉粒は雌しべ先端の柱頭に付着して吸水する.吸水した花粉は花粉管を伸長させて雌しべ組織の中へ入り,内包する精細胞を輸送する.この花粉管発芽の制御は生殖現象の1ステップという位置づけのみならず,植物の生存戦略や生殖隔離現象などに多面的に関与する.例えば一部のアブラナ属植物などでは,雌しべに付着した特定の花粉を見分けて発芽させないことで,自家不和合性や生殖障壁を生み出す (Hiscock 2002, Fujii et al. 2023).シロイヌナズナやその他の植物を用いた研究結果から,花粉管発芽を誘導するタンパク質をコードするmRNAは,発芽前より成熟花粉に十分に蓄えられると考えられている (Ishimizu et al. 2010).例えば,様々な植物種の花粉はアクチノマイシンDなどの転写阻害剤を含む培地上でも,発芽して花粉管を伸ばすことができる (図2, Honys and Twell 2004, Hao et al. 2005).これらの実験では,吸水直後からde novoの転写が抑制された花粉においても,ほとんど発芽能力が失われることはなかった.
一方で,花粉管の発芽をつかさどるタンパク質の少なくとも一部は,花粉が給水して以降にmRNAから翻訳されると考えられる.上記と並行して行われた幾つかの植物種の花粉を用いた実験から,翻訳阻害剤であるシクロヘキシミドを含む培地上では,花粉管は発芽しないか,あるいは発芽直後に伸長を停止した(図2, Honys and Twell 2004, Hao et al. 2005).また真核生物に保存された翻訳開始複合体構成タンパク質の一つ,eIF3Fの変異体花粉においても,翻訳阻害剤実験に一致して花粉管の発芽能が欠損することが明らかになっている (Xia et al. 2010).
図2 転写阻害剤または翻訳阻害剤の花粉管発芽への影響.転写阻害剤アクチノマイシンDまたは翻訳阻害剤シクロヘキシミドを含む花粉管発芽培地で3-4時間インキュベートしたシロイヌナズナ花粉管写真.転写阻害剤を含む培地上では,花粉管はコントロールであるDMSOと同様に伸長した.一方翻訳阻害剤を含む培地上では,花粉管はほとんど伸長することができなかった.Bar = 100 μm.
自然環境では,花粉は風や送粉者によって運ばれ,雌しべに到達するまでに不特定の時間がかかる.この間,花粉は脱水して細胞活動が休止した状態で存在しており,新たにmRNAを用意することは困難であると考えられる.そこで花粉粒は発芽をつかさどるmRNAを分解から守るため,特殊なmRNA貯蔵系を持っている可能性がある.シロイヌナズナやベンサミアナタバコの研究から,成熟花粉の中では少なくとも一部のmRNAは,タンパク質との複合体であるmessenger ribonucleoprotein (mRNP)という液-液相分離の状態で存在していることが明らかになった (Honys et al. 2009, Scarpin et al. 2017, Hafidh et al. 2018).動物細胞や植物の体細胞では,Processing bodyやストレス顆粒と呼ばれるmRNPが存在しており,このmRNPを構成するタンパク質が可逆的に,mRNAを翻訳装置であるリボソームから隔離することで,ストレス条件下などにおいてタンパク質合成を妨げる機構が存在する (Weber et al. 2008, Buchan 2014, Motomura et al. 2015, Hamada et al. 2018).最近,Szeらは,成熟花粉は転写産物をmRNPに蓄積しており,吸水時にこの転写産物をmRNPから開放するモデルを提唱した (Sze et al. 2021).花粉管に存在するmRNP中のタンパク質はストレス顆粒に類似していることからも,筆者は体細胞におけるmRNA隔離と類似した機構を,花粉管が保有している可能性が高いと考えている (図3).今後は発芽前後の花粉におけるmRNAの挙動や翻訳状態を調べていくことで,発芽を介した生殖隔離現象などにおいて新たな発見が得られるかもしれない.
図3 幾つかの研究結果から予想される花粉管発芽時のmRNAの挙動変化.花粉は成熟の過程で発芽に関与するmRNAの転写を終えており,mRNAとタンパク質の複合体であるmRNPの形で翻訳停止して長期の保存を可能にしていると考えられる(上).花粉管が発芽する準備が整うと,即座に新奇のmRNA転写が始まるとともに,活発に翻訳されてすぐに発芽が開始する(下).このときmRNAは核などのオルガネラとともに花粉管先端側に輸送されると考えられる.図はMotomuraら (2022) をCC BY 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/) に基づき引用・改変した.
発芽した花粉管は雌しべ組織中を伸長し続ける.その伸長時間は植物種に大きく依存し,24時間以上伸長し続ける植物種も存在する (Hao et al. 2005, Dresselhaus et al. 2011).また花粉管は長時間伸長するだけでなく,胚珠からの誘引シグナルを認識して,正確な方向制御を行う必要がある (Takeuchi and Higashiyama 2016).この複雑な花粉管の伸長制御は,発芽前から準備していたmRNAの蓄積だけでは不十分なようである.実際に,シロイヌナズナに加えて,ムラサキツユクサ, ミゾカクシ, ナガミカズラ, アヤメ, ヒッペアストルム, スイセン属など多くの植物種の花粉管は,転写阻害剤を含む培地で成長遅延の表現型を示し,花粉管発芽後に転写されるmRNAが伸長に重要であることが示唆された (Mascarenhas 1975).また花粉管では多くの新奇転写産物が作られることから,花粉管の伸長制御には,花粉管先端領域に位置する栄養核からの転写が必要不可欠であると考えられてきていた (Wang et al. 2008, Qin et al. 2009).しかし最近,我々はシロイヌナズナ花粉管が先端細胞質部分に核のない状態になっても伸長し続けることを発見し,この議論に一石を投じた (Motomura et al. 2021).この発見に関しては,以前にPlant Morphology誌の総説で詳しく解説したのでそちらを参照されたい (元村, 丸山 2022).
それでは花粉管伸長に重要なmRNAやタンパク質を,花粉管細胞はいつ準備しているのだろうか?我々は更なる検証を行った.栄養核と精細胞の複合体である雄性生殖単位は花粉管先端側を輸送される.シロイヌナズナでは,核外膜上のタンパク質であるWPP domain-interacting tail anchored protein 1 (WIT1)およびWIT2の同時欠損が栄養核輸送異常を引き起こし,変異体花粉管において栄養核が精細胞に引きずられる状態になることが知られていた (Zhou and Meier 2014).また,VIIIa bHLHタンパク質をコードするBONOBO1 (BNB1)遺伝子およびBNB2の同時欠損が花粉粒の精細胞の消失を示すことも知られていた (Yamaoka et al. 2018).そこでこの研究では,bnb1 bnb2二重変異体において,wit1 wit2二重変異により栄養核の輸送を停止させた.その結果,bnb1 bnb2 wit1 wit2 四重変異を持つ精細胞の無い花粉管のほとんどで,栄養核が花粉管基部の中に留まった.しかしこれらの花粉管は先端の細胞質成分に核を持たない状態にもかかわらず,持続的な成長を続け,胚珠への誘引能力を維持していた(図4, Motomura et al. 2022).
図4 bnb1 bnb2 wit1 wit2変異株における花粉管の挙動.(A) pRPS5A:H2B-tdTomato(RHT)を持つ野生型Col-0植物(Wild-type-RHT),wit1 wit2二重ホモ接合体変異体, bnb2 wit1 wit2三重ホモ接合変異体, bnb1ヘテロ接合bnb2 wit1 wit2 三重ホモ接合変異体 (+/bnb1 bnb2 wit1 wit2)の成熟花粉の代表的な写真.+/bnb1 bnb2 wit1 wit2変異株の花粉では,異常な形の精細胞を持たない花粉(左),2核の花粉(中央),正常な3核の花粉(右,BNB1遺伝子が正常なもの)という多様な表現型が観察された.Bar =10 μm. (B) Wild-type-RHT,wit1 wit2,bnb2 wit1 wit2,およびbnb1 bnb2 wit1 wit2花粉管のin vitro発芽3時間後の代表的な写真.青矢印は栄養核,黄矢じりは精核ペアを示す.精核を持たず,栄養核がカロースプラグで基部に隔離されたbnb1 bnb2 wit1 wit2花粉管においても,野生型花粉管同様に伸長した.Bar = 50 μm.(C) bnb1 bnb2 wit1 wit2四重変異体花粉管が到達した胚珠の代表的な写真.精核を持たない4重変異体花粉を1つだけ野生型植物の雌しべ柱頭(画像左側)に授粉させ,1日後の雌しべを解剖して花粉管などを染めるアニリンブルー染色後に観察した.花粉管は先端部に核を持たないにも関わらず,胚珠の位置を認識して雌しべ内部の伝達組織から方向転換して這い出すことで,胚珠へと辿り着いた.胚珠に向かう青色の線が花粉管(白矢印).Bar = 500 μm.図はMotomuraら (2022) をCC BY 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/) に基づき引用・改変した.
転写阻害剤が花粉管に伸長異常を引き起こしたのとは対照的に,bnb1 bnb2 wit1 wit2 四重変異体の花粉管は,数時間にわたり遅延することなく正常に伸長した(図4B).これらの観察結果の違いは,発芽直後に供給される新奇転写産物が影響していることが予想される.bnb1 bnb2 wit1 wit2 四重変異体の花粉管は,基部領域に栄養核を持つ.従って,花粉管は発芽初期の段階では,新奇転写物を先端の成長領域に輸送することが可能であると考えられる(図3).このmRNAの輸送は,発芽から数時間後に起こる最初のカロースプラグの形成まで続く.このように花粉管は発芽直後の転写によって,伸長制御能力を獲得することが示唆される.また別グループのトランスクリプトーム解析では,受粉4時間後の花粉管は,成熟花粉粒とは全く異なる遺伝子発現パターンを示すことも明らかとなっている (Qin et al. 2009).花粉管でde novoに発現する転写物の大半の機能はまだ不明であるものの,花粉管発芽後に発現するR2R3型MYB転写因子であるMYB120は,そのパラログであるMYB97およびMYB101と冗長的に,胚珠内での花粉管破裂と精細胞の放出を制御する (Leydon et al. 2013, 2017).以上のことから,少なくとも発芽後に発現する遺伝子の一部は,花粉管の持続的な伸長制御に重要なだけでなく,雌組織への誘引にも関与することが予想される.
転写レベルの解析に比べ,伸長中の花粉管における翻訳制御についてはほとんど研究が進んでいない.それは翻訳制御が発芽に必須であることが影響している.それでも断片的な研究結果から,翻訳制御が花粉管伸長に重要であることは間違いないと思われる.例えばオーキシン誘導遺伝子として発見されたSMALL AUXIN UP RNA (SAUR)ファミリーのうち,SAUR62とSAUR75は発芽後の花粉管で発現し,様々なタンパク質の翻訳に影響するようである.詳細な分子機構は不明なものの,SAUR62/75は核においてリボソームタンパク質の組み立てに関与し,その変異体では花粉管の細胞壁組成が異常となり,花粉管伸長異常を引き起こすことが報告された (He et al. 2018).また翻訳開始複合体構成タンパク質の一つであるeIF3Hの変異体花粉では,花粉管の長さが短くなることが報告されている (Roy et al. 2011).今後は花粉管の発芽前後や伸長など,個別のステップを切り分けて解析を行うことで,花粉で発現する未知遺伝子の機能推定が行えるだけでなく,花粉管における翻訳制御の重要性も明らかになってくるだろう.
転写の工場である核がない花粉管が伸び続ける事実は,花粉管伸長には遺伝子発現が重要であるというこれまでの定説と,一見矛盾するように見える.一般的なシロイヌナズナの細胞ではmRNAの半減期の平均値は1時間程度であるうえ,花粉管は伸長のために通常の細胞よりも代謝が激しいことが予想される (Sorenson et al. 2018, Szabo et al. 2020).従って花粉管細胞中には核非依存的な長時間の伸長を実現するための,特殊なメカニズムが存在すると予想される.そこで本項では花粉管伸長が長時間継続できる理由として考えられる,幾つかの可能性を列挙する.
まず花粉管ではmRNAの寿命が長く,何度もmRNA分子を再利用できるため,長期間にわたりタンパク質合成が続けられるのかもしれない.RNAエキソソームやデキャッピングタンパク質は不要なRNAを分解する,真核生物に保存される生存に必須の酵素群である.植物においてもこれらの因子は重要な働きを持ち,これらをコードする遺伝子の変異体は配偶子形成や胚発生機構の段階で重篤な発生異常を示す (Motomura et al. 2012, Kumakura et al. 2013).しかしながら,これらの酵素群の変異体において,花粉管伸長における表現型異常は報告されていない.これは翻訳開始因子の変異体の一部で花粉管伸長が異常になるのとは対照的である (Roy et al. 2011).また,RNA代謝/分解に関連したオントロジーを持つ遺伝子のセットは,花粉管での発現が少ないことも分かっている (Poidevin et al. 2021).以上の知見は,花粉管においてRNA分解活性が低い可能性を示唆するものである.また前述のとおり,発芽前の花粉管ではmRNPを利用して大量のmRNAが蓄積されていると考えられる (図3).この貯蔵したmRNAを長持ちさせながら伸長を続けることで,花粉管は新奇の転写無しでも長時間伸長できるのかもしれない.
またmRNAの量だけに依存するのではなく,mRNAが方向性を持って輸送されることで,細胞内で局所的にタンパク質が翻訳される可能性も考えられる.動物の神経細胞における軸索誘導は,活発な先端伸長と方向制御に関する挙動が類似していることから,しばしば花粉管伸長と比較される.神経細胞は基部に存在する細胞体の核でmRNAを産生して,それを先端側にあたる成長円錐部へと輸送する (Rodriguez et al. 2008).軸索ではmRNAが翻訳抑制状態のmRNPとして輸送される一方,成長円錐部ではmRNAが翻訳活性化されると想定されている.興味深いことに,この局所的な翻訳が阻害されると神経突起の伸長が異常になったことから,神経細胞において軸索中のmRNA輸送と局所的なタンパク質合成は正常な神経細胞の形成に重要であることが明らかとなっている (Rodriguez et al. 2008).花粉管では特定のmRNAが能動的に輸送されたり,局所的にタンパク質が翻訳されるかについては不明である.しかし花粉管伸長や方向制御に関与する多くの分子は花粉管先端に局在することから,局所的翻訳機構が存在することはリーズナブルである.例えばペチュニア花粉管においてカルシウム動態を制御するカルレチクリン (CRT)は,タンパク質が花粉管先端に局在するのみならず,それをコードするmRNAも花粉管先端に位置する粗面小胞体に局在して,活発に翻訳される可能性が示されている (Suwińska et al. 2015, 2017).また最近の研究で,先端成長細胞であるシロイヌナズナの根毛において,細胞の先端部で局所的にタンパク質が翻訳されている可能性が示唆された (Zhu et al. 2020).これらのことから,同じく極性を持ち先端成長する細胞である花粉管においても,軸索などと同様に方向性を持ったmRNAの輸送と,局所的な翻訳が行われる可能性が示されている (Duarte-Conde et al. 2022).最近,Billeyらは花粉管で発現するLARP6CというRNA結合タンパク質が成熟花粉中で顆粒を形成して翻訳抑制に関与する一方,花粉管発芽後には機能変化し,花粉管伸長に重要なmRNAの局所的翻訳に関与するというモデルを提唱した (Billey et al. 2021).実際にLARP6Cを欠損した変異体では花粉管先端への方向性を持った小胞輸送や,花粉管細胞内の脂質組成が異常となった.筆者はLARP6Cを含むRNA結合タンパク質がmRNPの状態でRNAを極性輸送することで,選択的な翻訳に関与する可能性があると考えている (図5).今後は花粉管中のmRNA動態や翻訳状態を調査することで,“1細胞が伸長し続ける”という極めて特徴的な花粉管能力を生み出す,時空間的な遺伝子発現制御の分子機構が明らかになっていくだろう.
図5 幾つかの研究結果から予想される花粉管伸長中のmRNAの挙動. 花粉管は発芽直後には持続的な伸長に必要な転写物を用意していると考えられる.シロイヌナズナ野生型Col-0では,発芽後3時間以内に花粉管の基部に最初のカロースプラグが形成され,以降も周期的にカロースプラグが形成される.カロースプラグによるmRNAの損失を防ぐため,核などのオルガネラ同様にmRNAも極性を持って先端側に輸送される可能性がある.その輸送はmRNA結合タンパク質との複合体であるmRNPの形で行われると予想される(黄色丸).また花粉管先端側に運ばれたmRNAは局所的に翻訳され,花粉管の効率的な先端成長に寄与している可能性がある.このmRNAの輸送や局所的な翻訳によって,bnb1 bnb2 wit1 wit2 四重変異体花粉管でも花粉管伸長に必要なタンパク質が供給され続け,伸長が維持されると予想している.図はMotomuraら (2022) をCC BY 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/) に基づき引用・改変した.
この総説で示されている通り,最近の研究成果から,花粉管における遺伝子発現制御が他の植物細胞と異なる独自の特徴を持つことが示唆される.この特徴は,花粉管が精細胞輸送に特化した動的な細胞であることに由来し,進化の過程で形成されたと考えられる.mRNAの蓄積,安定化,輸送についての生物学的意義は明確ではないが,植物間の生存競争の結果である可能性がある.雌しべ組織に到達後,花粉は迅速に花粉管を伸ばす必要があり,最初に胚珠に到達した花粉管のみが受精の機会を得る.この競争を勝ち抜くため,花粉は転写過程を省略し,受精プロセスを迅速化していると推測される (Erbar 2003).加えて,花粉管で発現する遺伝子にはDNA修復や防御反応に関わるものが多く含まれており,これらはストレスに対する迅速な反応に寄与している可能性も考えられる (Qin et al. 2009).このように,花粉管における遺伝子発現のタイミングとその調節メカニズムの理解を深めることは,強靭な花粉管伸長システムに関する新たな研究展開につながることが期待される.これらの知見は,植物の生殖現象の理解を進めるだけでなく,植物の進化や生態系における適応戦略への洞察を提供するだろう.
本総説は 2023 年の植物形態学会奨励賞受賞研究と,関連する研究を中心にまとめたものです.当該研究推進に際して,多大なサポートを頂いた横浜市立大学の丸山大輔博士に深く感謝申し上げます.また,当該論文の共著者の杉直也博士,竹田篤史博士,山岡尚平博士にも感謝申し上げます.加えて,本研究への評価に加え,本稿で紹介をする機会をくださった日本植物形態学会の皆様に感謝致します.当該研究は科学技術振興機構(JPMJPR20D9, JPMJFR2253),JSPS 科研費(JP22K15147, JP23H04751),武田科学振興財団の支援を受けて遂行されました.