2019 Volume 16 Pages 157-169
本稿は、日本におけるオープンデータ政策の変遷と、変化する国際情勢の中におかれた日本政府の問題意識について考察するものである。国内外のオープンデータに関する動向とそれに応じた政府決定の変遷の分析から、オープンデータに関する日本の政策が、政府の透明性を主眼においた行政情報の提供の段階、公共データの利活用による新サービス創出や産業振興を重視した段階、そして、新サービスの創出を全面に出して事業者の保有するデータについても行政データを補完するものとしてオープン化を推進するという段階へと3段階の変遷を遂げたことを示した。また、データ活用の社会的意義及び民間データのオープン化に関する今後の展開について考察した。
データを取り巻く社会的な状況は、情報通信技術の進展やSNSなどのソーシャルメディアの普及により急速に変化してきている。そうした中で、政府も従来からオープンデータの推進に取り組んでいるが、オープンデータの意義や政策的な位置づけも社会情勢の移り変わりの中で変化しつつある。日本における公的データの活用の方向性を明確に示した政府決定は、2012年7月の「電子行政オープンデータ戦略」があるが、これを取りまとめる基となった2010年5月の「新たな情報通信技術戦略」、2011年8月の「電子行政推進に関する基本方針」では、行政サービスの利便性の向上、行政運営の効率化等に主眼が置かれており、公的データを他の目的に利用するという観点は見られなかった。しかしながら、2017年5月の「オープンデータ基本指針」にみられるように、オープンデータの意義として、国民参加・官民協働の推進を通じた諸課題の解決、経済活性化が第一に掲げられており、行政の透明化といった観点よりも国民・企業による公共サービスの提供や新ビジネス・サービスの創出といったことに重点が置かれるようになってきている。また、オープン化すべきデータの対象が必ずしも行政の保有するデータに限らず、企業や私的な機関が保有する経営データなどについても活用を求める指摘が官民ラウンドテーブルなど政府の会議などでみられるようになってきている。
このような中で、データのオープン化にあたって、セキュリティやプライバシーへの配慮や、国民や民間企業の政策への主体的な参加が一層求められるようになる。このためには、オープンデータを取り巻く世界的な情勢の急速な変化や日本の置かれた立ち位置、私的なデータの社会イノベーションへの還元による公共の役割の補完という意義といったものが国民に十分理解される必要がある。オープンデータが先進的な分野であるため、オープンデータに関する研究も主として先行する事例や最新の技術的な視点からのものが多く、政策の振り返りによる分析をしているものが少ないため、政策の俯瞰的な状況を示すことは重要な意義があると考えられる。そこで、本稿は、そうした理解に資するよう、日本におけるオープンデータ政策の変遷と、変化する国際情勢の中におかれた日本政府の問題意識について考察するものである。
日本政府において、オープンデータに先行する概念として、オープンガバメントが政策的に位置付けられたのは2010年5月に発表された「新たな情報通信技術戦略」であり、この中で、オープンガバメントの代表的な取組として、オープンデータを指すと考えられる二次利用可能な形式での行政情報の公開が位置付けられた(本田, 2015)。明示的にオープンデータの言葉が登場するのは、2012年7月の「電子行政オープンデータ戦略」であるが、この政府決定においてもオープンデータが示すものは明確ではない。オープンデータという概念は、それ自体に変遷があるものであり、政策の変遷を表わしていると考えられるため、本稿では、オープンデータの定義を一意には定めずに用いることとする。
(1) オープンデータの概念「電子行政オープンデータ戦略」に続き、日本政府は2013年6月に「世界最先端IT国家創造宣言」を閣議決定しており、この間、民主党政権から自由民主党政権への政権交代があったが、オープンデータの推進については、重要施策の一つとして引き継がれた。この「世界最先端IT国家創造宣言」において、オープンデータに関して「公共データの民間開放(オープンデータ)」との記述が多数登場していることから、オープンデータとは、公共データを国民や企業に自由な二次利用を認めるという政策そのものを指していたものと考えられる。
他方、現在の日本政府の定義としては、2017年5月の「オープンデータ基本指針」においては、
国、地方公共団体及び事業者が保有する官民データのうち、国民誰もがインターネット等を通じて容易に利用(加工、編集、再配布等)できるよう、次のいずれの項目にも該当する形で公開されたデータをオープンデータと定義する。
① 営利目的、非営利目的を問わず二次利用可能なルールが適用されたもの
② 機械判読に適したもの
③ 無償で利用できるもの
としており、オープンデータをデータの類型あるいは特徴・性質として捉えている。また、2013年時点では、政府の政策としてオープンデータを捉えている一方で、2017年時点では、「国、地方公共団体及び事業者が保有する官民データ」としているように、事業者の保有する民間データもその範疇として捉えている。このように、「電子行政オープンデータ戦略」からわずか5年の間であるが、オープンデータの意義が変化していることが見て取れると言え、同時に政策のスコープにも変化があることが推測される。
先行研究においても同様に、オープンデータをオープンガバメントの一施策として捉えるもの(本田, 2014等)がある一方、主にデータの活用に着目して、オープンデータを私的なものも含めたデータそのものと捉えるもの(井上・中島・神武, 2016など)がある。
国際的にも、国連による定義のほか(UN DPADM, 2013)、推進団体等による定義があり(早田・前野・保井, 2015)、それぞれが異なっている。また、国連をはじめデータのオープン化の取組と見る場合、データそのものと定義する場合の双方が存在しており、国際的に共通の認識が定まっているということはない。ただし、林(2014)によれば、民間事業者が提供するオープンデータと区別するため政府や自治体が保有するものを「オープン・ガバメント・データ」と呼ぶ場合があり、公共データのオープン化は「オープン・バイ・デフォルト」とし、オープンデータの定義として、非営利団体であるOpen Knowledge Foundation1が策定した「Open Definition Version2.0」が広く参照されているとのことである。
(2) 政策変遷に関する先行研究オープンデータ政策に関する先行研究としては、オープンガバメントの観点から、政策効果の分析や各国の政策の同時点における横断的な比較分析などについて、相当数の蓄積がある(Center for Technology Policy Research, 2010;Huijboom & Broek, 2011;Zuiderwijk & Janssen, 2014;Attard et al., 2015など)。例えば、Zuiderwijk and Janssen(2014)は、初期の各国のオープンデータ政策に関し、政策を推進する意義・目的・正当性について、国によって異なる点に重点が置かれている点を分析している。例えば、EUではオープン・ガバメント・データの活用による経済効果が重視されているが、アメリカでは「透明性」、「国民参加」、「官民協働」といった定性的目標を達成することに重きが置かれていると指摘している。一方、これまでの先行研究においては、オープンデータ政策の時系列的な変遷と変化を及ぼした背景要因に着目して分析したものに乏しい。
オープンデータに関係する政策変遷について論じた先行研究としては、主として行政の在り方として「電子政府」政策とその延長としてのオープンガバメント・オープンデータについて論じたもの(新開, 2004;本田, 2014;本田, 2016など)があるが、管見によれば、ごく近年のオープンデータの意義の変化を含めて政策変遷について論じた研究はこれまでない。
早田ら(2015)では、OECDによるオープンガバメントの「情報伝達」「コンサルテーション」「能動的参加」の3段階に言及し、第3段階に関する研究の不足について述べており、「公共データの民間開放」を超えた論点に触れているが、あくまでオープンガバメントの範疇における議論であり、私的なデータの活用に関する政策についての分析には及んでいない。
2.2 実際の政策の変遷 (1) 行政内部における政策決定プロセスと検討主体電子行政の推進から始まりオープンデータ政策に関連する重要な政府決定は、「世界最先端IT国家創造宣言」でも述べられているように、2001年の「e-Japan戦略」以来、内閣総理大臣を長とした関係閣僚で構成されるIT総合戦略本部(IT戦略本部)において策定されてきており、また、「世界最先端IT国家創造宣言」では政府CIOを内閣官房に位置づけ、いわゆる「官邸主導」により推進されている。オープンガバメントとは行政改革の側面を持つため、規制官庁などの行政内部からの自発的な取組に任せていてはスピーディーな改革が期待できないことから、政治的なリーダーシップを発揮できる体制として自然な形態であると考えられる。また、このことは、国内外の様々な情勢変化や圧力に機敏に反応して高度な判断により政策決定がなされることを意味している。
(2) 政府決定の変遷と特徴的な変化日本におけるオープンデータに関する政策の変遷を考える上では、オープンデータの概念の登場が一つのマイルストーンである。このため、「電子行政オープンデータ戦略」の前後において一つの時代の区切りがあると考えられる。また、「民間企業等におけるオープンデータ的な取組」に言及した2016年の「【オープンデータ 2.0】官民一体となったデータ流通の促進~課題解決のためのオープンデータの「実現」~」においてオープンデータの意義において変化がみられることから、この前後をもう一つの重要な区切りと考えて政策的変遷を整理する。
①「電子行政オープンデータ戦略」以前
オープンデータの火付け役となったのは2009年1月の米国オバマ大統領によるオープン・ガバメント・イニシアティブであるというのは、渡辺(2014)、Chatfield and Reddick(2017)などにあるように一般的な認識であろうと考えられる。同イニシアティブでは、「透明性」だけではなく「国民参加」「官民協働」といったオープンガバメントの原則が打ち出された。この後の同年に策定された日本政府の「デジタル新時代に向けた新たな戦略~三か年緊急プラン~」あるいは「i-Japan戦略2015」では、国民や企業による行政情報へのアクセスを可能にするため、再利用できる形でデジタル化する考えが示されたが、データのより積極的な「活用」というニュアンスはまだ見られない。国民参加や官民協働といったオープンガバメントの重要な考え方も明示的には含まれなかった。
オープンガバメントが政策的に位置付けられたのは2010年5月に発表された「新たな情報通信技術戦略」である。ここでは「個人情報の保護に配慮した上で、2次利用可能な形で行政情報を公開し、原則としてすべてインターネットで容易に入手することを可能にし、国民がオープンガバメントを実感できるようにする」とある。この前後の時期においても、公共データを本来の目的以外に活用するという考えは政府内においても見られ、例えば、経済産業省により2009年10月「電子経済産業省アイディアボックス」2010年7月「オープン・ガバメント・ラボ」などが公開されている。しかし、急速にオープンデータに関する取組が進むのは、「電子行政オープンデータ戦略」策定後である。
オープンデータが政策的に位置付けられる土壌は、2009年のオバマ大統領によるオープン・ガバメント・イニシアティブ以降、徐々に整ってきたと言えるが、オープンデータが全面的に押し出されることとなった要因の一つに2011年の東日本大震災における福島第一原子力発電所の事故とそれによって起きた電力危機が挙げられる。同原発事故については政府により「ただちに健康を害するものではない」と発表されたが、世論からは根拠となるデータ開示を求める声や、データを分析した結果による論争が起きた。また、電力の逼迫状況が世間的関心となり、電力会社が情報をインターネット経由で提供したが、政府や専門家が、アクセス集中の回避のため、二次的利用可能な公開とするよう働きかけ、結果としてWebサイトでのグラフ表示やスマートフォンアプリが多く開発された(庄司, 2014)。現に、震災後の2011年4月のIT戦略本部・電子行政に関するタスクフォースでは、委員から「東日本大震災の教訓を踏まえた電子行政推進に当たっての留意事項に関する提言」として「電子行政推進に関する基本方針に係る提言(案)」が東日本大震災における教訓を踏まえていないと指摘があり、「提供するデータは、国民や報道機関等が独自に検証や分析を行いやすいように、生データを、CSVやXML、HTML等、加工しやすいデータ形式で提供することを原則とするべきである」などと述べられている。こうしたことから「電子行政推進に関する基本方針に係る提言(案)」は変更がされている。このような流れの中で、翌年の「電子行政オープンデータ戦略」策定へと繋がっている。
②「電子行政オープンデータ戦略」以降
「電子行政オープンデータ戦略」では、公共データの活用の取組の基本原則として、
・政府自ら積極的に公共データを公開すること
・機械判読可能な形式で公開すること
・営利目的、非営利目的を問わず活用を促進すること
・取組可能な公共データから速やかに公開等の具体的な取組に着手し、成果を確実に蓄積していくこと
が明記された。また、公共データの活用を促進する意義において、「官民の協働による公共サービスの提供、さらには行政が提供した情報による民間サービスの創出」あるいは「様々な新ビジネスの創出や企業活動の効率化等が促され、我が国全体の経済活性化が図られる」といったことが述べられ、データを活用した新たなビジネス・サービスの創出というデータを通じた社会的な課題解決や産業政策といった面で踏み込んだ記載がされた点が特徴的であると言える。
「電子行政オープンデータ戦略」以降、これを契機として、経済産業省が省内組織や独立行政法人が保有するデータをオープンデータとして試験的に公開するポータルサイトOpen DATA METIを構築し、内閣官房もこれを参考としたデータカタログサイトDATA.GO.JPを立ち上げている(浅野, 2015)。地方公共団体では、先行していた福井県鯖江市のほか、神奈川県横浜市や静岡県などが続いて統計データのオープン化を進めた。
これに呼応して、データを活用した新しいサービスの創出の活動が進んだ。政策的な観点から重要な動きとしては、国・地方公共団体が、企業や地域住民と協働することによって地域の課題を解決し、あるいは、社会的なイノベーションを起こしていく活動が多く生まれたことである。すなわち、法規制や補助金・税制といった旧来型の政策ツールに加えて、データという手段が政府の政策誘導ツールとして加わったということである。これは、従来の透明性の確保により行政管理を行っていくという考えとは全く異なる意義があると言え、オープンガバメントが「公開」から「参加・協働」の段階に進展したと言える。
実際には、政府や市民主導でデータの活用のアイディア等を出しあうイベントである「アイディアソン」「ハッカソン」などが多く開催された。例えば、前述の神奈川県横浜市では、市民主導の「横浜オープンデータソリューション発展委員会」によりワークショップや開発イベントが行われた(庄司, 2014)。
他方、「電子行政オープンデータ戦略」以降、公共データの利活用の促進に向けた取組が進む中で、企業や国民の有する私的なデータを巡る動きが進んでいた。「世界最先端IT国家創造宣言」では、「ビッグデータ」のうち特に利用価値が高いと期待されている、個人の行動・状態等に関するデータである「パーソナルデータ」の利活用を円滑に進めるため環境整備を進めることを明記した。個人情報保護法の見直しを視野とした「パーソナルデータに関する検討会」がIT総合戦略本部に設置され、制度改正の検討が進められた。これは、データ活用の積極的な推進というよりもむしろ、インターネットのターゲティング広告など実態が先行する中での時代に即した適切な規制を検討するものであったが、企業などの保有するデータの価値の高まりを裏付ける動きであると言えるだろう。現に、検討が進められる中で、JR東日本がSUICA乗車券の乗車履歴情報を日立に販売するといった動きなどがあり、社会的な関心も高まった。
パーソナルデータではない民間企業の有するデータの活用としては、例えば、JR東日本などの首都圏の交通事業者による「公共交通オープンデータ研究会」が2013年8月に設立(2015年9月より「公共交通オープンデータ協議会」に発展)され、運行情報や施設情報のデータオープン化やワンストップのサービス提供などが行われており、狭義の公共データではないデータのオープン化も進展した。
③「【オープンデータ2.0】官民一体となったデータ流通の促進」から現在までの状況
2016年にIT総合戦略本部により策定された「【オープンデータ 2.0】官民一体となったデータ流通の促進~課題解決のためのオープンデータの「実現」~」は、前年の「新たなオープンデータの展開に向けて」を踏まえたものであると述べられているが、従前の取組を強化するという以上に、「国及び地方公共団体におけるオープンデータの取組を進めるとともに、民間企業等におけるオープンデータ的な取組についても一定の範囲内で協力を依頼(競争領域ではなく、協調的な領域)」と述べ、企業のデータについて言及をしている点で踏み込んだものであったと言える。すなわち、オープンデータがオープンガバメントの一環であるという従来の認識からは、発想の転換が起きていると言える。従来は、まず行政の透明化があり、それに付随する形で、データの利活用による新サービス創出という意義がオープンデータにはあったが、ここに至って、新サービス創出という意義のため、本来透明化が求められるわけではない民間データについても利活用を進めるという主従の逆転が生じている。これはオープンデータに関する政策を巡る潮流として新たな動きであると見てよいだろう。
これに先立ち、IT総合戦略本部の下にある電子行政オープンデータ実務者会議が2014年10月に開催され、オープンデータ関連ワーキンググループの再編が行われ、従来の「データWG」「ルール・普及WG」の体制から「公開支援WG」「利活用支援WG」の体制へと改組が行われた。そして、2015年10月に開催された第3回公開支援WGにおいて、「民間企業においても、我が国におけるデータの利活用が望まれる公共の利益に資する分野で協力し合うことにより、更なる可能性が広がると考えられる。さらに、組織・企業としての社会貢献などが考えられる。」と述べられ、公益企業等へのデータ公開の働きかけとして「各府省庁との調整を踏まえ、日常生活に不可欠なサービスを提供する事業分野において、優先順位が高いと考えられる事業者から働きかけを行う」とし、航空事業者、空港事業者、鉄道事業者、乗合バス事業者、道路事業者といった公共交通事業者を中心に働きかけ先の案が提示された。これら事業者に対しては、政府から協力文書が送付され、最終的には政府のデータカタログサイトとの連携が予定されるとされている。こうしたことが可能となった背景には、公共交通事業者には、2013年に策定された「交通政策基本法」の第10条において事業者が国・地方公共団体の施策に協力する努力義務や業務遂行上の情報提供の努力義務などが規定されたことも一つの要因と考えられるが、前述の「公共交通オープンデータ研究会」の取組等が先行し、事業者側に受け入れの素地があったことが大きいものと考えられる。このような経緯を踏まえた上で、【オープンデータ 2.0】は策定がされているものと考えられる。
こうした政府の動きに関連して、議員提案による官民データ活用推進基本法が2016年12月に成立しており、同法の第11条第2項では「事業者は、自らが保有する官民データであって公益の増進に資するものについて、個人及び法人の権利利益、国の安全等が害されることのないようにしつつ、国民がインターネットその他の高度情報通信ネットワークを通じて容易に利用できるよう、必要な措置を講ずるよう努めるものとする。」と規定され、事業者が自らの保有するデータを国民の利用に資する措置を講じる努力義務が定められた。これに先立って2016年7月には一般社団法人日本経済団体連合会が「データ利活用推進のための環境整備を求める~Society 5.0の実現に向けて~」との提言を公表し、データ利活用推進基本法の制定について言及しているが、こうした産業界の動向を踏まえての動きであると考えられる。この中で、パーソナルデータなどの扱いに関して「個人、事業者、行政機関等が自らの意思で参加できるものとし、個人・事業者のインセンティブ、社会的な意義や効用、制度の信頼性を確保する方法等を検討する必要がある」と述べており、そうした留保のもとで、非公共的なデータの活用に産業界としても推進の意思を示したものと理解できる。
2017年5月には、「オープンデータ基本指針」が策定され、前述のとおり、オープンデータの定義がされ、事業者保有のデータも明示的に対象に含むものとされているほか、事業者の取組に関し望ましい対応について指針が示されている点で、より民間データの取り込みが明確化・具体化されていると言える。ただし、「公共データ」との記載もあり、「官民データ」との関係性が不明であり、混同もあることから、策定過程で民間データの扱いにより踏み込むことに異論や政府内の葛藤があったことが窺える。
その後の政府の対応としては、安倍内閣総理大臣が2017年12月にIT総合戦略本部・官民データ活用推進戦略会議合同会議において、行政データの公開に言及しつつ、官民ラウンドテーブルの開催を指示している。民間データに言及していないのは、政治的な配慮である可能性もあり、【オープンデータ2.0】において事業者のデータの活用に一歩踏み出したとはいえ、機微なテーマであることが推察される。しかしながら、そのような中でも、実際に開催された官民ラウンドテーブル(第1回2018年1月、第2回同年3月)では、要望企業の求めるデータのいくつかは、交通事業者など民間事業者保有のデータが含まれており、今後も民間データの活用の検討が引き続き行われるものと考えられる。
オープンデータ・オープンガバメントの取組については、米国では2009年にオバマ大統領が方針を示したほか、欧州では2003年にEUが各政府に対しそれぞれの保有する情報を営利・非営利を問わず再利用可能とすることを求める「PSI(公共部門の情報)の利活用に関する指令」を策定しており(高木, 2013)、加盟国に一定の強制力を有する形で方針が取り決められている。欧州では中でも英国の取組が先行しており、2005年頃から法整備の検討が進められ、2010年にはDATA.GOV.UKが開設された(高木, 2013)。
こうした欧米の対応状況と比較すると日本の「電子行政オープンデータ戦略」が2012年であるなど、日本政府の対応はやや後追いであるように見える。2010年の「新たな情報通信技術戦略」ではオープンデータについて述べていると考えられる記述において「個人情報の保護に配慮した上で」と付言されており、政治的な配慮を要する論点であったことが窺える。現に、経済産業省では2009年には取組をはじめており、政府全体の取組とならなかったことには、オープンデータの必要性が認識されなかったわけではない別の理由の存在が示唆される。なお、前述した東日本大震災及び原発事故における教訓が、政治的なハードルをクリアする上でのある種のドライビングフォースとなったものと考えられる。また、2012年6月には、IT系企業など新興企業を中心とする経済団体である新経済連盟が設立されているが、それ以前には、海外で取組が先行することに対して危機感といったものが十分に醸成されなかったことも推察される。なお、「世界最先端IT国家創造宣言」の策定とほぼ同時期にG8の「オープンデータ憲章」に日本は参加しており、一度合意形成が図られた後は、世界の潮流に迅速にキャッチアップがされている。
3.2 事業者の官民データのオープン化への影響事業者が保有する官民データの活用という日本政府の方針転換に、世界情勢がどのようにかかわっているのか。前述の電子行政オープンデータ実務者会議の第10回会議では、「オープンデータに関する主な国際ランキングと日本の順位」としてOpen Knowledge International、World Wide Web Foundationが公表しているオープンデータの状況に関する国際的指標を用いて、日本が19位と世界的に立ち遅れていることを示している。これに先立ち、第2回の公開支援WGでは、「交通は、(悪い意味ではなく)日本は民間のシェアが大きく、公営交通が主体の諸外国と横並びで評価されるのは適切な評価とは言えない」との意見が出ている。仮に意見の通り評価が適切でなかったとしても、意見の前提となっている「民間事業者がデータを保有している」という現状が事実であり、そのことによって交通分野のデータ共有が進んでいないのであれば、交通分野の社会イノベーションの推進の観点から不利となる。このことから、政府としてもオープン化の評価方法に課題があることは認識しつつ、現状の評価の下においてもデータのオープン化を前進させるため民間事業者を含めてデータ提供を働きかけるという方針に至ったものと考えられる。
また、欧米では民間事業者に対するデータ提供の要請に関して抑制的であると考えられる一方で、近年急速にIT分野でのサービス創出が進む中国における民間データの活用が無視できなくなってきている。政府統制の強い中国は、旧来型のオープンガバメントという観点からのオープンデータに関しては、先進ということはないだろう。他方、2015年5月に中国国務院が「中国製造2025」を発表し、イノベーション能力の向上、製造業と情報技術の融合などの実現を掲げてITの振興を標榜するなど、先進諸国の脅威となっている。現に、例えば、電子的な決済に関しては、QRコードを用いた支付宝(Alipay)などが急速に進み、アリババグループに非常に大規模な決済データが蓄積されつつある。こうした中で、例えば、地方への零細農家へのマイクロファイナンスといった従来ニッチであった金融サービスについて、アリババが保有する過去の決済データを用いてグループ内の金融機関により瞬時に審査がされ入金がなされるといったことが可能となっている。このように、社会的な影響力の非常に大きな企業が大量データを保有することで、分野によっては日本や欧米諸国よりも進んだサービスが提供されるようになってきている。
このようにアリババのような巨大なデータを有する企業が中央政府と協働した場合、欧米諸国のオープンデータに匹敵する潜在力があると言える。こうした状況を日本政府が認識しているとすれば、企業データの活用に踏み出そうという判断に至ることは想像に難くないだろう。
米国においても、例えば、ライドシェアサービスを提供するUber社が社会貢献のため同社の保有するデータをオープンにすることを示唆する意思表明をしており、今後、同国においても民間企業によるデータ提供が進展することも考えられる。以上のことから、日本に限らず世界的に、行政のデータのみならず、民間データをどうオープンにし、あるいは新たにデータを構築していくのか、ということが重要なテーマとなっていくだろうと考えられる。
3.3 民間データのオープン化に関する今後の展開についての考察ここまでは主に政策的変遷とその背景の分析について論じたところであるが、民間データのオープン化に関する今後の展開、特に、どのような条件下、どのような政策アプローチで民間データがオープン化され得るかについて考察を加えることとしたい。
(1) 民間データのオープン化の社会的意義民間事業者が保有するデータは、事業者にとっては貴重な経営資源であり、データの外部提供を強制することによって事業本体の継続を危うくする場合があることは言うまでもない。コンサルティング企業などにとってはデータそれ自体が主たる収益源であるサービスであり、また、それ以外の企業にとってもデータはマーケティング等において重要な経営判断の根拠となるものであるため他社との競争優位性を確立・維持する上で核となるものである。
他方で、データのオープン化が単なる行政監視に留まらず、「官民の協働による公共サービスの提供、さらには行政が提供した情報による民間サービスの創出」あるいは「様々な新ビジネスの創出や企業活動の効率化等が促され、我が国全体の経済活性化が図られる」といったことに繋げることが期待されていることは先述のとおりである。政府が企業の経営資源であるデータの外部提供を求めるには、その正当性の根拠としての十分な社会的意義が求められる。正当性の根拠として国民や企業の理解が得られやすいと考えられるものとして、以下のようなものが挙げられるだろう。
①防災や安全性の向上、防犯など国民の生命・財産の保護に資するもの
東日本大震災が政府のオープンデータ政策を加速させた一因であることは先述のとおりである。近年、豪雨や台風、地震などの自然災害が続いており、防災などの観点での新たなサービス提供を促す民間保有データのオープン化は国民の理解を得やすいものと考えられる。例えば、官民ラウンドテーブルで要望されているボーリング柱状図データは、民間の施工事業者が保有している場合があるとされているが、地震の揺れやすさや液状化のしやすさを把握しハザードマップ作成に資する等の旨が述べられており、公益上、強く活用が求められるものの典型的な例であると考えられる。
②政策的重要性・緊急性が高いもの
国を挙げて取り組んでいる事業の成功に向けたオープン化も企業の賛同を得やすい素地があるものと考えられる。例えば、日本では2020年の東京オリンピック・パラリンピックの準備が進められており、これに協力する企業はPRの機会としてデータのオープン化を進めることも考えられる。オリンピック・パラリンピック開催時には交通需給の逼迫が見込まれ、現在、東京都などは交通機関の利用を控えるよう呼びかけるなどの対応を行っている。この点、例えば、2012年の英国・ロンドンのオリンピック・パラリンピック時には、規制当局であるロンドン交通局がオープンデータを進め、それが交通系アプリの創出につながり、交通需要のコントロールに成功したとロンドン市民に評価されたことで知られる。交通規制は市民感情として反発が予想されるが、オープンデータでのよりスマートな解決は、協力した企業に対する評価の向上にもつながるだろう。日本では多くの交通機関が民営化されており、既にデータのオープン化も取り組まれているが、他分野に取組が広がることも期待される。
③公共性の高い事業に伴い取得したもの
補助金の交付対象となっている事業など、何らかの形で公的な支援を得ている事業については、データ公開という形で社会に還元すべきという考え方があり得るだろう。交通分野に関しては、例えば、バスや離島航空路など赤字となっている路線への支援がなされているが、そのような場合に行政が補助対象事業者に対しデータ公開を求めることは民間企業といえどもさほど不条理とは考えられない。なお、オープンデータ化によって創出された新規サービスに関しては、オープンデータの恩恵を受けたことに対して、自らのデータをオープンにすべきとの考え方も成り立ち得るだろう。先述のロンドン交通局の事例では、例えば、乗換案内アプリ企業であるCitymapper社がロンドンオリンピック・パラリンピックに先立ち創業したが、その後、自らのアプリ運営で得たデータを基に自ら深夜時間帯のバスの運行を開始している。そのような事業者が輸送等のデータを公開することで貢献するという考え方はあり得るものと考えられる。
(2) 民間データのオープン化を容易とする条件設定とアプローチ営利を目的とする民間企業としては、何らかのメリットが得られなければ経営資源であるデータを外部提供せず身内の中で囲い込むことが合理的な選択となることが必然である。政府の求めに応じて民間企業が自社のデータをオープン化することにメリットを感じられる条件設定としては、以下のような場合が考えられる。
①データ公開に対する何らかの対価が見込まれる場合
データ公開に対して十分大きなメリットがあれば、自発的にデータ公開は進められると考えられる。ただし、政府による何らかのファシリテーションにより、メリットが円滑に発現するケースもあるものと考えられる。
典型的にはデータ公開が社会貢献のPRとして有効な場合が考えられる。前述のUber社の意思表明については、そのような意図が推察される。自家用車などのドライバーと乗客をマッチングするライドシェアサービスを提供するUber社については、2015年頃からドライバーによる暴行等の犯罪行為が報道され、また、経営幹部のスキャンダル、生活苦によるドライバーの自殺などが続き企業イメージの悪化に直面していた。そのような企業にとって、社会貢献としてのPRは十分にメリットとなるものと考えられる。
また、鉄道の遅延情報などのような不利益情報に関しては、予め情報公開することを通じて情報提供アプリなどの開発を促せば、直接の問い合わせや苦情に対する対応を緩和でき、それらにかかるコストを軽減する効果が期待できる場合なども想定される。オープンソースやオープンイノベーションについても研究の蓄積は多く詳細は他稿に譲るが、「安定性・信頼性確保にかけるコストを外部化すること」や、「自社技術を収益化する補完的資源を他社に求めること」などが動機となって、自発的に進むケースがみられる。こうしたケースでは、データを公開する企業が経営上のリスクを取らなければならないため、政府が企業に自発的なデータ公開を促す上では、成功事例の共有、成功要因の分析といった知見を提供することが促進策として考えられる。
なお、よりシンプルな対価として、政府から金銭等を給付することも考えられるが、政府予算の制約を考えれば持続可能な方法としては想定しにくい。ただし、政府が補助金等の交付の要件としてデータ公開を求めるといった手法は、予算が確保し続けられる限りにおいて有効であると考えられる。
②互恵関係の成り立つ者同士の間において共有する場合
経営上のデメリットが大きくデータの完全公開が困難な場合であっても、一部の者の間に限定してデータを共有するという方法が考えられる。例えば、近年では、不動産ポータルサイトを運営するLIFULL社がブロックチェーン技術を活用した不動産データのコンソーシアム内での共有サービスを提案している。不動産取引データに関しては、宅地建物取引業法で位置づけられている指定流通機構(REINS)を通じて、不動産仲介を行う宅地建物取引業者間で物件情報を交換できる仕組みが存在していた。LIFULL社は、不動産データを用いた新たなサービスを創出することを意図して、宅地建物取引業者以外の者との間でも情報を共有することを試みているものと考えられる。そのような部分的なデータ共有の仕組みは、互恵関係が成り立つ者の間では自然成立し得るが、無秩序に進められれば派閥化という弊害を生み、データを利用する者の利便を損ねる事態も想定される。
そうした弊害を防止するため、政府としては、トラブル防止や円滑な共有のための自主ルール作りの仲立ちや、将来的な情報交換プラットフォームの一元化を見据えたデータ整理のフォーマットの標準化といった役割が考えられるだろう。
本稿では、日本におけるオープンデータに関する政策が大きく3段階の変遷を経たことを示した。すなわち、透明性を主眼においた情報提供の段階から、公共データの積極的な利活用による新サービスの創出と産業振興を重視した段階、そして、新サービスの創出を全面に出して事業者の保有するデータについても行政データを補完するものとしてオープン化を推進するという段階である。
事業者の保有データの活用については、方針が示されたばかりであり、それによって現実の取組がどれほど本格化するのかは未知数である。既に自発的な取組として過去に行われてきた事例は存在しているが、データのオープン化をこれまで以上に促進するには、政策的にどのようなアプローチが有効であるか、事例の蓄積とともに分析・検証が望まれる。