2020 Volume 17 Pages 119-140
産業クラスターにおける知的財産の戦略的活用政策は、テック系ベンチャーなどの新産業創出、更には地域経済活性化においても重要である。本稿では、産業クラスターにおいて集積する企業の中でも、特に競争力を持つ付加価値型産業である研究開発型産業や各研究機関等(以下「R&D型産業」という)を主な研究ターゲットとしている。この産業クラスターにおいては、各地域に特徴的な知的財産(本稿では「特許」を対象とする)も集積している。この知的財産が集積しているということは、知的財産を生み出す発明者の知識も集積していることが想定される。
更には、この知識の集積現象を捉え、且つそのメカニズムを活用することができるならば、地域経済活性化を実現していくための地域産業政策を導き出していくことが可能となる。
そこで本稿では、前述してきた問題意識を持ち、産業クラスター地域として首都圏と地方を結ぶ3地域を対象に、特許情報を活用して地域系特許集積から形成される特許集積群(パテントクラスターと称する)を導出し、分析結果の現象を活用した地域産業政策立案手法について検討を行った。
The strategic use of intellectual property in industrial clusters is important in creating new industries such as tech start-ups, as well as for revitalizing regional economies.
In this paper, of all businesses participating in industrial clusters, R & D-basedindustries, research institutions and similar organizations (“R&D-based industries”) which are particularly competitive and value-adding, are the main focus of this study.
These industrial clusters also accumulate regionally distinctive intellectual property (patents for the purpose of this paper).
It is assumed that the accumulation of IP means that the knowledge of the inventors of the IP is also accumulated.
Furthermore, if we can capture this phenomenon of knowledge clustering and harness the mechanism, it should be possible to derive regional industrial policies for regional economic revitalization.
This paper focuses on three regions that connect the Tokyo metropolitan area and rural areas as industrial cluster regions. Patent information is used to derive a group of IP clusters formed from regional IP clusters, and regional industrial policy planning methods are examined using the results of the analysis. (178)
地域産業における地域活性化策として、産業クラスター1に関する政策がある。日本では、2001年の産業クラスター計画2、2002年の知的クラスター創成事業3などが政策として実施された。時を同じくして、知的財産政策においても2002年に知財立国4が掲げられ、その流れは大企業のみならず、地域産業に多数存在している中小企業にも波及し、知的財産を有効活用していくための国家政策として実施されていった。しかし、産業クラスターおよび知的財産の政策において共通して言えることは、地域活性化や中小企業に必ずしもプラスの影響を与えているものではない、十分な機能を発揮していない、などの批判も多く聞かれるところである5, 6。特にR&D型産業を主とした地域産業政策の観点から見ても多くの課題があるといえる。
一方、産業クラスターと知的財産における共通項として知識の役割がある。産業クラスターにおいては、知識の集積が産業クラスターの形成において非常に重要となる。知的財産においても、知識は発明アイデアを生み出す源泉として無くてはならないものである。前述した問題意識を持ち、主な研究領域として、産業クラスターと知的財産および前記に関する知識にも言及しながら、地域経済活性化を目指していくための地域産業政策立案手法について研究を進めていく。そこで、本稿では、産業集積における特許の集積を可視化することで、地域産業政策立案手法を見出すことができるのではないか、について検討する。
また、知的財産は、イノベーションを起こす源泉となる知識と密接であり、知識における重要なファクターであると考えられる。ゆえに、本稿においては、知的財産(特許)についてフォーカスし、その機能を活用していく。また、産業集積における研究分野については、Marshall(1890)以降の産業集積、産業クラスター理論7の研究成果である知識、技術に関して展開されたモデルにも言及しながら論じていく。前記した知的財産と産業クラスターの研究領域からのアプローチより、知識の集積現象を捉え、地域産業政策立案手法について検討していく。具体的な研究手法としては、第一に、産業クラスターにおいて集積され蓄積されてきた特許の機能を活用する。第二に、産業クラスター地域として首都圏と地方を結ぶ3地域を対象に、特許情報を活用した地域比較分析を実施していく。第三に、分析結果の現象を活用した地域産業政策立案手法について検討する。第四に、政策のインプリケーションとして、地域産業政策への応用可能性について検討していく。
本稿においては、大きく分類すると産業集積と知的財産および前記に関連する知識にも言及した先行研究の項目についてレビューする。ここでは、前記各分野における本稿と関連性のある先行研究について列挙していき、先行研究で何が研究され、何が研究されていないかについて、先行研究の流れを端的に述べていく。
第1に、本稿に関連する産業集積の代表的な先行研究としては、Becattini(1990)のマーシャリアン産業地区(Marshallian Industrial District)が挙げられる。更に前記産業地区に、中小企業間での技術開発競争が協力関係へと発展した産業地区を論じたPyke and Sengenberger(1990)、大企業と下請け中小企業における工業都市、工業団地なども含めた概念を提唱したMarkusen(1996)などが挙げられる。前記3つの産業集積が本稿における基本となる。前述してきた産業集積の流れを踏まえて、産業クラスターについて児玉(2010)は、日本の産業クラスター政策が目指している産業クラスターとは、「産業集積の中にイノベーションの創出につながるような技術連携ネットワークが発達した状態」とした上で、「技術連携には産学連携も企業間連携も含まれ、企業には既存企業も新規創業企業も含まれる。」更に、「地域に産学官連携や企業間連携によって知的資源等の相互活用が行われるようなネットワークが形成され、そこから新事業あるいはイノベーションが次々と創出される状態である。」と述べている。更に、産業集積における政策的課題として山本(2005)は、成長力のある産業集積の育成をどうやって実現していくべきか、という問題意識を持ちながら基礎的・理論的な問題の解明が必要であることを述べている。
第2に、産業クラスターと知識に関連する先行研究として山本(2005)は、マーシャルの産業集積論における知識や技術のスピルオーバーについて、仕事の評価、改善案の議論、新旧アイデアの結合によるアイデア発展などの「環境」が、知識や技術のスピルオーバーを生み出す。また、産業集積の「場」ではそれ以上のことが起こり、スピルオーバーしてきた他社と自社における知識の新結合が、新しい知識となる、という一連のメカニズムについて述べ、マーシャルの新しい知識が創造されるメカニズムについて説明している。
第3に、産業クラスターと知的財産に関連する先行研究としては、Porter and Kramer(2002)では、産業クラスターにおける知的財産は、企業戦略と競争環境において重要な要素であることに触れている。また、OECD(2012)では、世界23地域別のケーススタディにおいて、各地域の産業構造や様々な特徴を比較する基準値として8つの数値を使用し、この中には、特許出願や特許の強さなどの数値も重要データとして使用している。前述してきた通りPorterやOECDのレポートでは、産業クラスターという観点から地域産業における知的財産の重要性については触れているが、これ以上踏み込んだ知的財産に関する研究は進めていない。他方、野中他(2017)は、産業クラスターにおける地域イノベーション活動の評価は重要であるが、その分析手法などは確立されていない。これら分析においては、定性的な分析が多く、定量的な分析、更には、詳細な技術動向を含めた技術的集積状況やクラスターの地理的範囲の評価が重要である。しかしながら、この研究の課題として、詳細な技術種別を加味した分析評価が今後の研究課題であることも述べている。
第4に、知的財産と知識に関連する先行研究として、鈴木・後藤(2007)は特許制度について、独占排他権を一定期間付与する代わりに、その特許技術の内容を一般に公表する。その結果として、特許は新しい技術動向の巨大な情報源であり、特許情報は知識やイノベーションに関する豊富な情報を含んでいる。この特許情報について、後藤・元橋(2005)によれば、知識を計測するということは、本質的に非常に困難な作業であり、また、技術知識の基礎となるデータのソースはごく限られている、としながら、「そのなかで、特許データは技術知識に関する数少ない貴重な体系的な情報の源である。」更に、「特許は膨大且つ貴重な技術情報の集積」と述べており、技術知識である特許データの重要性について指摘している。他方、和田(2010)は、特許という私的な技術情報を政策的に公開させることは、新たな技術的知識が個人、企業組織、地理的距離の枠を超えて、社会的に技術情報としての特許や知識を交換させていくことによって、イノベーションが促進される、と特許公開制度の重要性について指摘している。また、特許情報を活用した研究では、特許の価値の指標として、特許の被引用件数(前方引用件数)の重要性を述べたTrajtenberg(1990)以降、特許の被引用件数に関する研究が進んでいった。特許文献の引用関係について鈴木(2008)は、一般的には、前方引用の回数が、個別特許における価値の指標としての有用性が一般的に知られており、科学論文の被引用の回数における価値の指標においても同様に活用されており、後続の発明者、審査官に多く引用される特許の方が、価値が高い情報が含まれている。ただし、大企業などの発明者においては、同一企業内の特許文献を前方引用(後方引用も同じ)するケースが増えてくることには注意が必要である、と引用におけるバイアスを与える可能性についても加えて指摘している。前方引用の回数における審査官引用と発明者引用の区別について和田(2010)は、審査官引用と発明者引用の各特許データを用いて検証を行い、審査官引用の方が被引用を通じた重要度評価の意味においては、発明者引用よりも有用であることを明らかにした。
以上の通り、本稿に関連する先行研究では、前述してきた通り大きく分類すると産業集積と知的財産の2つの分野の先行研究についてレビューしてきた。その結果、産業集積に関する先行研究に総じて共通して言えることは、知的財産について踏み込んだ議論がなされていない。つまり、産業集積において重要なファクターの1つでもある知的財産について、産業集積と知的財産を関連付けた手法での研究アプローチがなされていない、ということが先行研究より明らかとなった。一方、知的財産に関する先行研究についても、総じて共通して言えることは、知的財産において、特に地域活性化に繋がる実施活用という部分での重要なファクターの1つである産業集積について、双方関連付けた手法での研究アプローチがなされていないというのが現状である。更に踏み込んで述べるならば、前述してきた先行研究においては、産業集積における知的財産の活用に加えて、その機能的メカニズムの解明についても理論的問題に立ち入っていないことが明らかとなった。そこで本稿においては、これら先行研究の成果も活用しつつ、未だ進んでいない産業集積と知的財産を関連付けた研究領域を主な研究対象としてフォーカスしていき、更に、産業集積および知的財産の源泉でもある知識にも触れながら論じていく。
2.2 基本概念本稿においては、先述した先行研究の成果も活用しつつ、本稿の基本となる概念について本節では述べる。第1に、本稿における根本となる産業クラスターと知的財産および前記に関連する知識の各研究領域について整理していく。先行研究において前述した通り、Becattini(1990)、Pyke and Sengenberger(1990)、Markusen(1996)の産業集積を基本に、児玉(2010)の産業クラスターを本稿では活用していく。第2に、前記産業クラスター上に存在し機能してくるのが、知的財産という情報であり制度となる。そのロジックは、産業クラスターにおいて機能し、地域経済活性化に寄与していく1つの条件が知的財産ということになる。第3に、前記知的財産を生み出す源泉となるのが知識であり、知的財産と同様、産業クラスターにおいて機能し、知的財産と連動しながら地域経済活性化に寄与していく1つの条件となる。以上の第1(産業クラスター)、第2(知的財産)、第3(前記に関連した知識)の条件が、端的に言うならば、産業クラスター上に知的財産と知識が存在し機能している、という設計モデルであり、本稿における基本概念となる。
本稿における具体的な研究手法として特許情報のデータ(以下「特許データ」という)の活用をここでは取り上げ、地域経済活性化の観点から各特定地域における特許集積より知識集積がなされていく本質について導き出し論述していく。一般的に特許データの活用手法としては、総じて企業経営と調査研究の大きく2つの活用手法がある。本稿においては、企業経営的視点ではなく、特許データを活用した分析手法として、例えば、産業別・国別・地域別の特許技術動向・出願登録件数に関する調査分析などに活用されている手法を用いていく。更には、特許データの活用を企業視点ではなく地域視点で捉え、各地域別における地域情報という観点での分析手法であることが大きな特徴である。また、本稿における特許の活用手法は、前述した通り、企業視点ではなく地域視点、各地域別における地域情報として活用していき、1企業ではなく複数の企業が存在している地域視点における分析手法であることが大きな特徴である。つまり、各地域には各地域別に様々な状態で特許データが存在している、という考え方である。言い換えれば、「特許の目で地域を見る」ということになる。
3.2 定義付け (1) 特許集積の手法ここでは、本稿における研究手法に沿った仮説モデルを導き出すための定義付けについて、以下の通り示していく。本稿における特許データの活用においては、各特定地域に対して、特定技術分類からなる特許データを収集し特許集積群を形成していく8。この特許集積群は、先行研究などでも数多く論じられてきている産業集積の中に潜んでいる。また、産業集積としては着目されていない地域も含め、その地域に潜在している。産業集積において、特許も集積してくることも活用し、特許集積における知識人(本稿では「発明者」とする)の集積現象より知識の集積現象を捉えていく。次に特許集積群の形成手法とその目的について下記に列挙していく。
1)各地域別の歴史的産業、地場産業、更には、近年その地域で力を入れて取り組んでいる産業などの情報から、前記情報に全く関係のない情報に至るまで、これら全てが含まれた大量に内在している特許データを対象として抽出する。
2)抽出した特許データには、実際に事業に活用されている特許権、事業価値としては興味を引かない未活用の特許権、あるいは、何らかの意図的条件において、その当時その地域から特許出願され、特許権として権利化されなかった特許出願公開された特許、更には、審査請求前の最新の特許出願公開された特許、などの未登録特許も含めた全ての特許が対象となる。つまり、特許データを各地域別に内在している価値あるビッグデータとして捉え、各地域の産業集積および産業政策に活用していくことを基本としその目的としている。
本節で論じてきた内容を図式化すると図1および図2となる。図1は、縦軸に各特許データの特定技術分類(α技術分類、β技術分類、γ技術分類と表現)、横軸に各特定地域(A地域、B地域、C地域と表現)とした特許集積群形成図である。図2は、図1に示した9つの特許集積群の1つである「α・B特許集積群」を一例としてフォーカスした拡大図、その詳細を説明した図1のα・B詳細図である。図2について更に述べると、α・B特許集積群とは、縦軸のα技術分類×横軸のB地域=α・B特許集積群を意味している。また、α技術分類は、他の各特許データにも存在していることを図中の括弧内で示している。つまり、同じα技術分類で違う特許データについて、α'+α''+α'''…+αnと表現している。更に具体的に説明すると、例えば、特許Xに含まれる特許データの国際特許分類α技術分類、特許Yに含まれる同α技術分類、特許Zに含まれる同α技術分類…が、B地域には存在している。特許X+特許Y+特許Z…+特許Nの各α技術分類をα'技術分類+α''技術分類+α'''技術分類…+αn技術分類と表現している。つまり、数が増えるほど地域の特許集積群は大きくなることを意味している。本稿では、前述した図1および図2における分析をマクロ的分析と称している。
(出所)筆者作成。
(出所)筆者作成。
特許集積には、下記の通り大きく3つに分類することができる。1つは、技術系特許集積(Technology-based Patent Clusters)と称し、どの企業であるか、どこの地域であるか、ではなく、どの技術における特許集積であるか。2つ目は、企業系特許集積(Corporation-based Patent Clusters)と称し、どの技術であるか、どこの地域であるか、ではなく、どの企業における特許集積であるか。3つ目は、地域系特許集積(Region-based Patent Clusters)と称し、どの技術であるか、どの企業であるか、ではなく、どこの地域における特許集積であるか。について重視している。以上が3つの各特許集積の主な特徴である。本稿では、特許データからの分析において、この3つの各特許集積の内の「地域系特許集積」を、地域産業政策を導くための政策立案手法に活用していく。
また、前章の先行研究で示した児玉(2010)の産業クラスターは、産業集積内のイノベーション創出につながる産学連携や既存企業・新規企業も含めた企業間連携における技術連携ネットワークが発達した状態である。更に、前記技術連携ネットワークによって、知的資源等の相互活用が行われるようなネットワークが形成され、そこから新事業あるいはイノベーションが次々と創出される状態である、と定義している。本稿においても、この児玉(2010)を産業クラスターの定義としていく。加えて、前記定義の産業クラスターまたは産業クラスターを政策的に実現するための源となる地域系特許集積から形成される特許集積群のことを、本稿では「パテントクラスター」9と称して定義し論じていく。
3.3 地域産業政策立案手法モデル (1) 地域産業政策立案手法モデル1(モデル1)前節で定義付けしたパテントクラスターは、地域産業政策立案において、次の通り活用していくことが可能である。図3に示す地域産業政策立案手法モデル1(モデル1)である。詳細は下記に列挙していく。
(出所)筆者作成。
1)政策の1次段階においては、地域産業政策の基となる地域における技術指向などの気づきを導き出す段階、パテントクラスターの形成が初期。
2)政策の2次段階においては、地域において育ってきた技術的特長を政策的に誘導し、戦略的に政策立案していく段階、パテントクラスターの形成が成長期。
3)政策の3次段階においては、地域において新産業創出から育成、企業誘致などを実施し、地域が発展していく段階、パテントクラスターの形成が発展期。
4)1次段階(初期)から3次段階(発展期)を経て、地域経済活性化が実現される段階、パテントクラスターの形成が拡大期。
(2) 地域産業政策立案手法モデル2(モデル2)1)本稿の産業クラスターにおいては、R&D型産業を主なターゲットとしている。この種の企業では、発明者という人材が特許を創造している。つまり、ここでの産業クラスターにおいては、特許も集積しているということになる。更に詳細に述べると、産業集積という上位概念の下、特許、更には特許を創造していく発明者の知識が下位概念においては集積していることになる。以上が本稿の全体構成における前半部分となる(図4の左側部分)。
(出所)筆者作成。
2)本稿では、地域産業政策立案手法を導くところに主な研究目的がある。特定地域から特定技術分類のパテントクラスターを形成し、知識の集積現象を捉えるという実証が本稿の中盤部分となる(図4の中央部分)。
3)実証における結果を活用して地域産業政策立案手法を導き出していく。以上が本稿の全体構成における後半部分となる(図4の右側部分)。
モデル2では、パテントクラスターを用いて、産業集積から特許・発明者知識の集積が発生するというメカニズムの流れを活用して(過去の現象)、その逆の流れ、パテントクラスターの形成(新特許・新発明者知識の集積)より産業クラスターへと発展させていく(未来の創造)ところに、本稿の全体像としての流れがある(図4)10。ここまでの結論としては、モデル1およびモデル2が地域産業政策立案手法となる。
(3) モデル1とモデル2の関連性について本節で論じてきたモデル1とモデル2の関連性については、図5に示す。詳細を述べると図5の左側部分では、時間経過とともにパテントクラスターは発達していき(過去の現象)、右側部分では、前記に加えて政策立案に必要な項目となる政策ソース「気づき」→戦略的政策立案「誘導」→新産業創出・育成・企業誘致等「実施」を加えた内容、つまりは、政策立案の手法を組み込んだものとなっている(未来の政策立案)。以上の図5が地域産業政策立案手法の総合的なモデルとなる。
(出所)筆者作成。
分析対象地域は、産業集積地域として首都圏と地方を結ぶ①TAMA地域、②山梨地域、③諏訪地域の3地域を分析対象地域とした11。また、本分析の意図は、前節でも論じた通り「特許の目で地域を見る」ところに本分析の特徴がある。次に、分析に使用する特許データについては、特許庁の整理標準化データを元データとして使用する。分析条件としては、分析対象地域より、発明者住所から特許データの情報を収集していく。これで得られた各住所別の特許データを活用していく。次に各住所別に存在しているビックデータである特許データの中で、より詳細な技術分類データとなっているIPC、FI、Fタームの情報を収集した定量分析12を実施していく。
一方、本稿で定義したパテントクラスターを活用し、分析対象地域の3地域において、次の2つに大別して分析を実施していく。1つ目は、前章で定義した地域の全体像を示すマクロ的分析、2つ目は、実際の製品開発に近いミクロ的分析の2つである。後者のミクロ的分析においては、第2章の先行研究でも述べた特許データの引用・被引用分析を実施していく。引用については、先行研究においても前述した和田(2010)が重要視した、発明者引用ではなく審査官引用を本分析においても活用していく(以下「ミクロ的分析」という)。本稿においては、特許データを活用した特許の経済的価値などの分析ではなく、特許データの機能を活用した特定地域に内在している特定技術分類における特許技術の集積より知識の集積現象を捉えていくことが1つの研究目的である。よって、1社における企業色が表れやすい発明者引用ではなく、中立的な立場で企業色が出にくく、且つ地域性が表れやすい審査官引用を活用することとした。
4.1 分析結果と考察各地域の特許データ、TAMA地域19875件、山梨地域19991件、諏訪地域19999件(母集団)13の情報を収集して実際に分析した14。分析結果については、以下に示す。
(1) TAMA地域TAMA地域の全体像を示すマクロ的分析の結果(以下「マクロ分析結果」という)において、特徴的なパテントクラスターとして「LED(点状光源)」と「LED(半導体発光素子)」15に関連するものが技術分類として浮かび上がってきた(図6)。TAMA地域の1つの特徴である。各企業の特許が133件集積し地域色が反映されたパテントクラスター(PC133)が導き出される結果となった(図6)。
(出所)筆者作成。
次にミクロ的分析においては、最も多くの地の集積状況が確認できた図7を示す17。TAMA地域における実際の製品開発に近いミクロ的分析の結果(以下「ミクロ分析結果」という)として、図7の通り特許の審査官引用における強い特許技術的な関連性(以下「特許関連性」という)より、巨大な特許ポートフォリオ(以下「特許網」という)となる、68件の特許中119人の各発明者が、ネットワーク化された形で知の集積(以下「知の集積」という)をしていることが分かった。図7の詳細について、先ずは図の表示について説明すると、引用・被引用図の左から右に矢印は流れており、対象となる特許データから左側の特許データが引用(後方引用)、右側の特許データが被引用(前方引用)、の特許データとなる。また、「特願番号、(特許登録番号)、特許出願日、発明の名称、特許出願人、発明者」の詳細データが記載されているものは、各パテントクラスター(母集団)に含まれる特許データであることを表す。その他の「特開番号のみ」および「特願番号のみ」が記載されているものは、前記以外の引用又は被引用の特許データである。以上の分析条件の下、山梨地域、諏訪地域の分析条件についても同様に分析を実施していく。
(出所)筆者作成。
山梨地域のマクロ分析結果において、特徴的なパテントクラスターとして「電極」と「ガス放電表示パネル」18に関連するものが技術分類として浮かび上がってきた(図8)。山梨地域の1つの特徴である。しかし、前記出願人シェアを見てみると、各企業が均等にシェアを分け合うようなデータは得られず2社における独占的なシェアのみが浮かび上がる結果となった(図8)19。特定地域分析の観点からすると2社の限られた企業の影響力が大きく企業色が強く表れてしまう分析結果となり、各企業が均等に集積している特定技術分類の分析データを得ることができなかった。
(出所)筆者作成。
一方、山梨地域においては前記した通り、地域色が反映されるパテントクラスターが導き出される結果が得られなかった。そこで、山梨地域19991件の母集団中404件の特許を有する山梨大学に注目した。つまり、地域企業ではなく地域大学を基準とした分析を実施していくこととした。ミクロ的分析においては、山梨大学404件を母集団として分析を実施した。次に山梨地域におけるミクロ分析結果としては(図9)、特許関連性より特許網となる84件の特許中126人の各発明者が、知の集積をしていることが分かった。
(出所)筆者作成。
諏訪地域のマクロ分析結果において、特徴的なパテントクラスターとして「光学系対物レンズ(非球面レンズを含む)」と「対物レンズ(非球面レンズを含む)」20に関連するものが技術分類として浮かび上がってきた(図10)。諏訪地域の1つの特徴である。各企業の特許が157件集積し地域色が反映されたパテントクラスター(PC157)が導き出される結果となった(図10)。
(出所)筆者作成。
次にミクロ的分析においては、最も多くの地の集積状況が確認できた図11を示す。パテントクラスター157件の特許を母集団として分析を実施した。諏訪地域におけるミクロ分析結果としては(図11)、特許関連性より特許網となる52件の特許中58人の各発明者が、知の集積をしていることが分かった。
(出所)筆者作成。
以上の通り、本章におけるミクロ分析結果においては、特定地域として、TAMA地域、山梨地域、諏訪地域の3地域における特許データの情報収集より分析を実施した。その結果、表1の通りまとめることができる。
分析地域 | 各パテントクラスター (PC) |
特定技術分類 (上位筆頭IPC) |
特許出願 (件数) |
発明者数 (実質人数) |
---|---|---|---|---|
TAMA地域 | TAMA・PC | H01M 2/16 | 68 | 119 |
山梨地域 | 山梨・PC | H01M 4/86 | 84 | 126 |
諏訪地域 | 諏訪・PC | G02B 15/20 | 52 | 58 |
(出所)筆者作成。
前節における分析結果より、各地域において特定技術分類におけるパテントクラスターが形成され、その中身について更に分析していくと、各発明者がネットワーク化された形で繋がりを見せていることが分かった。また、分析結果については、分析した3地域において各地域の特徴が浮き彫りにされた結果となった。3地域からは、それぞれ異なった特徴を示す各技術分類からなるパテントクラスターが形成された。では、なぜ各地域に各技術分類からなるパテントクラスターが生成されたかについて、ここでは、ミクロ分析結果における各地域の歴史的背景や地域での取り組みなども踏まえながら論証していく。
TAMA地域では、材質に特徴のある電池が技術分類として解明された21(表1)。この地域においては、特許出願件数上位ランキングでもそうであったが、自動車・電機・エレクトロニクスなど、日本を代表するものづくり工場などが多くランクインしていた22。つまり、都心部に多く集積する企業本社に対して、西東京を中心とする本地域では、前記企業本社からの距離が近い日本を代表する工場も含めた産業クラスター地域であることは周知のとおりである。よって、日本を代表する電池や照明装置関連メーカーなどの工場も多く集積しており、電池関連のパテントクラスターが生成されたのである。「好立地型産業クラスター」と言える。
山梨地域では、電池(燃料電池用無消耗性電極)が技術分類として明白となった23(表1)。この地域においては、2008年4月に「山梨大学燃料電池ナノ材料研究センター」が設立され、多くの燃料電池関連の研究者が集結し内外の大手企業、大学、研究機関との共同研究が始動した。つまり、地方大学における大型の競争的資金獲得がトリガーとなって燃料電池関連のパテントクラスターが生成されたのである。「大学中心型産業クラスター」と言える。
諏訪地域では、光学系可動レンズが技術分類として明らかにされた24(表1)。精密機器部品製造の産業クラスター地域として、諏訪精工舎(現セイコーエプソン)の企業城下町型産業集積によって地域発展し、水晶振動子などの部品製造が活発であった歴史的背景より、その後、携帯電話や自動車関連の精密部品としてレンズ関連も非常に多く生産されている。このような地域背景より、光学系可動レンズのパテントクラスターが生成されたのである。「企業城下町型からハイテク独立型へ変貌を遂げた産業クラスター」と言える。以上の通り、分析した3地域において各地域独自の特徴が浮かび上がった。結論的には、パテントクラスターを活用することによって、各地域の技術色・特性を把握できることを確認した。つまり、モデル2における地域産業政策立案手法モデル(図4)の左側、過去の部分にあたる現象の確認ができた。
最後に分析結果について総括して述べると、前述してきた通り分析の結果においてマクロ分析結果では、3地域において二分する結果が得られた。1つは、TAMA地域および諏訪地域における各企業の特許が集積し地域色が反映されたパテントクラスターが導き出された分析結果である(図6)(図10)。つまり、地域の技術集積状況の全体像を把握することができた。また、TAMA地域は、首都圏西部を中心とした産業クラスター(児玉, 2010)、諏訪地域は、微細加工・精密部品を主とした産業クラスター(佐藤, 2015)として、それぞれ優良地域であることは周知の通りである。2つ目は、山梨地域における大企業色が強く表れた前記2地域とは異なる分析結果である(図8)。つまり、地域の技術集積状況の全体像が大企業中心という確認である。この山梨地域のような分析結果は、地域における企業数が少なく大企業などの主力工場が立地した多くの地方地域においても同様の結果が得られることも想定できる。端的に述べれば、本稿における産業クラスターが上手くいっていない地域ともいえる。しかし、ミクロ分析における知の集積状況を導き出すための分析手法では、マクロ分析結果において山梨地域のような大企業色の強い地域でも、本ミクロ分析の地域大学を基準とした分析を実施することで、大企業基準から大学基準における大学が取り組んでいる特許技術の知の集積状況を把握することが可能となる。山梨地域においては、燃料電池関連の各発明者の知の集積を確認することができた。つまりは、図4のモデル2における過去の現象の確認から未来の創造である地域産業政策、山梨地域で言えば、大学中心型の燃料電池地域産業政策などを立案していくことが可能となる。
本稿の1章で述べた本稿の問いの解については、次の通りである。前章までで論じてきた通り、産業クラスターを形成する特定地域には、特許の集積であるパテントクラスターが存在する。このパテントクラスターの機能を活用して、特定技術分類の発明者の繫がりを見える化することで、知識の集積現象を捉えることが可能となる。前述したメカニズムを活用して、地域産業政策立案手法のモデル1(図3)、モデル2(図4)における地域産業政策立案手法の利用が可能であることが、前章までの分析結果および考察より分かった。
本稿の地域産業政策立案手法は、新産業創出におけるベンチャー企業の起業・育成・支援から中小・ベンチャー企業と大手企業におけるオープンイノベーションに至るまで、幅広い地域視点の地域産業政策に活用可能であると考える。最後に、今後の研究課題について述べる。本稿では、図4の右側、未来の創造にあたるモデル1(図3)を用いた政策立案について、地域経済活性化へと導いていくための具体的な政策を立案していない。本稿の政策立案手法を活用していくことで、具体的に政策が立案可能であると筆者は考える。上記を今後の研究課題としていきたい。
○IPC(F21Y 101/02)=点状光源・小型のもの、例.発光ダイオード(LED)。
○FI(F21Y115/10)=半導体発光素子・発光ダイオード(LED)。
○FI(H01J11/24)=電子管または放電ランプ 放電の交流電流誘導を有するガス入り放電管、;うつわ内に主電極をもたないガス入り放電管;うつわ外に少なくとも1つの主電極をもつガス入り放電管。…サステイン電極またはスキャン電極。
○5C040FA01=ガス放電表示管。パネルの種別。・AC型ガス放電表示パネル。
○IPC(G02B13/18)=光学要素、光学系、または光学装置 以下に詳細に記載される目的のために特に設計された対物レンズ・1以上の非球面レンズをもつもの、例.幾何学的収差補正用。
○FI(G02B13/18)=以下に詳細に記載される目的のために特に設計された対物レンズ・1以上の非球面レンズをもつもの、例.幾何学的収差補正用。
〇IPC(H01M 2/16)=化学的エネルギーを電気的エネルギーに直接変換するための方法または手段、例.電池[2]・・材質に特徴のあるもの[2]
〇IPC(H01M 4/86)=化学的エネルギーを電気的エネルギーに直接変換するための方法または手段、例.電池[2]・触媒により活性化された無消耗性電極、例.燃料電池のためのもの[2]
○IPC(G02B 15/20)=光学要素、光学系、または光学装置・・・対物レンズの焦点距離を変化させるために、さらに別の可動レンズまたはレンズ群を有するもの[4]