Journal of Innovation Management
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Impact of Pro Bono Programs on Skill Formation among Consultants
Hiroaki TakahashiOsamu Umezaki
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2020 Volume 17 Pages 39-57

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要旨

本稿では、コンサルタントのプロボノ経験を二つの活動システムの相互作用と捉え、その中で拡張的学習が生まれるかについて分析した。分析の結果、以下の3点が明らかになった。

第一に、はじめに人事部へのインタビューから、コンサルタントの人事制度上のキャリアを把握した。コンサルタントは、管理能力や折衝能力が求められるマネージャーへの昇進のハードルが高い。キャリアの壁を乗り越えなければ、昇進が停滞するか、もしくは企業を去るかという選択を迫られる。この壁を乗り越えるための育成プログラムとしてプロボノ活動参加制度が機能している。

第二に、コンサルティングとプロボノの活動システムの比較を行い、活動理論の構成諸要素(主体、対象、媒介する人工物、コミュニティ、ルール、分業)において異なる特徴を持つことを確認した。異なることが拡張的学習を生み出すと考えられる。

第三に、活動システムの違いが生み出す四つの矛盾に直面したコンサルタントは、普段の本業を振り返りつつ、経験を概念化し、新しいモデルを提示しようとしていた。結果として、成長に結びつく行動や態度の変容を示していた。なお、少ない事例ながら拡張的学習の程度に関しては、個人差も確認された。その理由としてプロボノの実践の中で生み出されるトラブルに対して、疑問や批判ができることの重要性が示唆される。矛盾の認識が深ければ、拡張的学習の効果が大きいと推測される。

Abstract

In this study, we examine the impact of pro bono experience on consultants for whom, it represents an interaction between two activity systems, and we analyze how consultants derive expansive learning from their experiences. The results of the analysis can be summarized as the following three points:

1. Information about the careers of consultants and the consultant personnel system were first obtained in interviews with human resources departments. Compared to typical managers, consultants progress to management in 3–4 years on average, but there is a lot of variation between individuals in terms of promotion to a position which demands managerial skill and diplomacy. If the career ladder cannot be climbed, employees either stagnate or end up leaving the company. They enter the pro bono activity system as a training program to overcome career hiatus.

2. The differences between consulting and pro bono activity systems are clear when delineated in terms of the following elements: subject, object, tools, community, rules and division of labor, as stated in the activity theory. The differences are likely to generate expansive learning.

3. Consultants who observed the four contradictions between activity systems tended to end up reflecting on their usual working style, conceptualizing their experience and developing new models. As a result, they showed changes in their behavior and attitude that led to success. Although a small number of cases was canvassed, it was found that the degree of expansive learning varied among individuals. The importance of questioning and critique when faced with issues during the pro bono practice is indicated. The deeper the recognition of contradictions, the more effective expansive learning becomes.

1.  問題の所在

本稿の目的は、知識労働者(knowledge worker)の代表的な職業であるコンサルタントを調査対象にNPO等の支援活動という本業とは直接関係ない活動への参加制度(プロボノプログラム)が技能形成に与える影響を分析することである。

近年、知識労働者の存在が大きくなっている。先駆的研究であるDrucker(1993)は、「知識社会における最も重要な社会的勢力は知識労働者であり、その生産性がポスト資本主義社会における経済的な課題である」と論じた。またReich(1991)は、シンボリック・アナリストという新しい職業分類を提示した。シンボリック・アナリストは、シンボル(データ、言語、音声、映像表現)の操作を行うことで、問題発見・解決や戦略的媒介を行う知識労働者と定義できる。

しかし三輪(2011)は、知識労働者の従来の定義は曖昧でその多様な職種が含まれるがゆえに議論が拡散していると指摘した。つまり、新しい職業分類は提示されているが、実証結果が伴っていないのである。その限界を踏まえて三輪(2011)は、知識労働者の4分類を提示し、なかでも新興専門職に注目すべき理由を述べている。

①医師、弁護士、会計士等の伝統的プロフェッショナル、あるいは研究開発技術者。

②経営コンサルタント、ITエンジニア、アナリスト等の近年急激に増加した新興専門職。

③企業等の組織の中で企画、分析、問題解決に従事するマネージャー等のホワイトカラー。

④主として定型的な作業やサービスを行いつつも、作業の改善、設備や作業システムの保守・保全等の知的な業務にも従事し、一定の判断力が必要とされる作業労働者。

③④の研究は、長期勤続を前提に計画的な企業内人材開発が対象となり、先行研究も多い(小池, 2005)。しかし一方、新興専門職は新しいがゆえに研究蓄積が乏しい。また三輪(2011, 2013, 2015)によれば、伝統的プロフェッショナルは公的資格や学位を求められ、社会的な同業者集団に準拠するので、その技能形成も既存の体系的知識の獲得が中心になるが、新興専門職は高度な専門性に加えて幅広く文脈的な知識が求められるので、その技能形成を把握することが難しい。さらに、優秀な知識労働者は、主に個人の資質に影響を受けるのか、それも企業側の働きかけによって育成することが可能なのかについても様々な意見がある。

日本の知識労働者を多角的に分析した三輪(2011, 2013, 2015)は、コンサルタントのキャリア志向や学習の特徴を分析し、キャリア志向と学習の因果関係や人的資源管理の効果も分析している。

本稿では、三輪の研究成果も踏まえつつ、分析対象をコンサルタントに対する人材育成施策(育成プログラム)に絞り、その中でコンサルタントがどのように知識を獲得したのかについて検証したい。言い換えれば、本稿の目的は、コンサルタントの学習過程の分析によって人材育成施策のプログラム評価を行うことである。具体的には、企業や職場という境界を越えた経験、特に企業外のNPO等における支援活動に着目した。近年、コンサルティング企業が社会貢献の一環としてプロボノ(Pro Bono)1と呼ばれる無償の公益活動にコンサルタントたちを派遣している。例えば中原(2010)は、越境学習としてのプロフェッショナル・ボランティアに着目しているが、人材育成担当者はこの活動を積極的に企業内人材育成施策に取り込んでいると言える。しかし実際、日本では2010年が「プロボノ元年」と言われ、この活動は未だ新しい領域である。

本稿は、人材育成施策としてのプロボノプログラムは、組織外での対人的学習、特に異なる組織間での学習と位置付けられる。そこで、このような異なる組織の間の学習を分析する学習理論として活動理論と拡張的学習を参照したい。従来の学習理論が同質的な集団の中での学習を分析したのに対して、この理論は異質な集団間の学習を分析できる。

2.  先行研究

2.1  学習理論から見た人材育成施策

本節では、主に企業における人材の学習過程に関する先行研究を整理し、調査対象であるコンサルタントのプロボノの経験の理論的位置付けを明確にする。その上で、調査の新しい分析焦点である活動理論・拡張的学習について検討する。

まず、職業人の技能形成をモデル化した先駆的研究としてKolb(1984)の経験学習理論があげられる。Kolb(1984)は、学習を「具体的経験を変換することで知識を創りだすプロセス」と定義し、4つのサイクルからなる経験学習モデルを提示した。松尾(2006)によれば、①具体的な経験をして、②それを内省的に振り返り、③そこで得られた教訓を他でも応用できる抽象的な概念にし、④新たな状況で試してみる、というサイクルである。

しかしその一方で、Kolb(1984)のモデルには、個人が置かれている社会的な環境の影響、無意識的な学習、ならびにメタ学習プロセスを考慮していないという批判がある(松尾, 2006)。これに対し、学習を個人と周囲の学習環境との相互作用と捉え、実践共同体(Community of Practice)への参加過程を分析する正統的周辺参加の理論が生まれた(Lave・Wenger, 1991)。この研究は、「周辺的」な役割から「中心的」な役割へ徐々に移行する過程を学習過程と捉えている。

なお、正統的周辺参加の理論と同様の指摘は、経済学分野でも行われている。小池(2005)の知的熟練論は、異常や変化への対応という能力を易しい仕事から難しい仕事へ、又は仕事の幅を徐々に広げるキャリア形成によって身に付けていると指摘する。ただし、経済学の関心は、技能と経営業績との関係やキャリア管理に絞られるので、学習過程そのものに焦点を当てる本稿とは目的が異なる。

このような実践共同体は、一つの職場や企業組織に限定されない。現代日本企業の実践共同体を分析した荒木(2007)は、知識労働者が仕事に関する様々な実践共同体への参加を通じて職業的アイデンティティを獲得したり、キャリア形成への意欲を向上させたりしていることを明らかにした。さらに荒木(2009)では、職場を越えた多様なメンバーが緩やかな活動を行う中で、自らの仕事や組織について内省ができることを確認した。ただし、これらの研究が対象とする実践共同体は、同じ仕事に関する知識を交換し、学ぶための同質的な実践共同体と言えよう。

一方、石山(2018)は、複数の実践共同体を往還することで生まれる越境的学習に着目し、その教育効果を検証した。さらに、越境的学習のメカニズムを、学習者が境界を超えることで「自らが準拠している状況」とは異なる「意味」の存在を認知することであると説明した。

なお、前節でも紹介したように、コンサルタントのキャリア発達と人的資源管理の関係を分析した三輪(2011, 2013, 2015)では、コンサルタントのキャリア志向には、専門自立志向、管理職志向、社会貢献志向、企業家志向があることを発見し、その学習過程には、主体的学習、知識労働者間の相互作用、さらに組織外での対人的学習があることを確認している。また、個人重視で競争的な人的資源管理がコンサルタントに適していることも発見している。ただし、これらの研究の焦点は、知識労働者のキャリア志向によって相互作用が生まれる側面、もしくは成果主義等の人事施策全体とキャリア志向の関係である。本稿では、三輪(2015)のような人事施策全体よりも個別の人材育成施策であるプロボノ参加プログラムを分析した。もちろんプロボノは、個人が自主的に行うこともあるが、近年、企業が人材育成施策としてプロボノを捉えている。プロボノへの参加は、組織外の対人的学習に含まれるが、その活動経験による学習が民間企業とは異質な組織で行われている点に本稿の特徴がある。

コンサルタントのような新興専門職で新しい人材育成施策が取り入れられる理由として松尾(2006)の議論が参考になる。この研究によれば、一般的なプロジェクト・マネージャーが、徐々にタスクの難易度を高める段階的な学習過程なのに対して、コンサルタントは難易度の高いタスクに従事して成長する非段階的な学習過程であることが確認されている。その理由として、コンサルタントの仕事が「何が問題であるのか」が明確に定義されていない、つまり幅広い文脈的な知識の必要性があげられる。要するに、コンサルタンの技能形成は、既存の体系的知識の獲得ではないからこそ、他の従業員とは異なる人材育成施策が採られている可能性がある。

2.2  活動理論と拡張的学習

先述した通り、本稿では、人材育成施策としての活動を分析するために活動理論と拡張的学習の理論に注目する(Engeström, 1987)。まず、山住(2010)によれば、活動理論は「日常生活、学校教育、科学・技術、文化・芸術、仕事・組織、コミュニティ等、多様な社会的実践を協働的な活動システム(activity system)のモデルを使って分析し、人間の実践や発達の様々な文脈、社会的・文化的・歴史的な諸次元やパターンをとらえようとする概念的な枠組み」であり、対象範囲も広い。言い換えると、この理論を使えば、職業人の技能形成を同質の実践共同体だけに限定せずに、コンサルタントのプロボノ経験のような異なる集団・組織の間の相互作用も分析できる。

続いて、活動理論と拡張的学習の枠組みを説明しよう。Engeström(1987)は、協働的で、人工物(ツールや記号)に媒介され、対象(目的・動機)に向かう活動システムを「集団的活動システムのモデル」と定義し、図1のように示した。このモデルは、6つの構成要素(主体、対象、媒介する人工物、コミュニティ、ルール、分業)から成り、人間の協働的活動を分析する枠組みを提供する。各構成要素については表1で説明した。

図1 集団的活動システムのモデル

(出所)Engeström(1987)

表1 活動システムの構成諸要素と定義
構成諸要素 定義
主体 個人やチーム
対象
意義・意味
集団活動が目指していく目的や動機のことであり、活動をとおして「成果」へと転換されていくもの
人びとの協働の社会的実践活動が働きかけていく「素材」や「問題」
活動をとおして諸個人が「意義」や「意味」を生成する
媒介する人工物:
(ツールや記号)
「主体」が「対象」に働きかけるとき、それを媒介する道具や手段となるもの
物質的な道具や資源、テクノロジー、象徴的記号、言葉、コンセプト、アイディア、モデル、ヴィジョン、理論等
コミュニティ 活動システムに加わっている諸個人のグループであり、「対象」の共有によって特徴づけられる
ルール 社会的な規則や規範、統御や慣習として、「主体」と「コミュニティ」との関係を媒介するもので、活動システムの内部で、諸個人の行為や相互作用を制約するもの
分業 活動システム内の知識や課題や作業の水平的な分配、および権力や地位の垂直的な分配
「コミュニティ」のメンバーと、共有された「対象」との関係を媒介する

(出所)Engeström(1987)山住(2004)の記載から抜粋し、筆者が作成。

活動理論の特徴は、「文化的多様性」、「多声性」、「対話」、「相互作用する活動のネットワーク」、「越境」、「接触領域」という人間発達がダイナミックに生成される活動システムの水平的拡張を重視する点である(山住, 2004)。

加えて、Engeström(1987)は、図2に示したように、少なくとも二つ以上の活動システムの相互作用の中に生まれる学びを拡張的学習モデルとして示した。ここでの拡張的学習とは、「与えられた文脈に疑問を持ち、それをある意味で拒絶し、違背実験といえるものに打って出て、活動を思い描き直し、スプリングボード(跳躍台)を探し、変化へのアイディア、コンセプト、モデルを創造する学び」である(山住, 2004)。例えば、プロボノに典型であるが両組織(二つの活動システム)に所属し、相互交流した結果、本来別々の対象1を扱ってきた両活動システムが対象2という部分的に重なり合うものに変容する。その中で新しい対象3が創発され、それぞれの組織(活動システム)に組織変革を促す要素としてフィードバックされると理論化したのである。そのような相互作用の変革プロセスの中で活動システムを横断する個人がどのように学習するかをモデル化したのが、表2の拡張的学習のモデルである。拡張的学習は、「矛盾」とそれに対する学習行為の連続として定義されている。

図2 最小限二つの相互作用する活動システムのモデル

(出所)Engeström(1987)

表2 拡張的学習のサイクル
Step1~7 内容
Step1 第1の矛盾
欲求状態
1. 疑問
ある集合的活動に参加する諸個人が、自らが日常的に経験している既存の実践に対して、疑問を投げかけていくこと。
Step2 第2の矛盾
ダブルバインド
2A. 歴史的分析
2B. 実際の経験の分析
実践の現在の状態に関して、個人ならびにコミュニティを「ダブルバインド」と呼べるような矛盾に直面させる。しかし、この疑問こそが、高次のレベルの議論や矛盾の分析をもたらす。
Step3 3. 新しい解決策をモデル化する 矛盾を乗り越えていくための学習の行為、すなわち活動の新しい形態や発達のモデル化が生み出される。
Step4 4. 新しいモデルを検証する 新しいモデルが検証される。
Step5 第3の矛盾
抵抗
5. 新しいモデルを実行する
新しいモデルが、実践の中で漸進的に実行される。同時に、抵抗も表れる。
Step6 第4の矛盾
隣接するものとの再編成
6. プロセスを反省する
新しい実践は反省的に評価される。必要に応じ、隣接するものとの再編成が行われる。
Step7 7. 新しい実践を統合・強化する 新しい実践を統合したり、強化したりする。

(出所)山住(2008)の記載から抜粋し、筆者が作成。

ところで、活動理論・拡張的学習は、山住(2014)のように経営学の分野でも注目されつつあるが、多くの実証研究は主に学校を対象としており、職業人の分析も保健師等の専門職集団に偏っていた(野呂, 2013)。従って本稿では、企業人の技能形成を活動理論・拡張的学習に基づいて分析する。特にプロボノは、営利企業とは文脈が異なるので、営利企業のルールやパターンが通用せずに、参加者の中に矛盾が生じやすいと考えられる。その中で、コンサルタントとしての学習はどのように生まれるかを検討する。また、後述するように本稿で挙げるプロボノは、個々人の所属企業を離れた独自の選択ではなく、企業側の意図的な人材育成施策である。その意図が成功しているか否かを検証したい。具体的には、次のような問いを設けた。プロボノの中でどのような矛盾が発生しているのか。その矛盾が発生する要因は何か。矛盾に対しどのように対処するのか。そのような矛盾が技能形成に繋がっているのか。

3.  調査概要

本稿では、大手コンサルティング企業2社に所属するプロボノ経験者の若手コンサルタントに調査した事例を扱う。若手の定義は、プロボノを経験した時の入社歴が5年目までの社員(新卒入社)である。A社5名とB社2名の合計7名に半構造化インタビューを行った(2011年7~8月、各1~1.5時間)2。インタビュー記録は、全て文字起こしをして、一人ずつ時間軸に沿って個々のエピソードを抜き出していった。このような採取された定性的データは、先述した活動理論と拡張的学習の概念に調査焦点を当てつつも、グラウンデッド・セオリー(Grounded Theory Approach、以下GTA)やKJ法の技法を参照しながらカテゴリー化を行った3

続いて、対象企業を説明する。A社は、グローバルに事業展開を行う総合IT企業で、コンサルティング事業の領域は企業戦略・事業戦略の立案を担う戦略コンサルティング、経理・人事・営業・サプライチェーンの各機能戦略の立案及びオペレーションの変革を担う業務コンサルティング等である。一方B社は、全社戦略、事業戦略を中心にコンサルティングを行い、全世界で事業を展開している。

なお、調査対象のコンサルタントは、顧客企業の問題を特定し解決策を提案する「戦略コンサルタント」である。情報システム構築においては「上流工程」を担当し、専門知識の提供が主たる仕事である業務コンサルタントを比べると、より深い文脈的知識が求められる。もちろん、業務コンサルタントもコンサルタントであるが、専門によってはエンジニアと重なる役割を果たしている場合もある。

同じ戦略コンサルタントを調査した松尾(2006)は、コンサルタントの熟達について、6~10年目という比較的早い時期の経験が鍵を握り、他の職種と異なることを明らかにした。本稿の調査企業でも同じ傾向がある。つまり、その時期に発生する急勾配の壁を乗り越えた者は一人前として認められるが、壁を乗り越えられずにキャリアを諦める者も多く、この業界には、Up or Outという言葉がある。

次に、両企業のプロボノプログラムについて説明する。まず、A社のプロボノプログラムは、2007年に社員を海外のNPO/NGOへ派遣するプログラムとして始まった。その後、若手社員の発案により国内の独自プログラムが2010年に開始された。経営側もプロボノという活動を社会への貢献だけではなく、人材育成の機会として捉えている。A社の場合、業務が終わった後の時間を使ってプロボノを行う。会社側が支援先を決め、参加を希望する社員の中から1団体あたり3~5名のチームを組む。4ヶ月を標準的期間とし、最初に目的を設定し、最後に成果報告会を行う。

一方B社では、米国本社が先行し、日本での展開は2009年に若手社員が手を挙げたことで開始された。B社はプロボノを業務として位置付けている。ただし、100%の業務を行った上で、プラス10%のストレッチとして行っている。ストレッチとは、業界用語で、あえて業務の負荷をかけることで社員を成長させることを狙いとしている。

最後に、調査対象者7名の属性、コンサルタントの経験年数、支援団体の活動内容、プログラムの類型、プロボノのテーマを表3に示す。なお、既に複数のプロボノに参加した者もいるが、代表的な団体のみ記載した。支援するNPO/NGOの活動内容は多岐にわたるが、プロボノ先での主な業務は事業戦略や業務改善などの本業を活かした内容になる。つまり、媒介する人工物はあまり変わらないが、対象や分業やコミュニティが多く異なると解釈することができる。

表3 調査対象
会社 氏名 性別 入社 経験年数 支援団体 支援団体の活動内容 プログラムの類型 プロボノの活動テーマ
A社 A氏 F 2008 3年目 団体M 地域の企業や大学と協業し、地域密着型の新しい生涯学習の場を提供 事業戦略 ・新しいファン層の特定
・新しいファン層に向けた個人会員・寄付増加のための施策の策定
B氏 F 2009 2年目
C氏 M 2007 4年目 団体N ニート・引きこもりの若者に対する自立・就業支援 業務改善 ・バックオフィス業務の可視化
・改善機会と施策の検討
・適正な業務量と役割分担の明確化
D氏 F 1999 12年目 団体O こどもたちが育ちやすい環境、楽しく子育てできる環境作り 業務改善 ・業務改善計画立案
・パイロット実施
・実現ロードマップの策定
E氏 F 2007 4年目 団体P パソコン教育実施による地域活性化 業務改善 ・人に蓄積された事業運営ノウハウの洗い出し
・共有可能なナレッジとして整理
B社 F氏 M 2007 2年目 団体Q 健全なおもちゃ遊びとそれを通じた世代間でのふれあいの場を提供 事業戦略 ・来館者増のための顧客絞込み
・マーケティング戦略の提案と実行支援
G氏 M 2009 2年目 団体R 難病児の夢の実現とご家族の楽しい思い出作りを支援する ファンドレイジング ・ファンドレイジングの計画策定と実行

注1. 経験年数は、最初にプロボノ活動に関わった時のコンサルタント経験年数である。

注2. 調査対象者が複数の支援団体を支援している場合、インタビュー中に語られた代表的な団体のみを記載した。

注3. ファンドレイジング(Fundraising)は、NPOが活動のための資金を個人、法人、政府等から集める行為の総称である。

注4. D氏は、他の対象者とは異なり、経験年数が12年である。学習過程に大きな違いなかったが、解釈には注意を要する。

(出所)筆者作成。

4.  調査結果

本節では、インタビュー調査の結果を記す。はじめに、コンサルタントの人事制度上のキャリアを確認し、その後学習過程を分析する。

4.1  人事制度上のキャリア

はじめに人事部へのインタビューから、コンサルタントのキャリアを把握する。両企業の事業内容の違いについては前節でも説明したが、キャリア・パスについては大きな違いはなく、名称が異なるだけである。まず、図3はA社・B社の職位階梯である。総責任者として、プロジェクト別に一名のパートナーがつき、案件の内容や規模によって一名から複数名のマネージャーが現場責任者としてプロジェクトに参加する。サブチームのリーダーやメンバーとして活動するのがコンサルタントであり、その補佐業務を担当するのがアナリストである。

図3 人事制度上のキャリア

(出所)筆者作成。

一般的にアナリストで2~4年程度の経験でコンサルタントに昇進する。アナリストからコンサルタントへの昇進率は比較的高く、7~9割程度は遅かれ早かれ昇進する。その後、コンサルタントは平均3~4年程度でマネージャーに昇進するが、管理能力や折衝能力が求められるマネージャーへの昇進のハードルが高い。キャリアの壁を乗り越えなければ、昇進が停滞するか、もしくは企業を去るかという選択を迫られる。この壁を乗り越えるための育成プログラムとしてプロボノプログラムが機能している。

4.2  活動システム間の相違点

続いて、コンサルティングの本業とプロボノを活動システムとして比較する。個々のインタビューの語り(時系列)の中から双方の特徴が際立って語られた部分(エピソード)を再整理した。そのうえで、活動システムの構成諸要素を参照しつつ、7名分の全エピソードのグループ分けしてキーワードを作成し、さらにカテゴリー分けを行った(表4)。

表4 本業とプロボノの活動システム比較
要素 カテゴリー 本業の活動システム プロボノの活動システム インタビュイー
主体 若手コンサルタント 若手コンサルタント
対象 目的 ・クライアントの利益・売上の達成 ・NPOの理念や信念、想いが優先される A, B
動機 ・頑張っても満足してもらえないことがある 少しの頑張りでも満足してもらえたり、効果が上がったりする D
成果 ・(NPOと比較すると)成果は見えづらい ・成果がより短期にリアルにわかる F
媒介する人工物 リソース ・提案や契約をベースに調達される
・予算・時間・メンバーが確保される
・制約がある中で出来る範囲でする
・本業と掛け持ちのため時間が不足する
A, E
データ ・市場からデータを入手できる
・クライアント側にも情報がある
・既存のデータを分析すればインサイトが出る
・一次情報も二次情報もほとんどない
・自らインタビューやアンケートを行い一次情報を入手し、構造化する。
F, G
施策/実行計画 ・(実行については)クライアント自身がプロアクティブに動ける ・(リソースを考慮し)施策を絞り込む
・きめ細かなアクションプランを立てる
F, G
言葉 ・ビジネス上の言葉で直感的に理解できる ・ビジネス用語やアプローチ法が共有されてないため、補足説明が必要 C
コミュニティ 組織風土 ・常に緊張感がある
・硬い感じ
・仲良くフランクに物事を進めていける
・身近な存在
A, E
ルール 対価 ・有償作業 ・無償作業 A, C, E
意思決定 ・稟議が必要
・ステークホルダーが多いため時間がかかる
・直接決定者と話しをするのでスピードが早い B, C, E
プロジェクト管理 ・パートナーやプロジェクトマネージャーがコントロール ・自由に自分たちで相談しながら進める A
時間管理 ・時間をコントロールする
・落としどころを持つ
・時間関係なしにやる
・落としどころを見つけようとせず、あきらめない
D
分業 水平的な分配 ・特定の分野に限定される
・受け持つ範囲が狭い
・規模は小さいが全てをカバーする
・実際に形にするところまで全部に携わる
A, B, C, D, E, F, G
垂直的な分配 ・管理される側(メンバー)
・一番若手、部下なし
・リーダーとしてメンバーをコントロールし、仕事を振る
・マネージャーロール
A, C, D, F, G

(出所)筆者作成。

(1)  対象

「対象」に関しては目的、動機、成果について違いが確認された。例えばB氏は、「目的」に関して「信念というか、想いが大事なんだなって思いました」と述べている。NPO等に対し収入源を得るために提案したことが、彼らの理念に反するため受け入れられなかったという経験をしている。「それは自分たちのやってる理念に反するから絶対にやりたくないと言う話があって、(中略)そこは理屈じゃなくて想いが勝つところだと思うんです」(B氏)と述べた。

営利目的の企業と、企業が手がけない領域でも強い理念を持って活動するNPOとの「目的」の違いである4。もちろん、NPOが利益より組織の理念が優先されることは、コンサルタントは、事前の知識として知っている。しかし、実際にどの程度優先されるか、この理念や思いが組織内意思決定にどの程度影響を与えるかを知っているコンサルタントは少ないと考えられる。なお、コンサルタントとして関わる全てのプロボノに対して、この「目的」の違いは影響すると考えられる。

また本業では、頑張ってもなかなか満足してもらえなかったり、プロジェクトが大きいため成果や顧客の変化が見えづらかったりするが、プロボノの中ではわずかなことでも感謝してもらえたり、短期間のプロジェクトでも成果が目に見えてわかるという経験が語られた。これらの違いは、むしろプロボノを後押しする要因として示された。

(2)  媒介する人工物

「媒介する人工物」については、リソース、データ、施策・実行計画、言葉の4点の違いが明らかになった。例えばF氏は、コンサルティングに必要な「データ」がNPOに存在しないことに気づき、自らアンケート調査を実施している。さらにF氏は、NPOの人材不足から、単に提案しただけでは実行に移され難いことをあげて、実行計画を具体的に考え、関係者の動機づけをする必要性をあげていた。企業で確保されるヒト・モノ・カネ・時間がNPOでは不足しており、それを意識して行動しなければならなかった。すなわち、不足分は「分業」等の変更で補うことになる。このように活動システムでは、一つの構成要素に違いが発生すると、他の要素にも変化を及ぼしていた。

さらに「言葉」については、C氏は、本業では直感的に伝わることであっても、NPOではビジネス用語やアプローチ法が共有されていないため、補足説明が必要であると語っている。

(3)  コミュニティ

「コミュニティ」については、「組織風土」の違いが明らかになった。「組織風土」については、本業では常に緊張感があるのに対し、NPOメンバーは年齢が近いこともあり、自由に議論できたと語られた。この「意思決定」の速さや「組織風土」の自由さは、若手社員にとって本業にはない経験になっている。

(4)  ルール

「ルール」については、対価、意思決定、プロジェクト管理、時間管理の違いが明らかになった。このうち「対価」は「対象」に対する働きかけに大きく影響を及ぼしていた。プロボノは無償のボランティア活動であることが基本ルールである。多くの実践者が「無償であるため、やれる範囲のこのことをやる」と語っていた。

しかし、C氏はこの根源的な問題に対し「矛盾」を感じ、疑問を投げかけていた。無意識のうちに、支援する側には甘えが、支援される側は甘さが出るとし、NPOにはもっと高い期待があるかもしれないが、無償であることが要求を低くし、お互い低いレベルで満足しているのではないかという懸念を示していた。また、NPOも同じクライアントであり、自分にとってプロボノは仕事の中の一部であるとするC氏の語りは、プロボノの活動を通じて自分の中のプロフェッショナル意識を高め、「対象」に働きかけていると言える。

また、「意思決定」については、本業では、稟議が必要であったり、多くのステークホルダーの合意が必要であったりするが、NPOは代表や事業責任者と直接話しをするため、意思決定が早いという違いが指摘された。

次に、「プロジェクト管理」は、本業がプロジェクト・マネージャーの管理下で動き、アウトプットに対する評価を受けるのに対し、NPOは、メンバー同士で相談しながら進め、自分自身で最終決定をできると語られた。その一方で、「時間管理」に関しては、企業で働く人たちは落としどころを見つけて切り上げるのに対し、NPOは想いが強いため「時間関係なしにやるようなところが結構あって、そういった行動パターンは違います」(D氏)と語られた。

(5)  分業

「分業」については、水平的な分配、垂直的な分配の2点について違いが明らかになった。まず、「水平的な分配」についてB氏が次のように語った。「プロボノは、3人とかで一つの案件を回すようなイメージなので、どんどん自分がリーダーシップを発揮して、方向性を考えるところから、実際に形にしていくところまで全部携われるんで。」同様の語りは、C氏、D氏、F氏、G氏にもあった。つまり、本業では、活動領域が狭く限られているのに対し、プロボノでの活動は事業全体の規模は小さくても組織内の活動領域は広く、自律性も高い。

次に、「垂直的な分配」については、F氏が次のように語った「本業では、まだマネージャーやリーダーがいて、その下のメンバーとして参加していたんですけど、(プロボノでは)リーダーとして責任を担いました。常に役割がひとつ上がりますね。」先述したように、コンサルタントの仕事は階梯により異なる。A社では、営業は入社2年目でも会社の代表として顧客の前面に立ち責任を持つが、コンサルタントの入社2年目は、先輩社員の指示を受け、一部の仕事を請け負う。プロボノ活動では、一階層上がってリーダーの役割を、あるいは二階層上がってマネージャーの役割を経験したことに等しい。

4.3  学習過程

(1)  拡張的学習サイクル

続いて、前項で確認した活動システムの違いを前提に、プロボノの前後の変化を拡張的学習サイクルとして分析する。まず、個々人の語りの中で学習についての部分を抜き出した。拡張的学習のサイクルの7stepを意識しつつ、エピソードの語りからキーワードは作った。なお、語り自体は変化を語っているので、複数のstepを語っていることもある。その場合は、一つの語りに対してキーワードが複数を作成した。さらに全員分のキーワードをまとめて、同じ内容のものをグループ化したものが表5である。

表5 拡張的学習のサイクル
Step1~7 トピック インタビュイー
Step1 第1の矛盾
欲求状態
1. 疑問
・学生時代からの興味や問題意識、NPOとの関わり B, C, D, E, F, G
・本業における希望と現実のギャップ A, E
・キャリアへの不安(戦略コンサルタントとしての経験が積めない) A
・過去にソーシャルな事に関わるものの、専門性を持たずに挫折 C
・(プロボノを)成長機会として捉える F, G
Step2 第2の矛盾
ダブルバインド
2A. 歴史的分析
2B. 実際の経験の分析
・若手ばかりのメンバーでプロジェクトを回す A, B, C, F, G
・NPOに対する知識・理解不足で役に立たない A
・常に考えながら進めながらも、困惑したり難しいと感じる A
・プロボノのための時間確保が困難なため進捗が遅れる E
・現状診断や戦略策定に必要なデータなし F, G
・限られたリソースでプロジェクトを完了し成果を出す A, B, E
Step3 3. 新しい解決策をモデル化する ・自らリーダーやプロジェクト・マネージャーの役割を担う A, C, D, F, G
・NPOに対する理解を深める A
・コンサルタントとして出来る範囲のことをやる A
・全工程に携わる A, B, C, D, E, F, G
・インタビューやアンケートを実施して一次情報を得る F, G
・仕事で身に付けた方法論を活用する C
・NPOの代表や意思決定者を巻き込み直接話す A, B, C, E, F, G
Step4 4. 新しいモデルを検証する ・自由に、時間やスキルの制約範囲内で出来ることをする A
・本業のようにはレビューが入らない E
Step5 第3の矛盾
抵抗
5. 新しいモデルを実行する
・NPOの信念や想いの強さを感じる(理念を徹底して追求) A, B
・計画を立てても実行できる人的リソースがNPOにいない F, G
・体力的にタフで、より高い思考/視座/意識/能力が求められる G
Step6 第4の矛盾
隣接するものとの再編成
6. プロセスを反省する
・リーダーとして仕事の振り方を間違ったなと反省する A
・目標達成のための施策を絞る(実現可能性を判断) F, G
・実行計画や役割分担をより具体化する F, G
・自己の保有するスキルや能力のレベルがわかる C
Step7 7. 新しい実践を統合・強化する ・コンサルタントとしてレベルアップする A, B, C, D, E, F, G
・リーダーとしての経験が成長に繋がる A, C, D, F, G
・自己実現できる(関心分野を仕事以外で実現できた) E
・自立心を持つ。自主性を強化する。 E

(出所)筆者作成。

まず、この表から調査対象者の多くが、プロボノによって拡張的学習サイクルを経験していることが確認できる。次に、第1~4の矛盾にどのように直面し、その中で学習がどのように生み出されたのかを詳しく検討したい。はじめに、プロボノへの動機である第1の矛盾についてははっきりとした語りを確認できる。多くの参加者が、学生時代から社会的課題やNPO活動に関心があり、企業人になってもその関心が持続し、新しい活動の場を探していた。加えて注目すべきは、現在の組織における成長機会に対する不安を抱えることである。以下の二つの語りを紹介する。

「コンサルタントの数に比べてプロジェクトの数が少ないんですよ。(中略)そうするとプロジェクトの奪い合いなわけで、若手コンサルタントの中で。稼働率を稼ぐのに精一杯なんですよ。自分が戦略コンサルになってうれしいが、しかし、戦略コンサルタントの仕事にほぼありつけないという状況になるんです。なので、非常に苦労というか、悩みはつきまとっていましたね。どうするんだろう自分と、コンサルタントになっておきながら経験がつめないんですよ。(A氏)」

「私が(プロボノ活動を)やり始めた時というのは、2~3個しか(本業の)プロジェクトをやったことがない状態で、かつ基本的には与えられる仕事というのをこなすというのが仕事なので、そこをひたすらやってきたんですけど、ただ会社全体の思想として、プロボノっていうのは、われわれのようなアソシエイトがマネージャーロールをやる、できるというオポチュニティーを与えるというのを位置付けているんで、そこは自分としてはチャレンジだし、やってみたいって思ったのと、もともと興味があったっていう二つだったんですね。(G氏)」

このような不安を抱えつつ、プロボノでの経験したコンサルタントたちは、第2、3、4の矛盾に直面する(step2–7)。これらの過程もプロボノにおける試行錯誤の語りの中で発見できる。そして、様々な矛盾とそれに対する新しい解決策、さらにその解決策の検証という過程は、まさに拡張的学習のサイクルであった。以下では、プロボノ経験者たちの語りを活動システムに基づいて紹介する。

第一に、プロボノ経験者たちは対象やコミュニティに関するシステム間の違いを認識し、その上ではNPOに合わせた働き方を模索していた。前項で確認したように、活動システムの違いを確認し、その上で仕事スキルの改良をしていた。

「step2-4(第2の矛盾):(本業のお客様と)何が違うかと言うと、自由にできますね。本当にお金もらったお客さんだと提案書に書いたものをきちっとやって届けるのがマストというか、NPOにはお金を払ってまでコミットしてるわけではないので、その都度出来る範囲内で、時間やスキルの制約がありますし、出来る範囲内でできること、分析とか提案とかするっていうのが最も大きな違いですね。あとは、お客様との距離感が違いますね。普段のお客さんはお金をもらっているので、常に緊張感がありますが、NPOの人たちは、ある程度の緊張感はありますが、常に仲良くというかフランクに物事を進めていけるという違いがありますね。(A氏)」

第二に、分業に関する違いを認識し、特にプロボノの中で普段は経験できない大きな裁量権を与えられた結果、マネジメントについて学んでいることが確認できる。以下の語りから、プロボノ経験者はマネジメント経験の不足に不満を抱えており、今回のNPOでのマネジメントの経験を成長の機会と捉えていることがわかる。

「step6(第4の矛盾):本業では常に自分が一番年下なんです。部下を持ったこともないんです。でもプロボノでは第2期でリーダーをやってメンバーを持って、仕事の振り方を間違えたなとか反省点があって、なんかコントロールの仕方間違えたなとか、学びの場があって、そういうところは良かったと思ってます。(A氏)」

「step2-3(第2の矛盾):責任を感じるというか、手を抜いてはいけないなという感じがあります。普段手を抜いてるわけではないですけど。(中略)決定権がプロボノだと自分が持つということになりますね。(E氏)」

分業に関しては、上記のような垂直的な分業関係だけではなく、以下のように、水平的分業関係に関して本業とは異なる経験を語っている。同僚との連携の方法を意識的に変えようとしていることが確認できる。

「step4-6(第3、4の矛盾):(NPOは)本当にフォーカスした一つ二つの施策でもって目標達成できるような形にしてあげないといけないというのがあります。あともうひとつが、アクションについても、ものすごく具体的にしないと意味がないというか、動けないというか、やっぱり企業の方だとこういう方向性でいきましょうってとき、(中略)彼ら自身も考えてプロアクティブに考えて作れるんですけど、NPOの場合には、そういうプロアクティブな会話っていうのが結構難しいことが多いので、完全に、明日この人にこれを、というのを確認して、次はこうしてっていうくらいのレベルのアクションをイメージできないと綺麗には動かないですね。(G氏)」

次に、媒介する人工物の違いについての語りを以下にあげる。ここでは、情報入手の方法が本業とプロボノでは異なることが確認されている。

「step2-3(第2の矛盾):基本的に、二次情報ってのが全く無いんですね、NPOの方は。(中略)いろんな人にお話しを聞いたり、インタビューしたりっていう、いわゆる一次情報を得る必要があるっていう、そういう意味で、現状どうなっているのかとか、今後の成長戦略をどうするかっていうのを考えるフェーズにおいて、非常に一次的な情報に頼るっていう傾向がありますし、つまりやる側の能力としてもそちらの方に重点を置いた形になります。(G氏)」

さらに、コミュニティの特徴を示す「ゆるい」「自由度」という言葉が語られていた。これらは、組織風土を表す言葉と解釈できる。

「step6-7(第4の矛盾):成果物を終わらせるというのはもともとやってたんですけど、そうではなくて、3ヶ月なり4ヶ月の期間をコントロールして、区切られてるなかで、相手がNPOさんなのでかなりゆるいんですが、ゆるい中でもいちおうやったという経験があるというのは、どっかで活きているはずです。(A氏)」

「step7:やはりメンバーが少ない分、自由度が高くなるし、普段のプロジェクトでは経験できないような、最終や中間報告も、話しあって進めて、決めて、資料も作るしプレゼンもやるしって、人が多いと特に私なんかは頼っちゃうんで、自主性強化にはなりました。(E氏)」

矛盾に直面したコンサルタントは、普段の本業を振り返りつつ、経験を概念化し、新しいモデルを提示しようとしていた。結果として、成長に結びつく行動や態度の変容を示していた。例えば、「インプットする側からアウトプットする側に変わる。(G氏)」という発言や「本当に矢面に立つ(G氏)」「よりプロに近づく(G氏)」という語り口から、拡張的学習の成果が表れていることを確認できた。

(2)  矛盾の認識

プロボノ経験は、拡張的学習を生み出していることが確認された。ただし、その学習の程度に関しては個人差もあった。例えば、E氏は、プロボノへの強い動機があったが、「本業に対してはそんなに(影響がない)」とも語っている。一方、G氏は、本業に対する意識や視点が、他の同期と比較して明らかに違ってきたと語った。

山住(2004)によれば、拡張的学習のサイクルは、実践活動の中に埋め込まれている「トラブル」から出発する。単なるノウハウの問題ではなく、「なぜ私たちはBではなくAにいるのか」、「なぜ私たちはAではなくBを望むのか」という「疑問」(questioning)への学びが拡張的学習と言える5。さらに、トラブルに対して実際の活動を社会的に批判(criticizing)し合うことが求められる。学習の個人差は、この矛盾を認識するかどうかにかかっている。

例えば、プロボノへの強い動機があるG氏は「どうやって時間を調整するか」という問題を認識しても、「なぜ自分は、プロボノをやっているのか」という矛盾や疑問には至っていない。それゆえ、他の参加者に比べると、拡張的学習サイクルが回っていないと解釈できる。ただし、このような矛盾の認識の個人差は、少ない調査対象からは推測に留まるという限界がある。

5.  結語

本稿では、コンサルタントのプロボノ経験を二つの活動システムの相互作用と捉え、その中で拡張的学習が生まれるかについて分析した。分析の結果、以下の3点が明らかになった。

第一に、はじめに人事部へのインタビューから、コンサルタントの人事制度上のキャリアを把握した。コンサルタントは、管理能力や折衝能力が求められるマネージャーへの昇進のハードルが高い。キャリアの壁を乗り越えなければ、昇進が停滞するか、もしくは企業を去るかという選択を迫られる。この壁を乗り越えるための育成プログラムとしてプロボノ活動参加制度が機能している。

第二に、コンサルティングとプロボノの活動システムの比較を行い、活動理論の構成諸要素(主体、対象、媒介する人工物、コミュニティ、ルール、分業)において異なる特徴を持つことを確認した。異なることが拡張的学習を生み出すと考えられる。

第三に、活動システムの違いが生み出す四つの矛盾に直面したコンサルタントは、普段の本業を振り返りつつ、経験を概念化し、新しいモデルを提示しようとしていた。結果として、成長に結びつく行動や態度の変容を示していた。

幅広い文脈的な専門性が求められるコンサルタントの技能形成は、その成否が人事担当者にとっても不明確であった。それゆえ、同じ職業集団、一つの活動システムの中で徐々に周辺から中心的へ、易しい仕事から難しい仕事へと徐々に仕事を積み上げる方式の人材育成にも限界があり、異なる活動システム間の矛盾に直面する方が成長の壁を乗り越えられると期待されている。分析結果を踏まえると、企業がその効果を見越してプロボノを人材育成施策に取り入れていたと言える。

先行研究では、知識労働者に特徴的なキャリア志向を前提に、そのような意識の知識労働者を如何に採用し、如何に定着させるかについて検討される傾向があった。つまり、組織内部に限定したキャリア管理を行っていた。しかし本稿は、そのような人事施策は否定しないが、同時にそのようなキャリア志向も踏まえて、外部の組織を利用しながら如何に育てるかを検討したと言える。本稿の結果は、これまでの知識労働者の人材育成施策について再検討を促す意味があると考える。

しかし一方で、コンサルタントの本業とプロボノが異なることが拡張的学習を生み出さない可能性もあった。少ない事例ながら拡張的学習の程度に関しては、個人差も確認された。その理由としてプロボノの実践の中で生み出されるトラブルに対して、疑問や批判ができることの重要性が示唆される。ただし、そもそも矛盾を認識しなれば、拡張的学習の効果は生まれないと推測される。このような認識不足の問題に対しては、ただプロボノ活動を送り込むのではなく、学習を促すような適切な内省支援、つまり経験の内省化を生み出す上司、人事部などによるフィードバックが必要だと言える(内省支援については中原(2010)参照)。また、本人の能力をはるかに超えて、矛盾が大き過ぎると、かりに矛盾を認識できたとして経験を活かすことができない危険性もある。プロボノ活動先の仕事内容を人事担当者が把握し、プロボノ活動を希望する従業員の現時点の職業能力などを見極めて派遣すること、また精神的支援を行うことが必要であると言えよう。

本稿の分析結果は、コンサルタントに絞られる。他職種や他作業においても、分析結果が当てはまるかどうかは、今後の調査課題としたい。

1  プロボノは、ラテン語の「公共善のために(Pro Bono Publico)」という言葉に由来し、知識労働者が自分の職能と時間を提供して社会貢献を行うことである。

2  この他、企業の組織や人事制度について資料収集と人事担当者へのインタビュー調査を行った。なお、調査対象者の許可を得て、会話のすべてを録音し、その後文字に起こした。

3  事前に仮説を設けずに、リサーチクエスチョン(調査焦点)を設けて質的情報を収集し、仮説構築する手法に関しては、川喜多(1967)木下(1999)を参考にした。

4  学生時代からNPOの活動に関わっていたかどうかで、違いの認識は異なる。プロボノで初めてNPOと接したコンサルタントは、本業で接する営利企業とのギャップに戸惑いを感じていた。田尾(2004、p.152)は、「NPOは金銭的にあえて不利な事業を手がける存在である」と指摘しているが、コンサルティングのテーマを、NPOの経営戦略や事業戦略の立案とした場合、この本質的な問いは必ず発生する。

5  山住(2004)のトラブルを認識し、疑問を持つことが学習過程と捉える視点は、小池和男の知的熟練論が熟練の本質を「変化と異常への対処」と考えたことと繋がる。つまり、変化と異常=トラブルに経験しながら、それに対処できるようになる。拡張的学習理論はその学習過程へ、小池理論はその生産性への貢献へと関心が分かれていると言えよう。

参考文献
 
© 2020 The Research Institute for Innovation Management of Hosei University
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