Journal of Innovation Management
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Articles
The Impact of Autonomous Career Awareness on Career Success: Statistical Analysis of Personnel-Micro Data and Employee Survey
Osamu UmezakiEmiko TakeishiEmiko Hayashi
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2023 Volume 20 Pages 1-20

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要旨

本稿の目的は、自律的なキャリア意識が主観的および客観的なキャリア・サクセスに与える影響を分析することである。本稿では、日本企業1社を対象として企業内マイクロ・データと質問紙調査を結合したデータセットを使い、自律的なキャリア意識としては、Briscoe et al.(2006)が開発したプロティアン・キャリアとバウンダリーレス・キャリアを利用した。分析の結果、まず、同じ自律的キャリア意識であってもプロティアン・キャリアの下位尺度である「自己指向」は、客観的、主観的キャリア・サクセスの両方に対して正の効果、「価値優先」は客観的キャリア・サクセスに対して負の効果であった。加えて、バウンダリーレス・キャリアの「移動への選好」が主観的キャリア・サクセスに対して正の効果が確認された。「移動への選好」が客観的キャリア・サクセスに対して正の効果を持たないのに、主観的キャリア・サクセスの正の効果がある理由を議論した。移動できるという選択肢を心理的な負担を感じないで選択できるのだ、という意識が、キャリア満足度を高めている可能性が考えられる。以上の分析結果は、先行するドイツ企業の分析や日本の全国調査の分析結果とも異なる。本稿では、分析結果を比較し、結果が異なる理由を検討した。

Abstract

The purpose of this study is to analyze the impact of autonomous career awareness on subjective as well as objective career success. In this study, we used a dataset combining in-company micro data and a questionnaire survey for one Japanese firm. Autonomous career attitudes were measured using the Protean and Boundaryless Career Scales developed by Briscoe et al. (2006). First, different effects were identified for the same autonomous career awareness. The Protean Career subscale for Self-Directed Career Management showed a positive effect on both objective and subjective career success, while the Values-Driven subscale had a negative effect on objective career success. In addition, Boundaryless Career Mobility Preference had a positive effect on subjective career success. Reasons why Mobility Preference has no positive effect on objective career success, but a strong positive effect on subjective career success, are discussed. It is possible that the awareness of having the choice to move to another organization, without any psychological burden, increases career satisfaction. The above findings differ from those generated by studies conducted earlier on German firms and a national survey in Japan. We also examine the reasons for the variance in the findings by comparing them.

1.  はじめに

本稿の目的は、ある企業の企業内マイクロ・データと、その企業の従業員を対象とした質問紙調査を結合したデータセットを使って、従業員の自律的キャリア意識とキャリア・サクセスとの関連性を探索的に分析することである。我々は、既に同じ問題意識から全国調査を使って、この関連性について分析した(梅崎他, 2015)。しかし、質問紙調査だけでは回答者のキャリア属性について十分な情報を得ることはできない。本稿では、先行研究を参照しながら新しいデータで分析を行った。梅崎他(2015)とは一部重複することになるが、本稿の問題意識と先行研究の整理を述べる。

従来のキャリア研究においては、特定の組織に所属して知識やスキルを身につけ、それに伴って組織内での地位が上昇していく直線的なキャリアが伝統的な成功モデルとされていた。組織内でキャリアを形成するモデルは、Erikson(1950)Levinson(1978)らに代表される段階論に基づく生涯発達の理論に依拠して発展してきたと言えよう。このモデルでは、生涯を通じて階段を上るように発達するキャリアが想定されており、特定組織から安定した雇用が提供され、そうした中で培われる仕事経験が、その後のキャリアの基礎になっていくという状況が前提となっている。

特に大企業を中心に長期勤続が広く慣行化していた日本においては、企業内での様々な仕事経験が熟練形成につながると考えられ、相互に関連性のある仕事群を易しいものから難しいものへと経験していくOJT(On The Job Training)の役割に焦点が当てられてきた(小池, 2005)。例えば、久本(2008: p.112)は、「企業内移動(異動)によって能力開発を高めていくという方法を重視するというのが、日本的雇用システムの特徴である。企業内でのキャリアアップというルートである」と記している。このような手厚いキャリア管理は、見方を変えれば、従業員個人が将来のキャリアについて自律的に考えなくても、一定のキャリア形成を実現できていたと言える。

ところが、近年、急速に進む経済のグローバル化、技術の変化、事業サイクルの短期化などによって、従来の人材像とは異なる、自ら課題を見つけ出し主体的に動くことができる自律型人材の必要性が指摘されるようになった。加えて、ライフイベントとの両立の必要性などにより従業員の一律管理も難しくなり、長期雇用慣行を基礎としたキャリア形成が限定され、多様なキャリア選択の可能性が求められるようになった1。すなわち、仕事で求められる自律的能力とそれらの能力を獲得するための自律的キャリア形成という「2つの自律性」が同時に求められるようになった。

上記のような変化を反映して、伝統的な組織内キャリア(organizational career)に対するアンチテーゼとして転職を含めたバウンダリーレス・キャリア(boundaryless career)という新しいキャリア形成が注目されている(Arthur & Rousseau, 1996)。しかし、バウンダリーレス・キャリアとして取り上げられる事例は、編集者、フリーランス、専門職、翻訳者などの限られた職種に絞られており、多くの企業人にとって伝統的な組織内キャリアの価値が大幅に低下したとは考え難いとも言える(宇田(2007)参照)。

一方、太田(2008)は、雇用の流動性が低く雇用の継続を最優先する日本においては、企業が本人の意思にかかわらず需要に応じた要員配置を行い、異動に関して従業員の希望を考慮するはずの自己申告制度も形骸化している企業が多いとして、個人が仕事を選ぶ傾向が強い欧米企業と比較して日本におけるキャリア形成の問題点を指摘している。さらに花田(2006)は、「組織の視点で提供されていた、人事の仕組み・教育の仕組みを、個人の視点から見た、キャリアデザイン・キャリア構築の仕組みに転換する」という見解を示し、企業内におけるキャリアの自律のためには、企業内教育の取り組みの中で、支援・啓発パラダイムの積極的な活用が重要であると主張している。

本稿では、企業内マイクロ・データによって従業員のキャリア形成の実態を把握し、その上で質問紙調査によって把握された従業員意識との関連性を分析したい。企業内マイクロ・データは、近年、実証研究が蓄積されている(中嶋他(2013)など参照)。特に企業内マイクロ・データと質問紙調査との結合は、分析の可能性を拡大させる。

2.  先行研究

自律したキャリア概念に関しては様々な議論があるが、尺度作成が行われ複数の研究者により検討が行われてきた代表的な概念は次の2つである。1つは「プロティアン・キャリア(protean career)」であり、もう1つは「バウンダリーレス・キャリア(boundaryless career)」である(Briscoe & Hall, 2006)。

まず、プロティアン・キャリアとは、Hall(1996, 2002)によって提唱された概念である。企業組織と個人の心理的契約が変化して組織ではなく個人が主体的にキャリア形成に取り組み、他者から評価されることよりも、個人の仕事における満足度や成長感などの心理的成功を目指す自己志向的キャリア、そして移り変わる環境に対して変幻自在(プロティアン)に適応していくキャリアのあり方を意味する。従業員の自律的なキャリア意識のためにはプロティアン・キャリアを形成する上で、アイデンティティとアダプタビリティの2種類のコンピテンシーが必要だとされている。変化に対応するときに自分自身を見失えば、自らの価値観で判断できずに変化に流されることとなるためにアイデンティティは必要になり、その一方で、外的な変化に対応する上では適応力が求められることになる。

もう1つのバウンダリーレス・キャリアは、Arthur & Rousseau(1996)によって提唱された概念であり、職務、組織、仕事と家庭、国家、産業という境界を超えて展開するキャリアを意味する。これは、伝統的な組織内キャリア(organizational career)と対置される概念である。その典型例として、シリコン・バレーの技術者が、企業を横断的に移動しながらキャリアを形成するケース等が紹介されている。転職を含めたバウンダリーレス・キャリアという新しいキャリア形成は、伝統的な組織内キャリアに対するアンチテーゼとして注目されている(Arthur & Rousseau, 1996)。

以上要するに、経営環境の変化により雇用システムの変革が求められる中で、これまで組織主導で行われてきたキャリア形成に従業員がより主体的に関わる「自律的なキャリア」を重視し、それがキャリア形成の成功につながるという分析モデルが提示されてきている。

こうした議論を受け、Briscoe et al.(2006)が、プロティアン・キャリアとバウンダリーレス・キャリアを測定するための尺度を開発し、欧米ではこれらの尺度を利用した研究が蓄積されてきた。日本では、武石・林(2013)が、全国調査を使って日本における、このキャリア自律尺度の検証を行った。またDe Vos & Soens(2008)では、プロティアン・キャリアがキャリア満足度やエンプロイアビリティに与える影響が確認されている。ただし、キャリア満足度は主観的指標であり、ここでのエンプロイアビリティも、回答者の自己認識である。この他にもモチベーション(Segers et al., 2008)、組織コミットメント(Çakmak-Otluoğlu, 2012)、キャリア満足度(Herrmann et al., 2015)など主観的なキャリア・サクセスと自律的キャリアの関連性が分析されている。これらの研究は、心理や認識に対する尺度間の関連性を分析したものに限られており、実際に評価されて獲得した所得や職位などの客観的なキャリア・サクセスとの関連性を明らかにした研究は少ない。

本稿と同様の枠組みを設定して全国規模の個人アンケート調査データを用いて研究を進めたのが、梅崎他(2015)である。キャリア・サクセスの指標として、所得及び職位という客観的な指標、昇進のはやさ(自己評価)及びキャリア満足という主観的な指標を用いている。分析の結果、プロティアン・キャリアの下位尺度である「自己指向」が客観的キャリア・サクセスの所得と主観的キャリア・サクセスの2つの指標に有意な正の影響を持ち、バウンダリーレス・キャリアの下位尺度である「バウンダリーレス思考」と「移動への選好」が主観的キャリア・サクセスのキャリア満足度に有意な負の影響を持つことを導いている。ただし、この研究は、本稿とは異なり、キャリア・サクセスの指標が主観的評価に基づくという限界がある。

同研究の結果は、日本の雇用の仕組みを反映したものである可能性があり、ドイツで調査を実施したVolmer & Spurk(2011)の研究も本研究に示唆を与える。Volmer & Spurk(2011)の研究においてもBriscoe et al.(2006)の尺度を適用して自律的キャリア意識を把握し、主観的キャリア・サクセスと客観的キャリア・サクセスを明確に分けて自律的キャリア意識の影響を分析している。その結果、プロティアン・キャリアの下位尺度である「自己指向」が主観的キャリア・サクセスに正の影響を及ぼしている点は梅崎他(2015)と同様であるが、バウンダリーレス・キャリアの下位尺度である「移動への選好」が客観的キャリア・サクセスに有意な正の影響を持つことが示されており、この点が明確な違いである。このように、研究によって結果には違いがみられており、今後も分析結果が蓄積される必要がある。

なお、本研究は2011年1月に調査が実施されているので、Volmer & Spurk(2011)と同時期に進められた研究と言える(ドイツ調査は本研究よりも早く、2008年に実施されている)。この研究が公開される前に調査は終了しているので、質問項目や対象者が本研究とは異なる。また、Volmer and Spurk(2011)は国際的な技術・製造業2社の従業員を対象にした企業調査であり、観測数も116と少ない。梅崎他(2015)のような全国調査に比べると一般化が難しいと言える。さらにこの調査は、年齢を25–39歳に絞っているが、ドイツ調査は18–55歳の範囲である。また、この研究には、職位や転職のデータがないという限界もある。この2つの研究には、上記のような違いがあるが、キャリア自律とキャリア・サクセスとの関連性を分析した研究は少ないので、本稿は、国際比較へ繋がる研究として研究上の価値がある。

加えて梅崎他(2015)では、転職という客観的キャリアの影響も分析されている。内部労働市場で人的資本形成を進める日本的な雇用モデルでは賃金低下など転職がキャリアにネガティブな影響を及ぼすとされてきたが(阿部, 2005)、転職行動がポジティブに受け止められるようになっており、企業の中途採用も活発化している2。転職は、自らの意思で組織外に仕事を求めていくという意味で、キャリア選択の自律性が発揮される象徴的な場面といえる。一方、武石・林(2013)は、転職経験の有無によりキャリア自律意識に違いがあることを指摘している。労働政策研究・研修機構(2021)においても、転職者は仕事に関するスキル・能力向上のための取り組みに積極的で、職業上の資格や免許を保有する比率が高く、自律的なキャリア意識も高いことが明らかになっている。

本研究の対象は、Volmer & Spurk(2011)と同じ種類の対象で一企業内のデータに限定される。このデータでは、離職行動を分析できるわけではないが、中途採用者と新卒採用者を比較できる。その一方、企業マイクロ・データが分析できるので、Volmer and Spurk(2011)では分析されていない、企業内キャリアや人事評価・処遇を正確に把握できることが本データセットの利点と言えよう。

3.  分析の枠組み

本節では、分析の枠組みを説明する。前節で述べたように、武石・林(2013)は、Briscoe et al.(2006)において開発されたプロティアン・キャリアとバウンダリーレス・キャリアの2種類の下位尺度を用いて、日本でも同様の分析結果が得られることを確認している。本稿でも、この自律的キャリア意識の尺度を用いて分析する。

本稿では、図1に示したようにプロティアン・キャリアの「自己指向」と「価値優先」、バウンダリーレス・キャリアの「バウンダリーレス思考」と「移動への選好」が主観的および客観的キャリア・サクセスに与える影響を分析する。

図1 自律的キャリア意識と主観的および客観的キャリア・サクセス

(出所)筆者作成。

この分析枠組みは、Volmer & Spurk(2011)梅崎他(2015)と同じである。プロティアン・キャリアやバウンダリーレス・キャリアが、主観的、客観的キャリア・サクセスに与える影響を分析する。

まず、プロティアン・キャリアは、個人が主体的にキャリア形成に取り組み、個人の仕事における心理的成功を目指すキャリア意識であるので、主観的キャリア・サクセスへの強い影響が想定される。バウンダリーレス・キャリアの2つの尺度が主観的キャリア・サクセスに与える影響について予測が難しい。Volmer & Spurk(2011)では、正の効果を持つとは予測されていない。Arthur & Rousseau(1996)が指摘するバウンダリーレス・キャリアの重要性の高まりを支持すれば、正の影響があるという予測ができる。

一方、客観的キャリア・サクセスに対する影響はどうか。Volmer & Spurk(2011)は、プロティアン・キャリアの「自己指向」のみが正の影響を持つと予測している。雇用環境が変化している状況では、「自己指向」の態度を持っている人達がより良い雇用条件を獲得しやすいと考えられている。加えて、バウンダリーレス・キャリアの「移動への選好」のみが客観的キャリア・サクセスに対して正の影響を持つと予測している。Volmer & Spurk(2011)は、その理由として、第一に人々はより良い雇用条件を求めて転職し、第二に仕事を変えることで新しい技能を得ると考えている。後者に関してはBecker(1964)の人的資本理論やBurt(1992)Granovetter(1973)の社会関係資本の理論がその根拠としてあげられている。

ただし、これらの仮説には留意が必要である。これらの仮説では、転職(もしくは転職に向けた活動)によって新しい技能や知識を得ることを指摘しているが、特に人的資本理論を前提とすれば、転職によって企業特殊的人的資本が失われるので、客観的キャリア・サクセスから遠ざかると予測することも可能だからである。そもそもVolmer & Spurk(2011)は、仮説として「バウンダリーレス思考」が客観的キャリア・サクセスに与える影響がないと考えている。社会との人的つながりが正の影響を与える可能性もあるが、他の働き方と比較することによって生まれるという負の影響もあり得ることを指摘している。

以上要するに、少ない先行研究でも統一した結果は得られていない。さらに、個人主導の自律的キャリア意識を企業が評価するのかどうかについても未定の部分が多いと言えよう。それゆえに本稿の分析は、分析の枠組みは設けるが、正負の符号に関する仮説を設定せず、自律的キャリア意識のキャリア・サクセスへの影響を探索的に分析したい。

4.  調査概要

4.1  A社の概要

調査対象のA社は、従業員約4000人の長い歴史を持つ建設会社である。正社員・総合職に関しては、長期勤続、定期昇給、長期育成を基盤とした伝統的な日本的雇用慣行を維持している。ただし、建設業は、総合職以外の地域限定職の働き方等が広がってきている。また、A社は、全国平均からすれば低いが、最近、若手社員の離職が増える傾向がある。

4.2  調査の手続き

A社人事部の協力を得て、企業内マイクロ・データの利用と従業員への質問紙調査の実施ができた。データの収集前に事前に数回の打ち合わせ会議を持ち、A社の人事制度の概要や人事が取り組んでいる課題などを聞き取りした。そのうえで、2012年時点の全社員の企業内マイクロ・データを入手し、ネット調査を従業員IDがわかる形で実施した。従業員IDで企業内マイクロ・データと質問紙調査を結合できる点が、本研究の利点である。

ただし、従業員IDが調査者にもわかる形で調査が実施されるので、回答者の答えに偏りが生まれるかもしれない。それゆえ質問紙調査の実施は、法政大学が独自にネット調査を行い、調査票にも研究上の利用であることを明記した。回答率は極めて高く90%であった。

企業内マイクロ・データでは、賃金、資格、職能、人事評価、採用経路、学歴など従業員の客観的指標がわかる。一方、質問紙調査では、主に従業員のキャリア意識などの主観的指標を収集した。本調査に先立ち、われわれ研究グループは、全国の企業規模100名以上の民間企業に勤める男女正社員を対象とする質問紙を用いた調査を実施し、プロティアン・キャリア、バウンダリーレス・キャリア、心理的契約、キャリア満足度などについて探索的因子分析による尺度作成を行った(武石・林(2013)参照)。本研究では、これらの意識尺度を使っている。

なお、A社の分析では、分析対象を総合職に絞った。総合職と異なる雇用区分である一般職、エリア総合職、地域職は、企業内キャリアも家庭や地域との関係も大きく異なり、分析結果の解釈が難しくなる。また、年齢も65歳以下に絞っている。ただ、A社の女性従業員は約10%ともともと少ないが、一般職、エリア総合職は女性が多いので、分析対象が男性正社員に偏り、中途採用者の割合も小さくなった。性別や中途採用者の分析結果の解釈には留意が必要である。

4.3  質問項目

続いて、本稿が使う質問項目と企業内マイクロ・データについて説明する。

(1)  キャリア自律の尺度(プロティアン・キャリア、バウンダリーレス・キャリア)

Briscoe et al.(2006)において開発されたプロティアン・キャリアとバウンダリーレス・キャリアの2種類の尺度を日本語に翻訳して用いた。プロティアン・キャリアを測定する14項目、バウンダリーレス・キャリアを測定する13項目、合計27項目を使用した。尺度項目は、すべて7点法によるリッカートスケールで回答を求めており(1点が「全くあてはまらない」、7点が「非常にあてはまる」)、尺度を構成する項目の得点の合計点を求めて該当項目数で除した得点を使用している。したがって、すべて1–7点に分布する尺度となる。

(2)  キャリア・サクセスの尺度

キャリア・サクセスには主観的な尺度と客観的な尺度がある。主観的な尺度としてキャリア満足度、客観的なキャリア・サクセスの指標として企業内資格、人事評価、賃金、昇給速度を使う。以下で具体的に説明する。

a) キャリア満足度

主観的キャリア・サクセスの指標として自身のこれまでのキャリアについての満足度を把握する尺度として、Greenhaus et al.(1990)山本(1994)が日本語に訳した5項目を使用した。

b) 資格と人事評価

客観的キャリア・サクセスの指標として現時点の企業内資格と人事評価を選んだ。資格が高いほど、評価が高いほど客観的なキャリア・サクセスをしていると考える。A社の企業マイクロ・データの中には、従業員の資格と人事評価が含まれる。まず、A社の資格制度は、職種や雇用区分によって複線になっているが、人事担当者へのヒアリングから5段階(資格1–5(高))の資格に再整理した。

次に人事評価については、資格ごとに人事評価の区分が異なり、評価基準も異なることに留意する必要がある。表1に示したように、資格により評価は3段階、5段階、7段階がある。これは資格が低い段階では、大きな差が生まれないことを前提にしている。つまり、資格によってはこれ以上、またはこれ以下の人事評価は存在しないと想定されている。そこで分析上、全て3段階に統一した(表2参照)。

表1 資格(1–5)と評価段階の関係
評定段階 被考課者の資格
資格3–5 資格2 資格1
SA
AA
AB
BB
BC
CC
CD

(出所)A社内部資料。

表2 人事評価の3段階
人事評価
高評価 (SA, AA, AB)
中評価 (BB)
低評価 (BC, CC, CD)

(出所)筆者作成。

c) 賃金、昇給速度

賃金は、客観的キャリア・サクセスの指標の代表である。しかし、その金額は年齢と強く相関する。そこで、賃金に加えて昇給速度という結果指標を作成した。はじめに賃金の推定を行い、予測賃金を計算する(表3参照)。次に、実際の賃金と予測賃金の差分を現在の賃金で割れば、昇給速度が計算できる3。つまり、現時点の賃金ではなく、同年代と比べて昇給が早いのか遅いのかを測定できる。

表3 賃金の推定結果
係数 標準誤差 t値
年齢 6681 247 27.06 ***
勤続 5562 247 22.54 ***
女性ダミー(基準:男性) −3703 4395 −0.84
中途採用ダミー(基準:新卒採用) 42306 3746 11.29 ***
短大・高専・専門学校(基準:中学・高校) 53502 2520 21.23 ***
大学 62441 3256 19.18 ***
大学院(修士・博士) 40520 4761 8.51 ***
営業(基準:本社スタッフ) −4417 3120 −1.42
技術 −8843 3577 −2.47 **
現場工事 −16047 2898 −5.54 ***
定数項 16982 6484 2.62 ***
観測数 2861
Prob>F 0.000
擬似決定係数 0.950

(注)有意水準:*p<0.1% **p<0.05 ***p<0.01

(出所)筆者作成。

(3)  その他統制変数

統制変数として、以下の変数を選んだ。年齢(年)、勤続(年)、性別(女性、基準:男性)、学歴ダミー(短大・高専・専門学校、大学、大学院(修士・博士)、基準:中学・高校)、職能ダミー(営業、技術、現場工事、基準:本社スタッフ)。

5.  分析

5.1  記述統計

はじめに、企業マイクロ・データの基本統計量から回答者の属性を確認しよう。

まず、表4をみると、年齢の平均は約42才、勤続年数の平均は約19年であることがわかる。全国企業と比べても高齢化かつ勤続も長いと言えよう。また、性別は約2%が女性である。女性の少なさは、建設業という業界の特性を反映していると考えられる。中途採用者も総合職に限定すれば、約4%であり、少ないと言える。

表4 基本統計
変数 観測数 平均 標準偏差 最小値 最大値
賃金 2,993 442944.30 147610.10 190000 990000
年令 2,993 42.13 11.78 20 65
勤続年数 2,993 18.73 12.48 0.04 44.04
女性ダミー(基準:男性) 2,993 0.02 0.14 0 1
中途採用ダミー(基準:新卒採用) 2,993 0.04 0.21 0 1

(出所)筆者作成。

次に、学歴をみると、大卒が約70%と最も多い(表5参照)。一方、中卒・高卒も約10%であり、同一規模の企業の中では多いと言えよう。大学院卒が16%と高いのは、技術者が多いからであると言える。これらは、建設業全般の傾向と考えられる。

表5 学歴構成
学歴 観測数 割合(%)
中学・高校 297 9.93
短大・高専・専門学校 119 3.98
大学 2,103 70.29
大学院(修士・博士) 473 15.81
合計 2,992 100

(出所)筆者作成。

続けて、A社の人事評価分布を説明する(表6参照)。中評価が最も多く(50.06%)、次に高評価が多いことがわかる(35%)。つまり、人事評価には中心化傾向と寛大化傾向が確認される。

表6 人事評価の分布
人事評価 観測数 割合(%)
高評価(SA, AA, AB) 387 14.69
中評価(BB) 1,319 50.06
低評価(BC, CC, CD) 929 35.26
合計 2,635 100

(出所)筆者作成。

表7は、職能の分布である。建設業の特徴として、現場工事の担当者が68%で多いことが確認できる。次に資格構成は、表8に示した通りであった。

表7 職能の分布
職能 観測数 割合(%)
本社スタッフ 133 4.65
営業 543 18.97
技術 241 8.42
現場工事 1,945 67.96
合計 2,862 100

(出所)筆者作成。

表8 資格の分布
資格 観測数 割合(%)
資格5 143 4.8
資格4 879 29.52
資格3 994 33.38
資格2 318 10.68
資格1 644 21.63
合計 2,978 100

(出所)筆者作成。

5.2  因子分析

キャリア満足度、プロティアン・キャリア尺度、バウンダリーレス・キャリア尺度について最尤法(バリマックス回転)による探索的因子分析で因子得点を抽出した。まず、キャリア満足度は一因子が抽出された(表9)。また、プロティアン・キャリア尺度、バウンダリーレス・キャリア尺度はそれぞれ2因子が抽出された(表1011)。本稿ではこれらの因子得点を分析枠組みに当てはめて推定を行う。なお、それぞれの因子の関係を調べるために、変数間の相関係数を計算した(表12)。プロティアン・キャリア尺度、バウンダリーレス・キャリア尺度についてそれぞれの下位尺度間の相関は正の値で有意である。一方、キャリア満足度との相関や二つの自律的キャリア意識間の相関については、有意な負の相関も確認できる。

表9 キャリア満足度の因子分析
質問 キャリア満足度 Uniqueness
キャリアにおいて得た成果に満足している 0.887 0.213
キャリアにおける目標の達成状況に満足している 0.861 0.260
キャリアの収入面には満足している 0.469 0.780
キャリアの昇進面には満足している 0.586 0.656
キャリアの技術や知識の習得の面で満足している 0.691 0.522

(注)最尤法(バリマックス回転)で因子を抽出した。

(出所)筆者作成。

表10 プロティアン・キャリアの因子分析
質問項目 自己指向尺度 価値優先尺度 Uniqueness
勤め先から成長するチャンスが与えられないとしても、自分でそれを見つけるようにしてきた 0.551 0.032 0.695
キャリア上の成功や失敗の責任を負うのは自分だ 0.535 −0.029 0.713
全般的にいって、私は自立したキャリアを歩んでいる 0.604 0.109 0.623
私にとって最も重要なことは、自分自身でキャリアを選択していくことである 0.679 0.204 0.497
私のキャリアを決めているのは自分だ 0.666 0.254 0.492
結局のところ、キャリアアップできるかどうかは、自分自身にかかっている 0.577 0.014 0.667
私のキャリアは、いつも自分がコントロールしている 0.601 0.252 0.576
新しい仕事を見つけなければならない時は、他の人に頼るのではなく、自分の力で対処する 0.533 0.171 0.687
会社や組織の都合に反してでも、自分の中での優先順位を大切にしてキャリアを切り拓く 0.252 0.553 0.631
他の人が自分のキャリアをどう評価しようと、あまり気にしない 0.169 0.432 0.785
一番大切なことは、他の人の考えではなく、自分の考えるキャリアの成功である 0.259 0.562 0.617
会社から自分の価値観に反することを行うように求められても、私は自分の良心に従うだろう 0.210 0.542 0.662
重要なことは、自分が正しいと考えるキャリアであって、会社とは関係ない 0.035 0.776 0.397
過去を振り返ると、会社から意にそぐわないことを頼まれたとき、私は基本的に自分の価値観にしたがってきた 0.134 0.478 0.754
寄与率 0.5941 0.4059

(注)最尤法(バリマックス回転)で因子を抽出した。

(出所)筆者作成。

表11 バウンダリーレス・キャリアの因子分析
質問項目 バウンダリーレス思考尺度 移動への選好尺度 Uniqueness
何か新しいことを習得できるような仕事を求める 0.504 −0.090 0.738
社内外のいろいろな組織出身の人たちとプロジェクトに取り組んだりすることは楽しい 0.741 0.029 0.451
勤め先の会社から少し離れて働くことは楽しい 0.445 −0.186 0.767
自分の部署にとどまらず他部署との交流や調整を求められるような仕事は楽しく思う 0.759 0.030 0.423
自分の勤め先以外の人と働くことはわくわくする 0.851 −0.075 0.270
いろいろな会社の人と交流することは楽しい 0.849 −0.018 0.279
振り返って考えてみると、社外との交流が求められるような仕事を希望してきた 0.606 −0.044 0.631
私は、新しく経験することやこれまで体験したことのない状況に直面するとわくわくする 0.678 −0.010 0.541
ひとつの勤め先にずっと働き続けられるという見込みが欲しい 0.050 0.640 0.588
もし今の勤め先に働き続けることができないとしたら、私は途方にくれるだろう −0.082 0.673 0.541
他の勤め先を探すよりも、なじみのある会社に所属している方がよいと思う 0.011 0.706 0.502
もし今の会社が終身雇用を保証してくれるなら、他の会社に移ることは絶対にない −0.034 0.864 0.252
理想のキャリアがあるとすれば、それは一つの勤め先で働き続けることだ −0.039 0.762 0.418
寄与率 0.585 0.415

(注)最尤法(バリマックス回転)で因子を抽出した。

(出所)筆者作成。

表12 尺度間の相関
①キャリア満足度 1
②自己指向尺度 0.3322* 1
③価値優先尺度 −0.02* 0.0989* 1
④バウンダリーレス思考尺度 0.1234* 0.4073* 0.0783* 1
⑤移動への選好尺度 0.246* 0.0506* −0.1748* −0.0082 1

(注)有意水準:*p<0.05

(出所)筆者作成。

5.3  推定結果

表1314に示したのは、プロティアン・キャリアとバウンダリーレス・キャリアを説明変数に、客観的、主観的キャリア・サクセスを被説明変数にした推定結果である。

表13 推定結果①(全体)
資格 人事評価 賃金 昇給速度 キャリア満足度
係数 z値 係数 z値 係数 t値 係数 z値 係数 z値
自己指向尺度 0.116 3.170 *** 0.169 5.780 *** 3494.071 4.740 *** 0.006 4.690 *** 0.311 15.580 ***
価値優先尺度 0.127 −3.740 *** −0.158 −5.700 *** −3037.526 −4.350 *** −0.005 −4.230 *** −0.007 −0.400
バウンダリーレス思考尺度 0.032 0.930 0.022 0.810 1718.811 2.440 ** 0.003 2.360 ** 0.021 1.120
移動への選好尺度 0.001 −0.040 −0.041 −1.580 −443.957 −0.680 −0.001 −0.760 0.206 11.570 ***
年齢 0.259 15.900 *** −0.033 −2.760 *** 6638.202 26.580 *** 0.000 −0.730 −0.007 −1.090
勤続 0.069 4.620 *** 0.026 2.120 ** 5619.116 22.480 *** 0.000 0.650 0.016 2.430 **
女性ダミー(基準:男性) 0.650 −2.360 ** 0.145 0.650 −3091.374 −0.700 0.005 0.580 −0.085 −0.710
中途採用ダミー(基準:新卒採用) 0.865 4.400 *** 0.366 2.560 *** 41906.860 11.210 *** 0.006 0.920 0.070 0.690
短大・高専・専門学校(基準:中学・高校) 1.334 10.430 *** 0.448 4.560 *** 52435.580 20.700 *** −0.004 −0.930 −0.006 −0.090
大学 1.572 9.570 *** 0.506 3.860 *** 61147.510 18.690 *** −0.007 −1.190 0.093 1.050
大学院(修士・博士) 0.329 1.410 0.171 0.890 41247.790 8.650 *** 0.012 1.390 0.435 3.370 ***
営業(基準:本社スタッフ) 0.041 −0.280 −0.427 −3.260 *** −3937.533 −1.270 0.010 1.830 * −0.182 −2.180 **
技術 0.195 −1.180 −0.699 −4.770 *** −8535.557 −2.410 ** 0.010 1.500 −0.116 −1.210
現場工事 0.391 −2.860 *** −0.915 −7.350 *** −14276.600 −4.940 *** 0.019 3.530 *** −0.212 −2.720 ***
定数項1 9.021 −2.414 17580.360 2.710 *** −0.003 −0.260 0.159 0.910
定数項2 11.146 −0.862
定数項3 15.422
定数項4 18.862
観測数 2814 2489 2827 2827 2827
Prob>F 0 0 0
疑似決定係数 0.9515 0.0234 0.1729
LR chi2(14) 5567.89 257.59
Prob>chi2 0 0
Pseudo R2 0.6959 0.0522
対数尤度 −1216.4013 −2338.0988

(注)有意水準:*p<0.1% **p<0.05 ***p<0.01

(出所)筆者作成。

表14 推定結果②(新卒・中途比較)
資格 人事評価
新卒採用 中途採用 新卒採用 中途採用
係数 z値 係数 z値 係数 z値 係数 z値
自己指向尺度 0.135 3.580 *** 0.115 −0.440 0.178 5.960 *** −0.029 −0.160
価値優先尺度 −0.121 −3.460 *** 0.249 −1.050 −0.149 −5.290 *** −0.558 −3.300 ***
バウンダリーレス思考尺度 0.027 0.750 0.233 0.950 0.027 0.940 −0.096 −0.590
移動への選好尺度 0.003 0.080 0.511 −2.610 *** −0.052 −1.920 * 0.088 0.660
年齢 0.036 1.160 0.449 5.440 *** −0.068 −2.770 *** −0.055 −2.420 **
勤続 0.305 9.650 *** 0.028 −1.190 0.062 2.470 ** 0.023 1.410
女性ダミー(基準:男性) −0.687 −2.260 ** 0.480 0.400 0.127 0.540 0.867 1.110
短大・高専・専門学校(基準:中学・高校) 1.472 6.720 *** 0.089 −0.100 0.475 3.010 *** 0.108 0.210
大学 2.580 13.310 *** 0.110 0.230 0.644 4.380 *** 0.308 0.950
大学院(修士・博士) 3.309 12.700 *** 0.335 0.470 0.778 3.870 *** 0.378 0.720
営業(基準:本社スタッフ) −0.098 −0.650 1.640 −1.810 * −0.468 −3.450 *** 0.124 0.190
技術 −0.270 −1.560 1.692 −1.730 * −0.726 −4.770 *** −0.925 −1.260
現場工事 −0.475 −3.340 *** 1.614 −1.980 ** −0.964 −7.470 *** −0.329 −0.530
定数項1 5.147 11.003 −3.038 −3.766
定数項2 7.334 15.384 −1.502 −1.559
定数項3 11.723 21.171
定数項4 15.280 25.053
観測数 2704 110 2380 109
LR chi2(14) 5462.33 153.78 250.64 26.26
Prob>chi2 0 0 0 0.0157
擬似決定係数 0.7086 0.6475 0.053 0.1352
対数尤度 −1123.2338 −41.855016 −2239.6387 −83.940489
賃金 昇給速度 キャリア満足度
新卒採用 中途採用 新卒採用 中途採用 新卒採用 中途採用
係数 z値 係数 z値 係数 z値 係数 z値 係数 z値 係数 z値
自己指向尺度 3733.055 5.350 *** 3996.428 0.580 0.007 5.360 *** 0.012 0.870 0.312 15.330 *** 0.160 1.580
価値優先尺度 −3136.174 −4.740 *** 2945.068 0.470 −0.006 −4.740 *** 0.007 0.550 −0.008 −0.410 −0.039 −0.420
バウンダリーレス思考尺度 1655.137 2.490 ** 2189.883 0.330 0.003 2.530 ** 0.002 0.180 0.016 0.850 0.216 2.240 **
移動への選好尺度 −852.789 −1.360 310.740 0.060 −0.002 −1.610 0.000 −0.030 0.205 11.230 *** 0.170 2.120 **
年齢 1521.375 3.090 *** 5675.909 7.320 *** −0.012 −14.370 *** −0.002 −0.980 −0.028 −1.980 ** 0.011 0.930
勤続 10890.450 21.850 *** 3369.795 6.180 *** 0.013 14.540 *** −0.005 −4.180 *** 0.037 2.550 ** 0.017 2.080 **
女性ダミー(基準:男性) −1477.064 −0.350 7975.016 0.250 0.008 1.120 0.026 0.400 −0.089 −0.730 −0.094 −0.200
短大・高専・専門学校(基準:中学・高校) 57132.410 15.080 *** 20639.350 1.020 0.043 6.460 *** −0.056 −1.370 0.097 0.880 0.178 0.600
大学 81161.640 24.950 *** 7889.349 0.580 0.063 11.050 *** −0.102 −3.710 *** 0.073 0.760 0.265 1.310
大学院(修士・博士) 101701.000 23.070 *** 10471.310 0.480 0.088 11.390 *** −0.123 −2.810 *** 0.202 1.570 0.942 2.930 ***
営業(基準:本社スタッフ) −8741.324 −2.940 *** −2329.641 −0.100 0.000 0.010 0.001 0.030 −0.213 −2.450 ** 0.239 0.690
技術 −13540.490 −3.970 *** −35036.020 −1.270 −0.001 −0.080 −0.055 −0.990 −0.118 −1.180 −0.079 −0.190
現場工事 −18757.690 −6.760 *** −23439.500 −1.030 0.009 1.840 * −0.009 −0.200 −0.238 −2.940 *** 0.236 0.700
定数項 108031.800 10.720 *** 172585.700 3.570 *** 0.211 11.920 *** 0.224 2.290 ** 0.593 2.020 ** −0.900 −1.260
観測数 2705 122 2705 122 2705 122
Prob>F 0 0 0 0.002 0 0.0006
擬似決定係数 0.9591 0.6586 0.097 0.1595 0.1699 0.1845

(注)有意水準:*p<0.1% **p<0.05 ***p<0.01

(出所)筆者作成。

はじめに総合職の全サンプルで推定を行い(表13)、続いて採用経路別に推定を行った(表14)。新卒採用者は、他社経験がない従業員であり、このまま定年まで勤める可能性もある。一方、中途採用者は転職経験があるので、そのような人材が社内でどのように評価されているかを分析できる。ただし、中途採用者数は少ないので、分析結果に対しては留意が必要である。

まず、プロティアン・キャリアの効果を確認しよう。「自己指向」が、主観的キャリア・サクセスであるキャリア満足度、客観的キャリア・サクセスの資格、人事評価、賃金、昇給速度に対して有意な正の効果を持っている。

一方、プロティアン・キャリアの「価値優先」は、キャリア満足度には有意ではないが、客観的キャリア・サクセスの資格、人事評価、賃金、昇給速度に有意な負の効果を持っていた。この「価値優先」の質問項目は、会社や組織の都合に対して個人の意志を貫くことが強調されている。それゆえ、本稿のような長期雇用慣行が残る大企業においては、このような自律的な意識は評価されないか、もしくはすでに会社を辞めているので、サンプルにバイアスがあるのかもしれないという解釈ができる。

なお、このような分析結果は、新卒採用者に限定しても同じ有意な推定結果が得られるが、中途採用者に限定すると、有意な推定結果はなくなり、人事評価のみで有意な負の値になる。これは、新卒採用者と中途採用者は、それぞれ別のキャリア・パスが想定されている可能性が考えられる。

次に、バウンダリーレス・キャリアについて確認しよう。まず、「バウンダリーレス思考」は、有意な変数は少なかった。客観的キャリア・サクセスの賃金と昇給速度に対して、全サンプルと新卒採用者のみの推定で有意な正の値であった。主観的キャリア・サクセスのキャリア満足度に関しては、中途採用者に限定すると有意な正の値であった。さらに「移動への選好」も、客観的キャリア・サクセスには有意な変数が少なく、中途採用者に限定して資格、新卒採用者に限定して人事評価だけが有意な正の値であった。その一方で「移動への選好」は、キャリア満足度に対しては、全体、新卒社員限定、中途採用者すべてにおいて有意な正の値であった。

6.  考察 ― 国際比較に向けて

本稿では、自律的なキャリア意識が主観的および客観的キャリア・サクセスに与える影響を企業内マイクロ・データと質問紙調査を使って分析した。分析結果を以下にまとめる。

まず、同じ自律的キャリア意識であっても全く反対の符号になった。プロティアン・キャリアの下位尺度である「自己指向」は、客観的、主観的キャリア・サクセスの両方に対して正の効果、「価値優先」は客観的キャリア・サクセスに対して負の効果であった。同じプロティアン・キャリアであっても、逆の効果になることは、先行研究では明らかにされていなかった新しい事実発見である。

また、バウンダリーレス・キャリアについては有意な効果が少なく、主観的キャリア・サクセスに対して「移動への選好」の効果があった。この事実も先行研究にはない分析結果である。「移動への選好」が、なぜ客観的キャリア・サクセスに対して正の値ではないのに、主観的キャリア・サクセスには有意な正の効果を持つのかについては、様々な解釈が成り立つであろう。移動できるという選択肢を心理的な負担を感じないで選択できるのだ、という意識が、キャリア満足度を高めているのかもしれない。

さらに本稿は、新卒採用者と中途採用者を比較できる点が先行研究にない利点であり、その結果に違いがあった。新卒採用者については、特にプロティアン・キャリアにおいて正と負ともに有意な結果が得られているが、中途採用者に関しては非有意な結果が多かった。つまり、中途採用者に関しては、その効果の有無自体が確認できなかった。次に、バウンダリーレス・キャリアに関しては、全サンプル、新卒採用と中途採用者のすべての推定で有意な結果が少なかった。特に客観的キャリア・サクセスに関しては、有意な結果もあるが、複数の説明変数間に統一した傾向を確認することができない。一方、主観的キャリア・サクセスに関しては、全体、新卒社員限定、中途採用者すべておいて「移動への選好」がキャリア満足度に対して有意な正の値を持っていた。

このような差は、どうして生まれるのであろうか。一解釈でしかないが、中途採用者は専門性が高い職種に特化していれば、キャリア形成に「自己指向」が求められていないと解釈することもできる。ただし、少ない標本数の結果として非有意になった可能性にも留意する必要がある。

なお、以上の分析結果は、被説明変数は全く同じではないが、日本の全国調査を分析した梅崎他(2015)やドイツの2企業を分析したVolmer & Spurk(2011)とかなり重なるものである。梅崎他(2015)は日本を対象にしているという点において、Volmer & Spurk(2011)は企業を限定しているという点において本稿と同じである。一方、本稿は企業内マイクロ・データという客観的な情報を入手できる点がデータセットの利点である。先行研究では、データの制限上、確認できなかった効果が検証できるかもしれない。

そこで、先行研究と比較するために推定結果を一覧表にまとめ(表15参照)、そのうえで本稿の被説明変数と対応している先行研究の結果を表16にまとめた。

表15 推定結果のまとめ
キャリア意識 サンプル 資格 人事評価 賃金 昇給速度 キャリア満足度
自己指向尺度 全体 + + + + +
新卒採用 + + + + +
中途採用
価値優先尺度 全体
新卒採用
中途採用
バウンダリーレス思考尺度 全体 + +
新卒採用 + +
中途採用 +
移動への選好尺度 全体 +
新卒採用 +
中途採用 + +

(注)統計的に有意ではない結果は空欄にした。

(出所)筆者作成。

表16 先行研究の分析結果
所得 職位 昇進の速さ キャリア満足度
自己指向尺度 + + + + +
価値優先尺度
バウンダリーレス思考尺度
移動への選好尺度 +

(出所)梅崎他(2015)

まず、梅崎他(2015)Volmer & Spurk(2011)では、有意な正の値が多い「自己指向」は本研究でも同じように正の効果を持っていた。新たな分析によって結果の確からしさが高まったと言える。一方、先行研究では非有意であった価値優先は、本稿の分析では有意な負の値であった。先述した通り、これは新しい事実発見であろう。ただし、その解釈は、企業内マイクロ・データという新しいデータを使った結果、有意な推定結果が得られたのか、それとも日本の長期雇用慣行が確認できる大企業での評価なのか、確定することができない。今後も事例研究の追加が求められる。

バウンダリーレス・キャリアについては、先行研究、本研究ともにプロティアン・キャリアに比べると非有意な結果が多い。Volmer & Spurk(2011)では、所得に対して「移動への選好」が有意な正の値であったが、他の客観的キャリア・サクセスの指標は非有意な結果であったので、客観的キャリア・サクセスへの影響については明確なことは言えない。一方、主観的キャリア・サクセスのキャリア満足度に対して、全国調査の梅崎他(2015)とは正反対の結果で、「移動への選好」は正の効果を持っていた。この結果にも追加的な解釈が必要であろう。全国調査では、この指標が高い従業員は、転職を繰り返している人が含まれるが、本稿の場合、長期勤続が前提となるので、転職を過度に繰り返してキャリア満足度が低くなるというような事例が含まれないのかもしれない。

このような解釈は、少ない事例研究の結果を比較したものに止まる。ただし、事例を積み上げながら解釈を続けることは、研究上の価値があると考えられる。本格的な国際比較は今後の課題と言えよう。

1  長期雇用については、中高年層では分析対象期間を通じてその比率にほとんど変化が見られないが、若年層ではとくに2000年代初頭から比率が大きく低下していることが確認されている(濱秋他(2011)参照)。

2  卒採用・内部育成を重視してきた大企業で中途採用が活発化する傾向が顕著で、規模1000人以上の企業の転職入職者(一般労働者)数は、2000年には342万人であったが、2010年には428万人、コロナ前の2019年には959万人まで増加している(厚生労働省「雇用動向調査」)。

3  表3に示したのは、賃金を結果変数とした推定結果である。

参考文献
 
© 2023 The Research Institute for Innovation Management of Hosei University
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