2023 Volume 20 Pages 135-148
中小企業の対外直接投資が珍しくない時代となった今、グローバル人材が不足しがちで、さらに確保、育成するための資金が十分でない中小企業は、どのように海外子会社へ組織文化を移転させることができるのであろうか。人材面のみならず、中小規模ならではの独自の組織マネジメントを探るべく、調査対象企業におけるインタビュー結果についてSCATを用いて分析したところ、海外子会社に国内本社の意向を押しつけず、国内本社と並列に扱うことで一体感を生み出し、海外子会社への知識移転と、海外子会社での創意工夫も両立させていた。これらは大企業の規模では難しく、中小企業に優位な組織文化移転の組織マネジメントである。海外子会社を国内本社の延長線上にある一部門と見なす組織体系が組織文化を移転しやすくさせていた。また、海外子会社に長く勤務する現地社員が組織文化移転における実践コミュニティのブローカー役を担い、海外子会社の組織文化を維持、継続させていた。
In an age when foreign direct investment by small and medium-sized enterprises (SMEs) has become commonplace, how can SMEs transfer their organizational culture to their overseas subsidiaries, given a lack of global human resources and funds to secure and train them? Results of interviews with the surveyed companies were analysed using SCAT in order to find out not just about their human resources but also their unique organizational management as SMEs. It was found that instead of head office imposition on overseas subsidiaries, there was a mix of knowledge transfer to and initiative in the overseas subsidiaries as equal partners, generating a sense of unity. These superior characteristics of organizational culture transfer—flexibility, mobility, and agility—are difficult to achieve at the scale of a big corporation. An organizational structure in which overseas subsidiaries are regarded as a division of the head office in Japan facilitated the transfer of organizational culture. In addition, long-serving local employees of the overseas subsidiaries played a role as brokers of communities of practice in the transfer of organizational culture, maintaining and sustaining the organizational culture of overseas subsidiaries.
日本経済の低成長が続く中、日本政府は中小企業の海外展開を推し進めている。中小企業に求められているのは、人口減少により縮小していく日本のマーケットに固執するのではなく、経済成長著しい海外マーケットのより広範な需要を取り入れていくことである。海外需要を獲得する最たる手段としての対外直接投資(FDI)は、これまで大企業に高い優位性があり中小企業には難しいと考えられてきた。しかし、国を挙げての政策、自治体や公的機関による支援も相まって、少しずつだが中小企業の対外直接投資の割合は増加している(中小企業庁, 2020)。
ところが、対外直接投資拡大の方針を持つ中小企業は減少傾向にあり(JETRO, 2020)、対外直接投資を見据えている、もしくは実際に対外直接投資している中小企業の多くは、様々な課題に直面しているとも考えられる。その課題とは、帝国データバンク(2019)によると「今後対外直接投資を検討または進める場合、どのようなことが障害や課題となるか」の設問に対し、中小企業の回答は「社内人材(邦人)の確保」44.0%、「言語の違い」38.4%、「文化・商習慣の違い」36.8%であった。これらから、海外との言語や文化・商習慣の違いを理解し、適切に国内外の事業を遂行できる“グローバル人材”の存在が鍵を握ると言えよう。
日本全体が急速な人口減少を迎えている中、グローバル人材をいかにして確保、育成していくかは、大企業、中小企業ともに大きな課題として抱えているが、中小企業は、グローバル人材不足に加えて資金力もまた課題である。JETRO(2020)によると、「海外ビジネス拡大のために最も重視する人材」について、「現在の日本人社員のグローバル人材育成」が大企業では半数以上を占めるが、中小企業は36.0%に留まっており、また、「人材育成にかかるコストが負担できない」大企業は9.1%であるのに対し、中小企業はその約2.6倍の24.0%である。
では、中小企業において、国内本社と海外子会社をつなぐにはどうすればよいのであろうか。人材面や資金面といった経営資源が大企業と比べて不足しがちな中小企業では、中小規模ならではの独自の組織マネジメントにより補完することで、海外子会社へ組織文化を移転させられるのではないか、というのが本研究での問題意識である。
なお、本稿では、海外進出、海外子会社設立などの呼び方を「対外直接投資」に統一することとし、参考文献等からの引用時も適宜置き換える。また、本稿における対外直接投資は、海外に子会社を設立する「グリーンフィールド投資」を指し、M&Aを含まない。
対外直接投資では、国内本社と海外子会社との間でのヒト・モノ・カネが移転することに伴い知識も移転するが、それを成功裏に行うためには多くの困難性要因が存在する(髙橋, 2015)。特に日本人駐在員と現地従業員間のコミュニケーションは非常に重要となるにも関わらず、言葉の壁や文化、仕事への価値観の相違など、困難を抱えている企業は多い。現地従業員の育成は、国内本社と海外子会社が協力し合い取り組むべきであろう。しかし、実態としては海外子会社任せ、正確に言うと、日本人駐在員に依存しているケースが多い(北原, 2017)。
日本人駐在員は、国内本社と海外子会社をつなぐ存在であることを理解し、国内本社の意見を現地に、現地の意見を国内本社に伝えるため、本国と現地の両方と活発なコミュニケーションを取り続け、両者の意図を理解した上でうまく折衷させる存在になることが望ましい(大木, 2016)。高垣(2020)は、地域特性を的確に把握し対応できる人材の育成はますます重要となり、グローバル人材とは、異文化横断的で実践的な知識を備えた人々のこととみなすべきとしている。
また、北原(2017)は、組織内で使われる「共通言語」は日本語・英語などLanguageという意味の言語ではなく、各企業の独自の文化や理念を共有する、いわば社員同士で通じる「言葉+その言葉に付随する暗黙知」を意味しているとし、海外子会社の現地化が進んでいる日本企業では、国内本社と海外子会社間の「共通言語」によるコミュニケーションがよくできており、暗黙知を共有する社員同士であるがゆえの「質の高いコミュニケーション」ができているという。
国内本社と海外子会社間の行き違い・誤解・コンフリクトが多くなる原因のほとんどは、言語の違いによるものではなく、両者で暗黙知を含んだ「共通言語」によるコミュニケーションができていないことによるものであるとしている。日本人駐在員が持つ強みのうち、仕事上の経験によって身につく知識は現地従業員も習得できるが、国内本社の意思決定に関するノウハウの中に、国内本社に長期間働くことで身についた暗黙知が含まれていれば、現地従業員が学習するのは難しい可能性がある(大木, 2016)。
2.2 海外子会社への組織文化移転に関する先行研究海外子会社が、その組織固有の文化を受け入れ、決まったものの見方を身につけることは、遠く離れた国内本社と調和のとれた行動が可能となる(中川他, 2015)。海外子会社において、国内本社が当たり前と捉えている事柄や価値観、行動といった、その会社独自の文化による経営を行うことができるかどうかは大変重要な意味を持つ。国籍や言語、民族をベースとした多様な文化を内包する組織単位には、多くのサブ・カルチャーをうまく連携させることが21世紀の企業にとって重要になる(Schein, 2009)。
他方で、海外子会社ごとの戦略的な役割の分化が進むと、世界各地に点在する知識を国内本社がいかに獲得していくかが重要課題となる(Gupta & Govindarajan, 1991)が、国内本社が海外子会社のコンテクストに合わせながら差別化し、適合性を保つことができれば業績は向上し、さらに価値観の共有度が高いほどパフォーマンスおよびガバナンスは高まる(Nohria & Ghoshal, 1994)。しかし、海外事業展開で実績を持つ企業であっても、国内本社が中心となり現地の情報を入手していくことはかなり難しいことである(Gupta & Govindarajan, 2000)。
Schein(2004)は、文化のレベルを非常に可視的なものから、暗黙の目に見えないものまで、次の3段階に分けている。レベル1:文物(人工物)=目に見える組織構造及び手順、レベル2:標榜されている価値観=戦略、目標、哲学、レベル3:背後に潜む基本的仮定=無意識の当たり前の信念、認識、思考及び感情、の3段階で、特にレベル3は、組織の中では当たり前とされる暗黙知を含むため、海外子会社へ移転するためには、国内本社からの積極的な関与が必要となる。
そもそも社会的コンテクストが異なる海外子会社へ組織文化を移転することは容易ではないが、さらにそれを適切に機能させることには固有の困難が伴う(中川他, 2017)。その理由の一つに、日本人駐在員と現地従業員にはそれぞれの国の文化が根付いており、その上に共通の組織文化を構成しなくてはならないことが挙げられる。また、中川他(2015)は、組織文化が海外子会社へ移転されると、国内本社固有の知識は促進されるが、他方で、現地での創意工夫が阻害されるとし、逆に上手く移転されなければ、現地での創意工夫は闊達に行われるが、国内本社からの知識移転は進まないというジレンマが起こるとしている。本来は、海外子会社へ組織文化が移転されると、知識移転と現地での創意工夫の両方を達成することが理想であるが、両立は簡単ではない。
2.3 先行研究の限界とリサーチクエスチョン以上の先行研究から、対外直接投資においては、技術移転、知識移転のみならず、暗黙知を含む組織文化移転が重要となるが、社会的コンテクストが異なる海外子会社へ組織文化を移転することは容易ではなく、さらに、海外子会社へ組織文化移転を推進すると国内本社の知識移転は促進される一方、現地での創意工夫は阻害されるということがわかった。また、海外子会社ごとの特性を活かせば、国内本社と海外子会社間は複雑で統率しにくい組織構造になる可能性があり、価値観の共有は重要ながら、実現は簡単なものではない。
しかし、これらの先行研究は大企業が前提とされている。中小企業でも対外直接投資を行うことが珍しくない時代となった今、グローバル人材が不足し、さらに確保、育成するための資金が十分でない中小企業において、海外子会社へ組織文化を移転し、かつ知識移転と創意工夫を両立させるためにどのような組織マネジメントが有効かは明らかにされていない。そこで、先行研究の限界を克服するために、リサーチクエスチョンを「人材面や資金面といった経営資源が大企業に比べて十分でない中小企業は、海外子会社へ組織文化を移転するために、中小規模ならではの独自の組織マネジメントを展開しているのではないか」と設定する。
なお、これらの先行研究を踏まえた上で、本稿でいう中小企業は、中小企業庁(2020)が定める「中小企業者の定義」を指すこととし、それ以外を大企業と定義する。グローバル人材は、「海外の異文化、および多国籍企業の組織文化を受け入れる素地がある人々」と定義する。
中小企業における海外子会社への組織文化移転について、確保、育成が難しい人材面ではなく、組織マネジメントの観点からアプローチできないであろうかと考え、本稿では、定性的研究方法を採用した。調査対象企業は、株式会社スワニー(以下、スワニー)を選定した(表1)。シングルケースとしたのは、Yin(1994)が示す3条件、すなわち決定的、ユニークで、新事実のケースに適合していたからである。具体的には、100名規模の中小企業で複数の海外子会社を持ち、組織文化を上手く移転しながら長期に渡り海外ビジネスを継続している企業だからである。
企業名 | 株式会社スワニー(https://www.swany.co.jp/) |
法人設立 | 1950年(1937年創業) |
資本金 | 9,000万円 |
社員数 | 104名 |
主な取扱商品 | スポーツ・ファッション・カジュアル手袋、キャリーバッグ |
海外拠点 | 米国、中国(4拠点)、カンボジア |
(出所)ウェブサイト等の資料をもとに筆者作成。
スワニーは、全米で売り上げNo.1を誇るスキーグローブに代表される手袋を製造するグローバルな中小企業である。本社がある香川県東かがわ市は全国有数の手袋の産地だが、その中でもスワニーはトップメーカーである。手袋以外にも体を支えるキャリーバッグ「スワニーバッグ」も製造しているが、これは小児麻痺の後遺症で足が少し不自由な前社長である三好鋭郎相談役が、世界中を営業していた頃の経験から、歩く時の支えにもなるバッグというコンセプトで企画開発された。スワニーバッグ利用者からは多数の感謝のハガキが届くという。また、世界最小クラスの車椅子なども開発している。
スワニーの対外直接投資の経緯は、三好(2021)によると次のとおりである。始まりは1972年から1978年にかけて設立した韓国工場だった。低賃金で働ける優秀な人材を求めてのことであったが、中国との価格競争に敵わなくなり、1990年までに韓国からの撤退を余儀なくされた。その後、中国で初めてとなる工場を昆山に設立した。しかし、稼働当初は現地社員が熱心に働かず、指示にも従わず、大きな赤字を抱えるまでとなった。そこで、中国ではタブーとされていた解雇にも踏み切り、また、歩合制を導入するなどの努力を重ね、難局を乗り越えていった。2012年にはカンボジア工場を設立している。
3.2 分析の枠組み分析はSCAT(Steps for Cording and Theorization)を用いて行った。SCATは質的データ分析方法で、テクスト(言語データ)をセグメント化し、それぞれに、①テクスト中の着目すべき語句を抜き出し、②それを言い換えるためのテクスト外の概念、③それを説明するための概念、④そこから浮かび上がるテーマ・構成概念、の順にコードを付していく4つのステップのコーディングと、そのテーマ・構成概念を紡いでストーリー・ラインと理論記述をする分析手法である。質的研究の分析は、インタビュー等のデータから必要な個所を抜き出して行うため、主観的に見られがちという問題がある。しかし、SCATはコーディングによりデータの脱文脈化を行い、その後ストーリー・ラインとして再文脈化することで、データが示す「表層の文脈」から「深層の文脈」を記述することができ(大谷, 2019)、さらに小規模データでも利用できることから、本稿ではSCATを用いることが最適と考えた。
また、分析における概念的枠組みには、実践コミュニティを用いた。中小企業によく見られるフラット型組織は、タテの関係よりもヨコの連携が強いため実践コミュニティが形成されやすく、「意味の交渉」を重ねることで社員一人ひとりが組織マネジメントを担えるようになっていく(相原, 2021)。スワニーの組織マネジメントを考察するにあたり、国内本社のみならず海外子会社においてもフラット型組織を構築すれば、海外子会社でも同様に実践コミュニティにより個人レベルでの組織マネジメントが可能になるとの仮説のもと、実践コミュニティを概念的枠組みとする。
なお、実践コミュニティは、経営学においても様々な定義がなされているが、本稿における定義は「公式組織において関与する人々が自然発生的に生成される非公式の関係性の場において、意味の交渉がなされ、学習が行われている集団」とする。また、本稿におけるフラット型組織とは、「意思決定ラインの階層(特に管理職)を減らした組織」を指すこととする。
本研究では、スワニーの中でも特に海外子会社への組織文化移転について詳しい2名に、ヒアリング、及びインタビューをそれぞれ行った。はじめに、海外子会社を含めた組織全体の概要と現状について板野司代表取締役社長にヒアリングし、続いて実際の駐在経験から現地の実情について、グローブ事業部の中尾伸課長にインタビューを行った。いずれも2021年9月18日、スワニー本社にて半構造化面接法で実施した。なお、中尾氏には、勤務期間が最も長く、生産拠点としての工場を有する中国での駐在経験を中心にインタビューした。本稿では、板野社長のヒアリングをもとにスワニーの国内本社と海外子会社の関係性を把握した上で、中尾課長のインタビュー結果をSCATで分析し、検証する。
4.2 国内本社と海外子会社の関係性板野社長へのヒアリング結果の主な内容をまとめたのが表2である。スワニーの国内本社の特徴は「社員本位の経営」であり、社内では常にオープンなコミュニケーションが交わされている。中間管理職はおらず、経営会議メンバーの部長以上の9人以外はほぼフラットな関係であり、社長も社員間の長という意味で、自らを「社員長」と呼んでいる。オープンな風土で、超長期戦略と人事情報以外は、経営会議の内容や月次決算も含めてすべて社員に公開されている。このような「人として尊重する分け隔てない平等な組織文化」は、国内本社と同様に海外子会社にも広がっている。
海外子会社との 距離感 |
・スワニーの組織文化は「分け隔てない文化」であり、日本人社員も外国人社員も同じ人間だという姿勢で常に接している。 ・海外子会社でも国内本社と同様に社員の誕生会を開催するなど、常にコミュニケーションを取るようにしている。また、海外子会社にも必ず社員食堂を設置し、出張時は社長自らがそこで現地スタッフと食事を共にし、目線合わせをしている。国内本社と海外子会社の間には、和気藹々とした“情緒的絆”ができあがっている。 ・海外子会社は、国内本社の一つの部門と同じように扱われているため、距離感はない。海外子会社の幹部とは、テレビ会議や、国内本社へ出張で来てもらったり、また国内からも現地へ出張したりと常にコミュニケーションを取っており、国境を感じていない。東京や大阪に行くことと中国に行くことは同じ感覚であり、精神的国境は感じず、中国工場に行っても、そこは国内本社と同じ感覚である。 ・中国工場のトップである総経理には、生産管理や人材マネジメント、給与についてなど国内本社の部長と変わらない権限を与えているため、高い意識で経営にあたってもらっており、改善提案などが現地から次々とあがってくる。 |
組織文化移転 | ・国内本社採用の総合職社員は、若いうちに研修として約一年間、国内本社では経験できない海外工場の生産ラインで人材管理や品質管理などマネジメントの手法を学んでいる。若手時代の駐在後、一度国内本社に戻り、また管理職として海外駐在することも多い。海外駐在であっても国内本社内異動と同じような感覚。 ・海外子会社における経営理念は社是のみであり、スワニー憲章やクレドなどはお国柄もあることから海外には導入していない。 ・中国工場はすでに30年以上の歴史があり、日本に滞在経験があるスタッフも多いため、日本人の考え方は十分に理解されている。 ・海外子会社の組織文化は基本的には日本と一緒である。例えば、海外子会社の社員には長く働いてもらっている。スワニーの考え方、すなわち転職を繰り返す欧米型とは相容れないことを理解してもらっている。海外へはかなり前から進出しているが、海外工場に国内本社の組織文化が与えている影響は大きい。 |
(出所)ヒアリング調査結果をもとに筆者作成。
スワニーの組織文化は、前社長の三好悦郎氏の影響が大きい。同氏は足が少し不自由であったが、海外営業時の経験から、国籍、人種、性別、年齢などにより差別されない文化を目指し、商品開発などを行ってきた。その精神がスワニーの組織文化として今なお引き継がれ、国内外ともに組織内のフラットな組織構造にもつながっている。実際に、国内本社と海外子会社は利益を折半する形をとっているが、これは海外の工場をコストセンターにすれば、現地社員のモチベーションは上がらず、幹部候補を育てることができなくなると考えているためである。また、中国拠点のトップ(総経理)には、生産管理や人材マネジメント、給与など、国内本社の部長と変わらない権限が与えられている。基本的に海外のことは海外で意思決定がなされる仕組みとしており、国内本社と海外子会社は並列な関係にある。
また、ほとんどの総合職社員が若手のうちに一度海外駐在している。グローバル人材を育成する意味合いもあり、実際にこの経験が帰任後の業務に役立つことになる。海外駐在後は国内本社に戻り、何年か後に再度、管理職として駐在することも多いが、海外駐在は特別ではなく、海外子会社も国内本社の一つの部門と同じように扱われており、精神的な距離は物理的な距離ほど感じられていない。現地幹部とはテレビ会議をしたり、お互いに出張したりと常にコミュニケーションを取っており、海外での事業計画などは、国内本社と定期的に見直しを行っている。したがって、社内での感覚は、中国に行くことと東京や大阪に行くことにさほど大きな違いはなく、そこに精神的国境はないという。
その他にも精神的国境の解消のためになされていることがある。例えば、社長の海外出張時は現地社員と社員食堂で食事を共にし、日本で言うところの「同じ釜の飯を食う」を実践し、一体感を醸成している。往々にして、国内本社の幹部が海外子会社を訪問すると現地企業の幹部と会食するパターンが多いが、スワニーではそのようなことはなく、いかに海外子会社に溶け込めるかという分け隔てない文化が存分に実践されている。
さらに、国内本社と同じように現地でも社員の誕生会が開催されるなど、国内本社と海外子会社が同等にコミュニケーションを取れるよう随所に工夫がなされている。したがって、海外子会社でありがちな給与のためだけに淡々と働くのみで、会社や同僚たちには無関心という社員はほとんどいない。
4.3 海外子会社への組織文化移転板野社長のヒアリングでは、海外子会社は国内本社と親子関係のように扱われているのではなく、国内本社の延長線上にあり、いわば国内本社の一つの部署と並列の位置づけであるとのことだったが、実際は国境をまたぐため、国内本社で働く日本人社員と海外子会社の現地社員との間では、考え方が異なって当然である。では、どのようにして組織文化は海外子会社に移転しているのであろうか。中国に長期に渡り駐在経験がある中尾課長へのインタビュー結果をSCAT分析し、テクストの内容を参照にしながらストーリー・ラインに基づいて検証する(表3)。
発話者 | テクスト | 〈1〉テクスト中の注目すべき語句 | 〈2〉テクスト中の語句の言い換え | 〈3〉〈2〉を説明するようなテクスト外概念 | 〈4〉テーマ・構成概念 |
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聴き手 | はじめに、海外駐在された場所と期間を教えていただけますか。 | ||||
中尾課長 | スワニーに入社してすぐに海外赴任となり、まず中国に4年間駐在し、アメリカに移って10年間、その後また中国に戻り7年間駐在しました。合計で21年間続けて海外駐在したことになります。駐在中、日本人は多くて3人、少なければ1人しかいないため、本社とのやりとりだけでなく、様々な活動で先頭に立って模範を示していく立場だと認識していました。 | 合計で21年間続けて海外駐在、日本人は多くて3人、先頭に立って模範を示していく立場 | 長期海外駐在、日本人駐在員は僅少、最前線でお手本を見せる役割 | 豊富な海外駐在経験、リーダーシップ | 豊富な経験による日本人駐在員としてのリーダーシップ |
聴き手 | 特に工場で多くのワーカーを抱えていた中国では、文化の違いを実感されたと思いますが、心がけていたことはありますか。 | ||||
中尾課長 | そうですね、たくさんありました。日本にいれば、日本人同士が「あうんの呼吸」でわかるであろうことを、中国では当然考え方が違いました。しかし、本社での考え方、日本人の考え方を一方的に押しつけるのではなく、意識的に現地社員の立場で考えるように心がけていました。現地社員にも、本社の考えを理解してもらえるように、相互理解を促進させる役割だったと思います。 | 中国では当然考え方が違い、日本人の考え方を一方的に押しつけるのではなく、意識的に現地社員の立場で考える | 日中の思考の差異、日本文化と本社文化の非強制、現地社員目線を心がける、意思疎通の深化に貢献 | 国家文化と組織文化の違い、現地に合わせたコミュニケーション推進 | 現地目線でのコミュニケーション推進が駐在員の使命、日本文化、本社文化の非強制 |
聴き手 | 国内本社の考え方は理解してもらえましたか。 | ||||
中尾課長 | はい。わかりやすい例では、一般的に海外は転職を繰り返す人が多いですが、スワニーでは、いまだに高校卒業してから定年近くまでずっと働く社員が多いんです。社員が長く働いてくれるので、経験と知識が積み重なって、彼らに安心して仕事を任せられる信頼関係ができていきました。 | 経験と知識が積み重なって、安心して仕事を任せられる信頼関係 | 経験による知見、頼りがいある関係性 | 現地社員の学習、高い信用性 | 現地社員の学習を通じた高い信用性 |
聴き手 | 具体的にわかりやすい事例はありますか。 | ||||
中尾課長 | そうですね、例えばアクシデントなど急を要する問題が起きた時の対応力の速さや、それに対して皆で解決に向けて団結するチームワークを見る時など、彼らへの高い信頼度を実感しました。スワニーの、つまり本社の組織文化を感じる瞬間でしたね。 | 解決に向けて団結するチームワーク、本社の組織文化を感じる | 一体感、本社と同じ組織文化 | チーム一丸、本社と同じ組織文化 | 一丸となったチームワーク、共通の組織文化 |
聴き手 | 長く働く社員の方が多いということは、つまり居心地が良いということですよね。 | ||||
中尾課長 | 居心地よいと感じながら働いている社員は多いと思います。でも、中国でも本社と同様に業績評価を行って、日本人駐在員や、工場長、総経理から評価レビューを与えているので、馴れ合いのようなものは発生していないように思います。むしろ課題克服への道筋を提示してあげたり、昇進の可能性も示したりして、新しい意欲を出させるように努めています。 | 居心地よい、馴れ合いのようなものは発生していない、新しい意欲を出させる | 快適、身内に甘い関係にしない、現地社員のやる気向上 | 快適な職場をぬるま湯にしない、モチベーション創出 | 快適な職場でもぬるま湯にしない、社員のモチベーション向上 |
聴き手 | でも、中には反発するような社員もいたのではないでしょうか。 | ||||
中尾課長 | たしかに工場内で、派閥というほどではないですが、小さな仲良しグループも見受けられました。でも、スワニーの組織文化とまったく違うということはなかったですね。組織文化はしっかりと根付いていました。 | 組織文化はしっかりと根付いて | 国内本社組織文化の定着 | 組織文化の海外移転 | 国内本社の組織文化が海外子会社へ移転 |
聴き手 | どのように国内本社の組織文化が中国工場に移転したのでしょうか。 | ||||
中尾課長 | いろいろありますが、社長や部長など幹部が中国の工場に出張した際に、先頭に立って現地社員を指導してくれたことは、本当に助けられました。それを見ていると、まさに日本と中国の間に国境はないという感覚でした。中国工場は本社の延長線上にあるという感覚で、国内外どちらの立場でも国境を感じさせない環境にありましたね。 | 日本と中国の間に国境はない、中国工場は本社の延長線上にある | 本社と中国工場のボーダーレス化、本社と中国工場が一枚岩 | 日中の国境がない組織構造 | 国境を感じさせない組織 |
聴き手 | 中国工場はどのような組織体系となっているのでしょうか。 | ||||
中尾課長 | 国内本社同様にフラット型組織で、本社のフラット型組織が中国に持ち込まれたのだと思います。私が入社した頃からフラット型組織でしたが、先代社長の三好、現社長の板野が、中国の工場でも常にオープンな社風を築くことを心がけてきたことが、上手く機能している一つの要因かと思います。 | 国内本社同様にフラット型組織、中国の工場でも常にオープンな社風を築く | 本社と同様多階層組織ではない、中国工場でも本社と同じ文化を構築 | 中国工場においても幹部と社員の距離が近い、本社と同じ組織文化構築に努める | 中国工場も幹部と社員の距離が近いフラット型組織、国内本社と同じ組織文化構築に尽力 |
聴き手 | 工場では、自国である中国の文化の上にスワニーの文化を持ち合わせているのだと思いますが、とてもよい雰囲気のようですね。はじめからこのような状況だったのでしょうか。 | ||||
中尾課長 | 今は中国文化とスワニー文化がうまく折衷していると思います。私が赴任した時は工場を設立してからすでに10年以上経っていましたが、設立当初の駐在員の先輩方は相当な苦労があったと思うし、実際に日本の考え方を現地社員に伝えていくのは大変だったと聞いています。今は新入社員が入ってきても、現場の管理者や班長から「これがスワニーの文化だから」と言われると、それが普通になってしまうという好循環が出来上がっています。私はそのような状況で赴任したので、それほど大きな苦労はありませんでした。 | 中国文化とスワニー文化がうまく折衷、設立当初の駐在員の先輩方は相当な苦労 | 国家の文化と組織文化の融合、海外子会社立ち上げ時の苦難 | 国家文化と組織文化の相互理解、海外子会社立ち上げ時の困難 | 国家文化と組織文化が融合、海外子会社立ち上げ当時は苦難 |
聴き手 | 御社の理念経営は中国でも実践されていますか。 | ||||
中尾課長 | 社是は世界共通なので、中国の工場でも翻訳して壁に飾っていました。唱和するなど浸透させるための活動はしていなかったのですが、社員間で社是に関する会話をよく耳にしていましたし、工員も社是の内容をきちんと理解していました。エピソードとしては、急な出荷に間に合わせるために、現場の工員だけでなく事務所の社員も総動員で残業をしていた時があったのですが、「自分には関係がないのに残業している」と不満を漏らす社員に対して、長く勤務している社員含め他の者たちが「いや、これは自分のために、社会のために、やっているんだ。」と言い出し、皆が作業に集中して取り掛かってくれたことがありました。 | 浸透させるための活動は特にしていなかった、社員間で社是に関する会話、工員も社是の内容はきちんと理解 | 社是浸透活動の未実施、社是を意識、社是の理解 | 能動的な社是浸透、グローバルな経営理念浸透 | 自然に社是が浸透、世界共通の社是がグローバルに浸透 |
聴き手 | 中国工場内での自発性が生まれていたと考えてよいですか。 | ||||
中尾課長 | そうだと思います。よくわかる例として、中国で年2回開催している「中国スワニー会」というイベントがあります。そこで行われる工場対抗の「5S発表会」のために、工員たちは各部門の作業効率向上や整理整頓に対するアイデアを自発的に考えています。日頃から結構ネタを蓄えている工員もいて、そのアイデアを聞くのも面白いですし、感心させられます。発表には社長をはじめとした本社の幹部からコメントが寄せられるので、皆がんばります。また、この場は本社の考えを伝える絶好の機会にもなっています。とても重要な行事なので、コロナ禍でもリモート開催で継続しています。 | 工員たちは各部門の作業効率向上や整理整頓に対するアイデアを自発的に考え、本社の考えを伝える絶好の機会 | 能動的な現地社員の言動、本社の組織文化移転の好機 | 指示命令によらない現地社員の積極性、本社組織文化移転のチャンス | 現地社員の自発的なやる気ある言動、中国工場へ本社の組織文化移転の良い機会 |
聴き手 | 具体的にどのようなアイデアが出ているのでしょうか。 | ||||
中尾課長 | 「パーツの裁断効率を上げるための資材固定方法」のような簡単な気付きから、「楽な姿勢で作業ができる椅子」のような発明みたいなものまでありました。改善前後のデータを出して数字で実証されたものばかりです。このように発表前は、各工場で自発的な行動が続々と起きています。 | 各工場で自発的な行動が続々と起き | 受け身でない現地社員の行動 | 能動的に行動する現地社員 | 現地社員の自主性が増幅 |
(ストーリー・ライン) 中尾課長は、入社後すぐに駐在し、豊富な経験による日本人駐在員としてのリーダーシップを発揮してきた。長期に渡った駐在では、現地目線でのコミュニケーション推進が駐在員の使命と捉え、日本文化、本社文化の非強制を心がけてきた。現地社員の学習を通じた高い信用性が駐在員との間で築かれ、また、国内本社の組織文化が海外子会社へ移転したことで、共通の組織文化は、一丸となったチームワークを生み出していた。快適な職場でもぬるま湯にしないよう留意することで、社員のモチベーション向上にも寄与していた。海外子会社立ち上げ当時は苦難があったが、中国工場も幹部と社員の距離が近いフラット型組織で国内本社と同じ組織文化構築に尽力し、今は国境を感じさせない組織となった。国家文化と組織文化が融合され、自然に社是が浸透し、世界共通の社是がグローバルに浸透されている。中国スワニー会は、中国工場へ本社の組織文化移転の良い機会のみならず、現地社員の自発的なやる気ある言動を生み、現地社員の自主性が増幅されている。 |
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(理論記述) ・日本人駐在員は、日本文化、本社文化を強制せず、海外子会社目線でのコミュニケーションを推進することにリーダーシップを発揮すれば、現地社員の学習を通じた高い信用性が駐在員との間で築かれる。 ・国内本社から海外子会社へ組織文化が移転することによりチームワークは深まる。快適な職場でもぬるま湯にならないよう留意することで現地社員のモチベーション向上にもつながる。 ・海外子会社も国内本社と同じフラット型組織にすると、現地社員にとっても幹部は近い存在となり、国境を感じさせない組織となる。国家文化と組織文化の融合がなされ、グローバルに社是も浸透するようになる。 ・幹部が参加する現地のイベントは、海外子会社への組織文化移転の良い機会となるのみならず、現地社員の自発的なやる気ある言動を生み、自主性も向上される。 |
※ストーリー・ラインの下線箇所は〈4〉テーマ・構成概念からの引用
(出所)インタビュー結果をもとに筆者作成。
まず、日本の文化、そして国内本社の文化を海外子会社に強要していないことが挙げられる。結果的に国内本社の組織文化が海外子会社へ移転しているのだが、はじめから押しつけることをしていない姿勢は現地社員にも伝わり、現地化、すなわちローカライゼーションを実現している。さらに、国内外それぞれのフラット型組織が並列な関係でつながっていること(図1)もグローバルレベルで組織文化が移転することに有効に働いていた。
(出所)インタビュー内容をもとに筆者作成。
長く勤務する現地社員も多いため、経験と知識を通じた学習が積み重なることで業績面に好材料となるばかりでなく、現地社員間、及び国内本社との関係においても信頼関係が築かれ、チームの結束が高まっている。このように海外子会社にも組織文化が浸透することで、長期に渡り運営できていると考えられる。
次に、世界共通の社是の存在が挙げられる。中国工場では、社是を中国語に翻訳して飾っていたが、皆で唱和するような活動は行っていない。しかし、ごく自然に浸透しているのは、海外子会社内における実践コミュニティの貢献が大きい。国内本社同様にフラット型組織である海外子会社は、ヨコの連携から実践コミュニティが形成されやすく、意味の交渉を通じて学習が積み重ねられていた。実際に、現地社員間の会話の中で、社是についての意味の交渉が行われ、社是への理解度が深化されていた。なお、長く海外子会社に勤務しスワニーの組織文化を持ち合わせている現地社員が、ブローカー(仲介者)として社是についての意味の交渉を手助けしていた。
また、春と冬の年2回、中国で開催されている「中国スワニー会」においても実践コミュニティの活動が見られた。中国スワニー会は、春は中国の4工場が持ち回りの1工場に集まり、冬は、国内本社の幹部が4工場を巡回する。そこでは経営会議が行われるが、特に春は工場ごとにテーマ別発表会も併催されている。その発表に際し、各工場で実践コミュニティが形成されている。自発的に集まった現地社員は、発表のために学習を重ね、例えば「パーツの裁断効率を上げるための資材固定方法」「楽な姿勢で作業ができる椅子」などのアイデアを出し合い、改善前と後のデータとともにまとめている。これらの発表では、国内本社の幹部からのコメントもあるため、工場間の競争意識が高まり、団結力が育まれ、彼らのモチベーション向上にもつながっている。さらに、国内本社の考え方や組織文化が海外子会社で働く一人ひとりに伝わる場という意味でも、中国スワニー会が果たしている役割は大きい。
SCATによる事例分析から、リサーチクエスチョン「人材面や資金面といった経営資源が大企業に比べて十分でない中小企業は、海外子会社へ組織文化を移転するために、中小規模ならではの独自の組織マネジメントを展開しているのではないか」を考察する。
まず、海外子会社が国内本社と並列な関係にある組織構造についてであるが、板野社長のコメント「海外子会社は国内本社の一つの部門と同じように扱われているため、距離感はない」にあるように、スワニーは海外子会社に一定の意思決定権を与えており、決して国内本社の意向を押しつけることをしていない。異文化を受け入れることができる、すなわちグローバル人材である中尾課長は、国内本社の組織文化を強要せず海外子会社と対等な関係を築く役割を果たしていた。
さらに、「国境を感じていない」と板野社長がコメントしているとおり、海外子会社とは常にコミュニケーションを取っており、現地社員たちに国内本社との一体感を与え、部外者感を生んでいない。これは中尾課長のコメント「馴れ合いのようなものは発生していない」が示しているが、決して“ぬるま湯”に浸かっているということではなく、言いたいことを言い合える関係が構築されている状態であり、業績評価面談などでコミュニケーションがしっかり取られている。それどころか、海外子会社でも形成されている実践コミュニティにより、意味の交渉を通じて、例えば社是についてなどの学習が行われており、組織文化の浸透に貢献していた。
なお、中尾課長のコメントのとおり、残業で不満を漏らす現地社員に対して、長く勤務する現地社員が「自分のために、社会のためにやっている」と社是を引き合いに出して説得したり、中国スワニー会においては「各工場で自発的な行動が続々と起きている」ということからもわかるように、実践コミュニティのブローカー役を果たしたりしている者もおり、円滑な組織文化移転を実現していた。ブローカーの役割を果たしているということは、すなわち異文化および国内本社の組織文化を受け入れていることから、まさにグローバル人材であるが、長く勤務しているからといって誰でもできることではない。このように海外子会社に国内本社の組織文化が移転されることで、現地社員に経験や知識が積み重なり業績面にも好影響を与え、組織文化も確固たるものとして引き継がれている。
海外子会社に十分な情報共有がなされないといったことはよくあるが、スワニーでは、国内外が並列につながっていることも手伝って国境を感じさせないほどにコミュニケーションが取られている。その他にも国内本社と同じく誕生会などのイベントを行ったり、社員食堂で食事を共にしたりと現地社員との距離が近い。精神的な国境が解消されることで一体感も生まれていた。
以上のような取り組みは、大企業では容易ではないと考えられる。実際、スワニーの国内本社と海外子会社間の並列な関係の基礎を成しているフラット型組織は、大企業よりも中小企業に多いとされるが、スワニーも中小企業であるからこそ中間管理職を置かないフラット型組織を維持できている面がある。大企業では規模的に国内本社をフラット型組織とすることが難しいので、どうしても国内本社と海外子会社の間で権力の格差が生じ、前者から後者への意向の押しつけも起きやすくなる。ゆえに大企業が、国内本社の一部署と海外子会社とを並列に扱う組織構造を実現し、国境を感じさせないコミュニケーションを取ることは必然的に難しくなる。例えば、大企業の社長が海外事務所へ出向いて、現地社員の一人ひとりとコミュニケーションを取ることは、現実的には難しいであろう。
また、国内本社でフラット型組織が実現されていれば、海外子会社でもフラット型組織で運営しようとなるのは、ある意味で自然の流れであろう。フラット型組織ではタテの関係よりもヨコの連携が強くなる傾向があるため、実践コミュニティが形成され、そこでの活動を通じて社員一人ひとりが組織マネジメントを担えるようになっていく可能性が高いとされる。スワニーの事例で、長く勤務する現地社員が実践コミュニティのブローカー役を担い組織文化を移転させる行動をとったことは、国内外でフラット型組織を構築している中小企業ならではの成果だといえるかもしれない。
海外子会社への組織文化移転に関するほとんどの先行研究は大企業を前提としており、日本人駐在員の役割に注目するものが中心であった。他方で、中小企業は駐在員として派遣できる人材の確保が難しく、育成する資金も十分でないことが多いが、スワニーの事例に見られるように、組織マネジメント次第で、海外子会社への知識移転と海外子会社での創意工夫を両立させることは可能なのである。
スワニーは今後、国内本社の規模を拡張する予定はない。仮に増やすとなると、海外子会社を国内本社の一部門と見なすことが難しくなるためだという。スワニーではこのように国内本社と海外子会社を分け隔てなく組織マネジメントしているため、海外「子会社」という主従関係がある呼び方ではなく、並列な関係にあるという意味で、海外「支店」という呼び方が適切だとしている。
本研究の理論的貢献は、十分なグローバル人材や資金といった経営資源を確保していない中小企業の海外子会社への組織文化移転において、①海外子会社は国内本社の一部門と見なす並列な組織体系で、国内本社の意向を押しつけない関係が精神的な国境を解消し、組織文化が移転しやすくなる、②海外子会社に長く勤務している現地社員が組織文化移転における実践コミュニティのブローカー役を担い、海外子会社の組織文化を維持、継続させることができる、という組織マネジメントを導出した点である。
なお、本研究の目的は、十分な資源を持たない中小企業が組織文化を海外子会社へ移転するために、中小規模ならではの独自の組織マネジメントを明らかにすることであり、到底本稿で完結するものではない。今後の課題は、スワニーの他の工場や、他の中小企業事例を加えることで、普遍性を高めていくことである。