2023 Volume 20 Pages 167-182
本研究は、持続可能な地域発展の実例として注目されるイタリアのテリトーリオ戦略の実践より地域発展のモデルを抽出したうえで、日本における地域発展のモデル構築に向けた試論を行う。調査から、イタリアのテリトーリオ発展モデルをそのまま日本に適用することは難しいことが明らかになった。日本の特徴として、第1に、テリトーリオの範囲は、行政区によりフォーマルに区切られながらも、行政区の中に散在する同業者団体や個別の企業を多元的な核としつつ、これらのアクターがそれぞれ想定する地域ブランドや地域アイデンティティの重なり合う範囲として緩やかに成立している。第2に、交易がコミュニティ形成の契機となる。交易をつうじて地元地域や日本の市場、さらに世界の市場へと開かれた市場に向けた経済活動が、地域ブランドや地域アイデンティティを形成する。第3に、交易の担い手となるのは、農業・漁業等のほか、関連する加工製造・流通・飲食・宿泊などを営む事業主やその業界団体といった複数セクターのアクターである。日本型テリトーリオの形成には多様なアクターの自律的活動や、アクター間のネットワーク形成に向けた仲介や支援が欠かせない。企業活動が重要であることから、そこで働く社員について、ワークライフバランスを実現できる雇用機会や、消費者としての生活の充実も欠かせない。外部からの環境整備や支援も重要であり、行政の役割が期待されるプロセスである。
This study argues a rural development model for Japan that applies Italy’s Territorio strategy, which is seen as a real-life model of sustainable rural development. The results show that it is difficult to apply the Italian development model as is to Japan. First, although Territorio in Japan are formally delimited into administrative districts, an overlapping scope of place branding and territorial identity is loosely established by a core of trade associations and individual companies scattered throughout each administrative district. Second, trade is a catalyst for community formation. Economic activities aimed at local, nationwide and global markets through trade create place branding and territorial identity. Third, trade is led by actors from multiple sectors, including agriculture, fisheries, and related businesses in processing, manufacturing, distribution, food and beverage, and tourism, as well as their industry sector. In order to form a Japan-embedded Territorio model, it is essential to support the independent activities of diverse actors and to form networks among them. Since economic activities are crucial, providing employment opportunities for employees to enhance their work-life balance and their lives as consumers is also necessary.
本研究は、持続可能な地域発展の実例として注目されるイタリアの「テリトーリオ戦略」の実践より地域発展のモデルを抽出したうえで、それとの対比から、日本における地域発展のモデル構築に向けた試論を行う。イタリアのテリトーリオ戦略については、木村・陣内(2022)にその特徴の整理と対応する実態の詳細な報告がある。一度は経済的に衰退の過程にあった地域の潜在的な魅力をワインや郷土料理などに代表される農産物やその加工品に見出し、これらをはぐくむ地域のコミュニティと都市との交流をつうじて、環境や社会に負荷をかけない持続的な地域発展のプロセスが示されている。
こうしたイタリアの実践は、豊かな第一次産業がある一方で、経済的な衰退や過疎化に直面する日本の地域発展に向けて、参考となるモデルを提供し得ると考える。とはいえ、イタリアのテリトーリオ戦略は、同社会の歴史的・政策的な文脈の中で実践されてきたものである。当然ながら、これをそのまま日本の実践に適用できるわけではない。イタリアのテリトーリオ戦略の中にある重要な要素を取り入れつつ、日本の地方の置かれた文脈を踏まえて修正してこそ、日本での効果的な実践のアイデアを得ることができると考える。
このような問題関心から、われわれは、試みに日本の地方の典型的な事例のひとつとして、鹿児島県の鹿屋市を選び、イタリアのテリトーリオ戦略の実践から得られる地域発展モデルとの対比から、日本に適用可能な地域発展モデルの仮説的な構築を試みることとした。考察のための資料を得るため、試行的な調査を行い、モデル構築に向けた論点を整理して示すことを本稿の目的としている。もちろんその妥当性は、より長い時間をかけた詳細な調査研究を行う必要があると考えている。本稿はそのための序説的な位置付けにあるものである。
木村・陣内(2022)をつうじて、イタリアのテリトーリオ戦略の実践についての分析は、EUおよびイタリアにおける政策の経緯の紹介や、ツーリズム振興、サプライチェーン、食文化等の観点から重層的・多角的に行われている。その全ての要素を取り入れたモデルを構築することは容易ではない。仮説的なモデルの起点としての位置づけにある本稿においては、われわれが重視するいくつかの側面に限定して、シンプルなモデルを示しておくことが有効と考える。より多様な要素に着目し、モデルの精緻化を目指すことは、これからの課題として位置付けておく。
こうした観点から、われわれは、木村・陣内(2022)の第2章における木村の考察に主に依拠することで、イタリアのテリトーリオ戦略における重要な要素をまず整理することとする。これを示すと以下のようになる1。
第1に、イタリアのテリトーリオ戦略の単位となるテリトーリオは、ひとつの社会システムとして捉えることができる。すなわち、テリトーリオは、①基層としてのコミュニティと、②上層としての市場経済との交易層から構成されている。前者は農村、後者は都市の特徴をもつ社会と見ることができる。農産物や文化的価値を生み出す農村のコニュニティが一方にあり、他方でツーリズム等をつうじて都市との交流があることで、経済的な発展の機会を得ている2。(図1)。
(出所)生源寺、2013、p.164を元に筆者ら作成。
したがって、第2の特徴として、テリトーリオ戦略の実践には複数のアクターが関わる。農産品やその加工品の生産者や販売者のほか、ツーリズムの担い手となる観光業者、地域コミュニティのリーダーや政策担当者などが、相互に関係しあいネットワークを形成している。これら多様なアクターの相互行為をつうじて、テリトーリオ戦略が実践される。相互行為が調整され、一貫した方向性をもつことでまさに「戦略」としてテリトーリオの実践が行われる。
第3に、テリトーリオの基層となる農村のコミュニティには、「コモンズの精神」が共有されている。これは平たく言えば、地域のコミュニティのメンバーが自由にアクセスできる社会関係やインフラなどの物的資源、自然環境などを共有しているという意識からなる。メンバー相互の信頼と紐帯、共有された社会規範(価値)などがこれを支えている。さらにはこれら共有の資源としてのコモンズを適切に共同で持続可能な管理をし、後の世代に継承しようとする意識も含まれる。こうしたコモンズの精神が成立することで、農村のコミュニティの凝集性が高まり、その安定的な存続が可能となる。
第4に、テリトーリオの①基層となるコミュニティと②上層としての交易層という2層構造が安定的に保たれ、地域の持続的な発展を可能とするためには、②交易層において重視される経済的価値(売上や収益の拡大など)と、①コミュニティにおいて重視される社会関係や環境などの外部経済価値という2つの価値がバランスよく両立される必要がある。経済的価値を重視して安易に効率化を目指し、それにより社会関係や景観などの物的環境、自然環境が損なわれるようでは、持続可能な地域の発展は望めない。
第5に、したがって、テリトーリオをめぐるこれら2つの価値の両立を可能にするアクターのあいだの価値のすり合わせや活動の調整プロセス、さらにはこれを支援したり規制したりする集団的ないし政策的なアクターの役割も重要となる。
第6に、とはいえ、テリトーリオのアクターが当事者として活動にコミットし、コモンズの精神をもとに地域の資源や文化を活かすような活動は、集権的な管理のスタイルとは両立しがたい。テリトーリオの実践は、地域のアクターが自律的に意思決定と活動を行い、これを地方政府などが支援するボトムアップのアプローチを特徴とする。地域の分散型ネットワークのなかで実践される特徴をもつ。
それでは、以上のようなテリトーリオ戦略のいわばイタリア・モデルを、どのように修正したら日本の地域発展のモデルとして応用可能なものとなるであろうか。われわれは、試行的に鹿児島県大隅半島にある鹿屋市で調査を実施した(図2)。
(出所)国土地理院地図(白地図)を加工して作成3。
日本は、すべての地方が1次産業の生産地としての長い歴史を持っているとは限らない。農村と都市との関係は、柳田(1929: 2017)をはじめ多くの学問分野で議論され、高度経済成長期に農村から都市に人口、特に若者が流出し、農村の高齢化と過疎化が進んだと一般的には理解されている。ところが、土壌に恵まれない土地では耕作や畜産が難しく、地方だからといって必ずしも高い生産能力を有していたわけではない。貧しい土地は国の大規模インフラ整備や第2次世界大戦後の農地改革等によってようやく1次産業を発展させていく。
鹿屋市の面積は448.15平方キロメートル、人口は100,427人である(2022年1月1日)。大隅半島のほぼ中心部に位置し、東西20km、南北41kmにおよぶ。北西部に高隈山地、南東部に肝属山地(国見山地)が連なる。両山地間にシラス台地の笠野原台地と鹿屋原台地がある。市の中央部を流れる肝属川の沖積平野を中心とする肝属平野が広がる。西側は鹿児島湾(錦江湾)に接し海岸線が続く。
鹿屋は多くの地方と同様に経済的な発展と衰退を経験している。都市エリアのシンボルとして賑わっていた商店街は4つあるが、現在は目立った活動もなく高齢化が進む一方である。たとえば、1979年、北田大手町商店街には1日1,000人の訪問客があったが、1985年以降衰退期に入った。農村・漁村エリアは、たとえば漁業については1990年代にブリの養殖からより高値で取引されるカンパチ養殖に転換した。1999年には水揚げ金額80億円であったが、近年は魚価の低下および燃油と飼料代高騰で経営状況は厳しく、倒産や廃業が相次いでいる。1980年代にパラダイムをシフトさせ地域が輝きを取り戻したイタリアとの差は明確である。
とはいえ、試行的な調査からは、今後の発展に向けた兆しとなるような当事者の取り組みも見られる。その延長線上に、地域発展のひとつのモデルを考えてみたい。
調査から、イタリアのテリトーリオ発展モデルをそのまま日本に適用することは難しいことが明らかになった。いわば「日本型テリトーリオ戦略」のモデルを構築するには、以下の5点が重要であると考える。
3.1 分散型コミュニティと緩やかなテリトーリオの輪郭形成第1に、日本の行政区の区分は、さかのぼっても明治維新以降の新たなものであり、それ以前からの伝統的な地域のコミュニティのまとまりとは必ずしも強い関係がなく設定されている。さらには農業・漁業などの地方の一次産業は、高度成長期以降の産業政策のもとで発展した例も多く、行政区を単位として、必ずしも地域のブランドとして確立していないなど、地域固有の産品として認知されていない。
したがって、コモンズの精神に見られるような地域の社会関係や物的資源、自然環境についての共有意識は、行政区を単位としては必ずしも確固として存在していない。
むしろ、行政区の中に、伝統的な地域区分を単位に農業・漁業者の同業者コミュニティが見られたり、高度成長期以降に発展した商店街などでの商業の同業者のコミュニティの再興が図られたりする場合が多いと考えられる。行政区のなかに、こうした小規模なコミュニティが存続したり生成したりするかたちで散在するイメージが典型的と見られる。伝統的な地域のまとまりが、そうした小規模コミュニティのアイデンティティの拠り所となる場合もある。
これらの分散型コミュニティは、高度成長期以降に発展し、その後、地域経済の衰退とともに希薄化してきた経緯を持つ場合が多い。こうした発展と衰退というプロセスの共通認識が、今後への危機感を高め、現在における同業者コミュニティとしての活動を促している面があると考える。
鹿屋市の事例に即して考えると、都市部の商店街は比較的新興のコミュニティであり、農村エリアは1967年の灌漑事業完了以降、古江地区の漁港コミュニティが古くから存在していた。
全国の商店街が衰退しているが、鹿屋市も同様である。より広域で町を盛り上げるために、鹿屋市の中心市街地の4つの町内会、1)本町、2)朝日町、3)北田東大手町、4)西大手町が連携して鹿屋市の町づくり過疎対策ネットワーク事業に参加し、1990年、かのや中央四心会(よんしんかい)を設立した。
住民らがワークショップを複数回開催し、地域町づくり計画を作成した。目的は、たとえばまちなかの集いの場づくりや支え合う関係づくりによる地域の維持・活性化である。
まちなかの集いの場づくりについては、西大手町会長が補助金を活用し、3階建て建築物の石田ビルを整備、1階はコミュニティルームと音楽室、2階は集会室と高齢者向け体操スクエアステップを開催し、高齢者のコミュニケーション空間となっている。
商店街のシンボルとなるクラフトビールも造られている。2名の若者が地域初のビールブランドを立ち上げ、地域の原料を使ったクラフトビールを生産している。たとえば、大隅半島産の大甘を使った金柑エール、地理的表示に登録された辺塚だいだいを使った代々エール、鹿屋の桑の実を使った桑の実エールなどがある(各650円)。四心会の高齢者に金柑エールのボトルのラベル貼りをしてもらい、ビールの売上の一部は地域活動の活動費として還元される(写真1)。
(出所)2022年8月4日筆者撮影
北田東大手町は、大隅半島の中で最もにぎわっていた地区であった。1960年に鹿児島交通が北田街に鹿屋バスセンターを開設し、桜商会が大隅初のデパートを開設した。1966年には北田銀座街にアーケードを設置、1979年には1日1,000人が訪れる賑わいを見せた。ところが1987年に国鉄大隅線が廃止され1992年に国道220号バイパスが開設すると、北田大手町は一気に来訪者が減ってしまう。2007年にバスセンター跡に北田大手町地区市街地再開発事業として商業施設リナシティかのやをオープンするも商店街の活性化にはつながらず、全盛期に62店舗あった北田商店街(220m)の現17店舗のうち3店舗は空いたままである。2012年から3年間、北田大手町商店街振興組合は経済産業省の中小商業活力補助金や商店街まちづくり事業等を活用し、アーケードを改築したり防犯カメラを設置したりした。2016年には国の商工観光課の補助金で市民協働ショッププロジェクト事業としてキタダ・サルッガ(KITADA SARUGGA)をオープンさせた。1982年に廃業した商店街内の靴屋の跡を使い、起業を目指す女性や若者が店舗経営のノウハウや商品づくりを学ぶインキュベーターとしての場を提供する。飲食店ができる貸店舗、地元住民の作品を展示販売するレンタルボックス、イベント開催用のフリースペースを利用することができる。鹿屋市は改装費や家賃・共益費・運営費の一部を補助、北田大手町商店街振興組合が市から業務委託を受けてショップの企画と運営を行う。
都市エリアだけではなく農村・漁村エリアも衰退を食い止めるために農林水産品をハブとして活用しながら地域アイデンティティを形成している。
共有財を再発見し活用し、コミュニティの紐帯を促すハブにする知的作業が必要であるが、そのイニシアチブ役を外部の人間が担う場合がある。2014年7月から2017年3月までの2年8か月間、鹿屋市副市長を務めた農林水産省の行政官F氏は就任当初から地域資源をコミュニティのアイデンティティにすることを目標にした。
シンボルとなる1次産業産品の選定では3つの基準を設定した。第1にサプライチェーン・マネジメントを一気通貫させ関連主体を結び付けることである。牛は地域内で加工をしていないため候補から外し、飼育、加工、販売の全生産工程を鹿屋市内で行っている豚を選んだ。第2に市場の需要拡大に対応する供給能力があること、第3に一緒に動いてくれる主体がいることである。基準を満たしたのは、農協(JA鹿児島きもつき)が協力的な豚、および鹿屋市漁協の青年部(1980年発足、部員数25名)が協力的なカンパチであった。
地域資源の1つ目、豚については、住民は悪臭がするといって豚の関連施設を迷惑扱いしていた。それまで、豚を市外の加工業者に出荷していたJAは、地域主体と協力して飼育、屠畜、加工、販売まで市内で行う仕組みを構築した。
鹿屋市は畜産の町として認知されていたにもかかわらず、住民が自慢できる料理、いわゆるソウルフードがなかった。豚を住民から愛される存在にするために、複数セクターでの取組みを展開した。2016年、豚バラ丼研究会が「かのや豚バラ丼」を開発した。市内には8ヘクタールの敷地に5万株のバラが植えられているバラ園がある。畜産セクターの豚の生産者や加工業者だけではなく、観光セクターで市営のかのやばら園、商業セクターで営利企業である飲食店関係者にも参加してもらい、“豚バラ”と“薔薇”をかけた豚バラ肉を薔薇の花のように盛りつける豚バラ丼を、飲食店メニューとして開発したのである。どんぶりのように鹿屋の住民が1つになって欲しいという願いを込めている。ボトムアップ型で、住民、飲食店、畜産家、JA鹿児島きもつきが、鹿屋のソウルフードとなる豚バラ丼の定義を共に決めた。飲食店への参加条件は、1)鹿屋産の豚バラをメインにする、2)市花の薔薇を表現する、3)丼に鹿屋への愛情を注ぐである。F氏は上からの押し付けにならないように気をつけた。
地域の子供たちが豚のことを知り、愛着を持つようになるために食育活動を行った。JAが協力し、食育活動として、黒豚の肥育農家が小中学校で話をした。地域住民同士の紐帯が生まれ、住民は豚を理解し愛着を持つようになった。
学校給食で豚バラ丼を提供するために、給食センターがコスト面で協力した。給食センターが、パプリカ、キャベツ、豚バラ肉を別々に調理し、子供たちが自分で取り分けて薔薇のように飾り付けることでコストを抑えることができた。学校側は喜び、畜産家も子供たちとのコミュニケーションを喜んだ。
行政の主体もかかわり、豚バラ丼のキャラクターをデザインした。豚のキャラクターの認知度向上と、鹿屋の主要産業が養豚であることを理解してもらうために、教育委員会の協力を仰ぎ、愛称を募集した。名称は市内の小中学生から募集し、「ばらブー」と名付けられた。
地域資源の2つ目、カンパチに対する住民の愛着も低かった。年間30億円から40億円の売上げがある鹿屋の主要産業であるにもかかわらず、住民はテリトーリオの資源として認知していなかったどころか、鹿屋に海があることさえ意識されていなかった。漁協の青年部とF氏は、カンパチを住民に愛される存在にするためにオリジナルソングとカンパチダンスを作った。保育園児から漁協の漁師まで参加するミュージックビデオも制作した。鹿屋市漁協のキャラクターの「かのやカンパチロウ」が誕生し、カンパチロウと住民がカンパチダンスを踊る。カンパチの売上げ増加を目的にせず、鹿屋のシンボルとしてのカンパチにハブ機能を与え、住民が集結する仕組みを作ろうとした。住民が心を1つにするには共通言語が必要である。カンパチダンスを鹿屋市の住民の心を1つにする共通言語にした。全ての小学生がカンパチダンスを踊れるようになれば、将来、大人になって鹿屋を離れたときに鹿屋住民の心の原風景になる。実際、生徒たちがカンパチダンスを踊るのが市内の運動会の定番である(写真2)。
(出所)2022年3月23日筆者撮影
また、「カンパチvs豚:世紀の対決キャンペーン」を展開し、かのや豚バラ丼とカンパチdeリゾットという2つのメニューを浸透させることで、豚、薔薇、カンパチという鹿屋市の地域資源を市内外に認知させていった。
3.2 経済活動からのコモンズ的な規範・価値形成第2に、上記の経緯と関連して、日本の地域の文脈においては、イタリアにおけるテリトーリオを構成していた2つのグループのうち、地域のコミュニティの活動だけでなく、交易層における市場での活動への着目がとりわけ重要となる。イタリアにおける典型的事例のような、農村における確固とした伝統的なコミュニティが存在しない場合、互いに市場において競争しつつも経済的な利害を共有する事業主および事業主からなる同業者団体の経済活動が、コミュニティの形成や再興を促すというプロセスが重要になるためである。
そうした経済活動のなかで、農産物や漁業資源などの地域の産物の価値が発見・構築されて、これを支える社会関係や物的資源、自然環境の重要性があらためて認識され、テリトーリオにおけるコモンズの精神に準じた集合的な意識や規範が事後的に共有されるプロセスが重要である。
たとえば、豚については、地域で協力し、スーパーマーケットの弁当のご飯の上に乗せる具として「豚バラ丼の具」を市内で加工し出荷した。宣伝広告費を費やすことなく、栃木から沖縄までの量販店に8万食分の鹿屋の名が入った商品を棚に並べることができた。
カンパチについても、鹿屋市漁協と鹿屋市商店街連合会が飲食店に「カンパチdeリゾット」の新メニュー販売を提案した。その流れから、2016年、カンパチは年間約30万食販売されるセブン-イレブンのおせち料理に使われることになった。さらに、同年10月、南九州ファミリーマートが「カンパチdeドリア」を期間限定で商品化した。鹿屋市商店街連合会(鹿屋市新川町600)と鹿屋市漁業協同組合(鹿屋市古江町7468)が協力し、鹿児島県と宮崎県のファミリーマート409店で販売された。地域資源が経済価値を生むことに成功したといえる。
豚もカンパチも市場経済活動で成功させられたことから、住民のテリトーリオのアイデンティティを形成できたように思われる。イタリアと逆転現象が起こった理由としては、イタリアの農村がコモンズの精神で在来品種(autoctono)を大切に守り育てているのとは異なり、鹿屋の養豚は戦後から、カンパチの養殖は1990年代からと歴史が浅く、住民の意識にもそれらが地域のシンボルではなかったからではないだろうか。
3.3 分散型コミュニティの成員としての経済的アクター第3に、これと関連して、交易層の担い手として、農業・漁業等のほか、関連する加工製造・流通・飲食・宿泊などを営む事業主やその業界団体が重要なアクターとなる。いずれも交易層の担い手としてだけでなく、地域内に散在する小規模コミュニティの核ともなり得る。それらにより、イタリアのテリトーリオに準じた行政区内での広域な連携も展望される。
これらのアクター、とりわけ個人の事業主の活動は、経済活動とコミュニティの一員としての活動の両面を持つことになる。これに応じて、活動の動機は、地域の資源を用いて売上や利益の拡大を志向することや、自らが住む地域を便利にしたいといった生活者的な志向、地域への愛着など、多様となり得る。これらの動機は必ずしも互いに排他的ではなく併存しうる。いずれが大きいかはアクターにより様々となろう。
鹿屋市のK社は1953年(昭和28年)設立の飼料販売会社である。売上高30.4億円、従業員は102名(内パート30名)である。代表取締役T氏は地域の資源を用いて自社の売上拡大を志向して多角化をおし進め、結果として鹿屋の都市エリアが賑わいをみせるようになった。
K社の主要事業は飼料メーカーの代理店で、動物用サプリメントや畜産機材を販売する。飼料原料を海外から輸入し、自家製造も行う。その飼料で育てられた畜産物を買い取り、自社店舗で調理、加工、販売する。2019年よりエコフィード事業かのやエコフィードセンターも運営する。エコフィードとは環境の「エコ(eco)」と飼料を意味する「フィード(feed)」を併せた言葉で、鹿児島特産の焼酎カスを発酵、分別、発酵処理などを行い、年間約1,200tの完全混合飼料の原料を製造する。
2018年、ナチュラルチーズを開発した。T氏が北海道で美味しい国産チーズに出合ったのがきっかけである。乳脂肪分が高くチーズ作りに適したジャージー牛5頭を購入し、委託農家から毎日120~140リットルの生乳を仕入れ、チーズ職人がチーズを作る。2020年10月、T氏は宿泊施設のホテルを開業した。隣接するカフェレストランでは、自社仕入れ肉、オリジナルのチーズとヨーグルトを使った料理を提供する(写真3)。
(出所)2022年8月4日筆者撮影
T氏よりもテリトーリオ愛が強いのは北田大手町会長の息子のH氏である。2021年12月、水神通り沿いにレストランを開業した。食通もうなる本格的な料理であるが、食材は徹底して地元のものを使う。そのため野菜の多くが在来品種である(写真4)。昔ながらの郷土料理ではなく、現代的でありながら奇をてらわず素材の旨味や特性を引き出す調理法で提供される。H氏は雑誌編集者と共に新会社を設立し加工食品事業を始めた。漁師からカンパチは数日寝かせてから食べるのが美味しいと聞き、口承されてきた熟成法を元に鹿児島大学と3年間研究をして熟成技術を開発した。冷凍品(983円/90g)にして東京のレストランや百貨店に卸し、インターネットで直接販売もしている。
(出所)2022年8月3日筆者撮影
とはいえ、イタリア・モデルを踏まえるならば、地域の社会関係や自然環境等を重視する意識と、これを切り崩さない持続的な取り組みを大事にするアクターに意識が共有されることが欠かせないと考えられる。事業主の地域への定住志向がこれを支える面があり、また同業者コミュニティにおける価値観の共有やピア・プレッシャーによる規制も重要な役割を果たしうる。
畜産セクターについては、Z社が70代の父親の家業を3人の子供が継ぎ発展させている。Z社は飼育、加工、販売まで一ヶ所で行いフードチェーンを一気通貫して行う。トウモロコシ、海藻粉末、麦、納豆菌等を自家配合し、人間でも口にできるような安全な飼料を豚に与える。地下80メートルから組み上げた新鮮な地下水を豚が自由に飲めるようにしている。牧場訪問者は、ガラス張りの加工場で行われる豚の解体と加工品製造を見学し、牧場に隣接する直売所で製品の購入と飲食ができる。父親の世代では畜産で町に臭いが充満し鹿屋の香水、田舎の香水と揶揄されていたが、地域住民の畜産への理解をえるために腸内環境が良くなる飼料を与えるようにした。頭数を増やせば臭いが出てしまうので頭数を逆に減らし、代わりに付加価値を生みプレミアム価格で買ってもらえるようにする。消費者に大きな幸せを与えることはできなくとも日常の小さな幸せを感じてもらえるようにする。
漁協についても、親の世代が80億円の水揚額から低迷してしまったカンパチ養殖を息子世代がカンパチの街として鹿屋を盛り上げることを目標にイノベーティブな取組みを展開していった。いずれの事例も若い世代が家業を継ぎ、より地域資源を活用した事業へと拡張させている。
3.4 持続的基盤としての就業機会と生活環境の充実第4に、上記の点と関連して、「日本型テリトーリオ戦略」において、企業の活動が重要であるとすると、そこでは働く社員の生活を安定させ、豊かにする仕組みが欠かせない。地域のアイデンティティの構築は、心理的な面での生活者の豊かさに資すると考えられる。自然へのアクセスの良さや商店街など消費生活の拠点の充実も生活者にとり重視する点であろう。また、それだけでなく、地域における雇用機会や、託児所の整備など、被用者のワークライフバランスの実現を可能にするような地域の環境整備も欠かせないだろう。
鹿屋市古江町は2020年に閉店してしまった小売店(みなと市場)を漁協と共に復活させることにした。古江地域は1945年から1950年ごろをピークに人口が減少し続けている。2006年に914人だった人口は、2022年に623人に減り、2045年には303人になると見込まれている。2021年に住民を中心メンバーとしてワークショップを開催し、基本理念を打ち出しプロジェクトを発足させた。基本理念は「オール古江で取り組む特色ある地域資源を活かしたみなとまちづくり」である。古江特有の地域資源を活用し住民の古江は1つという思いを繋げることで活気ある地域づくりを目指す。地域の人が求める日用品と、古江の特産品を取り扱うことで、地域内外の人々が交流できる場にする。
西大手町会長A氏は25年にわたり学童クラブを運営している。定員は120名である。一般的な学童が子供の預り時間や時期に制約があり学童を最も必要としている片親家族が使いづらいことを認識していることから、A氏は利用時間を21時までとしつつ、必要であれば延長もできるようにした。
人口が減っていく社会では、1人の人間が複数の役割を担うことが望まれる(池上・田中, 2020)。四心会では音楽室で子供たちにダンスを教える男性の本業は企業勤めで営業マンである。高齢者にスクエアステップを教えるのは27歳の作業療法士だがスクエアステップ協会の資格認定を取得し指導している。クラフトビール会社創業者の1人の本業は美容師である。
3.5 「日本型テリトーリオ戦略」へ第5に、イタリアのテリトーリオの実践を踏まえると、日本の地方においても、地方自治体の役割は重要となるだろう。基本的な産業政策のほか、交易層における萌芽的な取り組みへの資金面での支援、広報活動、利害の異なる事業主等のアクター間でのネットワークの形成支援など、果たしうる役割は大きいと考える。そうした活動の指針を検討するうえで、「日本型テリトーリオ戦略」のモデルの構築が参考になる面もあると考える。
鹿屋市は都市エリアでは、キタダ・サルッガに対して管理運営業務委託費として支援している。四心会は鹿屋市の町づくり町内会ネットワーク推進事業を使って設立された。
農村エリアでは、2020年3月、N牧場は鹿屋市が管理する霧島ヶ丘公園(通称バラ園)内に豚加工品の製造と販売を行う複合施設を開設した。行政が管理する公園の中にプライベートの企業が入った先進的事例である。
以上、われわれは、鹿屋市の事例をヒントに「日本型テリトーリオ戦略」に想定される基本的な特徴について考察した。高度成長期と80年代のバブル経済期を経て日本の多くの農林漁村は衰退し、繰り返される市町村合併で異なるアイデンティティを持つ地域が集められた新しい行政区が作られた。このような日本にイタリアのテリトーリオ発展モデルを適用するには修正が必要である。日本型テリトーリオ戦略の要点をあらためて整理すると、以下のようになろう。
第1に、テリトーリオの範囲は、行政区(市町村など)によりフォーマルに区切られながらも、行政区の中に散在する同業者団体(漁協や畜産業者団体、商店街)や、個別の企業を多元的な核としつつ、これらのアクターがそれぞれ想定する地域ブランドや地域アイデンティティの重なり合う範囲として、緩やかに成立している。その図をイメージとして描くと図3のようになる。
(出所)調査を元に筆者ら作成。
第2に、交易をつうじて地元地域や日本の市場、さらに世界の市場へと開かれた市場に向けた経済活動が、地域ブランドや地域アイデンティティの形成にとって重要な契機となる。すなわち、経済活動が、市場において互いに競争しつつ協力する事業主の共通利害の自覚を促し、同業者コミュニティの基盤を提供するとともに、地域ブランドの形成に向けた共同の取り組みを促し、テリトーリオ内での取引や連携といったネットワークの形成、地域アイデンティティの形成を促す。いわば交易がコミュニティ形成の契機となるというプロセスが重要となる。
第3に、そうした交易の担い手となるのは、農業・漁業等のほか、関連する加工製造・流通・飲食・宿泊などを営む事業主やその業界団体といった幅広い業種のアクターである。個別事業主の事業範囲の拡大もある。「日本型テリトーリオ」の形成に向けては、そうした多様なアクターの自律的な活動やアクター間のネットワーク形成に向けた仲介や支援が欠かせない。また、企業の活動が重要であるとすると、そこで働く社員について、ワークライフバランスを実現できるような雇用機会や、消費者としての生活の充実が欠かせない。地域発展がこれを促すサイクルに乗るまでは、外部からの環境整備や支援も重要となろう。行政の役割が期待されるプロセスである。
以上を踏まえて、「日本型テリトーリオ」のモデルにおいて想定される地域発展のプロセスを図にすると図4のようになるだろう。コミュニティとしての同業者集団と自律的な事業主が点在する段階から、これらのアクターの自主的な連携や行政の媒介をつうじてアクター間のネットワークが形成される段階、さらにはそうしたネットワークをつつむかたちで地域ブランドや地域アイデンティティが形成される段階へというプロセスが想定される。
(出所)調査を元に筆者ら作成。
これらのプロセスにおいて重要な役割をはたすのは、地域や日本全国、さらには世界の市場に開かれた経済活動である。そうした交易層での取り組みが、アクター間による第一次産品などの地域の資源の価値の再認識とブランド化、アイデンティティ形成を促し、地域の持続的な経済発展の契機となる。さらにその成功のアクターによる認識や実感が、地域における同業者のコミュニティやブランド、アイデンティティをより強固にするという好循環が期待される。
もちろんこうしたプロセスを実現するうえでは、様々な課題もあろう。またここで取り上げていない重要な要因が、「日本型テリトーリオ」モデルでの地域発展にとり重要かもしれない。本研究では、その導きの糸となるような仮説的なモデルを提示するにとどまる。その精緻化は、今後の調査研究の課題としたい。
また既述のとおり、本稿の仮説は試行的調査にもとづくものであり、十分な事実により実証できていない部分も多い。とくに地域資源の価値の再認識やブランド化が当事者のアイデンティティ形成に実際につながっているかについては、インタビュー調査等により当事者の認識の変化について実証的に確かめる必要がある。またアクター間のネットワークの質をとらえるには、継続性や規模といった取引関係の性質のほか、並行して行われるインフォーマルな人的交流の実態等についても把握することが重要となろう。さらに同業者コミュニティの性格を理解するには、当事者のコミュニティ意識のほか、経済的関係に限定されないコミュナルな社会関係の質の把握も必要となろう。このほか、ネットワークの基盤となる経済活動の継続性を評価するうえで、中核となる事業者の収益構造や人事管理、さらには就業者の労働条件や働き方、生活の実態についての確認も重要と考える。こうした事実の確認と照らして、より実態に即したモデルを考察することも「日本型テリトーリオ」モデルの実践的な有用性を高めるうえで重要と考える。
A氏 | かのや中央四心会 | 西大手町内会長 | 2022年3月23日 2022年8月4日 |
Z氏 | F社 | 創業者 | 2022年3月23日 |
F氏 | 農林水産省 | 元鹿屋副市長 | 2022年3月11日 |
T氏 | K社 | 代表取締役 | 2022年8月3日 |
H氏 | レストラン | 店長&シェフ | 2022年3月22日 2022年8月3日 |
Y氏 | 古江町町内会 | 会長 | 2022年8月4日 |
U氏 | 鹿屋市漁協青年部 | 部長 | 2022年8月4日 |
H氏 | 北田大手町商店街振興組合 | 顧問 | 2022年8月5日 |
I氏 | キタダ・サルッガ | 店長 | 2022年8月5日 |
(出所)調査を元に筆者作成。
調査にあたり、鹿屋市役所市長公室および各部署の皆様にお世話になりました。
本研究は文部科学省科学研究費補助金(19H01544および20K01862)の支援を受けて行われた。