Journal of Innovation Management
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Research Notes
The Revision of Segment Accounting Standards in the U. S: Exposure Draft by the FASB
Takayuki Nakano
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2023 Volume 20 Pages 183-194

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要旨

米国の会計基準設定主体であるFASB(財務会計基準審議会)は、2022年10月に、セグメント会計基準に関する改定案を公表した。本稿の目的は、同改定案公表に至る経緯を跡づけるとともに、提案内容について検討することである。当初、FASBは、(1)セグメンテーションにおける集約基準の改善、および、(2)開示項目の拡充という二つの主題の検討に着手した。(1)については審議の結果、コスト効率的に集約基準の改善を図ることは難しく、最終的に審議の対象から外された。一方、(2)については、現行基準の維持を前提に、CODM(最高経営意思決定機関)に定期的に提供され、かつ、セグメント利益に算入されている、重要な費用項目の追加的開示が改定案で提案されている。かかる重要な費用の原則の導入により、研究開発費や人的投資をはじめ、企業における重点投資分野および企業の戦略がより鮮明化することが期待される。ただし、一部のFASB委員は重要な費用の原則の有効性を疑問視しており、当該原則がどの程度機能するかは未知の要素を含んでいる。米国は、これまでセグメント会計基準の形成を主導してきているだけに、今後の審議が注目される。

Abstract

In October 2022, the Financial Accounting Standards Board (FASB) issued the Proposed Accounting Standards Update on segment reporting. The purpose of this paper is to trace the process that led to the release of the Proposed Accounting Standards Update and to discuss the proposal. Initially, FASB has undertaken two tasks: (1) improving the aggregation criteria in segmentation and (2) improving the disclosures. In the end, (1) was removed from the agenda because it is difficult to improve the aggregation criteria in a cost-effective manner. Meanwhile, with respect to (2), the proposal is to add the disclosure of significant expense items that are regularly provided to the chief operating decision maker (CODM) and included in segment income. The introduction of the significant expense principle is expected to clarify corporate strategy, including R&D and human resource investment. However, some FASB members are skeptical of the effectiveness of this principle. Since the U.S. has led the formation of segment accounting standards to date, we should pay attention to the upcoming deliberations.

1.  はじめに

米国の会計基準設定主体であるFASB(財務会計基準審議会)は、2022年10月に、セグメント会計基準の改定案(FASB, 2022)を公表した。本稿の目的は、同改定案公表に至る経緯を跡づけるとともに、提案内容について検討することである。

セグメント会計基準は、米国基準、IFRS(国際財務報告基準)および日本基準という、世界の主要会計基準において事実上同一となっており1、国際的コンバージェンスが達成されている(IASB, 2006企業会計基準委員会, 2008a)。国際標準となっているのは、もともと米国が1997年に採用した、いわゆるマネジメント・アプローチ(以下、「MA」という。)に基づく作成基準である2(ASC 280)。MAとは、簡潔に表現すれば、社内で実際に使用されている資源配分や業績評価の単位をベースにセグメンテーションを行い、かつ、そこで実際に使用されている指標(売上高、利益および資産等)をセグメント別に開示することをいう。

一方、米国ではFASBが、2010年代後半以降、情報作成者、利用者、監査人および研究者等の意見を踏まえながらセグメント情報改善の可能性を探ってきた。その結果、FASBは2022年10月6日に「セグメント報告(トピック280)―報告セグメント開示の改善」と題する会計基準更新書案を公表し、同年12月20日を期限として意見募集を行った(FASB, 2022)。本改定案は、現行のMAに基づく作成基準を本質的に変更するものではなく、現行基準の維持を前提に、主に「セグメント費用」に関し開示の拡充を図るというものである。また、IFRSに対して本提案事項を要望する意図はなく、提案内容は主にセグメント費用に関する開示の拡充に留まるので、IFRSとの間で達成されている、セグメント会計基準の国際的コンバージェンスも維持されるとの立場をとっている(FASB, 2022, BC54-55)。すなわち今般の提案は、現行のセグメント会計基準の骨組みは変更せずに、一部事項の開示の拡充によりセグメント情報の改善を図ることが意図されている。

とはいえ、会計基準の設定史上、セグメント会計基準の形成を主導してきた米国において一定の改善案が提示されたことは、注目に値するといえるだろう。FASBは現行のセグメント会計基準は利用者のニーズを必ずしも十分に満たしていないことを認めており、本提案に至る過程でFASBの委員を含め交わされている討議はセグメント情報の会計制度のあり方を考察する上で有益な内容を含んでいるといえる。こうした問題意識から、本稿ではFASBによるセグメント会計基準改定案が公表に至るまでの経緯を跡づけるとともに、その意義や課題について考察することとしたい。

本稿の構成は、以下のとおりである。まず2では、FASBがセグメント情報の開示を議題に取り上げ、審議事項を絞り込むまでのプロセスを見る。続く3では今般の提案を概説し、4ではその意義および課題について検討する。最後に、5では本稿の考察を要約するとともに、改定案をめぐる課題等について言及する。

2.  審議の経緯

2.1  MAに基づくセグメント情報の作成

審議経緯について具体的に考察するのに先立って、MAに基づくセグメント情報の作成手続について簡潔に確認しておく。重要な手続は、(1)セグメンテーション(報告セグメントの決定)と(2)開示項目(開示すべき項目の決定)の二つに大別できる。

MAの下では、概ね次の手続により(1)セグメンテーションが行われる3(企業会計基準委員会, 2008a、第6項-第16項)。

①【事業セグメントの識別】最高経営意思決定機関4(chief operating decision maker: CODM)が資源配分の意思決定を行い、またその業績の評価を行うために経営成績を定期的に検討している単位を、「事業セグメント」(operating segments)として識別する。

②【事業セグメントの集約】上記事業セグメントは、経済的特徴および商製品・サービスが概ね類似している等の要件を満たす場合には集約できる。

③【報告セグメントの決定】①または②により識別された事業セグメントのうち、一定の量的基準を満たすものを「報告セグメント」(reportable segments)として開示対象とする。

米国基準が1997年にMAを導入した主な理由の一つは、恣意的なセグメンテーションを抑制しようとする点にあった。この点に関し、上記①ではCODMが資源配分や業績評価に実際に用いている単位を「事業セグメント」として識別するので、恣意的にセグメンテーションを行うことは難しい。一方、②では、事業セグメントの集約を許容しているので、恣意性が介入する余地がないとはいえないものの、類似性を担保する複数の要件を課すことにより、恣意性の介入を難しくする仕組みは施されている(中野, 2021)。

次に、(2)開示項目、すなわち報告セグメント別にいかなる項目を開示するかが問題となるが、現行のセグメント会計基準は、利益、売上高、減価償却費、受取利息・支払利息等、開示すべき項目を指定している(企業会計基準委員会, 2008a、第17–22項)。ただし、MAの下、一律の開示は強制化されておらず、当該指定項目のうち実際に開示されるのは報告セグメントの利益の計算に算入されている、あるいは、CODMに定期的に提供されている項目に限定される。たとえば、支払利息がセグメント利益の算定に含まれていない、あるいは、CODMに定期的に提供されていない限り開示対象にはならない。また、開示すべき会計数値には会計基準に準拠しているかどうかに拘わらずCODMが実際に業績評価等に使用している指標を採用し、損益計算書および貸借対照表上の金額と差異がある場合には差異調整に関する開示を行うべきことが要求されている。

2.2  セグメント報告のプロジェクト

FASBによるセグメント報告のプロジェクトは、FAF(財務会計財団)が2012年にセグメント会計基準に関する「適用後レビュー報告書」(FAF, 2012)を公表したことに端を発している。同報告書はFASBが1997年に公表したSFAS(財務会計基準書)第131号「企業のセグメントおよび関連情報の開示」(FASB, 1997;ASC 280)の適用後レビューの結果を報告し、財務諸表作成者、利用者、監査人および研究者等を対象とする質問票・聞き取り調査、学術文献の検討および開示資料の検討を実施の上、同基準の評価および課題の識別を行ったものである。

同報告書は、まずMAはステークホルダーから全般的に支持されており、SFAS第131号は当初の目的を達成していると肯定的に評価している。MAを中核に据える現行基準は、抜本的には検討し直す必要はないとする評価である。ただし同報告書は、財務諸表利用者の約1/3は開示項目に不満を覚えていることを指摘している。2.1で見たように、現行基準は開示項目として利益、売上高、減価償却費、受取利息・支払利息等を画一的に指定しているが、利用者は売上総利益等の開示も要望している。また監査人や研究者は、セグメンテーションの手続の適用が難しいケースがあること、さらに集約基準(2.1のセグメンテーションの手続の②)が悪用されているとする指摘を受けた。以上のFAFによる適用後レビュー報告書に対して、FASBは今後指摘された点を検討する旨回答した(FASB, 2013)。

続いて、2016年にFASBは専門的議題の識別のために各種会計および開示問題に関し意見募集を行った。その結果、セグメント情報に関しては主に二つの意見が寄せられた。第一は、投資家を含む利用者はセグメンテーションにおける集約手続の改善を求める意見を寄せた。投資家等は現状の報告セグメントの粒度は粗く、より細かく分割されることを要望した。第二に投資家の多くが、開示項目の拡充を望んだ。

こうして投資家をはじめ主に情報利用者から、(1)セグメンテーション、とくに集約基準の改善、および、(2)開示項目の拡充の要望が寄せられたが、この点は上記適用後レビュー報告書の指摘と基本的に一致している。以上の結果を受け、FASBは、2017年にセグメント報告に関するプロジェクトを専門的議題に追加することを決定した。具体的な主題は、(1)セグメンテーションにおける集約基準の改善、および、(2)開示項目の拡充の二つであり、各々基準の改善が可能か否かの検討にスタッフが着手した(FASB, 2022, BC9)。

2.3  改定対象の決定

FASBは、2018年にセグメンテーションに関する検討に着手したが、結局、プロジェクトの範囲にセグメンテーションの問題は含めないこととなった(FASB, 2022, BC10)。

セグメンテーションに関し、(a)報告セグメントを事実上10個以内に制限する、現行の集約基準を改善する、または、(b)一定の量的基準を超える事業セグメントは報告セグメントとするとともにその他は集約できることにするという案を財務諸表作成者と協議したものの、実態上類似した事業セグメントの統合も不可能になる、あるいは、その他の報告セグメントが大規模化しかつ異質な事業が統合される、といった懸念が表明された。

加えて、投資家の意見を代表する、FASB内の投資家諮問委員会ではセグメンテーションについて意見の一致が見られず、当該委員が全体として現行のセグメンテーションの手続に不満を覚えているわけではないことが確認された。

以上、作成者および投資家の意見を踏まえ、FASBは、上記(a)、(b)ともにベネフィットに比べコストが大きく、コスト効率的にセグメンテーションの改善を図ることはできないので、事業セグメントの識別、事業セグメントの集約および報告セグメントの決定に対する量的基準の適用の検討のいずれもプロジェクトの対象に含めないとの結論に至った。これをもってセグメンテーションをめぐる問題は、審議対象から除外されたわけである。

続いて、2019年にFASBは開示項目の拡充の検討に着手した(FASB, 2022, BC11-12)。作成者が資産および負債については業種を超えて開示の拡充を求めることは難しいとの意見を示したこと、また投資家はとくにセグメント費用の改善を全面的に支持したことから、主にセグメント費用の改善に対象を絞り込んで審議を進めることになった。投資家は、報告セグメントに関し詳細な費用情報を必要とすることが多く、財務的なトレンドを把握するなどの観点から有用である、との意見を示した。

以上の経緯により、本プロジェクトは重要なセグメント費用を主な対象とすることになった。

3.  改定案の概要

3.1  主な提案事項

前述のとおり今般の改定案は、MAに基づく現行の作成基準を本質的に変更するものではなく、現行基準の維持を前提に、開示の拡充を図り、米国企業のセグメント情報を改善することを意図したものである。主な提案事項は、以下の5点である(FASB, 2022, 2)。

① 重要な費用の原則(significant expense principle)

CODMに定期的に提供され、かつ、報告セグメント利益(または損失)に算入されている「重要なセグメント費用」を開示しなければならない。

② その他のセグメント項目(other segment items)

「その他のセグメント項目」は上記の重要な費用と同様に今般の改定案により導入された概念であり、その他のセグメント項目とは、報告セグメント利益と(セグメント売上高-重要なセグメント費用)の差額をいう。詳しくは後述するが、現行基準に基づく費用の開示項目は、重要な費用に含まれない場合、その他のセグメントの内訳項目として引き続き開示が継続することになる。

③ 期中報告

米国は四半期報告制度を採用しているが、上記①、②を含む報告セグメント利益および資産に関する開示は、期中報告である、第1四半期~第3四半期においても開示しなければならない。

④ 複数の利益指標の開示

CODMがセグメント利益について複数の指標を使用している場合、当該複数の指標を開示することができるが、報告セグメント利益の少なくとも一つは連結財務諸表の金額の測定基準と最も整合する尺度を用いなければならない。

⑤ 単一セグメント企業の開示

これまで単一セグメント企業については、MAに基づくセグメント情報の開示は要求されていないが、同企業群についても改定案が新たに規定した項目、および、現行基準に基づく項目の開示が要求される。

以下、各事項について説明する。

3.2  重要な費用の原則

まず、FASB(2022)の例示を用いて重要な費用の原則について説明していく。表1は、現行基準に基づくセグメント情報の例示である。表1では、現行基準により指定された費用項目として、受取利息、支払利息および減価償却費等が開示されていることを確認できる。

表1 セグメント情報の例示(現行基準)
自動車部品 船舶 ソフトウエア 電子 金融 その他
外部顧客に対する売上高 3,000 5,000 9,500 12,000 5,000 1,000 35,500
セグメント間の内部売上高または振替高 3,000 1,500 4,500
受取利息 450 800 1,000 1,500 3,750
支払利息 350 600 700 1,100 2,750
受取利息(純額) 1,000 1,000
減価償却費 200 100 50 1,500 1,100 2,950
セグメント利益 200 70 900 2,300 500 100 4,070
その他の重要な非資金項目
 長期契約に関する超過費用 200 200
セグメント資産 2,000 5,000 3,000 12,000 57,000 2,000 81,000
セグメント資産に係る支出 300 700 500 800 600 2,900

(出所)FASB(2022, 280-10-55-48)の表を一部改変の上、筆者作成。

一方、表2は改定案に基づくセグメント情報の例示である。改定案に基づくと、企業は、CODMに定期的に提供され、かつ、セグメント利益に算入されている、重要な費用項目5を報告セグメント別に開示しなければならない。表2の中段の控除項目(売上原価、研究開発費、非製造部門の人件費、専門サービス費用、支払利息(金融セグメント))はこの定義を満たすものであり、当該企業の資源配分および業績評価において、当該費用項目が重要であることを示している。また、CODMに売上原価情報等は提供されていなくても、原価率情報が提供されていれば、売上原価を容易に計算できるので、こうして費用項目を容易に計算できる場合も開示対象となる(FASB, 2022, 280-10-55-26A)。

表2 セグメント情報の例示(改定案)
自動車部品 船舶 ソフトウエア 電子 金融
外部顧客への売上高 3,000 5,000 9,500 12,000 5,000 34,500
セグメント間の内部売上高または振替高 3,000 1,500 4,500
3,000 5,000 12,500 13,500 5,000 39,000
調整額
その他の売上高 1,000
セグメント間の内部売上高または振替高の消去 (4,500)
 連結売上高合計額 35,500
控除:
 売上原価 1,700 3,100 2,000 6,800
 研究開発費 3,300
 非製造部門の人件費 500 900 2,600 2,700 750
 専門サービス費用 1,700 500 800
 支払利息(金融セグメント) 3,000
 その他のセグメント項目 700 1,130 2,300 1,600 (50)
 セグメント利益/損失 100 (130) 600 1,900 500 2,970
損益調整
その他損益 100
受取・支払利息(純額)(金融セグメント以外) 1,125
セグメント間利益消去 (500)
非配分額:
 訴訟和解金 500
 その他の全社費用 (750)
連結における年金費用調整額 (250)
税引前当期純利益 3,195
自動車部品 船舶 ソフトウエア 電子 金融
その他のセグメント項目の開示
受取利息 450 800 1,000 1,500 4,000 7,750
支払利息 350 600 700 1,100 3,000 5,750
減価償却費 200 100 50 1,500 150 2,000
その他の重要な非資金項目
 長期契約に関する超過費用 200 200
セグメント資産 2,000 5,000 3,000 12,000 57,000 79,000
セグメント資産に対する支出 300 700 500 800 600 2,900

(出所)FASB(2022, 280-10-55-48)の表を一部改変の上、筆者作成。

表2において目を引くのは、報告セグメント別に、重要な費用項目が異なっている点である。たとえば、「ソフトウエア」セグメントは、他のセグメントと異なり、研究開発費および専門サービス費用が社内の資源配分、業績評価において重要項目であることを示唆している。現行基準では開示項目が画一化されているが、表2のように重要な費用の原則に従い適切な開示が行われる限り、経営者の視点により各報告セグメントの実態をより深く把握できる点で情報利用者に対して有用な情報となる可能性が大きいだろう。重要な費用の原則はMAの発想をより適切に費用の開示に適用したものといえる。

表1の既存のセグメント情報で開示されている、受取利息、支払利息および減価償却費は「金融」セグメントを除いて表2の重要な費用項目には含まれていない。これらは、例示の企業において、重要なセグメント費用には含まれないことを意味している。

3.3  その他のセグメント項目

「その他のセグメント項目」も改定案により導入された概念であり、報告セグメント利益と(セグメント売上高-重要なセグメント費用)の差額を指し(FASB, 2022, 280-10-50-26B)、具体的に表2の中段の「その他のセグメント項目」が該当する。当該項目の追加により、セグメント利益/損失の計算過程は現行基準よりも明瞭化するといえる。

ここで、表1の受取利息、支払利息および減価償却費のほとんどは、表2では重要な費用ではないため、「その他のセグメント項目」に含まれている。前述のとおり、改定案は現行基準の維持を前提に、セグメント情報の改善を図ることを意図しているので、現行基準に基づく開示項目は、重要な費用の項目に含まれなくとも、それらの開示は継続することになる。表2の下段の「その他のセグメント項目の開示」を見ると、その他のセグメント項目の内訳として、受取利息、支払利息および減価償却費のほとんどが表1と同一の金額で記載されているのを確認できる。このように本改定案には、既存のセグメント情報を減じることなく、開示項目を追加するという特徴がある。

3.4  その他の開示拡充

以上の他、改定案は期中報告(四半期報告)における開示の拡充を提案している。現行基準では、減価償却費の開示は期中報告では求められていないが、今回提案の重要な費用の原則、ならびに、報告セグメント利益に関する開示項目および資産は、期中および年次双方において開示することを提案している(FASB, 2022, 280-10-50-32 and BC47)。

FASBは、セグメント報告のプロジェクトを進める中で、CODMによる資源配分や業績評価のために、複数の利益指標を用いている企業が存在することを確認した。現行基準でも複数の指標を報告しうるものの、当該規定は明確ではないとの指摘があったので、利益指標のうち少なくとも一つが連結財務諸表の金額の測定基準と整合している限り、他の指標も報告できることが明確になるように規定の改定を提案している。また、複数の利益指標を報告する場合も重要な費用の原則は適用される(FASB, 2022, 280-10-50-28A and BC27-31)。

改定案では、単一セグメント企業に対しても、CODMが資源配分や業績評価に用いている利益指標、および、重要な費用の開示等を要求している。もし、単一セグメント企業を改定案の適用対象外とすると、追加的開示を回避したい企業群は、事業セグメントを過度に集約し、単一セグメント企業へと変更する行動をとる可能性がある。したがって、FASBは、こうした潜在的動機を抑えるために、単一セグメント企業も追加的開示の対象とすることにした(FASB, 2022, 280-10-55-15C and BC14-15)。

また改定案は、CODMが個人である場合には職名・身分、または会議体である場合にはその名称の開示を新たに求めることを提案している。同情報は利用者にとって有用である上、作成コストは小さいことがその理由である(FASB 2022, 280-10-50-21 and BC21)。

4.  改定案の意義および課題

4.1  重要な費用の開示

ここで、改定案の意義について考察する。今回の提案は、現行基準の維持を前提に、換言すれば現状の開示要求を維持した上で、「重要な費用」の開示を追加することを骨子としている。

当該提案には、MAの適用を徹底するという意義を認めることができるだろう。MAには、以下の長所がある(企業会計基準委員会, 2008a、第47項)。

(1)財務諸表利用者が経営者の視点で企業を見ることにより、経営者の行動を予測し、その予測を企業の将来キャッシュ・フローの評価に反映することが可能になる。

(2)当該セグメント情報の基礎となる財務情報は、経営者が利用するために既に作成されており、企業が必要とする追加的費用が比較的少ない。

(3)実際の企業の組織構造に基づく区分を行うため、その区分に際して恣意性が入りにくい。

現行基準は開示項目を画一的に指定しているが、改定案の想定のとおり、社内の資源配分、業績評価等において実際に使用されている重要指標が開示されれば、上記(1)の指摘のとおり、情報利用者は経営者の視点により企業の実態をより正確に捉えることができるだろう。前述の表2の例示では、研究開発費や人的資本(人件費)の開示が新たに行われうることを示唆しているが、かかる開示により企業の重点投資分野および企業の戦略がより鮮明化することが期待される。

実は、研究開発費についてはSFAS第131号設定の際に断念した経緯がある。同公開草案は、投資家等、情報利用者の要望を受け、研究開発費の開示を提案していたが(FASB, 1996, para. 24)、同開示により競合企業に構想する戦略が早期に漏洩する可能性を高め、競争上の不利益が生じるとの意見が寄せられたことを受け、最終的に同開示を取り止めるに至っている(FASB, 1997, para. 97)。今回の提案が基準化されるかどうかは不明であるが、「重要な費用」という視角から、研究開発費および人的投資が報告セグメント別に開示されることは、MAの長所が一層発揮され、セグメント情報の有用性を改善させる可能性が大きいと考えられる。

今回、複数の利益指標を開示しうることを明確にすることが提案されている点も、MAの適用の徹底の観点から意義があるだろう。改定案は、決算発表資料およびその他任意開示資料をはじめ、財務諸表外で開示されている利益指標が、監査済財務諸表に含まれてくる可能性があることを指摘している(FASB, 2022, BC31)。監査対象となれば、現在、財務諸表外で開示されている利益指標の信頼性が高まることになる。

4.2  改定案をめぐる課題

2.2で述べたとおり、セグメント報告のプロジェクトは、(1)セグメンテーションにおける集約基準の改善、および、(2)開示項目の拡充の二つの主題について検討が進められた。

これらのうち、(1)については適用後レビュー報告書が2012年に公表されて以来、投資家等の利用者および学術研究者が繰り返しその必要性を訴えてきたものの、最終的にプロジェクトの範囲から外され、改定案の検討には含まれなかった。結局、セグメンテーションをめぐる問題に関し具体的な改善案を一切提示できなかったことはこの問題の難しさを物語るとともに、今後に課題を残したといえる。

FASB委員のうち、学者代表のC. A. Botosanおよび投資家代表のG. R. Besserは、いずれも情報利用者の立場に立脚して、今回の提案についてセグメント情報を若干改善する程度の効果しかないとして厳しく批判している(FASB, 2022, BC67-80)。

まず、重要な費用の原則の有効性を疑問視している。企業はCODMに定期的に提供するセグメント費用項目を削減する、都合の良いセグメント利益指標を選択する、あるいは、重要な費用の科目を集約し明瞭性を引き下げる、といった行動をとることができるので、重要な費用の原則は開示の拡充とならない可能性が大きいと主張している。

また、減価償却費をはじめ現行基準に基づく開示項目については、GAAP(一般に認められた会計原則)に準拠する財務諸表上の該当科目との差異調整が開示されているので、利用者は、それらを分析することにより、セグメントの開示項目を正しく評価し理解することができる。ところが、今般提案の重要な費用については、GAAP準拠の該当科目との差異について開示が求められていない。このままの状態だと、利用者は、重要な費用項目を誤って理解したり、同項目によりミスリードされたりする恐れがあると警告を発している。

さらに、今回の提案により、財務諸表注記において非GAAP尺度が必要以上に増大するなど、予想外の事態に発展しかねない点にも懸念を表明している。

5.  おわりに

FASBは2022年10月6日にセグメント会計基準に関する会計基準更新書案を公表した。本稿は本更新書案公表に至る経緯を跡づけるとともに、その提案内容について検討した。

FASBのセグメント報告のプロジェクトでは、投資家等の利用者および学術研究者等の意見を受け、(1)セグメンテーションにおける集約基準の改善、および、(2)開示項目の拡充、という二点について、各々基準の改善が可能か否かの検討にスタッフが着手した。

まず、(1)の検討から開始されたものの、財務諸表作成者および利用者等との意見を踏まえる中で、FASBは、セグメンテーションの手続をコスト効率的に改善することは難しいと判断し、事業セグメントの識別、事業セグメントの集約および報告セグメントの決定に対する量的基準の適用の検討のいずれもプロジェクトの対象に含めないとの結論に至った。こうしてセグメンテーションの改善は、利用者が繰り返し要望し続けていたにも拘わらず、審議対象から除外されることとなった。

一方、(2)開示項目の拡充については、MAに基づく現行基準を維持することを前提に、重要なセグメント費用の開示を追加することを骨子とする提案に至った。その結果、減価償却費をはじめ現行基準が画一的に指定した費用項目の開示は継続する一方、CODMに定期的に提供され、かつ、セグメント利益に算入されている、重要な費用項目を報告セグメント別に開示することが提案されている。今回の提案、すなわち重要な費用の原則の導入により、研究開発費や人的投資をはじめ、企業における重点投資分野および企業の戦略がより鮮明化することが期待される。

以上の追加的開示は、MAの適用を徹底したものと捉えられ、利用者が経営者の視点で企業の内部をより深く理解できる、企業固有の情報が開示される可能性がある。その一方で、利用者の立場に立脚するFASB委員2名は、企業はCODMに提供する費用項目を変更することにより、重要な費用項目の開示は有効に機能しない可能性が大きいと指摘するなど、改善案が示す重要な費用の原則がどの程度機能するかは未知の要素を含んでいる。

また、上述のとおり、今般のセグメント報告のプロジェクトにおいて、セグメンテーションの手続の改善が繰り返し要望されながらも、最終的にFASBが断念するに至ったのは、セグメンテーションの検討がいかに難しいかを示唆している。

本更新書案に対しては2022年12月20日を期限として意見募集が行われており、今後寄せられる意見をも含めて議論が深まっていくことが期待される。米国は、これまでセグメント会計基準の形成を主導してきているだけに今後の審議が注目される。

付記

本研究は、JSPS科研費20K02052による成果の一部である。

1  ただし、負債についてはIFRSおよび日本基準は一定の条件を満たす場合に開示を要求する一方(IASB, 2006, para. 23;企業会計基準委員会, 2008a、第20項)、米国基準は開示を要求していないという差異はある(FASB, 2022, BC54)。

2  米国の現行のセグメント会計基準は1997年公表のSFAS(財務会計基準書)第131号「企業のセグメントおよび関連情報の開示」であるが、FASBは2002年以降基準全体のコード化を進めた結果、2009年以降作成の財務諸表にはASC(Accounting Standards Codification:会計基準コード化体系)が適用され、SFAS第131号の規定はASC 280として組み込まれている。本稿では、SFAS第131号の規定を、ASC 280と記載している。

3  本稿は米国基準を考察対象とするが、日米のセグメント会計基準はほぼ同一であること、また日本基準が使用する用語および表現は日本国内では一般化しているので、本節では日本基準に従いセグメント情報の作成手続を説明している。なお、本節では説明の便宜のため、実際の規定を敷衍して記述している。

4  日本基準はCODM(chief operating decision maker)に対し「最高経営意思決定機関」という用語を用い、「企業の事業セグメントに資源を配分し、その業績を評価する機能を有する主体」(企業会計基準委員会, 2008a、第8項)と定義し、「取締役会、執行役員会議といった会議体である場合や、最高経営責任者(CEO)又は最高執行責任者(COO)といった個人である場合などが考えられる」(企業会計基準委員会, 2008b、第63項)と説明している。

5  重要な費用には、報告セグメント利益に算入されている項目のうち、CODMに定期的に提供されている、重要な費用項目が該当する(FASB, 2022, 280-10-50-26A)。なお、ASC 280において重要性の判断基準は規定されておらず、企業は関連する事実や環境を考慮して量的、質的根拠によりながら重要性の有無を判断しており、重要な費用の判定においても同様の判断が行われることになるので、本改定案では重要性の判断基準は規定されていない(FASB, 2022, BC32)。

参考文献
  •  Botosan,  C. A.,  Huffman,  A., &  Stanford,  M. H. 2020. The State of Segment Reporting by U.S. Public Entities: 1976–2017. Accounting Horizons 35(1): 1–27.
  • Financial Accounting Foundation [FAF]. 2012. Post-Implementation Review (PIR) Report on FASB Statement No.131, Disclosures about Segments of an Enterprise and Related Information (Codified in Accounting Standards Codification Topic 280, Segment Reporting). FAF.
  • Financial Accounting Standards Board [FASB]. 1996. Proposed Statement of Financial Accounting Standards. Reporting Disaggregated Information of a Business Enterprise. FASB.
  • Financial Accounting Standards Board [FASB]. 1997. Statement of Financial Accounting Standard [SFAS] No.131. Disclosures about Segments of an Enterprise and Related Information. FASB.
  • Financial Accounting Standards Board [FASB]. 2013. Response to the Financial Accounting Foundation’s Post-Implementation Review (PIR) Report on FASB Statement No.131, Disclosures about Segments of an Enterprise and Related Information. FASB.
  • Financial Accounting Standards Board [FASB]. 2022. Proposed Accounting Standards Update. Segment Reporting (Topic 280): Improvements to Reportable Segment Disclosures. FASB.
  • International Accounting Standards Board [IASB]. 2006. International Financial Reporting Standard 8. Operating Segments. IASB.
  • 企業会計基準委員会.2008a.企業会計基準第17号「セグメント情報等の開示に関する会計基準」。
  • 企業会計基準委員会.2008b.企業会計基準適用指針第20号「セグメント情報等の開示に関する会計基準の適用指針」.
  •  中野 貴之.2021.「マネジメント・アプローチの導入がセグメンテーションに与えた影響」『會計』200(2): 157–170.
 
© 2023 The Research Institute for Innovation Management of Hosei University
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