Journal of Innovation Management
Online ISSN : 2433-6971
Print ISSN : 1349-2233
Articles
Time-Lag Effects of Introducing HR Practices in Small and Midsize Companies
Osamu UmezakiTomoyuki ShimanukiHiroki Sato
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2024 Volume 21 Pages 1-14

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要旨

本稿の目的は、中堅・中小企業における人事施策の導入効果について企業調査を用いて探索的に検討することである。特に人事施策を導入してから効果をもたらすまでの時間に差がある可能性を議論したい。従業員のキャリア形成、労働時間管理、労使関係に関する人事施策を取り上げ、その導入時期を考慮して、従業員の労働意欲と改善提案に与える影響、さらに経営業績に与える影響を統計的に検討した。分析結果によれば、導入後に比較的短期で効果を発揮する人事施策も一部にあるものの、多くの人事施策は導入から一定の期間を経て効果を発揮することが確認され、人事施策の遅効性の存在が示唆された。その背景として、遅効性のある人事施策は導入された後、労使双方がすぐに使いこなすことができないが、人事施策の使い方に慣れることで徐々に効果を発揮したと解釈できる。加えて本稿では、遅効性のある人事施策であっても、なぜ導入が進まないかを考察した。一つの解釈は、中堅・中小企業が人事施策について長期的な展望を持てていないというものである。もう一つの解釈は、人事施策の効果は把握していても、資金も人材も長期的な計画を立てる余裕がないというものである。最後に、企業がこれらの改善を検討することで得られる潜在的な利益を示すことを提案した。

Abstract

This study aims to conduct an exploratory analysis of the effects of introducing HR practices in small and midsize companies, based on a company survey. Statistical analysis based on the timing of their introduction suggests that most HR practices are not effective immediately, but rather only after a certain period of time (delayed impact). Neither labor nor management are able to make use of new practices straight away, thus it can be inferred that they take gradual effect as a result of organizational learning. In addition, this paper examines why even HR practices with recognized “delayed impact” have not been adopted by small and midsize companies. One interpretation is that there is a lack of long-term vision for HR practices. Another is that smaller firms understand their potential impact, but cannot afford to plan for the long run due to cost and limited human resources. Finally, the potential benefits to such companies from considering these improvements are proposed.

1.  問題意識

本稿の目的は、中堅・中小企業における人事施策の導入効果について企業調査のデータを用いて探索的に検討することである。従業員のキャリア形成、労働時間管理、労使関係といった複数の種類の人事施策に焦点を当てて、人事施策を導入した後の効果に時間差がある可能性を論じるものである。

従来の人事施策に関する実証研究は大企業が中心であった。その背景には、大企業に比較して中堅・中小企業では、そもそも人事施策を導入する企業が少ないことがある。大企業と中小企業における人事制度・施策の導入状況の差は、厚生労働省の調査(就業条件総合調査等)などで確認できる。他方、中堅・中小企業は平均的には人事施策の導入割合は低いものの、なかには人事施策が充実している中小企業が存在することも知られている。人事施策を整備している中小企業では、経営面や組織面のパフォーマンスが高いという実証研究もある。中小企業においても人事施策の導入によって経営面の効果を得られるにもかかわらず、なぜ人事施策の導入割合が低いのだろうか。

中堅・中小企業で人事施策が導入されない理由として、導入に膨大な費用がかかる場合や、導入しなくても管理職の個別対応で充分である場合などが考えられる。脇坂(2014)も指摘するように、中堅・中小企業の場合には「規模の経済性」が機能しない事例もあり得る。これに対して本稿は、人事施策の導入効果に時間差がある可能性に焦点を当てる。人事施策は導入してすぐに効果を発揮するとは限らない。人事施策の効果があったとしても、それが現れるまでに時間がかかり過ぎる可能性もある。実際に人事施策は導入後の運用過程で改善を続けなければならないことも多い。例えば、女性管理職の登用拡大という人事施策の場合、女性社員の採用を増やし、教育訓練や人材育成を充実させ、管理職登用制度などのキャリアパスを整備するとともに、女性社員や彼女らが働く職場に理解を求める説明会等を実施して女性管理職が増え、その後彼女たちが活躍した結果として経営業績が向上する。女性管理職の登用制度を導入して経営業績が向上するまでに相当の時間を要する。中堅・中小企業の経営者は効果が生じるまでの長い時間を考慮して当該人事施策の導入を躊躇するかもしれない。またそもそも中堅・中小企業の経営者が人事施策の効果を十分に認識できず、当該施策の効果が過小評価されている可能性もある。

本稿はこうした人事施策導入の時間差効果に焦点を当てて、中堅・中小企業の人事施策が従業員の労働意欲や改善提案、さらに経営業績に与える影響について検討するものである。続く第2節では中堅・中小企業の人事制度・施策に関する先行研究を整理し、第3節で分析枠組みを提示する。第4節で調査概要を説明し、第5節で人事施策の導入効果を分析する。最後に第6節で分析結果のまとめとその含意を考察する。

2.  先行研究の検討

日本における中堅・中小企業の人事施策に関する研究には、大きく人事施策の導入に関する研究群と、人事施策の効果に関する研究群がある。前者の人事施策の導入については、これまで中堅・中小企業は大企業に比較して人事施策の導入割合が低いことを明らかにした調査は多数存在する(厚労省の『就労条件総合調査』や『女性雇用管理基本調査』等)。例えば、令和4年度の就労条件総合調査によれば、フレックスタイム制度を導入している企業の割合は、従業員1000人以上企業が18.0%に対して、従業員100~299人の企業は3.9%、30~99人の企業は4.0%である。単に人事施策の導入水準が低いだけでなく、法定の制度が整備されていない企業も少なくない。こうした事実をもって中堅・中小企業は大企業に比べて人事施策の整備が遅れているという見方である。

これに対して二つの異なる視点から反論がある。1つは人事施策を導入せずともその代替として経営者や職場の管理職による取り組みが実施されているとする研究である。例えば、育児休業や短時間勤務が制度として整備されていない中堅・中小企業であっても、柔軟な働き方が個別的に提供され、両立支援制度と同機能が実現され、その結果として女性の継続就業率などが大企業と比較して遜色ないことなどを指摘するものである(中小企業庁「2006年版中小企業白書」)。ただしこの見方には反対の指摘もある。例えば池田(2012)は、経営者や管理職による個別的な配慮の場合、結果的に恣意的な運営となり、従業員の中に不公平感を生む可能性が高いことを指摘している。

もう一つは、中堅・中小企業の中には大企業と同様、あるいはそれを上回る革新的な人事施策を開発し導入している中小企業があることを指摘した研究である。古くは岡本(1966)松島(1979)の研究があげられる。これらの研究は、中小企業研究におけるイノベーターとしてのベンチャービジネスの発見(清成, 1997)と同系の研究と言える。また、大企業に比較して中小企業の労働条件が低い背景として生産性の低さが指摘されていたが、中には革新的な中小企業が存在し、生産性も高い企業があることを指摘する研究もある(清成, 1997)。

次に後者の中堅・中小企業における人事施策の効果について研究群を見ていく。この研究群では、人事施策が整備されている中小企業では、人材の確保・定着、育成さらには組織パフォーマンスなどが良好であることを明らかにしている(小池, 1981玄田・佐藤, 2003川喜多, 2008;田口・梅崎, 2011)。例えば、小池(1981)は、事例調査をもとに、中小企業においても知的熟練が観察されることを指摘している。大企業と変わらない高度な技術をもつ基幹層、経験10年ほどで技能が横ばいになる経験労働者がおり、大企業と異なり、後者の労働者の比率が高いとしている。また玄田・佐藤(2003)は、中小企業を対象とした質問票調査を分析し、事業成長・拡大している中小企業ほど能力開発に積極的であることや、自社の競争力の高さを誇り事業の拡大を志向している中小企業ほど能力開発を重視していることを示すとともに、従業員に責任と自由度を付与することや社内のコミュニケ―ションや情報共有などが定着を促進することを指摘している。さらに、川喜多(2008)は、優れた中小製造企業の特徴として、経営理念を企業の人事制度や仕組みに具体化していることや、人材育成を理念としてそれを制度化し従業員教育に注力していること、従業員の労働意欲を向上するために経営情報を公開しコミュニケーションを活性化して従業員の参加と提案を促していること、技術者の新卒採用と内部育成、営業系社員の拡充していること等を指摘している。田口・梅崎(2011)は、中小企業を対象とした質問票調査のデータを用いて、労働組合や従業員組織といった従業員発言機構が整備されているほど、従業員の離職率を低下させる効果があることを指摘している。

これら二つの研究群に共通するのは、中堅・中小企業には大企業とは異なる人事施策の実践方法があることを主張している点である。この主張は、企業規模ごとに人材育成方法が異なることに着目した研究(猪木, 2001)や企業の経営戦略に適合的な人事施策が異なることを明らかにした研究とも整合的である(岡本, 1966)。猪木(2001)は、企業調査のデータを用いて、企業規模が小さいほど社員教育としてOJTを強調する傾向が強くなり、規模が大きくなるほどOJTとOff-JTの組合せを重視し、OJT以外の訓練形式(民間の教育機関など)を採用する割合が高くなることを指摘している。

他方で中堅・中小企業の人事施策の導入と効果を接続した研究は見当たらない。特に重要な点は、人事施策が導入後にどの程度の時間を要して効果を発揮するのかという時間差という論点である。以下では、人事施策導入の時間差効果に着目した分析枠組みを提示する。

3.  分析枠組みの検討

中堅・中小企業の人事施策は、従業員の労働意欲や改善活動などの組織パフォーマンスを介して、労働生産性や利益などの経営業績に影響を与えると考えられる。Collins, Ericksen & Allen(2004)は、中小企業(small companies)における人事施策(HR-Practices)が従業員成果(Employee Outcomes)の向上を通じて、企業のパフォーマンス成果(Firm Performance Outcomes)に影響を与えるという枠組を示している。Collins et al.(2004)の枠組みでは、人事施策として新しい従業員の採用や従業員のリテンション、パフォーマンス管理、従業員成果として従業員のコミットメントや他者への援助行動、知識共有など、企業のパフォーマンス成果として労働生産性や売上成長などが例示されている。本稿における人事施策は、採用やリテンションに限らず、従業員のキャリア形成や労働時間管理、労使関係管理などを幅広く捉える。また、本稿における組織パフォーマンスとはCollins, Ericksen & Allen(2004)の枠組みにおける従業員成果に相当し、経営業績は企業のパフォーマンス成果に相当するものである。

本稿が特に焦点を与えるのは、人事施策を導入してから効果をもたらすまでの時間差、すなわち時間差効果である。導入してから効果を発揮するまでそれほど時間を要しない即効性がある人事施策もあれば、導入後に一定の時間を要する遅効性がある人事施策もあると考えられる。それゆえ本節では、そのような人事施策導入の効果に時間差が生まれる理由について論点を整理しておこう。

まず、新しい人事施策の導入が組織パフォーマンスに影響を与えるまでの時間は、それらの組み合わせによって違いがある。例えば、労働時間短縮の取組みによって従業員の労働時間が削減されれば、従業員の労働意欲などの組織パフォーマンスを高めるまでの時間は短いかもしれない。一方、人事評価制度の改定によって従業員の評価プロセスが改善し実際の評価結果に対する従業員の満足をもたらし、その満足度が労働意欲の向上といった組織パフォーマンスを高めるまでには相応の時間を要すると考えられる。なお、この様々な人事施策と組織パフォーマンス、さらには経営業績に対する時間差効果については、結果が予測されるものもあるが、事前に全ての組み合わせを予測することは難しいであろう。それゆえ人事制度が導入されてから一定の時間を要するものの長期的には効果が生じたとしても、中堅・中小企業の人事担当者がその効果を認識できないために、人事施策が導入されない可能性も考えられる。

同時に人事施策の実施には様々な費用がかかることを考慮しなければならない。初期においては人事施策を導入する際のセットアップ・コスト(setup costs)がかかり、人事施策の導入後は当該施策の運営コスト(operation costs)がかかる。人事施策導入の時間差は、運営コストの違いからも生まれる。導入された施策を意図通りに運営するには、徐々に人事施策の使い方に慣れていく必要もある。言い換えれば、人事施策には運営コストが低下していく速度に違いがあるといえる。

以上の議論を概念図として示すと、図1のようにまとめることができる。ここで確認すべきは、セットアップコスト+運営費用(平均)を上回る(平均)効果が生み出されるには、時間がかかり、なおかつ人事施策によってその時点が異なるという考え方である。かりに長い時間をかければ費用対効果がよい人事施策とわかっていても、大企業と比べて中堅・中小企業は、経営基盤が相対的に弱い場合が多いことから、効果が得られるまでに長期の時間を要する人事施策に関しては、導入をあきらめる可能性もある。中堅・中小企業における人事施策の導入を規定する要因は、人事施策の導入の費用対効果だけでなく、導入後に効果を発揮するまでの時間もあると考えられる。

図1 人事施策の効果と費用

(出所)筆者作成。

以上要するに、すべての人事施策の効果を事前に予測することは難しいので、人事施策の導入に踏み切れない可能性が考えられる。また、仮に人事施策に長期的に効果が生じることを認識できたとしても効果が生まれるまでのセットアップコストや運営コストの大きさを考えて人事施策を導入しないこともあり得る。したがって本稿では、中堅・中小企業においては、このような人事施策の効果と費用について、いくつかの捉え方がある可能性を考慮に入れつつ、以下ではまず人事施策の導入の有無を確認し、次に人事施策の時間差効果について探索的な分析を行いたい。

4.  調査概要

4.1  データセット

本稿で用いるデータは、厚生労働省が委託事業として実施した質問票調査(三菱UFJリサーチ&コンサルティング, 2016)である。再分析に関しては厚生労働省の許可を得ている。同調査は、日本の中堅・中小企業9,666社(民間のデータベースからの抽出8,998社、および雇用管理に関する表彰企業のうち668社)を対象に、2015年9月下旬から10月中旬に実施した経営者に対する郵送法調査である(経営者が答えられない場合は、回答できる他の部門の人)。有効回答数は1,709(有効回答率17.7%)であった。各企業には特段の指定がない限り、2015年9月1日時点の状況についての回答を求めた。本稿は、中堅・中小企業の人事施策導入後の時間差効果に焦点を当てているため、回答企業の中から調査時点の従業員数を20人以上1,000人未満、創業から10年以上の企業に限定した。

4.2  回答企業の属性

まず、基本統計量から回答企業の属性を確認する。表1を見ると、企業年齢の平均は、約51年であり、創業から10年以上の企業に限定しているとはいえ、中小・中堅企業中心の調査では、企業年齢が長い。回答企業の平均従業員数は約184人である。表には示していないが、300人未満の企業が全体の約80%を占めており、中小企業が中心である。組合ダミーの平均値から組合がある割合は、約24%である。組合が組織されている企業がやや多いと言えよう。続けて、表2から産業構成を確認すると、製造業が約47%と多いことがわかる。さらに、表3から従業員の年齢構成も40代が約55%と最も多いことが確認された。以上の属性を踏まえると、今回の調査における回答企業は、中堅・中小企業と言っても業績や事業内容の変動が激しい企業ではなく、安定的な経営を行っている企業が多いと言える。

表1 企業年齢、従業員数、労働組合

変数 観測数 平均 標準偏差 最小値 最大値
企業年齢 1,487 50.75 25.84 10 395
従業員数 1,503 184.32 193.16 20 998
労働組合ダミー(1:あり、0:なし) 1,496 0.24 0.43 0 1

(出所)筆者作成。

表2 産業構成

産業 観測数 割合(%)
製造業 706 46.97
卸売業 560 37.26
その他 237 15.77
合計 1,503 100

(出所)筆者作成。

表3 年齢構成

年齢 観測数 割合(%)
30代以下 581 39.28
40代 810 54.77
50代以上 88 5.95
合計 1,479 100

(出所)筆者作成。

5.  人事施策導入の効果測定

5.1  変数の設定

従属変数は、組織パフォーマンスと経営業績である。今回の質問票調査では、組織パフォーマンスとして「従業員の仕事への意欲が高い」(労働意欲)と「従業員からの改善提案などが多く出される」(改善提案)について、経営業績として「従業員一人当たりの時間当たり生産性が高い」(一人当たり生産性)について同規模同業種の企業と比べた自社の状況を「そう思う」「ややそう思う」「あまりそう思わない」「そう思わない」「分からない」の5つの選択肢から回答を求めている。このうち「分からない」を除いた4つの選択肢に、「そう思う=4」「ややそう思う=3」「あまりそう思わない=2」「そう思わない=1」を与えて順序変数とした。表4は、組織パフォーマンスと経営業績の回答分布である。労働意欲は、約7割が「そう思う」「ややそう思う」であったが、改善提案はその合計が5割弱、一人当たり生産性は約4割と少なかった。

表4 組織パフォーマンスと経営業績

選択 労働意欲 改善提案 一人当たり生産性
観測数 割合(%) 観測数 割合(%) 観測数 割合(%)
そう思う 155 10.55 119 8.13 102 6.96
ややそう思う 851 57.93 582 39.78 495 33.79
あまりそう思わない 196 13.34 362 24.74 421 28.74
そう思わない 171 11.64 318 21.74 303 20.68
分からない 96 6.54 82 5.60 144 9.83
合計 1,469 100 1,463 100 1,465 100

(注)「分からない」という回答もあるので、回答合計数に差がある。特に一人当たり生産性についてはわからないという回答は多い。

(出所)筆者作成。

次に、独立変数は人事施策である。今回の分析では、質問票調査のなかから、キャリア形成、労働時間管理、労使関係についてそれぞれ3つの人事施策、合計9つの人事施策を選択した。具体的には、以下のとおりである。

〇キャリア形成

「社員が仕事や配属先の希望を出せる仕組みがある」(仕事や配属先希望)

「管理職の評価項目に部下育成への取り組みを含めている」(部下育成を評価)

「女性の採用拡大や登用促進など、ポジティブ・アクションを推進している」(女性登用)

〇労働時間管理

「全社的に残業削減に取り組んでいる」(残業削減)

「年次有給休暇の取得を促進している」(有給取得促進)

「フレックスタイム制や短時間勤務制等の柔軟な労働時間制度を導入している」(柔軟な労働時間)

〇労使関係

「従業員の意見を吸い上げて改善・改革に結びつける仕組みがある」(意見吸い上げ)

「朝礼や社員全体会議での会社のビジョンを共有している」(ビジョン共有)

「職場の人間関係のトラブルを解決する仕組みがある」(トラブル解決)

質問票調査では、人事施策導入の有無、および導入している場合に当該人事施策の導入時期(導入から調査回答時までの期間が5年未満、導入から回答時までの期間が5年以上)について回答を求めている。表5は、人事施策の導入の有無と導入時期の回答結果である。人事制度が導入されている割合が多いもの(未導入の割合が少ないもの)を見ると、労働時間管理の「残業削減」、労使関係の「意見吸い上げ」および「ビジョン共有」の導入割合が回答企業全体の8割以上を占めている。またキャリア形成の「部下育成を評価」、労働時間管理の「有給取得促進」、労使関係の「トラブル解決」の導入割合が6~7割程度ある。最も導入割合が低いのが、労働時間管理の「柔軟な労働時間」であり、その割合は4割超にとどまる。

表5 人事施策の導入状況(割合%)

人事施策 未導入 5年未満導入 5年以上導入 合計
キャリア形成 仕事や配属先希望 50.41 9.77 39.82 100
部下育成を評価 30.04 12.02 57.95 100
女性登用 54.13 18.80 27.07 100
労働時間 残業削減 17.32 24.71 57.97 100
有給取得促進 31.92 21.69 46.38 100
柔軟な労働時間 56.45 12.01 31.54 100
労使関係 意見吸い上げ 19.00 16.06 64.94 100
ビジョン共有 17.02 11.28 71.70 100
トラブル解決 38.22 13.97 47.81 100

(出所)筆者作成。

統制変数は、労働組合ダミー(あり=1、なし=0)、産業ダミー(その他を基準として、製造業ダミーと卸小売ダミー)、創業からの年数、正社員数、平均年齢(30代以下を基準として、40代ダミー、50代ダミー)である。

5.2  推定方法と結果

前述のとおり従属変数の労働意欲と改善提案、一人あたり生産性が順序変数であることから、本稿では推定方法として順序プロビット分析(Ordered probit regression)を採用した。また、9つの人事施策の効果を短期、長期に分けて推定結果を事前に予測することは難しいことから、図2のように人事施策→組織パフォーマンス(労働意欲、改善提案)→経営業績という推定の枠組みを設け、第一段階で労働意欲と改善提案それぞれの推定を行い、第二段階でその予測値の経営業績に対する効果を推定する。

図2 推定の枠組み

(出所)筆者作成。

表6に示したのは、労働意欲と改善提案という組織パフォーマンスに対する推定結果である。人事施策は未導入を基準にして、人事施策の導入後5年未満および導入後5年以上をそれぞれダミー変数として投入している。組織パフォーマンスに対して、人事施策の導入後5年未満ダミーのみが有意な正の関連を示している場合、それは導入後5年の期間を要さずその効果が生じているが5年以上になるとその効果はなくなることを意味していることから「即効性のある人事施策」と呼ぶ。これに対して、人事施策導入後5年以上ダミーのみが有意な正の関連を示している場合、それは導入後5年未満では効果が生じず、5年以上を経過してから効果があらわれることを意味していることから「遅効性のある人事施策」と呼ぶ。さらに導入後5年未満ダミーと5年以上ダミーがともに有意な正の関連を示している場合、人事施策導入後5年未満で効果があらわれ、それが導入後5年を経過しても効果が続いていることを意味していることから「持続性のある人事施策」と呼ぶことにしよう。

表6 推定結果①

労働意欲 改善提案
係数 標準誤差 Z値 係数 標準誤差 Z値
キャリア形成 仕事や配属先希望 5年未満 0.242 0.131 1.850 0.114 0.126 0.910
5年以上 0.192 0.081 2.360 * 0.188 0.077 2.420 **
部下育成を評価 5年未満 0.357 0.122 2.930 ** 0.052 0.116 0.450
5年以上 0.235 0.083 2.840 ** 0.138 0.079 1.750 *
女性登用 5年未満 0.151 0.099 1.530 0.032 0.094 0.340
5年以上 0.212 0.088 2.420 ** 0.171 0.084 2.040 *
労働時間 残業削減 5年未満 0.139 0.119 1.160 −0.169 0.115 −1.470
5年以上 −0.033 0.105 −0.320 −0.118 0.100 −1.170
有給取得促進 5年未満 0.152 0.108 1.410 0.175 0.103 1.700
5年以上 0.216 0.092 2.360 ** 0.176 0.087 2.010 *
柔軟な労働時間 5年未満 −0.087 0.113 −0.770 0.002 0.109 0.020
5年以上 0.069 0.083 0.830 0.136 0.079 1.710
労使関係 意見吸い上げ 5年未満 0.054 0.129 0.420 0.275 0.124 2.220 *
5年以上 0.267 0.107 2.500 ** 0.504 0.102 4.940 ***
ビジョン共有 5年未満 −0.122 0.143 −0.850 −0.162 0.137 −1.190
5年以上 0.285 0.102 2.790 ** 0.021 0.098 0.220
トラブル解決 5年未満 0.184 0.116 1.580 0.244 0.110 2.220 *
5年以上 0.082 0.088 0.930 0.206 0.085 2.440 *
企業年齢 0.002 0.001 1.730 0.001 0.001 0.620
従業員数 0.000 0.000 −0.680 0.000 0.000 −0.600
製造業ダミー(基準 その他の産業) −0.032 0.078 −0.410 0.193 0.075 2.570 ***
卸小売ダミー 0.008 0.105 0.070 −0.116 0.100 −1.160
労働組合ダミー −0.162 0.084 −1.930 0.037 0.080 0.460
40代ダミー(基準 30代以下) −0.015 0.074 −0.200 −0.118 0.071 −1.660
50代以上ダミー −0.001 0.149 −0.010 −0.187 0.143 −1.310
切片1 −0.167 0.147 −0.003 0.142
切片2 0.380 0.147 0.775 0.143
切片3 2.349 0.159 2.288 0.154
観測数 1,141 1,154
LR chi2(41) 139.19 164.73
Prob>chi2 0.000 0.000
疑似決定係数 0.0559 0.0565
Log likelihood −1174.2811 −1375.4167

(注)*** 0.1%、** 1%、* 5%有意水準

(出所)筆者作成。

こうした人事施策の時間差効果について即効性、遅効性、持続性という分類を用いて推計結果を確認すると、人事施策導入後5年未満ダミーのみが有意な正の関連を示した「即効性」のある人事施策は、労働意欲と改善提案いずれにも確認されなかった。また、人事施策導入後5年以上ダミーと5年以上ダミーがともに有意な正の関連を示した「持続性」のある人事施策については、労働意欲に対して「部下育成を評価」の1施策、改善提案に対して「意見の吸い上げ」「トラブル解決」の2施策であった。これらの人事施策は比較的短期で組織パフォーマンスに対して効果をもたらし、その効果がその後も継続しているといえる。

一方、人事施策導入後5年以上ダミーのみが有意な正の関連を示した「遅効性」のある人事施策は、二つの組織パフォーマンスに対して多く確認された。労働意欲に対しては「仕事や配属先希望」「女性登用」「有給取得促進」「意見吸い上げ」「ビジョン共有」の5施策、改善提案に対しては「仕事や配属先希望」「部下育成を評価」「女性登用」「有給取得促進」の4施策であった。これらの人事施策は、今回の分析結果からは少なくとも5年以上の時間をかけて効果が現れるといえる。

続いて、労働意欲と改善提案の予測値を独立変数にして、一人当たり生産性に対する影響を推定した。推定結果は表7に示した通りである。労働意欲も改善提案もその係数は正の値であるが、経営業績に対して有意な正の関連を示したのは改善提案のみであった。改善提案という従業員の行動は経営業績につながるが、今回の分析結果からは従業員の労働意欲が向上しても、そのまま経営業績という成果につながるかどうかは確認されなかったことになる。

表7 推定結果②

変数 係数 標準誤差 Z値
労働意欲(予測値) 0.072 0.171 0.420
改善提案(予測値) 0.617 0.169 3.650 ***
企業年齢 −0.001 0.001 −0.710
従業員数 0.000 0.000 −1.160
製造業ダミー(基準 その他の産業) −0.098 0.082 −1.200
卸小売ダミー −0.011 0.104 −0.110
労働組合ダミー −0.005 0.085 −0.060
40代ダミー(基準 30代以下) 0.016 0.073 0.220
50代以上ダミー 0.239 0.145 1.650
切片1 −0.311 0.122
切片2 0.595 0.123
切片3 1.971 0.133
観測数 1,103
LR chi2(41) 71.46
Prob>chi2 0
疑似決定係数 0.0257
Log likelihood −1354.2873

(注)*** 0.1%、** 1%、* 5%有意水準

(出所)筆者作成。

6.  ディスカッション:なぜ効果があるのに、中堅・中小企業では人事施策の導入割合が低いのか

本稿では、中堅・中小企業における人事施策の導入効果について企業調査のデータを用いて探索的に検討した。まず、中堅・中小企業において人事施策の導入割合が低いことに着目した。そして、その背景として、人事施策には早期に組織パフォーマンスに効果をもたらすものだけではなく、効果があらわれるまでに時間を要するものがあり、そうした遅延性のある人事施策があることを中堅・中小企業の経営者や人事担当者が認識することが難しいという可能性を考えた。また、仮に人事施策にはそうした遅延性の効果があることが認識されたとしても、人事施策のセットアップコストや運営コストの大きさから人事施策の導入をあきらめてしまったりする可能性も考えた。その上で中堅・中小企業を対象とした人事施策の導入の有無と、導入している場合には導入後の経過年数に注目して組織パフォーマンス、さらに経営業績への影響を統計的に検討した。

従業員のキャリア支援、労働時間管理、労使関係から計9つの人事施策を選択し、従業員の労働意欲と改善提案という組織パフォーマンスに対する影響を分析した結果、早期に効果を発揮する人事施策は少なく、むしろ導入から一定の期間を経て効果を発揮している「遅効性」の人事施策が多いことが確認された。具体的には、労働意欲に対しては「仕事や配属先希望」「女性登用」「有給取得促進」「意見吸い上げ」「ビジョン共有」の5施策、改善提案に対しては「仕事や配属先希望」「部下育成を評価」「女性登用」「有給取得促進」の4施策である。このような遅効性が生じる理由として、人事施策は導入された後、労使双方や現場の管理職がすぐに使いこなすことができず、人事施策の活用を理解し、慣れてきた結果として徐々に効果を発揮したと解釈ができる。このような解釈の場合、第3節で示した効果と費用の関係のようには実務は単純ではないかもしれない。人事施策に慣れることには、人事施策の運用コストが徐々に減ることと人事施策がもたらす効果が徐々に大きくなることの両方がありえるからである。

一部の人事施策には短期的に効果が生じ、その効果が一定期間続くものがあることにも留意したい。分析結果によれば、労働意欲に対して「部下育成を評価」の1施策、改善提案に対して「意見の吸い上げ」「トラブル解決」の2施策が持続的に効果を発揮していた。「部下育成を評価」は評価制度を通じて管理職の行動を早期に変化させることによって、比較的に短期で部下従業員の労働意欲を向上することができる。また、「意見の吸い上げ」は部下の意見を吸い上げる仕組みが成立することによって、「トラブルの解決」は職場における従業員間で生じている問題を解決することによって、改善提案を促進していると解釈できるだろう。

次に、このような人事施策の遅効性は確認できるにもかかわらず、なぜ中堅・中小企業において導入割合が低い人事施策があるのかという点についても考察したい。分析結果によれば、労働意欲と改善提案の双方に関して「遅効性」のある人事施策と考えられる「仕事や配属先希望」「女性登用」でも回答企業の50%以上が未導入、「有給取得促進」「部下育成を評価」も30%以上が未導入であった。この背景としては、中堅・中小企業の経営者や人事担当者に長期的展望がなく、本稿で統計上確認できたような人事施策の効果が見えていないために、当該人事施策を導入しようという意図が生まれていないという一つの解釈があり得る。また、もう一つの解釈として、効果が現れるまでの時間が長く、人事施策の費用がその効果よりも上回るまでの期間を要することから、人事施策の効果に遅延性があることは認識できていてもその導入をあきらめてしまうことも考えられる。特に中堅・中小企業の場合、人材的も資金的も余裕がないので、短期的な計画を立て難い可能性がある。前者の解釈では、人事施策の効果には遅効性があるという実証結果を共有することが実践的課題になるが、後者の解釈では、人事施策の立案から実行までの費用削減について考えることが実践的課題となる。以上の二つの実践的課題について考え続けることが、人事施策を一つの理想として語るのではなく、時間差効果や費用対効果などを考慮に入れた実践的議論に発展させることができるであろう。

最後に、本稿の分析上の課題を述べておく。第一に、本稿で用いたデータは1時点の調査に基づくものであり、人事施策と組織パフォーマンスの関連についてはコモンメソッドバイアスの可能性を含むものである。第二に、組織パフォーマンスや経営業績についての質問が経営者からみた主観的な評価にとどまる。複数時点の調査を設計し、さらに経営者への質問票調査と従業員への質問票調査を実施して、実際の経営業績データをも含めて結合して分析することは今後の研究課題である。

参考文献
  • Collins, C., Ericksen, J., & Allen, M. (2004) A Qualitative Investigation of the Human Resource Management Practices in Small Businesses, CAHRS Working Paper Series 04-03.
  •  池田 心豪(2012)「小規模企業の出産退職と育児休業取得:勤務先の外からの両立支援制度情報の効果に着目して」東京大学社会科学研究所『社会科学研究』64巻1号、pp.25–44。
  • 猪木武徳(2001)「企業規模と『歴史』からみた人材育成」猪木武徳・連合総合生活開発研究所編『「転職」の経済学:適職選択と人材育成』東洋経済新報社。
  • 猪木武徳・連合総合生活開発研究所編(2001)『「転職」の経済学:適職選択と人材育成』東洋経済新報社。
  • 川喜多喬(2008)『中小製造業の経営行動と人的資源:事業展開を支える優れた人材群像』同友館。
  • 清成忠男(1997)『中小企業読本(第3版)』東洋経済新報社。
  • 小池和男(1981)『中小企業の熟練』同文館。
  • 松島静男(1979)『中小企業と労務管理』東京大学出版会。
  • 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2016)『今後の雇用政策の実施に向けた現状分析に関する調査研究事業報告書:企業の雇用管理の経営への効果』(厚生労働省委託事業)。
  • 日本労働研究機構編(1997)『リーディングス日本の労働⑩中小企業』日本労働研究機構。
  • 岡本秀昭(1966)「労務管理と労使関係」『日本労働研究雑誌』100号(日本労働研究機構編(1997)に再録。
  • 佐藤博樹・玄田有史編著(2003)『成長と人材:伸びる企業の人材戦略』勁草書房。
  •  脇坂 明(2014)「中小企業に人事制度は必要か」『日本労働研究雑誌』649号、pp.73–81。
 
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