2024 Volume 21 Pages 127-147
本稿は、農水産物をもとに食品の価値を生み出す流通プロセスをフード・バリューチェーンとして捉え、農水産物の生産を起点とする地域発展のモデルを導出する。フード・バリューチェーンの中で重要な役割をはたすアクター(当事者)として、地域の複数の農水産物生産者から直接、農水産物を仕入れ、加工等を行い、国内外の市場に向けた流通に乗せる事業者・組織に焦点を当てる。彼らは、農水産物の生産者である第一レイヤーと直接取引関係にある第二レイヤーに位置するアクターである。イタリアに見られるようなテリトーリオ戦略を日本にそのまま適用することは難しいが、2次産業の地元中小企業が中心となって、農家の自律を助け、農村の持続可能性を実現していることが考えられる。第二レイヤーのアクターは、地域の共有財である農水産物を活用したフード・バリューチェーンを自発的に力強く支える当事者となりうる。すなわち、第二レイヤーのアクターが、経済的利益の確保に向けて地域の農水産物生産者とのあいだに互酬的な取引関係を築くことで、国内外の消費者に向けて価値ある食品を安定的に流通させられる。また、フード・バリューチェーンの安定的な継続を背景に、第一・第二レイヤーの生産者や事業者・組織が、地域の農水産物資源の価値を再認識することで、互酬的取引関係がより強固となり、地域ブランドの価値向上や、商品を超えた地域アイデンティティの共有につながる場合もある。
This paper defines the food value chain as the distribution process that creates the value of agricultural and fisheries products, and forms a conceptual model of rural development with it. As leading actors in the food value chain, this research focuses on companies and organizations that purchase primary products directly from farmers/producers within the Territorio, process them and distribute the foodstuffs to domestic and foreign markets. They are the actors located in the agro-processing sector, having direct exchange relationships with producers. Although it is difficult to apply the Territorio strategy as seen in Italy directly to Japan, it is conceivable that local small and medium enterprises in the agro-processing sector play a central role in helping farmers to become autonomous and accomplish sustainable Territorio. The establishment of reciprocal exchange relationships between farmers and these secondary enterprises to secure economic benefits would ensure a stable distribution of valuable food products to consumers within and outside the area. These reciprocal relationships could be strengthened by reaffirming the value of territorial agricultural and fisheries resources against the backdrop of a stable continuation of the food value chain, leading to more valuable place branding and shared territorial identity.
本研究は、日本の地域において農水産物を生産する第一次産業の生産者を起点とし、その加工と流通を経て、価値ある食材・食品として消費者に至るまでのフード・バリューチェーンに着目する。その中でも、生産者から農水産物を直接、仕入れ、これを加工・流通のルートに乗せる位置にある事業者がフード・バリューチェーンにおいて果たす役割を明らかにしたい。
本稿の予備的考察にあたる木村・二階堂・佐野(2023)では、持続可能な地域発展モデルとして注目されるイタリアの「テリトーリオ戦略」の実践との対比から、鹿児島県鹿屋市の事例をもとに日本の地域における第一次産業の農水産資源をもとにした日本版の地域発展モデルの可能性について検討した。テリトーリオとは、「社会経済的、文化的なアイデンティティを共有する空間の広がりとしての地域あるいは領域」(陣内, 2022, p34)である。
これから、少なくとも同地域に関しては、高度成長期以降の農村漁村の衰退を背景にイタリアでの「テリトーリオ戦略」の成功事例にみられるような伝統的で自律的な農村コミュニティの存在は希薄であり、また市町村合併を経て形成された行政区を単位とする住民のアイデンティティも、イタリアの「テリトーリオ」のように確固としたものとはいえない。こうした状況は日本国内の他の地域でも広く典型的に見られるものと考えられた。
イタリアでは、1次産業の農家に力があり、2次産業(工業)と3次産業(商業)まで手がけている事例が多い(木村・陣内, 2022;近刊)。日本でも、1次産業だけではなく、2次産業や3次産業も含めた地域創生を、テリトーリオ・アプローチで捉える必要があるという主張があるが(上田, 2023)、農家に余力がないという指摘もあり(秋津, 2019)、イタリアのように農家がイノベーションを起こすことは容易ではない場合が多い。
イタリアと日本のあいだでの地域の置かれた条件の相違を前提とすると、われわれは、イタリアに見られるような「テリトーリオ戦略」をそのまま同地域に適用することはむずかしいのではないかと考えた。たしかに、2次産業の地元中小企業が中心となって、農家の自律を助け、農村の持続可能性を実現している場合がある1。こうした関心から、鹿屋市を事例に日本の地域の実情に即した、持続的な地域発展のモデルの探求を試みた。
試論的な検討にとどまるものの、同研究からは、地域の持続的な発展に向けては、地域の事業者等による国内外の市場に向けた生産物・商品流通への取り組みなどの経済活動への着目がとりわけ重要であるとの認識を得た。そうした「交易」に関わる取り組みが、これに関わる事業者等のアクターによる農水産物の地域資源としての価値の再認識につながり、地域ブランド化、さらには地域のアイデンティティ形成を促し、地域の持続的な経済発展の契機となると考えた(木村・二階堂・佐野, 2023)。
本稿は、こうした問題関心を引き継ぎ、鹿屋市を含む大隅半島地域を「大隅テリトーリオ」として想定し、同地域の農水産物の生産を起点とする地域発展のモデルを探りたい(図1)4。その分析に向けて、本稿ではとくに、大隅半島地域での農水産物をもとに食品の価値を生み出す流通プロセスを「フード・バリューチェーン」として捉える。そのうえでとくに、フード・バリューチェーンの中で重要な役割をはたすアクター(当事者)として、地域の複数の農水産物生産者から直接、農水産物を仕入れ、加工等を行い、国内外の市場に向けた流通に乗せる事業者・組織に焦点を当てる。フード・バリューチェーンに関わるアクターの中では、起点となる農水産物の生産者を第一レイヤーとすると、これと直接取引関係にある第二レイヤーに位置するアクターである。第二レイヤーのアクターの位置づけは、農水産物の生産者と直接の取引があるかどうかで定義する。それゆえ、第二レイヤーのアクターとして、卸売、小売、飲食等の機能を担う事業者・組織が位置づけられることもある。

(出所)事例調査をもとに筆者作成
われわれは、第一レイヤーにある農水産物の生産者が安定的に地域の農水産物を生産するうえでも、第二レイヤーの役割が重要であると考えた。というのも、第二レイヤーのアクターは、地域の農水産物資源に価値を見出すことで、地域に関わりのある名称の地域ブランドの確立に取り組む。これをつうじて、地域の農水産物やその加工製品について消費者の信頼を獲得することで付加価値を高め、流通をつうじて安定的な利益を得ることができる。そのためにも、地域ブランドの価値の源泉となる商品ないしその原材料の仕入れ先として、第一レイヤーにある地域の農水産物生産者と安定的な取引関係の構築をはかる。そうした取り組みが、農水産物生産者の安定的な収入の確保にもつながり、農水産物の安定的な生産を可能にすると考えるためである。
地域の農水産物の生産者とこれと直接取引関係にある第二レイヤーの事業者・組織とのあいだで安定的な取引関係が成立し、これが地域ブランドの価値を支え、国内外への商品の流通を促すことで、農水産物の生産者と第二レイヤーの事業者・組織がともに安定的に利益を得る。その結果、これらに関わって働く人々の雇用が生まれ、かれらの生活による地域の消費にもつながることで、地域経済の活性化にも貢献する。そうした好循環も期待できる。それゆえ、農水産物資源をもとに地域経済の安定的な発達を可能にするうえで、第二レイヤーのアクターの活動がとりわけ大事と考えた。
本稿では、地域の農水産物資源にもとづく地域発展の起点となりうる第二レイヤーの事業者・組織の取り組みに焦点を当て、地域ブランドを意識した事業戦略とその実現に欠かせない農生産物の生産者との取引関係の実例を見ることとしたい。
このような第二レイヤーのアクターによる農生産物の生産者との取引関係には、農水産物の安定的な確保やその品質の維持に向けて、互いに長期的に利益を分かち合うような、いわば互酬的な要素が見られると考えられる。短期的な利益を極大化するような取引関係ではなく、長期的に自社・自組織だけでなく農水産物生産者も安定した収益を得て、事業に欠かせない農水産物を生産することが、価値ある地域ブランドのもと自社の商品の流通をはかるうえで決定的に重要と考えられるためである。第二レイヤーのアクターによる農水産物生産者とのそうした互酬的な取引関係の構築に向けた取り組みについても、とくに焦点を当てて確認することとしたい。
第二レイヤーの事業者・組織の事例として取り上げるのは、いずれも鹿屋市に拠点を置く、大隅地区養まん漁業協同組合、大海酒造株式会社、小鹿酒造株式会社の3つの組織・企業である。いずれも地域の農水産物を商品ないしその原料として用い、地域のブランドを冠した商品の流通を主に国内に向けてはかっている。以下、それぞれの事例に即して、第二レイヤーの事業者・組織の地域ブランドを意識した事業基盤と事業戦略、および農水産物生産者との互酬的な取引関係について紹介したい。
1972年、鹿児島県を指導監督庁とする内水面漁協組合の大隅地区養まん漁業協同組合(以下、「組合」と記す)が設立された。役員9名、正組合員22件、准組合員1件、従業員83名で構成される(2023年9月現在)。組合は、組合員が養殖池で育て、池揚げされた成鰻を仕入れ、敷地内(鹿屋市串良町下小原)の加工場で加工している。工場では70名が働く。組合では成鰻も取扱い、九州内の鰻専門店や地元鰻問屋に出荷し、そこから九州と関西や関東に活鰻で鰻専門店等へ輸送される。
2014年、ニホンウナギは絶滅危惧1B種に指定され、水産庁が資源管理し、稚魚の漁獲量は上限21.7トンに設定されている。
(2) 事業基盤と事業戦略日本の場合、農産物・食品のブランド化を農家に担わせるのは困難な場合がある。そこで、農産物を原材料として食品を加工する地域の中小企業が中心となり、消費者の信頼と高品質・安全等の良好な認知を高めることで地域ブランド価値を生む。
たとえば、鹿児島県大隅地域の養鰻業は、組合と地元問屋が成鰻流通により大隅産ウナギのブランドが創られた。組合と日本生活協同組合連合会(以下、「生協」と記す)との取引が始まったのは1983年である。ウナギのトレーサビリティが明確にされるようになってから、大隅産ウナギのブランド価値がさらに向上した。品質やトレーサビリティと産地にこだわる生協との間に、大隅地域に組合員(生産者)と組合(加工業者)が持つ環境から取引が始まっていった。
生協の期待と要求に応えるべく、組合は生産者と共に品質の維持、向上、管理を厳格に行っている。ウナギ生産者は、高価ではあるが品質が高いジャポニカ種(ニホンウナギ)を仕入れる。飼料も、より高価だが、ウナギの品質を高められる飼料を購入している。鹿児島県の温暖でシラス台地特有の豊富な地下水に恵まれ、環境はウナギの生育に適していることも一大産地となった要因である。加えて、生産者が毎日池の水質検査を行うなど生育に余念がない(写真1,2)。生産者は池揚げの数日前からウナギの餌抜きをして出荷体制に移っていく。組合に出荷されてからも地下水を24時間かけ流して体内の老廃物を排出させる(写真3)。出荷されるウナギは出荷前と加工前にも官能検査を行う。

(出所)組合HP5

(出所)組合HP5

(出所)2023年9月12日筆者撮影
地域に根ざした企業は、地域が発展することで自社も発展できると考えている。持続可能な地域産業の基本条件は、品質の維持・向上であるが、それだけでは十分ではなく、各セクターの互酬的な協力関係が必要である。特に、地域の農産物を使って食品に加工している企業にとって、農家は、農業資源の質的・物的な供給元(サプライヤー)というだけでなく、地域事業を存続させ発展につなげていく同志(パートナー)である。
大隅産ウナギのフード・バリューチェーンは、異なるセクターの主体が協力しあう。組合は、生産者が希望する最適なタイミングに合わせ、1ヵ月以上前から生産者と池揚げ日程調整を進め、なるべく多くの池揚げがなされる様に努めている。組合員も、当組合以外の販路も以前から形成されており、養鰻池の生育状況に合わせ順次池揚げ出荷される。組合も、加工場稼働率を伸ばし、販売先と土用の丑に向け、販売計画を進めていく。
主な取引先である生協は、品質維持を要求しつつも、長年に渡り産地を見続け、生産者の熟練の技と丹精込めて育てる中での苦労や、鰻業界の問題点を充分に把握し、持続可能な販売促進に努める。そのような関係が現在まで組合員・組合との長年の取引に繋がっている。
生協も、品質維持を要求しつつ、販売努力によって生産者の努力に応えるという関係が40年近く続いてきた。生産者と組合の継続的取引のために、生協は力を貸し、組合と共に生産者を買い支えている。ウナギが最も消費されるのは、土用の丑の日である。組合は生協の販売計画数量にあわせて在庫を揃える。蒲焼加工は、前年の秋~翌年5月までの半年間工場をフル稼働させ準備する。土用の丑の日が終わるころ、在庫は想定内の着地点におさえられるようにできている。このことで生産者は安心して組合に出荷できる。
鰻業界においては既にシラスウナギの資源管理がなされ、規模の拡大はほぼなく、お互いを支え合う長期に渡って取引を続けられる持続可能な取組みを以前から進めている。取引関係にある組合と生協の価格交渉についても、生協は常に産地と向き合いつつ、寄り添ってくれる。近年のシラスウナギ不漁による価格高騰と飼料代、電気代の値上げによる生産コストの上昇で、高価格になる問題点を充分に把握した上で、消費者に周知し、持続可能な販売体制を続けている。
生産者は、生産量日本一の鹿児島県の大隅産ウナギを生産している誇りを持って、日本の和食文化である鰻を守りながら、消費者に美味しい鰻を食べてもらえるよう日々活動している。
規模の拡大を目指さず、同業者でパイの取り合いもせず、お互いを支え合うという活動によって、長期に渡って取引を続けられ、持続可能な養鰻事業を維持できている。
取引関係にある組合と生協の価格交渉については、生協は、ウナギ生産者と組合に協力的である。近年、シラスウナギ不漁が続き飼料代と電気代がかさんだことから、価格を下げることができなかった。鰻蒲焼が高価格になる理由を、組合が丁寧に説明したところ、生協は事情を理解し、対応してくれた。
生産者は美味しい鰻を作っているという自負とプライドで、組合と生協の支援と期待に応える。国内の生産者はシラスウナギがどれだけ不漁であっても、安いロストラータ種ではなく、高値だがジャポニカ種(ニホンウナギ)にこだわって仕入れる(写真4)。組合は鹿児島県産で大隅産というトレーサビリティを明確にしてブランド管理する。

(出所)2023年9月12日筆者撮影
ウナギを早く生育させるには、熟練の技術が必要で、毎日ウナギと真摯に向き合い、丹精込めて育てる親の姿を見て、子どもたちが事業を継ぎたいと思う。同じ地域で大隅産ウナギを作っているという仲間意識が、生産者同士の間にある。親戚同士といったイエのつながりがある生産者も多い。甥や姪が祖父の仕事を継いで、独立していく。社長になる前の若手生産者は、青壮年部で意見交換してお互い仲良くなってネットワークを築いている。
生産者同士は、シラスの価格相場を情報共有し、購買に活かしている。おかげで組合は工場の稼働計画を立てることができ、生協もそれを見ながら販売戦略を仕向けていく。1次(生産者)、2次(加工業者)、3次(販売業者)が協力していることから、生産者も食料主権(food sovereignty)を持つことができる。
2.2 大海酒造株式会社6 (1) 企業の概要大海酒造株式会社(2012年より現在の社名:以下、「大海酒造」と示す)は、1967年に大隅地域の9つの蔵元が集結して結成された「大海酒造協同組合」を前身として、1975年に設立された経緯をもつ。同年より「しょうちゅう乙類」の製造免許を受け、製造を開始している。このような設立経緯から、同社の酒造の技術は、各蔵が大隅地域で長い間、それぞれ受け継いできたノウハウの延長線上にある。また地域の事業者の協働が企業成立の出発点となったといえる。
同事例は、大隅地域の生産農家との直接的な取引をつうじて主な原料となるサツマイモを調達のうえ、大隅地域にある自社工場で焼酎を製造し、市内、県内、さらに多くは県外へと生産物である焼酎を出荷し、流通させている。本稿で取り上げる他の事例と同じく、地元の農産物を加工のうえ、全国への流通網に乗せる位置に事例企業はある。
(2) 事業基盤と事業戦略大海酒造の商品である焼酎の流通先は、関連会社の酒販企業などをとおして、最終的には7割ほどが県外に流通している。2割程度が鹿屋市内、1割程度が鹿屋市を除く鹿児島県内の流通とされる。海外への流通は今後の課題として位置付けている。
こうしたなか、地域に根ざした事業を行っていることは、大海酒造の製造する焼酎のブランドイメージを形づくる重要な要素となっている。同社は、積極的に地域との関係を示し、ブランドイメージの形成をはかっている。すなわち、商品の焼酎には「薩摩焼酎」という表記や、主力の焼酎の商品名を「さつま大海」とするなど、地域の名称を明示し、地域ブランドとしての消費者への浸透をはかっている。
とりわけ、原料となるサツマイモを地元の農家から直接買い付けていることは、同社の把握する安全な原材料をもとに焼酎を生産し、消費者の安心・安全への信頼を得るための重要な取り組みと位置づけている。例えば、これに関して、同社の「会社案内」パンフレットには「地元農家生産。安心の主原料」とのタイトルで「私たちは、素材そのものに格別のこだわりを持ち、焼酎造りにも最も適した材料を、鹿屋の広大な大地に自ら育んでいます。生産に関わる一人一人の熱い想いが、大海の焼酎を造り上げているのです」として、「地元」の鹿屋地域の生産農家との密接な協力関係にもとづき、原材料を確保していることを対外的にもアピールしている。
このほか、地元のお茶メーカーと連携して、緑茶を用いた焼酎を作ったり、鹿児島県のプロバスケットチームの名前をラベルに記載した焼酎をつくったりなど、地元の企業・団体との連携による商品も企画・販売し、地域に根ざした企業であることをアピールしている。
また、酒造組合の青年部会などで試飲のイベントを企画し、鹿児島県内の焼酎を300円で飲み比べるイベントを開催し、これに参加するなど、販売促進の面でも地元の同業者との関係を深めている。また、取引先との関係についても、地元の飲食店と飲食を盛り上げる企画を立てるべく話し合いなども進めている。例えば、居酒屋を貸し切って、県内の焼酎試飲会を開催したりしている。
このように、大海酒造では、同社の主要な商品である芋焼酎につき、生産物である商品に地域名を表示するほか、原材料として地元の農家の生産による安全なサツマイモを用いていることを対外的にも示し、地元に根ざしたブランドであることの消費者への認知度向上と、これによる消費者からの信頼性の確保を目指している。
(3) 生産者との互酬的な取引関係構築への取り組み大海酒造において、焼酎の原料となるサツマイモは、仲買等を通さず、直接、地元の農家と取引して確保している。焼酎原料としてのサツマイモの使用量は、2019年1,095t、2020年580t、2021年628t、2022年796t、2023年938tと、コロナ禍の需要が落ち込んだ時期に減少したものの、2023年度にはコロナ禍以前の2019年に近い水準にまで増加している。サツマイモの種類としては、コガネセンガンを中心に、シロユタカ(221t)、みちしずく(101t)、紅まさり(101t)、紅はるか(45t)、アヤムラサキ(11t)、コナイシン(13t)、ジョイホワイト(0.3t)まで(( )内は2023年の調達量)、サツマイモ基腐病等の病気への耐性や、収穫時期の早さ、焼酎の品種に応じた糖度やアントシアニン含有量や焼酎にした際の香りの相違などを踏まえて広い原料を調達している。
サツマイモの仕入れ時期は8月半ばから11月ごろにかけてであり、1日10tから最盛期では20t程度のサツマイモを原料として使う。取引先のサツマイモ農家は、法人化している生産者も含めて、小規模経営とのことである。いわゆる家族や親せきを労働力とする家族経営の生産者が多い。生産者の多くは、事例企業からおよそ10キロ圏内に所在しており、地域の農家といえる。上記「企業理念」の説明での記載のとおり、大隅地域の「農家の顔の見える」直接的な関係のもと、主原料のサツマイモを調達している。取引先農家との関係は長期的であり、取引関係は10年くらいから25年ほどまでとなっている。もう1つの原料のコメも鹿児島県産を用いている。
こうしたなか、大海酒造の商品の地域ブランドとしての価値や、これに関わる消費者からの商品の品質・安全性への信頼、良好なイメージは、地元の農家との安定的な取引関係による原材料のサツマイモの確保なしには成立しない。大海酒造の事業にとって地域の農業資源が不可欠であり、その安定的な確保による安定的な生産なしには、事業の存続が成り立たないだけでなく、付加価値の源泉となる商品イメージや商品への消費者からの信頼性も得ることができない。
こうした関係を前提として、大海酒造では、鹿屋地域の農家とのあいだで、単なる生産物の仕入れ先としての関係にとどまらない、互酬的な取引関係を築こうとしている。
この点に関して、同社HPには「企業理念」に関する説明として「当社では、芋焼酎の原料のサツマイモは全て地元の契約農家に栽培を委託しております。日本の農業を酒造りの場から支えて行きたいという使命もありますが、杜氏が農家と密接な関係を築きながらのイモ作り、農家の顔の見える酒造りを大事にしてまいりました」とある。地域の生産農家とのあいだの互酬的な取引関係が事業を支える基盤として位置づけられていると考えることができる。
大海酒造が、自社の生産計画に即して、確実に原材料のサツマイモを確保するうえでは、作付けの段階から、作付け量や収穫時期について、農家とのコミュニケーションによる調整が必要とされる。そこで同社は、生産計画に応じた原料の必要を踏まえ、仕入れ先の生産者ごとの割り振りを考える。そのうえで、生産農家が作付け計画を立てる段階で、仕入れたいサツマイモの量や収穫時期について依頼をかけている。
生産農家に対しては、これへの協力を促すうえで、依頼した量を全て買い上げる方針を示し、実際にもそうしている。実態として、依頼した量よりも、やや多い量が納入される場合も、これを全て買い上げることで、農家の安定的な収入に寄与している。
このような取引関係を背景とする生産農家との信頼関係をもとに、農家に対しては、サツマイモの早期の収穫にも協力してもらっている。一般的に、サツマイモの育成期間を長くとれば、そのぶんイモは大きくなるので、作付面積当たりの収穫量は多くなる。そのぶん、生産農家の収入を増やす面もある。しかし他方で、育成期間が長くなると、その間にサツマイモの病気により収穫が困難となるリスクも高まる。大海酒造としては、安定的な原料の確保をはかるうえで、早期の収穫への協力を取り付けている。
農家との信頼関係の構築のほか、より直接的に生産計画に即した安定的なサツマイモの生産の確保に向けて、2023年度からは、自社の社員が生産農家の植え付け作業を手伝う取り組みも行っている。生産農家は家族経営の小規模農家が多く、人手のかかる植え付け作業への社員の動員により、大海酒造の生産計画に対応した農家の作付けへの協力をより容易にしている。
原料のサツマイモの農家からの納入は、農家が直接、トラック等で搬入する場合もあれば、大海酒造が地元の運送会社を手配して、搬入する場合もある。生産者が直接、搬入する場合は、その分仕入れ値を高くして搬入の費用を補償している。
生産農家の側から見ると、大海酒造のみと取引する生産者も、大海酒造を含む複数の企業と取引する生産者もある。こうしたなか、大海酒造としては、自社との取引が、農家にとってもサツマイモの生産による安定的な収益・収入の確保につながる仕組みとすること重要となる。そうした仕組みが、生産農家が安心して大海酒造と取引を継続し、事例企業の依頼する作付け計画に沿った植え付けいや早めの収穫への協力へのインセンティブともなっていると考えることができる。またそうした継続的な取引関係のなかで、大海酒造と生産者との信頼関係がいっそう強固となる面もあると考えられる(写真5)。

(出所)2023年9月13日筆者撮影
こうしたなか、大海酒造の当事者の中にも、農業生産者の生活と事業の継続に、事業上の利害に必ずしもとどまらない強い関心が共有されている。「日本の農業を酒造りの場から支えて行きたいという使命」という社長による「企業理念」に関する説明の表現も、そうした意識を表すと解釈することができる。
大海酒造では、社長をはじめとして、社員の多くは大隅地域出身であり、住居も大海酒造のある大隅地域を中心としている。工場は大隅地域にあり、社員のほとんどは同地域に居住している。同社の社員数は、調査時点の2023年9月13日現在で22名である。社員のうち営業・総務が7名、製造・瓶詰工程に15名という内訳となっている。採用経路は中途採用が主であるものの、20歳台での入社が多い。これには、酒造に関わる技術の習得には、若いうちからの入社が良いという企業側の判断も働いている。
勤続年数は伸びており、長い人では勤続40年を超える。社員の年齢層は40歳台の6名を中心に広く分布している。60歳定年制をとり、それ以降は定年後再雇用というかたちで雇用している。
このような社員に加えて、選別や傷んだ部分を取り除く作業といったサツマイモの加工作業が集中する時期には、時期に応じて5名程度のパート社員を雇用している(写真6)。新規に募集もしているものの、例年、同作業に従事するパート社員も多い。

(出所)2023年9月13日筆者撮影
このように、大海酒造の社長や社員のなかには、地元出身者も多く、地元に長く住む人も多い。それゆえ、事業の基盤でもあり、また同じ地域の重要な産業でもあるサツマイモ農家の安定的な存続に関心をもつ意識が、大海酒造のメンバーの中に共有されている面もあると考えられる。また、原料として大隅地域のサツマイモのみで作る焼酎の生産に大きな意義と仕事への張り合いを見つける社員の意識にもつながっていると考えられる(写真7)。そうした意識は社員の勤続の長さにも表れていると解釈できる。

(出所)2023年9月13日筆者撮影
酒造業者としての職業団体としては、鹿児島県酒造組合の鹿屋エリアには6つの蔵元があり、組合としての意思決定を行う会議を定期的に行なっている。また鹿児島県酒造組合の青年部は50歳までの組合員または社員で構成され、現在は33蔵から40名が加盟している。「本格焼酎業界を発展させるため、会員相互の研修、新和を深めながら、人格向上を図る事を目的」としている(大海酒造の文書による説明)。青年部は、組合の一大行事である「焼酎ストリート」の中核を担うほか、国内外への様々なPR事業に参画している。大海酒造の酒造と県内外への商品の流通は、こうした同業者組合のメンバーとしての社長と社員の他企業との交流や共同での活動によっても支えられている面がある。
2.3 小鹿酒造株式会社 (1) 組織の概要小鹿酒造株式会社(以下「小鹿酒造」と記す)は、規模拡大によるコストの低減と品質の安定向上を目標に、鹿屋市、東串良町、吾平町(現鹿屋市)、佐多町(現南大隅町)の4社が協業して、1971年8月に設立した「小鹿酒造協業組合」を前身とする。後に鹿屋市の2社が加わるこの組合が、2007年9月に株式会社に組織変更されて現在に至る。
同社で働く正社員数は40名で、うち営業や事務を担当する正社員が19名、製造部門(製造、製品の瓶詰め)で働く正社員が19名である。また製品の瓶詰めを行っているパート社員が2名いる。正社員の平均年齢は約45歳で、比較的長く勤続する社員が多い。正社員のうち新卒採用者は16名、中途採用者が22名で、いずれもほとんどが大隅半島の出身者である。新卒採用は40年以上前から行っており、54歳の杜氏(製造部長)は36年前に新卒採用されている。中途採用は営業職の担当者に比較的多い。
正社員のほか、8~11月のサツマイモを収穫し、焼酎の仕込みを行う時期に、収穫されたサツマイモの選別作業を行う臨時のパートタイム社員を雇用している。このパートタイム社員は主婦が多くを占めており、長年選別作業を担当し続けるベテランである。
小鹿酒造は、酒造メーカー間の地域におけるネットワーク・連携のメリットを活かす目的で設立され、現在の生産・販売活動も、所在する大隅地域出身で、長年同地域に暮らす正社員・パートタイム社員に支えられている。地域におけるネットワークやコミュニティに、その活動の基盤があるといえる。
(2) 事業基盤と事業戦略小鹿酒造は、鹿児島県産サツマイモを100%用いることにこだわった製品開発を行っている(写真8)。すべての製品に「鹿児島焼酎」と明記し、「地理的表示 薩摩」のロゴを用いている7。この地理的表示は、「薩摩」が地理的表示に登録されて以来、同社でも用いている。製造している焼酎のブランド数は30程度であり、焼酎の味わいや、原料、生産工程の1つである「蒸留」の方法の違いなどによりブランドが分けられている。

(出所)2023年9月13日筆者撮影

(出所)国税庁
販路は、個人消費者向けが50%、飲食店などの店舗向けが50%を占めている。地域別の構成は60%が鹿児島県内向けで、地元の大隅半島向けがその半分以上を占める。残り40%が県外向けであり、主に関西、関東、福岡などに向けて出荷される。県外への出荷は、2002年頃の「焼酎ブーム」以降、徐々に増えてきた。製品の営業活動の対象は卸売業者、小売店、飲食店であり、地域や知人間のネットワークに基づく紹介を通じて行っている。また、小鹿酒造では1983年から生協のPB商品を生産しており(写真9)、出荷量全体の約15%を、生協の事業連合がある九州、中四国、関西、北陸、関東、東北に出荷している。

(出所)2023年9月13日筆者撮影
生産/出荷量のピークは2005年で、近年はその時期の生産・出荷量よりも減少している。若年層に焼酎があまり浸透していないことや、人口減少に伴う飲酒人口の減少が原因であると、小鹿酒造では考えている。2023年現在、海外向けの販売は売上の0.1%程度であり、これまでは海外の販路拡大を目的とした活動は行ってこなかったが、国内市場は今後縮小し、メーカー間でのシェアの奪い合いになることが予想されるため、同社では、インバウンド消費などをきっかけに、海外の消費者へのアピールを行っていくことも考え始めている。
小鹿酒造は、グループ会社の小鹿農業生産組合(1994年11月設立)が管理・栽培する鹿児島県産サツマイモを100%使用していることを、同社製品の競争力の要とし、そのことをアピールするブランド展開を行ってきた。こうしたブランド展開は「焼酎ブーム」をきっかけに、鹿児島県外に販売を拡げる際の推進力になったと考えられる。ただ、人口減少により、鹿児島県内および国内における市場の縮小が見通される中で、同社の営業・販売やブランド展開は岐路を迎えており、インバウンドや海外の顧客といった、これまでとは異なる営業・販売先についても意識され始めている。
(3) 生産者との互酬的な取引関係構築への取り組み小鹿酒造が芋焼酎の生産に使用するサツマイモの量は、過去5年間は、1600~2900トンで推移している。2023年は2100トンであった。使用するサツマイモは、小鹿農業生産組合と、契約農家から供給される。同組合は大隅半島に約50ヘクタールのサツマイモ畑を所有している。
契約農家は大隅半島内に約30戸あり、約100ヘクタールのサツマイモ畑を所有している。この契約農家はほとんどが家族経営である。契約農家が小鹿酒造向けに生産したサツマイモは、小鹿農業生産組合を通じて毎年全量買い取る。買取価格は年によって変動するが、全量買い取ることで契約農家が収入の見通しを立てられるようにしている。
7~8年前から、サツマイモの買取価格の相場は、近隣の大手芋焼酎メーカーA社の買取価格に基づいて決まってくる傾向が続いている。また、近年サツマイモを襲う疫病がはやったことや、農家の高齢化により生産量の減少などがあり、3~4年前からサツマイモの「取り合い」といった様相になっている。こうした状況の中、品質の維持や原料の確保を目的として、小鹿農業生産組合ではサツマイモの育苗を行っており、その苗を契約農家に提供している。
契約農家に対しては、より収益の上がりやすい、新しいサツマイモの品種の提供も行っている。芋焼酎の生産に使用するサツマイモとして小鹿酒造では、長年「黄金千貫」という品種を使用してきているが、2023年からは「みちしずく」という新しい品種の使用を始めた。「みちしずく」は焼酎にした時の味わいが「黄金千貫」に似ている上、「黄金千貫」よりも収穫や採れるアルコールの量が多い。また近年悩まされてきた疫病にも強いため、契約農家での作付け面積を徐々に増やしている。
小鹿酒造の製品ブランドは鹿児島県産のサツマイモによって支えられている。同社はこの原料を安定的に確保するために、自前の農業法人を運営するほか、大隅地域の農家と契約を行っており、契約農家は小鹿酒造の事業基盤を支える存在であるといえる。一方で、契約農家にとって小鹿酒造は、生産したサツマイモを毎年安定的に買い取ってくれることで、生計や経営を支えてくれる存在である。また、小鹿酒造が安定的な原料の確保や、顧客のニーズの変化への対応を目的として、苗や新しい品種のサツマイモを提供してくれることも、契約農家にとっては、継続的な農家運営の可能性が広がることとなっている。このように契約農家と小鹿酒造は、互いの事業活動にとって不可欠という互酬的な関係を、長年にわたり形成している。
以上、本稿では、農水産物の生産者を起点に価値ある食材・食品として消費者に至るフード・バリューチェーンの中で、生産者から農水産物を直接、仕入れて加工・流通のルートに乗せる第二レイヤーの事業者・組織の焦点を当てた分析を行った。とりわけ、第二レイヤーのアクターの地域ブランドに関わる事業戦略や、これを支える事業基盤、さらに第一レイヤーにある農水産物生産者との互酬的な取引関係構築に向けた取り組みを、大隅地域の事業者・組織の事例から明らかにした。
事例を踏まえ、日本における地域の発展に向けて、フード・バリューチェーンにおける第二レイヤーのアクターの役割とこれを促すロジックについて、一般化するかたちで整理すると以下のように考察できる。
① 地域の生産者から農水産物を直接、仕入れて加工・流通のルートに乗せる第二レイヤーのアクター(事業者・組織)にとって、地域の農水産物は事業に不可欠な資源であり、その原料や商品としての安定供給なしには、事業の存続が成り立たない。
② さらに農水産物にトレーサビリティにともなう安心・安全や、地域の気候風土・自然環境などに由来する個性や品質などがあるならば、これに地域資源の価値を見出すことができる。これを前提として、扱う商品に地域名を表示し、地域ブランドの消費者への浸透や信頼性、イメージの向上にも力を入れることで、商品の高付加価値化をはかることができる。
③ このように、第二レイヤーのアクターにとって、地域の農水産物は、単なる商品ないしその原材料というだけでなく、商品の地域ブランドとしての価値を支え、高品質・安全等の良好なイメージで消費者の信頼とロイヤルティを獲得することで、事業の存続・発展に大きく寄与しうる。
④ したがって、第二レイヤーのアクターにとって、農水産物の生産者は置き換えができる原料の調達や商品の仕入れ先としてではなく、長期的な取引関係を築くべき対象であり、農水産物の安全性や品質にも強い関心をもつべき相手となる。
⑤ それゆえ、そうした安定的な取引と、安全性や品質の基準を満たす生産物の供給を農水産物生産者が安定して行えるように、継続的な取引関係の維持や取引価格の保障など、生産者の安定的な収入が成り立つような配慮も重要となる。
⑥ こうして、農水産物を商品ないし商品の原料とする第二レイヤーの事業者・組織と、第一レイヤーにある農水産物生産者のあいだに、互いに短期的な利益の極大化を追求するのではなく、長期的に経済的利益を分かち合うような互酬的な取引関係が成立する。
⑦ こうした互酬的な取引関係が、一方では、地域における農水産物の安定的な生産を支えるとともに、トレーサビリティをともなう食品の安心・安全・高品質な商品の流通を促す。
⑧ こうした互酬的な取引関係は、①②のような経済的利害だけでなく、第二レイヤーのアクターの事業運営を担う経営者や社員などがもつ、これまでの地域での経歴やその中で形成された人的ネットワークなどを背景とする地域への愛着や相互発展に向けた強い関心により支えられている面もある。
⑨ 同時に、互酬的な取引関係の維持にむけた第二レイヤーのアクターの取り組みが、地域の農水産物生産の今後の維持・発展への関心を強化するという関係にもある。
以上のように、生産者から農水産物を直接、仕入れて加工・流通のルートに乗せる第二レイーのアクター(事業者・組織)は、地域の農水産物資源をもとにするフード・バリューチェーンを自発的に力強く支える当事者となりうる。
すなわち、第二レイヤーのアクターが、経済的利益の確保に向けて地域の農水産物生産者とのあいだに互酬的な取引関係を築くことが、地域の農水産物をフード・バリューチェーンに乗せ、国内外の消費者に向けて価値ある食品を安定的に流通させることを促している。そうしたフード・バリューチェーンの安定的な継続を背景に、第一・第二レイヤーの生産者や事業者・組織が、地域の農水産物資源の価値を再認識することで、互酬的な取引関係がより強固となり、地域ブランドの価値の向上や、商品を超えた地域のアイデンティティの共有につながる面もあると考えられる。
本稿では、フード・バリューチェーンの第二レイヤーにあたる事業者・組織の事例をもとに、第二レイヤーのアクターが農水産物生産者とのあいだで築く互酬的な取引関係が、フード・バリューチェーンを支え、地域ブランドの価値の向上や地域のアイデンティの形成を促す可能性について検討した。こうした好循環は、地域経済の安定的な発展を支える要因の一つになると考える。
ただし、本研究で取り上げた事例は、地域の農水産物が、事業にとって置き換えができない不可欠な商品ないしその原料となる事業者・組織に限定されている。すなわち、おおすみ地区養まん組合の商品や加工の対象は大隅地域のウナギのみであり、大海酒造株式会社や小鹿酒造の事例も、主な原材料となるサツマイモは、大隅地域の農産物のみとなっている。いずれも地域の農水産物にこだわることが、商品の価値を高める意味をもっていた。こうした事業者・組織の場合に、典型的に、上記のような好循環のサイクルが働きやすいと考えられる。
しかし、第二レイヤーに位置するアクターとしては、例えば、地域の住民を消費者として、他の地域の農水産物に加えて、地域の農水産物を商品の一部としてあつかうスーパーマーケットなどの小売業や、魚市場・青果市場などの中間流通業者など、異なるタイプのアクターもある。これらの事業者等は、地域の農水産物生産者と直接、取引関係を結び、商品としての流通ルートに乗せる点で、第二レイヤーのアクターと位置づけることができる。ただし、本稿で取り上げた事例よりも、地域の農水産物への依存度は低いと考えられる。
このようなタイプの第二レイヤーのアクターにおいても、商品の一部としてではあれ、地域の農水産物を商品として扱うことの価値が高ければ、その安定的な仕入れに向け、農水産物生産者との間で互酬的な取引関係を結ぶことの意義は小さくないと考えられる。とはいえ、地域の農水産物への依存度はより低いぶん、そのインセンティブはより弱い可能性もある。このような、本稿で取り上げた事業者・組織とは異なるタイプの第二レイヤーのアクターと農水産物生産者とのあいだに、どのような互酬的な取引関係が成立してフード・バリューチェーンを支えているのかについての分析は、今後の課題としたい。