2025 Volume 22 Pages 127-145
米国では、軍事即応性と自然環境保護の両立を図る目的で、基地周辺の土地を保全する政策プログラムが運用されている。それらのプログラムには、REPIやセンチネル・ランドスケープス・パートナーシップなどがあり、国防総省と軍が主導しながら、その他の連邦政府機関、州や自治体、民間団体がパートナーとして協力する形で進められている。ランド・トラストは、それらパートナーの中でも注目すべき役割を果たしており、基地周辺の土地をエンクローチメントから防護し、軍の任務と適合した用途とするため、地権者からの購入や受贈により保全地役権を設定している。それらのプログラムは、明確な法的根拠と継続的な予算措置によって、所期の成果を挙げているものと見られる。また、基地周辺の土地保全はイノベーションをもたらす政策プログラムとしても認識されており、気候変動問題への対処という新たな目的を導入することで、政策的な「視界」を広げている。軍と自然環境保護の結びつきは、一見奇異な構図のようにも映るが、米国における基地環境問題を理解する上で有益な論点と言えよう。
In the United States, land conservation programs are operated around military bases to balance military readiness with protection of nature. These programs include REPI and the Sentinel Landscapes Partnership, and are making progress through Department of Defense (DoD) and other federal government agencies, states and local governments and private groups. DoD plays leading role and the others cooperate as partners. Among partners, land trusts play an especially notable role. They acquire conservation easements on lands around military bases through purchasing or donation from landowners to protect such lands from encroachment, and to ensure land use is compatible with the military mission. These programs seem to be succeeding based on explicit legal foundation and sustained budgetary support. Land conservation around bases is also considered an innovative program, and is expanding policy “horizons” with the new objective of tackling climate change issues. While the military and protection of nature appear odd bedfellows at first glance, it may be beneficial to understand the environmental issues around military bases in the United States.
米軍基地問題をめぐり、我が国が置かれた状況と米国1の事例には異なる点が少なくない。基地の存在に対する周辺住民の意識や「基地経済」が果たす役割に対する評価などはその一例であろう。これらの相違は、基地に駐留し活動する軍隊の帰属が外国と自国のいずれかという点に概ね起因しているものと考えられる。その一方で、基地が存在し米軍の訓練活動が行われることは、我が国のみならず米国においても、基地周辺において住民の生活環境や自然環境に大きな影響をもたらしている。このように、基地と環境の接点で生じる課題、言わば「基地環境問題」を抱えている点で日米の事情に大きく異なるところはない。
本稿で取り上げる基地周辺の土地保全は、こうした基地環境問題に対して米国で採られている対策のひとつである。米国では基地周辺の土地利用に着目した政策プログラムが運用されており、その目的は、当該土地の用途を管理し、又は事実上バッファーゾーン(緩衝地帯)とすることで、軍の活動と周辺コミュニティーの環境上の利害を両立させ、併せて周辺自然環境の保護を図ることにある2。
それらの政策プログラムについて特筆すべきは、実施に当たり、国防総省(Department of Defense)や米軍、各基地と州や自治体、民間団体等パートナー3との協働が重視されていることである。また、基地周辺の土地保全はイノベーションをもたらす政策プログラムとして認識されている点も指摘しておくべきであろう。同省は、基地周辺の土地を保全する事業を促進する要素として、大規模なイノベーション(large-scale innovation)や気候変動からの影響回復に向けた諸活動を挙げている4。また、米国の研究機関「環境政策イノベーションセンター」(Environmental Policy Innovation Center:以下「EPIC」)がまとめた、基地周辺の土地保全をテーマとするレポートは、野生生物の生息環境を保全し、特別な価値を有する、自然が残された土地を修復するための取組を拡大していくには、イノベーションとスピードが重要であるとしている5。
本稿は、米国における軍事基地周辺の土地保全という政策プログラムについて、国防総省とパートナーとの協働に留意しつつ、その概要と実態を述べるものである。以下、本稿では第2章で基地周辺の土地を保全することの政策的意義を論じ、第3章では個々の政策プログラムについて経緯や実施状況などを解説する。そして、第4章でランド・トラストが関わる事業例を通してパートナーの役割を実態面から述べ、最後に本稿の主な論点を確認して締め括る。
ここでは基地周辺の土地を保全することの政策的な意義を論じるが、最初に「エンクローチメント」(encroachment)と呼ばれる事象について、その概念を整理しておく。国防総省の定義によれば、エンクローチメントとは、基地周辺において市街地化が進行することや、絶滅危惧種のように貴重な自然資源が存在することなどで、訓練を初めとする軍の活動に少なからず各種の制約が生じる事象とされている6。市街地化は、飛行訓練による騒音問題に波及することで、軍の活動に対する周辺コミュニティーの懸念を増幅し、絶滅危惧種などの存在は、それらの生息環境を保護するため、軍の活動に対し環境上の法規制が適用される必要性を高めることになる。同省は、基地の境界から侵入する「外部エンクローチメントによる脅威」(external encroachment threats)は軍の任務に影響を与え得ると述べ7、そうした「脅威」の具体例として、基地周辺での急速な商業地区や住宅の開発、自然環境を取り巻く頻繁な変動がもたらす、絶滅危惧種の基地内への移動、異常気象による干ばつや山火事、海岸や河川での洪水などを挙げている8。
エンクローチメントについては、国防総省や軍のほか、民間団体なども強い関心を寄せており、米国内のランド・トラストを統括する組織とされる「ランド・トラスト・アライアンス」(Land Trust Alliance)9は、基地周辺での市街地化は、2つの組み合わさった問題、すなわち周辺住民の騒音被害と訓練活動への悪影響をもたらすと述べている10。エンクローチメントとは、基地と周辺のコミュニティー及び自然環境との間で発生し、軍の活動と周辺環境双方にそれぞれ負の相乗作用をもたらし得る諸々の事象とも言えるだろう。したがって、エンクローチメントについては、同省に限らず周辺のコミュニティーや民間団体なども対策の必要性を認識しているものと見られる。
2.2 基地周辺の土地を保全する意義国防総省は、エンクローチメントという問題の本質は、基地周辺の土地利用が軍の活動と適合していないことにあると見ており、基地の周辺において土地が不適合な形で利用され、又は野生生物の生息地が失われるような事態は、実戦的な訓練を行う軍の能力を脅かすと述べている11。同省が所管するエンクローチメント対策には、基地周辺の土地について、住宅や商業施設としての利用を回避すべく、軍の活動により適合した用途を条例や都市計画などで定めるよう周辺自治体に勧奨するものや、絶滅危惧種や希少種の生息に適した環境を維持できるよう、パートナーとの協働により当該土地の保全を図るものがある。前者の対策は主に市街地化の抑制を目的としており、後者の対策は自然環境の保護や気候変動への対処という観点を重視したものであるが、本稿では、以下、もっぱら後者の対策について述べる12。
それでは、基地周辺の土地を保全することには、どのような政策的意義が認められるのであろうか。国防総省は、全米でおよそ320の基地を抱えており、周辺地区も含めると2700万エーカーにわたる土地の維持管理を担っている13。EPICによれば、同省が維持管理する土地は「生物多様性の宝庫」(abundance of biodiversity)とされている。それらの土地には、連邦政府により指定された450種類の絶滅危惧種や、今後指定される恐れのある550種類以上の生物が生息しており、連邦政府機関が所管する土地を絶滅危惧種の生息率という観点から比較すると、同省が維持管理する土地は最も高い数値を示しているという14。
このように、基地の周辺地区を含めて、国防総省が維持管理する土地は自然資源に恵まれているため、同省が行う土地の保全は外形上それらの保護を主な目的とすることになる。米軍にとって自然環境の保護が重要な組織命題になっていることは、一見奇異な構図のようにも映るが、中西杏実は、「一般的に、軍隊の存在や軍事活動は動植物や生態系の保護とは相反するものであるというイメージが強い。ところが、米国や欧州諸国において、軍用地は科学的調査により豊かな生物多様性を有する特別な場所として認識され、国防省は生物多様性保護のための措置を講じてきている。」と述べている15。
その一方で、国防総省が土地の保全と自然環境の保護を重視していることの主な動機としては、当然のことながら、より軍事的な観点からの政策配慮が働いていると見るべきであろう。EPICは、同省が生物多様性に富む土地の管理を図ることの理由として、以下の2点を挙げている16。
・訓練活動は、部隊が実戦で遭遇する状況(wartime conditions)をシミュレートする必要性があり、そのため、自然のまま残された土地又は未開発の土地を必要とすること。
・軍は、公共の安全を図るため、基地の周辺にバッファーゾーンを設ける必要があり、当該ゾーンは自然環境を保護する役割も担うこと17。
実際、国防総省もこれらの指摘に沿った考え方を示しており、同省は、土地の管理を担う連邦政府の主要機関として、実戦的な訓練活動や兵器試験などの実施を可能とする自然の地形(natural landscapes)や、通過を妨げられることのない空域、開かれた水路を保全するため、少なからぬ資源を投じていると述べている18。また、同省は、特に基地周辺の土地を保全することの意義についても述べており、そのような場所は軍の活動と適合する土地として有用であり、基地外に生息する希少種などが保護されることで、基地内でそれらの生息地を保護する必要性から派生する訓練活動への制約を減らすことができるという趣旨の見解を示している19。同省による土地保全の意義については、連邦政府機関が行う自然環境保護に対し、その一員として寄与することにとどまらず、軍事即応性の維持に果たす役割という観点からも検討する必要があろう。ちなみに、EPICは、軍事即応性と土地の保全は相伴って進展する関係(go hand-in-hand)にあるが、このような関係性は、連邦政府所管の土地に係るその他の用途、例えばエネルギー開発などについては必ずしも当てはまらないとしている20。
2.3 地役権について国防総省による土地保全を支えている重要なツールとして、保全対象となる土地に特定の用途を設定する「地役権」(easement)と呼ばれる仕組みがある。ここでは、第3章以降の論述に対する理解を助けるため、簡単にではあるが地役権について触れておく。基地周辺の土地が対象となる場合の地役権とは、地権者との間で、当該土地について訓練活動と不適合な利用(例えば、住宅開発用地としての提供など)を防ぐため、より適合的な用途(例えば、農地としての利用など)を特定する内容の契約を結ぶことで、国防総省や軍とパートナーが得る権利を指す21。
地役権には様々な名称があるが、自然環境の保護を目的とした土地保全に資する地役権は、「保全地役権」(conservation easement)と呼ばれている。保全地役権は、自然環境や公共空間(眺望、農地、湿地、水面、山林、自然公園など)のほか、歴史的環境(歴史的・文化的遺物など)を保護するために設定され、連邦法上の税制優遇措置を受けることができる22。保全地役権については、各州がその内容を州法で定めており、それら州法のモデル法案とされる「統一保全地役権法」(Uniform Conservation Easement Act)で基本的な定義などが定められている。その基本的な定義によれば、「保全地役権とは、①自然環境の保全など同法が定める目的のために、②対象不動産の所有者に対し一定の利用制限あるいは積極的な義務を課すものであり、③当該制約・義務の履行を求めることのできる権利保有者が、対象不動産に対し有する、非占有の利益である、とされる」23。
第3章でその実例を述べるが、国防総省は、保全地役権を活用した土地保全の政策プログラムを運用している。多くの場合、保全対象となる基地周辺の土地は農地や森林、放牧地などであり、それらを開発の影響から「隔離」し、現状の用途をそのまま維持するため、同省に代わりパートナーが地権者と結ぶ契約により保全地役権が設定される。「アメリカン・ファームランド・トラスト」(American Farmland Trust)は、そのような保全地役権を「農用保全地役権」(agricultural conservation easement)と呼んでおり、地権者は当該権利を州や自治体、民間団体に対して寄贈又は売却することができるとしている24。
国防総省による基地周辺の土地保全に向けた有力な政策プログラムとして運用されているのが即応力及び環境保護統合計画(Readiness and Environmental Protection Integration Program: REPI)である。ここでは、REPIの概要と実施状況、関連の議論などを述べる25。
(1) REPIの概要と実施状況REPIは、国防総省とパートナーが共同で予算を分担し、主に自然環境保護の観点から基地の周辺土地を保全する政策プログラムである。前述のとおり、地権者との契約により保全地役権を設定する役割はパートナーが担っており、同省とパートナーの協働がプログラムの大きな推進力となっている。同省のウェブサイトは、REPIを実施する上で同省とパートナー関係にある、その他連邦政府機関や州及び自治体並びに関連地方団体のほか、民間団体などのリストを掲載しているが、そのうち、全米規模の組織を有する民間団体(national organizations)は14を数えており、その中には著名なランド・トラストや環境保護団体などが含まれている26。
REPIは、「2003会計年度国防歳出権限法」27によって設置されたプログラムであり、その運用実績は20年以上に及ぶ。なお、同法の根拠条項(合衆国法典第10編第2684a条)28は2018年に改正されており、「軍事施設の強じん性の維持改善に資すよう」プログラムを運用すべしといった趣旨の規定が追加されている29。この改正は、異常気象の影響から基地を保護するという考え方を導入したものであり、土地保全の目的として気候変動問題への対処が明確に意識されるようになったことを意味していると考えられる。
REPIについては、上記根拠法により国防総省に対し、プログラムの実施状況を連邦議会に報告することが義務づけられている。以下、最新版となる2024年版の報告書30から、2003会計年度以降2023会計年度までの実施状況(いずれも累積値かつ概数)を概観する。事業が実施された場所は124か所で37の州と属領にわたっており、保全された土地の面積は120万エーカー以上とされている。プログラムに投入された経費は27億ドルであり31、その内訳は同省負担分が14億ドル以上、パートナー負担分がおよそ13億ドルである32。これを比率に直すと、同省負担分は52パーセント、パートナー負担分は48パーセントとなる33。この間、プログラムの実施を支援したパートナーは延べ500団体に上り、同省は13億ドルに相当するコスト削減効果を得たという34。いずれもパートナーによる寄与の大きさが窺われる数値と見なすことができるだろう。
なお、報告書は、国防総省は、REPIの意義に関連し、パートナーとの間で相互利益をもたらすプロジェクトを開発することにより、実効的かつ費用対効果のあるやり方で兵器試験と訓練を実施する能力を維持し、その一方、新たにイノベーティヴなパートナー関係を進展させること(developing new innovative partnerships)ができると述べている35。
(2) REPIチャレンジの概要続いて、「REPIチャレンジ」(REPI Challenge)という事業プログラムを通して、REPIの実施状況を述べる。REPIチャレンジとは、国防総省が各軍に対してREPIの政策目標に沿った事業を募り、採択された事業プロジェクトに定まった年間予算を割り当てるもので、2012会計年度から開始されている36。同年度以降、REPIチャレンジには同省の予算1億6900万ドル以上が拠出されており、プロジェクトは延べ63か所で実施されている。また、この事業プログラムには、パートナーからの寄与として、およそ4億7700万ドル以上の資金が活用されている(予算額及び資金額は、いずれも累積値)37。EPICは、REPIチャレンジについて、同省が拠出するREPI関連予算のイノベーティヴな使用を助けるプログラムと評している38。以下、本稿執筆時点で最新の予算年次となる2024会計年度を例として、REPIチャレンジの概要を記す。
2024会計年度に採択されたプロジェクトは17件であり、23か所の基地と周辺のコミュニティーに利益を生み出すという(プロジェクトにより、対象基地が重複している場合がある)39。このうち、太平洋地域に所在する基地を対象としたプロジェクトは10件を数え(ハワイ州6件、グアム2件、アラスカ州及びワシントン州各1件)、過半を占めているが40、これは、近年米国の軍事戦略がインド太平洋地域を重視する傾向にあることを反映しているものとも考えられる。REPIチャレンジについて、同年度に国防総省が拠出した予算は2300万ドルを超え、パートナーからの資金は3900万ドル以上となっている41。
2024会計年度に採択された個々のプロジェクトについては、紙数の関係から詳しく述べることができないため、ここでは、ランド・トラストなど民間団体がパートナーとして関わっている、ハワイ州のプロジェクト2件を略述するにとどめる。
第1の事例は、ハワイ州ハワイ島に所在し、陸軍と海兵隊が使用しているポハクロア訓練場(Pohakuloa Training Area)を対象としたプロジェクトである。同訓練場の周辺土地は、山火事や外来種など、原生林の減少や生態系への影響をもたらす広範な脅威にさらされているという。このプロジェクトは、牧畜や土地の保全活動に携わっている地元の民間団体「パーカー・ランチ・ファウンデーション・トラスト」(Parker Ranch Foundation Trust)が軍や州と協働して、原生林や牧草地3,300エーカー分を修復するものである。予定経費は、国防総省が拠出する予算130万ドルとパートナーが負担する資金120万ドルを合わせ、総計250万ドルとされている42。
第2の事例は、ハワイ州オアフ(O’ahu)島のカネオヘ(Kane’ohe)湾近傍に所在する海兵隊基地(Marine Corps Base Hawai’i)を対象としたプロジェクトである。同基地周辺のゾーニング43は広範囲に都市開発を許容する内容になっているとされる。このプロジェクトは、地元のランド・トラスト「ハワイ・ランド・トラスト」(Hawai’i Land Trust)が海兵隊や自治体、コミュニティーと協働し、基地周辺の土地に永続的な権利として保全地役権を設定し、古来伝わる養魚池(fishpond)などを保全するものである。予定経費は国防総省が拠出する予算100万ドルとパートナーが負担する資金200万ドルを合わせ、総計300万ドルとされている44。
(3) REPIをめぐる議論REPIについては、政策プログラムの実効性や予算のあり方などをめぐり、かねてランド研究所(Rand Corporation)など外部機関により議論が行われてきた45。ここでは、最近の関連情報として、EPICのレポートからREPIをめぐる主な議論を抽出する。EPICが、まずREPIの特徴として指摘している点は、実施の根拠となる連邦法の法案策定を国防総省が担い、その後の法改正も連邦議会に対する同省の強い働きかけで実現するなど、同省が主導的役割を担いつつ、連邦議会の理解と協力を得る形で制度設計が進められてきたことである46。連邦法上の根拠があり、連邦議会により継続的かつ大規模な予算措置がとられていることは、パートナーの事業参加がもたらすメリットも含めて制度的枠組みの構築に寄与しており、REPIが政策プログラムとして今後とも持続する可能性を高めていると言えるだろう。EPICは、REPIに対する全体的な評価として、REPIは軍の任務を推進しながら、土地保全の目標達成を促進していくため、最も重要なプログラムのひとつであると述べている47。
その上で、EPICはREPIの課題も論じている。EPICによれば、より広く政策プログラムとして活用されていく上で、REPIは以下のような「障壁」を抱えているという48。
・パートナーからの資金提案について、国防総省による統一的な評価プロセスが存在しないため、パートナーはプログラムへの参加を難しいと判断する場合がある。
・パートナーは、国防総省の拠出予算に見合った資金提案を求められるが、パートナーが所要額を確保できない場合もある。
・国防総省によるプログラムの提案期間が短い、又は対象基地の対応が迅速さを欠くといったことで、パートナーが思うように資金提案できない場合もある。
ここでEPICが指摘している課題は、概ね官僚制に根差す国防総省や米軍の組織的弊害と関係があると考えられる。EPICは、同省による土地保全を進めていくための方策として、REPIに振り向ける予算のさらなる拡大、より野心的な、パートナーとの協力関係の実現、同省のほか複数の連邦政府機関をまたぐ事業基金の設置(pooling of funds across federal agencies)などを提言している49。
3.2 センチネル・ランドスケープス・パートナーシップREPIの基本的なコンセプトを踏まえつつ、国防総省を初めとする連邦政府機関、州及び自治体、そして民間団体が基地周辺の土地保全に関わっていくための制度的枠組みとして、2013年から「センチネル・ランドスケープス・パートナーシップ」(Sentinel Landscapes Partnership:以下「SLP」)という政策プログラムが運用されている。ここでは、SLPの概要と実施状況を述べ、併せて、若干ではあるが関連の議論に触れる。
(1) SLPの概要SLPは、2013年に国防総省と農務省(Department of Agriculture)、そして内務省(Department of the Interior)の3者が共同で立ち上げた政策プログラムである。SLPとは、軍事施設及び訓練場の周辺において持続可能な土地管理の実践を促進するため、自発的に協力する地権者やランド・マネージャーと共に活動する、連邦政府機関、州及び自治体、非政府機関の連合体とされている。また、その任務には、軍事即応性の強化と自然資源の保護、農林経済の振興、野外レクリエーションへの公共アクセスの増進、気候変動からの回復力の増強が挙げられている50。上記3機関が合同でまとめたと見られる、最新版の実績報告(以下「SLP報告書」)によれば、SLPの制度的な根拠は2013年に上記3機関が結んだ了解覚書に遡る。この覚書は2022年に更新されているが、その間、「2018年国防支出権限法」51により、プログラムの設置などが定められたことで、連邦法のレベルでも明確に根拠づけられ、覚書の内容が確認されることになった52。
更新された覚書は、前文でプログラムの設置目的として、軍が管理する土地や空域を、軍の任務と不適合な開発や訓練などに対する法規制や、基地の強じん性に及ぶ脅威、その他の形態をとったエンクローチメントから防護することを挙げている。覚書で合意された主な事項は、当時者機関(party)が土地保全の対象として、センチネル・ランドスケープと呼ばれる地域を共同で指定すること、「当事者機関の間で相互作用を促進するため」として、「センチネル・ランドスケープ連邦調整委員会」(Sentinel Landscape Federal Coordinating Committee)という協議機関を設置すること、センチネル・ランドスケープについて、国防と保全活動における優先事項双方に重要な私有地であり、農作業などが行われる農村の特徴(working and rural character)がそのまま残された土地と定義することなどである53。
一方、2018年国防支出権限法の根拠条項(合衆国法典第10編第2693条)でも、国防長官が農務長官及び内務長官、その他連邦政府機関の長と調整し、センチネル・ランドスケープの保全と修復を行うためのプログラムを設置し、これを実施すること、これら3機関の長が共同でセンチネル・ランドスケープを指定することなど、覚書と同様の事項が定められている。ただし、センチネル・ランドスケープの定義については、覚書より若干詳しく定められており、1か所又はそれ以上の基地若しくは州兵基地及びそれらに隣接する空域や、農村経済(rural economy)、自然環境、野外レクリエーション、基地又は州兵基地が行う国防任務の防護及び支援に有益な公用地又は私有地を含む、景観規模を伴った地域(landscape-scale area)と定められている54。
(2) SLPの実施状況SLPの実施については、上記協議機関のセンチネル・ランドスケープ連邦調整委員会(以下「FCC」)が主な役割を担っている。FCCは、農務省自然資源保全局(Natural Resources Conservation Service)、同省森林局(Forest Service)、国防総省、内務省魚類野生生物局(Fish and Wildlife Service: FWS)及び連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Agency)の代表者から構成され、前述のとおり、センチネル・ランドスケープの指定を行う。一旦指定されれば、FCCは、当該地域の地権者やランド・マネージャーと、土地保全活動のため利用できる連邦政府及び州政府の支援プログラムを結びつけるために活動する55。これらの支援プログラムに含まれているメニューは、減税措置、農家へのローン提供、技術的支援、保全地役権設定に係る資金援助などである56。
SLP報告書によれば、これまでFCCが指定したセンチネル・ランドスケープは、2023年時点で、フロリダ州のエイヴォン・パーク空軍訓練場(Avon Park Air Force Range)とテキサス州のキャンプ・ブリス陸軍基地(Camp Bullis)、ミネソタ州のキャンプ・リプリー陸軍基地(Camp Ripley)、ノースカロライナ州の東部地域、ジョージア州の一部地域、アリゾナ州のフォート・フアチュカ陸軍基地(Fort Huachuca)、ワシントン州のルイス・マッコード統合基地(Joint Base Lewis-McChord)、メリーランド・デラウエア・ヴァージニア各州にまたがるミドル・チェサピーク地域(Middle Chesapeake)、フロリダ州の北西部地域、サウスカロライナ州のロウカントリー地域(Lowcountry)、インディアナ州の南部地域、ヴァージニア州の回廊(security corridor)2か所、都合13か所を数える57。このうち、エイヴォン・パーク訓練場とキャンプ・リプリー基地、フォート・フアチュカ基地、ルイス・マッコード基地はREPIの対象ともされており、2つのプログラムが重なる形となっている。
SLP報告書によれば、SLP実施のため投入された経費は、2012会計年度から2022会計年度までの累積値及び概数として、国防総省分2億3300万ドル、農務省分3億3500万ドル、内務省分9200万ドル、州政府分3億4100万ドル、自治体分2600万ドル、民間団体分1億4200万ドルとされている58。筆者が積算したところ、これらの総額は11億7000万ドルであり、そのうち、州と自治体の負担率は計31パーセント、民間団体の負担率は12パーセントで、連邦政府機関以外のパートナーによる負担率は合計43パーセントである(いずれも概数)。ここでも、パートナーが果たしている役割の大きさが推察されるであろう。また、この間、SLPによって保全された土地の面積は累積67万7,100エーカーに上る59。
SLPは、このように、国防総省に限らず、その他、土地保全や自然環境の保護に関わるパートナーを広く取り込んで運用されており、REPIと類似した政策プログラムと言えるが、同省以外の連邦政府機関の関与について、より明確な法的根拠が備わっているという点に特徴がある。また、REPIの場合は、個別の基地とその周辺地域がプロジェクトの対象とされているのに対し、SLPについては、基地が存在しない地域でも訓練活動など軍の任務を維持する上で重要な価値を持つと判断されれば、対象地域として指定される場合があるものと見受けられる。
(3) SLPをめぐる議論SLPの政策的意義については、「センチネル・ランドスケープス:土地保全に向けた斬新なアプローチ」と題する、全米州議会連盟(National Conference of State Legislatures)のブリーフィング・ペーパーが言及しており、著者のジェニファー・シュルツ(Jennifer Schultz)は、SLPは、連邦政府と州に対し、国防と保全活動及び土地の農業利用との結びつきを十分に活用する上で比類のない機会を与えるものだと述べている60。また、EPICのレポートも、SLPは、今後10年間のうちに国防総省が軍の任務と保全活動の目標を促進していくため、主なアプローチとなっていくだろうと述べ、プログラムに対して肯定的評価を示している61。その一方、EPICはSLPの問題点や課題についても述べており、プロジェクトによって成果の度合いが異なっていることや、指定された地域があまりに広大で成果が明確に表れていない事例も見受けられること、民間部門のパートナーによる、さらなる関与が有益であることなどを指摘している62。
3.3 アメリカ・ザ・ビューティフル・チャレンジ2022年、自然環境保護を目的とした土地保全を全米規模で推進するため、新たな政策プログラムとして、「アメリカ・ザ・ビューティフル・チャレンジ」(America the Beautiful Challenge:以下「ATBC」)が創設された。このプログラムの対象範囲は広く、軍事基地はその一部であるが、ここでは、国防総省の関わりに留意しつつ、プログラムの概要と実施状況を述べる。なお、本節における人物の肩書は参照文献の時点である。
(1) ATBCの概要2021年1月27日、バイデン(Joe Biden)大統領は、「国内外における気候変動危機への取組」と題する大統領命令第14008号を発出した。同命令には、2030年までに米国の陸域及び水域の少なくとも30パーセントを保全するという目標が明記され、内務長官に対し、農務長官、商務長官、環境諮問委員会(Council on Environmental Quality: CEQ)議長、その他関係機関の長と協議の上、同命令で設置される「国家気候変動問題タスクフォース」に対し、上記目標の進捗状況などを記した報告書を提出することが義務づけられた63。同タスクフォースは、内務省、農務省、商務省(Department of Commerce)、国土安全保障省(Department of Homeland Security)、連邦環境保護庁(Environmental Protection Agency)など、数多くの連邦政府機関の長や代表者から構成される組織で、国防長官もメンバーに入っている64。
内務省は、同命令で打ち出された、このような計画を「アメリカ・ザ・ビューティフル・イニシアチヴ」(America the Beautiful Initiative)と呼び、気候変動問題、自然資源が残された土地と野生生物の喪失、そして自然環境に対する公的アクセスの不公正といった問題に適合した、また必要とされる政策対応としている。また、計画の目的として、気候変動からの回復力の改善に加えて米国経済の基盤強化を挙げ、計画の推進に当たっては地元のコミュニティーが主な役割を担い、連邦政府がこれを支援すると述べている65。
なお、計画と密接に関連する動きとして、内務省のウェブサイトに掲載された「アメリカ・ザ・ビューティフル2023年度報告」と題する報告書は、バイデン政権が経済浮揚策として進めてきた「米国への投資」アジェンダ(Investing in America Agenda)66に言及している。マローリー(Brenda Mallory)CEQ議長による序文は、いずれも同アジェンダの一環として制定された「超党派インフラ法」67と「インフレ抑制法」68を挙げ、前者については、生態系の修復や外来種の管理などへの対策資金が、後者については、米国史上最大規模となる気候変動対策が盛り込まれたことを指摘している69。
上記大統領命令の発出後、アメリカ・ザ・ビューティフル・イニシアチヴは、より具体性を帯びた政策プログラム、すなわちATBCへと発展していくことになる。大統領府のニュースリリースによれば、2022年4月、バイデン政権は、地元コミュニティーが主導する土地の保全及び修復プロジェクトに10億ドルを拠出するとの声明を発表した70。このニュースリリースで、すでにアメリカ・ザ・ビューティフル・チャレンジという言葉が使われていたが、国立魚類及び野生生物財団(National Fish and Wildlife Foundation: NFWF)のウェブサイトに掲載された情報によれば、政策プログラムとして正式に発足したのは同年5月と見られる71。NFWFは、連邦議会により設立された、魚類及び野生生物保全のための非政府組織である72。同財団の2023年度活動報告によれば、NFWFの創設は1984年であり、それ以降、2万2,100件の魚類及び野生生物の保全プロジェクトに関わってきたとされている73。
ATBCは、全米規模で実施される広範な土地の保全及び修復プロジェクトに対し、関係連邦政府機関と民間財団(private philanthropy)から行われる複数の資金援助について必要な調整を行い、その統合を図ることを目的とした政策プログラムである。ATBCの実施機関はNFWFとされており、上記資金援助の調整と統合を行う。ここでいう「複数の資金援助」の拠出元は、FWS、農務省自然資源保全局、同省森林局、国防総省のほか、民間財団である。ATBCは、州や先住民部族(tribes)、地域、地元グループ、非政府組織など、土地保全のため資金援助を希望する者が一度に複数の資金を対象として申請することを容易にしたとされている74。NFWFは、このようなATBCの仕組みを「ワンストップショップ申請」(one-stop-shop solicitation)と呼んでおり75、資金申請者はNFWFを窓口として一括的な申請を行うことができるものと考えられる。
(2) ATBCの実施状況NFWFのニュースリリースによれば、2023年度の場合、NFWF が統合しATBCを通して土地保全プロジェクトに提供した資金は1億4130万ドルであり、その他民間団体等からの資金調達(matching funds)1200万ドルを合わせると、全体で1億5300万ドル以上の資金が投入される見込みとなっている。同年度の資金申請は456件であり、申請金額の合計は8憶8500万ドルであった。実際に申請が採択されたのは74件であり、対象地域は46の州と3つの属領にわたっている。資金の相当部分は、先住民部族が実施するプロジェクトを支援するために充てられる。その比率は、およそ40パーセントである76。なお、同年度に申請が採択されたプロジェクトには、グアムの基地周辺を対象とするものが含まれているが、これについては次項で述べる。また、内務省のニュースリリースによれば、バイデン政権はATBCの2024年度経費として総額1億1900万ドルの拠出を予定しているという。内務省は、この中でATBCは「米国への投資」アジェンダの一部を構成すると述べている77。
(3) 国防総省の関わり前述のとおり、国防総省はATBCの資金拠出元とされており、REPIやSLPの枠組みを通してATBCの実施に関わる形となっている。同省のウェブサイトに掲載された情報によれば、2023年度の場合、同省が所管する土地保全プロジェクトでATBCの対象とされたものは、ジョージア州とフロリダ州、サウスカロライナ州、ノースカロライナ州にまたがる南東部地域、エイヴォン・パーク訓練場、フォート・フアチュカ基地、キャンプ・ブリス基地、インディアナ州南部地域、グアムの海軍及び海兵隊基地、ハワイ州における複数の基地、都合7つである。これらは、いずれもセンチネル・ランドスケープに指定されているが、グアムとハワイ州の2つは、当該情報がウェブサイトに掲載された段階では、FCCから公式な指定を受けていないとされている。同省は、これらのプロジェクトに対してREPIの枠組みで予算を拠出することにより、ATBCの実施に貢献しており、520万ドル以上を負担している。なお、同省負担分に加えて、FWSが220万ドル、連邦政府機関以外のパートナーが78万7000ドルを追加負担することで、資金額は総計820万ドル以上となっている(以上、全て概数と見られる)78。これらのプロジェクトで、NFWFを通して資金を受領する者、すなわち主に事業を実施する者は自治体や地方団体、民間団体などである。
国防総省は、ATBCの政策的意義についてNFWFと同様の認識を示しており、複数の連邦政府機関と民間団体による資金支援を組み合わせることで、アメリカ・ザ・ビューティフル・チャレンジは、資金申請者に対し、重要な自然資源を保護する「イノベーティヴなプロジェクト」の開発に必要な、合理化された資金申請プロセスを提供すると述べている79。以下、個々のプロジェクトの実施状況については、紙数の関係もあるので、グアムにおける事例のみ略述する。
このプロジェクトは、グアム海軍基地(Naval Base Guam)とキャンプ・ブラッツ海兵隊基地(Camp Blatz)を含む形で今後公式に指定される「グアハン・センチネル・ランドスケープ」(Guahan Sentinel Landscape)を対象とし、優先度の高い地域において、凶悪な外来種とされているコカミアリ(Little Fire Ant)を駆除するものである。コカミアリは、グアムでは2011年に初めて存在が確認されており、以降、急速にグアムの森林やジャングルで繁殖したと考えられている。グアム海軍基地は太平洋軍(Pacific Command)、太平洋艦隊(Pacific Fleet)、第7艦隊(7th Fleet)の根拠地である80。
プロジェクトの目的としては、軍の任務に対する支援、コカミアリの影響で絶滅の危機に瀕している希少種の保護、地元コミュニティーの懸念への対応、そして地元経済の保護が挙げられている。資金の受領者はグアム政府農業及びバイオセキュリティ―局(Department of Agriculture, Biosecurity Division)である81。国防総省によれば、資金の総額は128万ドルであり、その内訳は、REPIの枠組みからの拠出が50万6,000ドル、内務省所管予算からの拠出が50万ドル、パートナーの負担分が27万2,000ドルとされている82。
一方、NFWFは、プロジェクトの資金総額を100万6,300ドルとしているが、「matching funds」、つまり民間団体等からの資金調達分については「不明」(N/A)としている83。上記のとおり、国防総省と内務省が所管する予算からの拠出は計100万6,000ドル(50万ドルプラス50万6,000ドル)であり、NFWFが発表している数字とほぼ一致する。したがって、NFWFの情報は民間団体等からの資金調達分を除外したものと見られる。
ここでは、ランド・トラストによる事業に焦点を当て、土地保全プログラムの実施に係る、パートナーの役割を実態面から見ていく。
4.1 ランド・トラストとは何か最初に、ランド・トラストの基本的な性格を整理する。ランド・トラスト(Land Trust)とは、自然環境保護などを目的として土地の保全活動を行う非営利団体であり、保全地役権の主な保有主体とされる。ランド・トラストは、全米に無数にあり、地域密着型の小さなものから、州をまたいで活動する大規模組織まで様々であるとされている84。ランド・トラスト・アライアンスによれば、同団体に登録しているランド・トラストは948を数えており、登録メンバーによって保全された土地の面積は累積で6107万2,596エーカーに上る85。ランド・トラストの役割は、地権者からの購入若しくは受贈又は保全地役権の設定により土地を保全することや、土地保全の必要性について公衆や論者を啓発すること(educate the public and advocate)である86。
4.2 ランド・トラストによる事業プロジェクトの実例以下、全米規模の組織を有する3つの代表的なランド・トラストを取り上げ、それぞれの事業プロジェクトを概観する。
(1) コンサヴェーション・ファンドコンサヴェーション・ファンド(The Conservation Fund:以下「TCF」)は、1985年から保全事業を行っている団体である。これまで900万エーカーの土地を保全しており87、最近では2023 年の1年間で12万エーカー以上の土地を保全したとされる88。TCFが実施している事業プロジェクトには、ユタ州のキャンプ・ウイリアムス陸軍州兵訓練基地(Camp Williams National Guard Training Site)、ニューメキシコ州のメルロース空軍訓練場(Melrose Air Force Range)、ヴァージニア州のフォート・A.P. ヒル陸軍基地(Fort A.P. Hill)を対象とするものがある。TCFは、キャンプ・ウイリアムス基地については、州兵総局(National Guard Bureau)と協定を結び、基地に隣接した、生態系の保護に有用な土地を保全している89。また、メルロース訓練場の場合は、基地に隣接した農地の地権者からの購入という形で、当該土地を農地として永久に保全するために保全地役権を設定しており、地役権の設定資金は国防総省のREPI予算から拠出されている90。一方、フォート・A.P. ヒル基地の事業プロジェクトについても、メルロース訓練場の場合と類似した内容となっており、ヴァージニア州選出の連邦議会議員が、その意義を称賛するコメントを残している91。
(2) ネイチャー・コンサーヴァンシーネイチャー・コンサーヴァンシー(The Nature Conservancy:以下「TNC」)は、1951年に創設された団体であり、これまで1250万エーカー以上の土地を保全してきたとされる92。TNCが実施してきた事業プロジェクトには、ノースカロライナ州のフォート・リバティ陸軍基地(Fort Liberty)を対象とするものがある。同基地周辺では、ホオジロシマアカゲラ(Red-cockaded Woodpecker: RCW)が、生息に適した環境を提供するダイオウマツ(longleaf pine)の減少により絶滅危惧種に指定されたことで、訓練活動が制約されるようになった。TNCは、軍及びFWSと協力して周辺土地を購入し、これを保全している。事業対象地域におけるRCWの個体数は、1990年代半ばには1万まで落ち込んだものの、現在は1万8,000から1万9,000にまで回復しているという93。
(3) トラスト・フォー・パブリック・ランドトラスト・フォー・パブリック・ランド(Trust for Public Land:以下「TPL」)は、1972年に創設された団体であり、これまで保全してきた土地は400万エーカーとされている94。TPLが実施してきた事業プロジェクトには、カリフォルニア州のチャイナレーク海軍航空兵器試験施設(China Lake Naval Air Weapons Station)及びエドワーズ空軍基地(Edwards Air Force Base)を対象とするものがある。この事業プロジェクトは、軍用機飛行経路の直下に生息し、その影響を受けるオオカミ(Wind Wolves)を保護するため、TPLが地元の民間団体と協力して、生息地域に永続的な保全地役権を設定するものである。土地の保全面積は1万4,631エーカーであり、地役権の設定資金は国防総省のREPI予算から拠出されている95。
本稿では、米国における軍事基地周辺の土地保全プログラムをテーマとし、その概要や実施状況を見てきた。それらのプログラムは、概ね明確な法的根拠を有し、継続的な予算措置に支えられた枠組みとして所期の成果を挙げているものと見られる。プログラムを貫く基本的なコンセプトは、基地周辺における土地保全と自然環境保護の密接な連関であり、こうした考え方は、国防総省など連邦政府機関と州や自治体、民間団体などのパートナーにより共有されている。また、基地周辺の土地保全は、イノベーションをもたらす政策プログラムとしても認識されており、自然環境保護に加え、気候変動問題への対処という新たな目的を導入することなどで、政策的な「視界」を広げていると言えるだろう。
軍事基地周辺の土地保全が自然環境の保護を主な目的とすることは、軍が生態系保護の主体となることにつながる。これは、一見奇異な構図のようにも映るが、中西は、これに関連して「軍による生物多様性保護は一見すると矛盾し、各種コストがかかる取組みだが、軍事的に合理的な選択と言えよう。」と述べている96。また、TNCが配信したニュースリリースには、「自然資源を保全するための意外な仲間―軍―との提携」と題したものがあり、軍と環境保護の関係について、新たな視点を示唆している97。このように、軍事即応性維持と自然環境保護を両立させる目的で、国防総省とランド・トラストなど民間団体が協力的な取組を進めている事実は、米国における基地環境問題を理解する上で有益な論点であり、我が国でも今後の動向を注視しておく必要があるだろう。
なお、本稿脱稿後に行われた米国大統領選挙において、トランプ(Donald J. Trump)氏が勝利した。本稿で述べた政策プログラムのうち、バイデン政権が重要政策として進めていたATBCについては、新たに発足する「第2次トランプ政権」で見直しが行われる可能性も考えられる。