2025 Volume 47 Issue 1 Pages 29-35
今回,下顎前歯部歯列不正部の歯肉から頻回に出血した後天的von Willebrand症候群(以下aVWS)患者に対し,抜歯による歯科矯正治療により前歯部の叢生の改善を行い,歯肉出血をコン卜ロールできた症例を経験した.また,矯正治療9年後についても良好な経過である.このような報告は極めて稀と考え報告する.症例は20歲代の女性で,下顎前歯部からの歯肉出血を主訴として来院.その際,現病歴としては,自己免疫性溶血性貧血で鼻出血や月経過多を認める.患者は,歯周治療を行ったが頻回の歯肉腫脹,出血は改善せず,歯列不正による辺縁性歯肉炎の関与が高いと判断した.叢生状態での歯周組織のブラッシングによる改善には限界があること,加えてaVWSがあることにより,歯周組織の改善を図るために叢生を改善することが必要であると考えた.患者は,コントロール下では抜歯も可能であるとのことで,抜歯による歯科矯正治療を行った.歯科矯正治療後,前歯部の叢生が改善され,ブラッシングにより歯垢が取れやすくなったことが炎症の改善につながったと思われ,歯肉からの出血も消失し,現在も薬剤の服用は継続中であるが,良好な経過である.今回我々は,aVWS患者に抜歯と歯科矯正治療により歯列の改善を行い歯肉出血が消失した症例を経験した.その概要を報告し,口腔内出血に対して,全身的要因だけではなく局所的要因も考慮する必要があると考える.
We report a case in which we were able to control gingival bleeding. A patient with Acquired von Willebrand syndrome (aVWS) who had frequent bleeding from the gingiva in the malaligned area of the lower anterior teeth underwent tooth extraction and orthodontic treatment to improve the crowding in the anterior teeth. The patient was a woman in her 20s who had come to our hospital with the chief complaint of gingival bleeding from the upper and lower anterior teeth. Her current medical history included autoimmune hemolytic anemia, with epistaxis and menorrhagia. The patient underwent periodontal treatment, but the frequent gingival swelling and bleeding did not improve, and it was determined that marginal gingivitis due to dental malalignment was likely involved. Because there is a limit to the improvement of periodontal tissue by brushing in a crowded state, and because the patient also had aVWS, we believed that it was necessary to improve the crowding in order to improve the periodontal tissue. The patient underwent orthodontic treatment with tooth extraction because it was possible to extract the tooth under controlled conditions. The crowding on the front teeth was improved after orthodontic treatment, and brushing made it easier to remove plaque, which led to an improvement in the inflammation. The bleeding from the gums stopped, and the patient is progressing well, and is currently continuing to take medication. Her progress continues to be good after 9 years of orthodontic treatment. There are very few reports of this kind, and this is an extremely rare case of an aVWS patient whose dentition improved and gingival bleeding disappeared after orthodontic treatment using tooth extraction. We believe that it is necessary to consider not only systemic factors but also local factors in cases of oral bleeding.
von Willebrand症候群(以下VWS)は,出血時間の延長を示す常染色体優性遺伝性出血性疾患で,第VIII因子複合体を構成しているvon Willebrand因子(以下VWF)の量的 ・質的な欠損と血小板粘着能の低下が原因である.病型は様々で患者自身に病識を欠くこともあり,抜歯等の観血処置時に注意が必要である[1].
今回,前歯部歯列不正部の歯肉から頻回に出血した後天的von Willebrand症候群(以下aVWS)患者に対し,抜歯を行い歯科矯正治療により前歯部の叢生の改善を行い,清掃不良による歯肉出血をコン卜ロールできた症例を経験した.このような報告は極めて稀と考え報告する.
また,矯正治療後9年においても良好な経過を示しているので合わせて報告する。
症例は20歲代の女性で,下顎前歯部歯肉からの頻回の出血を認めるようになり当院小児科より当科を紹介された.200X年より鼻出血,月経過多および歯肉出血が出現,当院小児科にて自己免疫性溶血性貧血に伴う後天性von Willebrand症候群(aVWS)と診断されていた.しかし,同時期から全身エリテマトーデス(SLE)の要素も見られたことから,諸検査よりSLEを基礎疾患としたaVWSと診断された.
200X年,抗VWF抗体陽性の後天性von Willebrand症候群と診断された.後天性von Willebrand症候群に対し,コンファクトF (FVIII/VWF複合体製剤)に加え大量グルココルチコイド療法(PSL 60 mg/日)が開始され,その後漸減中止となった.200X+3年,自己免疫性溶血性貧血(AIHA)および後天性von Willebrand症候群の再燃時に,低補体血症,抗核抗体320倍(抗RNP抗体・抗SM抗体)陽性から膠原病が疑われ,当科紹介されるも臨床所見に乏しく,確定診断には至らなかった.200X+8年より,光線過敏,蝶形紅斑,足関節痛,非瘢痕性脱毛を自覚するようになり内科へ再度紹介となった.検査にて,血小板減少(6.6万),低補体血症(CH50 26),抗ds-DNA抗体陽性(48.8 U/ml)もみられ,ACR1997基準に基づきSLEの診断に至った.現在は,ヒドロキシクロロキン(商品名 プラケニル 錠,サノフィ),ベタメタゾン錠(サワイ,リンデロン(シオノギ)後発錠),ベリムマブ皮下注で,SLEが治療されている.全身所見としては,体格は小柄で栄養状態良好,顔色良好で貧血はなかった.全身皮膚に出血斑は認めなかった.局所所見としては,下顎前歯部に多量の歯石沈着と歯肉腫脹,および歯肉出血を認めた.上下顎前歯部叢生(上顎両側側切歯舌側転位,下顎右側中切歯唇側転位,下顎左側中切歯舌側転位),歯肉発赤・腫脹・出血を認めた(Figure 1).パノラマX線写真所見としては,全顎的に軽度の水平性骨吸収を認めた(Figure 2).
Crowded upper and lower anterior teeth (maxillary left and right lateral incisors lingual dislocation, lower right central incisor labialdislocation, lower right central incisor lingual dislocation) Gingival redness, swelling, and bleeding are observed.
All jaws show mild horizontal bone loss.
自験例は,F VIII凝固活性およびVWF活性の低下が認められ,VWFの量的威少による後天性と既に診断されており,歯周治療を行ったが,頻回の歯肉腫脹,出血は改善せず,aVWSに加えて歯列不正による辺縁性歯肉炎の関与が高いと判断し,歯科矯正治療を行い前歯部の叢生の改善を行うこととした.歯科矯正治療の診断の結果,上下顎とも抜歯が必要であることが分かった.自験例が受診していた当大学病院の小児科に相談したところ,抜歯はコントロール下であれば可能であるとのことであった.従って,抜歯により治療を行うこととしたが,抜歯部位は臼歯部の咬合関係は良好であることと,侵襲を最小限にするため上顎左右側切歯,下顎左右中切歯合計4本と決定した.小児科と協議した結果,抜歯は2回に分けて行い,止血コン卜ロール目的で入院下での抜歯となった.入院し,抜歯直前に使用歴のあるコンファクトFⓇ1ヒト血漿由来VWF含有第VIII因子製剤(VWFとして2400単位)を静脈注射し,抜歯終了後1日間使用した[2].第1日目は,下顎左右中切歯,第2日目は上顎左右側切歯を抜歯した.抜歯窩にスポンゼル挿入後,歯肉を縫合した.止血困難時や後出血に備え,歯型から作成した床副子と局所止血剤(微線維性コラーゲン,卜ロンビン製剤,ゼラチン製剤)を事前に準備したが[3],抜歯後疼痛,後出血なく経過したため,使用なく退院となった.術後5日目も後出血なく良好な口腔状態であった(Figure 3).外来で経過観察し経過良好であったので,抜歯後1ヶ月より上下顎前歯部の部分矯正治療を開始した.歯科矯正治療はマルチブラケット装置にて行った(Figure 4).動的治療期間は,2年6か月で,マルチブラケット装置除去後,上顎には右側犬歯から左側犬歯間,下顎には,右側第一小臼歯から左側第一小臼歯間に固定式保定装置により保定を行った(Figure 5).歯科矯正治療後,前歯部の叢生が改善され,ブラッシングにより歯垢が取れやすくなり,炎症の改善につながったと思われ,歯肉発赤 ・腫脹 ・出血もなくなり良好な経過である(Figure 6,7).歯科治療および抜歯の治療経過はTable 1に示す.また,臨床検査所見はTable 2に示す.9年後である現在も,歯肉発赤 ・腫脹 ・出血はなく良好な経過である.パノラマX線写真では,現在も全顎的に軽度の水平性骨吸収を認めるが,良好な経過が続いている(Figure 8,9).
The oral cavity was in good condition with no postoperative bleeding.
Fixed retainers were placed on the upper jaw from the right canine to the left canine, and on the lower jaw from the left first premolar to the right first premolar.
The crowding of the anterior teeth improved, and bleeding from the gums disappeared.
Mild horizontal bone resorption is observed in all jaws, but the patient is in good condition.
① Since there was no improvement in the frequency of gingival bleeding, the involvement of VWS was suspected. Orthodontic treatment was recommended because crowding of the mandibular anterior teeth increases the risk of gum bleeding.
② The tooth was extracted while in hospital for the purpose of controlling hemostasis. Since there was no post-extraction pain or postextraction bleeding, the patient was discharged without a protective bed.
VWS: von Willebrand syndrome
Inspection value (reference value) |
Before hospitalization | Before surgery | After discharge |
---|---|---|---|
WBC (3.5~9.5X103/µl) | 1.5X103/µl | 1.7X103/µl | 1.9X103/µl |
RBC (3.75~5.14X106/µl) | 3.60X106/µl | 4.03 xX106/µl | 3.74XX106/µl |
HGB (10.6~15.4g/dl) | 8.8g/dl | 10.3g/dl | 9.8g/dl |
PLT (164~3 7X103/µl) | 138X103/µl | 13.4X103/µl | 12.6XX103/µl |
PT (11.0 ~13.4 秒) | 12.1 seconds | 12.5 seconds | 11.6 seconds |
INR (0.94~1.15) | 1.04 | 1.09 | 1.04 |
APTT (24.0 to 39.0 seconds) | 26.9 seconds | 25.8 seconds | 27.5 seconds |
vWF activity (60–170%) | 21 | 56 | 34 |
FVIII antigen (50–155%) | 21 | 64 | 30 |
FVIII activity (60–150%) | 37 | 66 | 41 |
WBC: White Blood Cell Count, RBC: Red Blood Cell, HGB: Hemoglobin, PLT: Platelet Count, PT: Prolactin, INR:Prothrombin Time, APTT: Activated partial Thrombin Time, vWF: von Willebrand Factor, FVIII: Factor VIII
The patient is still doing well with no gingival bleeding.
The patient still has mild horizontal bone resorption in all jaws, but is doing well.
von Willebrand症候群は血友病Aに次いで頻度が高い血液疾患といわれているが,症状がない症例も多い[1].令和元年度の血液凝固異常症全国調査報告書によると,わが国のVWS患者の数は1,363名と報告されているが,実際には診断されず,見過ごされている可能性が高いと推察される[4].
aVWSは,先天性疾患であるVWSと類似した病態をとるが,aVWSは血小板数が正常で出血症状がある[5–7].aVWSは,本邦では2007年時点で300例余りの報告しかなく,今までは,比較的稀な出血性疾患と考えられてきたが,手術など観血的処置を行う際には,止血に困難を要することがあり,本症の存在を認識しておくことが大切だと述べている[8].
自験例は,最初は歯周治療を行ったが歯肉発赤,腫脹,出血の改善があまり認められなかった.歯肉腫脹,出血の原因として多数報告されているが,歯の叢生により歯垢のコントロールが悪くなり,その部位に炎症が起こり出血の原因となることが報告されている [9].
出血部のブラッシングを行うことで,ある程度は改善されるが[10],叢生状態での歯周組織のブラッシングによる改善には限界があることと,加えてaVWSがあることにより,歯周組織の改善を図るために叢生を改善することが必要と考えた.前歯部の叢生を改善するためには抜歯が必要であったが,自験例は,止血コントロール下では抜歯も可能であるとのことで[11–14],歯科矯正治療により改善を行った.
aVWSの抜歯による歯科矯正治療の報告例はほとんどなかったが,当院では,小児科,口腔外科,矯正歯科の連携が可能であったため,抜歯(観血)処置を含めた治療が行えた.
歯科矯正治療時の歯の移動については,通常患者よりも緩徐に行ったので,治療期間は長くなった.しかし,移動後の歯槽骨や歯肉の状態は,通常と大差なく,良好な状態であった.また,aVWSなので,装置の破損等のトラブルに関しては,重大な結果になる可能性があるため,変化があれば速やかに連絡をするように指示を行った.しかし,今回の治療中大きなトラブルはなかった.
歯科矯正治療後,前歯部の叢生が改善され,ブラッシングにより歯垢が取れやすくなり,良好な口腔清掃状態を可能にした.それにより炎症の改善につながったと思われ,歯肉発赤,腫脹,出血もなくなり良好な経過であった.
現在も,薬剤の服用は継続中であるが,歯周組織の改善を行ったことにより,9年後の現在も歯肉発赤,腫脹,出血はなく良好な経過が続いている.
今回我々は,後天性von Willebrand症候群患者に抜歯を行い,歯科矯正治療により歯列の改善を行い,歯肉出血が消失した症例を経験したので,その概要を報告した.
口腔内出血に対して,全身的要因だけではなく,局所的要因も考慮する必要がある.
なし