2012 Volume 54 Issue 6 Pages 286-293
目的:休業に関する規則や職場復帰支援制度と,メンタルヘルス不全による休業者の発生状況から,両者の関連性を検討することを目的に本調査を行った.対象と方法:某県産業保健推進センター利用歴のある150ヶ所の事業場を対象に,休復職に関する規則とメンタルヘルス不全による休業者の発生状況に関する調査用紙を配布した.結果:常勤職員数と最大休業期間(r=0.489, p<0.001),常勤職員数と休業中の金銭補償期間(r=0.315, p=0.031)との間に有意な相関を認めた.また,常勤職員数1,000人以上の9事業場においては,金銭補償期間と休業者率(r=0.670, p=0.048),金銭補償期間と平均休業日数(r=0.866, p<0.001)との間に有意な相関を認めた.考察:メンタルヘルス不全による休復職の判断においては,金銭補償期間が影響を与えている可能性が示唆された.今後は,メンタルヘルス不全者の支援体制の改善を考える上で金銭補償期間の影響を考慮した制度の見直しが必要と考えられた.
近年,長時間労働や成果主義の導入,社会システムの高度化,IT化に伴う人間関係の希薄化など労働者のメンタルへルスを取り巻く状況は悪化し,1990年代後半よりうつ病をはじめとするメンタルヘルス不全をかかえる労働者の増加が社会的問題として取り上げられている.さらに,メンタルヘルス不全により病気休業が必要となる労働者も増加傾向にあり1),民間大企業を中心とした調査では,メンタルヘルス不全により1ヶ月以上の病気休業をした労働者がいたと回答した事業場は74.7%にも及ぶとの報告がある2).また,平成18年度に病気や怪我で1ヶ月以上休んだ国家公務員(6,105人)のうち,63%はメンタルヘルス不全が原因とされており,5年前(平成13年度)の34%に比較し大幅に増加している3).そのような事態に対し行政でも,「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」4)や,「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」5)を作成するなど様々な取り組みが行われている.
メンタルヘルス不全に伴う病気休業においては,休業者数の増加だけでなく,休業期間の長さも問題となっており6),民間大企業を中心とした調査では精神障害による平均休業日数は約5.2ヶ月にも及んでいる2).また,メンタルヘルス不全は再燃や再発を繰り返すといった特徴があり,再休業率の高さも問題となっている7,8,9).
このような現状に対して,厚生労働省の指針5)に沿って,メンタルヘルスに関する健康管理対策を行っている企業が多くみられ,休業者の復職に一定の効果をあげていることが明らかとなっている10,11).このような対策の1つとして,病気休暇・休職制度の整備が挙げられるが,我が国ではかつて結核療養を中心に検討された病気休暇・休職制度を現在も運用している事業場が多い.そのため,長期の療養期間を必要とする・再燃再発を繰り返すといったメンタルヘルス不全に特徴的な病態に対応が困難なケースが生じており,病気休暇・休職制度の見直しが注目されている12,13).そこで,今回メンタルヘルス不全による休業に関する就業規則や職場復帰支援制度と,メンタルヘルス不全をかかえる労働者の発生状況に関する情報を収集し,実態を明らかにするとともに,両者の関連性やどのような規則・制度が望ましいのかを検討することを目的に本調査を行った.
産業医,精神科医として勤務している研究代表者,研究分担者からなる研究チームにおいて十分に協議した上で,事業場を対象とした休復職に関する規則・制度とメンタルヘルス不全による休業者の発生状況に関する調査用紙を作成した.
2. 調査項目調査項目は,事業場の規模(常勤職員数)と業種に加え,休業・復職に関する就業規則や制度,そして各事業場におけるメンタルヘルス不全者の発生状況とした.
(1)休業に関する規則・制度について
休業とは,一般的に病気のために取得できる特別休暇としての病気休暇と,辞令上休職命令を受けての休職とに分けられる.休職中は一定期間傷病手当金が支払われるが,それ以外に,給与などの金銭が一定の期間にわたって支払われる場合がある.また,休業を繰り返すような場合,過去の休業期間についての扱いは,事業場により様々で,積算される場合,積算されない場合,復職後に一定期間の通常勤務を経るとこれまでの積算期間がリセットされる場合等がある.このような現状を踏まえ,休業に関する制度については,取得可能な病気休暇期間および休職期間,休業期間中の金銭補償(傷病手当金以外に支給される金銭の有無および支給される期間)および再休業時における休業期間の扱いについてを調査項目とした.
(2)復職に関する規則・制度について
復職に際しては,職場復帰支援制度を設定している事業場が多く見られるが,職場復帰支援制度には休業の身分で試し出勤を行う休業中のリハビリ制度と,復職後に給与の支給を受けながら時短勤務などの配慮を受ける段階的職場復帰制度がある.このような現状を踏まえ,復職に関する制度については,職場復帰支援制度の有無に加え,制度がある場合にはどのような制度設計を採用しているのかを調査項目とした.
(3)メンタルヘルス不全者の発生状況
メンタルヘルス不全者の発生状況については,休業者数とその平均休業日数を調査項目とした.平均休業日数を調査項目としているため,休業者については,調査時から遡る1年の間に休業から復職をはたした者と定義した.
3. 調査対象調査対象は,某県産業保健推進センターの窓口相談の利用歴,もしくはセンター主催の研修会に参加歴のある150ヶ所の事業場とした.各事業場に郵送にて調査用紙を配布し,本調査研究に同意の得られた事業場より郵送にて回収した.
4. 解析調査によって得られたデータより,メンタルヘルス不全による休復職に関する規則や制度などの現状と,メンタルヘルス不全者の発生状況との関連について解析を行った.休業に関する制度の充実度については,取得可能な最大休業期間と休業中の金銭補償期間をとりあげ,事業場の規模(常勤職員数)との相関について2変数間のピアソンの相関係数を求めた.復職に関する制度の充実度としては,職場復帰支援制度(休業中のリハビリ勤務と段階的職場復帰制度)の有無をとりあげ,それぞれの制度の有無と常勤職員数の平均値の差異について,対応のないt検定を用いて検討した.
休業者の発生状況については,休業者率(休業者数/常勤職員数)と平均休業日数をとりあげ,取得可能な最大休業期間(休暇+休職期間)と金銭補償期間との相関について2変数間のピアソンの相関係数を求めた.統計解析は,SPSS19.0J for Windowsを使用し,有意水準はいずれの検定においても5%と設定した.
なお,倫理的配慮については,独立行政法人 労働者健康福祉機構倫理委員会の承諾を得て,各事業場の担当者に本研究の主旨および概要を書面で説明し,本研究に同意が得られた事業場に対してのみ調査を行った.
平均値の表記については,平均値±標準偏差で示した.
解析対象
アンケートを送付した150ヶ所の事業場のうち,常勤職員数10人から5,814人までの54事業場(34.7%)より回答を得た.解析は解析項目に欠損のない52事業場(33.3%)を対象に行った.
解析対象とした事業場は,常勤職員数別にみると,50人未満(小規模事業場)が8事業場,50人以上300人以下(中規模事業場)が19事業場,301人以上999人以下(有害業務に従事させる場合を除いて専属産業医の選任義務のない大規模事業場)が16事業場,1,000人以上(専属産業医の選任義務のある大規模事業場)が9事業場であった(Table 1).業種については,水産・農林業が4事業場,建設業が1事業場,製造業が23事業場,電気ガス業が6事業場,運輸・情報通信業が3事業場,商業が2事業場,金融・保険業が4事業場,サービス業が9事業場であった.
Number of permanent staff | Number of workplaces | (%) | Average number of staff ± S.D. |
Less than 50 | 8 | 15.4 | 28.3 ± 16.7 |
50–300 | 19 | 36.5 | 180.7 ± 81.5 |
301–999 | 16 | 30.8 | 501.5 ± 130.5 |
1,000 and over | 9 | 17.3 | 2,599 ± 1,787.7 |
Total | 52 | 100.0 | 674.5 ± 1,152.4 |
病気休暇制度を設定している事業場は52事業場中38事業場(73.1%)であり,休職制度を設定している事業場は,52事業場51事業場(98.1%)であった.また,病気休暇制度を設定している事業場はすべて休職制度を設定していた.規模別(常勤職員数別)に見ると,常勤職員数50人以下の事業場では50%が,51人以上300人以下の事業場では68.4%が,301人以上999人以下の事業場では81.3%が,1,000人以上の事業場では88.9%の事業場が病気休暇制度を設定していた.また,休職制度を設定していない1事業場は常勤職員数10人の小規模事業場であった.
また,再休職時にこれまでの休業期間が積算されるかについては,積算されるとした事業場は10事業場(19.2%),積算されないとしている事業場は12事業場(23.1%),復職後一定の期間の勤務が継続できれば積算がリセットされるとしている事業場は,30事業場(57.7%)であった.また,復職後一定の期間の勤務が継続できれば積算がリセットされる場合の一定期間については,156.1±128.8日であった.リセットされるまでの期間が,6ヶ月未満の事業場は15事業場,6ヶ月以上1年以下の事業場は14事業場,1年より長い事業場は1事業場であった.
2.事業場の規模と休業に関する制度の充実度について常勤職員数と取得可能な最大休業期間との間に有意な相関を認めた(r=0.489, p<0.001).また,常勤職員数と休業中の金銭補償期間との間に有意な相関を認めた(r=0.315, p=0.031).(Fig. 1, 2)
Number of permanent staff and maximum period of sick leave.
Number of permanent staff and period of monetary compensation.
休職中のリハビリ勤務を設定している事業場は52事業場中21事業場(40.4%)で,段階的復職制度を設定している事業場は52事業場中34事業場(65.4%)であった.休職中のリハビリ勤務,段階的復職制度いずれも設定していない企業は52事業場中8事業場(15.4%)であった.
4.事業場の規模と復職に関する制度の充実度について段階的復職制度のある事業場と制度のない事業場の常勤職員数は,それぞれ878.1±1,371.1人,289.9人±301.2人で有意差がみられた(p=0.022).一方,休職中のリハビリ勤務のある事業場とない事業場の常勤職員数はそれぞれ745.7±1,272.9人,626.3人±1,082.4人であり有意差はみられなかった.
5.休職に関する規則・制度の充実度と休業者の発生状況について休業者数/常勤職員数を休業者率としたところ,平均休業者率は0.356±4.71%であった.事業場の規模別の平均休業者率は常勤職員数50人未満の事業場では0%(休業者数は0名),51人以上300人以下の事業場では0.220±0.300%,301人以上999人以下の事業場では0.659±0.640%,1,000人以上の事業場では0.423±0.293%であった.解析にあたっては,常勤職員数999人以下の事業場では,母数となる職員数が少なく,休業者数の変化による休業者率の変動が大きくなるため,常勤職員数1,000人以上の9事業場のみを解析対象とした.
9事業場における取得可能な最大休業期間の平均は,1,398.9±556.8日で,金銭補償期間の平均は508.9±466.8日,平均休業者率は0.42±0.29%,平均休業日数の平均は128.6±85.2日であった.取得可能な最大休業期間(休暇+休職期間)は,休業者率,平均休業日数それぞれと有意な相関はなく,休職中の金銭補償期間は休業者率(r=0.670, p=0.048),平均休業日数(r=0.866, p<0.001)それぞれと有意な相関を認めた.(Fig. 3, 4)
Period of monetary compensation and incidence of sick leave.
Period of monetary compensation and average length of sick leave.
本調査の結果によると,73.1%の事業場で病気休暇制度が設定されていた.また,病気休暇制度の設定のない14事業場のうち13事業場は休職制度を設定しており,休業に関する制度(病気休暇制度もしくは休職制度)は,98.1%の事業場で設定されていた.本調査では,いずれの設定もない事業場は常勤職員数10人の1事業場のみであった.
労働政策研究・研修機構の調査によれば,休業のルールについては慣行であり文章の規定がないとする事業場が1割にも及ぶとの報告もあり14),この1事業場においても休業に際しては,慣行に従い個別に対応を行っている可能性が考えられる.本研究結果においては,何らかの形で休業制度を設けている事業場が大部分を占めていると考えられた.
一方,休業期間については,労働基準法においての規定はないものの,休業に関する制度を有する全ての事業場で取得可能な休業期間については制限を設けており,さらにその期間については,180日から最大2,740日と事業場により多様であった.事業場の規模との関連をみると,常勤職員数の多い事業場の方が取得可能な休業期間が有意に長く,休業期間中に傷病手当金以外の金銭補償がある事業場では,常勤職員数の多い事業場の方が金銭的補償期間は有意に長かった.この結果からは,規模の大きな事業場の方が休業者に対して厚遇な制度が整備されていることが伺える.また,小規模の事業場では,休業者がひとたび発生すると,従業員1人あたりにかかる負担も大きく休業者を支援するためのマンパワーや金銭的な資源も十分でない可能性が考えられる.しかし,そのような小規模の事業場においても,休業期間,金銭補償期間を6ヶ月と設定している事業場もあり,制度の充実度は,事業場内でのメンタルヘルスに関する問題への意識の持ち方による差異も大きいと考えられた.
再休業時のこれまでの休業期間の取り扱いについては,メンタルヘルス不全により休復職を繰り返す事例も多く,議論の的となっている9).これまでの調査によると,過去の休業期間の取り扱いに関しても,事業場により様々である15,16)との報告がなされているが,どのような制度設計がメンタルヘルス不全者を減らすのに効果的であるのかは定かではない.復職してすぐにこれまでの休業期間の積算がリセットされるような制度設計である場合,長期間の休業の後に短期間の復職を経て再休業に至るといったことを繰り返す事例が生じる可能性が懸念される.このような事例では,休業者本人は雇用関係を持続しながら療養を続けられるという長所はあるが,休業者を支える周囲の負担が長期間増大することとなり,新たなメンタルヘルス不全者を生み出す危険性や,詐病により疾病利得を獲得するなど制度が悪用される危険性がある.一方,休業期間の積算が全くリセットされないような制度設計である場合は,一定期間の休業を経れば退職となるため,休業者を支える周囲への過大な負担を抑えられるという長所や,休業者個人が就業への適正を見直す機会の提供につながるといった長所がある.しかし,うつ病などのメンタルヘルス不全は,寛解後内服を継続していてもその再発率は1年間で10-20%と決して低くはない8)ため,自己保健義務を怠っていなかった労働者も休業を繰り返すことで退職に至ったり,積算されていく休業期間がストレスとなり,病状回復への足かせとなる危険性も懸念される.
休業期間が全く積算されない,あるいは積算が全くリセットされないといった制度設計の事業場は全体の42.3%にも及ぶが,上述のような問題点もあり,今後見直しが必要と思われた.また,復職後に一定期間の勤務を経て休業期間の積算がリセットされるとしている事業場においても,積算がリセットされるまでの期間は7日から395日と幅が見られた.うつ病の一般的な経過からリセットされるまでの期間を6ヶ月から1年程度が妥当であるとの報告もあり17),適度な積算のリセット期間を設けるのが望ましいと考えられるが,一定の見解は得られておらず今後もさらなる検討が必要と思われた.
2.復職に関する規則・制度について職場復帰支援制度については,本調査では,休業中のリハビリ勤務,段階的復職制度ともに設定していない企業は15.4%のみであった.「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」5)内でも試し出勤制度の利点や,職場復帰支援プランの作成において検討すべき事項の一つとして就業時間短縮等の段階的な就業上の配慮があげられているなか,多くの事業場において,何らかのかたちで職場復帰支援制度を設定していた.また,段階的職場復帰制度の有無と事業場の規模との間に関連が見られた一方で,休職中のリハビリ勤務設定の有無と事業場の規模との間には関連が見られなかった.その点については,段階的職場復帰制度における時短勤務や残業・出張制限を行っている復職者に対しては,賃金の支払いが生じるが,休職中のリハビリ勤務では賃金の支払いが生じないため,規模の小さな事業場においては,事業場の金銭的負担が比較的少ないということが理由の一つとして考えられた.休職中のリハビリ勤務については,リハビリ中の通勤手当や災害補償の取り扱いが不明確であるといった問題点18)や,作業内容は原則として正規の業務ではなく業務に当たる場合は賃金が生じる等,実施に当たっては制度の運用の必要性を十分に検討し,労働者の職場復帰をスムーズに行うことを目的として運用するよう留意すべきであると,上記指針5)のなかでも述べられており,休職中のリハビリ勤務よりも復職後の段階的職場復帰を推奨している.しかし,本調査からは休職中のリハビリ勤務は,事業場の金銭的負担が少なく,復職率が低いとされる11)小規模の事業場においても導入しやすいという利点もあると考えられた.職場復帰支援制度の設定については,これまで身分の扱いや配慮の枠組みなどが検討事項とされてきたが19),今後事業場の人員的・金銭的負担という観点からも検討が必要と思われた.
3.休職に関する規則・制度と休業者の発生との関連について本調査における平均休業者率は,0.36%であり,2010年に行われた全国の上場企業を対象とした調査の,メンタルヘルス不全による休業者の発生率0.45%16)とほぼ同様の結果であった.
また,病気休業の発生頻度や継続期間と休職復職制度の関連性を見るために,常勤者数1,000人以上の事業場を対象に解析を行ったところ,病気休業の発生頻度や継続期間は金銭的に補償される期間と有意な相関を認めた.労働者の休職・復職を規定する要因には,病状や職務遂行能力の改善だけではなく,金銭補償の期間も関連している可能性が示唆された.
休職や復職の判断においては,厚生労働省では,当該労働者,産業医,職場の労務担当者,管理監督者などで合議することを推奨している5)が,常勤職員数50人以下の小規模事業場においては,産業医を選任する義務はなく,また産業医が選任されている事業場であっても,精神科を専門とする産業医は非常に少ない20,21).精神科を専門としない産業医はメンタルヘルス不全に陥った職員を専門の治療機関に紹介するのみで,定期的な面接を行い経過観察する事は無く,職場復帰の判定に際しても判断を回避する傾向が強いと報告されており22),そのような事業場では,休職や復職にあたっては,主治医の診断書を頼りに休復職が判断されていることが多いと言われている23).しかし一方で,休業者の主治医は,患者自身に社会的不利益が及ばないよう,診断書の記載内容について配慮することが少なくない24,25).つまり,金銭補償がなくなるもしくは減額されるタイミングで,休業者が復職希望であることを主治医に申し出た場合,その意向を配慮し,復職可能の診断書が作成されるといったケースが多く存在していると予想される.今回の調査での病気休業の発生頻度や継続期間が,金銭的に補償される期間と有意に相関を認めた背景には,このような実態が影響していると考えられた.一方,取得可能な休業期間との間には相関を認めなかった点については,休業期間は平均1,398.9±556.8日と金銭補償期間の平均508.9±466.8日よりも長く設定されていたため,休業期限が迫っている事を理由に復職を迫られるケースがまれであったからではないかと考えられた.また,今回の解析対象は,常勤職員数1,000人以上の事業場,つまり専属産業医の選任義務のある事業場であり,産業保健に関する人的資源が整っている事業場であると予想される.そのような事業場においても,金銭補償期間と実際の休業期間に強い相関がみられたことから,主治医の診断書を頼りに休復職の判断を行っている傾向の強い中小規模の事業場においてはこの傾向はさらに顕著となることが予想された.また,休復職の判断をする際に金銭の補償の影響が強くなることの問題点としては,金銭の補償が不十分であると,休職にあたってはメンタルヘルス不全を来たした労働者の自己申告や周囲の対応が遅れることにより,事態の深刻化が引き起こされること,復職に際しては病状や職務遂行能力の改善が不十分な状態で復職することにより復帰する労働者と受け入れ職場の双方の負担が増大することや,再休職につながるといったことがあげられる.その一方で過度の金銭補償期間は復職に対する意欲を減退させたり,周囲の職員のモチベーションを低下させたりする可能性もあり,最適な金銭補償期間については慎重に検討していく必要性があると考えられた.
休業に関する制度については多くの事業場で設定されているものの,その内容については事業場により様々であり,事業場の規模が大きい程,休業者に対して厚遇な制度が設定されている傾向があった.また,メンタルヘルス不全による休復職の判断においては,病状や職務遂行能力だけではなく,休業期間における金銭補償の期間が影響を与えている可能性が示唆された.今後は,メンタルヘルス不全者の支援体制の改善を考える上で金銭補償の影響を考慮した制度の見直しが必要と考えられた.
本研究の限界としては,調査対象選択のバイアスがある.今回の調査対象は某県内の事業場で,かつ某県の産業保健推進センター利用歴のある事業場のデータであり,調査対象数の少なさもあるため,結果の一般化は困難である.今後は全国の事業場や産業保健推進センターの利用歴のない事業場と比較する必要性があり,今後も調査を継続し,対象数を蓄積する必要性がある.また,休復職制度の整備に関しては,休業期間や金銭補償,段階的復職制度の有無のみではなく,産業医などのスタッフ有無,関与の度合い,労働安全衛生マネジメントシステムの導入・運用状況などもあり,そのような視点からの検討も必要であると考えられる.さらに,休業を繰り返すケースやその要因についての個別調査の必要性がある.これらを,今後さらに検討し全国規模調査を実施検討中であり,後日また報告する.
謝辞:本研究の実施にあたり,情報提供に同意をいただいた各事業所の皆様と調査にご協力を頂いた各企業の人事・労務担当者,産業医の先生方,健康管理スタッフの皆様に,心よりの感謝をここに表す.なお,本研究は労働者健康福祉機構茨城産業保健推進センターの平成22年度研究助成を受けた.