2013 Volume 55 Issue 6 Pages 269-272
ナノテクノロジーの発展によりナノサイズの粒子製造拠点が増えており,作業者へのナノ粒子曝露が問題視されつつある.米国では労働安全衛生研究所 (NIOSH)がナノマテリアル製造の際の安全や健康の観点から粒子の評価手法をまとめた文章を2009年に公表した1).国内ではNEDOプロジェクトの「ナノ粒子特性評価手法の研究開発」で粒子の形状や大きさに関する測定技術, 有害性試験手法, 曝露評価手法が公表された2).これらにはScanning Mobility Particle Sizer (SMPS),Condensation Particle Counter (CPC),Optical Particle Counter (OPC)などのエアロゾル計測機器も紹介されている.また,森本ら (2009)のトナーの生体影響情報に関する文献調査では,ナノ粒子の測定法としてSMPSによる個数基準計測が有効であると述べている3).しかし,曝露評価では,個人曝露計測が求められるため固定型の計測装置では評価が容易ではなかった.今回,2台の小型の計測装置が開発されたため,これらを用いてトナー製造における作業環境中のナノ粒子の測定を行ったので報告する.
Operating features | SMPS | NanoScan | OPS | |
Operating principle | DMA + CPC | Radial DMA + CPC | Light scattering | |
Size range | 9.6 – 421.7 nm | 10 – 420 nm | 300 – 10,000 nm | |
Size channels | 105 | 13 | 16 | |
Max particle concentration | 10,000,000 cm–3 | 1,000,000 cm–3 | 3,000 cm–3 | |
Flow rate | 0.6 l/min | 0.8 l/min | 1.0 l/min | |
Instrument size | DMA | CPC | 45 × 23 × 39 cm | 13.5 × 21.6 × 22.4 cm |
45.7 × 41.4 × 40.6 cm | 25 × 32 × 37 cm | |||
Weight | 17.6 kg | 9.9 kg | <9 kg (with battery) | 2.1 kg (with battery) |
Maximum battery operating hours | NA | 6 hours | 12 hours (2 batteries) |
DMA: Differential Mobility Analyzer, CPC: Condensation Particle Count, SMPS: Scanning Mobility Particle Sizer, OPS: Optical Particle Sizer.
本研究では,新たに開発された小型の計測装置として,TSI社製NanoScan SMPS 3910型(ポータブル型SMPS :以下NanoScanと略す)とOptical Particle Sizer 3330型 (高濃度型パーティクルサイザー:以下OPSと略す)を,ナノオーダーからミクロンオーダーの広範囲な粒径の個数濃度を短時間で確認するため併用した.これに対し,従来の固定型装置であるTSI社製SMPS 3936L76型 (固定型SMPS:以下SMPSと略す)を比較対象とした.NanoScanとOPSは,小型・軽量,バッテリー駆動,内蔵データロガーなどこれまでのSMPSには無かった新しい機能も備えている.Table 1に各装置の仕様を示す.
NanoScanは静電分級器 (Differential Mobility Analyzer(DMA))と凝縮粒子計数器(Condensation Particle Counter (CPC))より構成され,10 nmから420 nmの粒径分布を電気移動度径で評価される.静電分級器はZhang et al. (1995)により開発されたRadial Differential Mobility Analyzer (RDMA)4)で従来のシリンダー型とは異なる.また,OPSは光散乱パルスにより,300 nmから10μmの範囲の粒径分布(光散乱径)をリアルタイムで計測できる.レーザービームの形状,測定領域の体積,検出器の種類,幅広い光捕集域(90°± 60°),信号処理のアルゴリズムにより,広範囲の粒径を最適な粒径分解能で検出できる.また,他のパーティクルカウンターに比べ高濃度領域(最大3,000 cm–3)も検出でき,クリーンルーム外での使用にも適している.
事前試験として,実験室内で各装置の性能を検証した.JSR社製の標準粒子をエアロゾル発生器より発生させ,同等の検出を示すか確認した.調査作業場では,上記装置に加えOPSを使用した.ナノ粒子取り扱い工程のメンテナンス時に計測装置を製造設備の脇 (約0.5 m以内の距離)に設置し連続的に計測した.SMPSも可能な限り製造設備の脇に置くことを試みたが,大型であるため,NanoScanに比べると距離が2 m離れた設置となった.
(a) Size distributions of PSL standard particles measured by SMPS 3936L76 and NanoScan SMPS 3910. (b) Ratio of total concentration of NanoScan / total concentration of SMPS for each PSL standard particles sizes.
Trends of total number concentration at sampling sites by NanoScan, OPS and SMPS.
Size distributions at 9: 20 and at 10: 10 measured by NanoScan SMPS 3910 and OPS 3330.
事前試験では,4サイズ (29 nm,48 nm,100 nm,178 nm)のポリスチレンラテックス (PSL)粒子を使用した.粒径分布の結果をFig. 1aに示す5).各装置の全チャンネルの総個数濃度 (total concentration)を比較すると両機の差は10%(0.1)程度であり,各装置の機差範囲程度であった(Fig. 1b)5).また,複数の多分散粒子の計測を行い,モード径やモード径の個数濃度,総個数濃度は一致することを確認できた.NanoScanは,単分散の粒子の測定にはチャンネル数が少ないため不向きであると予測されたが,上記の結果より,モード径の個数濃度,および総個数濃度は精度よく測定可能であると判断した.
調査作業場の結果をFig. 2に示す.各装置によって検出された個数濃度の経時変化を示しており,各作業場に設置された装置の変化は同様であった.SMPSとNanoScanの結果を比較すると,ほぼ同じ数値が得られ,さらに,NanoScanの方がより作業ポイントに近い場所に設置できたため,急激な濃度変化にも対応できていることが判った.Figure 3に,NanoScanとOPSの濃度変化の少ない時間帯 (9:20)と,急激に濃度が増加した時間帯 (10:10)の粒径分布を示す.両装置は各時間帯の粒径分布の違いも検出できている.特に急激に増加した時間帯では100 nm以下の粒子や1,000 nm付近の粒子個数濃度に大きな変化が確認できた.各ピークは,比較的頻度の高い非定常作業であるマシーンメンテナンスの際のナノ粒子発塵を検出したと推測できる.中でもNanoScan が検出した15 nm と35 nm 付近のピークは濃度の低い時間帯と比較すると大きな濃度差があった.
しかし,NanoScanの1粒径分布の結果を得るには,粒子を順にDMAで分級しCPCで個数濃度を計測する必要があるため,1分間を要する.仮に1分間の間に粒子個数濃度が変化した場合には,本来は1つのピークの粒径分布であるにもかかわらず,複数のピークをもつ粒径分布として測定されてしまう可能性があることも推測された.このような限界を補うには,CPCのようなリアルタイム個数濃度検出装置を併用し,少なくとも1分間個数濃度が安定していることを確認する等の対処が必要である.OPSに関しては,最短1秒間で粒径分布を検出可能なため,NanoScanのような限界はない.
一方,Fig. 3の境目 (300–400 nm 付近)のところで,NanoScan とOPS でつながっていないように見える.これについては,光散乱計測原理を用いる場合0.3 μm以下の検出は技術的に難しいとされており,NanoScanの方で信頼性があると思われる.OPSでは0.3 μmの粒子を真値の50%しか検出しないため(0.3 μ mはD50の値)信頼性は低いと考える.
以上より,NanoScanはSMPSと比較し,個数濃度は同様の測定結果を得ることができた.加えて小型で可搬性の優れているNanoScanとOPSは発生源や作業者位置に近づけることができるという利点があり,発生源の把握や短時間での計測も期待でき,今後も作業環境中の計測では有用であると考える.ナノ粒子の定量的な評価により,良好な作業環境の維持,ナノ粒子に対する作業者の曝露防護のための通達 (ナノマテリアルに対するばく露防止等のための予防的対応について6))をふまえての呼吸用保護具選定,および装着へのモチベーションにつながる期待ができる.一方で装置の測定限界について把握する必要があることが判った.
謝辞:調査の実施に当たり,東京ダイレック(株)濱尚矢氏,内山裕哉氏,中村馨氏にご協力頂いた.