SANGYO EISEIGAKU ZASSHI
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Bacterial Contamination after Use and Assessment of Countermeasures a Dust Mask Facepiece
Mitsuo HinoueYuka SimadaSumiyo IshimatsuToru IshidaoYukiko FuetaHajime Hori
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2014 Volume 56 Issue 6 Pages 237-244

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抄録

目的:着用直後および着用後24時間室温で保管した防じんマスク面体の細菌付着状況を調べ,着用後のマスク面体について消毒用エタノールを使用しない除菌方法を検討した.方法:実験室等で約1時間着用した防じんマスク面体を対象とし,着用による面体への細菌付着の有無を確認した.次回着用時までのマスク面体の細菌汚染の継続を防止する方法を検討するため,皮膚から分離した細菌を塗布したシリコンゴムシートを使用し,除菌方法を検討した.「消毒用エタノールによる払拭」を対照とし,「水道水で払拭」,「水道水で払拭後乾拭き」,「蒸留水で払拭後乾拭き」,「乾拭き1回」および「乾拭き2回」の5つの方法を検討した.消毒用エタノールと同等の除菌効果があると認められた方法について有用性を実際に着用したマスクを用いて調べた.結果:着用により防じんマスク面体への細菌の付着が確認された.また,細菌の付着は25℃・24時間放置後のマスクからも認められた.「水道水で払拭後乾拭き」および「蒸留水で払拭後乾拭き」の2つの方法で「消毒用エタノールで払拭」と統計学的に同等の除菌効果が得られた.有効な除菌方法の1つである「水道水で払拭後乾拭き」により,着用したマスク面体での除菌効果を調べた結果,付着した細菌数の減少が認められた.考察:着用後の防じんマスクについては,未処理で保管した場合,24時間後も細菌のコロニーが検出されたことから,着用後の保管前に除菌する必要があると考えられる.防じんマスク面体の除菌方法については,水分を含むティッシュペーパーで払拭した後は,残った水分を拭き取ることが重要であると考えられる.

I.はじめに

産業現場では,作業に伴い発生する鉱物性粉じんなどの曝露から作業者を守るために,防じんマスク等が使用される.防じんマスクには,使い捨て式と取替え式があり,使い捨て式については1日程度の使用で破棄される.また,取替え式のろ過材についても目詰まりがおこると交換される.一方,取替え式のマスク面体は,破損や劣化がおこるまで繰り返し使用される.取替え式防じんマスクの面体は,着用者の顔面に直接密着させて使用するため,マスクを使用することで環境中やヒトの皮膚常在菌などの微生物の付着や増殖が懸念される.使用後に除菌が行われない場合,次回使用する際に面体が微生物に汚染されている可能性がある.微生物に汚染されたマスクを着用した場合の健康影響については不明であるが,面体部分は作業者の皮膚に直接触れるため,衛生面から微生物の付着等はない方がよいと考えられる.

作業者の皮膚に直接触れる保護具には手袋があるが,プラスチック製の手袋については,装着後の手袋の手指部分に細菌の付着や増殖があることが報告されている1).防じんマスクについては,そのような報告はないが,手袋と同様に作業者の皮膚に直接触れて使用されることから,この研究と同様にマスク面体表面への細菌の付着や増殖が考えられる.また,本研究の予備調査として,使用済みの使い捨て式防じんマスクについて調べたところ,マスクと皮膚が直接接触している皮膚接触部分,および皮膚と接していないが呼気が当たっている呼気接触部分に細菌が付着することがわかった.

健康なヒトの皮膚には,おおよそ105–106/cm2程度の菌が常在している2).ヒトの皮膚常在菌の代表的なものには,Staphylococcus属やMicrococcus属などのグラム陽性球菌があり,宿主側の条件次第では膿皮症や点状角質融解症などの感染症を発症する可能性がある3)ため,防じんマスクに付着した細菌はできるだけ低減することが必要と考えられる.除菌方法として,エタノールを使用した除菌が一般的である.しかし,エタノールは高い可燃性があることから,鋳物作業場などの作業場等では使用を避けた方が良いと考えられる.また,毎日の除菌することを考えた場合,低コストかつ簡便な方法が望ましい.

そこで本研究では,マスク面体を衛生的に管理するため,着用後の取替え式防じんマスク面体に付着した細菌に対し適切な除菌方法を提案することを目的とし,着用後のマスク面体の細菌付着状況を調査し,付着した細菌に対する簡便かつエタノールを使用しない除菌方法を検討した.

II.方 法

1. マスク面体における微生物の回収法

防じんマスク面体の皮膚に直接接するシリコンゴム部分を皮膚接触部分,内側の皮膚に接しておらず呼気があたる部分を呼気接触部分とし,以下の手順により実験を行った.

防じんマスク(サカヰ式1005R型,興研)の面体を着用直前に消毒用エタノール(和光純薬)で払拭し,実験前に付着している細菌を除菌した.着用は,実験室もしくは居室において約1時間とし,その時間中の行動制限は行わなかった.着用被験者は,男性9名,女性1名の計10名とした.

防じんマスクを1時間着用直後に,Fig. 1に示すように面体の皮膚および呼気接触部分の左半分を,リン酸緩衝生理食塩水(以下PBS)が10 ml入ったふきとり検査用キット(佐藤化成工業所,ワイプチェック)で拭き取った.拭き取り後,ふきとり検査用キットを約1分間攪拌した試料液を,SCD寒天培地(ニッスイ,トリプトソイ寒天培地)各2枚に100 μlずつ接種し,火炎滅菌したコンラージ棒で塗り広げ,37℃の恒温槽で48時間培養し,培地に生育してきたコロニー数を計測した.

Fig. 1.

 A photo of the facepiece of a dust respirator.

A and C are the skin contact portions, and B and D are the breathing air contact portions. Samples from A and B were obtained just after use and those from C and D were obtained after 24-hours of storage.

一方,着用後のマスクはビニール袋に入れ,温度25℃,湿度約50%の恒温槽で24時間保管した.保管後,Fig. 1に示すようにマスク面体の皮膚および呼気接触部分の右半分を,左半分と同様にふきとり検査用キットで拭きとり,回収した試料について同様に培養操作を行い,コロニー数を計測した.

被験者10名中5名に対しては,実施日を変えてさらに同様の実験を2回行い,同一被験者における着用日の違いによる細菌付着数について調べた.

2. 除菌方法の検討

防じんマスク面体と類似素材のシリコンゴムシート(アズワン)を,3 cm四方に切って使用した.実験前に滅菌のため消毒用エタノールを染み込ませた綿で払拭したシリコンゴムシートに,デンシトメーター(DEN-1B,和研薬)を用いたマクファーランド係数換算により107–108 CFU/mlに濃度調整した細菌溶液を2 μl滴下し,火炎滅菌したコンラージ棒で均一になるように塗り広げた.

使用した細菌溶液は,皮膚から採取した細菌を用いて以下の手順で作製した.まず,SCD寒天培地を直接皮膚に接触させ,37℃で24時間培養した.培養後に生育してきたコロニーを白金耳で釣菌し,2 mlのPBSを入れた試験管に細菌を懸濁させた.この細菌溶液からマクファーランド係数換算により108 CFU/mlの細菌溶液を作製し,さらに10倍希釈して107 CFU/mlに調整した細菌溶液を作製した.

検討した除菌方法とその操作手順をTable 1に示す.除菌方法は「水道水で払拭」,「水道水で払拭後乾拭き」,「蒸留水で払拭後乾拭き」,「乾拭き1回」,「乾拭き2回」および「消毒用エタノールで払拭」の6種類とし,「消毒用エタノールで払拭」する方法は,他の方法の除菌効果と比較するための対照とした.

Table 1.  Disinfection methods and operating procedures
Methods Operation
Tap water Wiping with a facial tissue wetted with tap water
Tap water and dry tissue Wiping with a dry tissue after wiping with a facial tissue wetted with tap water
Distilled water and dry tissue Wiping with a dry tissue after wiping with a facial tissue wetted with distilled water
Dry tissue Wiping with a dry facial tissue
Dry tissue two times Wiping with a dry facial tissue two times
Ethanol Drying after wiping with cotton wetted with ethanol for disinfection

各除菌方法の除菌率を求めるため,まず,細菌溶液を塗布したシリコンゴムシートを2枚用意した.1枚に除菌操作を行い,もう1枚は塗布菌数を計測するための対照として未処理とした.その後,それぞれのシリコンゴムシートを2 mlの滅菌PBSが入った試験管に入れ,約1分間撹拌し,シートに付着した細菌をPBSに回収した.細菌を回収した各試料をSCD寒天培地各2枚に100 μlずつ接種し,火炎滅菌したコンラージ棒で塗り広げ,37℃で48時間培養した.培養後,生育してきたコロニーを計測した.

それぞれの実験で計測されたコロニー数を用いて,除菌率を次式で算出した.

  

消毒用エタノールおよび消毒用エタノール以外の除菌方法による除菌効果の間の有意差を調べるため,除菌率99%以上と99%未満の分布についてクラスカル・ワーリス検定を危険率5%で行った.ここで有意差が認められた場合は,各除菌率の差についてノンパラメトリック多重比較検定であるsteel法による有意差検定を行った.

3. 除菌効果

被験者は男性1名とし,1.に示した条件で防じんマスクを着用させた.

防じんマスク着用直後に,面体の皮膚および呼気接触部分の左半分を,ワイプチェックで拭き取った.右半分は水道水で濡らしたティッシュペーパーで払拭後,さらにティッシュペーパーで乾拭きをし,その後ワイプチェックで拭き取った.それぞれの拭き取り試料を約1分間攪拌し,回収菌液をSCD寒天培地各2枚に100 μlずつ接種し,火炎滅菌したコンラージ棒で塗り広げ,37℃で48時間培養した.培養後,生育してきたコロニー数をそれぞれ計測し,計測された細菌数を比較し除菌効果を調べた.この実験は,実施日を変えてさらに2回行った.

また,除菌後に24時間保管することにより菌数が変化するかを調べるため,男性1名を被験者とし,1.に示した条件で防じんマスクを着用させた.

マスク着用直後に,面体の左半分をワイプチェックで拭き取り,1分間攪拌した試料について前述と同様の培養操作を行い,コロニー数を求めた.着用したマスクについては,右半分を水道水で濡らしたティッシュペーパーで払拭後,ティッシュペーパーで乾拭きをし,25℃,湿度約50%のインキュベーターで24時間保管した.保管後,左半分と同様にマスク面体の右半分をワイプチェックで拭き取った試料について培地に接種し,培養操作によりコロニー数を求めた.

実験は,実施日を変えてさらに2回行った.

III.結 果

1. 防じんマスク面体における微生物の付着

被験者10名におけるマスク着用直後と24時間保管後の皮膚接触部分のコロニー数の変化をFig. 2に,呼気接触部分のコロニー数の変化をFig. 3にそれぞれ示す.被験者はA~Jで示した.また,コロニー数は寒天培地2枚の平均値を示す.Figure 2より,皮膚接触部分では,すべての被験者において細菌コロニーが検出された.着用直後の最大コロニー数は被験者Aの3,885 CFU/ml,最小コロニー数は被験者Fの70 CFU/mlであり,着用者によって検出された細菌コロニー数は異なった.保管後の結果では,10名中1名ではNot Detected(ND:検出されず)となったが,コロニーが検出された被験者のうちの最大数は被験者Aの1,085 CFU/ml,最小数は被験者Eの20 CFU/mlであった.

Fig. 2.

 Change in the number of colonies sampled from the skin contact portion of the worn respirator before and after 24-hours storage.

Fig. 3.

 Change in the number of colonies sampled from the breathing air contact portion of the worn respirator before and after 24-hours storage.

一方,Fig. 3に示す呼気接触部分では,10名中5名から着用直後に細菌コロニーが検出された.コロニーが検出された5名のうち,着用直後の最大コロニー数は被験者Hの50 CFU/ml,最小コロニー数は被験者D,GおよびIの10 CFU/mlであった.24時間保管後は,5名のうち被験者Hのみコロニーが検出され,そのコロニー数は10 CFU/mlであった.また,被験者A,EおよびJは着用直後にはNDであったが,24時間保管後ではAとJから10 CFU/ml,Eから5 CFU/mlのコロニー数が検出された.

被験者5名における異なる着用日による細菌付着について,皮膚接触部分の結果をFig. 4に,呼気接触部分の結果をFig. 5に示した.またFig. 4および5中のA,B,C,D,Eは各被験者を表す.Figure 4に示す皮膚接触分では,すべての被験者において,マスクを着用する日によって付着する細菌数は異なっていた.最も違いが大きかった被験者Aでは,最大コロニー数が3,885 CFU/ml,最小コロニー数が1,050 CFU/mlと3倍以上の違いが見られた.Figure 5に示すように,呼気接触部分においても,皮膚接触部分と同様にそれぞれの被験者において,マスクを着用する日によって付着する細菌数に変動が見られた.付着した菌数は皮膚接触部分よりも少なかったが,最も差が大きかった被験者Eでは5倍以上の差が見られた.

Fig. 4.

 Change in the number of colonies sampled from the skin contact portion of the respirator worn by 5 different subjects (A, B, C, D, and E) before and after 24-hours storage. I and S indicate before and after 24-hours storage of the worn respirator, respectively.

Fig. 5.

 Change in the number of colonies sampled from the breathing air contact portion of the respirator worn by 5 different subjects (A, B, C, D, and E) before and after 24-hours storage. I and S indicate before and after 24-hours storage of the worn respirator, respectively. ND: Not Detected.

2.除菌方法

各除菌方法の実験回数,平均除菌率および標準偏差をTable 2に示す.「水道水で払拭」の除菌率は94±6%,「水道水で払拭後乾拭き」で99±1%,「蒸留水で払拭後乾拭き」で100±1%,「乾拭き1回」で62±57%,「乾拭き2回」で68±51%,「消毒用エタノールで払拭」で100±0%であった.

Table 2.  Elimination ratio of each disinfection method
Disinfection methods Number of times Elimination ratio (%) Standard deviation (%)
Tap water 9 94 6
Tap water and dry tissue 15 99 1
Distilled water and dry tissue 6 100 1
Dry tissue 9 62 57
Dry tissue two times 6 68 51
Ethanol 15 100 0

各除菌方法で得られた99%以上および99%未満の除菌率の集計結果をTable 3に示す.除菌率99%以上の結果が得られたのは,「水道水で払拭」では9回の実験中4回,「水道水で払拭後乾拭き」では15回の実験中10回,「蒸留水で払拭後乾拭き」では6回の実験中5回,「乾拭き1回」では9回の実験中0回,「乾拭き2回」では6回の実験中1回であり,「消毒用エタノールで払拭」ではすべての実験において99%以上の除菌率が得られた.

Table 3.  Elimination ratio of each disinfection method

各方法の除菌率に関しては,クラスカル・ワーリス検定(p<0.05) の結果,有意差が認められたことから,さらに各除菌方法の有意差を調べるため,ノンパラメトリック多重比較検定のsteel法を行った(p<0.01).この検定の結果,Table 3に示すように,「水道水で払拭」,「乾拭き1回」および「乾拭き2回」の3つの方法が「消毒用エタノールで払拭」する方法の除菌率との間に有意差が認められた(p<0.01).

3.除菌効果

マスク着用直後および除菌後の皮膚接触部分から検出されたコロニー数の結果をFig. 6に示す.これより,マスク着用直後の面体左側からは,1回目と2回目の実験では430 CFU/ml,3回目の実験では240 CFU/mlの細菌コロニー数が検出された.一方,マスク着用直後の面体右側を「水道水で払拭後乾拭き」すると,細菌コロニー数はそれぞれ10 CFU/ml,50 CFU/ml,10 CFU/ml と減少した.また,それぞれの除菌率を求めると97%,88%,95%であり,平均すると93%であった.

Fig. 6.

 Number of colonies immediately after wearing and after bacteria elimination from the facepiece of the dust respirator.

次に,マスク着用直後および除菌後に24時間保管した場合の,皮膚接触部分から検出されたコロニー数の結果をFig. 7に示す.これより,マスク着用直後の面体左側から検出された細菌コロニー数は,1回目の実験で1,085 CFU/ml,2回目の実験で315 CFU/ml,3回目の実験で85 CFU/mlとなった.一方,「水道水で払拭後乾拭き」を行った後24時間保管すると,検出されたコロニー数はそれぞれ10 CFU/ml,10 CFU/ml,NDとなり,平均除菌率は99%であった.

Fig. 7.

 Change in the number of colonies between immediately after wearing and after 24-hours storage after wiping. ND: Not Detected.

IV.考 察

今回の実験結果から,防じんマスクを着用することにより,マスク面体部分に細菌が付着することが示された.また,着用したマスクを24時間保管した場合でもマスク面体部分から細菌が検出された.これらの結果から,着用後のマスク面体部分は除菌を行った方が良いと考えられる.以下にその論拠を述べる.

皮膚接触部分に関して,10名の被験者において1時間着用直後に検出されたコロニー数は,最大1,580 CFU/ml,最小30 CFU/mlであり,着用者によって大きな差がみられた.また,24時間保管後では,9名の被験者においてコロニーが検出され,その数は最大1,085 CFU/ml,最小20 CFU/mlであった.他方,5名の同一被験者による3回の実験結果を示したFig. 4から,同一被験者であっても,着用日により検出されるコロニー数が異なることが示され,保管後の結果から,付着した細菌のコロニー数は着用後よりも減少するが,不検出とはならないことが示されている.これらの結果から,マスクを着用することにより,マスク面体の皮膚接触部分に細菌が付着し,その細菌は24時間後にも残存することが示されている.

健康なヒトの皮膚には約105–106/cm2の菌が常在しており,その動向は生体の皮脂や皮膚の状況,また,そのpHや体温などの影響を受ける2).このことから,付着する菌数に関しては,被験者それぞれの個人差や着用時の行動による発汗の違い等が影響したと考えられる.マスク面体に付着する細菌種の同定に関しては今後の課題であるが,面体はヒトの皮膚に接していることから,皮膚常在菌が少なからず付着している可能性が考えられる.ヒトの皮膚常在菌には表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidemidis)やMicrococcus属などが生育している.これらはグラム陽性球菌であり,日和見感染菌でもある2).このことから,面体の皮膚接触部分には皮膚常在菌由来の病原性を有する細菌が付着する可能性も考えられるため,皮膚が接触する部分の除菌が必要な場合も考えられる.

呼気接触部分から検出されたコロニー数が皮膚接触部分の値よりも少ない理由としては,呼気接触部分である面体内部には空間があり,直接皮膚等と接していないことから,付着細菌数がもともと少なかった可能性が考えられる.また,会話や呼吸等により口腔内から細菌を含む飛沫が呼気接触部分に付着することが考えられるが,主な口腔細菌は嫌気性菌が多い4)ことから,今回の好気培養条件ではコロニーが生育せず,多くの被験者で不検出となったことが考えられる.

一方,呼気接触部分に関して被験者3名については,着用直後には不検出であったが,24時間保管後には5–10 CFU/mlと低い値ではあるが,コロニーが検出されている.この原因としては,実験方法に示すように,マスク面体を左右でわけ,マスク着用直後と保管後の付着菌数を調べているため,付着細菌数が均一ではなかったことが考えられる.

一般的に,防じんマスクを使用する職場ではマスクの保管は嫌気環境条件で行われることはないと考えられる.したがって,本実験によって得られた好気性細菌および通性嫌気性細菌の結果で判断すると,マスク面体に付着する細菌数は,皮膚接触部分に多く,そのまま保管すれば,付着細菌は生残することが考えられる.

このように,一連の結果はいずれもヒトが防じんマスクを着用することにより,マスク面体に細菌が付着することを示している.防じんマスクは衛生道具でもあるため,使用前は可能な限り清潔な状態が望ましいが,マスク保管後も細菌が検出されることから,着用後の防じんマスク面体は除菌をする必要があると考えられる.

除菌方法に関しては,一般的に広く用いられている消毒用エタノールの使用が挙げられる.しかし,エタノールは可燃性溶剤であり,必ずしもすべての作業現場で使用できない可能性がある.消毒用エタノールを使用せずに同等の除菌効果を示す方法として,実験の結果から「水道水で払拭後乾拭き」が推奨される.以下にその論拠を示す.

Figure 3に示されたように,ヒトが防じんマスクを着用するとマスク面体に付着する細菌数にはばらつきがみられる.そのため,除菌方法を検討する場合,マスク面体部分と類似の素材であるシリコンゴムシートに,ヒトの皮膚から分離した細菌を塗布したものを使用する方法を選択した.Table 2に示す実験結果より,シリコンゴムシートよる各除菌方法の平均除菌率は,「乾拭き1回」よりも「水道水で払拭」をすることで,除菌率が62%から94%へと大幅に上昇していることが示されている.このことから,払拭により高い除菌率を得るためには,水分を含むことが重要であることが考えられる.

また,「水道水で払拭」よりも「水道水で払拭後乾拭き」をすることで,94%から99%へと除菌率がさらに上昇した.手指に関することであるが,池原ら5),城生ら6)および村上ら7)の報告によると,高い除菌効果を得るためには,手洗い後に手に残っている水分を除去し,しっかりと乾燥させることが重要であるとしている.同様に,本実験結果からも,水を含んだティッシュペーパーで払拭後にその水分を除去することで,シリコン素材表面で高い除菌効果を得られることが示されている.一方,面体の払拭回数については,払拭を2回行っている方法は「水道水で払拭後乾拭き」,「乾拭き2回」および「蒸留水で払拭後乾拭き」である.これらのうち「水道水で払拭後乾拭き」の除菌率は平均99%,「乾拭き2回」の除菌率は平均68%と「水道水で払拭後乾拭き」の方がはるかに高い除菌率が示された.また,「蒸留水で払拭後乾拭き」の除菌率は100%であるので,「乾拭き2回」の除菌率と比較すると,「蒸留水で払拭後乾拭き」の方がはるかに高い除菌率が示されている.以上の結果から,高い除菌率を得るためには,水分を含んだティッシュペーパーで払拭後,乾燥したティッシュペーパーで乾拭きし,マスク面体表面に残った水分を除去することが重要であることが確認された.

除菌方法の有効性をみるために,統計による検定を行った結果,「水道水で払拭」,「乾拭き1回」,「乾拭き2回」の3つの除菌方法では「消毒用エタノールで払拭」と有意差(p<0.01)が認められた.一方,「水道水で払拭後乾拭き」と「蒸留水で払拭後乾拭き」では「消毒用エタノールで払拭」により得られた除菌効果との間に有意差が認められていない.このことから,今回の実験条件では,この2つの除菌方法は,消毒用エタノールを使用して除菌した場合と同等の除菌効果があると考えられる.この結果は,模擬的な実験による結果であるため,次に実際の防じんマスクに対して「水道水で払拭後乾拭き」の方法により除菌効果を求めた.その結果,実験3回の平均除菌率は93%となり,シリコンゴムシートでの除菌方法の検討により求めた除菌率99%よりも低い値となっている.この原因としては,シリコンゴムシートに塗布した細菌溶液はPBSで調整しているが,実際のマスク面体には皮脂等も付着するためではないかと考えられる.一方で結果については,99%より除菌率は多少減少しているが,着用直後で平均90%の細菌を除菌できており,結果III.1より,面体を保管することにより,24時間後にはほとんどの場合,付着した細菌数は24時間保管後ではさらに減少することを考慮すると,除菌効果として十分ではないかと考えられる.実際に,「水道水で払拭後乾拭き」後に24時間保管したマスクから検出されたコロニー数は除菌後に比べ,変化しないかもしくは減少している.また, Fig. 34および5に示すように,未除菌で保管した場合の結果では,保管後に検出されたコロニー数が増加する場合もあるが,除菌し保管するとコロニーの増殖はみられない.これらのことから,「水道水で払拭後乾拭き」による除菌を行い,その後保管することで,次回着用時までの付着した細菌による汚染を防ぐことが可能であると考えられる.今後については,着用後のマスクから分離された細菌の同定,着用時間による付着菌数の変化,着用後の保管状況の違いによる細菌数の変化や嫌気性菌の付着状況等を調査することが課題として考えられる.

V.結 論

防じんマスクを着用することにより,マスク面体から細菌コロニーが検出された.細菌コロニー数には個人差があり,また,同一着用者でもマスクを着用する日が異なると検出されるコロニー数も異なっていた.着用後のマスクを24時間保管した後も,マスク面体から細菌コロニーが検出され,付着した細菌が生存していることが認められた.

シリコンゴムシートによる除菌方法の検討では「水道水で払拭後乾拭き」,「蒸留水で払拭後乾拭き」の2つの方法が「消毒用エタノールで払拭」する方法の除菌効果と統計学的に差がないと認められた.このうちの1つである「水道水で払拭後乾拭き」をする方法を着用後のマスク面体に対して実施したところ,3回の実験において93%以上の除菌率が得られ,消毒用エタノールを使用しない「水道水で払拭後乾拭き」をする方法は,安全な防じんマスク面体の除菌方法として有効であることが認められた.

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