SANGYO EISEIGAKU ZASSHI
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Field Study
Investigation of the working behavior of part-time occupational physicians using practical recording sheets
Kazunori IkegamiHiroki NozawaSatoshi MichiiRyosuke SuganoHajime AndoMasayuki HasegawaHiroko KitamuraAkira Ogami
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2016 Volume 58 Issue 6 Pages 251-259

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抄録

目的:我々は,産業分類および事業場規模別の産業医活動の課題を明らかにするために,嘱託産業医が作成した活動記録(産業医活動記録票)を用いて,その活動実態を調査した.方法:嘱託産業医として活動している11名の医師(研究協力者)の協力を得て,96事業場561枚の産業医活動記録票を収集した.産業医活動記録票から,契約先事業場の業種,および産業医による事業場への出務回数,職場巡視の実施回数,健康管理活動の実施回数を調査した.また,作業環境管理,作業管理,健康管理,総括管理に関する年間の活動状況を調査した.産業分類(第二次産業,第三次産業)による2群間の比較検討,さらに産業分類に加え,従業員数100人以下の事業場群(≤100群)と101人以上の事業場群(≥101群)とに分けた4群間での比較検討を行った.結果:全ての嘱託産業医による事業場への出務回数の中央値は4回/年であり,第三次産業における事業場への出務回数は,第二次産業に比べて有意に少なかった.具体的な産業医活動に関して,リスクアセスメントへの参加,過重労働対策,労働衛生管理体制の構築・年間計画の策定で,第三次産業は第二次産業に比べ有意に低かった.産業分類別の従業員数による比較では,事業場への出務回数,職場巡視の実施回数において,≤100群は≥101群に比べ有意に少なかった.考察:本研究から,第三次産業や100人以下の小規模事業場では十分な嘱託産業医活動が実施されていない可能性が示唆された.第三次産業や小規模事業場における労働衛生サービスの提供方法や嘱託産業医活動の在り方に関して更なる検討を行い,事業場と嘱託産業医の双方の活動を支援する総体的な仕組みが必要であると考えられる.

1. はじめに

2012年の中小企業庁の調査1)によると,本邦において従業員数300人以下である中小企業数は全企業の99.7%を占め,全労働者の69.7%が中小企業で働いている.また,平成24年の厚生労働省の調査2)では,健康診断の有所見率は従業員数が300人以上500人未満の事業場で最も高く,次いで100人以上300人未満の事業場,50人以上100人未満の事業場となっている.厚生労働省の平成26年労働災害発生状況3)によると,全災害の92.1%が中小企業において発生している.これらの点から,本邦の労働者の健康の保持・増進や労働災害の減少のために,中小企業に対し実効性のある産業保健サービスをいかに提供するかが,産業保健の重要課題の一つである.

労働安全衛生法第十三条では,常時50人以上の労働者を使用する事業場において産業医を選任しなければならないと規定されている.また,産業医の職務として(安全)衛生委員会への参加(労働安全衛生法第十八条)や毎月1回の作業場等の巡視(労働安全衛生規則第十五条)が定められている.その他にも,労働安全衛生法第六十六条に掲げられている医師による健康診断の実施や実施後の措置,過重労働による健康障害を防ぐための医師による面接指導,および労働者の健康の保持増進対策4)などの職場の健康管理に関して,産業医はその中心的な役割を担っていると考えられる.平成27年から,労働者の心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導(ストレスチェック制度)が開始されたことにより,今後さらに産業医業務が増加することは必至である.

厚生労働省の平成22年労働安全衛生基本調査5)によると,従業員数が50人以上の事業場の産業医選任率は,第二次産業(製造業;87.2%,建設業;87.0%)に比べ,第三次産業(宿泊業・飲食サービス業;72.3%,情報通信業;84.6%,卸売業・小売業;84.9%など)で低い傾向を示していた.産業医を選任しない理由については,“産業医を選任する義務があることを知らなかった”という回答が,宿泊業・飲食サービス業(40.9%)と卸売業・小売業(26.3%)で最多であり,嘱託産業医活動が十分に浸透していない実態が伺える.また,事業場規模が小さくなるほど産業医選任率も低くなる傾向があり,従業員数が300人以上の事業場では99%前後であるのに対し,100人以上300人未満の事業場では95.8%,50人以上100人未満の事業場では80.9%であった5).中小企業の産業医は,地域の開業医や勤務医,企業外労働衛生機関に所属する医師などが担っているケースが多いが,本務が非常に繁忙であることや複数の事業場の産業医を兼ねているため,個々の事業場の産業医活動に十分な時間を割くことは難しい6).企業側も,労働衛生分野に投入できる経営資源が十分でないため,労働衛生体制の整備や産業医へ求めるニーズを制限せざるを得ない可能性がある.

嘱託産業医の活動に関する先行研究はいくつかあるが,多くは嘱託産業医あるいは事業場担当者を対象とした自記式質問票による調査である6-8).また,嘱託産業医による事業場での具体的な活動内容に焦点を当てた研究は少なく,産業医活動を産業分類や事業場規模によって比較検討した先行研究もほとんどない.そこで我々は,複数の企業で嘱託産業医として勤務する医師の,過去1年間の詳細な活動記録(産業医活動記録票)を収集し,事業場における嘱託産業医活動の実態を調査した.本研究では,産業分類(第二次産業,第三次産業)および従業員数による比較を行い,産業分類および事業場規模別の産業医活動の課題を明らかにし,今後の対応を検討する.

2. 方法

2.1. データ収集

産業医科大学産業生態科学研究所に所属する11名の医師(研究協力者)に協力を要請し,全員から協力が得られた.研究協力者が嘱託産業医契約を結んでいる96事業場において,2013年10月から2014年9月までに作成された産業医活動記録票の写し(全561枚)を収集した.この96事業場の中に,専属の産業医を選任する必要がある事業場(労働安全衛生規則第十三条)は一切含まれていない.なお,研究協力者が契約している事業場数の中央値は8件(四分位範囲;6-10.5件,最小値;4件,最大値;20件)であった.

2.2. 産業医活動記録票

産業医活動の実施後に作成する産業医活動記録票(付録1.)は,産業医科大学産業生態科学研究所の所員による産業医活動の状況を契約先事業場の従業員に周知するため,また所員の転職や異動に際して,契約先の事業場の安全衛生情報を効率よく引き継ぐために使用されている.産業医活動記録票は,統一様式に職場巡視,衛生委員会出席,衛生教育(メンタルヘルス教育,健康講話),職場復帰面談(休業者の職場復帰に係る面談),健診事後措置(健康診断結果に基づく健康指導や適正配置),健康相談,過重労働面談(長時間労働者への医師による面接指導),メンタルヘルス対応(精神疾患を有する労働者の面談対応,ストレスチェック実施後の面談)などが記載されている.なお,個人の特定が可能な情報や企業の機密情報などは情報セキュリティの観点から一切記されていない.

2.3. 調査方法

産業医活動記録票から,以下の各項目について確認した.契約先事業場の業種と規模(従業員数)は産業医活動記録票に示されていないため,研究協力者から産業医活動記録票を取得した際に,業種と従業員数(概数)を確認した.

A.契約先事業場の業種と産業分類を集計した.産業分類は,総務省統計局による分類(第一次産業:農業,林業,漁業,第二次産業:鉱業,建設業,製造業,第三次産業:前述以外の業種)を用いた.なお,本研究では,第一次産業に該当する事業場はなかった.

B.産業医による1年間の事業場への出務回数および労働安全衛生法に規定されている産業医の職務として(安全)衛生委員会の出席と職場巡視の実施回数を確認した.

C.1年間の嘱託産業医活動(作業環境管理・作業管理,健康管理,総括管理)の実施状況を調査した.健康管理(健康相談,健康診断の事後措置,保健指導)においては,労働安全衛生法に規定されている医師の業務であり,産業医の定期的な業務であると想定されることから,健康管理活動の実施回数を確認した.

嘱託産業医活動の内容については,日本産業衛生学会専門医制度委員会の産業医実務能力に関する評価及び産業医実務研修手帳の内容を参照にし,以下の各項目を確認した.

a. 作業環境管理・作業管理

リスクアセスメントへの参加,職場巡視に基づくリスク低減対策(職場巡視報告書などによる改善指導と改善後の確認),作業負荷の低減対策

b. 健康管理

健康相談・保健指導などの健康増進活動,健康診断の事後措置,メンタルヘルス対策,過重労働対策

c. 総括管理

労働衛生管理体制の構築・年間計画の策定,健康影響調査,産業保健スタッフへの指導やスタッフ間の連携,社内外の関係者間(社内人事・安全部門担当者,外部公的機関や地域の人的資源)の連携

AからCまでの調査終了後,契約先事業場自体は小規模であるが企業本体の規模が大きい場合,本部の産業保健に係る部署から支部や工場へ産業保健に係るサービスの提供や産業医活動に関する指示が実施されている可能性が考えられた.これらの点を明らかにするため,契約先事業場が支部や工場であり,本部が別に存在している事業場数,および産業医活動について本部から具体的な方針決定や指示が行われている事業場数について,追加調査を行った.

2.4. 分析方法

全ての産業医活動記録票を確認し,前述の調査方法に示した各項目について,事業場単位のデータベースを作成した.調査方法Bの各項目およびC.b.の健康管理は,労働安全衛生法に規定されている産業医(医師)活動であり,通年の実施が想定されるため,1年間の実施回数(回/年)を集計した.ただし,(安全)衛生委員会の出席については,契約先事業場で月1回定期的に開催されているのかが不明であるため,分析から除外した.調査方法Cの各項目は年数回もしくは不定期に実施される具体的な産業医活動であり,1年間を通じ,各活動内容について実施が確認できた事業場の数を集計した.

各項目は,はじめに産業分類(第二次産業と第三次産業)による2群間での比較を行い,次いで産業分類別に従業員数100人以下の事業場群(≤100群)と101人以上の事業場群(≥101群)とに分けた4群間での比較を行った.群間の比較は,ノンパラメトリック法(Mann-Whitney検定,Kruskal-Wallis検定,χ2検定,またはFisherの正確確率検定)を用いて分析した.Kruskal-Wallis検定による4群間の比較において,有意差が認められた変数は,Mann-Whitney検定による多重比較を行った.また,χ2検定(自由度=3)で有意差が認められた変数は,残差分析を行った.統計処理には,SPSS for Windows ver.23.0を用いた.

2.5. 倫理的配慮

本研究は,人を対象とする調査ではなく,研究協力者や契約先事業場の従業員に関する個人情報の取り扱いはない.よって,研究協力者の属性と契約先事業場の産業保健活動との関連性の分析も行っていない.産業医活動記録票の収集にあたって,研究協力者へ本研究の主旨を説明し,研究協力者の氏名や契約先事業場名などは一切公表しないことを伝えた.加えて,研究協力者には,産業医活動記録票の内容に個人情報および企業内の機密情報に関する記述がない状態を確認して提出してもらうこととし,同意が得られた上で,産業医活動記録票の写しを収集しデータベースを作成した.産業医活動記録票の写しは,データベース作成後に破棄した.

3. 結果

契約先事業場の産業分類と業種について,第二次産業は96事業場中47事業場(49.0%)で,その内訳は製造業が46事業場,建設業が1事業場であった.第三次産業は96事業場中49事業場(51.0%)で,その内訳は卸売・小売業29事業場,電気・ガス・熱供給・水道業が6事業場,運輸業・郵便業4事業場,その他,学術研究・専門・技術サービス業や教育・学習支援業,宿泊業・飲食サービス業,不動産業・物品賃貸業などが10事業場であった.調査対象となった全事業場の従業員数は50人以上100人以下が50.0%であり,第二次産業と第三次産業共に50人以上100人以下の事業場が最多であった(第二次産業;21事業場(44.7%),第三次産業;27事業場(55.1%)).

契約先事業場の従業員数の中央値は100人(四分位範囲;50-200人)であった.研究協力者による事業場への年間の出務回数の中央値は4回/年(四分位範囲;2-10.75回/年)で,出務回数が年6回以下であった事業場は64.6%あった.産業分類による比較で,第三次産業の従業員数(中央値;100名,四分位範囲;50-100名)は,第二次産業(中央値;150名,四分位範囲;150-200名)に比べ,有意に少なかった.また,1年間の事業場への出務回数,職場巡視の実施回数,健康管理活動の実施回数のいずれも,第三次産業が第二次産業に比べ有意に少なかった(表1).

1年間の嘱託産業医活動(作業環境管理・作業管理,健康管理,総括管理)の実施状況について,全体の結果と産業分類による比較を表2に示す.最も多くの事業場で実施されていた嘱託産業医の活動内容は,健康増進活動(91.7%)であった.次いで,リスク低減対策(87.5%),産業保健スタッフへの指導やスタッフ間の連携(71.9%)が多かった.逆に,少なかった嘱託産業医の活動内容は,健康影響調査(4.2%),社内外の関係者間の連携(10.4%),労働衛生管理体制の構築・年間計画の策定(16.7%)であった.産業分類により比較したところ,リスクアセスメントへの参加,労働衛生管理体制の構築・年間計画の策定において,第三次産業は第二次産業に比べ有意に少なかった.また,過重労働対策は有意差が認められなかったが,第三次産業は第二次産業に比べ少ない傾向があった.

1年間の事業場出務,職場巡視,健康管理活動の実施回数について,産業分類と従業員数による4群間での比較では,事業場への出務回数,職場巡視の実施回数,健康管理活動の実施回数のいずれも有意差を認めた(表3).多重比較について,第二次産業では事業場への出務回数,職場巡視の実施回数について,≤101群は≥100群に比べ有意に少なく,第三次産業では事業場への出務回数,職場巡視の実施回数,健康管理活動の実施回数のいずれも,≤101群は≥100群に比べ有意に少なかった.従業員数≤100群を比較した場合,第三次産業は第二次産業に比べ事業場への出務回数が有意に少なかったが,その他の項目について有意差は認めなかった.

嘱託産業医活動の実施状況についての産業分類と従業員数との4群間による比較では,リスクアセスメントへの参加,過重労働対策で有意差を認めた(表4).残差分析では,リスクアセスメントへの参加について,第二次産業の≤100群と≥101群が有意に多く,第三次産業の≤100群が有意に少なかった.また,過重労働対策については,第二次産業の≥101群で有意に多く,第三次産業の≤100群で有意に少なかった.

追加調査により,77事業場中50事業場(第二次産業;47事業場中24事業場,第三次産業;37事業場中26事業場)は支部や工場で,本部が別に存在していることが分かった.尚,19事業場は産業医契約が解除されていたり,研究協力者への再確認が困難なため不明であった.産業医活動について本部から具体的な方針決定や指示が行われている事業場は,50事業場中12事業場(第二次産業;47事業場中10事業場,第三次産業;37事業場中2事業場)であった.但し,この12事業場中8事業場においては,産業医活動の方針や年間計画の策定などについて,嘱託産業医と本社(本部)の産業医や安全衛生担当者間で検討する機会が設けられていたり,各々の支部や工場で方針の修正や変更が認められていた.

表1. 契約先事業場の従業員数および1年間の事業場出務,職場巡視,健康管理活動の実施回数の産業分類別比較
項目 全体 n=96 第二次産業 n=47 第三次産業 n=49 U value p value
Median (IR) Median (IR) Median (IR)
IR,interquartile range.第二次産業と第三次産業の2群に分類し,Mann-Whitney 検定を用いて比較した.p < 0.05,p <0.01.
契約先事業場の従業員数(人) 100 (50-200) 150 (150-200) 100 (50-100) 862.5 0.021
事業場への出務回数(回/年) 4 (2-10.75) 6 (3.5-11) 3 (2-6) 705.5 0.001
職場巡視の実施回数(回/年) 3 (2-7) 3 (2-7.5) 2 (1-4) 801.0 0.009
健康管理活動の実施回数(回/年) 3 (2-7) 4 (2-8.5) 3 (1-5) 885.5 0.049
表2. 嘱託産業医活動の実施状況に関する産業分類別比較
活動内容 全体 n=96 第二次産業 n=47 第三次産業 n=49 χ2 value p value
n (%) n (%) n (%)
1年間を通じ,各活動内容について実施が確認できた事業場の数を集計した.第二次産業と第三次産業の2群に分類し,χ2検定を用いて比較した.期待度数5未満のセルが,全体の20%以上の場合は,Fisherの正確確率検定を用いた.
p <0.10,**p <0.001.
作業環境管理・作業管理
 リスクアセスメントへの参加 51 (53.1) 38 (80.9) 13 (26.5) 28.43 <0.001**
 職場巡視に基づくリスク低減対策 84 (87.5) 42 (89.4) 42 (85.7) 0.29 0.589
 作業負荷の低減対策 54 (56.3) 30 (63.8) 24 (49.0) 2.15 0.143
健康管理
 健康増進活動 88 (91.7) 42 (89.4) 46 (93.9) 0.64 0.424
 健康診断の事後措置 40 (41.7) 20 (42.6) 20 (40.8) 0.03 0.514
 メンタルヘルス対策 22 (22.9) 14 (29.8) 8 (16.3) 2.46 0.117
 過重労働対策 29 (30.2) 18 (38.3) 11 (22.4) 2.86 0.071
総括管理
 労働衛生管理体制の構築・年間計画の策定 16 (16.7) 14 (29.8) 2 (4.1) <0.001**
 健康影響調査 4 (4.2) 3 (6.4) 1 (2.0) 0.357
 産業保健スタッフへの指導やスタッフ間の連携 69 (71.9) 32 (68.1) 37 (75.5) 0.65 0.419
 社内外の関係者間の連携 10 (10.4) 5 (10.6) 5 (10.2) 0.603
表3. 1年間の事業場出務,職場巡視,健康管理活動の実施回数の事業場の従業員数別比較
項目 第二次産業 第三次産業 χ2 value p value
≤100群 n=21 ≥101群 n=26 ≤100群 n=31 ≥101群 n=18
Median (IR) Median (IR) Median (IR) Median (IR)
IR,interquartile range.各産業分類(第二次産業,第三次産業)を事業場の従業員数が100人以下群(≤100群)と101人以上の事業場群(≥101群)による4群に分け,Kruskal-Wallis検定を用いて比較した.p<0.01,**p<0.001.
事業場への出務回数(回/年) 4 (3-6) 9.5 (4.5-11.75) 2 (1-4) 7.5 (4.25-11) 32.1 <0.001**
職場巡視の実施回数(回/年) 2 (2-3) 5.5 (2.25-10.5) 1 (1-3) 3.5 (1.25-8) 15.7 0.001
健康管理の活動実施回数(回/年) 3 (2-6) 6 (3-9) 2 (1-3) 6 (3-10.75) 21.7 <0.001**
表4. 嘱託産業医活動の実施状況に関する契約先事業場規模(従業員数)別比較
活動内容 第二次産業 第三次産業 χ2 value p value
≤100群 n=21 ≥101群 n=26 ≤100群 n=31 ≥101群 n=18
n (%) n (%) n (%) n (%)
1年間を通じ,各活動内容について実施が確認できた事業場の数を集計した.各産業分類(第二次産業,第三次産業)を事業場の従業員数が100人以下の事業場群(≤100群)と101人以上の事業場群(≥101群)の4群に分け,χ2検定を用いて比較した.期待度数5未満のセルが,全体の20%以上の場合は検定を省略した.p<0.05,**p<0.001.
作業環境管理・作業管理
 リスクアセスメントへの参加 17 (81.0) 21 (80.8) 5 (16.1) 8 (44.4) 32.09 <0.001**
 職場巡視に基づくリスク低減対策 20 (95.2) 22 (84.6) 26 (83.9) 16 (88.9)
 作業負荷の低減対策 14 (66.7) 16 (61.5) 14 (45.2) 10 (55.6) 2.77 0.428
健康管理
 健康増進活動 18 (85.7) 24 (92.3) 29 (93.5) 17 (94.4)
 健康診断の事後措置 6 (28.6) 14 (53.8) 12 (38.7) 8 (44.4) 3.24 0.356
 メンタルヘルス対策 3 (14.3) 11 (42.3) 3 (10.3) 5 (27.8)
 過重労働対策 5 (23.8) 13 (50.0) 5 (16.1) 6 (33.3) 8.24 0.041
総括管理
 労働衛生管理体制の構築・年間計画の策定 7 (33.3) 7 (26.9) 2 (6.5) 0 (0.0)
 健康影響調査 1 (4.8) 2 (7.7) 0 (0.0) 1 (5.6)
 産業保健スタッフへの指導やスタッフ間の連携 14 (66.7) 18 (69.2) 23 (74.2) 14 (77.8) 0.76 0.857
 社内外の関係者間の連携 2 (9.5) 3 (11.5) 2 (6.5) 3 (16.7) 0.90 0.342

4. 考察

研究協力者による1年間の事業場への出務回数の中央値は4回であり,出務回数が年6回以下であった事業場が64.6%であった.非常勤産業医の事業場への勤務回数に関して,江口らの報告9)によると,年間1~6回が43%で最多であり,我々の調査と類似の傾向を示している.また,寺田らは,嘱託産業医による月1回の職場巡視の実施については,5割程度の事業場でしか実施されていないと報告している6).我々の調査は,寺田らの調査と分析方法は異なるが,職場巡視の実施率がより低いと推定される.いずれにしろ,労働安全衛生法に規定されている産業医の活動が,厳格に遵守されている事業場は少ないと示唆される.

全体として,健康影響調査や社内外の関係者間の連携,労働衛生管理体制の構築・年間計画の策定の実施が少ない理由については,嘱託産業医の出務回数が少ないことが考えられる.さらに,産業医活動時間は1ヶ月あたり4時間未満である場合が最多で,多くの嘱託産業医が2ヶ所以上の事業場を受け持っているという報告6)を考慮すると,1事業場あたりの産業医活動に要する時間は非常に短いと推察される.嘱託産業医の出務回数や活動時間が十分でない場合,安全衛生関係法令に定められている項目や事業場や従業員に直接的に関わる作業環境管理,作業管理,健康管理といった安全衛生の3管理が優先されてしまう可能性が高い.一方,中央労働災害防止協会による10人未満から1000人以上の様々な規模の事業場(但し,50~299人の事業場が45.6%と最多)を対象とした調査では,安全衛生計画・健康管理計画の企画・立案は,7割以上の事業場で実施されていると報告されている10).これは,本研究の労働衛生管理体制の構築や年間計画の策定に該当すると考えられるが,多くの事業場では産業医の関与なくこれらが実施されている可能性が示唆される.しかし,衛生に係る部分については,産業医の専門的な助言・指導によって実効性が増すと考えられるため,産業医による積極的な関与が必要であると考える.

産業分類による比較について,第三次産業は第二次産業に比べ,1年間の事業場への出務回数,職場巡視の実施回数,健康管理活動の実施回数がより少ないことが分かった.また,産業分類と従業員数に関する要因を加えた比較においても,第三次産業は第二次産業より事業場への出務回数が有意に少なかった.第三次産業で事業場への出務回数,職場巡視の実施回数が少ない理由について,第三次産業は危険な機械設備や科学的・物理的な有害業務が少ないことや安全衛生活動への重点的な取り組みが行われてこなかったこと11)が影響している可能性が考えられる.また,第三次産業では,パートタイマーや派遣社員といった非正規労働者の割合が3割を超え他の産業と比べ高く,とりわけ卸売・小売業では47.2%と著しく高い12).非正規労働者は健康問題によって就業に耐えられない場合,定められた雇用期間満了に伴い退職もしくは雇止めとなる可能性がある13)ことから,第三次産業では従業員の健康管理に積極的に取り組むという意識が低い可能性が考えられる.

嘱託産業医の具体的な活動内容について,第三次産業は第二次産業に比べ,産業医によるリスクアセスメントや労働衛生管理体制の構築・年間計画の策定,過重労働対策への取り組みがより少なかった.これらの活動内容については,従業員数≥101群の事業場において第三次産業と第二産業を比較した場合,および従業員数≤100群の事業場において第三次産業と第二産業を比較した場合ともに,第三次産業は第二次産業に比べ取り組みがより少ないことが分かった.

リスクアセスメントの実施は,既に労働安全衛生法にて事業者の努力義務として規定されている.加えて,2014年に化学物質のリスクアセスメント実施の義務化が公布された4)ことにより,産業医がこの分野に関わる機会が増えた可能性が考えられる.しかし,第三次産業では,労働安全衛生法で定められている化学物質の使用や危険有害業務が少ないため,産業医による職場巡視や職場のリスクアセスメントへの取り組みへの優先度は高くない可能性が考えられる.

過重労働対策については,産業分類による雇用形態の相違が影響している可能性がある.過重労働対策の観点では,正規労働者に比べて,非正規労働者は労働時間が短く,時間外労働の発生も少ない14)と報告されていることから,非正規社員の割合が多い第三次産業では,労働安全衛生関係法令に定められている医師による面接指導が必要となる長時間労働者の割合が少ないと考えられる.一方,過労死等の労災補償状況では,卸売業・小売業や運輸業・郵便業を含む第三次産業の請求件数,支給決定件数は第二次産業よりも多い3).これは,第三次産業は50人未満の事業場が多く15),産業医や衛生管理者の選任が必要ないため,過重労働対策が行われていない可能性が高い.既に,厚生労働省や地域産業保健センター,労働衛生専門機関を通じ,過労死等の防止対策が進められている16)が,多種多様の業種が存在し,雇用形態・勤務形態も複雑である第三次産業への過重労働対策をどう推進していくのかは,産業保健の課題の一つである.

従業員数に焦点を当てると,第二次産業・第三次産業ともに事業場への出務回数,職場巡視の実施回数が≥101群に比べ≤100群で有意に低く,第三次産業では健康管理活動の実施回数も≥101群に比べ≤100群で有意に低いことが分かった.産業分類に拘わらず事業場規模が小さければ,健康管理対象者や作業場も減るため,産業医活動も少なくなると考えられる.また,産業医のみならず総括完全衛生管理者の選任率も低くなっており5),労働衛生に係る体制構築やサービス提供が不十分である可能性がある.しかし,小規模事業場は,労働災害の発生率が高いこと17)や高年齢労働者の割合が高いこと1)からも,労働衛生の推進・強化が望まれる.嘱託産業医は行政と連携し,事業場に対する指導や労働衛生関連情報の周知を行うことで事業場の労働衛生活動を支援し,嘱託産業医は活動時間の確保や資質の向上に努める必要があろう.

本研究にはいくつかの限界がある.第一に,本研究は時系的な要素を排除した横断的分析であり,変数間の因果関係は不明である.第二に,研究協力者が11名と少なく,契約先事業場の件数も協力者で異なっておりサンプル選択の偏りがある.例えば,多くの契約先事業場を持つ産業医が,従業員との健康相談や健康診断の事後措置のための面談を積極的に遂行し,職場巡視やリスクアセスメントを疎かにした場合は,その結果が本研究に大きく反映されている可能性がある.しかし,産業医活動記録票(付録1.)では,最低限必要な産業医活動を列挙し活動が偏らないように指南されている.また,本研究は研究協力者が同一機関所属であるため,産業医活動に対し共通の認識,視点を持っており,産業医個人の極端に偏った思想や活動方針は制御されていると考えらえる.第三に,上述の通り,契約先事業場自体は小規模だが,企業本体の規模が大きい場合,本部の産業保健に係る部署から支部や工場へ産業保健に係るサービスの提供があったり,産業医活動に関する指示が行われている可能性が考えられる.これらの点については,追加調査の結果から本研究の調査対象事業場のほとんどは,事業場を単位として独立性を確保した産業保健活動が行われていると考えた.ただし,例えば産業医の出務回数や労働衛生管理体制,過重労働対策などの個々の活動に,全社的な活動方針がどの程度影響しているのかを本研究で明らかにすることは困難であり,今後,引き続き検討すべき課題である.

本研究では,産業医活動記録票のデータを集約し,産業分類および事業場規模別の産業医活動の課題,とりわけ第三次産業や100人以下の小規模事業場における課題を明らかにした.第三次産業や小規模事業場では,嘱託産業医による積極的な指導・助言,労働衛生サービスの活用,そして事業場と嘱託産業医の双方の活動を支援する仕組み作りなどによる労働衛生対策の強化が必要であると考えられる.また,産業医活動記録票の情報を継続的に集約すれば,労働衛生の総合的な評価や課題の抽出,産業分類や事業場規模に応じた産業保健スタッフのマンパワーの適正配分などを精緻に検証できる可能性がある.産業医活動記録票を活用した嘱託産業医活動の調査は,実効性のある労働衛生対策を講じるための一助になるかもしれない.

付録1.

産業医活動記録票のサンプル

謝辞

本研究にご協力くださいました産業医科大学産業生態科学研究所の先生方に心よりお礼申し上げます.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

文献
 
© 2016 by the Japan Society for Occupational Health
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