SANGYO EISEIGAKU ZASSHI
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Topics and Opinions
Statistical Viewpoints on the Group Analysis of the Stress Check Program
Takahiro Yamashita
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2017 Volume 59 Issue 2 Pages 63-66

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はじめに

改正労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度が,平成27年12月1日に施行された.本制度の目的は,労働者自身のセルフケアの促進と,ストレスの原因となる職場環境の改善によってメンタルヘルス不調の一次予防を図ることである.職場環境改善の方法として,実施者はストレスチェック結果を集団的な集計・分析によって職場のストレス傾向を把握し,専門的見地から事業主に対して助言を行い,事業者は職場環境の改善のための取り組みを行うことが努力義務とされている.

集団的な集計・分析の具体的な方法は事業者が衛生委員会等において調査審議すべき事項とされている.「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル(平成28年4月改訂版)」1)(以下,実施マニュアル)には,仕事のストレス判定図を用いた評価例や,集団的な集計・分析に関する注意点が示されている.

職業性ストレス簡易調査票に基づく仕事のストレス判定図は,平成7~11年度労働省「作業関連疾患の予防に関する研究」2)によって開発され,職場や作業グループなどの集団を対象として目にみえない仕事上のストレス要因を評価し,それらが労働者の健康にどの程度影響を与えているかを判定するためのツールであり,標準集団(全国平均)と比較可能である3).比較に当たっては,回帰式に対象集団の平均点数を代入することによって,仕事のストレスのために起こる心理的ストレス反応,疾病休業率,医師受診率といった健康リスクを標準集団と比較できるとされており,そのための評価ツールが公開されている4)

職業性ストレス簡易調査票による個人および集団のストレス状況の評価方法を示した「職業性ストレス簡易調査票を用いたストレスの現状把握のためのマニュアル」では,集団を単位としてストレス評価を行うための仕事のストレス判定図はできれば20人以上,少なくとも10人以上の集団を対象として作成することが求められている5)

一方で,実施マニュアルでは集団的な集計・分析の下限人数の例外として,10人未満の少人数の集団に対しても,調査項目の全ての合計点について集団の平均値だけを求めたり,仕事のストレス判定図を用いた分析を行うなど,個人特定につながり得ない方法で実施する場合に限っては,分析結果を労働者の同意なしに事業者に提供することは可能であるとされている.

さらに,実施マニュアルでは職業性ストレス調査票の仕事のストレス判定図に使用される以外の尺度についても,その平均値を集団として求め,全国平均値4)と比較することで詳細に集団としての特徴を評価することができる,とされている.

平均値による集団の要約は,誤った評価・意思決定を導く可能性がある

実施マニュアルでは職場のストレス状況の評価方法として平均値を用いることが示されているが,平均値を用いた評価は必ずしも適切ではないことがある.

1に仮想の少人数の集団のストレスチェック例を示す.5名の少人数集団に1名の高ストレス者が外挿されることによって,平均値は大きく変化する.

この平均値から得られる仕事のストレス判定図に基づくと,心理社会的な仕事上のストレス要因で当該集団に健康問題が起きる可能性が全国平均とくらべて25%増加していると判断される.これは集団に対する評価である.たしかに,当該集団において高ストレス者に健康問題が起きる可能性はあるかもしれない.しかし,平均値に基づく健康リスク評価に基づけば,集団としての仕事上のストレス要因が高いという評価につながりかねない.

このように,平均値による要約は職場のストレス傾向の誤った評価につながる可能性がある.この例においては高ストレス者の影響を除いて評価するほうが,集団のストレス傾向の実態を反映することができるであろう.これは高ストレス者を放置するということには,必ずしもつながらない.高ストレス者については,それを判定する仕組みがストレスチェック制度には含まれているからである.

表1. 少人数集団における外れ値の影響
量的負荷(点) コントロール(点) 上司の支援(点) 同僚の支援(点)
A 8 7 7 9
B 9 9 7 7
C 9 10 8 9
D 9 7 8 7
E 7 7 9 7
F 12 3 3 3
健康リスク
量・コントロール 職場の支援 総合
A~E 5名の平均 8.4 8 7.8 7.8 96 100 96
A~F 6名の平均 9.0 7.2 7.0 7.0 108 116 125

適切な評価や意思決定に必要な要約統計量とは

統計とは調査することによって数量で把握すること,または,調査によって得られた数量データのことである.つまり,統計とはデータにすぎず,ここから規則性を求めることが統計学の目的であり,そのための手法を統計解析という.統計解析にはデータの示す傾向や性質を明らかにする記述統計と,得られたデータから推定や予測をするための推測統計がある.

記述統計においてデータの傾向や性質を表す尺度を要約統計量という.要約統計量には,平均値や中央値といったデータ分布の中心位置を示す尺度,変動係数や標準偏差といったデータの変動やバラツキ具合を示す尺度,歪度や尖度といったデータ分布の形を示す尺度がある.

評価や意思決定の多くは,データ分布の中心位置を示す尺度に依存する.そのため,もしもデータの傾向や性質を表す要約統計量を1つ選ぶのであれば,中心位置を示す尺度を用いるのが適切である.

データ分布の中心位置を示す尺度

データが正規分布する場合において,平均値は分布の中心位置を示す尺度として適切である(図1-a).しかし,外れ値の存在や分布の歪みによって平均値は容易に変化するため,データが正規分布しない場合では,平均値は中心位置を正確には示さないことがある(図1-b).

あるデータ分布において,外乱の影響や多少の条件が変わっても,その統計量の性質があまり変わらないとき,その尺度はロバストである,あるいは頑健性を持つという.

平均値は外れ値や分布の歪みに大きく影響を受けるため,中心位置のロバストな尺度ではない.外乱に対してロバストな尺度としては最頻値・中央値がある.最頻値はデータの出現率が最大の値であり,多少の外乱に対してはロバストである.しかし最頻値は,いくつも存在する場合もあれば,多峰性分布を示す場合,あるいは歪みが大きい場合などでは中心位置の推定に適さないことがある(図1-c).中央値は全てのデータを小さい順に並べた時に真ん中に位置する値のことであり,外乱や分布の歪みに対して中心位置のロバストな尺度である.

図1.

データ分布と要約統計量

a. 正規分布では平均値・中央値・最頻値は一致する

b. 分布の歪みによって平均値は大きく変化する

c. 最頻値は中央位置の推定に適さないことがある

ストレスチェックの集団分析では集団の特徴を表す尺度として中央値を用いるべきである

ストレスチェックをはじめとした評価尺度データに対する回答や,臨床検査をはじめとした自然科学の測定値も,一般的には正規分布を示さないことが多い.しかしながら多くの調査研究や自然科学では,データ分布を主に平均値を用いて要約している場合がある.これらは,有限分散を持つ集団からのランダムサンプルの平均は,その母集団の分布形状に関係なく,サンプルサイズを大きくすると真の平均に近づくという大数の法則をもってその妥当性が説明される.すなわち非正規分布を示す集団に対してもサンプルサイズが大きければ,平均値を用いて集団の特徴を表すことは妥当なのである.これは言い換えると,サンプルサイズの小さい集団においては,平均値を用いて集団の特徴を表すことの妥当性が損なわれかねないことを意味する.

ストレスチェックの集団分析,とりわけ分布の歪みが大きい場合や,中小企業,企業内の少人数の部署単位などのサンプルサイズが小さい集団分析で,平均値を用いて集団の特徴を表すことは,誤った評価や意思決定につながる可能性がある.そのため,データ分布の中心位置のロバストな要約統計量として中央値を用いて,集団の特徴を表すべきであると考える.

また,仕事のストレス判定図に用いる回帰式に代入する値も,中央値を用いたほうが評価の信頼性が高まるものと考える.この回帰式は標準集団との差から相対的な健康リスクを予測するものである.つまり極端に言えば個人の点数を代入すれば,標準集団と比較した個人の健康リスクを予測することもできる.対象集団の健康リスクを予測するのであれば,対象集団の特徴を端的に表す数値,すなわち中心位置を示す要約統計量として中央値を代入したほうが,対象集団の健康リスクを正確に算出することが期待できるのである.実施マニュアル等では定数として標準集団の平均値が示されているが,中央値は示されていない.しかしながらサンプルサイズの大きな標準集団では,大数の法則によって平均値と中央値は近似し,その差はわずかであると考えられる.このことから,対象集団の中央値と標準集団の平均値との差を見るということは,要約統計量の比較として合理的であり合目的であると考えられる.

さらに言えば,集団のストレス分布が均一であれば平均値を用いて,歪みがあれば中央値を用いる,あるいは,事業場全体としては平均値を用いて,小さい集団単位では中央値を用いるといった,同じデータセットの中で分布の状態やサンプルサイズに応じてデータ分布の中心位置を示す尺度をいちいち変えることは合理的ではない.筆者は,ストレスチェックにおいては集団の特徴を表す尺度として,サンプルサイズによらず一律に中央値を用いるべきであると提言する.

ストレスチェックにおける統計学的留意点

職場のストレス傾向をより正確に把握するためには,平均値や中央値による評価や仕事のストレス判定図だけでは十分であるとは言えない.職場のストレス傾向の理解を深めるためには,散布図やヒストグラムなどを用いて視覚的にデータ分布を捉えることや,詳細な要約統計量による記述が役に立つであろう.しかしながら,特に少人数の集団においては,事業者等に対して個々人のデータ分布を視覚的に示したり,変動やバラツキ具合を表す要約統計量を示すなどデータ分布状態の詳細な記述は,個人の特定につながる可能性がある.事業者等へは,個人を特定しえない形で,かつ適切な評価や意思決定を導きだすのに重要なデータ分布の中心位置を示す尺度のみを提示するのが適切であろう.ただし実施者は,事業者等に提示するデータ要約にとどまらず,分布の状態も含めてより正確に職場のストレス傾向を把握し,専門的見地からの意義深い助言を行うように努めるべきである.

また,平均値も中央値も分布の状態を表すのに十分な尺度ではないことには注意が必要である.つまり平均値も中央値も,データ分布の中心位置を示す要約統計量に過ぎず,それのみでは外れ値の存在や分布の歪みを示唆しえない.これは,データ分布の状態が異なる集団が同等であるかのように評価される可能性につながる.さらに中央値は,外乱や分布の歪みに対してロバストであり,言い換えれば変化に対して鈍感である.これは,外乱の影響や経年や分布状態のわずかな変化を見落とす可能性につながる.

ストレスチェックの集団分析において最も重要なことは,職場のストレス傾向を正確に把握し,改善ポイントを絞り込んで事業者等に提示することで,的確な職場環境の改善につなげることである.

ストレスチェックにおいて職場のストレス状況を的確に表すことは,事業者等による評価や職場環境改善の意思決定において重要である.しかしながら,分析の正確性を重視しすぎるあまり,わずかな変化や差異を見逃したり,事業者等の改善行動を阻害するようなことがあってはならない.

文献
  • 1)  厚生労働省労働基準局安全衛生部 労働衛生課産業保健支援室. 労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル (平成28年4月改訂版). 2016.
  • 2)  「作業関連疾患の予防に関する研究」研究班. 労働の場におけるストレス及びその健康影響に関する研究報告書. 2000.
  • 3)  東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野. 仕事のストレス判定図. [Online]. 2001 [cited 2016 Aug. 1]; Available from: URL: http://mental.m.u-tokyo.ac.jp/jstress/hanteizu/
  • 4)  東京医科大学 公衆衛生学分野. 簡易調査票フィードバックプログラム. [Online]. 2013 [cited 2016 Aug. 1]; Available from: URL: http://www.tmu-ph.ac/topics/stress_table.php
  • 5)   下光 輝一. 職業性ストレス簡易調査票を用いたストレスの現状把握のためのマニュアル-より効果的な職場環境等の改善対策のために-. 平成14~16年度厚生労働科学研究費補助金労働安全衛生総合研究. 2005.
 
© 2017 by the Japan Society for Occupational Health
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