SANGYO EISEIGAKU ZASSHI
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ISSN-L : 1341-0725
Field Study
Work environment that support workers with diseases to maintain a work-treatment balance in Ishikawa prefecture: relationship with company scale and type of industry
Yuko Morikawa Masaji TabataYoshiko KoyamaSatomi IkeuchiMotoko Nakashima
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2020 Volume 62 Issue 5 Pages 183-191

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抄録

目的:疾病を有する労働者の治療と仕事の両立のための支援環境の事業所規模や業種による特徴を明らかにするために,石川県内の事業所を対象に調査を行った.対象と方法:2016年に石川県内の従業員数が50人以上の全事業所1,491社を対象に質問紙調査を実施した.688事業所から返信があり(回収率:46.1%),このうち有効回答624件を解析対象とした.質問内容は勤務時間制度や休暇制度の有無,復職面談における産業医の関与,過去3年間の両立支援の有無と両立困難による退職者の有無などである.支援対象疾患はうつ病等のメンタルヘルス不調と身体疾患とした.これらについて事業所規模,業種別間で比較した.結果:過去3年間に治療と仕事の両立支援を行った経験があったのは409事業所(65.5%)であった.支援対象疾患で最も多かったのはうつ病であった.治療と仕事の両立が難しいことを理由に退職した従業員があったのは全体で36.7%であり,医療・福祉業で最も高かった.66%の事業所は治療中の従業員が利用できる制度を有しており,規模が大きい事業所ほど勤務時間制度や休暇制度が整っていた.短時間勤務や時間単位の有給休暇などは製造業や運輸・交通業などの現業系では低かった.また,産業医による復職面談を実施していた事業所の割合は22%と低かった.考察と結論:本調査では約7割の事業所が過去3年間に治療と仕事の両立支援の経験を有していた.制度の整備状況には事業所規模や業種による差が認められた.今後の啓発活動においては,事業場の特性を踏まえた上での具体的な提言を行っていく必要がある.

I. はじめに

健康問題を理由に離職する労働者は少なくない.厚生労働省の中高年縦断調査1は,50歳代の約3万人について就業状況を12年追跡し,離職経験があった者の約1割がその理由として健康上の問題を挙げていたと報告している.労働政策研究・研修機構2が2013年に実施した全国的事業所調査によると,病気休職制度の新規利用者における退職者の比率(年間の退職者数/新規休職者数)は全体で37.8%,疾患別にはがんが42.7%,メンタルへルス不調が42.3%,脳血管疾患41.6%といずれも高率である.

がんなどの身体疾患の多くは,医療や医学の進歩によって治療をしながら就労を継続することが可能になってきた.しかし,Takahashiら3は,診断時に仕事を有していたがん患者950人の就労状況を調査し,21.3%は少なくとも1度は離職の経験があったと報告している.また,障害者職業総合センター4によると,就職経験を有する難病患者の32%は過去10年間に難病による離職を経験していたと報告されている.炎症性腸疾患患者を対象とした調査においても,35.5%の患者が疾患のために仕事を辞めざるを得なかったと回答したと報告している5.なお,労働政策研究・研修機構6は2018年にも身体疾患を有する労働者の動向について事業所調査を行っているが,3割から4割が復職前に離職していたことを報告しており,2013年の調査と比べて目立った改善は認められていない.また,職業生活を優先し,疾病の重症化が問題になることが糖尿病患者の調査で明らかになっている7,8,9,10

また,気分障害等のメンタルへルス不調者については,職場環境改善やセルフマネジメント,復職支援プログラムの普及を通して,予防と就労支援活動が行われてきた.しかし,前述の労働政策研究・研修機構2の調査では,メンタルヘルス不調による病気休職者が1人以上いる事業所の割合は33.1%と他の疾患に比べて高く,再発の繰り返しも多いことが指摘されている.労働安全衛生調査(事業所調査)でも,従業員数50人以上の事業所の26.4%が,過去1年間にメンタルへルス不調により連続1か月以上休業または退職した労働者が1名以上いたと報告している11

こうした背景から,疾病を有する労働者の仕事と治療の両立を促進する目的で,事業者向けの指針やマニュアルが整備されてきた.2004年に「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」が出された12.また2006年に成立したがん対策基本法おいてがん患者の就労支援が一つの柱にあげられたのを機に,企業向けのがん就労者支援マニュアルが出された13.難病については,障害者職業総合支援センターが就労支援や雇用管理マニュアルを作成している14.そして,2016年には厚生労働省が,がん,脳卒中,糖尿病,難病等の身体疾患に関する就労支援ガイドライン「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」を発表した15.このように疾患群ごとにガイドラインやマニュアルが作成されてきたが,事業者に求められる事柄には共通する部分は多く,環境整備,両立支援プランの策定,産業医等の産業保健スタッフを含む事業場内の人材の連携体制の構築,主治医や外部支援機関連携等が必要事項である点などは共通である.

事業所における治療と仕事の両立のために利用できる制度の整備状況については,事業所規模や業種による格差があることは示されている.須賀ら16は経営者を対象に全国規模の抽出調査を行い,相談体制や利用可能な制度の整備状況は十分ではないこと,特に事業所規模が小さいほど不十分であることを示した.また,労働政策研究・研修機構2による調査では,各種の勤務時間制度の整備状況には事業所規模や業種による相違が示された.ただし業種間の相違については事業所規模が調整されていないので,業種による差とは言い切れない.

石川産業保健総合支援センターは全国的な動きに合わせて,事業所や産業医に対してメンタルヘルス不調者および身体疾患を有する労働者に対する治療と仕事の両立支援に関する啓発活動を行っているところである.今後の啓発活動をより効果的に行うために,(1)事業所における両立支援環境の整備状況や支援の実施状況,(2)支援環境整備に関連する事業所側の特徴(規模や業種)を明らかにすることを目的に,産業医選任義務のある従業員数50人以上の事業所を対象に質問紙を用いた悉皆調査を行った.

II. 方法

1. 対象と調査内容

石川県内の従業員数50人以上の全民間事業所1,491社を対象に匿名質問紙調査を実施した.実施時期は2016年8月から9月である.調査票の発送および回収は郵送法で行った.回答者の属性は特に指定しなかった.「病気の治療を継続しながら仕事する従業員のために作業環境や作業内容を変更するなどの配慮をした」ことを「治療と仕事の両立支援」と定義し,対象疾患にはうつ病等の精神疾患やがん,脳卒中などの身体疾患を含めた.

調査内容は次のとおりである.(1)業種,常時雇用している従業員数,(2)産業保健スタッフ(産業医,保健師,看護師,カウンセラー,その他)の選任状況,(3)病気を有する従業員が治療と職業生活を両立するうえで利用可能な制度の有無と,有る場合はその内容(リハビリ出勤制度,短時間勤務,時間単位の有給制度,フレックスタイム制,在宅勤務,療養休暇制度,その他),(4)病気のために長期(およそ2週間以上)に休んだ従業員の復帰面談の実施状況(たいてい実施,時々実施,していない),(5)過去3年間に「病気の治療を継続しながら仕事をする従業員のために作業環境,作業内容などを変更するなどの配慮をした経験(以下,治療と仕事の両立支援)」の有無と,有る場合は対象となった疾患の種類(うつ病,うつ病以外の精神疾患,身体疾患,がん,脳卒中,心疾患,糖尿病,腎疾患,肝疾患,胃腸疾患,筋骨格系疾患,目や耳の病気,その他から複数選択),(6)過去3年間に治療と仕事の両立が難しいことを理由に退職した従業員の有無である.

調査票は688事業所から返信があった(回収率:46.1%).このうち,事業所規模に関する質問および過去3年間の両立支援経験に関する質問に回答があったもの624件(41.9%)を有効回答として解析に用いた.

2. 解析方法

事業所規模間および業種間で両立支援に関連する体制や制度の整備状況を比較した.事業所規模は従業員数によって50–99人規模,100–299人規模,300人以上規模の3群に分けた.また業種は製造業,建設業,運輸・交通業,卸売・小売業,医療・福祉業,その他の6群とした.比較した項目は,産業医,保健師・看護師の選任状況,疾病および障害を有する従業員が治療と職業生活を両立するうえで利用可能な制度,復職面談実施状況である.また,過去3年間における両立支援の経験の有無と対象となった疾患群,仕事と治療の両立困難による退職者の有無についても比較した.支援対象疾患はメンタルヘルス不調(うつ病,その他の精神疾患)のみを経験した群(以下「メンタルヘルス不調のみ」),メンタルヘルス不調者と身体疾患の両方を経験した群(以下「メンタルヘルス不調および身体疾患」),身体疾患のみを経験した群(以下「身体疾患のみ」)の3群に区分した.割合の比較はχ2検定またはFisher直接確立法で行った.3群以上の比較で有意差が認められた場合は調整済み残渣分析を行った.次いで,利用可能な制度の有無,産業医面談の有無,過去3年間における支援経験の有無および退職者の有無を従属変数として,事業所規模,業種との関連について多重ロジスティック回帰分析を行った.

有意水準は5%未満とした.解析にはIBM SPSS v.24を用いた.

3. 倫理的配慮

調査は人を対象とする医学研究倫理指針に則り,独立行政法人労働者健康安全機構,産業保健調査研究倫理審査委員会の承認を得て行った.質問紙調査はすべて無記名で実施し,回答をもって調査への同意を得たと判断した.

III. 結果

解析対象となった事業所の業種は製造業が198事業所と最も多く,次いで医療・福祉業が121事業所と多かった.アンケートの回答者の属性は人事担当者が最も多かった.過去3年間に従業員に対して治療と仕事の両立支援の経験があると回答したのは409事業所(65.5%),経験がなかったと回答したのは215事業所であった.支援した疾患はうつ病が270事業所と最も多く,続いて筋骨格系疾患113事業所,がん,うつ病以外の心の病気106事業所と続いた(表1).

表1. 事業所の属性,治療と仕事の両立支援環境,支援経験
項目事業所数(%)
全体624(100.0)
事業所の規模
 50–99人296(47.4)
 100–299人251(40.2)
 300人以上77(12.3)
業種
 製造業198(31.7)
 建設業22(3.5)
 運輸・交通業44(7.1)
 卸売・小売業77(12.3)
 医療・福祉業121(19.4)
 その他162(26.0)
回答者属性
 経営者・事業所長44(7.1)
 管理職15(2.4)
 人事担当者340(54.5)
 衛生管理者150(24.0)
 産業保健スタッフ14(2.2)
 その他61(9.8)
両立支援経験(過去3年間における)
 なし215(34.5)
 あり409(65.5)
  疾病の種類(複数回答)
   うつ病270(34.5)
   うつ病以外の精神疾患104(16.7)
   神経疾患17(2.7)
   がん106(17.0)
   脳卒中18(2.9)
   心疾患49(7.9)
   糖尿病44(7.1)
   腎疾患36(5.8)
   肝疾患9(1.4)
   胃腸疾患17(2.7)
   筋骨格系疾患113(18.1)
   眼,耳の疾患21(3.4)
   その他22(3.5)

事業所規模間で「病気を有する従業員が治療と職業生活を両立するうえで利用可能な制度」や支援状況および離職状況を比較した(表2).産業医の選任率は規模による差がなかったが,産業看護職(保健師,看護師)の選任率は事業所規模が大きいほど高かった.治療中の従業員が利用できる制度があったのは66%で,項目別には「短時間勤務制度」の40.1%が最高で,次いで「療養休暇制度」の32.2%であり,他の項目は3割未満であった.事業所規模が大きいほど制度の整備率は高く,特に「リハビリ出勤制度」,「短時間勤務制度」,「療養休暇制度」で規模による格差が認められた.また,病気のために2週間以上休んだ者に対する復職面談を「たいていしている」とした事業所の割合は全体が67.5%で規模による差はなかった.しかし,復職面談を「たいていしている」に該当し,かつ産業医が復職面談を実施している割合は全体で22%と低く,特に50–99人規模で低かった.50–99人規模事業所の41.9%は両立支援経験がなかった.また,事業所規模が大きいほどメンタルヘルス不調と身体疾患の双方の支援経験を有する割合が高かった.過去3年間に「治療と仕事の両立が難しいことを理由に退職」した従業員があったのは全体で36.7%であり,事業所規模が大きいほうが高率であった.

表2. 事業所規模別,治療と仕事の両立支援環境,支援経験
全体規模p
50–99人100–299人300人以上
全体624(100.0)296(100.0)251(100.0)77(100.0)
産業保健スタッフ選任
 産業医553(88.6)264(89.2)219(87.3)70(90.9)ns
 産業看護職95(15.2)33(11.1)*39(15.5)23(29.9)*<.001
治療中の従業員が利用できる制度
 なし189(30.3)103(34.8)71(28.3)15(19.5).015
 わからない23(3.7)14(4.7)7(2.8)2(2.6)
 あり412(66.0)179(60.5)*173(68.9)60(77.9)*
  リハビリ出勤67(10.7)25(8.4)21(8.4)21(27.3)*<.001
  短時間勤務250(40.1)101(34.1)*105(41.8)44(57.1)*.001
  時間単位有給177(28.4)78(26.4)72(28.7)27(35.1)ns
  時差出勤79(12.7)29(9.8)36(14.3)14(18.2)ns
  フレックスタイム57(9.1)23(7.8)24(9.6)10(13.0)ns
  在宅勤務15(2.4)5(1.7)7(2.8)3(3.9)ns
  療養休暇201(32.2)81(27.4)*88(35.1)32(41.6).027
復職面談
 していない・時々する201(32.2)99(33.4)78(31.1)24(31.2)ns
 ほとんどする421(67.5)196(66.2)172(68.5)53(68.8)
  産業医面談あり137(22.0)43(14.5)*65(25.9)29(37.7)*<.001
  産業看護職面談あり30(4.8)12(4.1)10(4.0)8(10.4).054
治療と仕事の両立支援経験a)
 なし215(34.5)124(41.9)*77(30.7)14(18.2)*<.001
 メンタルヘルス不調b)のみ142(22.8)61(20.6)56(22.3)25(32.5)
 メンタルヘルス不調と身体疾患166(26.6)56(18.9)*79(31.5)*31(40.3)*
 身体疾患のみ101(16.2)55(18.6)39(15.5)7(9.1)
治療と仕事の両立困難による退職者a)
 いなかった341(54.6)185(62.5)132(52.6)24(31.2)<.001
 わからない51(8.2)17(5.7)29(11.6)8(10.4)
 いた229(36.7)94(31.8)*90(35.9)45(58.4)*
a)  :過去3年間の経験

b)  :「うつ病」または「うつ病以外の精神疾患」

pχ2検定,*:調整済み残渣>2.0, ns: p ≥ .10

疾病を有する従業員が利用できる制度や両立支援経験および退職者の経験の有無について業種間で比較した(表3).「利用できる制度がある」の割合は医療・福祉業が他に比べて高かった.項目別には,医療・福祉業は「短時間勤務制度」,「時間単位の有給休暇制度」を有している事業所の割合が他に比べて高かった.一方,運輸・交通業は「短時間勤務制度」を有する割合が低く,また製造業は「時間単位の有給休暇制度」を有する割合が低かった.しかし,「復職面談をたいていしている」に該当した事業所の割合は運輸・交通業が他に比べて高く,産業医面談を実施は建設業で高く,医療・福祉業は低かった.治療と仕事の両立支援経験についても業種間で差があり,卸売・小売業は他に比べて低く,医療・福祉業は高かった.しかし,退職者がいた事業所の割合は医療・福祉業が最も高率であった.

表3. 過去3年間の治療と仕事の両立支援経験の有無および対象疾患の種類別,治療中の従業員が利用できる制度
製造業建設業運輸・
交通業
卸売・
小売業
医療・
福祉業
その他p
全体198(100.0)22(100.0)44(100.0)77(100.0)121(100.0)162(100.0)
産業保健スタッフ選任
 産業医175(88.4)22(100.0)39(88.6)65(84.4)105(86.8)147(90.7)ns
 産業看護職16(8.1)4(18.2)2(4.5)*9(11.7)35(28.9)*35(21.6)<.001
治療中の従業員が利用できる制度
 なし75(37.9)8(36.4)11(25.0)23(29.9)28(23.1)44(27.2).002
 わからない8(4.0)0(0.0)5(11.4)3(3.9)0(0.0)6(3.7)
 あり115(58.1)*14(63.6)27(61.4)51(66.2)93(76.9)*112(69.1)
 リハビリ出勤22(11.1)2(9.1)1(2.3)13(16.9)18(14.9)11(6.8).047
 短時間勤務64(32.3)*12(54.5)9(20.5)*37(48.1)60(49.6)*68(42.0).001
 時間単位有給29(14.6)*7(31.8)7(15.9)18(23.4)62(51.2)*54(33.3)<.001
 時差出勤25(12.6)3(13.6)8(18.2)15(19.5)10(8.3)18(11.1)ns
 フレックスタイム19(9.6)0(0.0)2(4.5)10(13.0)3(2.5)23(14.2).006
 在宅勤務5(2.5)2(9.1)1(2.3)3(3.9)0(0.0)4(2.5)ns
 療養休暇57(28.8)9(40.9)9(20.5)26(33.8)36(29.8)64(39.5)ns
復職面談
 していない・時々する77(38.9)6(27.3)6(13.6)22(28.6)41(33.9)11(6.8).033
 ほとんどする121(61.1)16(72.7)38(86.4)*55(71.4)79(65.3)79(48.8)ns
  産業医面談あり36(18.2)11(50.0)12(27.3)17(22.1)16(13.2)45(27.8).002
治療と仕事の両立支援経験a)
 なし64(32.3)4(18.2)16(36.4)36(46.8)*32(26.4)*60(37.0).001
 メンタルヘルス不調b)のみ54(27.3)7(31.8)4(9.1)*16(20.8)22(18.2)39(24.1)
 メンタルヘルス不調と身体疾患54(27.3)8(36.4)12(27.3)10(13.0)*47(38.8)*35(21.6)
 身体疾患のみ26(13.1)3(13.6)12(27.3)*12(15.6)20(16.5)28(17.3)
治療と仕事の両立困難による退職者a)
 いなかった109(55.1)14(63.6)27(61.4)46(59.7)46(38.0)*99(61.1).035
 わからない13(6.6)3(13.6)4(9.1)8(10.4)13(10.7)13(8.0)
 いた76(38.4)5(22.7)13(29.5)23(29.9)62(51.2)*50(30.9)
a)  :過去3年間の経験

b)  :「うつ病」または「うつ病以外の精神疾患」

pχ2検定,*:調整済み残渣>2.0, ns: p≥ .10

次に,各種制度の整備状況や両立支援経験の業種による特徴を明らかにするために,事業所規模を調整し業種間比較を行った(多重ロジスティック回帰分析)(表4).疾病を有する従業員が「利用できる制度あり」は製造業に対して医療・福祉業が高率でオッズ比は2.34(95%信頼区間1.40–3.92)であった.産業医面談については,建設業が製造業に比べて高率に実施しておりオッズ比5.44(2.13–18.86)であった.運輸・交通業も高い傾向がみられた.両立支援経験については卸売・小売業が製造業に比べて実施率が低くオッズ比は0.47(0.27–0.81)であった.「両立困難による退職者あり」は,医療・福祉業は製造業に比べて高率でオッズ比は1.69(1.06–2.69)であった.

表4. 治療と仕事の両立支援環境,両立支援経験,退職者の経験と事業所規模および業種の関連
利用可能制度あり復職時産業医面談あり両立支援経験あり退職者あり
OR(95%信頼区間)OR(95%信頼区間)OR(95%信頼区間)OR(95%信頼区間)
事業所規模
 50–991111
 100–2991.49(1.04 , 2.15)*2.09(1.34 , 3.07)*1.67(1.16 , 2.40)*1.24(0.89 , 1.79)
 300人以上2.39(1.30 , 4.38)*4.06(2.26 , 6.31)*3.37(1.79 , 6.34)*3.02(1.78 , 5.11)*
業種
 製造業1111
 建設業1.30(0.52 , 3.27)5.44(2.13 , 13.86)2.37(0.76 , 7.35)0.51(0.18 , 1.46)
 運輸・交通業1.28(0.65 , 2.55)2.06(0.95 , 4.48)0.94(0.47 , 1.88)0.75(0.36 , 1.53)
 卸売・小売業1.41(0.81 , 2.46)1.36(0.70 , 2.64)0.47(0.27 , 0.81)0.69(0.39 , 1.29)
 医療・福祉業2.34(1.40 , 3.92)*0.68(0.36 , 1.31)1.34(0.81 , 2.23)1.69(1.06 , 2.69)*
 その他1.58(1.01 , 2.47)*1.67(1.01 , 2.79)*0.77(0.49 , 1.20)0.69(0.44 , 1.08)

OR;オッズ比,多重ロジスティック回帰分析(強制投入)

*; p<.05

IV. 考察

石川県内の従業員数が50人以上の事業所を対象に,疾病を有する従業員が利用できる制度の整備状況,両立支援の経験,治療と仕事の両立困難による退職者の有無について,事業所規模や業種による相違を検討した.全体の3/4はうつ病等のメンタルへルス不調者の支援経験があり,残りの1/4は身体疾患を有する従業員を支援した経験のみを有していた.また,1/3の事業所は過去3年間に治療と仕事の両立が困難となり退職した従業員がいたと回答した.

治療と仕事の両立支援の経験は医療・福祉業で高く,卸売・小売業で低かった.また,事業所規模が小さいほど支援経験がない割合が高かった.実際に支援対象がなかったのか,支援につながらないままに退職になったのかは不明である.過去3年間に退職者があった事業所の割合は医療・福祉業で高かった.土屋ら17は全国の事業所を対象に,メンタルヘルス不調者の退職・再発等と企業の制度との関連を横断的に分析したところ,就労継続支援対策をとっている事業所ほど退職・再発が多かったと報告している.こうした予想に反する結果の要因にはいくつか考えられる.支援経験がある事業所ほど退職の要因を適正に把握できている可能性,支援が必要な疾患を有する従業員が多いために支援対策を整えている可能性,または効果的な支援体制ではない可能性などである.

両立支援に関する各種ガイドラインには,疾病を有する労働者が病状や治療状況に合わせて調整できる勤務時間制度,休暇等に関する制度の整備が必要とされている.全体の2/3でこうした制度が有るとの回答があったが,事業所規模が小さいほど低率であった.一般に事業所規模が小さいほど産業保健の仕組みは低調であるが11,疾病を有する従業員が利用できる制度の整備状況も同様であった.また,制度の中でも病状や治療状況に合わせて調整できる勤務時間制度,すなわち時間単位の有給取得や時差出勤などが整備されている割合は低かった.特に,製造業や運輸・交通業などの現業系では低かった.工程管理や運行管理が厳格で裁量権の少ない業種であることが,こうした制度を設けにくくしている可能性がある.

復職面談は長期の療養休暇を取った従業員に対する就労支援のスタートラインとなる場合が多い.今回の調査では,2/3の事業所は復職面談を実施していたが,復職面談に産業医を活用している事業所の割合は低かった.ただし,建設業と運輸・交通業は他業種に比べて産業医による復職面談の実施率が高かった.これらの業種は,労働災害防止を特に視野に入れての対応と推察された.労働安全衛生調査や労働政策・研究支援機構の全国調査,およびがんの就労支援に関する調査において,事業所が疾病を有する社員に対して両立支援を行う上で感じる困難として「他の従業員との調整」,「いつまで配慮すればよいかわからないこと」が挙げられている2,11,18,19.同じ疾患であっても治療内容や経過が異なり,事例性の差は大きい.こうした事業所の抱える両立支援に関する困難の軽減に,対象者と事業場の両方の状況を把握できる産業医や産業看護職が貢献できるはずである.古屋ら20は産業医や産業医教育に当たる教員を対象にした調査で,産業医の関わりによる仕事と治療の両立に関する好事例を報告している.同様に産業医による継続的なフォローアップがメンタルヘルス不調者の就労継続率を上げたとの報告もある21.﨑山ら22は,産業保健師と中小企業経営者を対象にインタビュー調査を行い,経営者に十分情報が届いていないことと,産業保健師が関わることで状況が改善することを報告している.また,現在養成されている就労支援コーディネータ23も,事業所と医療機関を繋ぐ役割として期待できる.

本研究にはいくつか限界がある.まず,本研究対象は一つの県の実態を反映したもので,地域によって状況が異なる可能性がある.また,回収率が約5割と低く,業種の分布では医療・福祉業が製造業に次いで多かったことから,比較的支援体制が整っている,あるいは両立支援に対する関心が高い事業所からの回答に偏った可能性がある.また,診断を受けて病気休暇を申請する以前に退職する者も少なくないことが報告されていることから,両立困難による退職者の存在を過小評価している可能性がある.さらに,治療と仕事の両立支援に必要な項目のうち相談窓口の設置,個人情報の保護,連携体制の整備,両立支援のルール策定などについては調査していない.また,多くの労働者が雇用されている従業員数が50人未満の小規模事業所の状況の把握や支援は今後の課題である.

以上のように,本調査では約7割の事業所が治療と仕事の両立支援の経験を有していた.また,同じく7割の事業所が治療と仕事の両立に必要な制度を有していた.しかし,制度の中でも病状や治療状況に合わせて調整できる勤務時間制度が整備されている割合は低かった.復職面談における産業医の活用率も低かった.また,制度の整備状況には事業所規模や業種による差が認められた.今後の啓発活動においては,事業所の特性を捉えた上で両立支援に有効な制度や仕組み,産業医等の専門職が果たしうる役割など,具体的な提言を行っていく必要がある.

謝辞

本研究は独立行政法人労働者健康安全機構,産業保健調査研究(平成28年度)の研究助成を受けて実施した.また,調査協力事業所に感謝する.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

文献
 
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