SANGYO EISEIGAKU ZASSHI
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Field Study
Qualitative analysis of provided information and advice from occupational physicians to attending clinical physicians in supporting an employee’s work–treatment balance
Rina Minohara Yuichi KobayashiYuko FuruyaChihiro KinugawaHaruna HirosatoSeichiro TateishiSeiji WatanabeKoji Mori
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2021 Volume 63 Issue 1 Pages 6-20

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抄録

目的:我が国では少子高齢化が進んでおり,疾病治療,介護,育児等と仕事の両立において労働者を支援することは産業保健上の重要な課題である.また,多くの患者(労働者)は,精神的,制度的,経済的なサポートを受けながら就労を継続することを望んでいる.疾病治療と仕事の両立支援に関しては,2016年に厚生労働省からガイドラインが示されており,2018年には,主治医が患者に対して就労を継続するための指導を行った場合の「療養・就労両立支援指導料」が新設された.その算定要件として,産業医に対して両立支援に必要な情報を提供した上で,当該産業医から「助言」を得て,その助言を治療計画に反映させることが定められている.産業医が事業者に就業上の意見をする上で主治医の診療情報を求め意見を仰ぐことは一般的に行われているが,主治医が診療計画に活かせる産業医からの情報提供や助言のあり方は確立されていない.そのため,産業医による情報提供や主治医への助言の実態調査を行って明らかにすること,今後の在り方について検討することを目的に,対応事例の記録文書を収集し,分析を行った.対象と方法:日本産業衛生学会産業医部会等の約1,500名の医師に対して,両立支援の目的で産業医として主治医に宛てて作成した文書の写しの提供を依頼した.収集した文書に記載されていた文章のうち,表題,挨拶,謝辞等の手紙としての構造部分を除き,文意を損なわない文脈単位にて切片を作成した.作成された切片はBerelson, B.の内容分析に基づいて質的帰納的に分析した.結果:42名からの103事例,178文書が分析の対象となった.治療・就労・生活環境等に関わる記述,産業医の見解・提案等,情報提供と解釈できる記述を抽出したところ,596切片が得られた.596切片を質的帰納的に分類したところ,産業医が主治医宛てに作成した文書に記載していた内容は,「情報提供」,「産業医の意見」,「情報の取り扱いに関する記述」の3つのコアカテゴリ,5つ(①~⑤)のカテゴリ,18(A~R)のサブカテゴリに分類された.主治医が患者本人から適切に聴取することが比較的困難であると思われる,職場環境・業務内容の詳細や,職場での言動に関する客観的な評価など,職場や仕事を理解するために主治医にとって有益であろうと考えられた良好事例(文面)をサブカテゴリごとにいくつか抽出し,例示した.考察と結論:実際の事例において産業医が主治医宛てに作成した手紙の文章から,産業医が行っている情報提供の実態を分析し,文書に記載されていた情報を分類し,そのカテゴリ表を作成した.カテゴリ表にリストアップされた全ての情報が手紙に記載されている必要はなく,各事例の状況に応じて必要かつ十分な情報が記載されていることが重要である.

Abstract

Objectives: In Japan, the population is aging and there is a declining birth rate. It is an important occupational health issue to support the balance between illness treatment (including nursing care, childcare, etc.) and work. Many patients require mental and financial support to help them with their work–treatment balance. In 2016, the Ministry of Health, Labor and Welfare provided guidelines for supporting employee’s work–treatment balance, and in 2018, “Consulting Fee” was approved as an insured medical treatment when clinic doctors supported their patients for continuing to work. The request for the consulting fee requires that the clinician and the occupational physician exchange information on the support necessary for the patient to continue working. Generally, occupational physicians obtain medical information from clinicians to give advice on a worker’s employment considerations. However, we do not know what kind of workplace information clinicians hope to know when treating their patients. Therefore, we conducted this survey to clarify how occupational physicians could provide useful information to clinicians. Methods: We asked approximately 1,500 occupational physicians from the Occupational Health Subcommittee of the Japan Society for Occupational Health to provide us with a letter sent to their clinician to assist workers. From the collected letters, the structural parts of the letters (titles, greetings, acknowledgments, etc.) were removed. We defined a section as a contextual unit that does not impair the meaning. The prepared sections underwent qualitative inductive analysis using the content analysis method of “Berelson, B.” Results: A total of 103 cases and 178 documents from 42 people were included in the analysis. Extracting descriptions that could be interpreted as providing information, including descriptions related to treatment, employment, and living environment, and opinions and suggestions from occupational physicians resulted in 596 sections. As a result of the qualitative and inductive classification, the information was classified into three large categories that consisted of information provision, opinions of occupational physicians, and information handling, five middle and eighteen small classifications. In addition, some good practices that were considered significant to clinicians were illustrated. Conclusions: We analyzed and categorized the information present in the letters sent by occupational physicians to clinicians. The letter does not need to contain all the information in the category table. However, it is important that it should have the necessary and sufficient information considering the case in question. We believe that this category table will aid occupational physicians in writing letters to clinicians.

I.はじめに

我が国では少子高齢化が急速に進行しており,今後,日本の経済および社会保障制度を維持していくためには,多くの働き手を確保することが重要であり,その対策の一つとして,日本政府は一億総活躍社会をスローガンに掲げ,女性,高齢者,障害者,疾病のある者等も含む,就労拡大を目指している.

高齢者の就労拡大は労働力の高齢化を引き起こし,高齢化は,疾病を有して働く労働者の増加を伴う.また,医学技術の向上により,悪性腫瘍をはじめとした多くの疾病は治療をしながら就労を継続することが可能になってきており,疾病の治療を受けながらも働き続けたい意欲を持つ就労世代に対して治療と仕事の両立を支援することが重要な課題となっている.2017年3月に日本政府が発表した働き方改革実行計画には,治療と仕事の両立支援(以下,両立支援)が項目として盛り込まれ,そのための各種施策が実行されている.その一つが,2016年2月に厚生労働省が発表した「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン1」(以下,ガイドライン)である.

ガイドラインでは,事業場において適切な就労支援を実行するために,主治医からの助言を得る際には,事業場から主治医へ情報提供を行うことが推奨されており,そのための様式例が掲載されている.このような,事業場からの情報提供は,産業医が選任されている事業場においては,多くの場合,産業医が主治医との情報交換の窓口になっていると考えられる.主治医からの就労の場への助言を促進するために,2018年度の診療報酬改定において,主治医が患者に就労支援の指導を行った場合の「療養・就労両立支援指導料」が新設された.この算定要件として,産業医に対して両立支援に必要な情報を提供した上で,当該産業医から「助言」を得て,その助言を治療計画に反映させることが定められている.産業医の特徴は職場の実情と当該労働者の業務内容を把握できることであるため,当該労働者の業務に関する情報を踏まえた「助言」を産業医が主治医に返していくことが求められていると言える.

本来,主治医と産業医の間で情報を交換して,双方がそれらを治療および就業上の配慮において有効に活用すべきである.多くの産業医は疾病治療中の労働者の就業上の配慮を検討する際に主治医からの診療情報提供書(診断書や意見書を含む)を判断の根拠としている.一方で,これまでに産業医から主治医への情報提供の実態やあり方の検討は十分になされておらず,主治医が診療に活かせる「助言」や,職場の状況及び就業上の配慮に関する情報の提供に関して,産業医が実務において作成した文書を対象として具体的に内容を分析した研究報告は見当たらない.産業医による,情報提供や主治医への助言の実態を明らかにし,今後の在り方について検討することを目的に,両立支援が行われた事例の記録文書を収集し,質的な分析を行った.

II.方法

1. 文書の収集

2018年7月時点での日本産業衛生学会産業医部会の会員1,446名に対して郵送で,また産業医科大学の産業医学卒後修練課程修了者の一部で構成される産業保健経営研究会の名簿登録者179名に対して電子メールを用いて,協力依頼を行った.両グループの間には,重複が存在する.具体的な依頼内容は,疾病治療中の労働者の両立支援を目的に産業医として対応し,主治医と連携を図った際の,主治医宛ての文書(写し)の提供とした.精密検査の依頼や治療導入を目的とした所謂「紹介状」は収集の対象とせず,提供を受けた場合は,両立支援の要素を全く含まない事例に関しては分析対象外として除外することとした.

本研究の主たる目的は,産業医が主治医宛てに作成した文書に含まれる情報提供および助言内容の実態を明らかにすることであったが,記載内容の文脈をより正確に把握するために,産業医と主治医との間で交わされた一連の文書の提供を求めた.また,より多くの事例を収集するために,「療養・就労両立支援指導料」の対象である悪性腫瘍の事例に限定はせず,その他の身体疾患やメンタルヘルス不調を含むすべての疾病を対象とした.労働者個人や企業を同定できないようにするため,企業名,労働者名,病院名,担当医名,産業医名などの固有名詞は,文書の提供者によって事前に塗り潰された状態で提供を受ける方法を取った.文書収集の期間は,2018年9月から10月とした.

2. 分析対象文書

ガイドラインは,産業医の関与がなくとも労使主体で両立支援を進められるように作成されているため,事業場と主治医の間の情報交換は,事業者から主治医へ作成する「勤務情報提供書」,治療の状況や就業継続の可否等に関する主治医の意見を得る「主治医意見書」,実際の支援や配慮の内容について事業者が作成する「両立支援プラン/職場復帰支援プラン」で構成されており,“産業医から主治医への返書”に関してはガイドラインでは触れられていない.今回の研究では,産業医の関与した事例を調査対象としたため,収集できる文書は,「依頼書:勤務情報提供書の位置づけや主治医への情報提供依頼の目的で,産業医が作成したもの」,「意見書:主治医が作成した,就労に関する意見書」,「返書:産業医が主治医に対して作成した返書」で構成されていることを想定したが,依頼書,意見書,返書の3点が揃った事例を十分には収集できない可能性があると予想された.そこで,本研究の目的に合わせて,依頼書および返書のいずれかが存在した事例を有効事例として位置づけた.その上で,有効事例における依頼書および返書を分析の対象とした.文書の表題は,「紹介状」や「診療情報提供書」など事例提供者の任意で作成されており,依頼書であるか返書であるかを文書の表題のみで判断することは困難であると考えられた.また,実際に提供された文書を見てみると,主治医により発行された文書に対する返書として産業医が作成した文書であっても,追加の情報提供がなされている事例が多くあり,また,特に主治医とのやり取りが複数回にわたっている事例においては,依頼書と返書の両方の要素を持っている文書が多くあった.そのため,依頼書であるか返書であるかの分類は,事例の全体像や,文書全体の文脈から,どちらの要素が強いかにより総合的に判断した.

3. 分析方法

文脈切片の作成とカテゴリの構築は,4名の研究者で実施した.4名のうち,1名は日本産業衛生学会の産業衛生専攻医資格,3名は産業衛生専門医資格及び労働衛生コンサルタント資格を有し,医師歴は6年~10年(平均値9年,中央値10年),産業医歴は3年~8年(平均値6.25年,中央値7年)であった.

文書に記載されている情報内容を抽出するにあたって,はじめに,分析対象事例の依頼書および返書について,文意を損なわない文脈単位にて切片を作成した2.文脈単位の作成は,「産業医が主治医に情報を提供している」と解釈される,治療,就労,生活環境等に関わる記述を広く含めることとし,文書の表題や挨拶文,謝辞といった手紙としての構造部分と,依頼(主治医に対する,情報提供の依頼)の文脈は除外した.治療に関する依頼については,治療方針に関する産業医からの提案や意見とも解釈されるため,情報として切片を作成した.一文や一続きの文脈の中で,質の異なる複数の情報が記載されていることがあったため,その場合は,同じ文面での切片を複数作成し,どの部分に着目した切片であるか判るようそれぞれに印をつけ,その意図が分かるようラベル名を付けた.文脈単位の作成は文脈ごとに2名の研究者で行うこととし,RMが全数,他2名(YF, CK)が約半数ずつを担当した.2名がそれぞれ別に作業を行い,意見が一致しなかった切片についてはもう1名による見解を加え,最終的な判断とした.作成した文脈単位の切片には,事例番号,文書番号,依頼書であるか返書であるかを判断できる印を付記しておいた.しかし,「2.分析対象文書」で述べた通り,そもそも依頼書及び返書の両方の要素を持っている文書が多くあり,また,作成された切片に記載されている情報に関しても,「主治医の意見を受けてどのような対応をしているかの報告(これが記載されている文書は返書であると判断される)」という情報を除けば,情報の質や量は,依頼書であるか返書であるかにはさほど依存していないと考察された.そのため,カテゴリの構築は,依頼書および返書を区別せずに全ての切片を用いて行った.

文脈単位の作成後,RMが全598文脈単位をBerelson, B.の内容分析に基づき質的帰納的に分析した2.意味内容の類似性に基づいてカテゴリを導き出し,その上で,カテゴリの信頼性を確認するために,3名の研究者(YF, CK, HH)と共に,改めて分類作業を実施した.RMのカテゴリ分類と異なる分類が生じた際には,カテゴリの再構築,定義の修正や明確化を行い,最終的に4名の見解が一致するまでカテゴリ信頼性を確認する手続きを繰り返した.また,文脈単位の分類及び情報のカテゴリ作成が完了した後,元の文書ごとに組み直し,各文書において,各カテゴリの情報が実際にどの程度記載されていたのか状況を検証した.

4. 倫理的配慮

対象者には,研究目的,方法,倫理的配慮(入手する情報は,労働者個人や企業の同定ができないようにするため,固有名詞を塗り潰したうえで文書の提供を受ける等)を文書にて説明し,同意書への署名によって研究参加意思を確認した.なお,本研究は産業医科大学倫理審査委員会の承認(2018年8月16日)を得て実施した.

III.結果

1. 分析対象とした文書の概況

44名から,115事例の情報提供があり,分析対象となる文書がなかった11事例と,精密検査の依頼・紹介が目的であった1事例を除き,42名からの103事例を分析対象とした.103事例のうち,依頼書・意見書・返書が揃っているものが20事例,依頼書・意見書が31事例,依頼書・返書が9事例,意見書・返書が16事例,依頼書のみが15事例,返書のみが12事例であった.事例の中には,主治医への文書作成が複数回に渡るものも含まれており,乱筆及び印刷のかすれによる判読不能等の2文書を除き,産業医による依頼書120文書および返書58文書,合計178文書が分析の対象となった.主治医の作成した書類147文書は,事例全体像の把握のための参考に留め,分析の対象とはしなかった.

事例全体の概要としては,悪性腫瘍の事例が12事例あり,脳血管疾患や脊髄損傷といった比較的固定された障害が残存する事例が9事例,疾病コントロールに難渋している生活習慣病が6事例あった.その他,疾病治療の継続が困難になることは少ないと思われるが就労継続のための支援が必要な疾患として,メンタルヘルス疾患が45事例,整形外科疾患が15事例,視力低下を伴う眼科疾患が5事例あった.その他の13事例は,両立支援上の明らかな課題は発生しておらず,疾病コントロールもしくは業務パフォーマンスの向上を目的として情報交換がなされている,喘息やバセドウ病等の内科疾患の事例や,「目眩」や「頭痛」等の不定愁訴が主訴であり明確な診断はなされていない事例という構成だった.なお,2事例は,メンタルヘルス疾患と生活習慣病のコントロールが不良である等,複数の疾患が同等に課題となっていたため,総計は前述の分析対象事例数より2事例多い105事例となっている.

分析対象の依頼書120文書のうち,情報提供が行われていた文書は116文書で,他4文書は,情報提供に該当する記述がない,主治医に対する情報提供依頼のみの文面となっていた.また,返書58文書のうち,情報提供が行われていたものは53文書で,他5文書は,追加の情報提供や助言の記載はない,謝辞のみの簡易な返書となっていた.

2. 情報提供者の属性

事例提供者42名の産業医経験年数は最短1.5年から最長30年であり,平均値13.13年,中央値11年であった.そのうち,日本産業衛生学会の産業衛生指導医資格取得者が18名,同専門医資格取得者が8名であった.

3. 分類されたカテゴリとその内容

178文書から,情報提供に該当すると判断された598文脈単位が抽出された.漏れなく抽出するために,「情報である」と解釈される記述を最大限抽出したところ,631文脈単位が作成されたが,分類の段階で全体を見直し,35文脈単位は除外して最終的に598文脈単位となった.除外した文脈は,産業医面談に至った経緯等で情報としての意義は低いと判断したものが22文脈単位,産業医の見解と解釈するには表現が曖昧であった主治医に対する依頼が13文脈単位だった.598文脈の切片は,18のサブカテゴリA~Rに分類された.さらに,サブカテゴリは,意味内容の類似性を考慮して5つのカテゴリ(①~⑤)に分類された.各カテゴリ及びサブカテゴリの詳細と,その記述がなされていた文脈単位数を表1に示した.何に重点を置くかによって分類の軸は複数考えられ,病状,仕事,私生活のどれに関する内容であるかという分類や,労働者本人,事業者,産業医といった情報ソースやその信憑性による分類などが検討された.また,例えば,当該文書を作成するに至った経緯においては,対応の経緯として形式上記載されているだけ(情報としての意義は乏しい)の場合と,事例性のあるエピソードや問題点として記述されている(情報提供と解釈される)場合が混在していた.分類カテゴリの組み直しと調整を繰り返し,最終的に研究者4名で意見に相違なく分類作業を終えた(表1).

表1. 産業医が主治医に提供した文書内に記載されていた情報の分類表
コア
カテゴリ
カテゴリサブカテゴリ文脈
単位数
うちうち
サブカテゴリ名称記号文脈単位内に記載されていた,記録単位の例依頼書返書
情報提供①当該労働者(患者)の健康状態に関する情報本人による評価・申告A自覚症状,治療歴,既往歴,家族歴 等1069115
職場からの評価・申告B人事部門や所属職場からの情報(観察事項),事例性,他覚所見 等503911
産業医による他覚所見C産業医による他覚所見,検査結果,産業医による病状診断・見解 等756510
その他による情報D親族等から得られた,本人の健康状態に関する情報321
プライベートの情報E家庭環境(家族の理解度や協力度等),私生活に関する状況862
②職場環境・就業に関する情報雇用・勤務に関する情報F雇用形態,就業時間,有給休暇 等(就業規則により規定されている内容)220
業務・作業内容に関する情報G業務内容,交替性勤務や危険有害作業の有無,高ストレスが懸念される状況・業務に関する情報 等51456
既に実施されている就業上の配慮に関する情報H現在既に実施している,就業上の配慮や就業制限 等
(主治医との情報交換の中で今回新たに決まった,これから実施する事項を除く)
1394
通勤に関する情報I通勤時間,通勤手段660
休職・復職等に関する制度J(就業規則に基づく)休職期間,リハビリ出勤・短時間勤務等の利用できる制度1697
③関係者の意向事業者(人事,所属職場を含む)の決定事項K復職の可否判断,決定済みの就業上の配慮内容,決定済みの就業制限 等542133
事業者(人事,所属職場を含む)の意向L就労支援に関する配慮の意向,配慮として検討している内容,配慮の限界,復職に際しての要望や条件 等291811
労働者本人の意向M治療に関する本人の意向,就労に関する本人の意向11110
意見④産業医の意見治療方針に関する産業医の意見N治療内容・方針に関する産業医の見解および意向(病状診断に関する見解は含まない⇒Cに該当)26197
就労に関する産業医の意見O就労に関する産業医の見解および意向,検討している就業上の配慮・就業制限の内容 等765818
情報の取り扱いに関する記述⑤情報の取り扱いに関する記述情報の入手目的P「情報の活用目的はあくまで本人の支援であり,職場で不当な扱いはしない」ことの明確化
両立支援(就業上の配慮の検討)を目的とした情報提供依頼である旨の記述
35323
産業医の立場の明確化Q事業者・労働者に対して独立した立場であることの明確化,本人を支援する意向,フォローの予定 等440
情報交換に関する本人の同意R産業医・主治医間の相互の情報提供に関して本人の同意が得られている旨,本人の署名33294
文脈単位数 計598466132

4. 各項目が文書に記載されていた状況

598文脈単位を5つのカテゴリ及び18のサブカテゴリに分類を終えた後,もとの178文書ごとに組み直し,各文書においてそれぞれの情報が実際にどの程度記載されていたのか,状況を検証した.カテゴリ①~⑤に関して,それぞれが依頼書及び返書に記載されていた割合は表2の通りであった.

表2. 依頼書および返書に各カテゴリが記載されていた割合
依頼書返書
「①当該労働者の健康状態に関する情報」が含まれていた文書73.3%31.0%
「②職場環境・就業に関する情報」が含まれていた文書43.3%24.1%
「③関係者の意向」が含まれていた文書29.2%62.1%
「④産業医の意見」が含まれていた文書46.7%34.5%
「⑤情報の取り扱いに関する記述」が含まれていた文書35.0%12.1%

5. 各情報カテゴリの詳細

以下に,各カテゴリ及びサブカテゴリごとに,カテゴリ及びサブカテゴリの定義,当該情報の特徴,抽出された文脈単位数等を記述し,サブカテゴリごとに具体例として良好事例(文面)をいくつか提示した.主治医が患者本人から適切に聴取することが比較的困難であると思われる,職場環境・業務内容の詳細や,職場での言動に関する客観的な評価など,職場や仕事を理解するために主治医にとって有益であろうと考えられた情報・文脈を良好事例と位置づけ,優先的に例示した.

1) カテゴリ①:当該労働者(患者)の健康状態に関する情報

「カテゴリ①:当該労働者(患者)の健康状態に関する情報」に分類された文脈単位は,242と最多で,全体の40.5%を占めていた.健康状態に関する情報は,本人が受診した際の問診・診察・検査によって主治医自身が直接入手することが可能であり,むしろ主治医の方が詳細を把握している場合が多い.その一方で,職場環境を把握している産業医であるからこそ見出せる内容や,日常の様子を近くで観察できる職場上司からの客観的な評価等,主治医では入手しにくい有益な情報もある.情報ソースによって,AからEのサブカテゴリ5つに分類された.

A:本人による評価・申告

健康状態に関する情報のうち,産業医が本人から聴取した自覚症状,治療歴,既往歴,家族歴等は,本人が説明できる内容であり,主治医であっても比較的入手しやすい情報であるという観点から,「サブカテゴリA:本人による評価・申告」に分類した.自己申告とは言え,情報を引き出せるかどうかは質問内容に大きく左右される.体調に関する自己申告を単純に代弁しているだけの記述ではなく,職場に理解のある産業医だからこそ引き出せた情報を要約して主治医に伝えることは有意義な情報提供になり得る.以下のような,業務内容との関連性が強い健康状態に関する情報に関しては,主治医よりも産業医の方が,本人から的確に情報を引き出しやすく,整理して主治医に伝える意義が大きいと考えられる.106文脈単位17.7%と最も多くを占めていた.

「今年に入ってから,仕事上のミスや大きな赤字等が重なり,不調が出現していたとのことです.〇月末の時点で特例として上司を付けたところ業務の負担が軽減し,産業医面談時には『ほぼ以前と同じ状態に戻った感じがする』とのことでした.」(適応障害の事例)

「本人との面談では,以下のような話がありました.『いま困っていることは,運転できないこと.徒歩と電車の組み合わせで,別ルートで通勤している.』,『体調面は,キーボード入力で左手側のキーが若干打ちにくい程度であり,特に困っていない.』,『仕事面でも,体調に配慮してもらっていて,特に困っていることはない.』」(脳血管疾患の事例)

B:職場からの評価・申告

健康状態に関する情報のうち,人事部門や所属職場の上司から得られた情報は,サブカテゴリ「B:職場からの評価・申告」に分類した.内容としては,職場での観察事項や,勤怠の状況,事例性を説明するためのエピソード等の記述があった.客観的な評価は主治医が本人から最も得にくい情報であり,必要があれば積極的に提供すべき情報である.50文脈8.4%が該当した.

「職場の思い:職場・上司としては,最近の体調の悪さなどを心配しており,働き方や通勤の安全性について不安を感じているとのことです.」(進行悪性腫瘍の事例)

「欠勤が多く,有給も付与されない状況で,診断書があれば適用できる特別休暇も〇月までの2か月間で全て使い果たしてしまいました.統合失調症の悪化もあるようで,出勤しても8時間の勤めの間にタバコを20本吸ってしまい,席に居つかない事も多々あります.」(糖尿病及び統合失調症の事例,糖尿病の主治医宛て)

C:産業医による他覚所見

健康状態に関する情報のうち,産業医による問診や診察結果,事業場における健康診断の結果,それら職場で得られる所見を踏まえた産業医による病状診断や見解等は,「サブカテゴリC:産業医による他覚所見」に分類した.客観的な所見の明記はそれだけでも有意義な情報であるが,さらに産業医の見解や評価が加えられていると,主治医に何を重点的に診てほしいのか,主治医にどのような情報を求めているのか,ということが捉えやすくなると感じられた.75文脈単位,12.5%が該当した.

「(中略)…職場から相談がありました.ご本人とも面談しましたが,視力障害にて日常生活・業務に支障が出ているのは間違いないようです.」(ベーチェット病の事例)

「復職後より,週に一度,社内医務室で血圧手帳を確認しております.〇月下旬頃から徐々に血圧が高くなり,〇+1月〇日には,最高で 192/134 mmHg(社内保健師測定)と,社内で通常勤務可能な血圧値として設定しております,180/110 mmHgを上回る数値が散見されています.」(慢性腎臓病の事例)

「10数年前の労災事故(ガス中毒)の後遺症により,記憶・記銘力低下が認められていることも一因として考えられます.服薬管理が徹底されるよう工夫は致しておりますが,今ひとつであり,その影響もあると拝察しております.」(高血圧症の事例)

D:その他による情報

健康状態に関する情報のうち,親族や友人等,職場の関係者以外から得られた情報は「サブカテゴリD:その他による情報」に分類した.産業医が親族とも面談をするようなケースは,アルコール依存症や精神疾患等,本人からの病状申告や本人への指導だけでは不充分または不適切になりうる一部の事例に限られると考えられる.3文脈単位,0.5%と多くはなかった.

「飲酒のコントロールに関しては,お母様もだいぶ困っているようです.」(アルコール依存症の事例)

「ご主人によると,自分の子が自閉症だとの思い込みは不変だが,『だから育てられない』から『頑張って育てる』に変わってきており,最近は育児も普通に行えている,とのことでした.」(発達障害の疑い及び産後うつの事例)

E:プライベートの情報

健康状態に関する情報のうち,生活状況,家庭環境,親族の理解度や支援体制などは,サブカテゴリ「E:プライベートの情報」に分類した.なお,記述内容の性質上は,多くが本人からの自己申告に該当すると考えられるが,カテゴリ①のうちサブカテゴリEに関しては,情報ソースには関係なく,上記のような意味内容であることを基準として分類を作成した.私生活の範疇にある問題点に医療機関や事業者が介入する場面は限られており,8文脈単位,1.3%と多くはなかった.内訳としては,生活習慣の是正が必要不可欠である生活習慣病や,キーパーソンの理解・協力が重要となる精神科疾患における情報提供が多くを占めていた.

「独居で,食事はすべて弁当などで済ませている.母親は介護付き施設に入居.」(うつ病の事例)

「体調不良で休むことに対して,以前からご両親が否定的な態度を取ることが多かったようで,自宅療養をしていても気が休まらないとの不安を訴えております.Aさんの特性について理解していない可能性もあると思われます.」(発達障害,抑うつ状態の事例)

「なお,〇月〇日にご両親を会社にお呼びして,業務内容や運転制限の状況についてご説明いたしました.また,本書類の内容についてもご説明し,理解が得られております.」(脳血管疾患の事例)

2) カテゴリ②:職場環境・就業に関する情報

「カテゴリ②:職場環境・就業に関する情報」に分類された文脈単位は,88文脈単位,14.7%だった.情報の性質によって,以下,FからJの5つのサブカテゴリに分類された.就業上の配慮に関する記述は,既に実施されているもの(サブカテゴリH)であるか,主治医の意見を受けた新たな決定事項や方針として記述されているもの(サブカテゴリK,O)であるかという観点で区別をした.また,未実施のものは,意見の主体が誰であるかによって「サブカテゴリK:職場側の決定事項」または「サブカテゴリO:就労に関する産業医の意見」に分類をした.

F:雇用・勤務に関する情報

「職場環境・就業に関する情報」のうち,雇用形態や勤務時間などの雇用契約や就業規則等で規定される就業条件に関する基本的な情報は,後述するサブカテゴリGの業務内容とは区別をし,「サブカテゴリF:雇用,勤務に関する情報」に分類した.2文脈単位のみで,記載されていた事例は少なかったが,今回分析を行った対象事例の多くは,業務内容等のその他の文面から考察するにフルタイム勤務の正社員であると思われ,その場合は敢えて記述していなかったためと考えられる.

「ご本人は派遣社員で,…(以下略)」(悪性腫瘍の事例)

「勤務形態:常昼勤務,勤務時間:9時00分~17時45分(休憩1時間.週5日間勤務.),時間外・休日労働の状況:月に数回の可能性あり,国内・海外出張の状況:年に数回の可能性あり」(悪性腫瘍の事例)

G:業務・作業内容に関する情報

「職場環境・就業に関する情報」のうち,危険・有害業務の有無を含めた具体的な勤務状況や業務内容は,「サブカテゴリG:業務・作業内容に関する情報」に分類した.業務・作業内容の他に,責任を伴う業務であるかの参考情報として役職や部下の有無が記述されていたものや,対人業務があるかどうか記述されていたものがあった.51文脈単位,8.5%が該当した.

「〇〇部の部長職であり,常昼勤務です.職務はデスクワークが主ですが,現場パトロールや確認等で作業場へ出ることもございます.」(悪性腫瘍の事例)

「業務内容:データ集計・加工作業.お休み前は,主担当ではなくチーム内の支援業務をメインに仕事をされておりました.対人業務はありません.出張はありません.高負荷・危険業務:業務はデスクワークが主で,危険作業はありません.時間外勤務の状況:職場では月に約15時間程度の時間外勤務がありますが,ご本人には実施して頂かないよう配慮しております.」(うつ病の事例)

「A氏の業務:化学物質を使用して樹脂の性能を分析し,記録する業務.化学物質は濃硫酸ほか,多種類の物質を使用する.吸光光度計,液体クロマトグラフィー等の分析機器を使用し,細かな作業を行う必要がある.また,職場改善活動も業務の一環であり,パソコンを使用して資料などを作成する業務もある.」(開放隅角緑内障の事例)

「経理財務部経理室〇〇グループにおいて,生産コスト管理などの机上業務を行っている.管理職であり,業務のコアタイム(10時~15時)以外の出退勤は制度上自由であるが,時間外労働が定常的に多い部署でもある.上司も,体調が悪い場合は早退しても良いと指示しているようだが,ご本人の希望もあり,他の従業員と同様に業務をしている.復職後,現在は20時~21時頃退社している.」(悪性腫瘍の事例)

「本人は派遣社員で,施工管理をしています.デスクワークで身体的負荷は低いですが,客先に終日勤務するので,正直なところ業務量については会社ではコントロールできない状況です.また場合によっては,海外出張・海外赴任などをする可能性もあります.」(悪性腫瘍の事例)

「〇〇組み立て課の所属で,元々の作業は,サブ台から部品を取って組み付ける工程です.トルクレンチを使用し,部品を棚に入れる作業もあります.重い部品は 10 kg程度あり,その部品を1日80回程度移動します.」(慢性腎不全の事例)

H:既に実施されている就業上の配慮に関する情報

「職場環境・就業に関する情報」のうち,通常の勤務・業務の状況に手が加えられている形である,就業上の配慮や制限に関して,既に実施されているものは「サブカテゴリH:既に実施されている就業上の配慮に関する情報」に分類した.13文脈単位,2.2%が該当した.

「休職中に統括部長職を離れ,マネージメント業務を中心とした負荷がかからない職務に変更になり,本人もそれで少し安心されたようです.」(適応障害の事例)

「自家用車による通勤も会社として制限しております.」(脳血管疾患の事例)

「『気をつけることは特にない』と先生に言われていると,ご本人からお聞きしたこともあり,休業前から行っている倉庫での立位作業は問題なしと判断し,通常通り倉庫作業にて勤務いただくこととなりました.一方で,製品運搬・搬出における作業では大小様々なサイズ・重量の製品があるため,復帰3ヶ月以内である〇月末までは,一旦,重量物制限を実施することといたしました.」(悪性腫瘍の事例)

I:通勤に関する情報

職場環境・就業に関する情報のうち,所要時間や交通手段等の通勤に関する情報は,「サブカテゴリI:通勤に関する情報」に分類した.6文脈単位1.0%が該当した.以下の1例目のように自家用車通勤であることを懸念事項として記述している他は,2例目のように定型項目であるかのような簡潔な記載がなされていた.

「自宅での血圧変動が大きく,車通勤でもあり,勤務継続させて良いものか産業医としても心配しています.」(慢性腎臓病の事例)

「通勤方法:徒歩+公共交通機関(着座不可能),通勤時間:片道 約70分(徒歩20分+電車50分)」(悪性腫瘍の事例)

J:休職・復職等に関する制度

職場環境・就業に関する情報のうち,休職可能期間や,職場復帰支援や両立支援において利用できる制度,復職可と事業者が認める条件等の,就業規則に基づく制度に関する情報は,「サブカテゴリJ:休職・復職に関する制度」に分類した.16文脈単位,2.7%が該当した.

「Aさんの当社での勤続年数から,弊社での休職可能期間は,20XX年〇月頃までと聞いており(傷病手当金は〇年〇月以降1年半に渡り申請可能),十分なリハビリテーション期間を確保できるのではないかと考えております.」(脳血管疾患の事例)

「当社においては短時間勤務制度がなく,就業配慮として労働時間を短縮する事ができず,短縮する場合は有休消化となる点,お含みおきください.」(精神科疾患の事例)

「休職期間は3か月間で,特例で延長しても6か月までのようです.」(精神科疾患の事例)

「弊社の復職条件は,週5日7.5時間は体調を崩すことなく勤務を継続することが可能であることです.復職当初の2週間は4時間勤務とする慣らし出社制度が適用されますが,その後の短時間勤務は認められておりません.復職可の診断書であっても,限定された労働時間や業務内容などの付帯事項がある場合,復職が認められないこともありますので,ご配慮いただければ幸いです.」(精神科疾患の事例)

3) カテゴリ③:関係者の意向

産業医自身の見解や意見であるカテゴリ④とは区別し,その他の関係者の意向は「カテゴリ③:関係者の意向」としてひとつのカテゴリに分類した.94文脈単位あり,全体の15.7%が該当した.以下サブカテゴリKからサブカテゴリMの3つに分類された.

K:事業者(人事,所属職場を含む)の決定事項

関係者の意向に該当する情報のうち,復職の可否判断や,決定事項としての就業上の配慮内容や就業制限の内容等は,「サブカテゴリK:職場側の決定事項」に分類した.54文脈単位,9.0%が該当した.サブカテゴリKと後述のサブカテゴリLは,情報の質としては類似しているが,確定的な決定事項であるのか,不確定な意向や方針であるのかという観点で区別し,確定的な決定事項として記述されていた情報をサブカテゴリKとした.

「先日頂戴した職場復帰に関する診断書を踏まえ,産業医面談を実施し,それに基づき,上司・人事部門・健康管理スタッフで再出勤審査会を開催いたしました.その結果,現時点での職場復帰は時期尚早であろう,という判断に至りました.」(アルコール依存症の事例)

「職制との面談において,配慮として,当面は本人の希望する〇〇開発の調整・まとめなどのサポート業務から始めてもらえるような職場を探すことをご本人に伝えました.」(精神科疾患の事例)

「下記のような就業上の措置を図りながら支援していきたいと考えております.就業上の配慮:時間外労働の禁止,出張業務の禁止,深夜業務の禁止,交代勤務の制限,自動車運転の禁止,就業時間短縮,配置転換」(脳血管疾患の事例)

L:事業者(人事,所属職場を含む)の意向

関係者の意向に該当する情報のうち,前述したサブカテゴリKの決定事項と区別して,不確定な印象で記述されている,事業者の意向や方針は,「サブカテゴリL:事業者(人事,所属職場を含む)の意向」に分類した.どちらか片方の意向として記述されていることはあっても,人事部門と所属職場で見解に相違がある事例はなかったために分別はしなかった.なお,カテゴリ名は「事業者の意向」としているが,いずれの事例においても,文脈上は産業医も賛同した上で記述しているものと解釈された.検討可能な配慮の内容を提示している記述のほか,休復職を繰り返しているアルコール依存症やその他のメンタルヘルス疾患等の対応困難事例においては,配慮の限界や職場復帰に際しての条件を提示している記述があった.29文脈単位,4.8%が該当した.

「手首の状況が良くない場合は,重量物取扱い作業を相方(交代勤務時は2人1組のペアで業務をしています)に行ってもらうことも可能です.ご本人も今の職場で働きたい希望があり,また,現場の同僚もフォローを積極的におこなってくれますので,回復傾向であれば,職場としてはご本人には通常業務で継続してもらいたいと考えています.」(TFCC(三角繊維軟骨複合体)損傷の事例)

「会社としては,①今回休職に至った原因のひとつが就業環境であるなら,復職時に休職となった際の職位や事業場からの変更が可能である,②Aさんの個人事情に配慮し〇〇圏へ異動を想定,③異動・復職時期については,本人へのストレス最小化を目的に,4月の定期異動に併せて発令を予定している,④そのため,4月復職を念頭に3月中旬までの休職期間は主治医指示のもと療養に専念してほしい旨,上司との面談でお伝えしたようでした.」(うつ病の事例)

「現在の業務のアウトプットは求められるアウトプットからは程遠く,今の状態で雇用していくのは厳しいというのが会社としての見解です.今後雇用を継続するための一つの可能性として障害者枠での雇用契約を模索している段階です.」(脳血管疾患の事例)

M:労働者本人の意向

関係者の意向に該当する情報のうち,疾病治療もしくは就労に関する本人の意向・要望に関して記述がなされていたものは,「サブカテゴリM:労働者本人の意向」に分類した.11文脈単位,1.8%が該当した.

「ご本人としては,症状に日間変動があり現時点での復職は自信がないとのことでした.今後の復職については,前回同様に,先生の指示の下しっかり療養をして復職を目指したいと,復職への明確な意思を改めて表明されました.」(うつ病の事例)

「先生のご意見も踏まえ,ご本人に異動の提案もしましたが,他部署への異動のメリット・デメリット,また現状のままで仕事をするメリット・デメリットを検討された結果,復職前の職場でそのまま働きたいとのご希望であり,異動はしていません.」(適応障害の事例)

「本人との面談では,『通勤で車が使えず徒歩と電車で通勤しているが,車通勤を認めてほしい』との訴えが以前からありました.」(脳梗塞後,症候性てんかんの事例)

「定期的な内服治療を勧めましたが,それには大変な抵抗をお示しになりました.そこで,内服が無理なら注射を1か月に1回する方法もあると申し上げたところ,それならそちらの方がいいとおっしゃるため…(以下,略)」(統合失調症の事例)

4) カテゴリ④:産業医の意見

「カテゴリ④:産業医の意見」に分類された文脈単位は,102文脈単位で,全体の17.1%に該当した.治療方針に関する意見と就労に関する意見の,以下の2つに分類された.

N:治療方針に関する産業医の意見

産業医の意見に該当する情報のうち,疾病治療に関する情報は,「サブカテゴリN:治療方針に関する産業医の意見」に分類した.主治医に患者紹介をする段階での産業医による診断,検査や治療に関する提案・要望,本人に対して治療的に行っている指導内容等の記述があり,26文脈単位4.3%が該当した.内訳としてはメンタルヘルス疾患の事例が多く,職場で対応に苦慮しているがための,発達障害やパーソナリティ障害等の併存疾患の検索,それに伴う追加の検査や治療の検討依頼,リワークの提案等の記述が多かった.

「安全な通勤・移動のために,白杖訓練やVDT作業をサポートする用品がないか,障害者手帳の取得等をロービジョン外来等で相談してはどうかなど,主治医の先生とご相談するよう,産業医からご本人へ提案させていただきました.」(ベーチェット病の事例)

「本人にもその旨を伝えており,自宅から通院可能なアルコール依存症の医療機関について,先生と相談するよう指示しています.現在の受診頻度は3か月に1回と伺っておりますが,今回の事象を受け,早めに先生のもとを受診するよう,本日付けで産業医による指示として命じております.」(アルコール依存症の事例)

「ご本人と上長との適切なコミュニケーションが確保できなければ根本的な問題解決には至らず,2次的にメンタル不調を反復すると考えました.今後,体調・生活リズムが整った段階で,〇〇障害者職業センターの発達障害者向け復職支援プログラムとジョブコーチ支援の併用を利用していただくことを復職準備プロセスに組み込むことを予定しておりますが,如何でしょうか.」(発達障害,抑うつ症状の事例)

「人格的な面に関しても(中略)会社での経緯を評価する限り治療が不要とは考えがたく,(中略)精神療法等をご検討頂けるようでしたら,職務適性についても併せてご本人と検討下さると幸いです.」(適応障害,パーソナリティ障害の事例(パーソナリティ障害の診断は後から追加された))

O:就労に関する産業医の意見

産業医の意見に該当する情報のうち,就労に関する情報は,「サブカテゴリO:就労に関する産業医の意見」に分類した.76文脈単位,12.7%が該当し,就業の可否判断や,職務適正に関する見解,就業上の配慮の内容について意見を述べているもの等があった.就業上の配慮に関しては,事業者の決定事項に近い形で記述されているものと,「意見書を作成した」,「事業者に意見をした」という文脈で記述されているものがあった.

「当方としては,苦手意識のある元職場への復帰を希望する本人の判断が適切とは思えませんし,休職中に就職活動もしていたことから判るように,当社への復帰が本人の本望ではないようです.」(適応障害,回避性パーソナリティ障害の事例)

「小職としては,原則,時間外勤務は避け,主治医の許可があり残業をするとしても『18時10分のバスに間に合う程度,月10時間未満,気候と疼痛症状が落ち着いてから』と考えておりますが,先生にご教示頂ければ幸甚に存じます.」(脳血管疾患の事例)

「〇月〇日から仕事復帰可能とのことでしたが,装具着用にてゆっくりの歩行の状態ですので,受傷前の通常勤務は困難と思われました.」(墜落による多発外傷の事例)

「(自覚症状・他覚所見,中略)しばらく休むよう,私から勧めました」(精神科疾患の事例)

5) カテゴリ⑤:情報の取り扱いに関する記述

「カテゴリ⑤:情報の取り扱いに関する記述」に分類された文脈単位は,72文脈単位,全体の12.0%に該当した.以下サブカテゴリPからサブカテゴリRの3つに分類しているが,特にサブカテゴリPとサブカテゴリRは,一つの文書に両方の記述が併せてなされていることが多かった.「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き3」等の様式例を参考にしているためと思われるが,どの事例においてもほぼ同様の記述となっていた.

P:情報の入手目的

情報の取り扱いに関する記述のうち,情報交換の目的が本人の支援である旨の記述や,プライバシーに配慮して情報を管理するといった記述は,「サブカテゴリP:情報の入手目的」に分類した.35文脈単位,5.9%が該当した.

「なお,いただいた情報は,本人の就業上の支援目的のみに使用され,プライバシーには十分配慮しながら産業医が責任を持って管理いたします.」(脳血管疾患の事例)

Q:産業医の立場の明確化

産業医の立場に関する記述は,ともすると手紙としての構造物程度と感じられ,「情報」としては認知されないと思われる.しかし,先行研究4において,産業医が企業側の人間ではない独立した立場であることや,提供された情報を本人の不利益になるようには使用しない旨を明確に示すことは,主治医が産業医に情報提供をするかどうかに影響を与えうることが示唆されているため,ひとつの重要な情報であると捉え,「サブカテゴリQ:産業医の立場の明確化」に分類した.4文脈単位(0.7%)のみの記述であり,多くはなかった.

「あくまでも就労支援ということで対応を進めておりますので,ご本人の不利にならないように動きたいと思います.」(弱視の事例)

「出来る限りご本人が業務に適応でき,また,企業側がご本人に対してサポーティブに対応いただけるよう,今後も話し合いを継続していきたいと考えております.」(開放隅角緑内障の事例)

R:情報交換に関する本人の同意

情報の取り扱いに関する記述のうち,産業医・主治医間の相互の情報提供に関して本人の同意が得られている旨の記述や,本人の同意署名欄を「サブカテゴリR:情報交換に関する本人の同意」に分類した.33文脈単位,5.5%が該当した.

「なお,今回の情報提供の依頼につきましては,ご本人の承諾を得ております.」(悪性腫瘍の事例)

「本人記入欄:私は本情報提供依頼文書に関する説明を受け,情報提供文書の作成ならびに産業医への提出について同意します.〇年〇月〇日 氏名 ― 印」(精神科疾患の事例)

IV.考察

1. 依頼書における情報の記載

依頼書において,健康状態に関する情報(カテゴリ①)が73.3%と最も多く記述されていた.依頼書に記述のあったカテゴリ①250文脈単位の内訳としては,本人による評価(91文脈単位)が最多で,産業医による他覚所見(65文脈単位),職場からの評価(39文脈単位)と続いていた.他覚的な評価やそれに対する産業医としての見解が記述されている文書も多くあったが,本人による評価(サブカテゴリA)が文面の多くを占めている文書も散見された.自覚症状の代弁だけではなく,必要に応じて,情報ソースを明確にした上で客観的な情報を付け加えることを検討すべきと考えられる.また,治療や情報提供の依頼のために手紙を作成しているにも関わらず,職場や就業に関する情報の記述があった割合が全120依頼書のうち43.3%,関係者の意向の記述があった割合が29.2%であったのは,やや不十分な印象もある.

「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き3)」の「様式例1:職場復帰支援に関する情報提供依頼書」を用いる等により,特段の情報の提供はなく,情報提供の依頼のみをしているものが3文書あり,この他に,情報提供の依頼のみであったもの(情報の取り扱いに関する記述もなかったもの)が4文書あった.この様式例は,職場復帰時点で作成することを想定された様式例であるため,プライバシーに配慮する旨の記述がある,主治医に依頼したい「情報提供依頼事項」が明確に列挙されている,という点で要点がまとめられた作りになっているが,事業者・産業医側からの情報提供に関する欄が設けられていない.そのため,休職前・休職中に主治医との連携において既に充分な情報共有がなされていれば特に問題はないが,初めて主治医と連携をする際の依頼書に,追加の記述もなくこの様式例を用いると,内容としては不十分・不親切であり,職場の状況を伝えずに,就労に関する意見を主治医に求める事態になってしまう.定型様式により一方的な情報提供の依頼をすることは避け,適宜,職場側の情報や産業医の見解等も提供するよう記載内容を検討することが望まれる.

2. 返書における情報の記載

返書においては,関係者の意向(カテゴリ③)が62.1%と最も多く記述されていた.返書の多くは,就業上の配慮の内容等を主治医へ報告する趣旨で書かれている文書なので,妥当な結果だと言える.一方で,謝辞が述べられているだけで情報の記載がほとんどない簡易な文書(全58返書中3文書)や,情報提供の依頼のみの文書(2文書),その他にも「職場でも配慮を検討してまいります」といった記述に留まり,具体的な情報が記載されていない文書もいくつかあった.主治医との良好な信頼関係を築く上で返書を作成すること自体に意義はあるが,就労や治療に関する産業医の見解を述べる,就業上の配慮内容の結果を具体的に報告する等により,形式的な礼状に留めず,より有意義な返書とすることが推奨される.

3. 各カテゴリにおける考察

1) カテゴリ①:当該労働者(患者)の健康状態に関する情報

当該労働者の健康状態に関する情報は,良好な治療結果へと導き,適切な就労支援を実現するための基本となる,現状の評価と言い換えることができる.このカテゴリは,誰からの情報であるかという情報ソースの観点でサブカテゴリの分類を行った.その観点での分類を行った研究者の意図は,「本人が訴える自覚症状や本人が説明できる既往歴は,敢えて産業医が主治医に伝えずとも,基本的には本人から主治医に説明できるはず」であり,職場を直接見ることが出来ない主治医にとっては,他覚的な評価の方がより一層有意義と感じられるのではないか,という仮説にあった.医師(産業医)による他覚的・専門的な所見や見解,職場の上司が観察している日常の様子,人事が把握している勤怠の情報などは,主治医が本人から正確に得ることが困難な情報であり,有意義であると考えられた.

一方で,「サブカテゴリA:本人による評価・申告」の意義が乏しいわけではない.本人の自覚症状等に関して,優先順位や重要度を整理し,医学的に適切な表現で産業医が主治医に伝えることにより,多忙な臨床の場で十分な問診時間が取れるとも限らない臨床医に貢献できる可能性は大きい.自身で表現できる内容であっても,本人が重要と考えていない場合は敢えて尋ねなければ自発的には話さないし,出来れば知られたくないと感じている内容であれば話題にしない限り本人は話したがらない.また,過去の他院での治療歴は,主治医より職場(産業医)の方が把握できている場合もある.そのような場合には,「A:本人による評価・申告」を整理して記述することはとても有意義であると考えられる.

「カテゴリ①:当該労働者(患者)の健康状態に関する情報」に限らず,すべての情報に共通して言えることであるが,記述の際には情報ソースを明確にすることが重要である.サブカテゴリへの分類は,主語や語尾(伝聞形であるか断定形であるか等)から判断して行ったが,主語の記載がないために,誰の見解であるのか判断に迷った文脈単位も少なくはなかった.例えば「食事内容:自炊をしないため,基本的には外食かお弁当です.」といった記載の場合,食事の内容なので,おそらく本人の発言であろうと推測はできるが,「特に問題なく勤務できています.」というように,情報源の記載なく断定形で勤怠の状況等を表現されると,面談の中で本人から聞いただけの内容なのか,職場上司や人事に確認を取った客観的な情報なのか判断がつかない場合がある.本人による主観的な内容を断定形で記述し,それが客観的には正確な内容でなかった場合,事実とは大きく異なる意味合いで主治医に伝わってしまう危険性がある.誤解を招かないようにするために,職場を把握できる産業医としては,正確な情報を正確な表現で伝えることを心がける必要がある.具体的には,本人からの情報は「本人からは…と聞いている」と明記する.また,業務内容や勤怠の情報に関しては,可能な限り職場上司や人事からも情報を収集して,客観的にも相違ない内容であることを確認した上で,それと判る記載方法とすることが望ましい.

2) カテゴリ②:職場環境・就業に関する情報

職場環境・就業に関する情報は,「関係者の意向(カテゴリ③)」と併せて,主治医が最も得にくい情報であり,産業医が伝える意義が大きい情報である.実際に従事している仕事に関する内容なので,本来であれば,本人が説明できることが当然である.しかし,産業医面談において「どのような業務を担当しているか」と尋ねて,困惑したように労働者が言葉に詰まってしまうという状況は,著者に限らず多くの産業医が経験していると推測される.労働者が困惑する理由の一つとして,現場の専門用語である製品名,設備名,工程名,部品名を述べたところで医師には理解できないのではないかという懸念が挙げられる.また,仕事の内容と,疾病および健康管理がどう結びつくのかは,ある程度医学的な知識がなければ想定できないのは当然であり,何を答えるべきなのか労働者には判断できないものとも推測される.そのため,「現場とデスクワークの割合はどれくらいか」,「立ち作業は多いのか」,「休憩は自分のペースで取れるのか」,「扱うもので一番大きな物・重い物はどれくらいか」,「一番大変な作業はどのような作業か」といった閉じた質問を取り入れると情報を得やすくなる.産業医経験や両立支援経験の少ない臨床医にとっては,適切な閉じた質問を考えること自体が困難であると思われる.その意味で,必要かつ十分な情報を産業医が主治医へ直接伝えることの意義は大きい.

業務内容(サブカテゴリG),現在の配慮の内容(サブカテゴリH),通勤の状況(サブカテゴリI)の情報が,就業上の配慮に関する主治医の見解を述べる上で有意義な判断材料になり得ることは,産業医の立場からも推測しやすく,文書に記載すべきであることは理解しやすい.一方で,労働者は雇用契約に基づいて労務に従事すべき立場にあるため,職場側は主治医の意見に従って就業上の配慮を実施するだけの立場にあるわけではなく,対応の限界も存在する.通常,就業に際してその労務に見合う職務能力が求められ,就業上の配慮を実施するとしても,適用・対応が制度上できない場合や,配慮の限界が存在する.雇用形態(サブカテゴリF)や,利用できる休職・復職に関する支援制度(サブカテゴリJ),休職可能期間(サブカテゴリJ)などを明示することは,主治医の意見の判断材料になるとともに,治療方針や治療目標(ゴール設定)の再考に有意義であると考えられるため,必要に応じて記載することが推奨される.

3) カテゴリ③:関係者の意向

健康状態に関する情報,職場環境・就業に関する情報といった,実態としての情報に加えて,職場側の関係者の方針や見解を主治医に明示することも,重要な情報提供である.事業者(人事,所属職場を含む)の意向は,主治医の意見により変更の余地があるのかどうかという観点で,確定的な決定事項・方針として示されているもの(サブカテゴリK)と,意向に留まるもの(サブカテゴリL)に,サブカテゴリにおいて区別をしたが,いずれの記載内容も,大まかに分類すると,職場復帰の可否判断,配慮として検討できる事項の提示,もしくは配慮の限界であり,主治医の治療方針や意見内容の判断の根拠になると考えられた.

労働者本人の意向(サブカテゴリM)には,治療方針に関する本人の希望と,就労に関する本人の希望を分類した.治療に関して,本人が遠慮して主治医に言い出しづらい要望を代弁しているような内容も存在すると予測をしていたが,実際にはなく,就業に関連した希望か,もしくは精密検査の目的での診療に関する希望だけであった.本人の意向であるため,健康状態に関する自己評価(サブカテゴリA)と同様,本人から主治医に説明できる内容ではあるが,実際の文書・文脈を見てみると,対応の流れを理解しやすいという意味で,主治医にとっても有意義な情報になるのではないかと考察された.結果の頁で例示したように,職場(及び産業医)が本人の希望を聴取しているということや,他の様々な条件を考慮していることなど,現在の就業上の配慮・判断に至った経緯や根拠という文脈で述べられているものが多くあった.

4) カテゴリ④:産業医の意見

健康状態や就労に関する情報の提供とともに,その情報に対しての産業医自身の見解,方針,意見を明確化することは重要である.産業医の意見は,治療方針に関するもの(サブカテゴリN)と就労に関するもの(サブカテゴリO)の,2つのサブカテゴリに分類をした.

「療養・就労両立支援指導料」の算定要件において定められている「当該産業医から助言を得て,治療計画の見直しを行った場合」の「助言」は,あるとすればサブカテゴリNに分類されると考えたが,実際には,主治医へ患者紹介をする文脈での産業医による診断,検査や治療に関する提案・要望,本人に対して産業医が行っている治療的な指導内容等の記述が多くを占めており,今回の分析対象の中には該当する事例はなかった.サブカテゴリNに分類された26文脈単位は,依頼書(発信)に記載されていたものが19件,返書(返信)に記載されていたものが7件であった.返書に記載されていた7件も含め,当該労働者に必要であると考えた医療について,1人の医師としての見解を産業医が述べているものがほとんどあり,性質上は返信ではなく情報発信となっていた.なお,「療養・就労両立支援指導料」の内容は見直しが検討されており,悪性新生物以外に脳血管疾患,肝疾患,難病に対象疾患が拡大されるほか,当該患者(労働者)と事業者が作成した勤務情報を記載した文書の内容を踏まえて主治医が意見をした場合が算定要件に該当するとあり,情報交換の流れが逆になるとともに「(産業医からの)助言」という文言が削除される方針が示されている5.そのため,産業医の立場においては,今後は主治医への「助言」に固執する必要はなく,主治医が診療計画や就業上の意見を検討するに際して有意義である勤務情報の提供を的確に行うことに徹すれば良いと言える.

就労に関する産業医の意見は,産業医の見解・意見に分類されたもの(サブカテゴリO)の他に,事業者としての決定事項にまで至っているもの(サブカテゴリK)があった.通常,疾病治療中の労働者に関する判断において,事業者が産業医の意見に反する決定を下すことはなく,今回の分析対象であった事例においても,「サブカテゴリK:事業者の決定事項」には,当然産業医の意見が含まれており,産業医が了解した内容として文書に記載されていると考えられた.事業者の見解が含まれた決定事項である方が情報価値としては高いようには思われるが,見解や,不確定な方針の段階であっても,何らかの形で産業医の意見を明確に示すことが推奨される.

5) カテゴリ⑤:情報の取り扱いに関する記述

大河原らの論文4によると,手紙を受け取る側である主治医の見解としては,産業医の立ち位置や情報の取り扱われ方が明記されていることで安心感が得られ,積極的な情報提供に繋がる可能性が示唆されている.しかし,今回,分析を行った文書においては,「カテゴリ⑤:情報の取り扱いに関する記述」に該当する記述がなされていた文書は,依頼書では35.0%に留まっていた.文書全体を通して読むことで,産業医が当該労働者(患者)の利益と不利益を如何に考慮し,そのサポートに尽力しているのか十分に伝わる書面も多くあったので,カテゴリ⑤の記述がなかった場合であっても,必ずしも不信感を抱くほど産業医の立場が不明確な印象にはなっていなかったが,特に依頼書においては,情報の使用目的や情報の扱い方に関して,何らかの記述をすることが推奨される.返書でカテゴリ⑤の記述があった割合は12.1%と更に低かったが,返書の場合は,それ以前のやり取りで構築された関係者間の信頼関係が継続している限りは,基本的にはこの記述は不要と考えられた.さらに,主治医の意見を受けて決定した就業上の配慮内容を簡潔に報告する書面であれば,敢えて記述しなくても良いものと思われた.

4. 記載する情報の取捨選択について

記載する情報を考える際の重要な検討事項として,「ない」情報についても適宜記述することが挙げられる.前提として,今回の研究により提供を受けた文書が,必要な情報を取捨選択して記述されていると考えれば,カテゴリ①~④の情報が網羅的に記載されていることが,必ずしも最善であるわけではない.ただし,「記載がない」ことは「存在しない」もしくは「該当しない」ことと同義ではないため,分析作業において研究者が読んだ際に「記載がないため状況が十分に分からず,主治医として何を意見すべきか判断に困るのでは…」と感じる文書もいくつかあった.そのため,診察や検査において陰性であった所見を記載することが重要であるように,「本人が従事している作業内容」,利用できる制度や検討可能な配慮及び期間などの「配慮できる事項」の他に,「危険有害業務には従事していない」ことや「配慮できない(困難な)事項」を主治医に明示しておくことも重要であると考察された.例えば,休職可能な期間(言い換えれば,退職となる期限),業務内容や作業負荷,復職に際して求められる条件や職務能力など,就労に際して最低限クリアしなければならない条件がある場合に,「部署異動の検討は困難である」,「時短勤務制度は当社にはない」といった「配慮できない(困難な)」情報を記載している事例があったが,これらも重要な情報提供であり,必要に応じて記載することが推奨される.

前述の通り,どの程度の情報内容・量を盛り込むことが最善であるかは状況によって大きく異なるので,記載された情報の内容・量によって各文書の良し悪しを一律に評価することはできないが,本研究において作成した表1は103事例178文書において実際に産業医が主治医へ作成した手紙の文章から構築した情報のリストであり,産業医が主治医宛ての手紙を作成する際の,記載する情報・内容の取捨選択において参考になると考えられる.必要な情報を取捨選択し,情報ソースを明確にした上で,「ない」という情報を適宜含めて,それらを明確に記述することが重要である.そして,情報の取り扱いに関する説明を加える等に留意することにより,主治医とのより良い関係構築や情報交換に繋がることが期待される.

5. 研究の限界

今回の研究には,様々な限界がある.第一に,産業医から任意での提供を受けた文書を分析しており,分析対象の偏りは否めない.提供された事例は,承諾が得られた企業及び産業医からの提供に限定されており,また,文書として保存されていた事例であることが前提条件となっている.さらに,企業にとって機微な内容でない,客観的に経過を理解しやすい,事例として参考にしてほしい,といった事例提供者の様々な判断によって取捨選択された事例であると推測されるなど,多くのバイアスが存在する.

事例提供者である産業医の専門性が高く経験が豊富である方がより有意義な情報共有を主治医と行っている可能性や,勤務形態が嘱託産業医であるよりも専属産業医である方がより詳細な情報を産業医自身が入手しやすい環境にある可能性も考慮すべきであり,それによって記載内容に差異が生じる可能性についても検討の余地がある.当該事例の労働者が属する企業の業種によっても,共有が必要となる情報の質と量には差異が生じることがあると考えられる.しかし,今回の研究の前提として「文書の様式や記載される情報の質・量は,事例によって様々であろう」という予測があり,「必要な情報を取捨選択して記述されている文書であると考えれば,その良し悪しを評価するものではない」という考えがあった.そのため,各事例における産業医の経験及び専門性,産業医の勤務形態,業種による差異に関しては分析を行わなかった.治療のフェーズや就業の状況(就業継続中,休職中,職場復帰の目前など)によっても記載される情報の質・量が左右されると考えられるが,文書の文脈のみから明確に判断して分類することは困難であったため,この点についても分析は行っていない.

また,依頼書であるか返書であるかに関して,両方の要素を持つものもあり,どちらの要素が強いかで分類した.情報の分類において,健康状態に関する情報(カテゴリ①)や関係者の意向(カテゴリ③)に関しては,情報ソース(主語)が不明確な文脈もあったため,研究者の解釈で分類を行った.

以上のように,今回の研究結果の解釈には,いくつかの限界が存在するため注意が必要である.しかし,産業医活動の中で作成された実際の文書の内容分析をした先行研究はなく,その意味から参考になる結果であると考えられる.

V.結語

労働者の疾病治療と就労継続の両立を支援するためには,本人,職場,主治医の連携が欠かせない.事業場に属する労働者の約6割が,産業医選任の義務がない従業員数50人未満の小規模事業場に従事している日本の現状6を考慮すれば,産業医が介在せずに主治医と労使の関係で機能する両立支援の仕組みを展開していく必要があるが,そのためにも,まずは,産業医が選任されている事業場において産業医が窓口となって行われた,職場と主治医の連携事例を検討する意義があると考え,本調査を実施した.今回の調査において,事例の背景である,事業場の概要や,患者の労働者としての側面を把握していない状態で事例文書に目を通した研究者の認識では,労働者(患者)の心身の負担感が分かる具体的な業務内容の記述や,診察室では得ることが難しい職場での病的な言動に関する他覚的評価は,特に有意義な情報提供であると考察された.一方的に「主治医の意見」を求めるだけの依頼状にしないためには,依頼書・返書に関わらず,必要に応じてこれらの情報を積極的に記載すべきであると言える.また,返書に関しては,考察の「2.返書における情報の記載」でも述べた通り,主治医からの情報や意見に対して,職場としてどのような判断をし,対応を図ったのかを明確に記述すると,形式的な礼状に留まらない,より有意義な報告文書になると考えられる.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

資金提供:2018年度産業医学振興財団の調査研究助成事業の助成を受けた.

文献
 
© 2021 by the Japan Society for Occupational Health
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