SANGYO EISEIGAKU ZASSHI
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ISSN-L : 1341-0725
Topics and Opinions
Obstructive lung disease among workers exposed to diacetyl
Shinji Kumagai Ippei Mori
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2022 Volume 64 Issue 4 Pages 211-220

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略語一覧

FVC:努力性肺活量(L)

%FVC:FVCの予測値に対する割合(%)

FEV1:1秒量(L/秒)

%FEV1:FEV1の予測値に対する割合(%)

FEV1/FVC:1秒率,FVCに対するFEV1の割合(%)

NIOSH:米国国立労働安全衛生研究所

ACGIH:米国産業衛生監督官会議

TLV-TWA:ACGIHが定める8時間平均曝露濃度の基準値

TLV-STEL:ACGIHが定める15分間平均曝露濃度の基準値

DFG:ドイツ研究振興協会

MAK:DFGが定める8時間平均曝露濃度の基準値

LOD:検出限界

ND:検出限界未満

I.はじめに

ジアセチル(化学式 C4H6O2)は別名2,3-ブタンジオンといい,2つのアセチル基がカルボニル基の炭素同士で結合したジケトンである.酵母や乳酸菌などの微生物による発酵の際に生成する.沸点は88°Cで揮発性が高く,強いバター臭があり,食品香料として使用されている.

2000年に米国ミズーリ州のマイクロ波ポップコーン製造工場の労働者に閉塞性細気管支炎(bronchiolitis obliterans)様の疾患が多発していることが発覚した.マイクロ波ポップコーンとは,トウモロコシの実と食品香料などをマイクロ波加熱用袋に入れて密封したものであり,それを購入者が電子レンジで加熱すれば,ポープコーンができる製品である.米国のNational Institute for Occupational Safety and Health(NIOSH)によるマイクロ波ポップコーン製造工場での詳細な調査と動物実験の結果から,この疾患と食品香料として使用されたジアセチルへの曝露が関連していると結論された1.2004年には,食品香料製造工場の労働者が同様の疾患を発症し,やはり原料として使用されたジアセチルへの曝露と関連していると結論された1

筆者らは,国内で食品香料製造に従事した労働者に発症した閉塞性細気管支炎様疾患の事例に関わる機会があり,食品香料と呼吸器疾患の関連に関する文献調査を行う中で,米国の事例を知った.NIOSH1などの行政機関が精力的な調査を行って,ジアセチル曝露が関連していると結論し,さらにAmerican Conference of Governmental Industrial Hygienists(ACGIH,米国産業衛生監督官会議)2がジアセチルの職業性曝露限界であるThreshold Limit Value-Time-Weighted Average(TLV-TWA,8時間平均曝露濃度の基準値)およびThreshold Limit Value-Short-Term Exposure Limit(TLV-STEL,15分間平均曝露濃度の基準値)を設定しているにも関わらず,我が国ではこれらの事例はあまり知られていない.産業保健の専門家にとって役立つ情報と考えられるので,発端となった事例と,原因究明のために実施された疫学調査を紹介するとともに,動物実験などの関連情報もあわせて紹介する.

II.疫学調査

1. マイクロ波ポップコーン製造工場

1) 米国ミズーリ州のマイクロ波ポップコーン製造工場(工場A)での調査

①元労働者における閉塞性細気管支炎様患者の多発

2000年5月に,産業保健の専門医が,ミズーリ州のマイクロ波ポップコーン製造工場(工場A)の元労働者の中から,8人の閉塞性細気管支炎様の患者が発生していることをMissouri Department of Health and Senior Services(MoDHSS)に通報した3.患者8人は1992年から2000年の間に同工場で8カ月から9年間勤務しており,肺機能検査では,1秒量(FEV1)および1秒率(努力性肺活量FVCに対する1秒量の割合,FEV1/FVC)はいずれも正常範囲の下限値(性,人種,年齢,身長を基に算出4)未満であり,うち4人は肺移植待機者の名簿に載っていた.

同工場に1992年から2000年の間に勤務したものは延べ約560人であり,そのうち425人が2000年5月までに退職していた.その425人の中から8人の患者が発生していた.部署別にみると,混合作業場の元労働者13人中4人の患者が,包装作業場の元労働者276人中4人の患者が発生していたが,他の部署では発生していなかった.混合作業場では,大豆油,塩およびバター臭の食品香料(ジアセチル含有)を大きな加熱タンク(約 135~140 °F(57~60°C))で混合しており,粉塵や蒸気が発生して強いバター臭がしていた.包装作業場は上記の加熱タンクから 5~30 m離れた場所にあり,トウモロコシの実と大豆油・塩・食品香料の混合物をマイクロ波加熱用袋に詰めて密封し,箱詰めをしていた.その他の部署は加熱タンクから 30 m以上離れていた.

NIOSHのAkpinar-Elciら5が,上記8人を含む9人の患者(すべて退職者,男性5人,女性4人,年齢27–51歳)の詳細な臨床所見を報告している.5人が混合労働者で,4人が包装労働者であり,勤務歴は1~17年(中央値2年)であった.喫煙歴のあるものは7人であり,10箱-年以上のものは3人であった.上記工場での仕事を開始して5カ月後から9年後(中央値1.5年後)に咳嗽,息切れ,喘鳴を発症した.

表1に肺機能検査の結果を示す.FEV1の予測値に対する割合(%FEV1)は14.0~66.8%,FVCの予測値に対する割合(%FVC)は22.5~71.6%であり,FEV1/FVCは35.8~86.1%であった.初回の検査で,気管支拡張剤により改善(FEV1)が見られたのは1例のみであり,全員が退職後も肺換気障害は残ったままであった.ガス拡散能力は検査した7人中5人は正常であった.胸部X線検査では,5人は異常が見られなかったが,4人は肺の過膨張が見られた.8人が高分解能CT検査を受診したが,全員に気管支壁の肥厚と,エアートラッピングを示唆するモザイクパターンが見られた.肺生検をした3人中2人では,狭窄性細気管支炎(constrictive bronchiolitis)を支持する所見が見られ,他の1人は反復性の気胸と胸膜下の間質性肺線維症を支持する所見であった.

表1. ポップコーン製造工場の患者9人の肺機能
患者
123456789
%FEV1(1秒量の予測値に対する割合)
初回56.953.127.814.021.523.366.843.521.7
直近35.129.514.921.923.731.851.058.418.4
%FVC(努力性肺活量の予測値に対する割合)
初回71.667.859.722.548.641.663.170.345.6
直近59.356.556.248.249.872.470.971.361.3
FEV1/FVC(1秒率)
初回63.260.937.951.335.844.586.150.437.8
直近46.240.221.137.038.234.657.967.423.3
%TLC(全肺気量の予測値に対する割合)
初回121110839410371104
直近12710712011212690117
%RV(残気量の予測値に対する割合)
初回22219318821420966235
直近256207347295245188291
RV/TLC(残気量の全肺気量に対する割合)
初回55565656692860
直近57666461704070
%DLCO(ガス拡散能力の予測値に対する割合)
999160861006181

(文献5のTable 2 を筆者が翻訳)

Acknowledgement Wording: Reproduced with permission of the © ERS 2021: European Respiratory Journal 24(2)298–302; DOI: 10.1183/09031936.04.00013903 Published 1 August 2004

②工場Aでの横断研究

2000年8月から11月にかけて,NIOSHのKullmanら6およびKreissら7が工場Aにおいて作業環境調査と健康調査(質問紙調査,肺機能検査,ガス拡散能力検査,胸部X線検査)を実施した.

作業環境調査では,約100種類の揮発性有機物質を同定したが,ケトン類の濃度が高く,中でもジアセチル(平均 8.1 ppm)が最も高く,次いでメチルエチルケトン(平均 3.87 ppm),アセトイン(平均 0.92 ppm),2-ノナノン(0.06 ppm以下)の順であった.混合作業場におけるジアセチルの平均は 37.8 ppm(範囲 2.3–98.0 ppm),包装作業場は機械操作 1.68 ppm(0.26–5.53 ppm),包装 2.05 ppm(0.44–5.32 ppm),箱積み 1.98 ppm(0.54–6.8 ppm),品質管理は 0.54 ppm(0.33–0.89 ppm),保守管理は 0.60 ppm(0.41–0.79 ppm)であり,その他の部署(無香料のポップコーン包装作業場,印刷場,倉庫,事務所,屋外)の平均は 0.10 ppm未満(検出限界未満(ND: below the minimum detectable concentration)-0.25 ppm)であった.ただし,この調査でジアセチル濃度測定に使用されたNIOSH Method 2557(カーボンモレキュラーシーブ捕集管-ガスクロマトグラフ分析)については,湿度が30%を超えると回収率が低下することが後に判明しており8,これらの値は過小評価の可能性がある.

総粉塵濃度は 0.24 mg/m3(ND-1.0 mg/m3),吸入性粉塵は 0.13 mg/m3(ND-0.78 mg/m3)であった.閉塞性肺疾患を引き起こすと考えられているアンモニア,ホルムアルデヒド,塩化水素,二酸化窒素,窒素酸化物の測定も行ったが,高値は検出されなかった.また大豆油と洗浄後のトウモロコシについては,真菌および細菌の測定も行ったが検出されなかった.

健康調査では,現労働者135人中117人(男性56人,女性61人,年齢18–67歳(中央値36歳))が質問紙に回答した.一般集団から算出した期待数(年齢と喫煙状況で調整)との比較では,慢性咳嗽は2.6倍,息切れは2.6倍,喘鳴は3.0倍であり,医師に喘息および慢性気管支炎と診断されたことがあるものはそれぞれ1.8倍および2.1倍であった.

肺機能検査を受診した116人の中で,閉塞性換気障害(FEV1およびFEV1/FVCがいずれも正常範囲の下限値未満)のものは21人で,それは一般集団から算出した期待数の3.3倍(標準化有病比)であり,その比は喫煙者(1.6倍)よりも非喫煙者(10.8倍)で大きかった.ガス拡散能力検査を受診した103人の中で,低下を認めたものは7人であったが,いずれも現在喫煙者あるいは過去喫煙者であり,7人の中で閉塞性換気障害のあるものは1人だけであった.胸部X線検査は115人が受診したが,じん肺,他の間質性肺疾患,肺性心の所見は見られなかった.

ジアセチルの累積曝露量により労働者を4群(0–0.65, 0.65–4.5, 4.5–11, 11–126 ppm年)に分けると,曝露量の増加とともに,%FEV1が減少し(97%,92%,88%,84%,文献7のFigure 2から筆者が読取った値),閉塞性換気障害の割合が増加した(10.3%,10.3%,24.1%,27.3%,傾向検定p = .03).肺換気障害(FEV1あるいはFVCが正常範囲の下限値未満)の割合も同様の傾向を示した(13.8%,24.1%,31.0%,37.9%,傾向検定p = .02).

著者らは,この調査結果とバター臭香料蒸気の動物曝露実験の結果(「III.関連情報」参照)を合わせて考察し,この工場で使用されたバター臭香料の成分が原因であると結論している.

③工場Aでの縦断研究

NIOSHは,2000年11月から2003年8月までの2年9カ月間に,工場Aで9回の作業環境調査および8回の健康調査(上記調査を含む)を実施した.Kanwalら9およびParkら10がそれらのデータを用いて,環境改善の効果とジアセチル曝露による肺への影響を検討している.なお上記のように,NIOSH Method 2557を用いて測定したジアセチル濃度は過小評価となっているので,これらの論文では補正した値を示している.

表2に作業環境調査結果を示す.ジアセチル濃度は,初回の調査(2000年11月)以降,局所排気装置と全体換気装置の設置や発生源である混合作業場の隔離などの環境改善が実施された結果,大きく低下した.例えば,混合作業場では,初回の2000年11月に 5.4~147 ppm(中央値 57.2 ppm)であったが,2001年4月以降は検出限界(LOD: limit of detection)~16.8 ppm(中央値 0.3~6.2 ppm)と概ね1/10以下に低下した.包装作業場では,2000年11月に 0.5~8.2 ppm(中央値 2.8 ppm)であったが,2001年4月以降はLOD~1.7 ppm(中央値LOD~0.7 ppm)に低下した.また他の部署でも低下した.

表2. ミズーリ州のマイクロ波ポップコーン工場(工場A)におけるジアセチル濃度(作業環境濃度と個人曝露濃度を混合)
調査時期ジアセチル濃度(TWA,補正値,ppm)
混合作業包装作業品質管理
n平均(範囲)n平均(範囲)n平均(範囲)
2000111057.2(5.43–147)92.76(0.479–8.19)30.823(0.451–1.47)
20011436.1(4.92–109)62.13(0.291–4.61)21.92(0.300–3.53)
2001492.24(0.691–4.38)90.711(0.249–1.66)50.827(0.281–1.27)
2001951.73(LOD–3.51)90.143(LOD–1.23)3LOD(全てLOD)
20011182.24(0.228–6.80)90.426(0.146–0.748)80.401(0.083–0.893)
2002344.56(2.40–7.31)50.734(0.459–1.03)40.482(0.364–0.698)
2002866.22(0.762–16.8)70.513(0.085–1.57)50.146(LOD–0.519)
20031120.310(0.006–1.25)60.004(LOD–0.007)50.107(0.015–0.468)
2003782.88(LOD–12.6)8LOD(全てLOD)10LOD(全てLOD)

補正値:NIOSH Method 2557を用いて得られた測定値は湿度の影響を受けるので,それを補正した値

LOD:検出限界,平均の計算では 検出限界/2を用いた

(文献9のTable 1 を筆者が翻訳)

健康調査の解析対象者は8回の調査のうち1回でも参加した368人である.ジアセチル曝露期間は平均2.7年(範囲 1年未満-17年),曝露濃度は平均 1.87 ppm,累積曝露量は平均 4.8 ppm年であった.各対象者の最終調査時の肺機能検査値を目的変数とする重回帰分析では,ジアセチル累積曝露量の 1 ppm年の増加に伴い,%FEV1の0.40%低下(p = 5×10-8)およびFEV1/FVCの0.13%低下(p = .0004)が予測された(性,人種,喫煙で調整).また喫煙量(箱-年)の増加に伴い,%FEV1の低下が予測された.一方,性および人種は有意な予測因子ではなかった.

上記の解析では,ジアセチル累積曝露量の増加に伴う肺機能の低下が確認されたが,それが間欠的に高濃度曝露を受けた混合労働者における影響を反映した結果なのかを確認するために,混合作業の経験がない労働者(n = 348)に限定して重回帰分析を行ったところ,ジアセチル累積曝露量の1 ppm年の増加に伴い,%FEV1の0.43%低下(p = 8×10-6)が予測され,それは混合労働者を含めた場合(0.40%低下)と同程度であった.

また対象者を曝露期間で2群(4年未満,4年以上)に分類した解析では,ジアセチル累積曝露量の 1 ppm年の増加に伴い,4年未満群(n = 292)で%FEV1の0.77%低下(p = .0085)およびFEV1/FVCの0.60%低下(p = 9×10-6)が見られ,4年以上群(n = 76)で%FEV1の0.27%低下(p = .048)およびFEV1/FVCの0.11%低下(p = .15)が見られた(性,人種,喫煙で調整).このように,同じ累積曝露量の場合は,曝露濃度が高く,曝露期間が短い方が肺機能への影響は大きいと予測されたことについて,著者らは,ジアセチルへの感受性が高い労働者は短期間で退職するので,曝露期間が長い群には,ジアセチルへの耐性が大きい労働者が多いことを反映していると解釈している.

以上の結果より,著者らは,過去の 1 ppmを超えるジアセチル曝露がこれらの労働者に呼吸器疾患のリスクをもたらしたと結論している.

④工場Aでのコホート研究

NIOSHのHalldinら11が工場Aの労働者を対象としたコホート研究を行っている.対象者は,2000年11月から2003年8月までの間に同工場で勤務していた労働者373人(参加率80%),および1992年から2000年の間に勤務していた元労働者161人(参加率38%)の計534人の中で,ジアセチルなどの食品香料に曝露された511人である.観察期間は2000年1月1日から2011年11月30日までの10年11カ月間であり,この間に15人が死亡した.全米の性・年齢・人種・暦年別死亡率を基に算出した期待死亡数は17.4人であり,標準化死亡比SMRは0.86(95%信頼区間0.48–1.42)となった.死亡者15人中で,死因を確認できたのは14人であり,そのうち4人が「その他の慢性閉塞性肺疾患(ICD 10: J44)」であった(国際疾病分類ICD 10: J44「その他の慢性閉塞性肺疾患」には,閉塞性細気管支炎が含まれる).この4人中3人は,ジアセチル濃度が低減される前に勤務していたものであった.SMRは4.10(95%信頼区間1.12–10.49)となり,「その他の慢性閉塞性肺疾患」による死亡リスクが有意に上昇していた.著者らは,慢性閉塞性肺疾患による過剰死亡が示されたことは,香料曝露を低減させるための継続的な努力が必要であることを示していると述べている.

2) 米国の6カ所のマイクロ波ポップコーン製造工場での横断研究

NIOSHのKanwalら12は,発端となった上記の工場Aを含む6カ所のマイクロ波ポップコーン製造工場において,作業環境調査(NIOSH Method 2557を使用しており,過小評価の可能性がある)と健康調査(質問紙調査,肺機能検査)を行った.

表3に作業環境調査結果を示す.作業場のジアセチル濃度の平均は,工場Aでは混合作業場で 37.8 ppm,包装作業場で 1.9 ppmであるが,他の5工場では混合作業場で 0.2~1.2 ppm,包装作業場で 0.004~0.7 ppmと大きな差があった.工場A以外の5工場には,大豆油と食品香料を混合する加熱タンクのみがあったが,工場Aには,大豆油と食品香料を加熱タンクで混合する前に,食品香料のみを加熱する別のタンクがあり,この点がジアセチル濃度の大きな差の原因のひとつと考えられた.また,包装作業場のジアセチル濃度は,混合作業場が隔離されていない,あるいは隔離が不十分な工場の方が,隔離されている工場と比較して高かった(表3).

表3. 6ヵ所のマイクロ波ポップコーン工場におけるジアセチルの作業環境濃度(ppm)
混合作業場包装作業場
工場隔離n平均(範囲)n平均(範囲)
A*1237.8(1.3–97.9)221.9(0.3–6.8)
B*30.6(0.4–1.0)90.7(0.4–1.2)
C**20.(0.02–0.9)40.03(0.01–0.05)
D**30.2(ND–0.6)130.004(ND–0.03)
E*20.6(0.3–0.9)20.3(0.2–0.4)
F*61.2(0.5–2.7)180.02(LOQ–0.03)
*  :混合作業場が隔離されていない,あるいは隔離が不十分な工場

**  :混合作業場が隔離されている工場

ND:検出限界(0.001 ppm)未満,LOQ:定量下限(約 0.01 ppm)未満

(文献12を基に筆者が作成)

健康調査には,これら6カ所の工場の現労働者708人の中で537人(男性306人,女性231人,年齢18–76歳(平均39歳))が参加した.混合作業歴のある労働者では,混合作業歴のない労働者と比較して,呼吸器症状(息切れ,慢性咳,喘鳴)の有症率が有意に高く(図1),喫煙状況で層別化してもその傾向は変わらなかった.肺機能検査では,混合労働者の方が%FEV1が有意に低かった(89.4% vs 94.2%).混合労働者を勤務期間で2群(12カ月超,12カ月以下)に分類して比較すると,長期勤務者の方が呼吸器症状の有症率は高く(労作時息切れ(平地で急いでいる時,または小さな丘を歩いている時)54.2% vs 24.4%,労作時息切れ(平地で同年代の人と一緒に歩く時)25.0% vs 6.7%,慢性咳28.0% vs 17.8%,喘鳴52.0% vs 37.8%),%FEV1は低く(82.1% vs 95.0%),閉塞性換気障害の割合は大きくなり(19.2% vs 4.4%),この傾向は喫煙状況で層別化しても変わらなかった.また工場Aを除外しても,全体の傾向は変わらなかった.

図1.

6ヵ所のマイクロ波ポップコーン工場労働者における混合作業歴の有無による呼吸器所見・症状の有症率の違い

*1:平地で急いでいる時,または小さな丘を歩いている時の息切れ

*2:平地で同年代の人と一緒に歩くときの息切れ

(文献12のTable 3 を基に筆者が作成)

以上の結果より,著者らは,多くのマイクロ波ポップコーン製造工場の労働者には,食品香料に関連した呼吸器疾患の発症リスクがあるので,工学的対策の実施と呼吸保護具の着用が必要であると結論している.

3) 米国の4カ所のマイクロ波ポップコーン製造工場での横断研究

Cincinnati 大学のLockeyら13は,米国のConAgra社の4カ所のマイクロ波ポップコーン製造工場(オハイオ州,インディアナ州,アイオワ州,ミネソタ州)に2005年2月から2006年1月までの間に勤務していた現労働者765人を対象として,健康調査(質問紙調査,肺機能検査)を行った.解析には,雇用前から喘息があり,現在も治療中のものなど40人を除外した725人(非アジア人男性400人,アジア人男性52人,非アジア人女性208人,アジア人女性65人,18–71歳)のデータを用いた.

NIOSHおよびConAgra社が,これらの工場において2003年から2007年までに実施したジアセチル曝露濃度測定によると,混合労働者の曝露濃度(呼吸保護具を着用している場合は,保護具の外部の濃度)の各工場における平均は 0.057~0.860 ppm,非混合労働者では 0.014~0.074 ppmであった(NIOSH Method 2557を使用しており,過小評価の可能性があるが,湿度30%以下の場合のみの測定値を用いて,再計算をしてもオーダーが変わる程の違いはなかった14).これらの曝露濃度を用いて,各労働者のジアセチルの累積曝露量を算出した.なお2003年4月に電動ファン付き呼吸保護具(PAPR,防護係数25,混合作業場入室時に着用)が導入されたが,PAPR装着時の曝露濃度(呼吸保護具の内部の濃度)は,PAPRの外部の濃度を防護係数25で除した値と仮定した.

ジアセチル累積曝露量が 0.8 ppm年以上を高曝露,0.8 ppm年未満を低曝露として,肺機能との関連を重回帰分析により検討すると(現在の喫煙状況,累積喫煙量(箱-年)およびBMIで調整),%FEV1は高曝露で有意に低かったが(非アジア人男性で-10.3%,アジア人男性で-12.7%),%FVCには有意な差は見られなかった.閉塞性換気障害をアウトカムとしたロジスティック回帰分析(非アジア人男性)では,高曝露のオッズ比(現在の喫煙状況,累積喫煙量(箱-年)およびBMIで調整)は9.2(2.29–36.75)と有意に1より大きかった.なお,アジア人男性については,対象者数が少ないため回帰分析はしていない.

以上の結果より,著者らは,ジアセチルを含むバター臭香料への曝露はFEV1の低下と閉塞性換気障害の増加をもたらすと結論している.

2. 食品香料製造工場

1) 発端となった2症例

2004年8月に,California Department of Health Services(CDHS)およびDivision of Occupational Safety and Health(Cal/OSHA)は,カリフォルニア州にある食品香料製造工場の労働者(症例1)が閉塞性細気管支炎と診断されたとの報告を受けた15.さらに2006年4月には,同州にある別の食品香料製造工場の労働者(症例2)が閉塞性細気管支炎と診断されたとの報告を受けた15.これらの労働者は人工のバター臭香料や,サクランボ,アーモンド,プラリネ,ハラペニョ,オレンジなどの食品香料を製造しており,2人ともジアセチルを取り扱っていた.なおいずれもマイクロ波ポップコーン製造工場での勤務歴はなかった.

症例1(男性,29歳,非喫煙,呼吸器疾患の既往歴なし)は,食品香料製造工場で粉体状の食品香料を作るために,ジアセチルなどの原料を計量していたが,局所排気装置は未設置であり,適切な呼吸保護具も使用していなかった.勤務を開始して2年後の2003年9月に,労作時の息切れ,運動耐容能低下,断続的喘鳴,胸痛,喀痰を伴う咳嗽が始まった.同年11月に病院を受診し,気管支炎とアレルギー性鼻炎の疑いで,抗生物質と気管支拡張剤を処方された.2004年1月に仕事を中断したが,その後も息切れはひどくなり,10~15フィート(約 3~4.5 m)歩くと呼吸困難になった.高分解能CT検査では,下葉に気管支周囲のすりガラス陰影を伴う円柱状気管支拡張症が見られた.肺機能検査では,強い閉塞性換気障害が見られ,%FEV1は28%であり,気管支拡張剤による改善は見られなかった.ボティープレチスモグラフィーによる肺気量検査では,強いエアートラッピングの所見が見られた.一方,ガス拡散能力は正常範囲であった.同年10月に実施した高分解能CT検査では,中心性気道拡張を伴う気管支周囲の肥厚とモザイクパターンが見られ,呼吸器専門医により職業性の閉塞性細気管支炎と診断された.

症例2(女性,40歳,非喫煙,呼吸器疾患の既往歴なし)は,別の食品香料製造工場で人工バター臭香料を作るために,粉体原料とジアセチルなどを混合していたが,局所排気装置は未設置であり,適切な呼吸保護具も使用していなかった.勤務開始5年後の2002年に,鼻詰まりと咳嗽が出始めたため,病院を受診し,抗生物質と抗ヒスタミン剤を処方されたが,改善せず,その後,労作時の息切れ,運動耐容能低下,乾性咳嗽が強くなっていった.2005年11月に,呼吸器専門医を受診し,職業性喘息の疑いで,気管支拡張剤などを処方されたが,改善しなかった.高分解能CT検査では,肺全体にまだら状のすりガラス陰影が見られた.同年12月に仕事を中断した.肺機能検査では,強い閉塞性換気障害が見られ,%FEV1は18%であり,気管支拡張剤による改善は見られなかった.ボディープレチスモグラフィーによる肺気量検査では,強いエアートラッピングの所見が見られた.一方,ガス拡散能力は正常範囲であった.これらの結果から職業性の閉塞性細気管支炎と診断された.

2) カリフォルニア州の16カ所の食品香料製造工場での横断研究

上記の2症例の発生を受けて,Cal/OSHAはこれら2つの工場に対して,労働者の健康調査(質問紙調査,肺機能検査)の実施を指示して,その結果を提出させるとともに,工学的対策と呼吸保護具の着用による職場環境の改善を勧告した.また2006年4月には,カリフォルニア州の他の食品香料製造工場(ジアセチル使用)に対しても,同様の措置を取るよう勧告した.

California Department of Public HealthのKimら16は,食品香料製造工場における閉塞性肺疾患の原因を検討するために,上記の健康調査が適切に行われた16工場の467人(男性364人,女性103人,平均年齢37.8歳,平均勤続期間5.8年)のデータを解析している.その結果,呼吸器症状の有症率には,一般集団と有意な差は見られなかった.一方,肺機能検査では,閉塞性換気障害(%FEV1:正常範囲未満),中程度以上の閉塞性換気障害(%FEV1:69%以下),および強い閉塞性換気障害(%FEV1:59%以下)のあるものはそれぞれ18人,12人および5人であり,一般集団を基に算出した期待値との比はそれぞれ1.2(95%信頼区間0.76–1.95),1.6(0.89–2.71)および2.7(1.16–6.36)であり,強い閉塞性換気障害では1より有意に大きかった.これら強い閉塞性換気障害の5人はいずれも非喫煙者であった.また40歳未満に限定すると,強い閉塞性換気障害は3人で,期待値との比は15.0(5.1–44.1)となった.閉塞性換気障害の18人の中で,16人はジアセチル使用量が多い4つの工場(800ポンド/年以上)の労働者であり,使用量が多い工場のオッズ比は4.5(95%信頼区間1.03–19.9)となった.これらの結果から,著者らは,食品香料への曝露の低減対策と健康調査が必要であると述べている.

3) カリフォルニア州の20カ所の食品香料製造工場での縦断研究

その後,Cal/OSHAおよびCDHSは,食品香料製造工場に対して定期的な健康調査の実施を勧告し結果を提出させた.NIOSHのKreissら17は,それらの肺機能検査データの精度を検討し,信頼性の高いデータが複数回(3カ月以上の間隔)ある20工場の労働者289人について,SPIROLA(肺機能を縦断的に監視・評価するためにNIOSHが開発したプログラム)18,19を用いて,各労働者ごとに,初回のFEV1からの経時的な低下を評価した.その結果,289人中21人にFEV1の時系列的な過剰低下が見られた.これら21人の中で,ジアセチル使用量が800ポンド/年(約360 kg/年)以上の7工場の労働者は14人(追跡2,132人月),800ポンド/年未満の13工場の労働者は7人(追跡3,157人月)であり,過剰低下の発生率はそれぞれ6.6人/人月および2.2人/人月と,前者で有意(p < .05)に大きかった.

以上より,著者らは,ジアセチル曝露がFEV1の過剰低下に関連していることが示され,したがって食品香料製造労働者の健康保護のためには,定期的な肺機能検査によりFEV1の過剰低下をチェックすることが重要であると述べている.

4) 食品香料製造工場におけるジアセチル濃度測定

食品香料製造労働者の健康調査結果を報告した上記の2つの論文には,ジアセチル濃度に関する情報がないので,別の食品香料製造工場で実施された作業環境調査の結果を紹介する.

National Jewish Medical and Research CenterのMartynyら20は,食品香料製造労働者のジアセチル曝露を評価するため,16カ所の中小規模の工場において,作業場のジアセチル濃度および労働者のジアセチル曝露濃度の測定を行った.ただしNIOSH Method 2557を使用しており,過小評価の可能性がある.

作業場のジアセチル濃度の各工場での平均は0.01未満~3.71 ppm,労働者のジアセチル曝露濃度(ジアセチル取扱作業中)の各工場での平均は 0.03~15.26 ppmであった.また粉体調合時および液体調合時のジアセチル濃度はそれぞれ平均 4.24 ppm(範囲0.01未満-32.0 ppm)および 2.02 ppm(範囲0.01未満-60.0 ppm)であり,粉体調合時の方が高かった.リアルタイム測定による最高値は,粉体調合時の 525 ppmであった.ジアセチル取扱作業時以外はジアセチルへの曝露がないと仮定して,勤務時間の平均(full-shift TWA)を算出すると,粉体調合労働者では平均 0.71 ppm(範囲0.004未満-3.94 ppm),液体調合労働者では平均 0.91 ppm(範囲0.004未満-43.5 ppm)であった.

3. マイクロ波ポップコーン製造労働者と食品香料製造労働者を統合した再解析

2000年から2012年までにNIOSHは,製造工程でジアセチルを使用する9つの工場(マイクロ波ポップコーン製造,食品香料製造)において,現労働者および元労働者を対象として健康調査を実施した.Fechter-Leggettら21が,これらの労働者に多発した呼吸器疾患の特徴を明らかにするために,調査データを統合して再解析している.

解析対象者は現労働者1224人および元労働者183人の計1,407人であり,そのうち男性は57.4%,白人は81.1%,年齢は18~72歳(中央値36歳),BMIは 15.7~61.0 kg/m2(中央値 27.8 kg/m2)であった.喫煙状況は,非喫煙者44.1%,現在喫煙者38.7%,過去喫煙者17.2%であり,勤務期間は0.5未満~37.5年(中央値2.8年)であった.健康調査では,対象者の20.3%に肺換気障害(閉塞性9.1%,拘束性(全肺気量が正常範囲の下限値未満,FEV1/FVCは正常範囲)7.2%,混合性4.0%)があり,41.2%に自覚症状(労作時呼吸困難32.7%(勤務開始時19.8%),常時咳嗽22.8%(勤務開始時14.3%))が見られた.肺生検を実施したものは11人(現労働者8人,元労働者3人)であった.

各人の呼吸器疾患を次の5区分に分類した.①「病理学診断」:肺生検による病理学者の診断により,狭窄性細気管支炎または閉塞性細気管支炎と診断されている,②「可能性高い」:肺機能検査により,%FEV1が60%未満の閉塞性換気障害,あるいは%FEV1が60%未満の混合性換気障害(拘束性/閉塞性),③「可能性あり」:肺機能検査により,%FEV1が60%以上の閉塞性換気障害,あるいは%FEV1が60%以上の混合性換気障害(拘束性/閉塞性),あるいは拘束性換気障害,④「症状のみ」:肺機能は正常範囲であるが,労作時呼吸困難または常時咳嗽の自覚症状あり,⑤「正常」:肺機能は正常範囲で,かつ労作時呼吸困難および常時咳嗽のいずれもない.

呼吸器疾患の区分は,「病理学診断」4人(0.3%),「可能性高い」48人(3.4%),「可能性あり」234人(16.6%),「症状のみ」404人(28.7%),「正常」717人(51.0%)となった.「病理学診断」に該当した4人の勤務期間は0.5年未満~16.1年(中央値3.3年)であり,その他の所見(重複あり)として,肉芽腫(granulomas, 2人),呼吸細気管支炎(respiratory bronchiolitis,2人),肺気腫(emphysema,1人)が見られた.肺生検を実施したが,「病理学診断」に該当しなかった7人の所見(重複あり)は,肉芽腫(3人),呼吸細気管支炎(3人),慢性線維性胸膜炎(chronic fibrous pleuritis,2人),間質性線維症(interstitial fibrosis,2人),気管支周囲炎症(peribronchial inflammation,1人),肺気腫(1人)であった.これらの7人の区分は,「可能性高い」4人,「可能性あり」3人であった.また「病理学診断」の100%,「可能性高い」の79.1%,「可能性あり」の68.0%,および「症状のみ」の67.4%が,勤務開始後に自覚症状(労作時呼吸困難,常時咳嗽)を発症したと回答した.

以上の解析結果に基づき,著者らは,マイクロ波ポップコーン製造労働者および食品香料製造労働者には,閉塞性細気管支炎との病理学的診断を受けたものが少数いるが,それ以外にも多数のものが呼吸器疾患を発症していると述べている.そして,①自覚症状(労作時呼吸困難,常時咳嗽),②閉塞性などの換気障害,③呼吸器毒性を持つ食品香料への職業性曝露の3条件が揃えば,食品香料曝露に関連した呼吸器疾患の可能性があることを示唆する証拠となるとしている.また食品香料関連呼吸器疾患の特徴として,これまで閉塞性換気障害が注目されてきたが,拘束性換気障害も見られるので,特に労作時呼吸困難や常時咳嗽を伴う場合は,この疾患の初期の兆候かもしれないと捉えるべきだろうと述べている.

III.関連情報

1. 動物実験

NIOSHのHubbsら22は,マイクロ波ポップコーン製造工場の労働者に閉塞性肺疾患が多発したことを受けて,バター臭香料を加熱して発生した蒸気を雄ラット(Sprague-Dawley)に吸入させる実験を行い,壊死性気管支炎および壊死性化膿性鼻炎の発症を確認した.さらにHubbsら23は,ジアセチルを雄ラット(Sprague-Dawley)に吸入させ,鼻腔,喉頭,気管および気管支の上皮の壊死と線維素化膿性炎症の発症を確認した.またNational Institute of Environmental Health SciencesのMorganら24は,ジアセチルを雄マウス(Male C57Bl/6)に吸入させ,壊死性鼻炎,壊死性喉頭炎,気管支周囲のリンパ球性炎症,細気管支周囲の上皮の萎縮,剥落および再生を伴うリンパ球性炎症を引き起こすことを確認した.

Duke大学のPalmerら25は,ジアセチルを雄ラット(Sprague-Dawley)に気管内投与(単回投与 125 mg/kg)して,気道への影響を観察している.気管内投与を採用したのは,吸入曝露の場合,ヒトと比べると,げっ歯類では鼻腔内でジアセチルが広範囲に吸収・反応し,下気道まで到達する割合が少なくなる可能性があるためである.ジアセチル処理ラットでは,1日目に気管支上皮および細気管支上皮に重度の壊死が見られ,その後,上皮の急速な再生と,閉塞性細気管支炎の特徴である広範な気道の線維化が生じて,気道が部分的に閉塞あるいは完全に閉塞し,気道抵抗が増加した.これらの結果に基づき,著者らは,ジアセチルの気管内投与がラットに閉塞性細気管支炎を発症させることを確認したと述べている.

2. ヒトおよびげっ歯類における下気道組織のジアセチル濃度の違い

ヒトとげっ歯類では,鼻腔・気道の構造の違いや呼吸法の違いなどにより,同じ気中濃度のジアセチルを吸入した場合でも,下気道組織のジアセチル濃度は異なると考えられる.Gloedeら26は,この点を生理学的シミュレーションモデル(鼻,気管,主気管支,大気管支,小気管支,細気管支,肺胞をコンパートメントとするPBPKモデル)を用いて定量的に検討し,鼻呼吸・安静時のラット(動物実験の一般的な条件)での細気管支組織のジアセチル濃度と比較して,ヒトでは鼻呼吸・安静時には5倍に,口呼吸・安静時には7倍になり,また口呼吸・軽作業時には40倍になると推定している.著者らは,細気管支組織のジアセチル濃度の違いが,ヒトとラットでのジアセチルの影響の強さに差をもたらしていると考察している.

3. 喫煙によるジアセチル曝露をめぐる論争

Cardno ChemRiskのPierceら27は,タバコの標準喫煙装置を用いて,喫煙によるジアセチルの体内取込量を推定している.主流煙中のジアセチル濃度は銘柄ごとの平均で 250~361 ppmであり,この数値を用いて一定の仮定に基づき計算すると,1箱-年の喫煙によるジアセチルの累積曝露量は 1.1~1.9 ppm年となった.この結果を基に,Pierceらは,喫煙者である食品香料曝露労働者の場合,職業性曝露によるジアセチルの取り込み量よりも,喫煙による取り込み量の方が多く,したがって食品香料曝露労働者において報告されている職業性ジアセチル曝露と閉塞性肺疾患の関連性は,喫煙に伴うジアセチル曝露による交絡を受けていると主張している.これ対して,NIOSHのKreiss28は,疫学調査における職業性ジアセチル曝露と閉塞性肺疾患の関連性は,喫煙による交絡の影響を除去した上で,確認されていると述べて反論している.

また,Pierceら27は,ジアセチル曝露を伴う喫煙が閉塞性細気管支炎の危険因子であることはこれまで示されておらず,ジアセチル曝露がこの疾患の危険因子であるという主張と矛盾していると述べている.それに対して,Kreiss28は,喫煙は閉塞性細気管支炎と重要な形態学的特徴(気道線維化)を共有する慢性閉塞性肺疾患の主要な原因であるが,そのことはタバコ煙中のジアセチルが慢性閉塞性肺疾患の潜在的な寄与因子である可能性を示していると述べている.

4. 職業性曝露限界

ACGIHは,ジアセチルのTLV-TWAを 0.01 ppm,TLV-STELを 0.02 ppmと定めている2.また,Deutsche Forschungsgemeinschaft(DFG ドイツ研究振興協会)はMaximale Arbeitsplatz-Konzentration (MAK,8時間平均濃度の基準値)を 0.02 ppmと定めている29

IV.まとめ

マイクロ波ポップコーン製造労働者および食品香料製造労働者の疫学調査5,6,7,9,10,11,12,13,16,17,21の結果は,いずれもバター臭香料への曝露,特にジアセチル曝露が呼吸器症状の有症率を増加させること,および閉塞性細気管支炎を含む閉塞性肺疾患を引き起こすことを示している.動物を用いた吸入曝露実験22,23,24では,バター臭香料の加熱により発生する蒸気がラットに壊死性気管支炎および壊死性化膿性鼻炎を引き起こすこと,およびジアセチルがラットに鼻腔,喉頭,気管および気管支の上皮の壊死と線維素化膿性炎症を,マウスに壊死性鼻炎,壊死性喉頭炎,気管支周囲のリンパ球性炎症,細気管支周囲の上皮の萎縮,剥落および再生を伴うリンパ球性炎症を引き起こすことが確認されている.またラットを用いた気管内投与実験25では,ジアセチルが閉塞性細気管支炎を発症させることが示されている.

以上の疫学的知見と動物実験結果を総合すると,ジアセチルがヒトに閉塞性細気管支炎を含む閉塞性肺疾患を引き起こすといえよう.したがってジアセチル曝露労働者が閉塞性肺疾患を発症した場合は,病理学的診断が閉塞性細気管支炎でなくても,あるいは病理学検査が行われていなくても,Fechter-Leggett21の3条件(①自覚症状(労作時呼吸困難,常時咳嗽),②閉塞性などの肺換気障害,③呼吸器毒性を持つ食品香料への職業性曝露)を満たせば,職業性疾患である可能性を考えるべきであろう.

なお,国内でも,食品香料製造に従事した労働者が閉塞性換気障害を発症して,業務上疾病として認定された事例があり,厚生労働省が関係団体に対策を講ずるよう通達を発出している30

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

文献
 
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