SANGYO EISEIGAKU ZASSHI
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Assessment of the application of atherosclerotic disease risk scores in the workplace
Kazushirou Kurogi Sakiko YuraKazuo MoriyamaEri TsudaNaoki YoshidaMasato Ito
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2025 Volume 67 Issue 1 Pages 9-25

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抄録

目的:定期健康診断後の事後措置での高リスク者の抽出において単一リスクでの選定のみでは,複数のリスクを持つ対象者を見逃す可能性がある.我々は,動脈硬化性疾患(Atherosclerotic Cardiovascular Disease: ASCVD)の発症リスク予測モデルである久山町研究のスコア(ASCVDリスク値)に着目し,職域におけるASCVDリスク値の運用について検討を行った.方法:2010年度の定期健康診断結果をベースラインとし,脳・心臓疾患既往のない19歳から64歳までの41,815名(男性:34,024名,女性:7,791名),平均年齢(±標準偏差):43.2±5.6歳(男性:43.6±5.4歳,女性:41.8±5.8歳)を対象とした.2011年度から2020年度までの10年間における動脈硬化性疾患発症とベースライン時のASCVDリスク値の関連をCox回帰分析にてハザード比を用いて検討を行った.次にASCVDリスク値の予測モデルの性能評価に受信者動作特性(ROC)分析を使用し,職域における至適カットオフ値と高リスク者の抽出基準を検討した.結果:10年間での動脈硬化性疾患の発症率は2.6%(男性:3.0%,女性:0.8%)であった.ASCVDリスク値ごとの累積発症率(千分率:‰)は,ASCVDリスク値が4.5%から8.0%まで発症率は25‰のまま変動せず,ASCVDリスク値が8.5%を超えると26‰へ上昇していた.発症率とのハザード比による関連では,単変量解析により,男女ともにASCVDリスク値が発症率に有意な関連を示した.男性ではASCVDリスク値が1%上昇するごとに発症率が1.5倍(ハザード比(HR):1.46,95%信頼区間(1.42–1.51),p < .001)上昇し,年齢,健康診断項目,生活習慣,職業関連因子による多変量調整後も有意な関連(HR:1.26(1.21–1.32),p < .001)を認め,10歳ごとの年齢階級別の検討では,30歳以上の若年層から発症との有意な関連を認めた.女性ではASCVDリスク値が1%上昇するごとに発症率が3.2倍(HR:3.19 (2.10–4.85), p < .001)上昇することが確認されたが,年齢や多変量調整では発症との有意な関連を認めなかった.ROC分析ではASCVDリスク値1.62%が最も優れた予測力を示し,感度:58.6%,特異度:71.9%,陽性反応的中率:5.2%であった.ASCVDリスク値の上昇とともに陽性反応的中率は増加傾向を認め,ASCVDリスク値が3.5%を超えるとPPVは10%を超えていた.また,久山町研究では全体の上位20%を高リスクと定義しているが,本調査ではASCVDリスク2.0%以上の対象者が全体の上位18.8%を占めており,2%以上を「高リスク」として捉えることが妥当であると考えられた.考察:男性は,発症とASCVDリスク値に強い関連が認められ,特に30歳台の若年層においても関連が確認された.一方,女性では単変量解析で発症との関連が示されたものの,年齢調整および多変量調整後には有意な関連は認められなかった.これは,加齢に伴うエストロゲンの抗動脈硬化作用の低下が影響している可能性が考えられた.定期健康診断後にASCVDリスク値を把握し,生活習慣の是正や受診勧奨に活用することは有用と考えられ,リスクレベルにしきい値を設定し,優先的に対応することが重要である.本調査ではROC分析に基づき,1.5%以上を「予防的介入の基準」,対象者の上位20%相当である2.0%以上を「高リスク」,陽性反応的中率が10%を超える3.5%以上を「超高リスク」とするリスクの階層化が適切と考えられた.しかし本調査は,企業規模や平均年齢によってリスクレベルが低く見積もられた可能性があるため,企業の規模や平均年齢,産業医活動の実情に応じてASCVDリスク値の運用を企業独自で柔軟に対応する必要がある.

Abstract

Objective: In occupational health activities in Japan, evaluating workers’ fitness for work following health checkups is a primary task. Health checkups are used to identify workers at high risk of cerebrovascular and cardiovascular diseases and conduct fit-for-work evaluations. However, identifying high-risk individuals based on a single risk factor may overlook those with multiple risk factors who have a high risk of developing cerebrovascular and cardiovascular diseases. Presently, we aimed to investigate the atherosclerotic cardiovascular disease (ASCVD) risk score from a previous study by Hisayama (Hisayama study) and examine its use in the workplace. Methods: Baseline data from health checkups conducted in 2010 of 41,815 employees (men; 34,024, women; 7,791) aged 19–64 years without previous cerebrovascular or cardiovascular disease were analyzed. The relationship between baseline ASCVD risk scores and the incidence of ASCVD > 10 years (2011–2020) was examined using Cox regression analysis with hazard ratios (HR). Receiver operating characteristic (ROC) analysis was conducted to evaluate the model’s performance and determine optimal cut-off values for the identification of high-risk individuals in the workplace. Results: The 10-year incidence of ASCVD was 2.6% (men; 3.0%, women; 0.8%). In men, each 1% increase in ASCVD risk score was associated with a 1.5-fold increase in ASCVD incidence (HR; 1.46, 95% confidence interval [CI]; 1.42–1.51, p < .001), which was observed from age 30 and even after multivariate adjustment. In women, univariate analysis showed an association between increased ASCVD risk score and incidence (HR; 3.19, 95% CI; 2.10–4.85, p < .001); however, this was not significant after adjustment. ROC analysis identified 1.62% as the optimal cut-off (sensitivity; 58.6%, specificity; 71.9%, positive predictive value [PPV]; 5.2%). Conclusion: The ASCVD risk score is a useful tool for risk management and prevention in the workplace, particularly for men. In women, this association disappeared after age adjustment, possibly due to reduced estrogen effects with aging. Based on the ROC analysis, stratifying at ≥ 1.5% for intervention, ≥ 2.0% (top 20%) for “high risk,” and ≥ 3.5% (PPV > 10%) for “extremely high risk” is advised. However, this study may have underestimated the risk levels; therefore, companies should adapt the use of ASCVD risk scores flexibly according to their circumstances.

1. 目的

本邦では労働安全衛生法に基づき,労働者に対して定期健康診断を行うことが義務付けられており,健康診断結果を用いた就業措置は,産業医もしくは医師が行う産業保健活動の主要業務である1.具体的には,健康診断結果に基づき,労働者の就業に必要な措置を講じることが事業者の責任とされ,場合によっては就業の制限が含まれる.産業医はその意見を述べる際に,中立性や科学的妥当性,安全配慮義務,そして人権への配慮を要求されるが,企業文化や医師の方針などの違いもあり画一的な就業措置の適用範囲は存在していない2

定期健康診断項目は,血圧,血中脂質,血糖などの項目が主体であり3,生活習慣病の予防や早期発見,疾病管理に役立ち,動脈硬化による脳・心臓疾患の発症防止にも関連している.当グループでは,これらの指標に基づき,脳・心臓疾患のリスクが高い労働者を抽出し,業務内容を鑑みたうえで就業に必要な措置の有無について意見を行っている.

しかし単一のリスク因子に基づくハイリスク者の特定は,複数のリスクを持つ脳・心臓疾患発症リスクの高い対象者を見逃す可能性がある.そのため当グループでは10年以内の冠動脈疾患(冠動脈性死亡および非致死性心筋梗塞)の発症率を予測するフラミンガムスコアを使用している4.しかし,フラミンガムスコアは冠動脈疾患リスクを評価できるが,参加者の99%が白人であったため,日本人を含む他の集団への一般化には限界があり,冠動脈疾患リスクを過大評価することが報告されている5,6,7.また,フラミンガムスコアは脳卒中リスクの評価を含まないため,日本人における脳・心臓疾患リスクの総合的な評価には限界がある.そこで我々は,新たな指標として冠動脈疾患やアテローム血栓性脳梗塞などの粥状動脈硬化を背景とした動脈硬化性疾患(Atherosclerotic Cardiovascular Disease: ASCVD)の発症リスク予測モデルである久山町研究のスコアに着目した8

久山町研究スコア(以下,ASCVDリスク値)は,1988年の久山町生活習慣病の健診を受診した循環器疾患の既往のない40~84歳の住民2,454名を24年間追跡した結果を用いて10年間のASCVDの発症リスクを評価している.久山町研究の発症予測スコアは,動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年度版に採用されており,その信頼性と妥当性が広く認められている9,10.これらのリスク評価と職域における動脈硬化性疾患発症に関する妥当性については報告が少ないため,本調査では,当グループ内の労働者の健康診断結果を用いて,ASCVDリスク値と動脈硬化性疾患の発症率(以下,発症率)との関連を調査した.さらに,職域におけるASCVDリスク値の運用妥当性についても検討を行った.

2. 方法

研究デザインと対象者

2010年度の定期健康診断をベースラインとし,当グループで定期健康診断を受診した115,087名を対象者とした.115,087名のうち,当健康保険組合の診療報酬明細書(以下,レセプト)と突合可能であった73,272名を対象とした.この中で,データ欠損がなく,2010年度以前に脳・心臓疾患既往のない19歳から64歳までの41,815名(男性34,024名:81.4%,女性7,791名:18.6%)を最終的な解析対象とした.2011年度から2020年度までの計10年間の追跡期間における発症率とベースライン時のASCVDリスク値の関連を調査した.詳細な研究フローを図1に示す.なお,久山町研究では冠動脈疾患または脳卒中の既往のない40歳以上の住民を調査対象としている11.動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年度版でも,久山町研究のリスクチャートは40歳未満のリスク評価には一般的な指標としての活用が推奨されていない10.しかし,本調査では職域世代におけるASCVDリスク値の妥当性を評価するため,全年代を対象とした.

図1. 対象者抽出のフロー図

動脈硬化性疾患発症の評価

動脈硬化性疾患は,久山町研究に基づく先行研究12から,狭心症や心筋梗塞による冠動脈疾患,脳卒中の発症と定義した.動脈硬化性疾患のイベント発生は,2011年から2020年度までの10年間にわたり,定期健康診断で得られた問診票から心臓病(狭心症,心筋梗塞)や脳卒中(脳梗塞,脳出血)の既往歴を聴取し,これをレセプトと照合して収集した.具体的には既往歴聴取において既往ありと回答した者について,レセプトで発症年度を確認し,該当者を「動脈硬化性疾患発症あり」と定義した.該当者は,レセプトで確認した発症年度をもとに追跡を終了した.

ベースライン時のASCVDリスク値の取得

ベースライン時の定期健康診断結果をもとに,対象者のASCVDリスク値を算出した.ASCVDリスク値は久山町研究におけるCox比例ハザードモデルから算出された10年間の動脈硬化性疾患の発症確率の多変量予測モデル式を用いた8,13.この予測モデルはC統計量0.786と十分な識別能を有している13

予測モデル式:

動脈硬化性疾患の10年間の発症確率 = (1-0.9696exp(Σβx))×100

Σβx = (0.077×年齢) + (0.984 if 男性) + (0.010×収縮期血圧) + (0.459 if 糖尿病あり) + (0.005×血清LDLコレステロール値) + (-0.012×血清HDLコレステロール値) + (0.632 if 蛋白尿あり) + (0.336 if 現在喫煙者) + (0.339 if 定期的運動習慣なし) -6.7963

本調査における予測モデルでの糖尿病の有無は,空腹時血糖 126 mg/dl以上もしくは,糖尿病薬内服中を該当とし,蛋白尿の有無は1+以上を該当とした.定期的運動習慣は,久山町研究では週3回以上の運動習慣がない者を「定期的運動習慣なし」と定義している8.我々は,健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023で,日常生活で推奨される身体活動(日常生活の中での身体活動を1日60分以上)と運動(週2~3回の息が弾む運動を週60分以上)の両方を行うことが推奨されていることから14,「1回30分以上の運動を週2日以上実施していない」,「日常生活において歩行又は同等の身体活動を1日1時間以上実施していない」と2項目ともに回答した者を「定期的運動習慣なし」と定義した.

調整変数

対象者のベースライン時で取得した年齢,BMI値,生活習慣因子,健康診断項目,および職業関連因子を調整変数とした.生活習慣や健康診断項目についてはASCVDリスク値のモデル式に含まれていない項目を調整因子として選定した.具体的には,生活習慣因子として,朝食欠食の有無(週3回以上の朝食欠食をしない),食事摂取時の早食いの有無,就寝前2時間以内の食事の有無,適正飲酒量の有無(純アルコール 40 g/日未満の毎日の飲酒,または純アルコール 60 g/日以下の週6日未満の飲酒),睡眠充足感の有無(睡眠で十分な休養がとれているかどうか)を設定した.健康診断項目は労働安全衛生法に基づく法令項目である拡張期血圧,中性脂肪値,肝機能値(AST, ALT, GGT),および血色素量を調整変数とした.職業関連因子は,職種(事務,営業,技術・開発,製造,その他),深夜業従事の有無(22時~翌5時で月平均4回以上の従事),情報機器作業頻度(ほとんどない,2時間/日未満,4時間/日未満,4時間/日以上)とした.

解析方法

ベースライン時の対象者および動脈硬化性疾患の発症者における健診所見や生活習慣の男女間比較は,t検定,Mann-Whitney U検定,およびχ2 検定を用いて行った.10歳ごとの年齢階級別の検討は,一元配置分散分析およびχ2 検定を使用して評価し,各年齢階級間の比較にはBonferroni法を適用した.

アウトカム変数を動脈硬化性疾患発症ありと定義し,予測変数をベースライン時のASCVDリスク値とした.男女別にCox回帰分析を用いて,ASCVDリスク値と発症率との関連をハザード比で検討した.解析モデルには,単変量解析,年齢調整,および年齢,BMI値,生活習慣因子,健康診断因子,職業関連因子を追加調整した多変量調整を行った.また,10歳ごとの年齢階級別における発症率とASCVDリスク値の関連も,男女別に同様の解析モデルで分析した.予測変数および調整変数については,各変数間の偏相関係数が全て0.6未満であり,相関の強さを認めないことを確認した.次に,ASCVDリスク値の予測モデル性能評価を受信者動作特性(ROC)分析により行い,職域における至適カットオフ値および高リスク者の抽出基準を検討した.解析はIBM SPSS Statistic 29.0を使用し,有意水準は5%未満とした.

3. 結果

表1-1に全対象者の基本情報を示す.全対象者のベースライン時における平均年齢(標準偏差)は43.2歳(5.6)で,男性は43.6歳(5.4),女性は41.8歳(5.8)であった.年齢別の分布では,40–49歳の層が男女ともに最も多く(男性:25,519名;75.0%,女性:5,655名;72.6%),次いで30–39歳の層が多かった(男性:4,363名;12.8%,女性:1,471名;18.9%).ASCVDリスク値を規定する項目について,男性は女性と比較して,収縮期血圧,LDLコレステロール値,糖尿病該当率,喫煙率が有意に高く,HDLコレステロール値が有意に低かった.女性は定期的な運動習慣がない者が有意に多かった.その他の健診項目では,男性で中性脂肪値や肝機能値(AST, ALT, GGT),血色素量が有意に高く,高血圧,脂質異常症,糖尿病の内服治療率も有意に多かった.生活習慣は,男性で朝食欠食,早食い,就寝前の食事,不適切な飲酒の割合が有意に多かった.女性では,睡眠充足度が不足している割合が男性と比較して有意に高かった.職業関連因子では,男性は営業や技術・開発職種が有意に多く,事務職の割合が有意に少なかった.情報機器作業時間は,男性・女性ともに4時間以上の使用時間が多く,特に女性では4時間以上作業する割合が有意に高かった.また,男性では深夜業に従事する者が有意に多かった.ベースライン時に取得したASCVDリスク値は,全体で平均1.31(0.99),中央値1.13であった.男性は平均1.53(0.97),中央値1.32,女性は平均0.35(0.24),中央値0.30であり,女性のASCVDリスク値は有意に低かった.

表1-1. 対象者の基本情報(ベースライン時)

全体(N = 41,815)男性(n = 34,024)女性(n = 7,791)p
割合(%)10081.418.6
年齢(歳)43.2±5.643.6±5.441.8±5.8< .001
人・年405,683.5328,749.076,934.5
年齢別(%)
–297891.94881.43013.9< .001
30–395,83414.04,36312.81,47118.9< .001
40–4931,17474.625,51975.05,65572.6< .001
50–4,0079.63,64510.73624.6< .001
ASCVDリスク値(%)
平均±標準偏差1.31±0.991.53±0.970.35±0.24< .001
第一四分位数0.610.900.20
第二四分位数(中央値)1.131.320.30< .001
第三四分位数1.741.900.44
健診所見
BMI(kg/m223.2±3.423.5±3.221.5±3.6< .001
収縮期血圧(mmHg)117.8±14.0119.2±13.6111.5±14.1< .001
拡張期血圧(mmHg)73.6±10.774.8±10.468.3±10.4< .001
血液検査
LDLコレステロール(mg/dl123.5±30.8125.8±30.6113.5±29.6< .001
HDLコレステロール(mg/dl59.7±14.957.4±13.969.9±14.7< .001
中性脂肪(mg/dl113.1±91.2122.9±96.570.4±42.5< .001
AST(IU/l22.1±9.823.0±10.218.3±6.2< .001
ALT(IU/l25.4±19.227.7±19.915.2±10.4< .001
GGT(IU/l42.8±47.848.0±51.020.2±16.3< .001
血色素量(g/dl14.8±1.415.3±1.012.9±1.4< .001
尿蛋白あり(1+以上)(%)1,0862.69062.71802.3.078
糖尿病あり(%)1,2232.91,1343.3891.1< .001
内服あり
高血圧(%)2,2885.52,1156.21732.2< .001
脂質異常症(%)1,2953.11,1923.51031.3< .001
糖尿病(%)6391.55891.7500.6< .001
生活習慣
現在喫煙あり(%)12,77730.612,01435.37639.8< .001
定期的運動習慣なし(%)38,17891.330,81190.67,36794.6< .001
朝食欠食あり(%)8,26219.87,20121.21,06113.6< .001
早食い自覚あり(%)14,66635.112,61837.12,04826.3< .001
就寝前の食事あり(%)22,39053.519,84658.32,54432.7< .001
不適切な飲酒(%)3,5568.53,39610.01602.1< .001
睡眠充足度なし(%)19,32346.215,42545.33,89850.0< .001
職業関連因子
職種:該当者(%)
事務9,62923.05,79317.03,83649.2< .001
製造(技能)8,52620.46,96820.51,55820.0.341
営業5,72413.75,18115.25437.0< .001
技術・開発14,30634.213,38039.392611.9< .001
その他3,6308.72,7027.992811.9< .001
情報機器(1日の作業時間)
ほとんどない(%)3,2527.82,3707.088211.3< .001
2時間未満(%)4,64411.13,97311.76718.6< .001
4時間未満(%)9,81423.58,52925.11,28516.5< .001
4時間以上(%)24,10557.619,15256.34,95363.6< .001
深夜業従事あり(%)5,91214.15,58716.43254.2< .001

データは平均値±標準偏差または該当者数(%)で表される

表1-2は,男女別での年齢階級ごとの基本情報を示している.男性では,ASCVDリスク値を規定する項目として,年齢が高くなるにつれて収縮期血圧,LDLコレステロール値,尿蛋白該当率,糖尿病該当率が上昇し,これらの項目は50歳以上で有意に高かった.その他の健診項目や生活習慣についても,拡張期血圧,高血圧,脂質異常症,糖尿病の内服治療率,不適切な飲酒の割合が50歳以上で他の年齢階級と比較して有意に高かった.一方で,血色素量と朝食欠食者,就寝前の食事摂取の割合は50歳以上で有意に低かった.また,30–39歳および40–49歳では,他の年齢階級と比較して睡眠充足度が不足している割合が有意に高かった.職業関連因子は,50歳以上の男性では事務職の割合が他の年齢階級よりも有意に多く,情報機器作業時間が2時間未満および4時間未満の割合が有意に多い一方,4時間以上の割合は有意に少なかった.また,深夜業務に従事している割合も29歳以下と比較して有意に少なかった.40–49歳の男性では製造(技能)職,30–39歳では技術・開発職,29歳以下では営業職の割合が他の年齢階級と比較して有意に多かった.女性は,ASCVDリスク値を規定する項目として,年齢が高くなるにつれて収縮期血圧,LDLコレステロール値,糖尿病該当率が上昇し,これらの項目は50歳以上で有意に高かった.その他の健診項目では,BMI値,拡張期血圧,中性脂肪値,肝機能値(AST,ALT,GGT),高血圧,脂質異常症,糖尿病における内服治療率が50歳以上で,他の年齢階級と比較して有意に高かった.生活習慣では,29歳以下および30–39歳の女性において朝食欠食の割合が他の年齢階級と比較して有意に高く,40–49歳では29歳以下および30–39歳と比較して就寝前の食事摂取の割合が有意に少なかった.職業関連因子では,50歳以上の女性は情報機器作業時間が「ほとんどない」の割合が有意に多く,「4時間以上」の割合が有意に少なかった.

表1-2 . ベースライン時における対象者の基本情報(男女別)

男性女性
29歳以下30–39歳40–49歳50歳以上p29歳以下30–39歳40–49歳50歳以上p
対象者数4884,36325,5193,6543011,4715,655364
ASCVDリスク値(%)
平均±標準偏差0.32±0.15**0.68±0.33**1.52±0.79**2.77±1.32< .0010.08±0.03**0.16±0.08**0.39±0.20**0.77±0.40< .001
第一四分位数0.220.451.011.930.060.110.260.52
第二四分位数(中央値)0.29**0.62**1.36**2.51< .0010.07**0.15**0.34**0.68< .001
第三四分位数0.380.841.833.300.090.190.460.94
健診所見
BMI(kg/m222.4±3.7**23.2±3.4**23.6±3.223.7±3.1< .00120.2±2.6**20.7±3.3**21.7±3.7**22.4±3.4< .001
収縮期血圧(mmHg)116.5±3.7**117.6±12.3**119.2±13.6**121.8±14.9< .001104.4±2.6**106.8±12.0**112.8±14.3**117.0±15.8< .001
拡張期血圧(mmHg)68.2±3.7**71.7±9.4**75.1±10.4**77.6±10.6< .00162.8±2.6**65.1±9.2**69.1±10.5**71.8±10.6< .001
血液検査
LDLコレステロール(mg/dl108.2±29.9**118.9±30.4**126.9±30.4**128.9±30.1< .00195.8±25.2**103.3±27.3**116.1±29.3**129.7±30.0< .001
HDLコレステロール(mg/dl58.9±12.756.9±13.3**57.3±13.9**58.3±14.5< .00171.2±14.370.3±14.269.6±14.870.6±16.5.118
中性脂肪(mg/dl91.5±68.2**114.0±88.3**124.4±98.2127.4±95.0< .00156.5±23.4**64.3±40.2**71.7±42.7**86.4±51.6< .001
AST(IU/l21.7±9.1*22.8±9.823.1±10.523.0±9.0< .00117.5±5.5**17.7±5.8**18.3±6.2**20.5±7.4< .001
ALT(IU/l26.0±22.3*28.7±23.827.9±19.725.6±15.3**< .00113.1±6.2**13.9±9.2**15.4±10.5**18.6±14.8< .001
GGT(IU/l30.7±21.840.7±40.9**48.9±51.7**52.4±57.7< .00116.4±9.2**17.8±11.0**20.7±16.1**25.4±31.4< .001
血色素量(g/dl15.4±0.9**15.4±0.9**15.3±1.0**15.2±1.0< .00113.1±1.012.9±1.212.8±1.4**13.1±1.4< .001
尿蛋白あり(1+以上)(%)61.2)*1002.3)**6742.6)*1263.4.00251.7392.71322.341.1.296
糖尿病あり(%)30.6)**441.0)**8473.3)**2406.6< .00100.0)**80.5)**681.2)**133.6< .001
内服あり
高血圧(%)20.4)**400.9)**1,5446.1)**52914.5< .00100.0)**40.3)**1312.3)**3810.4< .001
脂質異常症(%)10.2)**290.7)**9403.7)**2226.1< .00110.3)**60.4)**741.3)**226.0< .001
糖尿病(%)20.4)**170.4)**4371.7)**1333.6< .00100.0)**40.3)**370.7)**92.5< .001
生活習慣
現在喫煙あり(%)17034.81,59436.58,96735.11,28335.1.3473612.016911.55209.23810.4.031
定期的運動習慣なし(%)43188.33,97791.223,13190.63,27289.5.15728695.01,39995.15,34494.533892.9.382
朝食欠食あり(%)22846.7)**1,41032.3)**5,07719.9)**48613.3< .0016822.627919.068612.1)**287.7)**< .001
早食い自覚あり(%)17936.71,72739.6)**9,49337.2)**1,21933.4< .0016922.938426.11,48926.310629.1.348
就寝前の食事あり(%)30662.7)**2,74362.9)**14,86458.2)**1,93352.9< .00112340.9)**52235.5)*1,78131.511832.4< .001
不適切な飲酒(%)316.4)**3628.3)**2,56110.0)**44212.1< .00182.7352.41091.982.2.613
睡眠充足度なし(%)21343.62,00045.8)**11,67245.7)**1,54042.1< .00113444.569247.02,87750.919553.6.006
職業関連因子
職種:該当者(%)
事務5110.5)**4319.9)**4,44617.4)**86523.7< .00114548.278353.22,73548.4)**17347.5.009
製造(技能)7415.2)**84519.4)**5,47821.557115.6)**< .00162.0)**1389.4)**1,34623.86818.7< .001
営業16934.690620.8)**3,51013.8)**59616.3)**< .0016922.917011.6)**2925.2)**123.3)**< .001
技術・開発17034.8)**1,96445.010,04039.3)**1,20633.0)**< .001289.321214.464811.53810.4.006
その他244.9)**2175.0)**2,0458.0)**41611.4< .0015317.616811.4)**63411.2)**7320.1< .001
情報機器(1日の作業時間)
ほとんどない(%)6012.34049.31,6766.6)**2306.3)**< .001144.7)**1006.8)**69612.3)**7219.8< .001
2時間未満(%)316.4)**4129.4)**3,00811.8)**52214.3< .001155.0745.0)*5459.63710.2< .001
4時間未満(%)9118.6)**87220.0)**6,45325.3)**1,11330.5< .0015919.622315.293316.57019.2.112
4時間以上(%)30662.7)**2,67561.3)**14,38256.4)**1,78949.0< .00121370.8)**1,07473.0)**3,48161.6)**18550.8< .001
深夜業従事あり(%)13026.61,03923.84,00815.7)*41011.2)**< .001175.6664.52264.0164.4.478

データは平均値±標準偏差または該当者数(%)で表される

*p < .05, **p < .01:(Bonferroni補正後),他の全年齢階級と比較

図2-1は,久山町研究で示されたASCVDリスク値に基づく本調査対象者の分布を示している.全対象者のうち,ASCVDリスク値が1.5%以上の者は33.4%,2%以上の者は18.1%であった.さらに2.5%以上の者は9.9%と1割を下回り,3.5%以上の者は全体の3.1%,4.0%以上の者は1.8%であった.次に,本調査の40歳以上の対象者について,久山町研究の分布と比較したところ,久山町研究ではASCVDリスク値が2%未満の対象者が全体の35%を占めるのに対し,本調査では83.1%を占めていた(図2-2).

図2-1 . 対象者のASCVDリスク値分布(久山町研究によるリスク値分布に基づき作成)

図2-2 . 40歳以上の対象者と久山町研究でのASCVDリスク値ごとの該当割合

※久山町スコアでの対象者のうち下位35%が該当( < 2.0%),全体の上位20%が該当( > 10%)

表2-1は,10年間で動脈硬化性疾患を発症した対象者の基本情報を示している.対象者のうち10年間での発症者数は1,073名(2.6%)であり,10万人年あたりの発症率(人年法)は264.5であった.そのうち冠動脈疾患の発症数は777名(1.9%),人年法:191.5,脳卒中発症数は296名(0.7%),人年法:73.0であった.男性での発症者数は1,008名(3.0%),人年法:306.6であり,女性では65名(0.8%),人年法:84.5であった.男性の発症率は女性よりも有意に高かった.男女間での比較では,男性のASCVDリスク値は有意に高く,ASCVDリスク値を規定する項目では,収縮期血圧,LDLコレステロール値,喫煙率が有意に高く,HDLコレステロール値は有意に低かった.それ以外の健診項目ではBMI値,中性脂肪値,肝機能値(AST,ALT,GGT)が男性で有意に高かった.生活習慣および職業関連因子では,男性の技術・開発職の割合が有意に多く,事務職の割合は有意に少なかった.また,ASCVD発症者における男女間の人数の影響を調整するために,年齢調整を行った傾向スコア・マッチングを実施した(補助資料表1).キャリパー係数は0.018とし,男女比1:1で抽出を行った.その結果,男性でのASCVDリスク値が有意に高く,ASCVDリスク値を規定する項目では,収縮期血圧,中性脂肪値,喫煙率の割合が男性で有意に高く,HDLコレステロール値は有意に低かった.表2-1と比較するとLDLコレステロール値では有意差を認めなかったが,その他の項目では同様の傾向がみられた.また,その他の健診項目,生活習慣,職業関連因子においても,男性の技術・開発職の割合が有意に多く,女性は事務職の割合が有意に多い点で表2-1と一致していた.

表2-1 . 動脈硬化性疾患発症者の基本情報(ベースライン時)

全体(N = 1,073)男性(n = 1,008)女性(n = 65)p
割合(%)10093.96.1
動脈硬化性疾患
発症者数(発症率%)1,073/41,815(2.6)1,088/34,024(3.0)65/7,791(0.8)< .001
人年法(率)264.5306.684.5
 うち冠動脈疾患
発症者数(発症率%)777/41,815(1.9)734/34,024(2.2)43/7,791(0.6)< .001
人年法(率)191.5223.355.9
 うち脳卒中
発症者数(発症率%)296/41,815(0.7)274/34,024(0.8)22/7,791(0.2)< .001
人年法(率)73.083.328.6
年齢(歳)45.8±4.445.8±4.445.1±5.0< .001
ASCVD値(%)
平均値±標準偏差2.13±1.462.24±1.440.50±0.30< .001
第二四分位数(中央値)1.821.90.45< .001
健診所見
BMI(kg/m224.4±3.624.6±3.622.4±3.4< .001
収縮期血圧(mmHg)125.0±15.0125.5±14.8117.5±15.7< .001
拡張期血圧(mmHg)79.2±11.479.6±11.372.6±11.6< .001
血液検査
LDLコレステロール(mg/dl133.3±33.1133.9±33.1124.9±31.4.013
HDLコレステロール(mg/dl55.0±14.154.0±13.371.5±16.2< .001
中性脂肪(mg/dl145.2±133.3149.5±135.778.2±52.2< .001
AST(IU/l23.8±9.824.1±9.719.1±9.9< .001
ALT(IU/l29.6±21.030.4±21.216.8±11.8< .001
GGT(IU/l54.7±58.156.8±59.123.0±23.5< .001
血色素量(g/dl15.3±1.315.4±1.112.9±1.5< .001
尿蛋白あり(1+以上)(%)545.0535.311.5.184
糖尿病あり(%)847.8818.034.6.320
内服あり
高血圧(%)18517.217817.7710.8.154
脂質異常症(%)968.9929.146.2.416
糖尿病(%)454.2434.323.1.643
生活習慣
現在喫煙あり(%)48845.547847.41015.4< .001
定期的運動習慣なし(%)96589.990389.66295.4.132
朝食欠食あり(%)24222.623323.1913.8.083
早食い自覚あり(%)41738.939939.61827.7.057
就寝前の食事あり(%)59455.456456.03046.2.124
不適切な飲酒(%)12511.612112.046.2.154
睡眠充足度なし(%)48545.244944.53655.4.089
職業関連因子
職種:該当者(%)
事務22521.019719.52843.1< .001
製造(技能)22721.221120.91624.6.481
営業16915.816216.1710.8.255
技術・開発33831.533132.8710.8< .001
その他11410.610710.6710.8.969
情報機器(1日の作業時間)
ほとんどない(%)726.7656.4710.8.138
2時間未満(%)13712.812812.7913.8.788
4時間未満(%)29227.227827.61421.5.289
4時間以上(%)57253.353753.33553.8.929
深夜業従事あり(%)14013.013513.457.7.186

データは平均値±標準偏差または該当者数(%)で表される

表2-2は,男女別に年齢階級ごとの発症者の基本情報を示している.男性では,年齢階級が上がるにつれて発症率が上昇し,50歳以上では30–39歳および40–49歳よりも有意に発症率が高かった.ASCVDリスク値も50歳以上で有意に高値であった.ASCVDリスク値を規定する項目では,糖尿病該当率が50歳以上で40–49歳よりも有意に高かったが,それ以外の項目では有意差を認めなかった.その他の健診項目では,50歳以上は他の年齢階級よりも高血圧の内服治療率が有意に高かった.また,30–39歳ではALT値が50歳以上よりも有意に高値であった.生活習慣および職業関連因子では,50歳以上は他の年齢階級よりも事務職の割合が有意に高かった.30–39歳では,朝食欠食率,就寝前の食事摂取が50歳以上よりも有意に多く,深夜業従事者は40–49歳および50歳以上よりも有意に多かった.女性においても,年齢階級が上がるにつれて発症率が上昇し,50歳以上では30–39歳および40–49歳よりも有意に発症率が高かった.ASCVDリスク値を規定する項目では,50歳以上と他の年齢階級間で有意差を認める項目はなかった.その他の健診項目や生活習慣,職業関連因子では,高血圧の内服治療率が50歳以上で30–39歳および40–49歳よりも有意に高かった.また40–49歳では定期的な運動習慣がない割合が30–39歳および50歳以上と比較して有意に高かった.なお,20歳台の対象者は男女ともに1名ずつしかおらず,統計的に有意差を認めるには十分なデータがないため,この年齢階級に関しては有意差の評価は行っていない.

表2-2 . 動脈硬化性疾患発症者の男女別での基本情報(ベースライン時)

男性女性
29歳以下30–39歳40–49歳50歳以上p29歳以下30–39歳40–49歳50歳以上p
動脈硬化性疾患発症者数146**762**199< .00112**53*9< .001
発症率(%)0.201.05**2.99**5.45< .0010.330.14**0.94*2.47< .001
人年法(率)20.9107.9308.2584.133.913.794.9254.9
ASCVDリスク値(%)
平均±標準偏差0.33±0.330.95±0.58**2.01±1.21**3.41±1.70< .0010.06±0.060.15±0.08*0.47±0.22*0.81±0.47.002
第二四分位数(中央値)0.780.781.733.010.060.150.440.63
健診所見
BMI(kg/m219.5±0.024.8±4.024.6±3.624.3±3.2.38818.3±0.024.8±7.122.2±3.423.7±2.5.151
収縮期血圧(mmHg)115.0±0.0126.4±20.0125.2±14.5126.3±14.9.588106.0±0.0120.0±2.8115.9±14.8127.6±19.9.328
拡張期血圧(mmHg)69.0±0.079.9±14.879.5±11.280.0±10.6.51455.0±0.074.0±5.771.8±11.379.1±12.5.183
血液検査
LDLコレステロール(mg/dl150.0±0.0127.4±33.7133.4±33.4137.2±31.9.15998.0±0.097.5±0.7123.6±31.8141.2±26.8.053
HDLコレステロール(mg/dl61.0±0.054.5±13.253.8±13.454.5±13.2.69879.0±0.068.0±8.570.1±15.679.9±19.9.602
中性脂肪(mg/dl242.0±0.0125.6±66.6149.6±136.6154.4±144.1.33143.0±0.0121.5±96.976.5±50.382.6±59.6.532
AST(IU/l32.0±0.025.6±10.924.2±9.823.1±8.9.17821.0±0.016.0±1.418.5±10.123.0±10.2.131
ALT(IU/l39.0±0.036.6±32.2*30.8±20.927.6±18.9.06417.0±0.013.5±5.016.9±12.617.3±8.7.814
GGT(IU/l61.0±0.049.4±35.257.5±59.355.7±63.0.86824.0±0.015.5±0.724.1±25.918.1±3.1.673
血色素量(g/dl16.3±0.015.4±1.415.4±1.015.5±1.1.74812.6±0.012.9±0.612.8±1.613.0±1.3.959
尿蛋白あり(1+以上)(%)00.036.5405.2105.0.78000.000.011.900.0.871
糖尿病あり(%)00.024.3547.1)*2512.6.00800.000.035.700.0.775
内服あり
高血圧(%)00.048.7)**12015.7)**5427.1< .00100.000.0)*23.8)**555.6< .001
脂質異常症(%)00.012.2699.12211.1.09600.0150.0)*35.700.0.158
糖尿病(%)00.000.0314.1126.0.06800.000.023.800.0.817
生活習慣
現在喫煙あり(%)00.02452.236047.29447.2.83100.000.01018.900.0.580
定期的運動習慣なし(%)11004393.568389.617688.4.3531100150.0)**5298.1888.9)*.011
朝食欠食あり(%)00.01839.1)*17523.04020.1.04200.000.0815.1111.1.817
早食い自覚あり(%)00.02043.530940.67035.2.18400.0150.01528.3222.2.823
就寝前の食事あり(%)00.03473.9)*42355.510753.8.1241100150.02445.3444.4.496
不適切な飲酒(%)00.0510.98511.23115.6.10800.000.047.500.0.740
睡眠充足度なし(%)11002350.034545.38040.2.10100.000.03056.6666.7.092
職業関連因子
職種:該当者(%)
事務00.048.7)*14118.5)*5226.1.00200.021002343.4333.3.545
製造(技能)00.0715.217422.83015.1.16000.000.01528.3111.1.889
営業00.01328.311915.63015.1.18900.000.0611.3111.1.699
技術・開発00.01532.625433.36231.2.71500.000.0611.3111.1.699
その他1100715.2749.72512.6.995110000.035.7)*333.3.699
情報機器(1日の作業時間)
ほとんどない(%)00.036.5466.0168.0.37800.000.059.4222.2.221
2時間未満(%)00.024.310113.32512.6.44500.000.0917.000.0.603
4時間未満(%)11001941.319525.66331.7.9581100150.01018.9222.2.190
4時間以上(%)00.02247.842055.19547.7.32200.0150.02954.7555.6.496
深夜業従事あり(%)00.01226.110413.6)**199.5)**.01000.0150.047.500.0.177

データは平均値±標準偏差または該当者数(%)で表される

*p < .05, **p < .01:(Bonferroni補正後),他の全年齢階級と比較

対象者のASCVDリスク値ごとの累積発症率(千分率:‰)を図3に示す.ASCVDリスク値が2.5%を超えると累積発症率は20‰を上回り,ASCVDリスク値が4.5%から8.0%の間では累積発症率が25‰で変動せずプラトーに達した.その後,ASCVDリスク値が8.5%を超えると累積発症率は26‰へ上昇していた.

図3. ASCVDリスク値と動脈硬化性疾患の累積発症率

表3は全対象者および男女別における発症率とASCVDリスク値の関連についてハザード比を用いて検討した.全対象者において発症率とASCVDリスク値の関連は,ハザード比(HR):1.50(95%信頼区間:1.46–1.54, p < .001)であり,ASCVDリスク値が1%上昇するごとに,発症率が1.5倍に有意に上昇することが確認された.この傾向は年齢調整後HR:1.41 (1.37–1.47, p < .001),年齢や健診項目,生活習慣や職業関連因子を追加した多変量調整後でHR:1.26 (1.21–1.32, p < .001)であり,同様の傾向を認めていた.男女別での検討では,男性における発症率とASCVDリスク値の関連は,単変量解析においてHR:1.46 (1.42–1.51, p < .001)であり,年齢調整後HR:1.38 (1.33–1.44, p < .001),多変量調整後HR:1.26(1.20–1.32, p < .001)でも有意な関連を認めていた.また動脈硬化性疾患である冠動脈疾患および脳卒中発症でも同様の傾向を認めていた.一方で女性では,発症率とASCVDリスク値において単変量解析でHR:3.19 (2.10–4.85, p < .001)と発症率の増加と有意な関連を認めるものの,年齢調整や多変量調整では有意差を認めなかった.冠動脈疾患および脳卒中の発症でも同様に,単変量解析ではそれぞれ有意差を認めるものの,年齢調整や多変量調整では有意差を認めなかった.

表3. 動脈硬化性疾患の発症とASCVDリスク値の関連(全体)

単変量年齢調整多変量調整
ハザード比95%信頼区間pハザード比95%信頼区間pハザード比95%信頼区間p
全体
動脈硬化性疾患
ASCVDリスク値(%)1.501.46-1.54< .0011.411.37-1.47< .0011.261.21-1.32< .001
男性
動脈硬化性疾患
ASCVDリスク値(%)1.461.42-1.51< .0011.381.33-1.44< .0011.261.20-1.32< .001
冠動脈疾患
ASCVDリスク値(%)1.481.43-1.53< .0011.391.34-1.46< .0011.271.20-1.34< .001
脳卒中
ASCVDリスク値(%)1.421.33-1.51< .0011.351.25-1.46< .0011.231.12-1.36< .001
女性
動脈硬化性疾患
ASCVDリスク値(%)3.192.10-4.85< .0011.760.85-3.65.1271.370.48-3.91.560
冠動脈疾患
ASCVDリスク値(%)2.781.51-5.13.0011.390.45-4.23.5681.020.21-4.94.983
脳卒中
ASCVDリスク値(%)3.802.15-6.7< .0012.220.88-5.61.0921.890.5-7.2.350

多変量調整:朝食欠食,早食い,就寝前の食事,適正飲酒量,睡眠充足感,拡張期血圧,中性脂肪,AST,ALT,γGTP,血色素量,職種,深夜業従事,情報機器作業頻度

男女別で10歳ごとの年齢階級別に発症率とASCVDリスク値の関連を分析した結果,男性は30歳以上で単変量解析,年齢調整,多変量調整のいずれにおいても,リスク値の上昇と発症率に有意な関連を認めた.30–39歳では多変量調整後HR:2.28 (1.18–4.39, p = .014)であり,40–49歳はHR:1.32 (1.24–1.40, p < .001),50歳以上はHR:1.22 (1.12–1.33, p < .001)と,いずれも有意な関連を示した(表4).女性では40–49歳の単変量解析のみで,HR:3.59 (1.58–8.16, p = .002)と有意な関連を認めたが,年齢調整後HR:2.69 (1.00–7.26, p = .051)および多変量調整後HR:2.44 (0.62–9.59, p = .202)では有意な関連を認めなかった.

表4. 動脈硬化性疾患の発症とASCVDリスク値の関連(男女別)

ASCVD
リスク値
(%)
単変量年齢調整多変量調整
ハザード比95%信頼区間pハザード比95%信頼区間pハザード比95%信頼区間p
男性
≤ 29歳1.870.00-2.90×105.9180.660.00-153×106.9561.000.00-391×108.999
30–39歳3.512.27-5.43< .0013.622.25-5.80< .0012.281.18-4.39.014
40–49歳1.491.43-1.55< .0011.461.40-1.53< .0011.321.24-1.40< .001
50–歳1.291.21-1.38< .0011.311.22-1.40< .0011.221.12-1.33< .001
女性
≤ 29歳0.000.00-1.93×1033.4730.000.00-3.49×1044.6292.41×1060.00-2.046×10282.964
30–39歳0.020.00-2.82×108.7520.030.00-2.43×1010.7950.000.00-4.84×1029.621
40–49歳3.591.58-8.16.0022.691.00-7.26.0512.440.62-9.59.202
50–歳1.260.33-4.87.7361.000.19-5.37.9960.260.01-7.69.435

多変量調整:朝食欠食,早食い,就寝前の食事,適正飲酒量,睡眠充足感,拡張期血圧,中性脂肪,AST,ALT,γGTP,血色素量,職種,深夜業従事,情報機器作業頻度

図4は本調査で得られた発症率におけるASCVDリスク値のROC曲線と陽性反応的中率(Positive Predictive Value: PPV)を示す.ROC曲線下の面積(AUC: Area Under the Curve)は0.71であり,ヨーデン指標で求めた感度,特異度が最も良好であったASCVDリスク値は1.62%(感度:58.6%,特異度:71.9%,PPV:5.2%)であった.ASCVDリスク値ごとのPPVは,ASCVDリスク値が上昇するにつれて高くなり,3.5%を超えると10%を超えていた(感度:12.2%,特異度:97.2%,PPV:10.1%).なおPPVはASCVDリスク値:9.0%で22.2%とピークを認めていた(感度:0.6%,特異度99.9%).

図4. 動脈硬化性疾患発症におけるASCVDリスク値のROC曲線と陽性反応的中率

4. 考察

本調査は久山町スコアでのASCVDリスクの予測モデル式の職域における関連性と運用について検討を行った.男性においてASCVDリスク値上昇は,動脈硬化性疾患の発症率に強い関連を認めており,これらは年齢,BMI値,生活習慣,健診項目,職業関連因子による多変量調整でも有意な関連を認めていた.また年齢階級別では30歳台からそれらの関連を認めていた.一方,女性においては単変量解析でASCVDリスク値と発症率との関連を認めるものの,年齢調整および多変量調整後では有意な関連を認めなかった.

当グループは複数の危険因子の疾病管理の一助としてフラミンガムスコアを活用していた.本邦におけるフラミンガムスコアの妥当性については,15%をカットオフ値とした場合,冠動脈疾患有病率とともに,冠動脈カルシウムスコアや炎症マーカーであるC反応性蛋白などの動脈硬化疾患予測因子と有意な関連を示し,冠動脈疾患予測の有用性が報告されている15.しかし,欧米諸国と比較して本邦における冠動脈疾患の発生率が低いため16,フラミンガムスコアが10年間の冠動脈疾患リスクを過大評価する可能性がある.また国内のコホート研究において動脈硬化性疾患の絶対リスク予測ツールは,NIPPON DATA80や吹田研究,JALS(Japan Arteriosclerosis Longitudinal Study)研究,EPOCH-JAPAN(Evidence for Cardiovascular Prevention from Observational Cohorts in Japan)など複数の動脈硬化性疾患予測ツールが開発されている17,18,19,20.NIPPON DATA80や吹田研究は冠動脈疾患リスクの評価に優れているものの,脳卒中リスクの評価が含まれていない.加えて吹田研究では評価項目に家族歴(早発性冠動脈疾患の有無)も必要である21.またJALS研究は急性心筋梗塞のリスクを評価するツールであり,non-HDLコレステロールを用いた指標に基づいており,EPOCH-JAPANは死亡リスクを評価している.本邦の定期健康診断は,労働災害に関連する脳・心臓血管疾患の発症防止を目的としており,産業医が健康診断結果を基にリスクを評価し,従業員に適切な就業判定を行うことが求められている.そのため,虚血性心疾患のみならず,脳卒中を含めた包括的なリスク管理が必要である.我々は定期健康診断項目を用いた簡便なリスク評価が可能であり,アテローム性血栓性脳梗塞の発症リスクを含む包括的な動脈硬化性疾患リスクの評価が可能である久山町研究で得られたASCVDリスク値を使用することが適切と判断した.また当グループでは家族歴の聴取を行っておらず,脂質はLDLコレステロール値を直接測定法で評価しているため,久山町研究のリスク予測ツールが適していると考えられた.本調査では,男性においてハザード比の検討でASCVDリスク値の上昇と発症率に有意な関連が認められた.また,女性においても単変量解析ではASCVDリスク値と発症率に関連を示したことから,職域においてASCVDリスク値を活用し,リスク値の「見える化」を進めることは,男女ともに動脈硬化性疾患の発症抑制や疾病管理の指標として有用であると考えられた.

本調査では30歳台の男性で多変量調整後もASCVDリスク値と発症率に有意な関連を認めていた.多変量調整後でもASCVDリスク値が1%増加するごとに,動脈硬化性疾患の発症リスクが約2.3倍上昇し,40歳以下の若年層でもASCVDリスク値が高い場合は,動脈硬化性疾患の予防に特に注意を払う必要があるだろう.一般的に20歳から39歳までの若年成人での発症リスクの要因は,喫煙や血圧上昇,家族歴での若年性動脈硬化性疾患発症,家族性高コレステロール血症などが報告されている22表2-2における発症者の基本情報では,30–39歳男性で,喫煙者率は他の年齢層と比較して有意な差はないものの高く,朝食欠食や就寝前の食事摂取率は他の年齢層よりも有意に高いことが示され,不適切な生活習慣を認めていた.動脈硬化性疾患予防ガイドラインでも40歳未満でのASCVDリスク評価への使用は奨励されていないが,本調査で用いた久山町研究における多変量予測モデル式は連続変数として扱うことが可能であり,結果の解釈へは留意が必要なものの,若年者への活用は可能であろうと考えられた.

女性では単変量解析でASCVDリスク値上昇と発症率の関連を認めたものの,年齢および多変量調整後には有意な関連を認めなかった.女性では男性と比較して心筋梗塞の発症率は低く,日本人女性の年齢調整後の急性心筋梗塞発症率は男性の約3分の1と報告されている23.また,米国フラミンガム研究では,女性の心血管系疾患による死亡率は,50歳までは男性に比べて有意に低いが,閉経後には男女間の差が縮まり,70歳代ではほぼ同等になることが示されている24.これらの現象は,特に女性ホルモンであるエストロゲンの抗動脈硬化作用が影響していると考えられる.エストロゲンは,LDLコレステロールの減少とHDLコレステロールの増加を促進し,動脈硬化のリスクを低減させる間接的な作用と,血管内皮細胞に直接作用して一酸化窒素(NO)の生成を促進し,血管を弛緩させる直接的な作用を持つ25,26.本調査でも,女性の発症率は男性の約3分の1であり(表2-1),各年齢区分で発症者が少なかった.そのため,職域における年齢層の低さが女性の結果に影響していると考えられた.しかし年齢階級別の検討では,調査対象者の多い40–49歳において,単変量解析でASCVDリスク値と発症率に有意な関連が認められたが,50歳代では発症との有意な関連は認められなかった.これは,50歳代の女性の対象者数の少なさが影響している可能性もあるが,男女間での発症比率を比較すると,40–49歳では男性の発症率が2.99%,女性の発症率が0.94%で,男女比は約3.18倍であったのに対し,50歳以上では男性が5.45%,女性が2.47%であり,男女比は約2.21倍に低下していた(表2-2).今回,本調査では閉経の有無に関して取得は行っていないものの,これらは女性が加齢とともにエストロゲンの保護作用が減少し,閉経後に発症リスクが相対的に高まる可能性を示唆しており,年齢が進むにつれて男女のリスクが徐々に縮小することを反映していると考えられた.

また本調査ではASCVDリスク値算出において,運動習慣が結果に影響を与える可能性を考慮し,定期的運動習慣のなさを「1回30分以上の運動を週2日以上実施していない者」と再定義して検討を行った(補助資料表2).男女別の発症率とASCVDリスク値の関連は,表3および表4の結果とほぼ一致していた.男性全体では,単変量解析HR:1.47 (1.42–1.51, p < .01),年齢調整後HR:1.39 (1.33–1.44, p < .001),多変量調整後HR:1.30 (1.24–1.36, p < .001)と,いずれも有意な関連を示した.また,30歳以上の各年齢階級でも有意な関連が確認された.一方,女性全体では単変量解析でHR:3.19 (2.11–4.85, p < .001)と有意差を認めたが,年齢調整後HR:1.80 (0.89–3.65, p = .104)および多変量調整後HR:1.67 (0.66–4.22, p = .282)では有意差を認めなかった.特に40–49歳の女性では,単変量解析でHR:3.73 (1.67–8.31, p = .001),年齢調整後HR:2.85 (1.09–7.43, p = .032)で有意な関連を認めたが,多変量調整後HR:3.06 (0.87-10.76, p = .081)では有意差が認められなかった.これらの結果から,運動習慣の定義を変更しても,本調査の主要な結果に大きな影響を与えなかった.

以上のことから,男性では発症率とASCVDリスク値に強い関連が認められ,女性では単変量解析では関連を認めたものの,年齢調整後では有意な関連は認められなかった.職域における脳・心臓疾患の発症予防には,定期健康診断後にASCVDリスク値を把握し,生活習慣の是正や受診勧奨に活用することが有用であると考えられる.特にリスク値の高い者に対しては,リスクレベルのしきい値を設定し,優先的に対応することが重要である.本調査のROC分析ではAUCが0.71とモデルの整合性が保たれており,カットオフ値は1.62%と設定された.しかし,この値は非常に低い値であり,久山町研究における簡易点数評価システムで算出された場合,50歳以上の男性ではASCVDリスク値が1.7%を超えるため8,この値を用いるには,対象者の性別や年齢に応じた柔軟な対応が求められるだろう.特に30歳以上の男性では発症と有意な関連が認められているため,ASCVDリスク値1.5%を「予防的介入の基準」として設定し,若年層に対する禁煙や運動・食事療法など,積極的な保健指導を行うことが重要である.

また,久山町研究では,ASCVDリスク値の対象者の上位20%を高リスクとしている8.本調査ではASCVDリスク2.0%以上の対象者が全体の上位18.8%を占めており,職域においては2%以上を「高リスク」と捉える必要があると考えられる.しかし,現在の産業保健業務は,健康診断結果に基づく事後措置だけでなく,メンタルヘルス,長時間労働,高年齢労働者,治療と仕事の両立支援,化学物質規制への対応や健康経営との連携など,業務範囲が拡大しており,中小企業では産業医の活動頻度に限界がある27,28.そのためASCVDリスク2%を基準とした全ての該当者に対応するのは現実的に難しい.本調査では,ASCVDリスク値が1%上昇するごとに発症率が約1.5倍増加していた(表3-1).さらに3.5%を超えるとPPVが10%を超え(図4),4.5%以上から累積発症率が25‰の一定値で推移していた(図3).累積発症率がプラトーに達する前に予見可能なリスクへ対応するためにも,ASCVDリスク値3.5%以上を「超高リスク」として扱うことも有用であろう.そのため産業保健実務では,2%を高リスク者,3.5%以上を超高リスク者とするなど,リスクを階層化した運用を企業ごとに検討する必要があると考えられる.リスクが高い従業員には,生活習慣の改善や疾病管理の重要性について情報提供を行い,頸動脈エコーによる内中膜厚(Intima-media thickness: IMT),プラーク厚の評価29や,血管機能検査法である心臓足首血管指数(CAVI: Cardio-Ankle Vascular Index)30などの動脈硬化度の評価指標検査を勧めることも有効であろう.優先度の高い方へは,事後措置において業務内容を確認し,就業措置の検討を行うことが必要である.

このように本調査で得られた職域でのASCVDリスク値の運用は,久山町研究で得られた知見よりも数値を低く見積もった対応が望まれた.実際,本調査での累積発症率はASCVDリスク値4.5%から発症率に大きな変動を認めず(図3),PPVもASCVDリスク値6.5~8.0%において低下傾向を示していた(図4).これらの違いは,久山町研究8が40歳から84歳までを調査対象(平均年齢:58.2歳)としている一方で,本調査は特定の年齢層(19–64歳:平均年齢:43.2歳)の職域集団を対象としており,対象者の平均年齢が約15歳低いことが主な原因と推測される.また,本調査におけるASCVDリスク値5%以上の対象者は全体の1%未満であり,該当者が少ないことでPPVが低下した可能性がある.さらに,生活習慣や健康管理の違いも影響している可能性が考えられる.具体的には大企業などの職業的地位の高い方は健康リテラシーが高く,健康状態が良い傾向があるといったhealthy worker effect31,32,33の影響や,定期健康診断後の高リスク者への医療機関への受診勧奨を含めた事後措置や2008年より開始された特定保健指導,健康促進プログラム34,35などが発症予防に良好な効果を与えている可能性が考えられた.そのため職域におけるASCVDリスク値の運用に関しては,企業規模や平均年齢を考慮した柔軟な対応が必要と考えられる.

本調査ではいくつかの研究の限界がある.第1に本調査は,単一の企業で行われた研究であり,選択バイアスの可能性があり,結果の一般化には限界がある.さらに,対象者の年齢層にもばらつきが見られた.我々は男女別や年齢階級別での層別化での検討や多変量調整を行い,これらの影響を最小限化した.第2に動脈硬化性疾患のアテローム血栓性脳梗塞の定義において脳出血は含まれないが,本調査では参加者の心血管疾患の既往を収集するために自己報告式の問診票を使用したため,脳卒中の既往に関しては脳出血が含まれている.個々の既往歴の評価において自己報告バイアスを考慮する必要もあるが,今回,我々はレセプトデータを突合しこれらの精度をあげることを行った.第3に本調査ではASCVDリスク値をベースライン時に取得している.そのため追跡期間中におけるASCVDリスク値の変化を考慮しておらず,禁煙や減量などの生活習慣の是正や投薬開始によって疾病の適正管理が行われ,動脈硬化性疾患発症を抑えた可能性もある.これらは定期健康診断後のハイリスク者への事後措置も動脈硬化性疾患に発症予防に効果を与えている可能性があるため更なる調査が必要とも考えられた.最後に,家族性高コレステロール血症が原因となる若年性冠動脈疾患は,家族歴と密接に関連している36.本調査では対象者の家族歴の取得ができなかったため,これらの影響を受けている可能性があることに留意すべきであろう.

5. 結論

本調査は,職域におけるASCVDリスク値の運用について検討を行った.男性においてはASCVDリスク値の上昇と動脈硬化性疾患の発症に強い関連が認められ,特に30歳台の若年層においてもその関連が確認された.一方,女性では単変量解析で発症との関連が示されたものの,年齢調整および多変量調整後には有意な関連を認めなかった.これらは,加齢に伴うエストロゲンの抗動脈硬化作用の低下が影響している可能性が考えられた.職域における脳・心臓疾患の予防には,定期健康診断後にASCVDリスク値を把握し,生活習慣の是正や受診勧奨に活用することが有用であると考えられ,リスクレベルにしきい値を設定し,優先的に対応することが重要である.本研究の結果,ASCVDリスク値の運用に関しては,ROC分析にもとづき,1.5%以上を「予防的介入の基準」,対象者の上位20%相当である2.0%以上を「高リスク」,陽性反応的中率が10%を超える3.5%以上を「超高リスク」とするリスクの階層化が適切と考えられた.しかし本調査は,企業規模や平均年齢によってリスクレベルが低く見積もられた可能性があるため,企業の規模や平均年齢,産業医活動の実情に応じてASCVDリスク値の運用を企業独自で柔軟に対応する必要がある.

謝辞

本調査は著者らが所属するパナソニック健康保険組合での定期健康診断結果およびレセプトデータを用いて作成いたしました.本研究に協力いただいた参加者の皆様に感謝いたします.

利益相反

倫理的配慮:本研究は,パナソニック健康保険組合倫理委員会の承認を得て実施されました(倫理承認番号:2024-004).

利益相反:本論文に関して,開示すべき倫理相反関連事項はない.

電子付録

補助資料表1.動脈硬化性疾患発症者の基本情報(ベースライン時):傾向スコア・マッチング

補助資料表2.年齢階級別での動脈硬化性疾患の発症とASCVDリスク値(※)の関連(男女別)

本資料は,ウェブサイト(https://doi.org/10.1539/sangyoeisei.2024-022-B)に掲載されています.

文献
 
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