2024 Volume 76 Issue 3 Pages 243-244
東京大学生産技術研究所「文化をめぐる人文と工学の研究グループ」は2020年4月に発足した.構成員は石井和之教授(物質・環境系部門), 今井公太郎教授(人間・社会系部門),川添善行准教授(人間・社会系部門),志村努教授(基礎系部門),戸矢理衣奈准教授(人間・社会系部門),野村政宏教授(情報・エレクトロニクス系部門),本間裕大准教授(人間・社会系部門),松永行子教授(機械・生体系部門)である.
グループ設立から4年余りとなり,「生産研究」における文化と工学の特集号も今回で5冊目となる.2023年度は当グループおよびグループ結成の原点となった文化×工学研究会の活動を契機として準備をすすめてきた三つの大きなプロジェクトが発進することとなった.具体的には東京大学と金融庁における包括的連携協定の締結,教養学部1–2年生を対象にした「リベラルアーツとしての工学:工学の歴史・現在・未来を俯瞰するオムニバス講義」の開講,そして東京大学先端科学技術研究センターとの共催による「駒Ⅱ音楽祭」の発足である.詳細については「『文化×工学研究会』実践と報告(2023年度)」をご覧頂きたい.
東京大学と金融庁における包括的連携協定の締結については,東大EMP(エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)修了生でもある山本修氏による当会での講演と課題提起を契機にして,合原一幸特別教授の理論の金融市場の変動分析への応用の可能性が探索されてきた.2022年4月に所内センターとして複雑系社会システム研究センターが設けられたが,2023年5月には東京大学と金融庁における包括的連携協定の締結へと発展した.
「駒Ⅱ音楽祭」については岡田暁生教授(京都大学人文科学研究所)のご講演に参加されていた先端研の近藤薫特任教授との出会いを契機に,企画が発展した.「科学と芸術,目指すところは同じ」と考え,国内外で活躍される第一級の演奏家を駒場第二キャンパスに招聘し,年3-4回の演奏会を2024年度以降,継続開催していく予定である.2024年2月に山田和樹氏による指揮のもと,東京混声合唱団による発足記念公演が実現した.
「リベラルアーツとしての工学:工学の歴史・現在・未来を俯瞰するオムニバス講義」(全13回)については, 2021年1月の当会における小林康夫名誉教授による問題提起を契機に実施へ向けて議論を重ねてきた.2023年度Aセメスターに教養学部1–2年生を対象に文理共通の講義として開講し,次年度以降も継続していく.工学が社会そして人間をも大きく規定する現代,工学はエンジニアだけではなく社会全体で共有し,考えるべきテーマであるとの問題意識が基盤となっている.従来の「科学史」ではなく,先端領域の工学研究者自身が語ることも大きな特色としている.
実施に際してはグループメンバーに加え,池内与志穂准教授,枝川圭一教授,菅野裕介准教授,平本俊郎教授,吉川暢宏教授,芳村圭教授という生研の幅広い領域の研究者のご協力を頂いた1).当号では,ご講義に関連して吉川教授が「イノベーションと大規模事故」と題してご寄稿をくださった.なお,昨年の特集号に,石井教授,今井教授による講義に関連する論考が掲載されている.
2023年度に実施した文化×工学研究会については実施報告にその概要を掲載した.2024年4月にご講演を下さったトミオ・ペトロスキー教授(テキサス大学オースティン校)からは「物理学における一神教と多神教のぶつかり合い:存在する世界なのか変化する世界なのか」と題して,ご論考を頂いた.壮大なテーマであるが,参加者からも人文系の研究者を交えての継続的な議論が期待されている.ご寄稿への要望も出るなか,お応えくださるかたちで早急にご執筆下さった.
当グループや文化×工学研究会の活動について発足当初より多大なご支援をくださった横山禎徳特別研究顧問が2024年4月4日に急逝された.横山氏を追悼し,特集を掲載する.横山氏のマッキンゼー・アンド・カンパニー時代に業務を共にされ,長年にわたる交誼を結ばれてきた安宅和人氏(慶応義塾大学教授),喜連川優特別教授,戸矢理衣奈准教授による鼎談と,年吉洋所長によるご寄稿を掲載する.生研にて年に数回,開催してきた「横山さんを囲むお昼の会」より,有志の先生方も想いを寄せられた.横山氏のご在任期間はコロナ対応とも重なり,同氏と直接お話しされる機会をもたれた方が限られたことが非常に残念であるが,今回の特集にてそのお人柄やお考えにも近しく触れていただけるものと考えている.
1)2022年3月に「旗揚げ」としてフォーラム「工学とリベラルアーツ」を開催し,その後,各教員による講義案の検討会を小林名誉教授のご参加のもとで続けてきた.「生産研究」(第74巻3号)にはフォーラム概要と小林名誉教授によるご寄稿を掲載している.