Article ID: 2404
宮崎肺吸虫は宿主を巻貝(第1中間宿主)からサワガニ(第2中間宿主)、そして哺乳類(終宿主)へと変えながら生活する寄生生物であり、肺吸虫症という人獣共通感染症を引き起こす。本研究では、高知県を流れる仁淀川水系の上八川川と鏡川水系の吉原川でサワガニを採集し、サワガニの個体の特徴、個体密度、調査地点の周辺環境、および季節と宮崎肺吸虫寄生率の関係を明らかにすることを目的とした。吉原川の最上流域において肺吸虫寄生率が特に高い支流が存在し、下流に行くほど寄生率が低くなる傾向がみられた。河川規模が小さくサワガニの個体密度が高いほど寄生率は高くなった。サワガニの個体の特徴については、体色と甲幅が肺吸虫寄生率に有意な影響を与えていた。サワガニは3つの体色型(青系統BL型、暗色系統DA型、赤系統RE型)に分かれるが、体内にアスタキサンチンをもつRE型個体における肺吸虫寄生率がアスタキサンチンをもたないBL型個体と比べて低かった。体色が変異する理由はこれまでのところ明らかになっていないが、宿主であるサワガニが抗酸化作用のあるアスタキサンチンをもつことで、寄生生物が感染する際に負の影響を与えている可能性が示唆された。
The lung fluke, Paragonimus skrjabini miyazakii, is a parasitic flatworm of the class Trematoda. This parasite is transmitted via snails (the first intermediate hosts) to the Japanese freshwater crab Geothephusa dehaani (the second intermediate host), and finally to mammals including humans. The zoonosis that develops when mammals ingest the freshwater crab is termed paragonimiasis. To investigate the prevalence of the lung fluke in the second intermediate host, freshwater crabs were collected from the Kamiyakawa and Yoshihara Streams of Kochi Prefecture. The lung fluke infection rates were analyzed in terms of crab body size, color, and within-stream density. The infection rates were considerably elevated (49.2–60%) in certain Yoshiwara upstream regions that were both small and exhibited high crab densities. The infection rate differed by crab body size and color. The crab may be blue, red, or brown; it remains unknown how the color variations are controlled. The infection rate of red crabs (with the pigment astaxanthin) was lower than that of blue crabs (without the pigment), suggesting that astaxanthin could reduce parasitic infection.
扁形動物門吸虫綱二生亜綱斜睾吸虫目肺吸虫科に属する肺吸虫は、ヒトを含む哺乳類に感染する人獣共通感染症の肺吸虫症の原因となる寄生生物である(牧ほか 2015)。肺吸虫科は肺吸虫属Paragonimusの1属のみの単型の科であり、本研究では肺吸虫科の吸虫を肺吸虫と呼称する。肺吸虫症は食品を媒介して感染する寄生虫症であり、咳や発熱などの症状を引き起こす(牧ほか 2015)。ヒトにおける肺吸虫症の症例発生は、現在のところ日本国内で年間50–60例前後と推定されている(杉山ほか 2017)。愛玩動物(イヌCanis lupus familiarisやネコFelis silvestris catus)における症例もいくつか報告されている(堀江・松本 1982; 木場ほか 1988)。日本におけるヒトの肺吸虫症の病原体は、ウエステルマン肺吸虫P. westermaniiと宮崎肺吸虫P. skrjabini miyazakiiである(Nagayasu et al. 2015)。牧ほか(2015)によると、肺吸虫の生活史は以下の通りである。肺吸虫の成虫は、終宿主である哺乳類の主として肺に寄生する。寄生した成虫は終宿主の体内で産卵し、糞便などと共に虫卵が外界に排出される。虫卵が孵化してミラシジウム(miracidium)となり、水中を泳いで第1中間宿主である巻貝に寄生する。ミラシジウムは貝の体内でスポロシスト(sporocyst)になり、次にレジア(redia)となる。レジアの内部で無性的な生殖が繰り返されて多数のセルカリア(cercaria)ができる。発育したセルカリアが貝から産出されると、水中を遊泳して第2中間宿主であるカニ類に経口または経皮的に侵入する(Shibahara 1991; 行天 2003)。また、カニ類による巻貝の捕食も、セルカリアがカニ類の体内に侵入する要因となる(Liu et al. 2008)。セルカリアはカニ類の中でメタセルカリア(metacercaria)となる。寄生されたカニ類が哺乳類によって捕食されることで、肺吸虫は終宿主に寄生し、その体内で成虫となる。肺吸虫のヒトを含む哺乳類に対する疫学的な報告は数多くあるが(例えば、細川1954; 国吉ほか 1960; 西田ほか 1978; 佐野ほか 1978, 1979; 柴原 1984; Shibahara and Nishida 1985; 永田ほか 1985; Sugiyama et al. 1985; 塩飽ほか 1986; 小沢ほか 1992; 坂西ほか 2018; 入江 2018)、肺吸虫の寄生率と環境条件や宿主個体の特徴との関連については不明な点が多い(ただし、尾原・加藤 2024)。
ヒトの肺吸虫症は、第2中間宿主であるカニ(モクズガニEriocheir japonicaやサワガニGeothelphusa dehaani)を生食することが感染原因である(杉山 2010)。一生を淡水域で過ごし日本の固有種であるサワガニは、肺吸虫症を引き起こすウエステルマン肺吸虫と宮崎肺吸虫の両方の第2中間宿主である。高知県はサワガニが主に生息する山間渓流や沢が多く、県内のサワガニに寄生する肺吸虫は宮崎肺吸虫のみで、ヒトにおける宮崎肺吸虫症の発生例が報告されている(坪井ほか 1992)。ヒト以外の野生動物においては、高知県立のいち動物公園で2007年にミーアキャットSuricata suricatta、2012年にマンドリルMandrillus sphinxがサワガニを摂食したことにより、宮崎肺吸虫に感染していた事例が報告されている(多々良ほか 2010; 福田ほか 2017)。四国では、宮崎肺吸虫の第1中間宿主は淡水産巻貝のホラアナミジンニナBythinella nipponicaであり(西田ほか 1969)、終宿主はイタチ科のイタチMustela itatsiとテンMartes melampus、イノシシ科のイノシシSus scrofaなどが知られている(牧ほか 2015)。
サワガニは、成長して二次性徴が発現する時期(甲幅約15 mm)を境に、体色がRE型(赤系統)、DA型(暗色系統)あるいはBL型(青系統)の3つに分かれ、高知県では生息地域によって体色変異がある(古屋・山岡 2017)。サワガニの体色変異に関するDNAを用いた分子系統学的研究からは、異なる体色集団間には遺伝的分化がないことが示されている(川井・中田 2011; 古屋・山岡 2017; Takenaka et al. 2023)。分子系統学的な要因以外では、高知県全域にわたる50地点からサワガニを合計501個体採集して宮崎肺吸虫の寄生と体色の関係を調べた研究があり、寄生率はBL型(17.3%)、DA型(10.8%)およびRE型(7.4%)と体色ごとに異なったが有意差は示されなかった(尾原・加藤 2024)。宮崎肺吸虫の寄生率は地点ごとに大きく異なり、高いところで50%(1地点)、低いところでは0%(30地点)であった(尾原・加藤 2024)。高知県内の河川におけるサワガニの体色型の構成は、2色共存の地点が多いが、単色もしくは3色全てが共存する地点も存在する(古谷・山岡 2017)。本研究では、3つ全ての体色型が共存し、2地点間で寄生率が大きく異なった仁淀川水系の上八川川(寄生率0%)と鏡川水系の吉原川(37.5–38.5%)に定点を設置し、1ヵ月に1回の頻度で調査することで、宮崎肺吸虫メタセルカリアの寄生率が生物学的要因(サワガニ体色や甲幅など)や環境要因(季節や河川規模など)のうち、どの要因と関連があるかを解明することを目的とした。
調査は、高知県を流れる仁淀川水系における上八川川の上流域3地点と鏡川水系における吉原川の上流域3地点の計6地点において(基幹地点:Ka–c、Ya–c)、2022年4月から2023年12月にかけて1地点につき11–18回の調査を行った(図1、表1)。それに加えて、吉原川の上流域10地点において(補助地点:Y1–10)、2023年5月から12月にかけて、1地点につき1–6回の調査を行った(図1、表1)。
地点 | 採集期間 | 調査回数 | 緯度 | 経度 | 標高(m) | 優占する体色 | サワガニ総個体数 | 寄生個体数(寄生率、%) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Ka | 2022.4–2023.4 | 13 | 33.68379 | 133.4411 | 516 | DA | 130 | 15(11.5) |
Kb | 2022.5–2023.4 | 12 | 33.67215 | 133.4199 | 394 | DA | 116 | 20(17.2) |
Kc | 2022.6–2023.4 | 11 | 33.65031 | 133.357 | 147 | DA | 106 | 13(12.3) |
Ya | 2022.5–2023.12*1 | 18 | 33.65883 | 133.4367 | 480 | DA | 180 | 96(53.3) |
Yb | 2022.6–2023.12*1 | 17 | 33.64538 | 133.4443 | 299 | DA | 169 | 35(20.7) |
Yc | 2022.4–2023.4 | 13 | 33.62978 | 133.4523 | 210 | DA | 126 | 29(23) |
Y1 | 2023.5 | 1 | 33.66271 | 133.4343 | 592 | DA | 10 | 5(50) |
Y2 | 2023.6 | 1 | 33.65761 | 133.4327 | 511 | DA | 10 | 6(60) |
Y3 | 2023.6–12*2 | 6 | 33.65085 | 133.4429 | 357 | BL | 59 | 29(49.2) |
Y4 | 2023.7–12 | 6 | 33.65471 | 133.4452 | 405 | BL | 60 | 25(43.3) |
Y5 | 2023.6–12*2 | 6 | 33.651 | 133.4434 | 359 | DA | 59 | 19(32.2) |
Y6 | 2023.6–12*3 | 5 | 33.65059 | 133.4432 | 345 | DA | 49 | 14(28.6) |
Y7 | 2023.5 | 1 | 33.64843 | 133.4474 | 359 | BL | 10 | 2(20) |
Y8 | 2023.9 | 1 | 33.64611 | 133.4446 | 310 | DA | 10 | 2(20) |
Y9 | 2023.7 | 1 | 33.64581 | 133.4408 | 362 | BL, DA | 10 | 2(20) |
Y10 | 2023.6 | 1 | 33.6458 | 133.4438 | 306 | BL | 10 | 2(20) |
Sum: | 113 | 1114 | 317(28.5†) |
調査欠損月(*1:2023年5月と6月、*2:2023年11月、*3:2023年8月と11月)
†:平均値
各調査地点では、河川内の瀬もしくは河川水が表流していない河岸において、10個体を目安にサワガニを採集した。河川の水温は棒温度計で測定した。調査地点の位置情報はGPS(eTrex 10J, Garmin)を用いて緯度、経度および標高を測定した。サワガニの個体密度は、10個体を採集するのにかかった時間を基に推定した(単位:個体 h−1)。
採集したサワガニは研究室へ持ち帰り、性別、体色および甲幅を記録した。サワガニの体色は、古屋・山岡(2017)に従い、体部と脚部の色彩を基にRE型(赤系統)、DA型(暗色系統)あるいはBL型(青系統)のいずれかに分類した。サワガニは成長して二次性徴が発現する時期(甲幅約15 mm)を境に体色判別が可能になることから(古谷・山岡 2017)、甲幅が15 mm未満の個体を稚ガニとし、稚ガニの性別と体色は「不明」とした。甲幅は、電子ノギス(シリーズNo. 500、ミツトヨ)を用いて0.01 mm単位で測定した。その後、甲殻を外して内部諸器官(内臓)を取り出し、2枚のアクリル板(8×9 cm)で圧平して、実体顕微鏡下(YC-40RL、ヤガミ)でメタセルカリアを検索した。肺吸虫属のメタセルカリアには、特有な大きいI字状の排泄のうと、それを取り巻く屈曲した幅広い腸管が存在することから、肺吸虫以外のメタセルカリアとは容易に判別できる(小宮 1965)。また、高知県を含む四国のサワガニから検出された肺吸虫はこれまでのところ全て宮崎肺吸虫でありウェステルマン肺吸虫が検出された記録はないことから(橋口ほか 1974; 西田ほか 1978; 橋口・吾妻 1981; 行天 1983; 坪井ほか 1992)、本研究で検出された肺吸虫メタセルカリアは宮崎肺吸虫とした。宮崎肺吸虫の寄生率は、採集したサワガニ個体数に対する宮崎肺吸虫に寄生されていた個体数の割合とした。
サワガニ個体の特徴と個体密度が宮崎肺吸虫の寄生率に与える影響に関しては、各サワガニ個体における寄生の有無を二項分布として仮定した一般化線形混合モデル(GLMM)により評価した。応答変数は寄生の有無を示す二項変数(寄生あり1、寄生なし0)、説明変数は甲幅(連続変数)、性別(カテゴリ変数:オス、メス)、体色(カテゴリ変数:BL型、DA型、RE型)、および個体密度(連続変数)とした。これら4つの説明変数の間に相関関係は確認されなかった。異なる調査地点または異なる調査日に対して、異なる調査IDをつけた(全調査ID数:113、表1)。ランダム効果には調査IDを設定した。説明変数を選択するにあたっては、総当たり法によりすべての説明変数の組み合わせを調べ、AIC(赤池の情報量基準)が最小となるモデルを選択した。稚ガニは性別と体色の判断ができなかったことから、GLMM解析から除外した。季節と肺吸虫寄生率の関係および調査地点間の寄生率の比較に関してはχ2検定もしくはTukey法による多重比較を行った。各サワガニ個体における寄生の有無と流域面積との関係については、ロジスティック回帰分析を行った。χ2検定、Tukey法による多重比較、およびロジスティック回帰分析は、フリーの統計解析ソフトウェアR(version 4.2.2: R Development Core Team 2022、https://www.r-project.org/、2023年12月22日閲覧)を用いた。GLMMには、Rのlme4パッケージを、総当たり法による説明変数選択にはMuMInパッケージを使用した。
調査地点の河川規模については、各調査地点が含まれる支流の流域面積を推定した。ただし、2つの調査地点が同一の支流に含まれる場合(Y4とY5、Y9とY10)、それら2つの地点の流域面積は同じとした。流域面積を求めるにあたって、数値地図5 mメッシュ(標高)を参照した(国土地理院)。各流域面積における土地利用については、高解像度土地利用土地被覆図(JAXA)を基に、人間活動域(都市、水田、畑地、ソーラーパネル)、草地、裸地、竹林、広葉樹、および針葉樹の6つに分類した。流域面積と土地利用については、フリーの地理情報システムソフトウェアQuantum GIS(version 3.34.1:QGIS、https://qgis.org/ja/site/、2023年12月22日閲覧)を用いて解析した。
調査を行った16地点の水温は4.1–22.8°Cであった。本研究で採集した全1114個体のサワガニのうち、1050個体(94.3%)から15525個のメタセルカリアが検出された。宮崎肺吸虫メタセルカリアに関しては、サワガニ317個体(全個体の28.5%)から944個(全セルカリア個数の6.5%)が検出された(表1)。宮崎肺吸虫メタセルカリアに寄生されたサワガニのうち、サワガニ1個体あたりの寄生数は1–36個(平均±標準偏差:3.0±2.6個)であった。
2022年4月から2023年4月の基幹地点におけるデータを基に多重比較を行ったところ、吉原川の最上流の基幹地点Yaは他の基幹地点と比べて有意に寄生率が高かった(図2a)。補助地点についても、基幹地点Yaが含まれる支流にあるY1–3での寄生率が高い傾向にあった(49.2–60%、表1)。宮崎肺吸虫寄生率と季節の関係について、2022年4月から2023年4月の基幹地点(Ka–c、Ya–c)におけるデータを基にχ2検定で比較した結果、寄生率に月による有意な差はなかった(χ2=6.11, d.f.=12, P=0.910; 図2b)。宮崎肺吸虫寄生率と河川規模の関係について、基幹2地点(YaとYb)および全補助地点のデータを基にロジスティック回帰分析をした結果、河川規模が大きいほど寄生確率が有意に減少した(P<0.001;図3a)。土地利用は、いずれの調査地点でも60.4%以上が針葉樹であったが、寄生率が高い地点に特徴的な土地利用はみられなかった(図3b)。
採集されたサワガニの甲幅は、最小値で5.75 mm、最大値で29.58 mmだった(平均±標準偏差:19.78±4.7 mm)。サワガニの性別は、雌雄が判明した971個体のサワガニのうち、オス381個体における宮崎肺吸虫メタセルカリアの寄生率は28.9%、メス590個体の寄生率は28.8%であった。雌雄が判明しなかった稚ガニ143個体の寄生率は25.7%であった。サワガニの体色に関して、体色を判断できた971個体のサワガニのうち、BL型308個体における宮崎肺吸虫メタセルカリアの寄生率は36.7%、DA型487個体の寄生率は26.3%、RE型176個体の寄生率は22.2%であった(図4a)。サワガニの個体の特徴と密度が寄生率に与える影響に関して、GLMMで解析した結果、最適モデルに選択された変数は、甲幅、体色および個体密度であった(表2)。甲幅は寄生率に有意な正の影響を与えた(図4b)。体色と寄生率の関係は、BL型に比べて、RE型の寄生率が有意に低かった(図4a)。サワガニの個体密度と宮崎肺吸虫寄生率の関係については、各調査地点の個体密度は寄生率に有意な正の影響を与えた(図4c)。
説明変数 | 回帰係数 | 標準偏差 | P値 |
---|---|---|---|
甲幅 | 0.053 | 0.024 | 0.024 |
BL型対DA型 | −0.296 | 0.186 | 0.111 |
BL型対RE型 | −0.591 | 0.240 | 0.014 |
個体密度 | 0.024 | 0.008 | 0.002 |
本研究で採集されたサワガニの宮崎肺吸虫の寄生率は、上八川川では11.5–17.2%、吉原川では20–60%と、高知県全域の50地点の寄生率10.2%(平均値;尾原・加藤 2024)より高かった。吉原川の基幹地点の中では、特にYa地点での寄生率が高かったことから(図2a)、寄生率が著しく高い支流が存在することが明らかになった。寄生率が高かった支流の土地利用は、他の支流の土地利用と大きく異なることはなかったことから(図3b)、土地利用が宮崎肺吸虫の寄生率に影響する要因ではないことが示唆された。補助地点を加えると、寄生率は河川が支流と合流するたびに減少する傾向がみられた。つまり、Ya地点を含む支流(YaとY1–3)の寄生率は49.2–60%で、そこに支流(Y4とY5;32.2–43.3%)が合流すると地点Y6で28.6%になり、そこに支流(Y7; 20%)が合流すると地点Y8で20%、さらに支流(Y9とY10;20–40%)が合流すると地点Ybで20.7%となった(表1)。河川は一般に下流に行くほど流域面積が広くなり河川規模や流量が増加するが、本研究では流域面積が増加すると寄生率は有意に低くなった(図3a)。サワガニに寄生する前の発育段階である肺吸虫セルカリアは尾部が他の吸虫のセルカリアと比べて短いため、遊泳力が低い(Kumar 1999)。流れが遅いほどセルカリアや第1中間宿主である貝類が滞留しやすくなることから、流量が小さいことは寄生率が高くなる要因と考えられている(Marcogliese 2001)。サワガニの個体密度に関しても、寄生率との間に有意な正の相関がみられた(図4c)。水域環境では、宿主の密度が寄生率に正の影響を与えることが報告されている(例えば、ヤゴと吸虫:McDevitt-Galles et al. 2018; イワナ属とカイアシ類:Hasegawa and Koizumi 2021)。本研究ではサワガニの個体密度は、調査地点の標高と有意な正の相関があった(P<0.001; 図5)。サワガニの個体密度を推定するうえでより正確な方法である方形枠を用いた定量採集を行った研究によると、上八川川と吉原川ではサワガニの個体密度は上流ほど高い傾向がみられた(小原、未発表)。これらのことから、宮崎肺吸虫の寄生率は、サワガニの個体密度が高く、河川規模が小さいほど高くなることが示唆された。
サワガニの宮崎肺吸虫寄生率には、季節的な特徴はみられなかった。サワガニ以外の宿主では寄生率に季節変化がみられるとの報告がある。例えば、モクズガニを宿主とするウエステルマン肺吸虫は、寄生率が8月から10月ごろに高く、11月の終わり頃から次第に減少して4月から5月ごろに低くなる(田中 1957)。クロベンケイガニOrisarma dehaaniと大平肺吸虫P. ohiraiにおいては6月と7月で寄生率が低くなり、その理由として降雨など環境の影響によるカニの移動で他地域から未寄生個体が移入したためと考察されている(山西 2012)。本研究では、宮崎肺吸虫の寄生率が比較的低くかった7月の月間降水量(646.5 mm)は2022年で最多だったが、寄生率が最も高かった9月の月間降水量(293 mm)は同年で2番目に多かったことから(気象庁 2022)、サワガニを宿主とする宮崎肺吸虫の寄生率には降水の影響はないと考えられる。愛媛県久万高原町を流れる仁淀川の支流における研究においても、サワガニにおける宮崎肺吸虫の寄生率には季節変化がみられなかったと報告されている(行天 1983)。
サワガニの個体の特徴の中で、甲幅が宮崎肺吸虫寄生率に有意な影響を与えることが示された。甲幅と寄生率の関係は、高知県全域の50地点を調査した研究では、有意ではなかったものの、甲幅とともに寄生率が高くなる傾向があった(尾原・加藤 2024)。サワガニ1個体あたりの肺吸虫メタセルカリア寄生数は、甲幅とともに増加することが知られている(柴原 1982; 行天 1983)。これらのことは、肺吸虫のセルカリアの寄生がサワガニの特定の成長段階に集中して起こるのではなく、成長段階に関わらず常にある一定の確率でセルカリアに寄生されていることを示唆している。
サワガニの体色に関しては、RE型はBL型と比べて有意に寄生率が低かった。生物の体色は、同種や異種間の認識、配偶行動における婚姻色、天敵に対する隠蔽色、警告色、擬態など生態学的に様々な機能を担う極めて重要な性質である(Tsuchida et al. 2010)。一般に、体色などの表現型は遺伝的要因と環境要因の影響を受けうる。サワガニに関しては、核とミトコンドリアのDNA分析を行った研究では、現在までのところ体色の違いを説明することはできていない(川井・中田 2011; 古屋・山岡 2017; Takenaka et al. 2023)。環境要因については、アメリカザリガニ科の1種Cambarus immunisやクルマエビMarsupenaeus japonicusでは、体色の違いは照度、餌、底質の色に起因することが知られている(Kent 1901; 三宅ほか 1968)。鹿児島県内に生息するサワガニを対象にした研究では、BL型とRE型の生息域の間で底質、明るさ、堆積物の量などに違いはみられなかったことが報告されている(鈴木・津田 1991)。サワガニの体色変異に関して、その生態学的な意義は明らかにされていないが、本研究の結果はサワガニの体色が肺吸虫の寄生と関連している可能性を示唆している。
本研究では、サワガニにおける宮崎肺吸虫寄生率と体色との間に関連があることが示唆された。ハマサンゴ類(Poritidae)では、ポリプに二生吸虫の1種であるPodocotyloidesが寄生すると、サンゴの表面がピンク色に変色することが知られている(山城 2004)。同様に、サワガニにおいても肺吸虫の寄生が体色変異の要因ならば、特定の体色型の寄生率が100%で、その他の体色型では0%となるはずである。宿主個体の寄生に対する感受性にも個体差があることを考慮しても、各体色型における寄生率の範囲は22.2–36.7%に収まっていたことから、宮崎肺吸虫の寄生が体色変異の要因である可能性は低いであろう。クルマエビの体色変異の要因の1つとして餌が知られており(三宅ほか 1968)、サワガニにおいても食性の違いが体色変異の要因となっている可能性がある。RE型のサワガニにおいて、肺吸虫の第1中間宿主である巻貝に対する餌依存性が他の体色型(特にBL型)に比べて低いと、RE型の寄生率が低くなることが考えられる。サケではオキアミなどのエビ類を捕食することにより赤い色素で抗酸化作用のあるアスタキサンチンを体内に蓄積し、河川を遡上したり海洋を遊泳したりする際に発生する酸化ストレス低減にアスタキサンチンが関わっていることが知られている(眞岡 2018)。サワガニにおいては、RE型とDA型はアスタキサンチンをもっているが、BL型はないことがわかっている(鈴木・津田 1991)。アスタキサンチンの有無が肺吸虫の寄生に何らかの負の影響を与えている可能性が考えられる。
本研究では、サワガニにおける寄生率(寄生の有無)を応答変数としてGLMM解析を行ったが、寄生強度(サワガニ1個体あたりの宮崎肺吸虫メタセルカリアの寄生数)をポアソン分布として仮定した予備的なGLMM解析では、最適モデルに選択された変数は甲幅、体色および性別だった。特に体色に関しては、寄生率を応答変数とした場合と異なり、BL型よりもDA型の方で有意に寄生強度が高かった。しかし、寄生強度の平均値はDA型では0.786個であったのに対して、BL型では1.13個であった。寄生強度の最大値は36個の1個体(体色はDA型)であった。宮崎肺吸虫に寄生されていたサワガニ280個体のうち(稚ガニを除く)、感染強度が1個だったのは133個体(47.5%)と約半数を占めていた。これらのことを考慮して、寄生強度が最大だったDA型のサワガニ1個体を除外して同様のGLMM解析を行ったところ、体色は有意な変数として選択されなかったことから、寄生強度を応答変数とした解析では特定のデータから強い影響を受けた結果であることを否定できなかった。そのため、本研究では寄生強度ではなく寄生率を応答変数としてGLMM解析を行った。
吉原川において、Ya地点を含む支流の寄生率が特に高かった要因を明らかにするにあたっては、本研究で調査対象としたサワガニに加えて、肺吸虫の第1中間宿主である巻貝と終宿主である哺乳類の分布および肺吸虫寄生率を調査する必要がある(伊藤・望月 1975; 行天 1983)。第1中間宿主であるホラアナミジンニナと、終宿主と考えられるイタチやテン、イノシシなどは高知県に広く分布している(橋口ほか 1974, 1981; 坂本ほか 1977; 環境省自然環境局生物多様性センター 2010; Ohdachi et al. 2015; 高知県 2018)。第1中間宿主は巻貝であるため移動性は低いが、終宿主はある程度の行動圏を持っている(イタチ:平均4.4 ha、テン:80–230 ha、イノシシ:81–132 ha; Ohdachi et al. 2015)。テンとイノシシの行動圏は直径が1 kmから1.7 kmの円の大きさに相当し、この行動圏は寄生率が高かった地点(Ya、Y1–2)を包含する範囲である。この範囲を行動圏とする終宿主が宮崎肺吸虫に寄生されており、水辺で糞をする習性がある個体であれば、その周辺と限られた範囲の下流域での寄生率が高くなることはありうる。ヒトや飼育動物における肺吸虫症の予防や対策に向けて、肺吸虫寄生率に影響を与える要因の解明を進めるためには、調査地点周辺の環境やサワガニの個体の特徴、密度および生態に加え、調査地点における第1中間宿主や終宿主についても総合的な調査をする必要がある。
本研究を実施するにあたり、統計解析に関するご助言をいただいた高知大学の富田幹次博士に感謝します。