2014 Volume 1 Issue 2 Pages 32-35
第二回サービス学会国内大会開催に先立ち,前日の2014年4月27日(日)~28日(月)にかけて,グランドチャレンジワークショップ「サービス学におけるグランドチャレンジ」がホテル函館ひろめ荘で開催され,同ワークショップの成果発表会がサービス学会大会2日目にあたる2014年4月29日(火)に大会会場の公立はこだて未来大学にて行われた(図1).
グランドチャレンジとは,工学系の方には馴染みがあるが,経営学系の方には聞き慣れない取り組みかもしれない.本ワークショップでは,新たな学問領域としてのサービス学が,挑戦すべき,かつ,解くのが難しくて大きな課題(グランドチャレンジ)について議論を行い,今後のサービス学の方向性,取り組むべき課題を創発的に明らかにすることを目的として企画され,集中的な議論を行うため合宿形式での開催となった.そして,大学,企業,研究所など文理を問わず幅広い分野から29名の参加者が集まり,夜遅くまで熱い議論が交わされた.
本ワークショップの参加者には,事前課題が出されており,
について,各自のアイデアを持ち寄ることになっていた.発表形式で紹介されたアイデアの一部を以下に紹介する(図2).
サービス学では様々な学問分野が関係するが,異なる学問領域間の融合や連携は難しい.また,サービスを扱うことの本質は,異なるシステム領域をどのように相互結合するかという問題とも言えるが,問題を限定された視点で切り出す従来型のアプローチでは不十分であり,それらを繋げる視点が必要不可欠である.特に,サービスは本質的に人間を含むシステムであるため,シンプルな物理現象の支配方程式を関連付けて解くだけではモデル化できない.そこで,グランドチャレンジとして,このサービス学の連成問題を解く.
少子高齢時代,地方都市のコンパクトシティ化により,人が自然と集まり,持続性があるコミュニティの形成が求められている.しかし,コミュニティにおける持続性にはコミュニティ間に差があり,その差の要因は明らかになっていない.そこで,グランドチャレンジとし, サービス現場のステークホルダが使える,時間変化を考慮したサービス関係図の可視化手法を開発する.そして,経済価値では測れないサービスシステム,コミュニティの評価を行う.
社会には多くのサービスがあり,サービス間の連携によりそれらの価値が向上する.しかし,実際にはその種類は限定的で,個別に対応がなされており,異なる種類のサービスの連携を網羅的に捉える試みはない.今後,社会はますます複雑化していくと考えられ,社会システムからの阻害・脱落を防ぐためにも,社会の方が人を受け入れるシステムが不可欠である.そこで,グランドチャレンジとして,サービス連携のためのシステム構築の方法論を定式化する.
サービスをデザインまたは設計するため,様々な手法やツールが開発されているが,企業や社会の中でサービスのデザインを担える人材は限られており,デザイナーが担うべき役割の共通見解が得られていない.しかし,異分野間連携等を進めるには,サービス全体のデザインをデザイン研究・設計論的側面に加え,経営,社会,経済的側面,各種技術的側面から論じられる必要があり,今後のサービス学において,サービスデザイナーの育成が重要となってくる.そこで,グランドチャレンジとして,デザイン対象に応じた能力,ステークホルダ間の連携等,サービスデザイナーの人材像を明らかにする.
近年,日本のさまざまな産業においてサービス化が進展しており,サービス業のみならず製造業や農業,医療分野などの分野においても,それぞれの取組みの中にサービスの概念を取り入れることで,付加価値向上や競争力強化を行うことの重要性が指摘されている.今後の製造業でも,交換価値から使用価値にも目を向け,ただ単にモノを作って販売するだけでなく,生産者,提供者,需要者が連携し,最終顧客の期待に応える経験・解決策・サービスに仕立てて新たな価値を提供する必要がある.そこで,グランドチャレンジとして,製造業およびモノを取り扱うサービス業におけるモノ・コトづくりへのパラダイムシフトにむけた課題を整理し,今後の取組みについて俯瞰する.
さらに,ポジションペーパーの発表内容に基づき,参加者を以下の4つのグループに分け,グループごとにサービス学におけるグランドチャレンジとして挑戦すべき課題をまとめるべく,全体での質疑応答とグループ内の議論を重ねた.グループ内での議論は深夜までに及び,熱く濃密な議論が交わされた(図3).
サービス学会大会2日目に行われた本ワークショップの成果発表では,各グループの代表者から,それぞれのグループの提案が発表された(図4).以下に,その概要を報告する.
サービスの資源は有限であり,要素還元的でないが,現在,適切なフレームワークや評価手法がない.しかし,結果としての存在は認識できることから,提供者,利用者を含む多様な利害関係者,内部資源,外部資源,環境,コンテクスト等をうまく結びつけ活用する能力を「サービス・ケイパビリティ」と定義した.さらに,事前状態を表すインプット・ケイパビリティ,手順を表すプロセス・ケイパビリティ,最中や事後の状態を表すアウトプット・ケイパビリティ,成果の転用,多角化を表すアウトカム・ケイパビリティに細分化し,それぞれの関係性からグランドチャレンジの方向性を決めた.
グランドチャレンジの課題としては,3段階で構成され, Phase 1ではサービス・ベストプラクティス事例の収集競争として,多様な評価基準をもとにしたベストプラクティスを集める.次に,Phase 2では,サービス・ケイパビリティ評価指標の提案競争として,評価基準のロバスト性や広範適用性,展開可能性などを競い合う.最後のPhase 3では,サービス・ケイパビリティ・シミュレーション競争として,サービス・ケイパビリティが発揮できるような関係性を提示し,シミュレーションで優劣を競争する.さらに,有機的連携により,実践的な課題で競争する(図5).
サービス学のグランドチャレンジの例として,属人的な側面(状況依存性),中長期的な側面(時変性),エコシステムの側面(社会システム)を考慮しながら,構造的理解を与え,かつ実践において有益なモデルの創出が挙げられる.そこで,グランドチャレンジでの課題として,価値共創のマラソン,すなわち,カチキョウソンを提案し,カチキョウソンを通じた価値共存を達成する.
カチキョウソンは,モデル化カチキョウソンとモデル利用検証カチキョウソンの2種類で構成する.前者では事象を固定した上で構造のモデル化を行い,過去の現象をどれだけ説明できるかで評価する.後者では,構造モデルを固定した上での設計行為を通じたモデルの検証を行い,モデルを使う上での境界条件の明確性,実用性を評価する (図6).
2020年の東京オリンピック,パラリンピックに向け,社会と企業の取り組みとして,モノからコトへの転換,共通善による共創サービスが重要と考え,全人類を巻き込むサービスを作ることをグランドチャレンジの課題とした.
共創サービスを考える際には,①自社中心から開かれたサービス,②共創のための場づくり,③イノベーションのための手法開発・効果測定,④デザイン思考とリーンスタートアップ,⑤UXデザイン,⑥日本古来のビジネスモデル研究の6つの視点を重視する.また,学術面での検討に企業での実践を加えることで理論体系の整備と汎用化を図り,企画(2年間),開発(3年間),実証(2年間)の3段階で課題達成を進める(図7).
日本の産業の構造改革,交換価値から使用価値へのデザイン手法の転換等,製造業のサービス化に取り組む意義は高いが,制度,経営,設計等の要因により進んでいない.そこで,重要問題をブレイクダウンした具体的な課題設定と参加しやすい枠組みを用意することで,関心を持つ人を増やす.
グランドチャレンジとしては,4つの課題を用意する.まず,製造業のサービス化のモデルとして,サービス化事例を用意し,説明可能性,網羅性,サービスのデザイン利用性の評価を行う.次に,実験環境での社会介入実験として,具体的な実証実験環境と課題を用意し,社会介入実験によって共創性や持続性を評価する.そして,社会介入実験の仮想評価環境として,実環境で得られたデータを仮想化し,計算機シミュレーションによる仮想評価環境を構築することで,環境,行動の再現性を評価する.最後に,経営・意志決定の研究として,実際の経営行動の観測とモデル化を行い,経営行動や組織活動の測る化やログの分析,経営行動の分析を行う (図8).
成果発表会終了後,日高一義氏 (東京工業大学),新井民夫氏 (サービス学会会長,芝浦工業大学), 淺間一氏 (東京大学)の3名の審査員によって,優秀賞の選定が行われた.そして,優秀賞として「サービス学のフレームワーク」が,審査員特別賞として「製造業のサービス化」が選出された.
「サービス学のフレームワーク」は,サービス学の一般的な課題であるサービス・ケイパビリティを取り上げており,学内外の研究者がサービスを共通の現象として標準化して取り組むことのできるグランドチャレンジにふさわしい内容であること,活動計画,プロセスにも説得力があり,特に文理融合の研究活動に資することが受賞の理由となった.
また,「製造業のサービス化」は,特に実務界からの反響が高く,製造業のサービス化の重要性を審査員が再認識する内容であったこと,具体的な研究リソースの蓄積や複数機関が連携して進めることのできるサービス学会の目指す産学融合の研究活動に資することが受賞の理由となった.
これらの2グループに対しては,第三回全国大会(2015年4月開催予定)に実施予定のグランドチャレンジに向けたSIG (Special Interest Group)として活動を進めるため,副賞として,サービス学会から,優秀賞10万円,審査員特別賞5万円の活動資金が贈られた.
2001年早稲田大学大学院理工学研究科博士前期課程修了.2004年9月学位取得.博士(工学).早稲田大学理工学部機械工学科助手,早稲田大学先端科学・健康医療融合研究機構客員研究助手を経て,2005年4月産業技術総合研究所入所.デジタルヒューマン工学研究センターおよびサービス工学研究センター主任研究員として,サービスプロセスの可視化,嚥下機能の評価に関する研究等に従事.