Serviceology
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Special Issue : "Serviceology that Contributes to Industrialization of Tourism - Tokyo Olympic and Vitalization of Local Communities"
The Preface of the Special Issue "Serviceology that Contributes to Industrialization of Tourism - Tokyo Olympic and Vitalization of Local Communities"
Tatsunori Hara
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2015 Volume 1 Issue 4 Pages 2-3

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1. 特集の意図と構成

本特集は,特定の業界に着目した本誌サービソロジー初の企画であり,観光に焦点を当てている.本号の矢ケ崎氏からの寄稿にて言及されているが,日本標準産業分類に観光“産業”は存在しない.いわゆる観光関連の業を集めれば観光産業を外延的に想起できる一方で,競争力が高められた“産業”とは未だ言い難いとの現状認識を有識者から度々伺う.そこで今回,「観光の産業化に資するサービス学」という,やや挑戦的な特集名を付けて企画することとした.副題にある東京五輪と地域活性化は,観光分野,ひいては日本のこれからを考えていく上で重要なキーワードであろう.その上で,“人文社会科学も理工学も”,そして“実務面も研究面も”というサービス学会の志向に沿った構成を目指し,観光分野に関わる学会員の方々からご寄稿いただいた.以下,本特集の構成について解説する.

1.1 政策と行政に着目する

まず,観光分野の現在を俯瞰できるよう,観光政策・行政の観点を中心に,首都大学東京の本保芳明氏に巻頭インタビューを行い,東洋大学の矢ケ崎紀子氏にご寄稿をお願いした.

本保氏からは「東京五輪からみた観光政策・研究の過去・現在・未来」としてお話を伺った.初代観光庁長官として2008年設置の観光庁を指揮された本保氏は,我が国の観光政策・行政に関する第一人者である.本稿ではまず,我が国の観光振興の歩みと2020年の東京五輪における観光の役割について詳しい解説がなされている.そして,観光政策と観光研究との間に存在した乖離について指摘がなされた上で,サービス学会に対する大きな期待が寄せられている.また,本稿では辛辣かつ率直な意見が多数述べられており,読者がリアリティーを持って観光分野を知ることができる内容となっている.さらに,本保氏の言う「産官学が共通で取り組むことできる課題設定を通じた文理融合への道」が示唆する内容は,本誌前号の特集,および2014年度に開始されたグランドチャレンジの取り組みに通ずるものであり,今後の活発な活動が期待される.

矢ケ崎氏の「観光政策の課題〜競争力のある観光産業を目指して」では,御自身が観光庁参事官の当時にご尽力された観光統計を含めた様々なデータ・資料を提示した上で,国策レベルでの観光政策とその課題を論じている.長年の間,日本の旅行市場は国内旅行市場により支えられ,旅行消費額のおよそ9割を占めてきたが,近年ようやく訪日外国人旅行(インバウンド)市場が国策としても位置づけられるようになった.この背景を十分に理解した上で,現在の観光政策のポイントを押さえておきたい.また,観光政策における具体的な課題として,外需活用による地域活性化に向けたインバウンド振興,マーケティングを代表とした観光関連事業者の経営力の向上,およびICTの進展に伴う新たな観光関連ビジネスへの対応が挙げられている.観光分野において新たな研究・実務の可能性を見出そうとしている読者にとって有益な内容であろう.

1.2 人に着目する

次に,観光サービスにおける人の要素に注目し,九州国際大学の福島規子氏と大阪学院大学のテイラー雅子氏にご寄稿をお願いした.

福島氏の「配慮行動から生成されるハイコンテクストサービスの基礎的研究」では,対人接客サービスの原点にある“他者に対する配慮”を明らかにした上で,社会心理学等の知見を元にしたサービスの生成過程について述べられている.具体的には,提供者個人の配慮行動に内在する暗黙知について言及した上で,それがどのような過程を経て組織の中で認知され,標準化され,そして次なる配慮行動とそれを伴うサービスを生み出していくかを「配慮行動進化モデル」として提示している.本モデルの中では,暗黙知と形式知に関する知識転移・知識変換の概念が援用されており,ハイコンテキクトサービスと規格型サービス等の質の異なるサービスへの分岐や発展についても考察されている.一般に,おもてなしの特徴は主客一体での場の創出に必要な決まりごとの付与にあるとされるが,本稿はあくまでもそれらの背後にある配慮行動をモデルの出発点としている.その他,おもてなしの理解を深めるには原良憲氏による本誌別記事*1を参照されたい.

テイラー氏の「ホスピタリティ・リーダーシップによる戦略的人財育成」では,ホスピタリティ産業における人財育成の課題に対して,経営者等の立場の人々による人財育成努力の向上を図るアプローチが述べられている.人財育成に向けたホスピタリティ・リーダーシップを理解する上では,サービス・プロフィットチェーンにおける総体的な職務満足度をより細かく捉え,どの職場要因の満足度が他にどのように影響するかを明らかにしていく必要がある.本稿では,この考え方に基づいたホスピタリティ人財育成モデルについて示されている.この人財育成モデルは明確な目標,働きやすさ,働きがいという要因と,離職意志と感情的コミットメントという成功指標によって構成される.事例分析の結果,働きやすさ要因の重要性を確認した他,人財育成モデルが正常に機能することを妨げる業界特有の環境要因が指摘されている.

1.3 情報と地域に着目する

近年急速に進展した観光の情報化は,旅行者の観光行動と地域側の観光街づくり活動の双方に多大な影響を与えている.そこで,観光情報全般の立場から北海道大学の川村秀憲氏らに,そして地域の観点から産業技術総合研究所の山本吉伸氏にご寄稿いただいた.

川村氏らによる「観光情報学と観光情報学会の取り組み」では,当該分野について概説がなされた後,観光情報学とサービス学とをともに新たなモノ・コトのデザインを目指す研究分野と捉えた上で,縦糸と横糸になぞられた相補関係を論じている.サービス学が様々な産業・業種に共通する“普遍的なデザイン論”を目指すのに対して,観光情報学は具体的観光地という“文脈”を残したまま,利害関係の整理,協力体制の構築,行政との調整も含めた,観光事業者の集合からなる観光全体の質を上げる“グランドデザイン”に重きを置くという.また,観光情報学で取り組まれてきた研究テーマを「観光情報技術の研究開発」「観光コンテンツの開発」「観光のモデリング」「観光産業・観光行動の分析」「観光情報サービスの実践」に総括するとともに,中核となる技術テーマとして「情報推薦」「ユーザモデリング」「データ処理とデータマイニング」「意思決定と最適化」「オントロジーとオープンデータ」を取り上げている.

山本氏の「観光地・街づくりでサービス工学にできること」では,ビッグデータを活用した地方観光地での街づくりに関して,街づくりの実務家が抱き得る誤解を解こうとしている.本稿の主張は「観光地・街づくりにビッグデータは容易に導入でき,分析も必ずしも専門家がいなくても活用可能で,有益である」ことであり,これを城崎温泉での事例を挙げて論じている.データ収集技術は旅行者の個々の行動を捕捉するに必要最小限の機械可読IDを付与するに留める.また,これらのデータはサービス現場に対する高い粘着性を以て生み出されるために,データ分析の専門家を雇うよりもそのデータの生まれるところにいる人材に統計的素養を付けてもらう方が良い,等々.地域活性化に取り組む主体はあくまでも地元の人たちであるから,彼らにサービス現場への能動的な関わりに対する意欲を持ってもらった上で,プロジェクトの継続的な運用を目指すという本稿の指摘は多くの示唆に富んでいる.

1.4 おわりに:受給者側の論理の強化に向けて

1.2節では人の要素に着目しながらも,本特集では観光事業者(提供者)側の論理が中心である点は否めない.今後,学会内において旅行者(受給者)側の論理をより深めていく上では,1.3節で述べた情報学的な観点での行動計測,ユーザモデリング,およびユーザ参加による情報構築と価値共創等の知識・技術を上手く活用していくことが必要と考えている.

著者紹介

  • 原 辰徳

東京大学 人工物工学研究センター 准教授.2004年東京大学 工学部 システム創成学科卒業.2009年同大学大学院 工学系研究科 精密機械工学専攻 博士課程修了.博士(工学).2013年3月より現職.サービス工学,製品サービスシステム, 観光サービスなどの研究に従事.2009年 東京大学学生表彰 工学系研究科長賞(博士)を受賞.サービス学会,観光情報学会 理事.

*1  詳細は,本誌第1巻第3号の記事 原良憲:サービス学における「おもてなし」 ~ サービス価値の持続と発展に向けて ~,サービソロジー,Vol. 1,No. 3, pp. 4-11 (2014) を参照されたい.

 
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