Serviceology
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Special Issue : "Serviceology that Contributes to Industrialization of Tourism - Tokyo Olympic and Vitalization of Local Communities"
Tourism Informatics
Hidenori KawamuraMasahito YamamotoKeiji SuzukiHitoshi Matsubara
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2015 Volume 1 Issue 4 Pages 36-41

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1. はじめに

観光という言葉が日本で使われるようになったのは意外と最近のことで明治時代以降である.英語のtourismの訳語として大正時代になって定着したとされる.観光の語源は中国の「益経」という書物の中の「国の光を観る」という一節による.観光という言葉が何を指すかについては諸処あると思うが,ここでは仮に「日常生活を離れて様々な体験を楽しむこと」と定義しておこう(1).説明するまでもなく観光は我々の生活に深く根ざしたものである.時には観光客として知らない土地を訪れ,現地の人々のもてなしやサービスを受け,見物し,宿泊し,楽しんで帰る.シーンやシチュエーションは様々であるが,観光を構成する「こと」や「もの」は多数あることに気づく.

また,観光を支える産業も多岐にわたっており,数多くの人々や会社が観光に関連した仕事を営んでいる.観光都市を標榜している市町村も数多くある.観光を取り巻く全体像に思いをはせると,観光そのものの歴史や文化的側面だけではなく,観光を支える様々な産業やサービスのあり方,技術を研究することは人間生活のあらゆる側面を研究することでもあり,我々になじみの深い情報技術や人工知能,サービス学などの研究分野にとっても重要なテーマであることが意識される(2-6)

日本の成長戦略の中でも観光は重要なテーマである.日本が観光立国を標榜する中,2013年には訪日外国人が1000万人を超え,中長期的に2000万人を達成することを目指している.2020年に東京オリンピックが開催される中,日本人だけではなく外国人を含めて日本がどのような観光サービスを作り上げ,提供していくのかについてより深い議論と技術開発が必要である.

ここで,我が国の観光の発展に寄与する学術面での取り組みについて触れておく.現在,日本国内には「観光」「ツーリズム」「旅行」などといった語を含む学術団体が10を超える(7)(日本観光学会,日本レジャー・レクリエーション学会,日本観光研究学会,日本国際観光学会,日本ホスピタリティ・マネジメント学会,観光学術学会など).特に,90年以降に設立された団体が過半を占めることから,90年代以降に観光が研究分野の一つとして注目されてきたことが伺える.

これらの学会の中では様々な研究活動が行われているが,どちらかというと文化的側面や統計的な分析,実務・教育の体系化,ビジネスや施策の分析などのテーマを扱うものが多く(8),観光に関する「もの」や「こと」の分類体系化と分析に焦点が置かれているように見える.もちろん,観光を学術的にとらえる上で,すでに存在する観光産業を分析したり体系化したりして理解することには一定の価値はある.一方,情報技術や人工知能など最新の研究成果を用いてまだ存在しない観光サービス,観光ビジネスを生み出す方法についての研究はまだまだ不十分であるように思う.

本稿を読んでいる方々もどちらかというと「もの」や「こと」を工学的にデザインしていくこと,そしてその方法論に興味があるのではないかと思う.筆者らも観光に関わるものづくり,ことづくりの方法論とその体系化に興味を持って研究を進めている.

そのような背景から,情報技術を存分に活用し観光サービスをデザインすると言うことに重点を置いた研究分野として「観光情報学」が提唱され,研究活動を行う場として「観光情報学会」が設立された(9).筆者らもこれまで観光情報学の研究を行うとともに,観光情報学会の運営に関わってきた.ここでは,観光情報学とサービス学の接点について触れるとともに,学会活動の紹介を通して観光情報学について概説してみたいと思う.

2. サービス学と観光情報学

まずはサービス学との比較から観光情報学の特徴を考えてみたい.言うまでもなくサービスはあらゆる業種の中に存在し,よりよいサービスを実現することの重要性は広く認識されている.筆者なりの理解では,サービス学の目的は,様々な業種の中に存在する個別のサービス形態をピックアップしたり,また共通する特徴を抽出した一般的モデルを構築したりすることで,サービスの質の測定手法や生産性,有効性向上の手段を明らかにすることである.すなわち,サービスというキーワードのもとに社会全体を俯瞰し,様々な産業・業種に共通する普遍的なサービスのデザイン論を確立することを目指している(10,11).関係する産業・業種が多岐にわたるという点で,また単にITシステムを構築するだけではなく,リアルな社会,リアルな人々からなる社会システムまでも対象にしているという点でサービス学と観光情報学の多くの部分は重複していると言える.

一方,観光情報学は観光と情報というキーワードのもとに社会全体を俯瞰し,観光に関連する産業や業種が扱う「もの」「こと」のデザイン論を情報技術の観点から確立することを目指している(1,12).両者は一見同じようにも見えるが,その方法論には違いがあると考えている.観光は混沌とした観光産業の集合体が支えるものでありながら,サービスの受益者である観光者から見たときにその継ぎ目境目はあまり関係なく,全て一連のシームレスな出来事として意識されることが多い.もちろん個々の対応やサービスの質を上げていくことは最低限のことであるが,それを超えて集合体全体の質を上げていくための具体的な方策までも考えていくのが観光情報学の研究分野である(1,5)

このような状況から,観光情報学を研究するためには,具体的観光地を選定して,個々の業者だけではなく地域全体の置かれている状況の把握,利害関係の整理,協力体制の構築,行政との調整などの調整役をこなし,なおかつ最新の情報技術を活用して今まで出来なかった大きな絵を描ける視点を持って取り組む必要がある.いわば観光のグランドデザインを見据えて個々の研究に取り組む必要がある.

以上の観点から考えると,実社会を対象とした新しい研究分野における縦糸の1つがサービス学であり,横糸の1つが観光情報学であると理解できる.

3. 観光情報学会

観光情報学会は,観光を情報という視点から捉えて,観光と情報の融合による新しい学問領域の創出,その分野の人材育成,および産学官連携の力を結集した観光振興による地域の活性化に貢献することを目的として,2003年9月に設立された学会である(9,13).この学会の特徴は,観光業界を巻き込んでより実践的な立場で観光情報学を論じることに重きを置いていることである.

現在までの主な活動は,各地に設置された研究会主体による講演会,毎年行われる全国大会(年1回),研究発表会(年2回),学会誌の発行などである.学会誌は,現在までに10巻が発刊され,全国大会は10回,研究会も10回実施されており,様々な観光情報学に関する研究発表が行われてきた(14,15)

そこでは,これまでに査読付き論文41件が学会誌に掲載され,研究会では119件の研究発表が行われてきた.筆者らの主観に基づいてではあるが,これらの研究発表を総括して分野をまとめると,以下の5つの研究分野にまとめることができる.

  • (1)観光情報技術の研究開発

    ITや人工知能の技術をベースに,観光サービスを開発する際に応用可能な観光情報技術の基礎研究である.例えば,レコメンドやナビゲーションの技術,観光情報サービスのフレームワーク,AR(Augmented Reality)技術などがこの研究の範疇に入る.

  • (2)観光コンテンツの開発

    観光スポットなどのデータベース整備,LOD(Linked Open Data)を利用した観光コンテンツの利用など,観光に利用可能なコンテンツの開発,およびその派生技術である.例えば,野外彫刻データベースや歴史地図,投稿写真からの観光スポット抽出などの研究が挙げられる.

  • (3)観光のモデリング

    観光地での人の行動,モチベーション,マーケティングのモデリング,観光産業のモデリングなど,観光に関わるもの・ことの一般性を追求し,モデル化を試みる研究である.ユーザの散策行動などのモデリングが行われている.

  • (4)観光産業・観光行動の分析

    具体的な観光産業の分析,実際に観光地に訪れる観光客の実態について分析を行う研究である.例えば,加賀温泉に訪れる観光客の特性の分析や,函館における外国語表記の現状分析などの研究が挙げられる.

  • (5)観光情報サービスの実践

    上記で挙げられた研究と分野が重複することもあるが,観光情報技術を応用し,また調査した分析結果に基づいて実際に観光情報サービスを実践し,有効性を検証している研究である.観光情報学研究は観光産業を研究対象としている以上,研究の延長線上に観光情報サービスを実践し,観光産業に貢献することが重要なミッションである.大学を中心とした研究グループが観光情報サービスの実践に乗り出すこと,また運営に関わっていくことはなかなか容易ではないが,実践を通して得られる知見も重要であると考えると,このような研究例はとても価値があると考えている.例えば,歴史資料を活用したスマホアプリ(16,17),LODによる観光マップアプリ(18),地域のイベント情報アプリなど実際にアプリを普及させる活動を通して研究を行っている事例や(19),研究室が中心となってスタンプラリーのイベントを実践しながら研究を行っている例などが挙げられる(20)

これらの研究分野それぞれの掲載論文数,研究発表数をまとめたものが表1である.具体的なデータは無いが,観光情報学会で研究発表を行っている研究者は工学系が多数を占める印象を持っている.しかしながら,発表件数を見るに,実際の観光産業や観光行動をターゲットに定め,アンケートや実地調査を行ってフィールドワークに基づいた研究が多くなされていることがわかる.また,数は多くはないが実際の観光情報サービスの実践を行っている研究がなされているのもこの分野の特徴である.

表1 分野別の論文掲載数・研究発表数
論文掲載数41件 研究会発表数119件 全体160件
観光情報技術の研究開発 8件(19.5%) 25件(21.0%) 33件(20.6%)
観光コンテンツの開発 3件(7.3%) 17件(14.3%) 20件(12.5%)
観光のモデリング 8件(19.5%) 12件(10.1%) 20件(12.5%)
観光産業・観光行動の分析 18件(43.9%) 49件(41.2%) 67件(41.9%)
観光情報サービスの実践 4件(9.8%) 16件(13.4%) 20 件(12.5%)

4. 観光情報サービスを支える技術

ここで,これまでの観光情報学会での研究活動,国内外での観光情報に関わる研究事例のサーベイを通して(21,22),筆者らが重要だと考える観光情報学の技術的テーマについて触れておきたい(23)

4.1 情報推薦

観光情報サービスを構成するコンテンツは,交通,宿泊,観光スポット,飲食店など多種多様である.種々の制約条件,ユーザの嗜好などに基づいて適切なものを選び出し,わかりやすく提示する技術は観光情報サービスを実現する上で重要な要素技術となる.そのためには,観光特有のデータ特性を考慮した方法を考えなければならず,多数の研究テーマが存在する.

4.2 データ処理とデータマイニング

観光情報サービスを構成するコンテンツは,いろいろなサービスが独自に発展させたデータ形式をとるものが多く,またデータの構成要素もテキスト,画像,映像など様々である.それらのデータを処理するためには,テキストマイニング,写真や映像等の画像処理・検索,GPSデータの分析,クラスタリングやサポートベクタマシンなどの技術を適用することが可能であろう.さらに,データ処理を支える分散型,NoSQL型データベース技術,ストリームマイニングなどのリアルタイム処理などのインフラ技術も研究対象となると考えられる.

4.3 ユーザモデリング

ユーザの状態像を動的に把握し,適切な観光サービスを提供するためには,得られたログデータやプロファイルからユーザのモデルを推定し,利用可能な形で表現しなければならい.また,地域やイベントなどに訪れるユーザを適切にモデル化して分析を行うことで,サービスやイベントのPDCAサイクルや設計ループが可能となる.クラスタ分析,因子分析,ベイジアンネット,カーネル密度推定などを利用することでモデリングを行う方法が考えられる.

4.4 意思決定と最適化

交通手段・経路の選択,宿泊地の決定,訪れる観光スポットの取捨選択など,いろいろな場面で様々な制約と曖昧性を伴う意思決定・最適化が行われる.さらに観光はグループで行われることも多く,複雑な状況下で問題を定式化し最適化を行う手段が必要となる.さらに,交通,天候,アクシデントなどに影響されて動的に旅行や観光行動を再最適化しなければならないことも起こりうる.問題の分類,表現,定義,アルゴリズムなどといった観光に関わる最適化問題については体系化されておらず,より一層の研究を進めていく必要がある.

4.5 オントロジーとオープンデータ

観光情報サービスは多様なサービスの相互連携によって実現される.個々のサービス主体と個々のユーザを相互に連結する形でデータ共有し,価値共創を実現してよりよい観光システムを創り上げていくためには,それらをまたがるデータを正規化し,形式的に表現するための観光オントロジーが必要である(24).また,行政や民間などが公開するオープンデータを組み合わせて,付加価値の高い観光情報を作るための研究も必要となると考えている.

5. 観光情報学の体系

観光情報学会ではこれからの時代の観光を担う人材教育のために観光情報学を体系化した教科書の発行準備を進めており(25),この場を借りて紹介しておきたい.本のタイトルは「観光情報学入門」を予定しており,文理を問わず観光分野を学ぶ大学生,情報技術が専門では無い観光業従事者,官公庁の観光施策立案者などが観光における情報技術の応用,可能性について体系的に学べるように技術的な内容と応用分野を併記するように配慮して執筆されている.下記が現在予定している章立てである.

  • 1. はじめに

    2. 情報化時代の観光行動

    3. 位置サービスと観光

    4. 拡張現実が観光にもたらすインパクト

    5. デジタルアーカイブと観光

    6. 観光情報とデザイン

    7. ユーザ参加による情報構築と価値共創

    8. 観光情報パーソナライゼーション

    9. ゲーミフィケーションと観光

    10. 観光情報が拓く観光サービスのデザイン

    11. 観光地イメージとサービスマーケティング

    12. 観光情報システムが目指す未来

6. おわりに

本稿では新しい学問領域である観光情報学について述べた.観光には多くのサービスが関わっているが,そこでの知識やノウハウは体系化,形式化されておらず,質の高いサービスを低コストで運用し,付加価値の高い観光体験を提供するための方法論についてはまだまだ研究の余地がある.

現在,日本では観光情報学会が全国大会と研究発表会を,国際的にはIFITT(International Federation for IT and Travel & Tourism)という団体が観光情報学に関する国際会議を毎年開催している(22).様々な地域を対象に具体的な事例を積み重ねてはいるが,体系化に向けてまだまだ道半ばである.

外国人観光客が1000万人を超えており,また2020年のオリンピックの開催に向けて日本の観光産業が大きく成長していくことが予想される.せっかくのチャンスを最大限に活用し,観光を日本の新しい強みとするために多くの研究者がこの分野に参入してくれることを期待している.

著者紹介

  • 川村 秀憲

2000年3月北海道大学大学院工学研究科システム情報工学専攻博士後期課程修了.同年4月同大学助手.2006年10月同大学准教授となり現在に至る.マルチエージェントシステム,複雑系工学,観光情報学の研究に従事. 情報処理学会,人工知能学会,日本オペレーションズ・リサーチ学会,観光情報学会などの会員.

  • 山本 雅人

1996年北海道大学大学院工学研究科システム情報工学専攻博士後期課程修了.1997年北海道大学大学院工学研究科助手.2000年同大学院工学研究科助教授.2012年同大学大学院教授.博士(工学).現在は,観光情報学,進化型計算にもとづく仮想ロボット開発,複雑ネットワークの研究に従事.観光情報学会,情報処理学会,電子情報通信学会,人工知能学会,日本オペレーションズ・リサーチ学会,精密工学会,日本機械学会等,各会員.

  • 鈴木 恵二

1993年北海道大学大学院工学研究科精密工学専攻博士後期課程修了.同年北海道大学助手.1995年同大学助教授.2000年公立はこだて未来大学助教授.2004年同大学教授.2008年北海道大学教授,現在に至る.複雑系工学,マルチエージェントシステム等の研究に従事.博士(工学).情報処理学会,人工知能学会,IEEE等各会員.

  • 松原 仁

1986年3月東大大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程修了.同年通産省工技院電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)入所.2000年公立はこだて未来大学の教授となり現在に至る.観光情報学,ゲーム情報学,スマートシティの研究などに従事.人工知能学会会長.

参考文献
 
© 2018 Society for Serviceology
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