Serviceology
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Special Issue : "Serviceology that Contributes to Industrialization of Tourism - Tokyo Olympic and Vitalization of Local Communities"
Past, Present, and Future of Tourism Policies and Studies from the Viewpoint of the Tokyo 2020 Olympic and Paralympic
Yoshiaki HompoTatsunori Hara
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2015 Volume 1 Issue 4 Pages 4-13

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1. はじめに

2013年9月7日.ブエノスアイレスで開かれた第125次IOC総会にて,2020年夏期オリンピック・パラリンピック(以下,単に五輪と表記)の東京開催が決まりました.東京五輪の成功に観光は欠かせないと言われていますが,それはどのような意味なのでしょうか.また,サービス学会として,この機会を活かすのであれば,どのような取り組みが考えられるでしょうか.五輪というレンズを通してみた観光政策・研究の過去・現在・未来について,首都大学東京 観光科学科教授であり,観光庁の初代長官を務められた本保芳明先生にお話を伺いました.

2. 東京五輪と観光

2.1 訪日旅行者1,000万人とブランド形成

 2013年には,東京五輪の決定と同時に訪日外国人旅行者数1,000万人を達成致しました.そこに至る道のりの中で,印象的な出来事をご教授いただけますか.

本保氏(以下敬称略) 2003年に小泉総理が施政方針演説で1,000万人という数字目標を出しました.小泉総理がそのような数字を持ち出した背景については,色々と調べている最中ですが,まだよく分かっていません.いずれにしても小泉総理の強力なリーダーシップで日本政府がインバウンド(訪日外国人旅行)に本格的に取り組み始めたことが最大のきっかけだと思います.インバウンドは他の観光分野と違って,国がイニシアチブを取らなければならない分野です.デスティネーション(目的地・行き先)となる地方の温泉地や観光地などの個別情報が海外の消費者に突然届くわけではありません.物理的距離があり,文化的背景や知識レベルなど様々な面で異なる人々に情報を届けなければいけませんが,やはり簡単には届きません.順番としては,「日本というのはこういう国でこういうところが面白い」という一般的な想起がされる状態の国のブランドイメージができた後,次第に個別の都市や地域というデスティネーションのところまでつながる.最後は,そのデスティネーションに実際に行くことが他と比較して良いかどうかという判断がされます.国のブランド形成には,財やサービスの輸出や文化的な発信などあらゆる種類の情報提供や市場へのアプローチが効いてくるわけですが,国が意図的にブランドマネジメントをした方が,財やサービスの輸出のいずれにおいても有利だという共通理解ができつつあります.

国がやらない限りは国全体の売り込みができないという理解です.特にインバウンド後発国はその必要性が高いと思います.例えば観光先進国であるフランスは,15~16世紀頃からフランス,パリを文化の中心として積極的に売り込んでいます.フランスの文化的地位確立,発信の時期はもっと早く,パリ大学が精神文化の中心として賞賛を集めるようになった12世紀のルイ尊厳王の時代に遡るという人もいます.日本は,つい最近まで,そのような意識をもった取り組みをしてきませんでした.国全体の売り込みができていなかったのです.一方で,観光後進国であった韓国などが国をあげて国の宣伝・ブランドづくりに取り組み始めるようになりました.そうなると,従来の旧先進国も安泰ではありません.例えばアメリカは観光の政策を1990年代半ばに国家政策から事実上一旦外しました.イタリアも1993年,地方分権の中で観光政策を地方に落とした後,国はほとんどやらなくなりました.ところが,この時代変化の中で,イタリアは中央集権的にもう一度国をあげてプロモーションに取り組むという機構改革の真最中です.アメリカは2010年に新しい法制を作り,民が集めた資金相当額を国も出すというマッチングファンドの仕組みを作り,国をあげた広告宣伝を再開しています.このように,どの政府も国のプロモーションを行う時代に入ったわけです.

日本はアジアの中でも周回遅れの状態でしたが,10年前の2003年に初めて戦線に参加しその後営々と努力をした結果,ようやく1,000万人まで達しました.これには空港制約の問題が緩和され,LCC時代がやってきて,訪日しやすい状況が整ったことなども貢献しています.

2.2 過去に学ぶ五輪レガシーと東京五輪

本保 東京五輪は日本の知名度・露出度を上げ,突出したイメージを提供する良い機会であり,一層のインバウンド振興の絶好のチャンスとなります.五輪のレガシー*1における経済効果については2000年のシドニー五輪の際に興味深い調査研究がおこなわれており,50〜60%は観光が占めるという印象的な数字が出ています.そのため,観光産業で成果を残さなければ,少なくとも経済面での五輪のレガシーを十分残したことにならないとの認識が強まってきています(1).ただ,このレガシーとしての観光の重要性が一般の方々に伝わっているかとなると,疑問が残るところです.

先進国で五輪を再度開催するようになるまでは,五輪開催における経済的効果の課題はさほど大きくなかったと思います.途上国にとっての五輪は,国際社会の晴れ舞台で,あれだけのスポーツ大会をスムーズに開催する運営能力と経済力があることを示す機会であり,ある意味で先進国入りのパスをもらうようなものだと思います.1964年の東京五輪がまさにそうで,だから必死になってインフラを作りました.今度のブラジルもそうですし,1988年の北京もそうだったと誰もが認めていることと思います.しかし,もう今更先進国へのパスが要らない国々にとっては,五輪という膨大なお金が掛かる事業でどのような成果を残すのかを明確に説明できない限り,特に民主主義国家では,開催の合意取付が難しい時代にきていると思います.だからこそ,シドニー五輪の時には,五輪がシドニーやオーストラリアにとっていかなる投資効果があるかについて,厳しい議論がなされ,非常に科学的な調査・分析が行われました.その結果,観光が極めて重要であることが分かり,どのような効果が期待できるかも明確にできたので,それに基づいたきっちりした観光戦略が作られたのが,シドニー五輪だったわけです.

 日本は今回の誘致が決まるまでに,何回かチャレンジをしてきました.こうした誘致の取り組みの中で,観光はきちんと位置づけられてきたのでしょうか.

本保 本来はそうあるべきだったと思いますが,今回の東京五輪招致決定の責任者は石原慎太郎元都知事ですが,観光以前に,東京五輪招致そもそもの合理性について,都民や産業界に対して十分な事前説明がなされたとは言い難いところがあります.次の東京五輪でどのようなレガシーを残すかについても十分に考えられてきませんでした.1964年の東京五輪の時には,基本となる都市計画構想などある程度明確なプランがあり,それを下地に進められましたが,2020年に向けてはそのような状況にありません.「この五輪をやることで何が残るのですか」と聞かれても,共有された明確な答がないことは明らかでしょう.ロンドン五輪の場合には,実行委員会組織の他に,レガシー委員会が組織されました.例えば東ロンドンの低開発エリアにメインスタジアムを作り,それに合わせて駅,ショッピングモール,住宅街を作り,当該地域の再開発が行われました.それ以外にも残された施設をレガシーとして活用するためにどのようなプランが必要なのかを積み重ね,その答えを引き出していく取り組みが引き続き行われています.残念ながら,日本にはこれに見合う取り組みが見当たりません.

五輪の場合には,最後は国も関与しますが,まず開催都市が主要責任を負います.そのため,東京都にプランがあって,それに連動して国が動くのが普通なのですが,残念ながら今回はそのような形になっていないと思います.観光に関しては,幸い,観光については,観光庁が,五輪招致の段階から,観光が五輪のレガシーづくりに重要なことをある程度勉強していたので,取り組みが進んでおり,都もきちんとフォローしています.しかし,観光だけでは寂しいというのが本音ですね.

 今現在,国と東京都の役割分担や協力体制はどのようになっているのでしょうか.

本保 東京都は,五輪を活用して観光振興をし,東京を世界一の都市として認識してもらうためのレガシーを残す,都市づくりをするとの舛添知事の方針で動き始めています.国もそれに連動して動いています.東京都は観光振興をそれなりに進めてきましたが,実のところ,I love New YorkやSparkling Koreaなど,東京を売り込むそのようなロゴもキャッチコピーも今までもっておりませんでした.五輪が決まり,これはさすがにまずいということで,東京都のブランド戦略会議が2014年に立ち上げられました.その報告書がもう少しでまとまるという段階にあります.このように様々なことが後手になったのも,五輪などのビッグイベントと観光との関わりについて情報発信する力を持った大学の先生も居ないし,そうした研究も日本では行われてこなかったからでしょう.

2.3 本気度が低かった日本の観光政策

 2008年に観光庁が発足する以前の段階では,観光に関する省庁の機能が縦割りで分散していたと伺ったことがありますが,この点についてはいかがでしょう.

本保 分散していたというよりも政策として本気度が低かったと思います.サービス産業同様,国全体の政策における観光行政の優先度は永らく非常に低いものでした.インバウンドに目が向けられることが少なく,国内観光中心であったわけですが,国内観光だけであれば,主たるプレーヤーが民間企業になってしまうこともあり,十分な政策的な取り組みやこれを支える研究も必要なかったという事情もあるのでしょう.

また,1987年に制定されたリゾート法(総合保養地域整備法)の失敗もあって,観光開発について皆が正面から向き合わない状態が長く続きました.未だに大きな土木会社でもトラウマが残っていて,観光開発というと腰が引けてしまい,ホテル投資などに後ろ向きな状況が見られます.最近は少しずつ変わってきていると思いますが,そのような沈滞した状況が随分続いていました.当然そうすると学も何も動きません.これに対して,インバウンドとなると,これは国内観光とは全く違う知見が必要で,科学的なアプローチも必要になってきます.それがようやく10年前から動き始めて,日本でも関心を持つ方が出てきました.

 本保先生は長年観光に携わられておられますが,観光を強く意識されたのはいつ頃でしょうか.

本保 1997年から1999年までの2年間,観光部の企画課長を務めまして,その時に,初めて,観光行政を面白いと感じたのだと思います.そう感じたのは,当時の観光行政に大きな疑問を覚え,自分がやれることがあるのではないかとの思いを持ったからです.観光は個人の生活や人生,そして地域にとっても大きな重みを持っているので,行政対象としては重要であるはずです.ですが,例えば国内観光や国際観光の活性化を通じた,より豊かな時間消費の実現などに対して,観光行政は適切な対応をしていないのではないかと思い始めました.同様に,日本の観光地は,外国,特に欧州と比べて,一言で言えば美しくなく快適でないところだらけで,あまりにも貧困だと思っていました.日本国内は観光して歩くのに値しないのではないかという疑問さえ感じていたほどです.そうした中で,湯布院の由布院 玉の湯さんと亀の井さんを訪ねる機会を得て,いや,そうではない,素晴らしい世界があるのだということを初めて知り,見方ががらりと変わりました.欧州かぶれの無知の人間が蒙を開いたということでしょうか.いずれにしても,観光行政を通じてこうした観光地域をきちんと作っていかなければならないと感じ,観光まちづくりの取り組みを始めました.今では,普通名詞になっている観光地域づくり/観光まちづくりという言葉は,私と西村幸夫東大教授とでつくりだしたと自負しています.

2.4 観光分野に乏しかった産官学連携

 本保先生は観光庁の初代長官を務められた後,首都大学東京に異動なさいました.官から学に移った時の思いについて,ご教示いただければと思います.

本保 日本は観光について,官も産も学も,色々な意味で立ち遅れているなと痛感していました.官では,観光庁が頭脳集団という意味で日本では傑出して大きい存在です.100人以上の人間が観光専門で仕事をしています.それも現業ではなく調査を含む政策分野専業です,観光庁が日本一のシンクタンク機能を有していると思います.それでも,まだまだノウハウ不足,勉強不足,知識不足です.また官庁の限界として長期間にわたって知見を蓄積していくシステムがない.そこが学の世界との違いだと思います.

翻って,学の世界を見ると,官庁に不足している部分を埋める実践的で現実的な研究がなされておらず使えるものが極めて少ないというのが観光庁時代に思ったことです.様々な研究があるのですが,特定の条件でしか通用しないような結論がほとんどです.政策として使えるためには社会的な検証に耐えられるようなものでなければいけないし,一般性を持っていなければなりません.データを集めるなど大変なことも多いと思うのですが,時代は随分と変わってきています.本当は官庁と学が連携して調査や研究をするものがあってもいいと思うのですが,なかなかそのような仕組みになっていませんし,産学連携も観光の分野では極めて薄かったと思います.

 日本国内の場合ですと,立教大学などをはじめとして観光関連の学部・学科が1960年代頃からありましたが,産官学が共有・協働し政策にまでつながるような研究は行われてこなかったということでしょうか.

本保 非常に乏しかったと思います.観光に関する日本の研究には,社会学的な立ち位置のものが多かったと思います.もちろん重要な分野です.しかし,私たちのような実務家からすると,観光とは何か,人が観光するにはどういう意味があるのかという抽象的なものではなく,もっと実証的で多くの人が納得するものが必要なのですが,非常に少なかった気がします.これは結局,観光に対する関心度が全体として低かったことが一番大きな原因だったのだと思います.お互いが持っているものを共有したり発信したりする産官学の連携がもう少し良ければ,お互いのニーズを理解して高め合っていくこともできたのですが,そこが非常に弱かったのかもしれません.

2.5 第一線の先生を巻き込み,従来欠けていたマーケティングとマネジメント面を補完

本保 ですので,観光の分野で圧倒的なオピニオン・リーダーになるような著名な先生はいなかったように思います.大体,ある程度,注目度が高まっていくと,「あの先生が大権威だ」「この分野ではあの先生だ」というのが生まれてきます.そのような方々が発信力を持って,社会の動きをキャッチしてつないで,誰かがそこに取り組んでくれるという形で相乗効果が生まれてくると思うのですが,そこまではできていなかった.この構造は恐らく,他の分野でもそうでしょう.

 今のお話はサービス学会のコミュニティにも通じるところがあります.サービスを本格的に研究しようという人たちが近年になって様々な分野から集まりはじめ,ようやくみんなで共有し合う場ができました.その次に何をすべきかという問いに対して,それらの成果を一般に発信できるスポークスマンや有名な先生を作るべきであるという話が出ました.観光研究に関しても,そういったリーダーとなる方がこれから新たに生まれてくるべきだとお考えでしょうか.

本保 思います.実は,そのような思いがあったので,有名な先生の中で,今まであまり観光に関心を持っていなかったような方をこの観光の世界に誘いこもうとしました.特にマーケティングやマネジメントの考えが必要だということで,例えばマーケティングの大権威の先生などに観光分野に関心をもっていただき,役所にもご協力いただくというような取り組みを一生懸命やってきました.高い専門性を持った異分野の先生に,観光分野に関心を持ってもらうことには大きな価値があると思っています.

 2014年3月の「インバウンド振興のための国・地域のブランド戦略シンポジウム」では,恩蔵直人先生の他,池尾恭一先生,片平秀貴先生というマーケティングの大家の先生方が揃い踏みしたのは圧巻でしたね.観光に対する見方が変わった瞬間だと思います.

本保 あれはまさに努力の成果と言えるでしょう.

2.6 実践的アプローチに根差した研究への期待

 マーケティングやマネジメント以外に,その分野の第一線の先生を巻き込んで観光産業を引き上げたいという分野はありますでしょうか.

本保 次に来るのはどこでしょうね.僕は本当にエンジニアリングが大事だと思っています.エンジニアリングはどんな分野であれソリューションを発見するという学問ですよね.

 そうですね.僕の最近の理解ではマネジメントも本来それに近いと思います.実際に何かを実現するために人を動かす組織を作るというのがマネジメントで,それをどちらかと言えば自然科学に近い科学技術の言葉でやろうとしてきたのがエンジニアリングという認識です.その意味では,従来のいわゆる哲学的な観光研究ではなく,学の研究と官の政策とを一体に考え,実践的な観光研究に取り組んでいる組織はありますか.

本保 多少誤解もあるかと思いますが,観光庁なり観光部門にいた頃は,既存観光関係の学会には距離感がありました.実務的なことにしか興味がなかったからです.学会によって様々ですが.学会ですから,会員の研究活動などが多様なのは当然ですし,それが学会なり研究活動の活性化につながっていくということは,この世界に来て私もそれなりに理解をしたのですが,それにしてもお遊びみたいなものも少なくないという印象もあります.目先の利害にとらわれず真理を探究することが長期的な人類の福祉の観点から重要ですし,学問の自由の重要性も理解していますが,研究活動というものが税金などの社会のリソースを使うものである以上,社会貢献を常に鋭く意識し,その鑑の下に進められるべきだと信じています.

2.7 社会を動かすこれからの学者像

本保 サービス学もそうだと思うのですが,知識を体系化・総合化した上で,実際に物事を動かす,地域社会を動かす,国を動かす,企業を動かすという実用性があるものに高めていく必要があるのではと思います.部品を提供するだけでは駄目ですから,それらを使うことによって何かソリューションを提供するという形に進化をさせるべきです.総合化を持った能力を持った人が居ると思いますので,プロデューサーの役割を持った先生が出てきて,この分野とこの分野を組み合わせて解決策を提供していくということがあって然るべきでしょう.

 体系化・総合化という側面の他,社会での関与者と実際に協働していく実践科学的な側面が,これからの学に期待されるものということでしょうか.

本保 そうですね.もう一つは,研究や学問的思考を重ね訓練された学者の方々が実社会に出て,今までの経験・知識をポテンシャルとし,積極的に現場に関わっていくことで,従来の関係者の中からでは生まれなかったようなアイデアや思考,ひいてはイノベーションが生み出される可能性が高まると思います.アメリカの大学発企業はこれに近いのでしょう.直接的な課題に深く関わることで,本当の意味で社会を動かしていくという実践者としての能力を活用していくことができたら,これは大きな強みです.

その意味では,研究室と現場の往来がもっとあって良いと思っています.研究室を構え研究活動をしながらも,積極的に社会に出て行き答えを提供していく.例えば,土木学会のある先生は,学会の権威であると同時に,極めて実践的な活動をされています.例えば委員会の委員長などを努められた際は,単に他の人の意見を取りまとめるだけではなくて,「この問題にはこういう解決策があるけれど,この場合にはこれが適当じゃないか」というようなアイデアを出し,リードして行かれます.関係者との間に築かれた信頼関係を基に,他の人には真似のできない調整作業もされます.このような方々は,色々な分野に居るわけですが,もっと増えてきていいと思います.ともすると,御用学者などと揶揄され,どちらかというと見下されていた傾向にありますが,実学の視点では全く逆だと思っています.研究を離れてしまうと足腰が弱くなる部分も確かにありますが,幅広く最新の情報を入手し広いネットワークを築くことが非常に重要です.そして,研究・教育ネットワークを通じて,その情報をフィードバックし,他の人々と協働していくというような,もっと大きなオーガナイザー,社会貢献者としての学者像があっていいと思います.そのようなことをやっていると発言力も高まるから,その分野への世間の関心を高めることができます.

2.8 学に求めたい科学的根拠と裏付け

 政府が策定した「観光立国の実現に向けたアクション・プログラム2014」*2には様々な内容が記されていますが,これらの中で特に産官学連携あるいは大学の知見が必要な項目はどれでしょうか.

本保 これは経済学・経営学のテーマなのかもしれませんが,例えば航空産業に関して言えば,航空産業が持つインパクトや制約条件の他,観光をどう変えていくのかというようなことは,何となくみんな直感で分かっています.しかし,観光産業が変化する中での航空企業の経営戦略のあり方といった関心の高い問題についての知見などがもっと欲しいですね.日本のエアラインは収益重視でイールド・マネジメントに重点をおいた経営をして,観光分野の供給を絞っており,航空キャパティ不足との声が旅行業界から出ています.航空企業の収益改善の観点からは正しい経営戦略と思いますが,一方でインバウンドを中心に観光産業が発展する中で,本当にそれが経営戦略あるいは競争戦略として正しいのかというテーマです.本当にそれが正しいことなのかは誰も学問的に証明していないのではないでしょうか.

2.8.1 おもてなしには本当に価値があるのか

本保 もっと本質的なことを言えば,よくおもてなしと言われますが,それは一体何なのでしょうか.もう少し行動科学的に,日本人が言うおもてなしと欧米流のサービスホスポタリティとを比較分析し,それがサービス提供の現場でどのように機能したり評価につながったりしているかを分析すると分かってくる気がするのですが,そのような研究はないのではないでしょうか.どうして研究がなされないのかが不思議です.

 最近はサービス学会や周辺領域でも,おもてなしに対する科学的研究,あるいはどのように科学的に接近するかが話題となっています.その他,私はANAと共同研究をしておりますが,最近,客室乗務員の接客業務におけるおもてなしの分類や,その訓練方法についての議論を始めました.

本保 面白いですね.でも,日本のおもてなしを前提にしていて本当に大丈夫でしょうか.おもてなしが,高コスト構造になっていることは間違いですよね.また,少なくとも日本人にとって良いサービスが外国人にとって,必ずしもいいサービスだという風には証明されてないですよね.

 その通りですね.提供コストを度外視にしてでも,おもてなし・ホスピタリティが良いという情緒的な考えが日本の中にはあると思います.その効果を定量的に測れないとしても,どういうところに対して意味があるのかをきちんと選別をしなければダメだと思います.おもてなしという言葉から先に進むことができるよう,ANAとしてはそのような切り分けをしたいのかなと思っています.また,おもてなしという言葉は,どちらかと言えば提供側からの表現にあたると思うのですが,「おもてなし手」と「おもてなされ手」の組み合わせ,さらには文化の違いによっても評価は変わるはずなので,そこについても調べたいと考えています.

本保 それはいいですね.実験の方法と環境を組み立てなくてはいけないので,難しそうですが.

2.8.2 政策的必要性と旅行者の実際との乖離:広域周遊という言葉の一人歩き

 アクション・プログラム2014にあります,観光地域づくりや受け入れ環境整備について,学が貢献できることがあるとすれば,何でしょうか.

本保 観光地域づくりに関しては,デスティネーション・マーケティングをさらに進化させていくことだと思います.何が観光資源なのか,何を訴求するのかという観光資源に関する研究は山のようにありますが,どうすればこれらを総合して有効な観光地域づくりができるのかということになると実践的で説得力のある科学的な議論,論文は極めて少ないのではないでしょうか.端緒になるようなものはあり,もっと深く徹底してやれば良い成果が出るのでしょうが,例えば研究室単位で,限られた時間とリソースでやっているため,断片的であったり,局所的になっており,きちんとした答えを出せるところまで行っていないのではないでしょうか.

科学的でないと思われるデスティネーション・マーケティングの一例として,広域周遊ルートについて申し上げましょう.私はこれに大きな疑問を持っています.広域周遊ルートには複数の県をまたがたルート上の多くの観光地を訪れることを想定したものが多いのですが,外国人旅行者の行動に即しているかどうか疑問な人為的なものが多いのではないでしょうか.そのような設定で多くの外国人に来てもらえるとはとても思えません.私も外国旅行をよくしていますが,複数の国を一度に行ったりすることは希です.通常,旅は時間と資金の制約があるものであり,広域をぐるぐると回る旅行をすることは困難です.例えば,欧州からの旅行者が日本に長期滞在する場合は,全国の主要観光地を訪問するパターンも当然ありますが,京都や東京に1週間腰を据えてその周辺を広域的に訪問するという行動パターンが多いはずです.このような観光客の行動特性や行動パターンの科学的な把握・分析が,マーケティング等の出発点になるはずですが,残念ながらその出発点が曖昧なままなため,不可解なルート作りなどがなされるのではないでしょうか.最近では,観光庁の訪日外国人消費動向調査の他,GPSを使った行動調査なども行われるようになってきましたが,どうしたらそれを広げることができるのでしょうか.そのようなものを踏まえて観光客の行動パターンなり消費行動なりがもう少し正確に把握されるだけでも,随分違った取り組みができると思います.

皆が思っているほど広域周遊する旅行者は居ないというのが私の立場ですが,それに対するある後輩の答えが「本保さんの言う通りかもしれないが,広域的な連携を促す一つの機会だと思えばいいじゃないですか」と振るっていたので,私も,「役人的にはそれでいい」と応答したところです.広域連携推進はある意味で永遠の課題ですから.

 政策的な観点での必要性と,実際の旅行者の行動とのギャップですね.

本保 そのようなものはたくさんあると思います.その後に何が起きるかというと,物事を鵜呑みにするようなダメな会社や地域が本気で広域周遊の商品を作って売ろうとして,プロモーションに失敗します.ニューツーリズム*3も同じだと思います.ニューツーリズムと色々な人が色々なことを言い続けてやっていますが,本質論が全然議論できていません.とにかく政府も民間も日本は情緒的です.

 このことは本質的なご指摘と思います.私も観光の研究を5年ぐらい前から始めましたが,政策的な観点から出てきた可能性のある用語が,観光サービスにおけるニーズなのだと鵜呑みにしているところがあります.それらが旅行者の実際の行動とひもづいているか,あるいは裏付けられたものかどうかは考えていませんでした.観光庁や国の政策を裏付ける学や民間の活動がまだ追いついていない現実ですね.

本保 観光庁が行っている政策が本当に正しいのかという検証も必要です.役所は結構間違いますよ.昔は,役所は絶対に間違わないとさえ言っていましたが,そうでもありません.それを検証する仕組みがないということが逆に不幸です.

海外においても,観光政策の裏付けや検証を十分に行う明確な仕組みは不足気味かも知りません.ただ,日本と韓国やシンガポールで違うところがあるとすれば,韓国やシンガポールはMBAホルダーのような若い専門家を使って政策立案をしているので,よく勉強もしているしフレッシュです.もちろん政策ですから政治の影響を受けるので,合理性のあるものに不合理が入ることはあります.そうであればあるほど,何が合理で何が不合理かを見極めていくことが必要なことだと思います.

2.8.3 観光をサービスとして位置づける:着地型観光は何が新しいのか

本保 先ほどの広域周遊の話しとも関係しますが,着地型観光は科学的検証を欠いた事例の一つと思っています.定義が曖昧なままブームになっている言葉だと思います.目的地に着いたら,そこで観光するのは当然です.そこでその場にふさわしいサービス提供をする人やオーガナイズをする人が居ることの何が新しいのでしょうか.実際の観光事業者,受け入れの地域にとってみれば,元々この視点でやっていたのであり,何も変わっていないのです.インバウンドについて言えば,日本人が海外旅行にいく場合との対比を見れば,サービスの輸入からサービスの輸出になったわけです.だから輸出産業としてどう考えたら良いかというだけであって,着地も何もないと思います.むしろ輸出であれば,相手のマーケットに相応しい商品をどう準備するかというマーケティングや,どのように売るかというセールスの方が重要です.もちろん,最後は現地(着地側)で商品提供が行われますが,それ以上のことは何もありません.

着地型観光は,大手の旅行会社が発地側で主導権を握っていた状況に対して,地域が主権を取り戻すということをいっているイデオロギー的色彩の強い言葉と感じています.地域主権を強調し,地域の自覚を高める点においては,意味があると思いますが,真に新規性のある概念,旅行の実態を変えるようなものとは考えていません.観光庁長官時代には,無意味な言葉遊びで企業や地域を振り回してはいけないという気持ちを強く持っていました.

 耳が痛いお話です…….これから観光分野のすそ野が広がり,観光の研究開発に新たに携わる人が増えてくると,ますます言葉に踊らされることが多くなりそうです.バズワードに近いですね.

本保 検証もしないで使っている学者が多いことに驚きます.周りの先生方が着地型観光と述べていると,本当に学術的に考えているのかなと思います.旅行サービスという商品の供給・流通・購入の実態に即して科学的に考えるべきです.

 観光という人間の消費行動をサービスとしてきちんと位置づけた上で,本当に意味がある言葉や政策なのかを見極めていく必要があるということですね.

本保 逆に,社会学的な観点で,なぜ着地型観光という言葉が流行り,皆がそれを追っていったかを分析してみるのも面白いと思います.心地よくて政治家も乗っかりやすく,地域主権のような雰囲気があるからだと思いますが,だから日本人は情緒的だという…….

いずれにせよ,経済学的にも社会学的にも着地型観光は一体何かという厳密な定義をすべきだと思います.同じようにニューツーリズムも何がニューかを詰めてきちんと定義しようとすると,本質的な新しさ,定義に耐える新しさがないことに気づかされます.観光行動で消費者が強く求めているものを表に出して,そのニーズに焦点を当てた商品・サービスを形成しようというだけのことで,旅行行動の本質的変化があり,これに応えた本質的な新規性のあるサービスが提供されているというものではありません.健康に関心がある人にはそれ向けのものを作ればいいし,世界遺産に関心がある人にはそれを作ればいい.しかしそうはいっても,単一の関心だけで旅行行動をする人は少ないので,それだけでは商品として失敗するため,複合的になっているはずですよね.つまり,商品づくりにおいてどこに主眼を置いているか,重点を置いているかというだけのことであって,ニューツーリズムの考えでの単品サービスだけで観光をする人はまず居ないと考えるべきでしょう.

2.9 インバウンドが生み出す社会的摩擦と誇り

 これからの観光政策を考えた場合には,一般の方々に対する意識づけも必要になると思いますが,このあたりについては,どのようにお考えでしょうか.

本保 観光は一般の人々が思っている以上に地域社会経済に大きなインパクトを与えます.「2020年には世界の10人に1人は観光に従事する」との予測からだけでも,観光が大きく雇用ひいては経済社会全般に貢献するものであることが分かります.他方で,日本のあちこちで過去に起こったように景観破壊や地域破壊が進むという副作用もありますので,観光を上手く使いこなしていかなければならないとの認識が広まっています.その副作用という観点でのこれからの日本にとって最大の課題の一つは,外国人観光客が大きく増えた時に生じうる社会的摩擦への対応です.これは受け入れる側の日本人,地域社会にとって大きなチャレンジになると思っており,一つ目のポイントです.

 特に日本の場合では単一民族,単一文化という背景がありますので,外からの人々を受け入れるという土壌が今までなかった点も関係していますね.

本保 そうですね.そのことは,対になって大きな恩恵をもたらす可能性もあります.多くの外国人を受け入れることは,ナショナルプラウド,誇りの醸成に大きく貢献します.これが二つ目のポイントです.これからインバウンドを通じて威信と誇りを適切に形づくって共有していくことがすごく重要だと感じています.外国人との接触とは何かということで,ある意味で国際化といえますが,これを社会的に受け止めていくあり方を考えていく必要があると思います.

2.10 Three Weeks Crisisとリスクマネジメント

本保 三つ目は,外国人旅行者数が増え色々と問題も生じる中,本当におもてなしができるのかということです.私が一番心配している恐れは,日本=おもてなしの国と宣伝をしている中で,2020年という脚光を一番浴びる時に,実はそうじゃないということが世界に発信されてしまうことです.多くの外国人のメディア関係者が来日した時に,例えば外国人お断りという掲示がレストランや宿泊施設などで目立つようだったらどうなるでしょうか.最近,外国人が増えるにつれて都内の飲食店などで外国人お断りというお店が増えており,こうならない保証はどこにもないと思います.

五輪開催時にはとにかく普段では考えられないようなメディアの脚光を浴びるわけですから,そのようなものがあれば必ず大きく取り上げられます.もし悪意あるメディアにこのような閉鎖的な事象が取り上げられると,激しいバッシングを受ける可能性があります.そうすると日本のナショナルブランドやナショナルイメージは壊滅的な影響を受けると思います.これは相当深刻な懸念で,難しい問題だと思います.

 2020年は,わずか5年後ですよね.この問題に対して,どのような取り組みが考えられるのでしょうか.

本保 最低限,リスクマネジメントをきちんとして,フォールバックラインを押さえておくことが必要だと思います.これは政治や行政が真剣に意識して意図的に取り組まないとできないことだと思いますが,そのようなリスクを認識しているのかが懸念されるところです.何となく日本人は現実をきちんと客観的に見ようとしないところがあって浮かれてしまうところがあります.このリスクマネジメントは,レガシー全般について言えることだと思います.イギリスの五輪担当大臣だったのロバートソンさんがThree Weeks Crisisという言葉を使っていました.五輪期間中の三週間のメディアとの関係,これは危機的状況としか言いようがない.何が起こるか分からないという意味と理解しました.もちろんサイバーアタックもあります.あれは経験者の言葉だなと思いました.

2.11 日本のイメージチェンジが最大のレガシー

本保 もう一つは,もっと前向きな話で,日本全体として本当に良いおもてなしの成果を残して世界に評価されるよう努力をして,それを喜び,目的とすることだと思います.1964年の五輪の国民的キーワードは「恥をかかない」だったそうです.2020年は違う時代ですので,成熟した国として誇りに思えるものにしなければいけないと思います.舛添さんが世界一の五輪にするという言葉を使っていますが,実質が何なのかということを置いておいてもそのような心掛けは大事だと思います.何がレガシーなのかを考える時に,世界一の五輪にするということも,立派なレガシーだと思います.五輪はみんなが一緒になってひた走る珍しい機会です.五輪でもないと特定の目標に向けてみんなで一緒に走ることはありません.もちろん,皆それぞれの思いがありますから,目標を一点に絞り込むようなことは難しいですが,とはいえ,明確でないことはやはりおかしいと思います.

 一般の人々に対するレガシーのメッセージはどのようになるのでしょうか.

本保 私自身,五輪による観光の最大のレガシーは日本のイメージチェンジだと思っています.「工業国であった日本が,成熟した素敵なデスティネーション(目的地)になった」という風に変えていくことであり,これに集約されると思います.日本はフランスにも似た文化を持っていると思われますので,極端な話,フランスになるのだと言い換えてもいいと思います.

2.12 2020年の東京五輪後に求められるもの

 2020年に2,000万人という数値目標がある一方で,元々は3,000万人というイギリスを参考とした数値目標があったかと思います.観光レガシーをきちんと残した後,2020年以降に,日本の観光産業の更なる発展や目標に向け,何をすべきでしょうか.

本保 東京五輪が成功し,ブランド形成ができて,イメージチェンジができた状態というのは,分かりやすく言えば,死ぬほど辛い思いをして売る努力をしなくても買ってもらえる状態になるということです.そこまで来たら,買ってもらう努力をきちんとし続けさえすれば,日本観光を買ってもらえることになります.いつも新しい期待に応えてくれるというイメージを植え続けて,企業努力によってそれに対応し,お客さんを実際に刈り取っていかなければなりません.シドニーの場合は,せっかく売れる状態になったのに,その後売る努力を怠ったために失敗しました.逆にイギリスは,このことをシドニーから学んだのです.

3. サービス学会に対する期待

3.1 産学連携を通じた文理融合への道

 サービス学会への期待をお教えください.

本保 文理融合でやっているわけですから,その成果をいかに出すかということに尽きると思います.各人の能力や学会の土壌からすれば,今でも多くの成果が出せていると思いますが,多くの場合,文理融合していないのではないでしょうか.工学系の人は工学系の論文しか読まない,文系の人は文系の論文しか読まないということでは,融合が成り立ちません.これをどう超えていくかであり,文系の人は社会的な動きのフォローに優れているところがあるので,それを工学系の人が参考にすればいいでしょうし,逆に文系の人は工学的・理系的な考え方や頭の整理が参考になるのではないでしょうか.

産学連携として大学と企業との共同研究が増えていますが,そこに文理が加わった形で行われればいいと思います.そうして経験を積んでいるうちに,相手の強みが何かが分かり,それを利用できるようになるし,互いを巻き込んで役立ていくという循環が作れると思います.話は変わりますが,例えば経済産業省では,文系と理系の双方でキャリアを採っていますが,理系の人が文系的な仕事をするなど,両者の区分に関係なく働いています.やはり理系は理系で合理的にものを考えるということに慣れていて,文系はファジーにものを考えたり,あるいは総合的にものを考えたりする.それを両方やるから役に立つわけで,現在の文理が共存している状態からもう一歩交流を深めていくことによって,新しい価値を生み出していくことができると思います.産官,産学,官学などの共同研究や共同行為の中で生み出されるのが望ましいですね.

 そうですね.サービス学会で実践していく上で,観光産業,あるいは2020年のビジョンに向けて皆で動くことは,すごいチャンスであると思っています.

本保 チャンスだと思います.例えば毎年1つか2つの共同研究テーマを作って,そこに文理の方々や産も官も入って何らかの成果を求めていくことをやると,実践的な経験につながるし,何か生まれてくる可能性があるのではないでしょうか.とにかく官と産というのは,継続して積み重ねて構築していくところが圧倒的に弱く,それは学が持っている強みです.夢みたいな話かもしれませんが,一緒にやることで学に勢いがつき,広がり,できたネットワークのリソースを研究や教育側で活用していく循環ができれば素晴らしいですね.そのような意味では,観光は色々なものを包摂できる箱だと思うので,うまく使っていけばいいと思います.

3.2 産学連携を通じた大学教育の見直しへの道

 サービス学は,観光教育分野に対して何ができると思いますか.

本保 難しい質問ですね.人材育成は観光産業のこれからの成否を握っています.2,000万人を達成できるかどうかも人材次第だと思います.まず一般論として企業は大学教育に期待しておらず,関係なく採用しています.これはとても辛い現実です.日本企業の採用活動と大学の教育の双方に問題があり,深刻だと思っています.大学に勤務してしみじみ思ったことは,大学は学生というプロダクトを生み出すシステムであるにも関わらず,品質管理の仕組みがないということです.教育内容については先生任せで,成果が出ているかどうかを検証する仕組みがありません.幸い,真面目な先生が多く一生懸命やってらっしゃるので,それに対して学生が啓発され成長することもありますが,学生と先生たちが持っている能力に偶発的に頼っているのが現状です.それで教育成果を社会に売っていくことは無理だろうと思います.これは,ごく一部の例外を除いて日本のどこの大学でもそうです.だから企業が期待しないのも当たり前だと思います.そのような意味では,文部科学省の初中等教育向けの指導要領は一定の有用性があり,大学にも必要じゃないかと思う時さえあります.もちろん本気ではありません(笑い).

ただ,大学の先生が持つ能力と熱意は大きな資産ですから,これらと他とを如何に連携させ,より効率的で生産性の高いものにするかが大事だと思います.その観点からすると,文理という壁はあってもいいのですが,相互交流という形で相互に高め合い,産業界や地域・国を含む行政とより密接につながり,それらから刺激と具体的なニーズを見出すことで,本来持っているポテンシャルがもっと活かされるはずです.その中から教育の中身やシステムとしてのあり方の議論が進むと良いですね.ついついアメリカと比較してしまいますが,日本の大学は,産学のつながりを戦後閉ざした時期がありました.企業との癒着はいけない,企業と結び付くのは学の精神に反するという時期がありました.その時の観念をまだ一部の人が背負っているのですが,これがなくなり,もっと実務的な交流ができてくると変わると思います.このあたりが,日本の大学の一番の弱みではないかと思います.

3.3 異分野からのアプローチに対する期待

 最後に,サービス学会の会員の皆さんへのメッセージをお願い致します.

本保 私が唯一所属している学会がサービス学会です.それは,産学が一緒になって,かつ文理が一緒になってとの理念に本当に賛同し,期待をしているからです.サービス学会には,実践的であり社会の要請に応えるという意味で強くなってほしいし,成長してほしいと本当に思っています.

また,私自身は観光に特化した研究をしてもらいたいとは全然思っていません.観光学という言葉はありますが,色々なものが融合した集合体が観光学なのであって,特定のディシプリンだけが集まって組織体,学部を作るということは不適切だと思っています.ですので,むしろ他の専門分野の知識と経験をきちんと持ち,その中で観光に関心を持って分析し,研究していくことの方が今は遥かに付加価値が大きいと思っています.もちろん観光に関する知識も必要ですが,それは必要に応じて学んでいけば良いと思います.

 本日は長時間にわたり,ありがとうございました.

著者紹介

  • 本保 芳明

首都大学東京 都市環境科学研究科 教授.1974年東京工業大学大学院修了,運輸省入省.(独)国際観光振興機構(JNTO)ジュネーブ事務所,経済協力開発機構日本政府代表部勤務,運輸省観光部企画課長,国土交通省大臣官房審議官,日本郵政公社専務執行役員等を経て,2008年10月国土交通省観光庁設立とともに初代長官に就任.2010年4月より現職.サービス学会 会員.

  • 原 辰徳

東京大学 人工物工学研究センター 准教授.2004年東京大学 工学部 システム創成学科卒業.2009年同大学大学院 工学系研究科 精密機械工学専攻 博士課程修了.博士(工学).2013年3月より現職.サービス工学,製品サービスシステム, 観光サービスなどの研究に従事.2009年 東京大学学生表彰 工学系研究科長賞(博士)を受賞.サービス学会,観光情報学会 理事.

*1  五輪開催を契機として社会に生み出される長期にわたる影響,あるいは持続的な効果.

*2  アクション・プログラム2014については,本誌の矢ケ崎氏の記事を参照されたい.

*3  従来の物見遊山的な観光旅行に対して,これまで観光資源として気付かれていなかった地域固有の資源を新たに活用し,体験型・交流型の要素を取り入れた旅行形態.エコツーリズム,グリーンツーリズム,ヘルスツーリズム,産業観光等がある.

参考文献
  • (1)  本保芳明,矢ケ崎紀子:過去のオリンピック・パラリンピックの経験を踏まえた2020東京オリンピック・パラリンピックを契機としたインバウンド振興策に関する一考察,首都大学東京観光科学研究第8号(2015)(印刷中)
 
© 2018 Society for Serviceology
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