2015 Volume 1 Issue 4 Pages 42-48
サービスの生産性を効率的に向上させるためには,客観的かつ定量的なデータに基づく判断を基礎とすべきである(1).これは観光地づくり,街づくりでも妥当する.必ずしも経験と勘を否定するものではないが,実施した集客施策の成功・不成功の評価をしないまま来年度の予算を決めるという作業の繰り返しになってしまうと効果ある施策に予算を集中したり効果の低い施策の予算を削減したりすることができない.また,声の大きい人,権威的な立場にいる人の発言を重視することになってしまい,不合理な選択を止めることができなくなる.「なぜ成功したのか」を検討することもできないので,より高い効果を得られるように改良することもできない.なにより,現状を客観的に把握しなければ,達成目標を立てることもできない.街のビッグデータ,すなわち観光地域や街の中を顧客がどのように移動してなにに時間を使っているか(なにを楽しんでいるのか)を知るデータがない現状こそ,批判されなければならない.
だが,街づくりの実務家は必ずしもこの見解と同じ立場ではない.街づくりの実務では,地域の魅力を地域住民自身が認識することに資するような活動(「街ゼミ」「温泉博覧会」等)など,気づきを促進したり人間関係を強化したりすることを目的の一つとした施策が行われることが多く,そのような活動では客観的データの取得は難しい.データはなくとも一定の成果を上げていると考えられることから,実務家の中には「街づくりにはデータなど役立たない.我々はプロなのだから客のことはわかっている.」と公言する者もいる.
こうした見解は人材育成を街づくりの基本と考える実務家の偽らざる本音であろうが,旧来の通説的見解や誤解に基づいていることも少なくないと思われる.
本稿では,「ビッグデータは一部の大企業のものであって,地方観光地とは無縁である」「ビッグデータは街づくりに役立たない」という誤解に,城崎温泉での事例(2)(3)(4)(5)を引きつつ反論を試みたい.
多数の顧客を対象に,GPSやRFIDタグなどを用いて高い空間分解能・時間分解能で広い地域の回遊状況を捕捉しようとすると,確かに大きな投資が必要となる (6)(7).観光地・街づくりでは (a)日々の顧客を観測し続けることが高い価値を持つし,(b)「これまでほとんどいなかった類型の顧客」をも広く捉えておくことで変化の兆しを察知することが期待できるから,顧客をできるかぎり網羅的に調査対象にしたい.(c)分析の観点からイベントドリブン型のデータ(拠点に立ち入った,などなんらかのアクション時のデータ)を収集することが望ましい.これらはいずれもGPS等を使った調査ではコストを上昇させる要因となる.
しかしながら,(a)(b)(c)の条件を満たすには,必ずしもハイテクは必要ない,と筆者は考える.大量の顧客を個々に識別することが本質で,その意味から顧客に機械可読IDを付与できれば足りる.機械可読IDとは,たとえばバーコード.紙に印刷するだけなら実質的にほとんどコストはかからないので,地方観光地でも作成できる.このIDを大多数の顧客に配布して主要拠点・店舗にバーコードリーダを配置する.これだけである.
具体的にどのように全顧客に配布するか.また,配布したIDを各拠点でどうやって使ってもらうか.城崎温泉では外湯巡り(町内にある7つの温泉施設を回遊する観光資源)があり,外湯で提示する「外湯券」をほぼすべての宿泊客が持っている点に着目,これにバーコードを埋め込むこととした.さらに,この番号を使って「付け払いサービス(街中で現金なしに買い物できる.宿をチェックアウトするときに清算)」を導入した.これで顧客が買い物するときにIDを提示することになるので,顧客の使った金額を調査することができる.
IDの配布は他の地域でも可能である.学会などのようなイベントでは参加証に機械可読IDをいれておく,などがこれにあたる.わずかなことであるが,これがサービス生産性向上の主要なポイントである.資金的に余力があれば,より観測精度を向上させる技術に投資することはさしつかえない*1.
この見解はメディアに繰り返し登場するので,多くの人がビッグデータの分析には数学の高度な専門知識が必須であり素人にはできないものだと信じている.これが真実であったとして,データサイエンティストなる専門職を雇用できる自治体は国内にいくつぐらいあるだろうか.筆者が知る限り,そのような自治体はごくごく例外的である.これではビッグデータを集めたところで役に立たないということになる.
我々のプロジェクトでも,プロジェクト開始当初に「誰がデータ分析できるのか」が議論になった.城崎温泉は日本を代表する温泉地の一つではあるものの,専属のデータサイエンティストを雇用する余裕はない.データサイエンティストを擁するコンサルタント会社と契約してもらうというのが現実的な解決策にも思われた.
しかし,筆者は逆にデータサイエンティストなる専門家では観光地・街づくりにデータを役立たせるという目的は達成できない,と考えた.その理由は三つある.
一つ目の問題点は,すでに述べたとおりコストがかかってしまって地元では負担できないことである.サービス生産性を向上させるためには,何年にもわたってデータを蓄積し,分析し,改善し,を繰り返していく必要がある.一回限りであれば補助金などの手段もあり得るが,継続的なプロジェクトでは地元の同意を得ることは困難となる.特に観光地では,具体的集客施策への投資は歓迎するものの,単に調査分析のために費用を投じることには極めて否定的な傾向が強い.
二つ目の問題点は,あらゆるデータに対して分析をしてみせる専門家と位置付けられているデータサイエンティストは,地元特有の事情や人間関係に詳しいわけではない点である.観光業や宿泊業に熟達している人材であればまだしも,高度な数学的知識を有することを武器としている職種に,特定の業種や地域特有の事情に精通していることを期待することはできないし,精通せよと命じることも困難であろう.統計的処理ではノイズとして見逃してしまうようなデータの変化に気づくことができる可能性があるとすれば,それは日々のサービス現場を熟知している人材である.このような知識はサービス現場に高い粘着性をもって生み出されており(8),遠く離れて数字だけを見ている専門家には統計処理から導ける一般論やどこかでやっている傾向分析をこちらでもやってみる,ということは可能であっても,わずかな変化から独創的かつ有望な仮説を生み出すことは容易ではない.地元からすれば数値やグラフの「意味するところ」を知りたいが,それは数学的知識とは関係ない.粘着性の高いデータを分析するなら,そのデータの生まれるところにいる人材に統計的素養を付けてもらうほうがずっと効率的に思われる(図1).
三つめの問題点は,データ活用には,能動的にサービス現場と関わろうとする意欲や自分自身の問題という意識が重要なのではないか,という仮説である.
データや,それが収集されるサービス現場にそもそも関心が低ければ,その分析結果が注目に値するものであったとしても結果を使おうとする意欲は乏しくなることは想像できる.地元の人々に関心ないところで分析してみせることができたとしても,それでは足りない可能性がある.
城崎温泉のプロジェクトでは,実験プロジェクトが終了したあとも,地元自身によって継続的に運用されることを目指していた.これはすなわち,地元の人自身で分析できなければならない,ということを意味する.
そこでデータへの気づきを促進し,新しい仮説を作りやすくするために次の5つの工夫を実装した.
(1)頻繁にデータを見る機会を提供する
新しい気づきのチャンスを少しでも増やすためには,考える時間を少しでも多く作ってもらうことが望ましい.そこで,宿の御主人には宿泊客が買い物するたびに確認のメールが飛ぶようにしつつ,そこに「今月の街全体の宿泊者人数」「今月の街全体の売上高の推移」など各種データグラフへのリンクを貼り,パスワードを手入力することなく1クリックで閲覧できるようにした.
(2)リアルタイムで見てもらう
3か月ほど経過した後でデータを見せられても「3か月前って,なにがあったっけ?」という印象になることが多いであろう.まさに「今日は忙しいな・・・」という印象のなかでデータを見てもらうことが,わずかなデータの変化から気づきを促すと期待される.城崎温泉では各拠点で収集されたデータは遅くとも10分以内には集計され,ただちにグラフに反映される.
(3)アイデアや気づきを地元関係者間で共有する
なにか疑問が生じたとき,他人に話すと新しい気づきに結びつくことがある.なにかに気づいたらそれを共有する場所として,関係者が自由に投稿できるメーリングリストが作られた.
(4)比較を提示する
昨年度同月比,先月比といったグラフの比較を提示すると「そういえば去年は寒かったからな・・」など,様々な仮説を生み出しやすいという効果が得られるようである*2 .そこで,データが2年分蓄積された時点から比較がしやすいようにリンクを用意した.
(5)データ収集を他人事にしない
前述したとおり,データに対するコミットメントを引き出す必要があると筆者は考えていた.どこか他所からきた研究者がなにやらやっている,という認識では,システムそのものに興味がないままで終わってしまう.自分たちのデータ,自分たちのシステムだ,という認識を地元の人たちに持ってもらうため,プロジェクトではまずシステムに自分たちで命名してもらうことを実施した.地元で何度も会合が持たれ,結論として「ゆめぱ」と命名された*3.名称ができることで話題に取り上げやすくなるなどの効果もあるが,自分たちの独自のものであるという認識は強められた*4 .
上記のような仕組みを運用していた2011年8月*5 ,次のようなメールが流れた.
「昨日は旅館のつけ払いが11件 合計21625円ありました.11件のつけ払いは今まで最高です.全体のつけ払いも昨日が一番多かったようですね.お客様の数はお盆の方が多いのに,つけが多いということは,灯籠流しなどのイベントで町を散策されている人が多かったということでしょうか.」
(8月26日のある宿の御主人のメールより抜粋)
図2は2011年8月のデータである.上が町全体の宿泊者数,下が付け払いサービスの町全体での利用総額,横軸は日付である,お盆のシーズンなので13日近辺がもっとも混雑している.26日の宿泊者数は8月としては特に多いわけではなくむしろ少ない人数であったが,売り上げは突出していることがわかる.この宿の経営者はまず自分の宿に宿泊している客の利用状況が多いことに気付き,街全体でも利用が多いというデータを確認し,当日実施されていたイベントの効果に思い至ったことがこのメールから推測できる.筆者はこのデータを東京で見ていたが,地元でなにが起こっていたのかについてまでは知らなかった.データ分析の専門家ではない地元の人でもビッグデータを活用できることを強く示唆した事例である.
参考までに,同年の9月のグラフを掲示する(図3).26日に売り上げが向上しているところから,これがいわゆる給料日効果(多くの会社が月末に給与を支払うので,給料日には出費が増える)ではないかという考え方もあり得るが,9月26日の売上が突出しているということはない.イベントが特になければ街の売上は宿泊者人数に概ね連動している,ということがわかる.
合意形成のコストがきわめて高いというのがオープンサービスフィールド*6での典型的な問題の一つである.最高意思決定者の決断が全支店・全社員にいきわたる「会社経営モデル」は街づくりでは妥当しない.
そのため街づくりの実務では人間関係作りが重視されることが多い.実務家の中には回覧板のような物理的な情報回覧のシステムを使って,商店街の人と顔を合わせる機会を増やすよう指導する人もいる.コストの観点からいえばメーリングリストなどで情報を伝達するほうが合理的にも思えるが,face to faceによって作る人間関係の重要性を考えれば,ITによる省力化などしてはならない場面といえる.人間関係という観点からITに批判的な立場をとる実務家がいるのも理解できないではない.
しかしながら,ここではデータが合意を促進することを指摘したい.
図4は,2011年12月の外湯入浴者数の時刻ごとの変化をグラフ化したものである.早朝7時から始まり,朝食の時間帯に減るものの10時までは入浴者が多い.午後2時以降,チェックインの時間になると徐々に顧客が増え始め,夕食の時間に入浴者数が減少したあと,23時の終了まで再び入浴者数が増える.どの月も山の高さは違うものの形はほぼ同じである.この図から,10時~15時までほとんど集客できていないことがわかる.この時間帯も他の時間帯と同じコストで運営しているのだから,単純に入浴者数を増やすほうが望ましい.
城崎温泉では,以前から「昼間だけ入浴できる券を作ったらどうか」という意見は出されていた.しかし,「この時間帯が混雑してもらっても困るし」などの心情的な反対意見がでると再反論できずに議論が立ち消えになっていた.そのようなとき,客観的なデータがあれば「昼間の時間帯に少しぐらい入浴者が増えても,他の時間帯の混雑には到底及ばない」ということがはっきりする.現在,この時間帯に通常より廉価で入浴できる「延長入浴券」が開発され,実施されている.結果として売上は純増し,観光客の滞留時間も増えた.この時間帯に前日の宿泊客が引き続き滞在することになれば,昼食はこの地域でとることになるのだから,経済効果は単に入浴券の販売額にとどまらないはずである.
この見解の意味するところは間違えてはいない.収集したデータを分析するとは,そのデータの意味するところを解釈して新たな知識を抽出する行為である.データがどのような意味なのかがわからなければ,単なる数字列に過ぎない.
しかし,いわゆる「分析」なしでもデータは役立つ.可視化である*7 .たとえば「現在の混雑状況」を見ることで観光拠点の混雑を緩和するといったことができるし,自分の行動がデータに現れることを使ったゲーム的な企画を作ることができる(これらの二つを組み合わせれば,それはゲーミフィケーションと呼ばれる施策として活用が期待できる).
図5は城崎温泉の各旅館のフロントや店舗に置かれているタブレットに表示された外湯の現在の状況である.繁忙期の外湯は行列ができるほどの混雑になるが,7つの外湯のすべてが混雑しているとは限らない.これまでは他の外湯の混雑状況を知る手段がなかったが,現在ではお宿の人が宿泊客に空いている外湯をお勧めすることができる.顧客と現地宿主とのコミュニケーションのきっかけになりうるという点はビッグデータの重要な活用法であると指摘したい.
ビッグデータに関する誤解とは少し異なるが,事後的調査の必要性より事前に調査する必要性のほうが高いのではないか,と聞かれたことがある.なるほど,事後的に調査するということは,すでにイベントをやってしまったわけだから,集客できなかったという結果が得られるだけでは遅すぎるというのである.イベント企画の時点で顧客に『このイベントに参加したいか』と問うほうがずっと直接的で価値が高い,という実務感覚は(サービス工学の立場からは賛同できないものの,)理解できなくはない.
この点については城崎温泉ではない事例を紹介したい.筆者のプロジェクトで2014年5月~6月にかけて長野県諏訪郡下諏訪町で,地域を回遊させるサービス技術の実証実験を行った.下諏訪町の主要観光拠点5箇所に宝箱(中にタブレットがあり情報を提示する.図6)を設置し,実験参加者の諏訪理科大学の学生50名が観光客役として実際に回遊してみるというものだった.
事前アンケートで「下諏訪でしたいことは何かありますか?(2つまで回答可)」を調査したところ,表1のような結果となった*8.地元の人とのふれ合い(会話)を期待する人はほとんどいなかった.しかし,実際に回遊を終えた参加者の大半が,地元の人と会話できたことがよかったと感想を報告したのである*9 .
以下に抜粋する.
我々は情報取り出しのための宝箱を設置した際,観光拠点にいるお年寄り(地元に住む高齢者が観光ボランティアとして観光拠点にいることがある)には詳細を伝えていなかった.結果としてその宝箱を触りに来た大学生たちとの間に話題を提供する装置として機能していた.
事前の調査で「地元民との会話」を期待していた人はほとんどいなかったが,実際に会話する機会があってはじめてその楽しさに気づいた,というこの事例は,事前に顧客がなにを喜ぶか,顧客自身にも把握できているわけではない,ということを示唆している.
本文中ではデータサイエンティストなどの専門家が粘着性の高い知識を使った分析には不向きな点を強調したが,街から得られたビッグデータであっても専門家ならではの分析も多数あるので,その点を誤解されないよう補足しておく.たとえば城崎温泉では回遊者のグループ構成を分析する技術を構築,家族連れが11%であることを割り出した.国内旅行に占める家族連れの割合が51%であることを考えると,城崎温泉の町内を回遊する家族連れは少ないといえる(10).また,高齢者の入浴状況データから次回の来訪日を予測する技術を構築して一人暮らし高齢者の見守りを担当する地元民生委員のサービス生産性を向上する仕組みにも取り組んでいる(11).これらは現時点ではまだ高度な分析技術といえ,専門家としての技量が必要とされる局面である.
以上,本稿では観光地・街づくりにビッグデータが容易に導入でき,分析も必ずしも専門家がいなくても活用可能で,有益であることを指摘した.分析のパッケージ化が進めば,現在は高度な分析に属するものでもいずれ誰もが簡単に結果を取り出して使えるようになると期待できるから,ますます地元の人でもビッグデータを直接触りやすくなるだろう.一方,粘着性の高い知識と考えられる事項でも他の地域での事例が蓄積され比較検討が進めば類型化されてやがて汎用的に扱える技術になっていくはずであるから,分析の専門家の活躍範囲は街づくりに広がっていくだろう.
1994年慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了.博士(工学).同年,通商産業省工業技術院電子技術総合研究所.2000年スタンフォード大学客員研究員.2005年シナジーメディア社取締役,2006年JR東日本企画技術顧問,2008年サービス工学研究センター主任研究員,現在に至る.ヒューマンインタフェース,認知科学の研究に従事.情報処理学会,日本心理学会,日本認知科学会,サービス学会,各会員.