Serviceology
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GEKOKUJOU Project
GEKOKUJOU Project
Koji Kimita
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2015 Volume 1 Issue 4 Pages 56-59

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1. はじめに

下剋上プロジェクトとは,著名な研究者やビジネスマンとサービス学に係わる若手研究者との交流を促すことでサービス学全体を盛り上げることを目的としたプロジェクトです.本記事では,下剋上プロジェクトの一環として,サービス学における重要なテーマについて若手研究者が識者にインタビューした内容をご紹介します.今回は,学術界と産業界からそれぞれ1名の識者にご協力頂き「製造業のサービス化」についてインタビューを行いました.本記事では,産業界編として,三菱日立パワーシステムズ株式会社サービス戦略本部・菅野悦史氏に対するインタビューをご紹介します.本インタビューでは,同社が展開するサービス事業である発電設備に対して一定期間の保守を一括で請負う長期包括保守契約(Long Term Service Agreement, LTSA)についてお話頂きました.

写真1 インタビューの様子

2. 菅野氏へのインタビュー

2.1 Long Term Service Agreement (LTSA) とは

木見田 Long Term Service Agreement (LTSA)の概要をご紹介下さい.

菅野氏(以下敬称略) 火力発電所をお買い上げいただいたお客さまは,発電所を建てたところからビジネスが始まります.そこから,燃料を買って電気を売る売電契約に基づいて発電をするわけですが,コストの大部分が石炭や天然ガスなどの燃料になります.ところがそれ以外にも,発電所のオペレーター,発電所のメンテナンスチームの人件費コストもあります.従い,効率よく仕事をして,人員を最小限に抑える必要があります.また,火力発電所の特徴として,定期的にメンテナンスが求められます.メンテナンスは運転した状態でできることもあれば,プラントを止めなければならないことも多く,そうすると止まっている間は営業運転できません.そのときには部品によっては交換も発生しますので,点検して交換を判断するような人員が要ります.分解してまた組み立てるわけですから,消耗品や火力プラントの心臓部の部品交換が必要となる場合もあります.特にそういうコアな技術を持っているプレーヤーは世界でも限られていて,かつ大型の火力プラントになってくれば,基本的には純正品を使うのが信頼性担保の近道になります.それであれば,あらかじめ長期の関係をお互い約束し,メンテナンスあるいはお客さまの様々なサポートなどの行動の基準やインセンティブを決めてしまうことで,お客さまの発注行為が効率的になる,設備が期待通りのパフォーマンスを長期に亘って継続してくるなど,お客様の想定どおりの経済性あるいはそれ以上のものを約束する枠組みがLong Term Service Agreement (LTSA)です.

木見田 LTSAの期間はどのぐらいでしょうか.

菅野 LTSAの期間は千差万別ですけど,定期点検のサイクルがあって,設備によって点検する周期が違います.一番周期が長いもので5年から8年の間に全ての装置を見るような点検になります.そのサイクルをカバーするが一般的なので5年から7,8年です.

木見田 LTSAのオプションについてお聞かせ下さい.

菅野 いろいろありますが,例えば範囲の例で言うと,定期点検のときに部品交換と補修を行うものや,そのときの技術指導員を派遣するもの,遠隔監視がついているものなどがあります.ニーズがあれば発電所に常駐するエンジニアを派遣するものや,発電所の稼働率を保証するようなオプションもあります.設備という意味では,ガスタービン本体だけを対象にするものや,その周辺の計器類なども対象とするものがあります.あるいはコンバインド・サイクルが主流ですから,発電機や蒸気タービン,廃熱回収ボイラーまで対象とするものもあります.また,例えばある部品があってそれを10年間常に同じ単価,同じ条件でお買い頂けますというコミットの仕方もあれば,部品数が増えても増えなくても発注総額固定(増減リスクをメーカが負担する)で提供するやり方もあります.その組み合わせもあるので,バリエーションはお客さまのニーズの数だけあるのが実態ですね.

図1 LTSAのサービスオプション

2.2 LTSAのメリット

木見田 顧客がLTSAを契約するメリットについてお聞かせ下さい.

菅野 お客さまによって随分変わってくると思いますね.長期契約にすることによってコストが抑えられることや,メーカーが持っている在庫にアクセスしやすいこと,サービスのサポート体制が充実することなどが挙げられます.また,特に電力会社ではなくてインディペンデント・パワー・プロデューサーのお客さまであれば,プロジェクトファイナンスを組む必要があります.そういうときにメーカーが長期のサポートをコミットしている状態が,ファイナンス要件を改善することもあります.お客さまのビジネスの成り立ちによってメリットは変わってくると思いますね.

木見田 御社(提供者)のメリットについてもお聞かせ下さい.

菅野 三菱日立パワーシステムズのサービスの特徴は,他の大手と比較して規模の勝負だけではなく,どちらかというとサービスのきめ細かさで勝負している部分があります.そのため,お客さまと長期の関係を結ぶこと自体が価値として(社内で)評価されている部分はあります.関係が強くお互いを知っているからこそできることってありますよね.お客さまがどういう市場で運転していて,お客さまがどんな競争環境にいて,お客さまの悩みが何かという情報があれば協力できることは沢山あります.それを知らずにサービスしていると純正品の強みはあってもそれ以上の広がりがないんですよね.広がりを持たせようとすると,ガスタービンのコアな部品を淡々と売っているだけではなく,もっとお客さまの本音のところを理解して,こういう買い方もありますよとか,こういう商品もありますよとかいう話に広げて行く必要があります.LTSAがあるということは契約上の長期の関係が約束されるわけです.お客様も長期の関係を決めた以上はフルに活用しようという発想になり、当社にすれば本音をお聞かせ頂ける関係が続くわけですから,それは一つの価値でしょうね.

例えば長期契約があればおのずとお互いの会話のキーワードとして,来年の定期点検,再来年の定期点検はどういう時期にやるんですかとか,義務を履行するためにそういう会話が発生します.そうするとその会話の中で例えば,「最近近隣に新しい発電所ができて市場の電力デマンドと供給の関係が少し変わったので,運転の仕方を変えて週末停止だけでなく夜間も停止することになったんだよ.それで再来年の定期点検は時期が変わるかもしれないが,そのときに気を付けることはありますか?」と聞かれることがあります.この会話だけでも,お客さまの使用環境が変わり夜間停止するというキーワードが出てきます.夜間停止というキーワードをもとに,どの時間帯に停止するのか,停止する時間帯は確定しているのか,日によって違うのかなどを聞き出すことで,例えば“起動をする時間が今よりも10分でも早くなると喜ばれる”というニーズを見つけ出すことができます.

2.3 LTSAを開始したきっかけ

木見田 LTSAを提供し始めたきっかけは何だったのでしょうか?

菅野 昔は電力会社がどの国でも主流でしたが,20~30年前からビジネスとして発電事業をするプレーヤー(独立系発電事業者=Independent Power Producer IPP)が参入してきました.そういう方々が参入し始めると,十分なノウハウを持っている人材を必ずしも多く抱えていないプレーヤーが出てきます.またこういったプレーヤーがファイナンスを組成しようとすると保険によるリスク担保が重要要件となり,銀行団にとっても保険会社にとっても商業運転開始後の長期に亘る性能・信頼性・安全性の担保が重要になってきます.その結果ニーズは違えどLTSAが欲しいというお客さまがどんどん増えてきます.LTSAがプロジェクトの成立要件ですという話になったら真剣に考えるしかないですよね.

木見田 LTSAを提供し始めた当初に想定していたリスクはありますか?

菅野 実際に起こったリスクという意味では,契約書を我々はこういうつもりで書いたのに(お客さまにその意図が伝わらない)ということがありました.例えば長期契約の場合,長期に亘ってどの範囲を約束しますか,どういう設備のどういう作業にコミットしますかという内容が出てきます.経験がないときは,契約書にどういうふうに書けば意図がきちんと伝わるかとかいうノウハウはありませんでした.今から十何年後の定期点検にどういう仕事をするかという約束をするわけですが,今想定しているものと十何年運転した後に起こることには乖離が出る可能性があります.そういうときのお客さまとのルール決めにおいて,不測部分を全てメーカリスクにすれば高額なLTSAになってしまい、逆に不足部分を全てお客さまリスクにすればLTSAの商品価値が下がってしまいます.そのため,どのリスクを誰が取れば理想的なLTSAになるか,という契約書の技術的な部分が必要になります.これがなかったため,ふたを開けてみたら弊社としてはこの料金でここまでの仕事をする覚悟はなかったのにとか,契約書見ても契約調印時の意図が読み取れないような書き方になっているのでお互い誤解が生るといった事例がありましたね.

2.4 LTSAにおけるサービス開発

木見田 LTSAのサービスニーズを抽出する際にどの程度,顧客側のビジネス(電力システム)を把握されていましたか?

菅野 電力システム側の全てを掌握しているにこしたことはないのですが,必ずしも掌握していなくてもそのシステムの結果,お客さまがどのようなニーズを持っているかを把握することはできます.どう把握するかというと,会話もしますが実際どういう運転しているかということをしっかりと見ていけば特徴が出てきます.お客さまの運転の仕方などは,市場の一般的な情報を調べることもできますし,オンラインの遠隔監視サービスをさせて頂いているお客様であれば更に精密に把握することができます.電力システムの環境やマーケットの理解は大切ですが,こういう運転が求められているというニーズを把握する手段は他にもあるし,実際の運転の傾向を評価していくとお客様も気付いていないニーズを発見することもできるんですよね.

木見田 LTSAのサービス開発は主にどちらで行われているのでしょうか?

菅野 サービス戦略本部ですね.ただ(製品開発と)切り離せないものもあります.例えば,プラントの運用性に関する話は,ニーズはサービス事業部からフィードバックすることもありますが,プラント本体を開発する人が対応しなければならないこともあります.また,後付けで改造できるのであればサービス戦略本部で開発する場合もあります.ケース・バイ・ケースですね.

木見田 サービス戦略本部で能動的にサービスを開発できる理由は何でしょうか?

菅野 お客さまの声が一番力がありますからね.実際に運転しているプラントのお客様の声を聞いているのは誰ですかということになると(サービス部隊が一番接点が強いので)おのずとそうなると思います.サービスビジネスをやるときにはお客さまのニーズをとことん汲み取った人間が勝つわけですよね.

木見田 LTSAのサービスプランは複数あると思いますが,提案する際の方針についてお聞かせ下さい.

菅野 大きな方向としてはお客さまとの距離をもっと近づけてより広い範囲でサービスをさせて頂くことになっております.あとは相手があってのことなので,例えば納めた設備の大半を弊社が造っているというプラントもあれば,そうではない所もあります.お客さまもガスタービンは知らないけど蒸気タービンならよく分かっているというお客さまもいます.弊社の希望を言うのであれば何でもやらせて頂きたいですけれども,付加価値が出せないのであればビジネスとして成立しませんので.付加価値があると思って頂けなかった部分について何ができるのかという検討は常に行っています.

木見田 従来,付加価値が出せなかった部分に関して,御社がコミットできるとしたらどういうやり方があるのかという所で新しいサービス開発が始まるのですね.

菅野 そうですね.それこそ石炭焚きボイラーにおいてLTSAはとても主流とは言えないですね.ところがガスタービンのLTSAをそのまま持ち込もうとしたらだめかもしれないけれども,LTSAに組み込まれた多様な付加価値を分解してみると, その中には石炭焚きボイラーの特定の設備に関してニーズが合致するという可能性もあるわけです.

2.5 今後の展開について

木見田 その他の製品にLTSAを横展開する可能性はございますか?

菅野 ありますが,製品の特性が変わればコピー・アンド・ペーストできる世界はかなり限られます.それこそ値段を定額にできますかなどですね.当然できる範囲も製品で違うでしょうし,定額にしてうれしいとお客さまとそうではないお客さまもいると思います.ガスタービンでLTSAが成立している要因の一つは,お客さまが(ガスタービンを)リスクがある製品だと認識しており,メーカーにきちんとサポートをコミットさせたいという願望を持たれていることがあります.コピー・アンド・ペーストは難しいと言いましたが,個々の製品においてお客様が何を期待されているか,何をリスクに感じ何に価値を置かれるのかをしっかりと掘り下げて,その上でLTSAで提供している様々なメリットの中からWin-Winとなる要素をカスタマイズする手法は可能だと思います.その意味では今取り組んでいるLTSAも他製品の取り組みを参考に改善して行きたいですね.

識者紹介

  • 菅野 悦史

三菱日立パワーシステムズ株式会社 サービス戦略本部 サービス事業戦略部 海外サービス営業1グループ長代理.2001年三菱重工業入社.本社原動機事業本部,高砂製作所などを経て,2014年2月に三菱重工業と日立製作所の火力発電システム事業部門が統合した三菱日立パワーシステムズ(株)に転籍,現職に至る.主に,火力発電所で使うガスタービンの輸出アフターサービス営業に従事.

著者紹介

  • 木見田 康治

首都大学東京大学院システムデザイン研究科システムデザイン学域助教.博士(工学).2011年首都大学東京大学院システムデザイン研究科博士課程修了.東京理科大学工学部第二部経営工学科・助教を経て,2013年より現職.主としてサービス工学,Product-Service Systems,設計工学の研究に従事.11年日本機械学会設計工学・システム部門奨励業績表彰受賞.

 
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