2015 Volume 2 Issue 2 Pages 16-23
日本においても,市場成熟に伴う産業全体のサービス化や,第三次産業の比率が増大している.このような状況において,製品やサービスの短命化や価値の毀損(コモディティ化)が起きている.また,製造業に比べ,サービス業のグローバル展開の遅れも顕著である.このような状況を踏まえて,本研究プロジェクトでは,サービスに関する本質的な問題を,価値の持続と増大を両立させることの困難性にあると規定した.
米国を中心としたグローバル化のアプローチは,地域特性の影響を受けにくく,様々な分野で成功している.しかし,そのプロセスとして機能しているモジュール化,マニュアル化,水平分業化などは,相対的に複製容易であり,生産過剰に陥りやすい.結果として,価値のコモディティ化を招きやすい.一方,日本型の高品質サービスは事業の持続性を優先し,日本の環境に適した発展を遂げてきた.反面,規模の拡大を想定しない事業運営であるため,グローバル化に適合しにくい.サービスの継続性と発展性との間にはトレードオフが存在しており,価値の持続と増大を両立させる新しい理論的基盤を構築することが喫緊の課題である.
本研究プロジェクトでは,日本市場において連綿と培われてきた「クリエイティブ・サービス」(創造的高付加価値サービス)の価値を表出し,グローバル市場において価値評価を行う基準を明示し,サービスを持続・発展させる理論的基盤の構築を目標とする.日本型クリエイティブ・サービスとして,革新的な老舗企業,日本型食サービス,伝統文化・芸能,クールジャパン等の実態を分析する.そのうえで,特定サービス領域に依存しない日本型クリエイティブ・サービスの理論分析基盤を提案することを目的とした.本稿は以上の目的に基づいて平成23年10月~平成26年9月にわたり実施したJST/RISTEX問題解決型サービス科学研究開発プログラム,研究開発プロジェクト「日本型クリエイティブ・サービスの理論分析とグローバル展開に向けた適応研究」の研究成果の概要をとりまとめたものである.
日本型クリエイティブ・サービスを「日本における文化,伝統,生活様式などに根差した創造的高付加価値サービス」と定義する.日本型クリエイティブ・サービスは,価値創出において,日本の自然,文化,歴史,生活などのコンテクストに影響される.日本型クリエイティブ・サービスは,相対的に長期にわたるサービス提供により形成,取捨選択された特徴量からなる高コンテクスト・サービスである.コンテクストに影響を受ける程度が高いコミュニケーションを高コンテクスト・コミュニケーション,反対に程度が低いものを低コンテクスト・コミュニケーションと呼ぶ(1).
高コンテクスト・サービスでは,関係者間での暗黙知の共有に基づくコミュニケーションが行われる.暗黙知を共有することは,一般に時間がかかることであり,ビジネスへの参入障壁が相対的に高くなる.このような暗黙知を共有できると,価値が毀損しにくく,社会や市場に定着,継続しやすくなる.反面,何も手当を施さなければ,大規模化などのスケーラビリティの担保やグローバル化には不利な形態といえる.
2.2 価値共創米国流のサービスでは,客の必要なものや欲しいものを明示的に理解し,提供することを基本とする.そして,彼らの期待を上回って喜ばせることが重要となる.これに対して,日本型クリエイティブ・サービスにおける提供者と客の立ち位置は対等である.日本型クリエイティブ・サービスの客は,上位に位置づけられてサービス提供されるよりは,むしろ,さりげない接遇の中で心地よい状態にしてもらうことを好む.たとえば,京都の花街では,客もサービス価値を創出するパートナーである.客は,舞妓や芸妓の立ち居振る舞いから,踊りや会話に至るまで,知的な遊びの価値を適切に理解することが求められる.芸舞妓だけでなく客も鍛えられる.このようなプロセスでは,サービス提供者と客が弁証法的に互いのサービス・リテラシーを向上させ,価値共創を行っている.サービス提供者と客が互いを尊重し,切磋琢磨することにより,長期的な信頼関係に基づく価値創出の基盤が構築される.
日本型クリエイティブ・サービスのいま一つの特性は,長期的継続のメカニズムにある.変化し続けることが持続できる所以であり,一見矛盾するようであるが,変化と持続の共存が重要である.老舗企業における「伝統と革新」がこの事例である.このような重層的構造の存在が,価値の毀損(コモディティ化)を回避し,結果として,持続性に寄与する.
このような日本型クリエイティブ・サービスは,暗黙知の共有に基づいているため,明示的な言語によるコミュニケーションを前提としていない.いわば,所作やしぐさなどの非言語的な情報をもとにした高コンテクスト・コミュニケーション型のサービスである.高コンテクスト・コミュニケーション型のサービスと対極にあるのは,言語的なマニュアルによりサービスを規定されているサービスであり,コンテクストの解釈のしかたがはっきりしているという意味で,低コンテクスト・コミュニケーション型のサービスと呼ぶ.
2.3 おもてなし高コンテクスト文化では,コミュニケーションが成立する要件として,文として明確に表現しなくても文意を理解できるような枠組みが発達する.このような枠組みの一つとして「おもてなし」を位置づけることができる.
「おもてなし」とは,何を「以て」何を「為す」かという接遇の手段と行為の対応付け(テンプレート)はあるが,どのような接遇行うかについては未定のままであるという状態である.いわば,理念や行動様式などの上位の抽象的な概念(メタモデル)は変化なく保持しているが,具体的な個々のサービスを行う場面(サービス・エンカウンター)では,臨機応変に対応することにより,価値を生み出すものである.
「おもてなし」の多くは,高コンテクスト・コミュニケーションに基づくサービスと密接な関係がある.高コンテクスト・コミュニケーション型のサービスでは,提供者と顧客とのやり取りにおいて,文化,歴史,生活習慣などのコンテクスト共有の程度が高い.「おもてなし」という接遇の価値は,このようなコンテクスト共有を前提として,コンテクストやサービスそのものとの関係から,さらには,当事者である提供者や顧客との関係から,当意即妙に解釈や読み取りを行えることに起因している.互いのコンテクスト理解が共有されているために,必ずしも明示的に言語変換して伝える必要がない.ちょっとしたしぐさや表情の変化など,非言語的なさりげないコミュニケ―ンで適切な情報を認識することができる.従って,何を「以て」何を「為す」かの部分があらかじめ分かっていなくても,サービス提供時には,具体的な情報をあてはめることができる.そして,当事者のサービス・リテラシーが高まれば,より豊穣とした価値創出が望める.
一方,低コンテクスト・コミュニケーション型のサービスは,提供する側のサービス特性や顧客側のニーズ,ウォンツが明確な場合は,有効で効率的である.何を「以て」何を「為す」べきかを,マニュアル化できる.「以て」「為す」の記述を詳細化し,個別の顧客のニーズに適合したサービスを提供することができる.また,「以て」「為す」のレベルをより抽象化すれば,理念やサービス・クレド(行動指針)として言語表現し,情報共有を促進することが容易になる.
提供者側がたとえ同じ品質のサービスを提供しても,客が同じ価値を知覚するとは限らない.サービスの価値は,客の属性,サービスが置かれた物的環境, そして他の客の振る舞い等に影響を受ける.サービスの価値は,提供者と客との相互作用から生み出されるものであり(2),モノの価値のように,媒体としてのモノに付帯されているものとは区別される.サービス提供者による働きかけを通じて生じる客の状態の変化が,サービスの価値である.このように,サービスの価値創出においては,提供者と客の間のコミュニケーションが重要な役割を担っている.
コミュニケーションにおける情報の伝達方法には,暗黙的な提供と明示的な提供の2つがある(1).暗黙的な情報伝達の方法とは,言語に頼らず,相手の心理状態や意図を推量したり,自身の意図を間接的に伝達したりする形態である.一方,明示的な情報伝達の方法とは,言語を用いた直接的な伝達形態である.この場合,送信側の情報伝達が明示的か暗黙的か,ならびに受信側の情報伝達が明示的か暗黙的かという2つの観点から,価値共創としてのコミュニケーションのパターンを以下の4つに分類することができる(3).
提供者・客が共に明示的なコミュニケーションを行う価値共創
客の暗黙的な心理状態や意図を提供者が汲み取って価値提供を行う価値共創
提供者の暗黙的な思いを視覚的に表現・伝達し客が思い思いに意図を理解・想像し,楽しめるようにする価値共創
提供者と客とが共に暗黙的な情報伝達・共有を行うことで,提供者だけでなく客も含め,双方がサービス価値を高めるような価値共創
日本型クリエイティブ・サービスでは,明示的なコミュニケーションに基づく価値共創と異なり,送り手と受け手との少なくともどちらか一方に,暗黙的な情報を提供するようなコミュニケーションを行う.
3.2 明示型価値共創明示型価値共創では,サービス提供者と客の間での意図の伝達が明示的である.そのため,お互いの役割,ならびにサービスプロセスが明確にされている.さらに,誰でも価値共創プロセスに参加できるように,ITを顧客接点に活用するイノベーションが生まれている(4).たとえば,宅急便の出荷・配送荷物のオンライン追跡システム,新幹線のエクスプレス予約,回転寿司のセルフチェックインなど,客が自分自身で予約等のオーダーを行い,状況を確認することが,ITの活用によって実現されている.また,客の消費プロセスへの提供者の参加に関しても,IT活用による明示型の価値共創の促進が行われている.たとえば,スポーツメーカーのNikeでは,スニーカーと連動するデバイスを取り付け,ランニングデータの把握や他者と比較できるサービスを提供している.つまり,従来は客が自分で行わなければなかった運動状況の管理まで,Nikeがサポートするようなサービスプロセスが設計されている.明示型の価値共創のメリットは,役割やプロセスを明示化することにより,サービスの規模拡大が行いやすいことにある.一方で,明示的なプロセスは,競合にも模倣が容易となるリスクも内在する.このため,結果として,サービスの継続性を保証するものではなく,コモディティ化する要因の1つともなっている.
3.3 慮り型価値共創慮り型価値共創とは,提供者が客の暗黙的な心理状態やニーズを汲み取りつつ,適切なサービスを提供する形態である.慮り型の価値を実現させるためには,相手の心理・ニーズを汲み取る場が必要となる.典型例としては,料亭における仲居と客のコミュニケーションに基づくサービスがあげられる.京都にある多くの老舗料亭では,仲居が客の様子から暗黙的な意図を汲み取ったり,季節や庭の話題から緊張を和らげたりすることで,状況に応じた適切な場の構築や提供が重要とされる.このような慮りの結果,客は料理のみならず,自然と庭や掛け軸の細部まで目が行き届き,サービスの深い価値を認識できる.すなわち,慮りの価値共創では,提供者が客の心理状態や体験といった暗黙的な情報まで汲み取ることで,結果的に,顧客のサービスに対する受容感度を高めていく価値共創モデルと捉えられる.
3.4 見立て型価値共創見立て型価値共創とは提供者側の情報提供形態に暗黙的な要素があるプロセスである.見立てとは,モノの色や形を通じて,提供者の暗黙的な意図を顧客に想起させるコミュニケーション手法である.具体例としては,茶の場における京菓子の活用などがあげられる.茶の場では見立てられた菓子によって亭主の意図を客が感じ取るというコミュニケーションが見られる.見立て型価値の発生コアは,自身の思いを抽象表現・提示する場が存在していることである.このような場において,色や形による想像の余地を残す視覚化,ないしは,五感に訴求する情報表現を用いている.見立てを通じた価値共創の結果,顧客は思い思いに提供者の意図を理解・想像するプロセスを通じ,サービス価値を深く認識することができる.いわば,提供者の暗黙的な思いが敢えて抽象的に表現されることで,顧客が創造性を働かせサービスを楽しめるというような価値共創プロセスといえる.
3.5 擦り合わせ型価値共創擦り合わせ型価値共創とは,提供者と顧客との暗黙的な情報のやり取りを通じ,サービスの価値を高め合うものである.身近な事例としては,鮨屋における主人と客の切磋琢磨的なコミュニケーションがあげられる.ここでは,料理そのものだけでなく,主人と客との会話のやり取りや,しぐさ,表情の変化などを通じて,一種の緊張感が醸し出され,結果として,その場のサービス価値が高まっていく.いわば,サービス提供者と顧客とが,それぞれの自己を呈示し,相互行為を通して交渉する過程としての価値共創が見て取れる(5).擦り合わせ型価値の発生コアは,ユーザーと提供者の意図や知識を擦り合わせることによる緊張を保持する場が存在していることである.擦り合わせ型価値共創は,日本型クリエイティブ・サービスでも,もっとも高度な味わい深い価値共創のプロセスといえる.このような価値共創においては,顧客も背伸びをし,経験を積もうと志向する.結果として,顧客のサービス価値に対する感度(サービス・リテラシー)も高まり,サービス価値自体をより適切に認識できるようになってくるのである.
日本型クリエイティブ・サービスを,実証科学的な前提でのみ研究することはできない.日本型クリエイティブ・サービスを理解するためには,これまでの学問の基本原理を考え直さなければならない.この基本原理とは,(1)普遍性,(2)論理性,(3)客観性である.この基本原理に基づく従来の諸学問を「実証科学」と呼ぶ.それに対して,ここでは新しい学問のあり方として「実践科学」を提案したい.実践科学では,上記3つの原理に応じて,(1)個別性,(2)シンボリズム,(3)能動性を特徴としている.
実践科学は,普遍性の原理に対して,個別性の原理を重視する.つまり,数学モデルのように匿名性を有した抽象的空間を取り扱うわけではなく,時間・空間が限定された個別的フィールドを対象とする.実践とは物質的であり,個別具体的な状況を絡み合って意味を持ち,それを文脈から切り離し抽象化すると,その本来の知がすり抜ける.一方で,個別具体的な事象を個別に記述したのでは,サービスを記述できても説明はできない.ここに実践科学の根本的な矛盾が存在する.つまり,実践は言葉で記述することにより実践としての性質を失うが,我々が実践を理解し説明するためには記述をしなければならない.そのため,起こっている実践をより詳細に生々しく記述することで,個別具体的な現象をできるだけ言語で捉えることを目指す.この過程を「客観化」と呼ぶことにしよう.この客観化において,我々に求められるのは,実践の内部の原理を記述することである.個別性とは,個々の一つの事象であるために,それ自体に意味を持っている.個々の事象は,個別具体的な状況の中で,理解されることが可能でなければならない.個々の事象の具体的状況を,参加者自身が理解し,その理解を他の人に示しながら行為することにより,その個別の事象が秩序を持ち,意味が形成される.個別の事象を抽象化し,多数の事象を集めて傾向を発見しなくても,一つの事象が秩序だって構築される.つまり,個別性にはそれ自体の原理が存在する.実践を理解するということは,この原理を理解することである.
実践科学は,論理性の原理に対して,シンボリズムの原理を必要とする.実践科学が対象とする事象は,一つの論理だけでは説明できない.対象とする事象に参加する様々な利害関係を持った主体(ステークホルダー)は,対象とする問題に対して,様々な認識を有し,異なった意味を想定している.このような多様な認識や意味を有するシンボリックな総体を前提として,対象とする問題の意味の構造を分析することが必要である.サービスの文脈では,時に矛盾する要素が組込まれ,調和されないことがサービスを複雑にし,顧客への価値につながることが多い.料理人は,単純においしいという料理ではなく,異質なものが組合され,意外で深みのある味わいを出すことに苦心する.同様に,提供者と客の間の関係性も,単純な形で調和されない.鮨屋では客を一方的に満足させることよりも,真剣勝負をすることで緊張感を作り出す.このような複雑な味わいや緊張感は単純な因果関係では説明できず,総体として捉えなければならない.実践科学を遂行するためには,このようなシンボリズムの総体を捉えることが求められる.この総体に特権のある要素を中心に据えることや,抽象化したモデルをあてはめることは,対象を特定の形に押し込める力を行使することに他ならない.つまり,研究者自身も,対象に対して超越的な立場に立つことはできない.つまり,対象に対して対等な立場で関与していく必要がある.
日本型クリエイティブ・サービスを実践として捉えるということは,その実践に参加するということが不可欠である.実践科学の能動性の原理とは,研究者自身が実践に参加するということで,自らが持ち込む歴史や文化に対して意識することを意味する.研究者が個別具体的な実践を客観化するとき,その客観化を客観化することを忘れてはならない.能動性は,サービスを理解するだけではなく,サービスをデザインするときに明示的に問題となる.サービスデザイナーが,従来のプロダクトや空間をデザインするデザイナーとは異なるのは,自らのデザイン行為を通して,自分自身を構築し変容していく過程を含むことである.ステークホルダーに対してデザインを呈示していくということは,予定調和の物語を遂行するのではなく,起こりうる様々な事態に対して自らをさらすことである.このデザイン実践自身にサービスに関する知があり,実践を通して新しい知を構築することが求められる.
実践科学の方法論は,図2に示すような4種類の方法論を用いて構成される.図の左側半分が理解,右半分が活用を主とし,上半分が抽象的・普遍的な方法論,下半分が個別的・具体的な方法論である.本研究プロジェクトで,実践科学の方法論の事例として(1)参与観察・エスノメソドロジー,(2)定量心理学実験や質問票調査,(3)サービスメタモデリング,(4)サービスデザインをとりあげた.実証科学は第2象限を指すが,実践科学ではすべての象限を包含する必要がある.つまり,実践科学とはこの4種類の方法論を循環的に実践することで,既存のサービスを理解し,新しいサービスを創出する活動である.日本型クリエイティブ・サービスは個別具体的なコンテクストに基づいて理解されるため,(1)参与観察・エスノメソドロジーから出発することが多い.個別性からある程度の客観化と相対化が行われることで,対象のサービスをより深く理解することが可能となる.そのうえで,実証科学的な方法により,理論的知見の検証や,既存の知見の適用がなされる.サービスメタモデリングを通じて,理論的知見を新しいサービスの創出に向けた実践のために利用可能な形で整理することが有効である.最後に,得られたモデルにより相対化された知見を用いて,実際の現場でサービスをデザインする.
実践に基づく知は,現場から距離を置いて客観的に観察したのでは得られない.実際にその実践に参加する参与観察,そして実践の創出原理(メソッド)を分析するエスノメソドロジーにより,実践の内部のロジックを明らかにできる.単純な因果関係で現象を説明するのではなく,事象をそのまま捉えるシンボリズムの原理に基づいて現象を説明しようと試みる.むしろ,実践者自身がどのように因果関係を利用するのかが問題となる.このような実践的方法は,実際に現実の状況で行われること,そしてその方法自体に対して参加者自身が志向して行動していることにより,つまり分析の根拠を参加自身の理解に置くことにより,研究としての妥当性が与えられる.
本研究プロジェクトでは,具体的にサービスの授受の場面を対象として,録音・録画機材を使って相互行為のデータを収録した.さらに,会話分析の方法を用いて日本型クリエイティブ・サービス文化の分析を試みた.会話分析の対象は人と人の相互行為全般であり,相互行為の場で使われる「エスノメソッド」を明らかにすることが目的になる.その一環として,東京の江戸前鮨屋合計四店舗(A~D店)を対象として親方と顧客の会話分析を試みた研究事例を簡単に紹介する.
この研究事例では,サービス提供者と消費者の間での「慮り,見立て,擦り合わせ」による価値共創の場面の分析を試みた.4店の鮨屋における観察データに基づいて,たとえば,「店に入ってきた客の最初の所作でその客がどんな人かわかる」事態は,その場の相互行為においていかにして成立するかを観察する.すなわち,文脈に埋め込まれた振る舞いが,その「形式」(発話や身体動作の構成)と「位置」(その発話や身体動作が,他の振る舞いとの関係でどこに配置されているか)において何を行っているかを理解する.親方は「客がまずは飲み物を頼むべきことを知っていることや,メニューがなくとも飲み物を頼めることを前提にして」注文を伺う.親方は,どの相手であれ,まずは客をその場に慣れた人として定義している.これに対し客が適切に振る舞えないことが観察されると,親方は品を説明し,客の定義を引き下げる.最初に相手を場に慣れた客として,間接的な仕方で定義することによって,鮨屋のサービスの文化の一部が作り上げられている.さらに,客の定義に関する交渉が,親方と客との間での「ゲーム」と考え,鮨屋における緊張感のあるやり取りを「サービスゲーム」として定式化した.
日本型クリエイティブ・サービスの価値が「慮り,見立て,擦り合わせ」により共創されるとすれば,そのような「慮り,見立て,擦り合わせ」は,どのような仕方でサービス提供者と消費者にとって理解可能な,合理的な秩序を備えたものとしてあらわれてくるのか.鮨屋の「サービスゲーム」は,日本型クリエイティブ・サービスのそのような性質をよくあらわしている.
5.3 定量心理学的アプローチ実践科学にとって,実証科学的研究が様々な形で意味を持つこととなる.第一に,参与観察やエスノメソドロジーから得られた知見を,多様な実証科学の領域で検証することが可能となる.エスノメソドロジー研究を通して,鮨屋において親方が客をテストするような緊張感のあるやり取りが分析される.ところが,このやり取りが,どこまでの範囲の客にあてはまるのか,あるいはどういう店にあてはまるのかについては,推測の域を出ない.そこで,定量心理学実験や質問票調査などを用いた実証科学的研究が実施される.実証科学的知はそれ自体で意味を持つだけではなく,個別のフィールドにおいて,それを選択し,適用し,解釈し,変容させるという実践を伴うことで価値が生まれる.
このような実証分析の事例として,日本型クリエイティブ・サービスに対する定量的心理学アプローチによる研究を簡単に紹介する.本研究は「江戸前鮨」に関するエスノメソドロジー研究の知見に基づいて,抽象化された仮説の構築と定量的な検定を試みた.まず注目したいのは,鮨屋における情報の非明示性である.店の中には値段もなければメニューもない.情報が十分に与えられないまま,客側も背景知識を持っていることを前提に注文がはじまる.店と客の間のコミュニケーションが,明示されないコンテクスト(文脈)に大きく依存している.サービス提供者と客の間の緊張感も課題である.緊張感の存在を所与としたとき,「サービスを楽しめる客」と「楽しめない客」が存在すると想像できる.心理学では,客側のこの個人差を捉える上で便利な概念がすでに提唱されている.それが,「接近志向」と「回避志向」である.接近志向は,「利益を得ること」を重視する傾向であり,リスク・テイクを促進する.回避志向は「損失を被らないこと」を重視する傾向である(6).緊張感のあるサービスでは,「利益を得ること」を強く求める消費者(接近志向の強い消費者)はサービスの経験を通じて満足を得やすい.一方,「損失を被らない」ことを強く求める消費者(回避志向の強い消費者)は満足しにくいと考えられる.接近志向・回避志向が問題となるような「緊張感のある場面」を作り出しているものの一つが,「お飲み物どうしましょう.」に代表される,非明示的なコミュニケーション・スタイルである.以上から,次の仮説が導かれる.
仮説:「接近志向は,高コンテクスト・コミュニケーションのサービスに対する満足度を高める.一方,回避志向は高コンテクスト・コミュニケーションのサービスに対する満足度を下げる.」
本研究では,2回の調査を通じて仮説の検証を行った.調査1は,江戸前鮨(そして比較対象としての回転寿司)の利用者を対象として実施された.この調査1では,江戸前鮨(高コンテクスト・コミュニケーション)および回転寿司(低コンテクスト・コミュニケーション)の利用者の接近志向・回避志向を測定した.仮説が正しければ,消費者の接近志向は,江戸前鮨の店(高コンテクスト)での満足度と正の相関関係を示すはずである.一方で,回避志向は満足度と負の相関関係を示す.これに対し,回転寿司の店での満足度と消費者の接近志向・回避志向は,こうしたパターンが生じにくくなると予測される.
調査1はインターネット上で実施された.関東在住者から集められた回答者のうち,江戸前鮨と回転寿司の両方を利用したことのある回答者248名(女性125名)が,本研究の主たる分析対象となった.江戸前鮨・回転寿司において,選んだ店に対する満足度「あなたは,その江戸前鮨(回転寿司)のお店での体験をどの程度満足されましたか?」(1=全く満足しなかった ~ 7=とても満足した)である.江戸前鮨・回転寿司の店に対する項目に回答した後,参加者は接近・回避志向を測定する尺度(7)に回答した.江戸前鮨店への満足度を被説明変数,接近志向と回避志向を説明変数とした重回帰分析を行った.また,同様の分析を,回転寿司店への満足度を被説明変数にして行った.江戸前鮨店への満足度に対して,接近志向が有意な正の効果を持ち,回避志向は有意な効果を持っていなかった.これに対し,回転寿司店への満足度に対しては接近志向も回避志向も有意な効果を持っていなかった.この分析結果は,高コンテクスト・コミュニケーションの店においては,接近志向の強い消費者が満足しやすいという仮説を支持するものである.
5.4 メタモデリングとサービスデザイン本研究では,メタモデリング手法を用いて,コンテクスト性をメタコンテクストとして記述することを試みた.メタコンテクストとは,コンテクストをどのように活用するのかという方法に関するメタなレベルのコンテクストである.紙面の都合上,詳細は割愛せざるをえないが,メタコンテクストまでを含めてモデリングすることにより,高コンテクストサービスをある程度抽象化して蓄積し相互に比較することが可能となる.その結果,高コンテクストサービスを海外に移転するときに問題となる,コンテクストの取扱いに関して示唆を与えることができる.
最後に,サービスデザインが実践される.サービスデザインは,サービス科学やサービス・マーケティングの文脈での議論と,デザイン思考の議論が融合し,サービスという複雑で不確実な現象を,創造的にデザインとして形作っていくプロセスである.サービスデザインは,多様なステークホルダーの視点を一つに統合することなく,その多様性を糧として,全体的な視点でデザインする.つまり,シンボリズムがその基本原理である.また,サービスデザインという実践は,デザイン対象から距離を取る客観性を要求できず,能動性が必然となる.日本型クリエイティブ・サービスのデザインのためには,さらに踏み込んだサービスデザインの方法論が必要となる.デザイナーには,サービスの参加者と対等な関係で対峙することが求められ,結果的にサービスを一方的に規定することはできなくなる.つまり,デザイナーは能動的に自らの関与に関して,細心の注意を払う必要がある.このようにデザインされるサービスは,客をモノのように扱う形で一義的にデザインされず,真剣勝負により緊張感を持ってサービスが組織化されることで,独自の付加価値の源泉となる可能性を秘めている.
日本型クリエイティブ・サービスでは多くの情報が明示されていない.情報は環境または個人の中に内面化されており,サービス提供者と客の間のコミュニケーションはコンテクストに大きく依存しているのである.これは,グローバル化が困難であることも示唆している.高コンテクスト・コミュニケーション型サービスの国際化プロセスは,①企業内知識移転と海外移転,②海外市場における環境のコンテクスト化,③海外市場における客のコンテクスト化,の3段階から構成されるプロセスとして記述できる(8).本研究プロジェクトでは,3段階モデルに基づいて,「鮨かねさか」,「いけばな池坊」,「伊藤園」,「サントリー」,「松榮堂」の海外展開事例を分析した.グローバル展開に成功している事例研究を通じて,今後の日本型クリエイティブ・サービスのグローバル展開に関していくつかの示唆を得ることができた.
日本の製造業のグローバル展開においても,アプリオリに顧客のニーズを想定せず,むしろ顧客自身も自らの求めるものを未だ知らないという前提に立ち,刺激とフィードバックのループによってそれを顕在化させながら価値を提供していくプロセスが重要である.伊藤園は緻密で地道な調査により,自分たちの商品をアメリカ市場にカスタマイズした.サントリーは,ISC(International Spirits Challenge)の審査員達を仮想消費者とおき,日本流,サントリー流を試しながらグローバル化の手掛かりを掴んでいったといえる.このようなモノづくりとサービス提供とのプロセスの違いを理解しつつも,その源泉となる切磋琢磨の価値共創が重要であることが判明した.
第2に,生み出す価値とその目的である.とりあげた事例では,目先の利に頓着せず,営利よりもさながら「道」を追求し,さしたる根拠もなしにそれが将来の反映につながると信じているかのような振る舞いの共通性が見て取れる.松榮堂は目前の利益拡大の可能性よりも,伝統や文化の担い手たらんとしている.サントリーは日本の酒がグローバル市場へ浸透するための地歩を固めつつある.
第3は,価値の源泉となるコンテクストの伝達方法である.欧米的合理性に裏打ちされた「形式理論」と,日本的文脈に頼る「状況理論」との対立があるという(9).「高コンテクスト」な製品やサービスを,適切に別のコンテクストを有する地域に移転できるか否かは,コンテクストの伝達の良し悪しに依存するといっても過言ではない.この点で,日本とグローバル展開地域との両方のコンテクストを理解できる人材育成と,その人材が活躍できる場の存在が鍵となる.
本研究開発プロジェクトの目的は,日本型クリエイティブ・サービスを理解するための準拠枠の提案とそのグローバル展開を目的とした実践科学的方法論の開発である.実践科学は一般性,論理性,客観性を原理とする実証科学に対して,個別性,シンボル性,能動性という特性を有している.実践科学はいわば「社会事業」であり,現実のサービス事業を対象として,ステークホルダーとの協働を通じて研究プロジェクトを遂行する必要がある.しかも,グローバル展開を対象としており,本格的なプロジェクト研究を実施するためには,極めて大がかりな装置と準備期間が必要となる.このような社会事業を限られた組織と予算の下で遂行することは不可能であるため,B1横断型研究プロジェクトに位置づけて研究開発を実施した.本研究プロジェクトの成果については参考文献(10)を参照して欲しい.
一方で,今後に残された課題も多い.本研究でとりあげたサービスの海外展開の事例は,サービスのコンテクストが比較的明確であり,生産者と顧客の間に価値共創プロセスが働くことが直接的に期待できる分野である.しかし,一般に企業が生産する財やシステム,サービスは,本プロジェクトでとりあげた事例よりも,はるかに複雑である.グローバル市場において,製品やシステムのモジュール化や標準化をめぐって競争している場合も少なくない.また,生産者と顧客の関係が直接的ではなく,両者の間における価値共創プロセスが働きにくい.国内で高コンテクスト化された製品やシステム,サービスのグローバル化を達成するために,現地生産に関わる多様なローカルステークホルダー達と価値共創できるような戦略的なアライアンス集団を設立し,現地コンテクストに適応できるようなビジネスモデルを築くことが有用な場合も多い.
いま,多くの日本企業が,アジア各国において「おもてなし」を基軸としたビジネス展開を図り始めている.このようなリレーションシップに重点を置いたような新しいグローバルなビジネスモデルを対象とした実践的研究が必要であることは論をまたない.このような実践研究は本プロジェクトの範囲外ではあるが,本グループでは本開発研究で得られた成果を出発点として,サービス業のグローバル展開に関する新しい研究プロジェクトの遂行に向けて準備しているところである.
京都大学経営管理大学院教授.京都大学大学院工学研究科修士課程修了.工学博士.京都大学助手,鳥取大学助教授,教授を経て京都大学教授.現在に至る.