Serviceology
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Special Issue: "Servitization in Manufacturing -Global Trend-"
A Study on China Trend of Servitization in Manufacturing – Internet Plus and Made in China 2025 –
Jingsui Wang
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2015 Volume 2 Issue 3 Pages 10-13

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1. はじめに

情報技術とインターネットが経済や社会に与える影響は,益々広く深くなっている.最近,世界的に,情報技術・インターネットと製造業との融合が注目されている.日本では,このことに対してビッグデータやIoT(the Internet of Things)という視点から議論されていることが多いが,ドイツ,米国,中国などでは国家戦略としてとらえている.その代表は,ドイツのインダストリー4.0である.同国では,蒸気機関動力の発明による産業発展の第1次産業革命,電気の利用による発展の第2次産業革命,コンピューター応用による第3次産業革命を経て,現在は情報技術と製造業との融合による第4次産業革命に直面しているという.米国にも産業インターネット(the Industrial Internet)の構想があり,情報技術と製造業の融合による製造業の強化を図る.

今回は,中国の製造業強化戦略について紹介する.

2. 製造大国の課題

1980年代から始まる改革開放は,中国経済に大きな飛躍をもたらした.中国は,まず世界の工場として成功し,そして今は世界の市場になった.IMFの統計によると,2014年,中国のGDPは金額ベースで日本の約2倍,購買力平価ベースでは初めて米国を超えた.同年,中国の製造業が産み出す付加価値(金額ベース)は,米国を超え,世界最大規模の製造大国になった.しかし,中国の製造業は「大而不强」,即ち,規模が大きいが強みがないと言われ,以下のような構造的な問題に直面している.

  • (1)   イノベーション力の欠如
  • (2)   核心技術と部品の外国依存
  • (3)   低い品質
  • (4)   低い資源利用効率
  • (5)   低い付加価値

また,中国の製造業の競争力を構成する要素は消滅しつつある.例えば,賃金の急激な上昇や後発新興国の台頭によって,低かった労働コストは割高になった.環境意識と土地権利意識の向上によって,工場立地のハードルが高くなってきた.優秀で多様と言われる人材も,製造業ではなく,金融,不動産,EC(電子商取引業)等のサービス業に流れている.

世界の工場として機能し続けることは,中国の今後の発展にとって必要不可欠である.製造業の競争力の維持と向上のため,中国は今,製造大国から製造強国への転換を目指している.製造強国とは,米国,ドイツ,日本などの製造業先進国を意味する.これらの製造業先進国と肩を並べるために,中国政府は2つの産業高度化戦略,「インターネット+」と「中国製造2025」を打ち出した.

3. 「インターネット+」戦略

インターネットの利用は,経済全般に生産性や効率性の向上をもたらすだけではなく,イノベーションも誘発する.情報空間を介することによって企業の能力が向上し,その結果,ビジネスの参入障壁が相対的に低下し,市場拡大も容易になり,イノベーションが起きやすくなる.インターネットと伝統産業の融合は,イノベーションの原動力の1つであり,伝統産業の活性化の要因にもなる.中国では,この現象をインターネット+(中国語:互聯網+)という.例えば,オンライン銀行やオンライン証券は,インターネット+金融,オンラインゲームは,インターネット+娯楽,ECは,インターネット+小売り,である.

2015年1月に,人民代表大会(中国の国会)に「インターネット+を軸に経済社会のイノベーションと発展を促進させる提案」が提出され,政府に対して以下を要求した.

  • (1)   インターネット+の国家戦略としての採用
  • (2)   政策,標準,技術のすべての層において,インターネットと伝統産業の融合を促進
  • (3)   インターネット関連のインフラの増強

これを受けて,3月,政府は直ちに,インターネットと伝統産業との融合を推進する「インターネット+」を国家戦略として認めた(以下,この国家戦略を「インターネット+」と記す).

インターネットと伝統産業との融合によって,新しい業態,新しいビジネスモデルが現れ,イノベーションが起きやすくなる.その結果,伝統産業の活性化とアップグレードが図れる.これは「インターネット+」である.

2015年6月,政府が「インターネット+」行動計画を承認した.行動計画は,「インターネット+」の推進を通じて,新たな産業モデルの形成を追及するため,新しい産業モデルの可能性が高い重点分野の育成を促すことを示した.重点分野として,

  • (1)   創業・イノベーション
  • (2)   スマート製造
  • (3)   現代農業
  • (4)   スマートエネルギー
  • (5)   新金融
  • (6)   公共サービス
  • (7)   高効率物流
  • (8)   EC
  • (9)   交通
  • (10)   環境
  • (11)   人工知能

の11分野が明示された.またソフト面では,「インターネット+」を推進する上で障害となる旧制度の撤廃,インターネットと各産業が融合しやすい環境整備,株式上場のサポートを含むインターネット企業への金融支援等の方針も盛り込まれた.ハード面では,次世代情報インフラの整備,高性能チップ・サーバーの開発,クラウドやビッグデータの応用を促進する.

「インターネット+」を軸に,多くの斬新なアイデアが出された.例えば,検索エンジンの百度(Baidu)は,研究開発等産業の頭脳としての機能を,クラウドとビッグデータにおくべきとし,政府主導で研究開発のプラットフォームを作り,財政資金や軍の研究開発成果等を公開し,民間企業に効率的な開発環境を提供すると提案した.

また,EC大手の京東集団は,EC業界に多発する詐欺・偽物商品の撲滅のため,電子行政サービスを推進し,EC事業者と,工商管理部門,品質検査部門,警察などがインターネット上で連携することを提唱した.

なお,本章の内容は,(中国人民日報の)人民網の記事をベースに整理したものである.

4. 「中国製造2025」

中国工程院(The Chinese Academy of Engineering・中国工学アカデミー)は,政府直轄の技術分野の最高研究機関である.中国工程院は,2014年12月に政府に製造業強化策として「中国製造2025」を提出した.

2015年3月,政府が「中国製造2025」の採用を表明し,5月に「中国製造2025」の10カ年計画を発表した.「中国製造2025」の目標は,製造大国から製造強国へと産業構造を転換させ,工業の近代化を実現させることである.具体的に,製造業に対して,以下の4つの転換を求めている.

  • (1)   投入駆動による成長からイノベーション駆動による成長へ
  • (2)   低コスト優位経済から高品質優位経済へ
  • (3)   資源消耗型製造からグリーン製造へ
  • (4)   生産製造業からサービス製造業へ

また,戦略目標実現に向けた戦略的ミッションとして,

  • (1)   製造業のイノベーション力の向上
  • (2)   情報化と工業化の高度の融合
  • (3)   工業的基礎力の強化
  • (4)   品質とブランド力の強化
  • (5)   環境に配慮するグリーン製造の推進
  • (6)   重点領域の成長の強力的推進
  • (7)   製造業の構造調整の推進
  • (8)   サービス型製造業と生産型サービス業の発展
  • (9)   製造業の国際化レベル向上

の9項目を列挙した.

重点対象領域として,次世代情報産業,高規格マザーマシンおよびロボット,航空宇宙装備,先進船舶と海洋建設装備,先進軌道交通装備,省エネ型・新エネルギー車,電力設備,農機,新材料,バイオ製薬と高性能医療機器の10分野が指定された(表1).

表1 「中国2025」の重点領域と関連技術
重点領域 関連技術
次世代情報産業 5G通信,クラウドコンピューティング,ビックデータ,センサー
マザーマシンとロボット デジタルマザーマシン,高性能ロボット
航空宇宙装備 旅客機,エンジン,無人飛行機,ナビゲーター
船舶と海洋建設 海洋作業船,水中ロボット
先進軌道交通装備 高速鉄道等の軌道交通システム
省エネ・新エネルギー車 新エネルギー車,電池,充電ステーション
電力設備 太陽光発電,風力発電,原子力発電
農機 スマート農業機械
新材料 高性能複合材料,ナノ技術材料
バイオ・医療機器 新型ワクチン,現代漢方,DNA分析

また,政府主導で国家イノベーションセンター建設,スマート製造プロジェクト,工業基礎能力強化プロジェクト,グリーン製造プロジェクト,ハイエンド装備イノベーションを実施し,共通キーテクノロジーにおける突破を目指し,製造業全体の競争力向上を図る.

「中国製造2025」の目標の達成のための側面的サポートとして,体制の改革,公平な競争環境の整備,金融・財政・租税政策による支援,バランスのとれた人材育成システムの確立,中小企業に対する扶助,製造業の対外開放の拡大なども計画に含まれている.

「中国製造2025」は,インダストリー4.0とは,方向性としての共通点が多いと言われている.ただし,ドイツの課題は最先端の製造業を如何に進化させるかが問題であり,中国の課題は,研究開発費の投入,技術・品質・ブランド力の向上等,より基礎的な問題が多い.インダストリー4.0は最先端のハードウェアによる物理的情報システムの構築,工場,生産のスマート化を推進するのに対して,「中国製造2025」は情報化と工業化の高度の融合を軸に,製造業のスマート化を推進している.情報化された産業体系を製造業の新しいモデルとしてとらえている.「インターネット+」と共通しているのは,情報化,情報技術が強調されていることである.

2025年までに製造強国になる「中国製造2025」は中国の遠大な戦略の第1ステップに過ぎない.第2ステップの「中国製造2035」,第3ステップの「中国製造2045」があり,最終的に世界トップレベルの製造業を実現するのは最終目標である.

本章の内容は,人民網の記事と搜狗百科(中国のWEB百科全書)の内容をベースに整理したものである.

5. バリューチェーン上の考察

今までの産業振興政策に比べ,「インターネット+」も「中国製造2025」も情報技術と製造業の融合を強調している.これはどういう意味なのか,最後に,バリューチェーン上における情報の流れを軸に考察してみる.

製造業のバリューチェーンは,研究開発,製品設計,部材・部品,組み立て,物流,販売,(アフター)サービス,(消費者による)使用プロセスから構成される.物の流れから,生産に関わる生産システムを川上,流通・サービスに係る流通サービスシステムを川下というが,顧客のニーズ等の情報は川下に存在し,情報は,川下から川上への流れる(図1).

伝統的に,メーカーは川上,流通サービス業は川下と棲み分けてきた.イノベーションも,川上ではメーカー主導で新技術・新素材・新商品の開発や新生産方式や形態を中心に展開し,川下では消費者との接点や関係性を軸に,新しいビジネスモデル,新しい付加価値,新しいサービスへ展開する.

図1 伝統的バリューチェーンにおける情報の流れ

川上,川下の棲み分けは,ある意味では,企業の能力の制約からくるものである.ITとインターネットの活用によって,現在,企業の能力は大きく向上し,広い範囲での効率的な活動ができるようになった.先進的企業は,バリューチェーン上の情報を集中的に収集し,消費者のニーズをより的確にとらえ,より効率的な生産・流通のオペレーションを行うことで,バリューチェーンの全体最適化を追求する.このような情報集中によるバリューチェーンの集中的管理は,多くの成功事例がある.アップルは有名であるが,自動車業界,ユニクロに代表されるようなSPA業界 (specialty Store retailer of Private label Apparel)等もこの仕組みを実践している.

図2 情報の集中

一方,バリューチェーン上の情報のオープン化,ネットワーク化の動きも出てきた.すなわち,情報を個別企業の管理下に閉じておくのではなく,異なる企業や商品のバリューチェーン間での情報が流通する(図3).オープン化とネットワーク化が,イノベーションを活性化させ産業の進化速度を速めることは,スマートフォン,パソコン,テレビ等の業界で実証済みである.

図3 情報のオープン化とネットワーク化

情報技術と製造業の融合という第4次産業革命は,この情報の流れの変化から理解することができる.すなわち,バリューチェーン全体は,情報のオープン化とネットワーク化に直面している.

川下の情報は,商流・物流データが中心であり,情報が標準化されやすく,オープン化も比較的容易である.オープン化された情報の活用も比較的に容易である.また,川下の実際のオペレーションも標準化,オープン化と対応しやすい.例えば,POSシステム1つでほとんどの商品と業務をカバーすることができる.

この背景を理解しておくと,「インターネット+」はわかりやすい.バリューチェーンの活性化と進化において,川下の情報的優位性を活用し,川下を進化の原動力として機能させるのである.例えば,EC事業者のアリババは,将来,商流におけるビックデータを軸に,スマート物流,スマート製造を展開するとしている.アリババは,物流,工場の実際のオペレーションをするのではなく,商流データを軸に,バリューチェーン上における重要な意思決定である商品設計,生産計画,出荷・在庫管理などの情報処理へ主体的に関わるという構図である.優秀で有力な川下の企業にバリューチェーンを牽引してもらうのである.

川上では,商品開発,商品設計,製造オペレーション等において,ハードウェア依存の技能や工夫,ノウハウ等の暗黙知,技術の秘密性等が多く存在する.そのため,川下に比べ,川上のオープン化・ネットワーク化は,かなり困難である.現実問題として,川上の情報のオープン化・ネットワーク化は川下ほど進展していない.しかし,今,川上にもオープン化・ネットワーク化の時代が到来したのである.いわゆる情報化と工業化の高度的融合の重要な内容の1つは,この川上のオープン化とネットワーク化であると理解できよう.

最後に,「インターネット+」と「中国製造2025」の中心的プレーヤーの違いも留意したい.IT事業者とEC事業者は,「インターネット+」の中心的プレーヤーであり,成果は出しやすいと予想するが,「中国製造2025」では製造業事業者が中心的プレーヤーで,長期的ミッションになると思われる.この2つの戦略の今後の展開は,注目価値が高い.

著者紹介

  • 王 京穂(オウ キョウスイ)

明治大学専門職大学院グローバルビジネス研究科教授.中国の投資銀行,日本興業銀行,みずほ第一フィナンシャルテクノロジー,NTTデータを経て現職.金融工学,事業リスクマネジメント,バリューチェーン,中国経済に関する研究を行っている.

参考文献
 
© 2018 Society for Serviceology
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