2015 Volume 2 Issue 3 Pages 14-17
Industrie 4.0という施策をドイツが公式に標榜して以来,さまざまな議論が出てきている.Industrie 4.0とは,第4次産業革命を意味している.第1次が蒸気機関によるパワーの革命,第2次が電気モーターと機械によるメカトロニクスの革命,第3次がコントローラーやコンピュータの導入による自動化の革命で,第4次がデジタル化とネットワーク化による革命になると位置付けられている.すなわち,Industrie 4.0は,狭義には製造業のデジタル化革命である.一方で,それは同時に製造業のサービス化も指向していると考えられる.後者の部分は,Industrie 4.0として公式に発表されている2次資料だけで伺い知ることが難しい.Industrie 4.0がサービス産業にどのようなインパ クトを持つのか,ドイツ・Fraunhofer IAO研究所の所長であるWalter Ganz氏にインタビュー取材を行った.本稿では,Walter Ganz氏による「Industrie 4.0とSmart Services」に関する説明を紹介し,その後,インタビューを実施した著者らとGanz氏とのやりとりを紹介する.これらを通じて,Industrie 4.0のサービス産業へのインパクトを著者らの視点で概観する.
Industrie 4.0とサービスの関係については,acatech (ドイツ工学アカデミー,http://www.acatech.de)がIndustrie 4.0の次の段階として「Smart Service Welt」という構想を提唱している.この中で「Intelligent technology in manufacturing」が掲げられ,製品側面とサービス側面の両輪で進めていくとなっている.これは,すなわち,製品中心型のビジネスとサービス中心型のビジネスを組み合わせて,(1)サービス化:サービス中心のソリューションとビジネスモデルを開発する,(2)デジタル化:データ駆動型のサービスソリューションとビジネスモデルを開発する,という2つの方向を指向することを意味している.
2.2 段階を経てSmart Service SystemsへSmart Service Welt構想では,製造業のサービス進化を3つの段階で推進しようとしている(図1).
第1段階は,製品に関連するサービスである.ここでは,製品に対してサービスが必須なものとなる.機械であれば,校正,修理,保守,顧客トレーニングなどのサービスを製品とともに提供する.その提供プロセスを通じて得られた情報を製品開発に環流する.もちろん,製品を海外に販売するだけでなく,製品に付帯するサービスも海外展開することとなり,国際的なサービス品質の管理が必要となる.事例として,ドイツの工作機械企業であるZwick/Roell (http://www.zwick.de)がある.このような第1段階は,ドイツでは完了している.
第2段階は,Hybrid Solutionsというもので,Industrie 4.0において現在進行中のものである.ここでは,製造業が顧客企業に対して製品とサービスをセットにして提供する.事例として,フォークリフトなどの機械メーカJUNGHEINRICH(http://www.jungheinrich.com)を紹介する.同社は,フォークリフトという機械を流通企業に販売するだけでなく,フォークリフトのレンタルサービスで,常に顧客が必要とする台数のフォークリフトをきちんと稼動できるようにするビジネスを展開している.これは,修理,保守,リペアパーツ,マシン交換などがフルセットになったサービスであり,顧客使用データを用いた予測保守による効率化が実現されている.さらに,同社のエンジニアが顧客(流通企業)先に入って業務プロセス分析を行い,課題を抽出してソリューションを提供するサービスを実施している.
その次の第3段階として考えられているのがSmart Service Systemsである.ここでは,データベースとサービスプラットフォームが製造業のメインドライバーとなる.indesit(http://www.indesit.com/indesit/)の取り組みを事例として紹介する.ここは民生用,業務用の電化製品を製造・販売する企業である.どのようにSmart Service Systemsに移行していくか,3ステップで考えている.ステップ1は,洗濯機に搭載されたセンサでさまざまな使用情報を記録できるレベルである.IoTと言っても良い.ステップ2では,それが,同社の他の電化製品とネットワーク接続され,事業所内もしくは家庭内で情報をまとめ活用できるようになる.さらに,それらが幅広くネットワークを構成し,エコシステム全体として使用情報を蓄積し,再活用するのがステップ3で,これが目指すところの最終形Smart Service Systemsである.
2.3 Smart Service Welt(*1)すでに述べた通り,Smart Service Weltは,acatech(ドイツ工学アカデミー)が提唱したものである.Acatechのメンバー(企業,研究機関)が,4つのサブコミティー(SC)活動として推進することになっている.SC1はSmart Service プラットフォームのセンター設立と事例の開発,SC2では知識プラットフォームと企業間連携による製品・サービス開発のリファレンスモデル開発,SC3はソフトウェアプラットフォームに対して統合的な研究課題の整理,そして,SC4においてデジタル市場の創出を検討する.
Smart Servicesは, 具体的には図2の4つの要素で構成される.すなわち,Smart services:サービスプラットフォーム,Smart data:ソフトウェアプラットフォーム,Smart products:ネットワーク接続された物理的プラットフォーム,Smart spaces:技術基盤である.さらに, 製品に関連するスマートサービスを推進していく5つの産業エリア(製造,輸送,エネルギー,農業,ヘルスケア)を選んでいる(図3).デジタルプラットフォームを中核に,そこからSmart productsとSmart servicesを産み出し,運用される形態を目標としている(図4).まずは,パイロットプロジェクトとして,地域の移動や健康などのサービスを包括するSmart Urban Services,ロボットによるヘルスケアサービスなどを進めている.
戸谷 こういうビジネスモデルは,一般的にプラットフォームを獲得したところが強くなると思うが,そういう理解で良いか?
Ganz そういうことだ.Industrie 4.0では,B2Bのプラットフォームを確立しようとしている.(ドイツは)タッチポイントを失ってはいけないし,(B2Bの)プラットフォームをコントロールできるポジションに残らなくてはならない.
持丸 短期的に収益が上がる企業もあれば,長期的視点でないと収益化できない企業もある.データの帰属や企業間の収益バランスはどうするか?
Ganz データと収益の配分方法を検討するつもりである.どこかが独り勝ちするような枠組みを考えているわけではない.いかにフィーの取れるビジネスとするかを課題として認識し,取り組もうとしている.
戸谷 Smart servicesのプラットフォームを国際展開すると言うが,たとえば,パイロットプロジェクトのSmart Urban ServicesにあるMobility & Trafficのようなものは簡単に国際展開できないのではないか? Uberのようなビジネスモデルが日本で成立しないのは,日本の規制の問題がある.
Ganz 各国で規制があるのはB2Cの分野だ.だから,B2Cはやらない.B2Bには規制が影響しない.
持丸 B2BとしてIndustrie 4.0で手がける分野の中にヘルスケアがあった.ヘルスケアには各国の規制や制度が関係するのではないか?
Ganz 確かにヘルスケアには多少関係する.しかし,最も強く関係するのは医療の分野であり,ヘルスケアはそれほどではない.
持丸 Smart servicesのプラットフォームにおいては,標準化が重要になると思うが,そのアクションはどうしているか?
Ganz もちろん,(ドイツが中心になって)アクションしている.DIN(ドイツ国内規格)を中心に,CEN(欧州規格),ISO(国際標準)へと展開していく戦略である.
戸谷 競合相手として,中国をどう捉えているか?
Ganz 大きな市場である.ある部分では競合になるとも考えている.中国の特徴は3つであると考えている.(1)製造物品質が向上している点,(2)バイドゥ(百度)やアリババのような大きな資本力を持つインターネットプレイヤーが存在している点,(3)政府からの資金支援や優遇施策がある点.(1)について,特に自動車や製造機械で顕著であり,これに関してドイツは製造技術供与も含めた技術提携をすることで連携を進めている.これは,Industrie 4.0のプラットフォームの普及になると考えている.
戸谷 中国でもIndustrie 4.0を受け,「中国製造2025」や「Internet +」という政策が掲げられていると聞いている.その背景には,技術開発を企業間でオープンに進める姿勢と体制があるとも聞いている.このあたりについてはどう考えるか?
Ganz 文化的な課題だろう.日本に比べると,ドイツ(企業)もオープンマインドであり,より米国や中国に近い文化だと認識している.技術駆動,製品駆動という開発姿勢をソリューション駆動に変えることが1つの変革だが,文化的という観点では,(B2Bの)顧客側のマインドセットの変革も重要だ.彼らがサービスに対価を支払うようになっていかなければならない.その意味で中国や日本はこの顧客のマインドセット変革において,遅れ気味なのではないか.
戸谷 Industrie 4.0では,B2BにフォーカスしてB2Cは含めないという説明であったが,革新的なサービスにはB2Cまで含めた全体的なエコシステムが必要なのではないか?先に挙げたUberなどは革新的なサービスで,B2Cを含めて情報プラットフォームを確立していると思うが.
Ganz Uberはコスト削減という意味では革新的な取り組みだ.しかし,(ドイツは)B2Cの低価格サービスの生産性向上には関心がない.そのような輸送とか,飲食とか,宿泊とかではなく,高額・高品質サービスに特化したい.
戸谷 B2Cを含めたコンシューマデータプラットフォームを,すでにGoogleやAmazon,アリババが獲得しはじめていると理解している.Industrie 4.0では,これらを競合相手としてどう認識しているのか?
Ganz 連携相手であっても競合相手ではない.我々は,B2Bにフォーカスしている.B2Bにおけるプラットフォームを獲得し,タッチポイントをコントロールできるようになることが重要だ.すでに,SAPはSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)分野などにおいて世界的にトップシェアを確保しており,一歩リードしている状態にある.これを強みとして,Industrie 4.0をその先に進めていけば,(ドイツは)製造に関するB2Bプラットフォームを獲得できる.
戸谷 Industrie 4.0には多くの世界展開している企業が参加している.ただ,企業はその活動においてすでに国境を気にかけていないと思うが,どうか?
Ganz もちろん企業は自社の利益を追求するものだ.とはいえ,ドイツに主体を置く企業は,ドイツの掲げる国策(Industrie 4.0)に協力することで企業メリットを享受できると考えているはずだ.もはや,単独の企業の努力で国際的なプラットフォームは獲得できない.米国,中国,ドイツのいずれが(製造に関するB2Bプラットフォームの)リーダーとなれるかが問われている.
製造業に関するB2Bプラットフォームを獲得するのに3つの策がある.(1)世界的に優れたソフトウェア企業を国内に創出する,(2)国際連携を図る,(3)第3の手段.ドイツでいまから(1)を進めても,とてもGoogleやAmazonに追いつかない.これは日本も同じだろう.その状況でSWOT分析をすれば(2)においても優越的な連携ができないのは明らかだ.そこで,我々はIndustrie 4.0を掲げ第3の手段をとることにした.これをやらなければ,ドイツは永久に製造業のB2Bにおけるタッチポイントを失うだろう.それだけの危機感を持って取り組んでいる.
戸谷 Smart Service Weltの構想について,これは製造現場やデータ駆動で進めるのか,それとも経営層とビジネスモデル駆動で進めるのか?
Ganz 当然,後者だ.トップマネージメントとビジネスモデル駆動で進める.そのために,我々はIndustrie 4.0で15〜20年かけて,成功事例を積み上げ,企業経営層のマインドセットを変えてきた.具体的には,パイロットプロジェクトで3〜5年計画のアクションプランを立て,最初の成功例を産み出す.それをベースに政府の支援を引き出し,その事例をデモンストレーションする.たとえば,Hanoverの見本市などは良い機会だ.その後,中核となる機関(センター)を設立していく.
インタビューを終えての感想は,ドイツ経済に対する明確な国家戦略の存在である. この点で日本は明らかにドイツの後塵を拝している.誤解を恐れずに言うならば,Ganz氏のその国策を信じ推し進めようという強い意思にナショナリズムさえ感じる.その一方で,グローバルに展開する個々の企業の行動をコントロールできるか,B2Cをあえて視野から外してB2Bに特化して全体のエコシステムを掌握できるかどうかは疑問も残る.
さらに,日本で非常に関心が高まっているIndustrie 4.0は,製品とサービスを組み合わせてソリューションを提供するHybrid Solutions段階にすぎず,最も恐れるべきは次の第3段階,Smart Services段階であること,そしてドイツがその段階に入りつつあることを日本政府や企業はより切実に認識すべきであろう.
本稿の執筆にあたり,快くインタビューに対応いただいたFraunhofer IAO研究所長・Walter Ganz氏に深甚なる謝意を表する.
なお,本インタビュー調査の一部は,文部科学省・科学研究費補助金・基盤研究(A)「サービスイノベーションにおける科学的・工学的役割と価値に関する基礎的研究」の補助を受けた.
産業技術総合研究所人間情報研究部門長.1993年,慶應義塾大学大学院博士課程生体医工学専攻修了.博士(工学).専門は人間工学.人間の身体特性,行動と感性の計測とモデル化,産業応用研究に従事.
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授.筑波大学大学院経営・政策科学研究科博士課程修了.博士(経営学).専門はサービスマーケティング.サービスにおける共創価値尺度の開発,製造業のサービス化研究に従事.