2015 Volume 2 Issue 3 Pages 18-21
“Servitization”あるいは製造業のサービス化という言葉は,日本においてはまだあまりなじみのないものである.製造業はモノづくり産業であるし,日本の現在までの成長を支えてきたのは,モノを作りそれを市場で販売する(交換する)という行為を高い生産性で行う能力であった.
しかしながら,リーマンショック以降の経済の復活期において,米国および英国を含む欧州いくつかの国々においては製造業がvalue chainのより上流へと移行する動きが活発になっている.すなわち,いわゆるソリューション・ビジネスを含め,製品とともにサービスを提供し,それを新たな収入源にしようとする動きが活発になっている.この動きと並行してケンブリッジ大学,アストン大学等の英国の大学では,Servitization研究が企業を巻き込んで盛んに行われており,日本におけるサービス研究に示唆を与えるものとして注目される.
本稿では,製造業全体としては優位性を失ったと思われる英国におけるServitization研究から得られる知見および英国企業の事例を紹介し,日本の製造業の将来を考える一助としたい.
英国ケンブリッジ大学のAndy Neelら(1)によれば,Servitizationは以下のように定義されている.「Servitizationとは製品と供にサービスを提供することにより新たな顧客価値を創造するプロセスである.それは顧客毎の製品のフルパッケージやバンドル,サポート/メンテナンス・サービス,高度な知識,等の提供を含む.」
Andy Neelyら(2)によればServitizationは,以下の移行を含む製造企業の変遷とされている.
英国アストン大学ビジネススクールのTimothy Baines(3)によれば,製造業の提供するサービスは以下のような段階を踏んで成長するとされている.
先進国におけるServitizationの主な理由としては,以下のものがあげられる.
1つ目は,先進国が国際市場において安価な労働力を強みとする新興国に打ち勝つために,より付加価値の高いビジネスに移行することが必要であることである.
2つ目は,国内市場においては,新製品の販売数よりもすでに顧客に出回っている製品(install base)の数が圧倒的に多い製品群も現れ(自動車など),アフターサービス市場が大きなビジネスチャンスとなっていることである.
さらに,地球温暖化の解決策として製品のライフサイクル全般を通じた新たなサービスを提供しようとする動きも製造業のサービス化の一因とされている(3).
近年の経営学,特にサービスマーケティングで注目を浴びているSteve Vargo のService Dominant Logic (SDL)(4)にServitization の理論的根拠を見ることもできる.
すなわち,SDLでは全ての経済はサービスを中心とした経済であって(あるいはそのように移行するのであって),モノはサービスを提供するための手段に過ぎないとされる.顧客が本当にほしいのはモノそのものではなく,モノとプロセスを通して提供される機能・提供者の能力(competency)であり,交換価値から使用価値の時代へ変遷するとされる.後述するRolls Royce 社のPower-by-the-hour などはまさにSDLの実装と言える.
Andy Neelyらは,企業情報データベースのOSIRISを用いて製造企業のサービス化度合の分析を行っている(2).分析は2007年,2009年,2011年のデータに基づき,100人以上の全世界の製造業を対象にして行われた.企業の活動報告では,サービスに関する明確な活動が記述されているものをServitized された企業と数え,その統計処理を行っている.その結果,Servitized されていると判断される製造業の全体に占める割合は2007年の29.52%から2011年の30.10%へと,この期間ではあまり変化がなかったことが判明した.
国別に比較した場合,最も高い数字を占めしたのは米国で(2007年:57.68%,2011年:55.14%),次いでフィンランド(2011年:54%),ノルウェイ(2011年:50%),マレーシアおよびベルギー(2011年:46%),スウェーデン(2011年:43%)と続き,英国は39%で8位,日本は31%で11位(いずれも2011年)となっている.
これらのServitizedされた企業の提供するサービスは,システム・ソリューション・サービス,小売り・流通サービス,保守・支援サービス,設計・開発サービス等がその大半を占めている.
4.2 英国における動向英国のおけるServitizationを調査したものに,Barclays Corporate社のレポート(5)がある.このレポートでは,英国に籍を置く機械・電気電子・自動車などの製造業からランダムサンプリングされた200人のCEOおよびジェネラル・マネジャーにアンケートを実施し,その結果が報告されている.
この中でモノづくり以外にソリューション・サービスなどvalue chainの上流を志向する度合に関しては,興味を持たないもの9%,すでに上流に移行したと答えたもの51%,上流に移行中であると答えたもの40%と報告されており,このことに関する関心の高さがうかがえる.
サービス化による収益の変化に関しては,25%以下の増加があったと答えたものが34%,25-50%の増加:16%,50%以上の増加:8%,サービス化により収益が増加しなかったと答えたものが40%であったと報告されている.
英国を代表する製造企業のサービス化の現状をいくつか報告する.
英国の代表的なServitized 企業としてRolls Royce(RR)社があげられる.RR社は,高級自動車メーカーとして日本で有名であるが,航空機,船舶,鉄道車両等への動力の提供で企業優位性を保っている.
RR社のPower-by-the-hour と呼ばれる航空機エンジンのリースモデルは,製品の提供ではなく機能の提供のビジネスとして有名であるが,これを含めRR社の最近のサービスビジネスの状況を表1に示す.同社は航空機産業のみならず他の分野においても,サービスビジネスに大きく依存していることがわかる.
事業領域 | 売上(M£) | サービス比率(%) |
Civil Aerospace | 6837 | 52 |
Defense Aerospace | 2069 | 61 |
Power System | 2720 | 30 |
Marine | 1709 | 37 |
Nuclear | 684 | 63 |
RR社はPower-by-the-hourプログラムの中で航空機のエンジンに多数のセンサーを設置し,エンジンの状態を常時リモート監視している.これにより例えば航空機が落雷などを受けた時でも異常がない場合(この事実がリアルタイムで把握できる)には目的地まで飛行継続の指示ができる等,航空会社の計画外メンテナンスを大幅に削減することに貢献している.このような明確な顧客価値が提供できていることがPower-by-the-hour の成功の要因と言える.
英国におけるもう一つのServitized 企業としてBAE SYSTEMS社があげられる.同社の事業分野は,Electronic System(製造装置,センサー,飛行制御装置,通信装置等),Cyber & Intelligence(国防システム),Platform & Services(陸海空軍の装備・装置)に分けられるが,事業分野ごとの売り上げは表2のようになる.
事業領域 | 売上(M£) |
Electronic System | 2415 |
Cyber & Intelligence | 1085 |
Platform & Services (US) | 3266 |
Platform & Services (UK) | 6623 |
Platform & Services (Intl) | 3527 |
これら事業分野のうち,収益に大きな割合を占める,Platform & Servicesのサービス事業の比率は,USが79%,UKが39%,International(Saudi Arabia, Australia, MBDA)が70%となっており,航空宇宙関連企業においてサービス事業の比率が高まっていることが注目される.
Timothy Baines(8)は,Servitizationの利点を以下のように整理している.
Timothy Baines(8)は,Servitization の実現要因(enabler)と抑制要因(inhibitor)を,企業の分析により以下のように整理している.
Andy Neely(2)によると,Servitized された製造業とされない製造業,どちらにも成功している企業が見受けられるので,サービス化が製造企業の成功の要因になっているとは(2)の調査からは検証できなかったとしている.しかしながら,サービスから得られる収益は新製品の販売から得られる収益よりも安定的であるという数値も示されており,製造業においてこの事実は価値があるものと分析されている.
Ornella Benedettini(9)らは,Servitizedされた製造業のうち倒産した46社と存続している企業164社を比較する調査を行った.その結果,Servitizedされた製造業は,企業規模が大きく,歴史が長いほど倒産しにくい結果を得ている.さらに興味のあることに,提供する製品の数が多いほど,しかしながら,提供するサービスの種類は少ないほど,倒産する確率が少なくなっていることを報告している.
現代の製造業のルーツは産業革命時代の英国にある.以降,世界の貿易(製造)輸出のシェアが7.2%(1980)から2.9%(2012)に後退した数値が示す通り,英国の製造業は世界市場の中で優位性を失い,英国そのものは金融や保険と言ったサービス産業の分野で産業競争力を維持しているというのが一般的な見方である.この現状を鑑みForesight Projectのレポート“The Future of Manufacturing”(10)では,英国の今後の長期的な成長のためには製造業の発展が鍵であることが指摘され,しかもその製造業は従来のモノの生産と分配に終始するものではなく,広範囲な産業のvalue chain のコアとして機能するものにならなければならないことが指摘されている.これは,本稿で取り上げたServitizationに他ならず,先のケンブリッジ大学,アストン大学などの先見性のある研究が,英国産業のビジョンの策定に貢献してきたとも言える.英国社会ではサービスの重要性が認知されているので,製造業におけるサービス化の動きにも,理解が得られるのではないかと思われる.モノだけでもサービスだけでもだめで,それらの融合こそが新たな成長の源泉であるという明確な国の新産業ビジョンが見て取れる.我が国も「製造業=モノづくり」オンリーからの脱皮が問われていると考える.
今回取り上げた研究の中では,価値の共創の視点からのServitizationの議論が見られなかった.今後への課題として指摘したい.
東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科教授.博士(理学).日本アイ・ビー・エム株式会社東京基礎研究所,北陸先端科学技術大学院大学教授を経て2010年10月より現職.科学技術振興機構RISTEX問題解決型サービス科学研究開発プログラムプログラムアドバイザー.サービス学会理事.IEEE 会員.情報処理学会会員.日本オペレーションズ・リサーチ学会会員.