2015 Volume 2 Issue 3 Pages 2-3
今回の特集号では,「製造業のサービス化」に関する世界各国の動向が取り上げられている.
「モノからことへ」というビジネスにおける視点の推移や,経営学の新しい世界観の1つであるサービスドミナントロジックにおける生産と分配の経済から提供者のコンピテンシー・機能の提供と顧客との価値共創の経済への変遷に関する議論などに見られるように,サービスに関するとらえ方は「サービス産業」の範疇を超え,広く社会・経済における基本機能として拡大されているように思われる.従って社会・経済に重要な位置づけを占める「製造業」においてもそのサービス化が議論されるのは必然の流れであろう.しかしながら,日本においては製造業を“純”モノづくり産業としてとらえる姿勢がまだまだ大勢を占めているというのが著者の率直な感想である.
本特集の日髙の報告の英国の研究にあるように,サービス化をした製造企業が必ず成功するという事実が顕在しているわけではない.だが,本特集に取り上げられた多くの製造企業がサービスの提供により国際社会での競争力を強めていることは注目に値するのではなかろうか.一般にサービスはローカルな問題解決・戦略ととらえられ,その影響は限定的・個別的であるという見方をされがちである.日本におけるサービス研究は国際競争力の向上に結びつかない場合も多い.今回の特集にある国際競争力の強化にもつながっている企業の例,すなわちサービスが企業戦略の根幹にかかわる機能の強化となっている例からは,重要な示唆が得られるのではなかろうか.
本特集で取り上げられた報告からは,製造業のサービス化における各国共通の動向が理解できる.
第1に,モノづくりを中核としてバリューチェーンを構築し企業の価値を最大化する戦略が意図的に行われていることである.このバリューチェーンの構成要素としてサービスは位置づけられ,製造業それ自体がバリューチェーンの上流も取り込む戦略がとられる.これらの転換の背景の1つが先進国における,いわゆるコモディティ・トラップからの脱出であることがうかがえる.
第2に,情報技術を活用した情報循環サイクルの構築により,企業と製品,および企業と顧客との持続的な関係が構築されていることである.
第3に,ドイツ(Industrie 4.0),中国(Internet+,中国製造2025),イギリス(The Future of Manufacturing)などに見られるように,国の基本戦略として製造業の新展開(単なるモノの製造からの脱皮)が位置づけられていることである.
菊池の報告は,米国における成功例を取り上げている.近年における米国製造業の復活の背景の1つとしてサービス化を指摘している.シスコ,GE,ボーイング,イーストマン・コダックなどの例をあげ,その成功要因が品質保証のイノベーション,アスターサービス市場の開拓,スマート化された製品とのネットワークを介したデータ連携,顧客活動の連鎖の構築,等にあったことが述べられている.さらに代表的な企業ケースとしてIBMが取り上げられている.同社のサービス化の成功要因として,トップのコミットメントとリーダーシップによる変革,市場志向の組織体制の確立,サービス専門の組織の設立,等があげられており,製造企業がサービス企業に移行する場合の重要事項が示唆されている.
王の報告は,中国の製造業の課題(イノベーション力の欠如,技術の外国依存,低品質,低資源利用効率,低付加価値)および労働コストの上昇などを指摘し,これらを克服し国際競争力を向上するための国家施策としてインターネットと伝統産業の融合を狙う「インターネット+」,および製造大国から製造強国への転換を狙う10ヶ年計画である「中国製造2025」が紹介されている.この両者とも製造業と情報技術の融合によりバリューチェーンの構造を変化させることが重要な特色であることが指摘されている.中国製造2025はドイツのIndustrie 4.0と共通点が多いが,ドイツの場合には最先端の製造業を進化させることが背景にあるのに対し,中国の場合は技術・品質・ブランド力の向上などより基礎的な課題の解決が背景にあることが異なるとしている.
戸谷・持丸の報告はドイツの施策であるIndustrie 4.0を紹介している.Industrie 4.0そのものは製造業におけるデジタル革命を目指しているが,これは製造業のサービス化も指向しているという指摘がなされている.すなわち,Industrie 4.0はドイツ工学アカデミーの構想であるSmart Service Welt (World)につながっていく.この構想の中で製造業は,製品関連サービス,製品とサービスの融合であるHybrid Solution,Smart Service Systemの3つの段階を経て進化する.最終段階のSmart Service Systemではデータベースとサービスプラットフォームが実現の鍵となる.ドイツは既にこの第3段階に入りつつあることは日本として注目すべきであると指摘している.彼らは,Fraunhofer IAO研究所長のWalter Ganz氏のインタビューも行っているが,この中でIndustrie 4.0のスコープがB2Bであると言及されたことに疑念を呈している.このインタビューを通して,顧客視点の経営がサービス化の中で企業側の生産性とどのようにバランスが取られなければならないのか,あるいはどのようにバランスを取ることができるのか,という課題があることが浮かび上がってくる.
日髙は国全体としては製造業の競争力を失っているように見えるイギリスでの研究及び企業事例を紹介している.ケンブリッジ大学およびアストン大学での企業研究により確認されている知見である世界およびイギリスの製造業のサービス化の統計的な動向,イギリス製造企業に対するインタビュー結果,企業および顧客の利点・実現要因・抑制要因,Rolls Royce社/BAE Systems社のサービス化事例を紹介している.さらにイギリス政府は製造業の重要性を再認識し,今後のイギリスの製造業は,従来のように生産と分配のみに重点を置くのではなく,広範な機能を取り込むvalue chainそのものにならなければならないことを指摘したThe Future of Manufacturingを紹介している.
今回の特集の報告を通読すると,製造業のサービス化に関する国の方針と言っても,各国の社会・経済状況,風土によりその方針が異なることも理解できる.日本における製造業の将来像を議論することの重要性を痛切に感じている.
東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科教授.博士(理学).日本アイ・ビー・エム株式会社東京基礎研究所, 北陸先端科学技術大学院大学教授を経て2010年10月より現職. 科学技術振興機構RISTEX問題解決型サービス科学研究開発プログラムプログラムアドバイザー.サービス学会理事.IEEE 会員.情報処理学会会員.日本オペレーションズ・リサーチ学会会員.