2016 Volume 2 Issue 4 Pages 16-23
株式会社ANA総合研究所(以下ANA総研)では,大きく3つの事業領域にわかれて活動している.幅広く内外の航空政策について調査研究を実施する「航空産業グループ」,ANAのグループ各社の人材やノウハウを活用し,学校と連携して次世代サービス人材の育成に取り組む「大学連携グループ」,そして,日本の地域・社会と連携して地域活性化を図る「地域・社会連携グループ」の3グループである.
現在,ANA総研では企業グループのサービスや航空運送事業経営の経験に熟知した社員が講師となり講義や講座を実施,さらに空港等でのインターンシップの場を提供しながら将来人材の育成に取り組んでいる.実施している講義内容については後述するが,航空産業に関連した講義をはじめ,ビジネスマナーや企業活動におけるホスピタリティとして「人」が生み出す付加価値の意味を体験的に学ぶ内容も含むなど,幅広いカリキュラムで構成している.これらの講義は,客室乗務員(以下CA)や空港業務を担うグランドスタッフ等,エアライン特有の職業を志望する学生の育成をするだけのものではない.また,講座の素材はANAグループの事業形態やエアラインサービスの特性等に関してではあるが,実務で培った中で醸成される講師の経験が,広く人材育成に役立つことを期待するとともに,働くことの意義や意味を学生たちが1人でも多く見出せるように心がけている.航空運送事業が特別なものではなく,現代日本の1企業として,日々グローバル化のうねりと社会の変化に対応しながら挑戦を重ねている姿を未来の若者に伝えることにより,社会で求められる力「=社会人基礎力」(1)を高め,将来,価値ある人材となることを期待している.本稿では航空運送事業のうち,サービスに焦点をあて,お客様へのかかわり方の多様性と求められる意識を事例をもとに紹介し,さらに蓄積したノウハウを社会に出る前の学生たちの育成につなげている取り組みについて紹介する.
航空運送事業が提供する商品は,A地点からB地点への「移動」という単一商品であるが,今や顧客は移動するだけでは満足されない(2).旅客と多くの接点を持つサービスに従事する人材として,客室乗務員が代表として一般的に取り上げられる.しかし,1人のお客様が航空サービスを利用するにあたって係員と接するのは機内だけではない.予約から到着後まで,その航空サービスの流れの中で航空会社が提供している様々な有形無形のモノ,コトにコンタクトしながら,時間の経過とともに移動を続け,それぞれの接点で提供されるサービスを経験し,最終的には全体像として「利用航空会社のサービスの評価」をすることになる.逆に言えば,提供する側の航空運送事業の一連の流れの中では,数多い顧客接点において,高いパフォーマンスと高品質なサービスを提供することが常に求められている.
まず,航空運送事業の中で求められる「サービス」の特徴と,各顧客接点における専門職としてのサービス人材のお客様へのかかわり方の多様さを紹介し,次に,具体的に“お客様に直接コンタクトする人材”と“間接的にコンタクトする人材”について,それぞれの役割業務におけるエピソードを交えて述べ,「サービスを提供する企業(エアライン)」と「サービスのフロントラインを支える人材の多様さ」の2点から,サービス人材に求められるのはどのような力が必要か,また,サービスを支える役割の従業員一人ひとりの意識はどうあるべきか,について言及してみることとする.
2.1 エアラインのオペレーション多くの専門職の社員が様々な形で「1人のお客様」と接点を持つことになることから,同じ言葉で「ANAのサービス人材」というものを語ることは難しい.航空を支える「エアラインのオペレーション」(3)について一部分を表にしてみると以下のようになる.
流れ | 役割別 | 業務内容 | 顧客との接点 |
---|---|---|---|
予約 | コンタクトセンター | 座席予約/問い合わせ等 | 間接 |
出発空港 | グランドスタッフ | 搭乗手続き | 直接 |
グランドハンドリング | 手荷物・貨物郵便搭降載/出発準備/飛行機誘導 | 間接 | |
整備 | 航空機整備 | 間接 | |
ケータリング | 機内食/メニュー企画/作成/搭降載 | 間接 | |
飛行中 | 運航乗務員 | 航空機運航 | 間接 |
客室乗務員 | 保安要員/機内サービス要員/セールス要員 | 直接 | |
ディスパッチャー | 運航管理・支援/飛行管理 | 間接 | |
到着空港 | グランドスタッフ | 到着手続き | 直接 |
グランドハンドリング | 飛行機誘導/手荷物・貨物搭降載/清掃 | 間接 |
安全かつ快適な運送サービスを利用していただくために,お客様が利用される航空便の一連の流れの中で,航空を支える専門的な仕事が数多く存在する.経営層から従業員まで,関わる人が力をあわせていくチームとしての力が必要であり,さらに,この役割の中の顧客から見えない部分の仕事の領域も重要である.ここにあげたものは一例であり,実際にはさらに細分化されており,様々な人間の専門領域の役割遂行とチームワークに支えられて航空運送サービスは成立し,サービス品質を維持しているのである.
2.2 目に見える形では差別化が難しいエアラインサービスお客様が航空機を使って移動する時,どのエアラインの航空便を選択するか,その理由は多岐にわたる.今や,多くの航空会社が様々な魅力あるサービスを提供している.お客様は,自分自身の利用目的,料金,機内や空港での付帯サービスの有無等,それぞれに重要と考える点を比較検討し,より自分の目的に合致した航空運送サービスを選択する時代となっている. 選択された航空会社は,一人ひとりのお客様の満足を増大し,再利用していただくべく努力しなくてはならないが,サービスの満足感は利用クラス,路線,さらに利用する人自身のその場その時の気持ちによっても大きく変化する.1人のお客様に,同じものを提供し,一定度にご満足いただければ良いものではなく,同じお客様であっても,その目的(例えば出張と旅行利用等)によってはその時々に求める満足の度合いは変化する.
航空会社は数多くあり,独自の事業展開を行っているが,お客様が利用する空港のカウンター,飛行機の機材・座席については世界中の航空会社はほぼ同じものである.自社独自に特徴あるものを用意して提供することは難しい.同じ路線を同じ飛行機でほぼ同じ時間帯に飛ぶことは実際にある.お客様が,ほぼ同じ条件を満たす複数の航空会社の中から特定のエアラインの運送サービスが価値あるものと感じ,選んでいただく1つの要素として,お客様が直接経験する場面ごとに関わるスタッフの態度や意識の在り様は大きく影響する.もちろん,マイレージや路線網,乗り継ぎの便利さ,価格等もお客様の利用航空会社選択の大きな要素ではあるが,形あるものは次々と追髄されることも事実である.
航空機による「移動」の中で,時間と地点とが刻々と変わっていく1人のお客様に,いかにストレスなく,かつ高品質なサービスを提供できるか,という点について,スタッフの存在は重要である.表1をみると,直接にお客様と接する機会があるのは,空港のチェックインや到着業務を行う旅客サービスの担当者,機内でお客様を出迎えて送り出す客室乗務員が代表的であり,この場での対応力はお客様への「利用する航空運送サービス品質」の評価に大いに影響する.そしてこのフロントラインのサービスのレベルをあげるために,これをサポートするすべての従業員の力も影響してくる.お客様と直接接点を持つフロントラインの人間の力と黒子に徹しながら運航を支えるサポート側の人間の力,この2つの努力がエアラインオペレーションを支えるのである.航空運送サービスの移動という商品の形は,航空会社間では一見,差別化しにくいように見えるが,フロントラインで専門的に役割を果たす係員の力と,その能力を最大限に発現させるサポートする人の役割の果たし方もまた,問われることとなる.
2.3 航空運送サービスにおける「制約」と「人」の力本項では客室乗務員の機内業務について具体的に解説する.客室乗務員の役割は「保安要員」「サービス要員」「セールス要員」の3つがあげられる.これらの役割はそれぞれが独立して行われるものではなく,搭乗されたお客様に接する場面において,常に意識し,限られた飛行時間の中でそれぞれの役割を適確に果たしている.
サービスやホスピタリティを代表する職業として,客室乗務員とホテル従業員の「お客様への対応,もてなし,サービス等」について取り上げられることが多い.しかし,ホテル・旅館やレストラン等,地上で行われるお客様への対応と,上空で行われるものとでは,環境上の違いがある.航空運送においては空中移動が第1の目的となる.サービス品質を高めていくことは,選択された移動に無形の付加価値をつける活動である.つまり,宿泊や食事という明確な目的を持った場面での個別な高いサービスを提供するという点と,移動に個別の満足(心地よさ,感動等)を付加するという点で差別化を図ることに違いがある.さらに,航空機を利用して「お客様」が移動する際には,数多くの「制約・制限」がある.まず,空港では搭乗に際しても時間の制限がある.航空運送サービスにおいては,利用していただく飛行機を必ず定時に運航させることが重要であり,その目的のためには,どのお客様にも同じ時間で動いていただかなくてはならない.また機内においては,さらに「制約・禁止」の連続である.客室乗務員は,立て続けにお客様へ各種の制約について依頼をしなくてはならない.その項目は,出発から到着まで「着席してください/ベルトを締めてください/毛布の上から締めてください/携帯電話は機内モードにするか電源をお切りください/荷物は定められた場所に置いてください/化粧室はこの先利用しないでください/案内があるまで立たないでください……等」であり,お客様の行動を制止・制限・禁止・依頼することが続く.たとえ,お客様にゆっくりしていただきたいという思いがあっても,刻々と時間は進み,到着時間も迫ってくる,かつ気流が悪ければ客室乗務員は動くことさえままならないが,この環境は変えられない.また忙しい時やイレギュラーが発生した際に,地上のお店や業務であればバックヤードから応援のスタッフにより人員を増やしてお客様のニーズに応えることもできるし,どうしても必要な物品があれば新たに商品を購入してお客様の期待に応えることもできる.しかし,上空の航空機内という限られた空間の中では,人も物も不足するものがあったとしても一切新たに追加することはできない.
このように,航空運送サービスの多くの場面では,新たに顧客からの要望があったとしても,また,要望に気づいたとしても,今あるもの以外に変えることはできないし,数多くの「制約・制限」も変えられない.お客様の新たなご要望に応え,満足していただく方法としては,限られた環境の中で,目の前のお客様に何ができるかを考え,自らの力で顧客満足を高める創意工夫の力と表現力が重要となる.
制限と要望とは相反することが多いが,その場にいる係員が限られた資源を最大限活用し,個人の持つ感性や柔軟な発想,能動的なお客様への働きかけ(言語・非言語の表現力)により,限られた中でサービスの付加価値を創造することが可能となる.
2.4 サービスを支える側の「お客様視点」意識複数の人がかかわるサービスでは,1人のサービス品質が悪ければ他のサービスの良さも消し去られてしまい,悪い印象のみが残りがちである.この点では,サービスの中にかかわる人間の数は少ない方が良い,と考えられる.しかし,航空運送サービスは直接的,間接的にその品質をサポートする専門スタッフの数は多い.かかわる数が多ければ多いほどその品質にばらつきが発生することに気をつけなくてはならない.
お客様に,常に高い品質を創り上げて提供し,さらに,次にコンタクトするスタッフへとスムーズにサービスをつなげていくことを意識する必要がある.最終的に利用前から利用後にいたるまでに企業(ANA)らしさを継続していくことが重要であり,お客様と直接接する空港スタッフや客室乗務員というカスタマーラインの人間のみならず,お客様とは直接接しない整備士や運航支援を行うオペレーションラインの人間もすべての社員が同じ意識で業務を遂行することが重要である.すべての従業員が「自社を選んでくださるお客様」を常に意識していなくては一貫した良いサービスは提供できない.どのような役割でもお客様につながっているという意識を持つことは当たり前ではあるが,ともすれば,“自分の仕事さえしていれば良い”とおろそかになる瞬間がある.日々の専門的な業務の中で「お客様視点:常にお客様の視点に立って最高の価値を創り出す」(4)ことを忘れず,最前線にいるフロントラインと,それを背後から支えるオペレーションラインの人間が協働しコミュニケーションすることが欠かせない.お客様と実際には対面することはないが,自分たちの仕事が最終的に「お客様」につながっていることを忘れずに,フロントラインのサポートをしっかりと行う人間がいるからこそ,安全はもとより,より良いサービスを全体で創り上げることができる.
労働集約型産業でもある航空運送事業においては,「人」は最も重要な財産であり,この「人財」を高いレベルで継続的に育成することは経営上の課題である.その育成の場としては,教育,訓練,研修という集合教育の場と,職場や日々の業務で個別に行われる日常的な場の2つがある.
ANAグループ社員に対しては,すべての従業員の成長と教育の機会を効率的に行えるように研修や教育の機会を提供する,人財大学という社内組織がある.安全意識の向上はもとより,これまで伝承されてきたANAのDNAを未来につなげていけるようなプログラムも継続的に実施している.
② グローバル人財の育成
③ 階層別教育による人財育成
④ 自己啓発・必要な研修 セミナーによる人財育成
例)先輩から後輩への日常的交流/業務開始・終了後の仲間とのブリーフィング
② 褒める文化の醸成
例)GOOD JOB CARD:従業員同士,お互いを褒め合う文化の醸成
③ チームとしてのコミュニケーション
例)職場を横断しての理解を深める様々な交流
④ その他
例)ANAバーチャルハリウッドプログラム
航空運送を支えている仕事は,予約,空港,運航,機内等,それぞれが専門職としてその役割を担っており,グループ企業なくしてANAの翼はなりたたない.専門的な業務を遂行するための能力要件や,技量維持・資格等は個別にその業務に応じて設定され,訓練施設や研修所において実施されている.
専門訓練として「保安」と「サービス」の両方を,訓練と試験を重ねながら一定のレベルまで育成する.サービス要員としては訓練の段階では基礎力を身につけ,その後については仲間との日々のフライトの中で良いサービスの例を学び,自己研鑽を重ねながら品質を高めていく.
まとめると,現在のANAグループの人材育成の基本的な取り組みでは,以下の理念,ビジョン,行動指針に基づいて,教育の場でも日常的にもあらゆる場を使って常に意識を醸成している.
多くの専門職種にわかれる航空運送事業では,すべてのスタッフが等しくお客様視点を持つことは難しく,日々の取り組みでカバーしている.グループの中で「お客様視点」の考え方を日常的に醸成している例を2例紹介する.
~サービス品質を支える側と提供する側とのコミュニケーションを高めることにより一体感を醸成~
ケータリング会社では,「その先の笑顔のために」(7)という表現を使っている.機内食を作る従業員は,その食事を食べる場所にはおらず,さらにその反応も見る機会はない.製造する機内食だけを見ていることになるが,お客様に感動してもらえるような食事を提供することをイメージすることは仕事へ向かう意識を変えていく.また機内の客室乗務員は自分がサービスしている機内食を作っている人は知らないが,お客様からの機内食の感想や味の検証も行い,細かくフィードバックを行っている.「機内食を作る仕事」,「搭載されている食事を配る仕事」,という分断された人間同士がお互いのコミュニケーションを密接にとり,より良い品質のものを提供できるよう協働している.
~見えない顧客を意識できる人づくりの連鎖~「お客様と笑顔で応対する」(8)
ANAグループのコンタクトセンターであるANAテレマート株式会社ではこのような表現を使っている.コンタクトセンターで仕事をするスタッフは航空会社のグループ企業に就職しているが,実際の職場では航空機が見えるわけではなく,また,お客様の顔が直接に見えているわけでもない.1本の電話でつながる声に笑顔を乗せて,あたかも目の前のお客様と笑顔で対話をする意識になることにより,親身に,より丁寧に対応ができ,それぞれのお客様のニーズに応えようという意識が醸成される.
現在,座席予約についてはインターネットによるものが主流となり,コンタクトセンターとしての機能は複雑・高度なものと進化している.スタッフは見えないお客様に「笑顔」で接するという意識を高め,非対面であるからこそ,コンタクトした時間の中で企業を代表するコミュニケーターとしてのマーケテイングを行い,お客様とANAとの懸け橋となるべく業務に臨んでいる.自分たちの仕事が何のためにやっているのかという意識を日常的に職場の先輩から後輩へ受け継がれている例として,1つのエピソードを紹介したい.
新人を育成する場で,1人の先輩社員があるエピソードを後輩社員に話していた.「私たちは,実際にお客様に接するわけでもなく,飛行機のそばにいるわけではない.でも,私の先輩は,“空を見上げるとANAの飛行機が飛んでいる.それを見るたびに,ああ,私がお電話を受けたお客様はあの機内に何人くらい乗っているかな,って想像する.そうすると私は胸がいっぱいになってほんとに嬉しくなる”と話してくれた.私もそう思っている.だから(新入社員の)みなさんも,私たちは単に電話を受けていることだけが仕事ではない,その声の先には,ANAを利用してくださる方の笑顔がある,と想像してください」と.
この先輩は,そのさらに上の先輩から仕事に向かう想いを伝えられ,次の世代に仕事の「お客様視点」を自らの言葉でつなげている例と言えよう.教育研修という場で教えられる機会も効果はあるが,それ以上に身近な人からの日々伝えられる想いは,より意識に残ると考えられる.
航空運送サービスで関連する業務内容は幅広く,航空会社の実務の中で培われるノウハウは,これからの社会を担うサービス人材の育成に役立てることができるのではないかという考えに立ち,学生への講義を実施している.(北海道,関東,中京,関西の高校・短大・大学実績43校/2015年12月現在)
航空運送サービスの仕事へ取り組む姿勢でまず必要なことは,特別なことではなく,まずは社会人として当たり前の行動ができることであり,次に専門家として学んだ確実な業務の遂行が求められる.また,機内での客室乗務員のように,制約下で付加価値を創り出すためには,サービスに従事する人間が,お客様の期待や要望に「気づく」力が求められる.気づかなければ,単調なサービス作業にとどまり,お客様への新たなアクションをとることはなく,結果としてサービスの付加価値を作り出すことはない.様々な場面で「気づく力」は必須のものと考えられ,そのプロセスは以下のようになると考えている(10).
2. 自分が今,この場で使える資源や活用できる選択肢から最適なものを判断する.<考える>
3. 顧客やチームメンバーに対して行動をする.<自ら発信し行動をおこす>
役割業務の多様さ,気づく力の大切さ,限られた中で自らの力を発揮する考え方等,実務経験を素材として講座にした時,受講する学生たちにどのような効果が生じているかという点について次に述べる.
4.1 ホスピタリティ関連講座と学生の社会人基礎力向上に向けたプログラム学生向けのホスピタリティ関連講座を提供し,講義だけではなく職場見学等を組み合わせながら次世代人材の育成に取り組み,その効果を検証しながら改善を重ねている.内容は,航空運送サービスを例に,その中で求められるマインド・必要な表現力・企業と組織と個人のあり方・サービス品質の管理・チームワーク・コミュニケーション・ツーリズム産業・事例検討等,ホスピタリティをどのようにとらえるのか,また,人が生み出す付加価値の重要性,産業において求められる人材について等,実務に関連した内容である.ホスピタリティという形のないものをテーマとし,自らの気づきや考えを表現しながら,学生たちは体験から学び,自らの社会人基礎力を高めている様子が伺える.
4.2 ANA総研が提供しているホスピタリティ講座の反応と効果ホスピタリティ関連講座を実施し,学生たちにとって有益なものであるのか,また,当初期待したように,社会人基礎力の向上に役立つかどうかを検証することを目的にアンケート調査を実施した.
アンケートは,ホスピタリティをテーマとした講座を受講したことによって,社会人基礎力の項目と個別に設定した2項目について,事前と事後での自己意識の変化を尋ねた.また,具体的にこの講座でどのような力を自分自身に身につけられたと感じるかという設問も行ってみた.学生の反応と,講義を向上するための参考意見として実施したものであり,授業を受けた学生の感覚によるものであることをお断りしておく.授業を受けた後に,学生が自ら学び,自分が成長しているという実感や自信を得て,自分を肯定する感覚を持ちえているならば,少しは学生の学びに寄与したものと評価したい.
お客様の主観的なものさしで評価され,形として残らないサービス場面では,顧客とのコミュニケーションの力とサービスや感動を創り上げていくことが価値を高める.言い換えれば,価値を生み出す「人」の力によってその品質は左右されると考えられる.お客様へのかかわり方,その時々に最適に行動でき,自ら考え,自発的に失敗を恐れず自分で判断して行動に移すことが必要である.そして,自発的に行動したことからこそ得られる仕事への満足感ややりがいが,自己成長につながっていくと考えられる.「内発的に動機づけられるためには自分が有能であり,自律的であると自分自身で認識していることが必要である」(「人を伸ばす力」エドワード・L・デシ + リチャード・フラスト)(9)とあるが,常に新しいサービスを創造していくためには,自らが仕事に誇りを持ち,失敗を恐れずに自分自身の能力を高めていく姿勢が求められる.指示待ちの姿勢ではなく,サービスの担い手として自らを伸ばしていける人材をひとりでも多く輩出できれば意味ある講座として貢献ができる.検討すべき点は多いが,講座開設時の学生の反応をご紹介したい.
社会人基礎力 | 能力要素 | 内容 |
---|---|---|
前に踏み出す力 (アクション) |
主体性 | 物事にすすんで取り組む力 |
働きかけ力 | 他人に働きかけ巻き込んでいく力 | |
実行力 | 目的を設定し確実に行動する力 | |
考え抜く力 (シンキング) |
課題発見力 | 現状を分析し目的や課題を明らかにする力 |
計画力 | 課題の解決に向けたプロセルを明らかにし準備する力 | |
創造力 | 新しい価値を生み出す力 | |
チームで働く力 (チームワーク) |
発信力 | 自分の意見をわかりやすく伝える力 |
傾聴力 | 相手の意見を丁寧に聴く力 | |
柔軟性 | 意見の違いや立場の違いを理解する力 | |
情況把握力 | 自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力 | |
規律性 | 社会のルールや人との約束を守る力 | |
ストレスコントロール力 | ストレスの発生源に対応する力 |
(経済産業省 社会人基礎力(1)より引用作成)
・これまで以上に社会の動きに興味関心を持つ力
・自分の将来に対して希望や意欲を高められる力
・主体性<前に踏み出す力>
・働きかけ力<前に踏み出す力>
・課題発見力<考え抜く力>
・計画力<考え抜く力>
・発信力<チームで働く力>
・柔軟性<チームで働く力>
・主体性<前に踏み出す力>
・働きかけ力<前に踏み出す力>
・傾聴力<チームで働く力>
・柔軟性<チームで働く力>
・情況把握力<チームで働く力>
・私は社会にいつも注意している.<社会への関心を持つ力>
・私は自分の将来が楽しみである<未来に向かう力>
・柔軟性<チームで働く力>
・発信力<チームで働く力>
・傾聴力<チームで働く力>
・未来に向かう力
・情況把握力<チームで働く力>
講義内容や講義形式に若干の違いはあるものの,次の2点の能力向上に寄与していると考えられる.
まず,学生は,グループディスカッションでお客様の要望や期待感等を考え抜き,他の人にかかわる演習を繰り返す中で,「自ら考えて行動する大切さ.<前に踏み出す力> 」を意識し,次に,サービスやホスピタリティを,単純に丁寧な対応というだけにとどまらず,ビジネスの世界からその意義を考察するようになる.企業活動におけるサービスの在り方,価値を生み出す重要性,直接顧客と接しない仕事であってもその仕事の意味や専門家として役割を遂行する重要性も理解し,「チームワークやコミュニケーションが行動に移せる<チームで働く力>」ようになっている様子が伺える.
航空運送事業の特徴から,サービス人材育成の実際についても,1つに集約することは難しい.しかし,「お客様視点」を持ち,フロントラインの人間もサポートする側の人間も,自らの役割が「お客様」につながっていることを常に意識することは重要である.その意識を持った人材育成の場としては,「教育や研修」も行われているが,日常的に先輩から後輩へとサービスの文化の伝承が連綿と行われている場面も多い.サービスは,型通りの対応方法を体得しても十分ではない.その場その時に目の前のお客様に最高のパフォーマンスができるようになるには,個人の気づきの力や経験,スキルが複雑に絡みあいながら発現される.現在,東京大学と「おもてなし」を科学的に分析し,モデル化する共同研究を進めている.品質向上にゴールはなく,ANAグループの提供する商品についても,よりお客様に満足していただけるよう,あらゆる面で日々反省と挑戦をしていかなくてはならない.
また,企業内だけではなく,幅広く社会全体での人材育成に寄与し,将来のサービス人材のレベル向上に資するような産学連携の取り組みも推進していくべきと考える.実務経験から,人と人との関係で生じる温かい交流がお互いの心に残る感動を産み出すサービス業だからこそできる,歓びや楽しさを伝えたい.「お客様と最高の歓びを創る」という言葉がANAグループの中で使われることがある.社会や顧客の要望の変化は大きく,ますますお客様に寄り添い,最高の歓びを創造することは難しくなっている.だからこそ,モノやマニュアルを超えたお客様との最高の価値創造を可能とする人の力の重要性を改めて実感する.SkyTrax社の評価で5つ星を頂戴し(11),世界的に高いサービス品質の評価をいただいているが,小さなことを日々積み重ね,繰り返し当たり前のことを当たり前にでき,その中に発見される歓びと価値の大きさを次の世代につなげていきたい.サービス産業で働く一人ひとりが「働く歓びとサービスする楽しさ」を実感し,自らも日々成長する職業人として仲間とともに新しいサービスの一歩を踏み出すことにより,これからの日本のサービスの良さが磨き上げられると考える.
拙い文章であるが何かの参考となったら幸いである.
元ANA客室乗務員 国際線・国内線乗務.客室乗務員の教育訓練,新入社員研修等人材育成,機内品質評価システム構築,客室サービス・安全管理等の業務に従事.現在は株式会社ANA総合研究所 大学連携・地域・社会連携グループに所属.産学連携事業,学生のための教材作成等を担当するとともに.地域のホスピタリティ向上,旅館や小売店等サービス提供側のモチベーション向上,サービススキル研修等実施.総務省地域づくりマネージャー,精神保健福祉士,シニア産業カウンセラー.